<参考図> 図1 ほ乳類の大脳皮質6層構造の形成過程 ほ乳類の大脳皮質は、6層構造を成す(一番右の図)。この層構造が形成されるには、適 切なタイミングで増殖を停止した神経細胞が脳の表層へ向かって移動し、正しく配置され ることが重要である。つまり、脳の内側(脳室側;図の下側)で誕生した遅生まれの細胞 (黄色の細胞)が、すでに移動を終了した早生まれの細胞(青色の細胞と緑色の細胞)を 追い越し、さらに上に積み重なっていくことにより、6層構造が形成される。なお、マウ スは2層と3層の区別がないため、一般に「2/3層」と表記する。 図2 神経細胞は増殖を停止した後、長い距離を移動する 神経前駆細胞(灰色の細胞)は活発に分裂するが、神経細胞へ分化すると同時に、増殖 を停止する(図の(1))。増殖を停止した神経細胞は、複雑な形態変化を示した後(黄色 の細胞)、他の細胞には見られない特殊な様式(図3Aを参照)で、脳の表層までの長い距 離を移動する(緑色の細胞)(図の(2))。 4 図3 神経細胞に特徴的な「ロコモーション様式の移動」 (A)神経細胞は、移動過程の大半において、図3Aに示すような「ロコモーション様式」 呼ばれる移動様式をとる。 (1)まず、太い神経突起の根元に「特徴的な膨らみ」 (赤 色の矢印)を形成する。 (2)その後、図中に黒色で示した細胞核が細長く伸びてい き(青色の矢印)、伸びた核は「膨らみ」の中へと入り込んでいく。このような形態 変化を繰り返しながら、神経細胞は脳の表層へ向かって移動する。 (B)一般的な多くの細胞の移動様式。まず、細胞の膜が前方に突出し(緑色の矢印)、そ の後、細胞核が前方へと移動する。神経細胞以外の細胞は、移動過程で、 「特徴的な 膨らみ」を形成することはない。 5 図4 培養した大脳皮質組織スライス内を移動する神経細胞の経時観察 培養した大脳皮質組織のスライス内を移動する神経細胞(緑色)を、3分おきに観察し た。観察の3分後から、突起の根元に「膨らみ」が形成され(赤色の矢印)、その後、細胞 核が細長く伸びていく(細胞核:黄色。ただし、下段の写真で「核の形態」と表記した拡 大写真では赤色)。 6 図5 Cdk5の機能抑制による 「膨らみ」の形成の阻害 培養した大脳皮質組織のスライス内を 移動する正常な神経細胞(左の細胞)と、 Cdk5の阻害剤を添加した組織スライ ス内の神経細胞(中央と右の細胞)。正常 細胞では、突起の根元の「膨らみ」が観 察されるが(赤色の矢印)、Cdk5の機 能を阻害すると、突起が細くなり、根元 の「膨らみ」もなくなる(白色の矢印)。 緑色が神経細胞、黄色はその細胞核。 図6 p27もしくはDcxの 機能抑制による「膨らみ」の形成阻害 培養した大脳皮質組織のスライス内を 移動する正常な神経細胞(左の細胞)と、 p27の機能を阻害した神経細胞(中央 の細胞)と、Dcxの機能を阻害した神 経細胞(右の細胞)。正常細胞では、突起 の根元の「膨らみ」が観察されるが(赤 色の矢印)、p27もしくはDcxの機能 を阻害すると、突起が細くなり、根元の 「膨らみ」もなくなる(白色の矢印)。緑 色が神経細胞、黄色はその細胞核。 7 図7 本研究の概念図 神経細胞の増殖を停止させるCdk5、p27が、ロコモーション様式で移動する神経 細胞に観察される「特徴的な膨らみ」の形成や、細胞核が細長く伸びる過程を制御するこ とにより、ロコモーション様式の移動にも関与していることが分かりました。また、これ らの分子は、滑脳症の原因遺伝子Dcxと協調的に働いていることも明らかになりました。 <用語解説> 注1)神経前駆細胞 主に発生期の脳に存在し、神経細胞を産生する細胞。神経前駆細胞は、活発に細胞分裂 して自己増殖するとともに、主に非対称分裂により、神経細胞を産生する(図2の灰色の 細胞を参照)。神経前駆細胞から産生された神経細胞は、増殖を停止して、一生涯、再び分 裂することはない。 注2)滑脳症 脳の一部もしくは全体で、 「脳のしわ」がなくなる脳奇形(疾患名は、脳の表面が滑らか になることに由来する)。脳のごく一部のみでしわがなくなる軽微なものもあるが、多くの 場合は、てんかんや知的障害を伴う。ヒトおよびモデルマウスなどを用いた解析から、主 に神経細胞移動が障害されたことが原因と考えられている。 なお、Dcxの変異は、男性ではX染色体連鎖型の滑脳症を引き起こすが、女性では、 同じように神経細胞移動の異常が原因である「皮質下帯状異所性灰白質」という病気にな る。 8 <論文タイトル> “Cdk5 and its substrates, Dcx and p27kip1, regulate cytