大腸菌の病原性関連遺伝子保有状況(PDF:107KB)

大腸菌の病原性関連遺伝子保有状況
長野県環境保全研究所
○笠原ひとみ・関口真紀・中沢春幸・藤田暁
1.【 はじめに】
はじめに
大腸菌( Escherichia coli )はヒトの腸管常在菌の一つであるが、一部に下痢を引き起こす
ものがあり、これらは「下痢原性大腸菌」と総称され、病原機序の違いにより表 1 のとおり分
1)
類されている
。これまで下痢原性大腸菌と非下痢原性大腸菌の鑑別は主に血清型別検査によ
り行われてきたが、近年の遺伝子検査法の急速な普及に伴い、PCR 法により病原関連遺伝子を
検索する方法が提唱され、それに基づいた検査体制が構築されつつある。
そこで今回、PCR 法によるスクリーニング法導入について検討するため、今般当所で保管し
ている下痢症患者等か
ら分離された大腸菌の
うち、従来の判定方法
では下痢原性大腸菌に
分類されなかった分離
株について、PCR 法によ
り病原関連遺伝子の検
索を行ったので概要を
報告する。
表1 下痢原性大腸菌の分類1)
分類
腸管出血性大腸菌
(EHEC)
腸管毒素原性大腸菌
(ETEC)
腸管侵入性大腸菌
(EIEC)
腸管病原性大腸菌
(EPEC)
腸管凝集付着性大腸菌
(EAggEC)
他の下痢原性大腸菌
(DAEC、EAST1EC等)
発生機序
毒素
毒素
侵入性
細胞局在
付着性
細胞凝集
付着性
不明
病原因子
マーカー
VT1、VT2
定義
ベロ毒素(VT)産生性あるいはVT遺伝子が確認されたもの
易熱性エンテロトキシン(LT)、耐熱性エンテロトキシン(ST)ある
いはその両者の産生性あるいは毒素遺伝子が確認されたもの
組織侵入性プラスミドを保有していること、あるいは組織新入生遺
invE 、ipaH
伝子が確認されたもの
eae 、bfpA 、 培養細胞への局在性、またはそれに関連する遺伝子が確認され
EAF
たもの(VT、LT、ST、侵入性が確認されたものを除く)
aggR 、
培養細胞への凝集付着性、またはそれに関連する遺伝子が確認
CDV432
されたもの(VT、LT、ST、侵入性が確認されたものを除く)
afa 、astA 、 上記5つに該当しないが胃腸炎の原因と考えられるもの、生化学
CDC、cnf
的性状が同じものが多数の患者より検出された場合
LT、ST
2.【 材料 およ び方法】
び方法
(1)検査材料
平成 2 年( 1990 年)から平成 25 年(2013 年 )の 間 に 保健 所 ・
表2 マルチプレックスPCRセット
医療機関等で患者から分離された O 抗原血清型別により下痢原
性大腸菌を疑い、当所に送付された大腸菌のうち、下痢原性大
腸菌と判定されなかった菌株 281 検体を対象とした。
プライマー
病原関連
セット
遺伝子
EXEC
elt (LT)
estA1 (ST1a)
estA2 (ST1b)
(2)検査方法
invE
病原関連遺伝子の検索は、DHL 寒天培地で菌を増殖後、国立保
VT1/2
VT2f
健医療科学院主催の平成 24 年度新興再興感染症技術研修資料に
EpAll
従い、表 2 に示す病原関連遺伝子 10 種類についてマルチプレッ
クス PCR 法により実施した。いずれかの遺伝子が検出された場
eae
aggR
afaD
astA
分類
ETEC
ETEC
ETEC
EIEC
EHEC
EHEC
EPEC
EAggEC
DAEC
EAST1EC
合は、表 1 に示す定義に従い下痢原性大腸菌分類をした。
3.【 結果】
結果
281 株について検索した結果、37 株(13.2%)でいずれかの病原関連遺伝子を保有していた
(表 3)。EHEC は O26 の 2 株で、いずれも VT 遺伝子とともに細胞への密着に関与するインチミ
ン遺伝子 eae を保有していた。この 2 株はいずれも VT の検査法として以前から普及している
RPLA 法により陰性と判定されたため、分離当時は EHEC と判明されなかったものと思われる。
2)
EPEC は 12 株、EAggEC は 10 株であった。このうち、頻繁に発生するとされている血清型
に当てはまる(可能性を含む)のは EPEC で O125(:H21)の 1 種類 1 株、EAggEC では O15:H18、
O86a:H2、O111:H21、O126:H27 の 4 種類 7 株のみであり、頻繁に発生するとされている血清型
表3 当所保有菌株における下痢原性大腸菌検出状況
以外にも病原関連遺伝子を保有してい
病原関連遺伝子
る大腸菌が多く存在することが判明し
分類
血清型別
菌株数
eae
た。
他の下痢原性大腸菌大腸菌は、DAEC 4
EHEC
小計
EPEC
株、EAST1EC 9 株であった。ETEC および
EIEC の病原関連遺伝子が検出された株
はなかった。
一方、いずれの病原関連遺伝子も検出
されなかったのは 244 株あり、O 群型別
小計
EAggEC
では O18、O1、O25、O6 が多く認められ
た。このうち O18、O1 は、既存の報告に
より EPEC や EHEC であるとされていたが、
現在では多くの菌株が VT や eae を保有
1)
していないとされており
、今回もこ
小計
DAEC
れらの血清型では検査したすべての菌
株から病原関連遺伝子は検出されな
小計
EAST1EC
かった。
4.【 考察】
考察
これまでの検査方法では下痢原性大
腸菌と判定されなかった大腸菌株のう
ち 13.2%から病原関連遺伝子が検出さ
れ、中でも従前の検査法では検出するこ
小計
陰性
O26
: H11
O6
O26
O26
O63
O121
O121
O125
O167
:
:
:
:
:
:
:
:
HNT
HH11
H6
H19
H34
HNT
H9
O6
O15
O86a
O111
O111
O119
O126
O126
:
:
:
:
:
:
:
:
HUT
H18
H2
HNT
H21
HH7
H27
O15
O25
O25
OUT
:
:
:
:
HHH4
H-
O25
O78
O103
O128
O151
OUT
:
:
:
:
:
:
HUT
HNT
H16
H42
HH-
O1
O6
O18
O25
その他
とが難しかった EPEC および EAggEC とし
て調査した半数以上の 22 株(59.5%)
小計
合計
*UT:Untypable NT:Not typed 2
2
1
1
3
3
1
1
1
1
12
1
1
1
1
2
1
1
2
10
1
1
1
1
4
1
1
1
1
4
1
9
39
11
49
27
118
244
281
2
2
1
1
3
3
1
1
1
1
12
astA
aggR
afaD
VT1/2
2
2
1
1
2
1
1
1
2
1
1
2
9
1
1
1
1
2
1
1
2
10
1
1
1
1
4
1
1
1
1
4
1
9
14
20
10
4
2
が分類された。また、今まで病原性大腸
菌感染事例において頻繁に分離されるといわれていた血清型以外からも多くの下痢原性大腸菌
が確認された。一方、ETEC および EIEC の病原関連遺伝子が検出された株はなかった。ETEC に
ついては従前から検出キットが市販されている等により検査法が確立されていたこと、EIEC に
ついては生化学的性状が他の大腸菌と異なるため判別が比較的容易であったことにより、これ
までの検査でも十分判別可能であったためと示唆された。
今回の検討では、O 血清型から下痢原性大腸菌であることが強く疑われた株を検査対象とし、
従来法では分類されなかった株のうち約 1 割の菌株が下痢原性大腸菌であることが判明したが、
さらに市販免疫血清では O 血清型別不能の大腸菌の中にも病原関連因子を保有しているものが
3)
あるとの報告
もあり、従来の O 血清型別に依存した分類方法では、下痢原性大腸菌を見落と
されていた可能性が危惧される。そのためにも病原関連因子をターゲットとした PCR 法による
スクリーニング検査の導入が重要であると思われた。
【参考文献】
1) 国 立 感 染 症 研 究 所 ,厚 生 労 働 省 : 病 原 微 生 物 検 出 情 報 Vol.33 No.1 1-7(2012.1)
2) MANUAL OF CLINICAL MICROBIOLOGY 10TH EDITION:603-613
3 )佐 藤 ら:市 販 免 疫 血 清 で は 同 定 で き な か っ た 腸 管 出 血 性 大 腸 菌 に よ る 集 団 感 染 事 例 , 宮 城 県 保 健 環 境 セ ン
タ ー 年 報 ,23,51-54(2005)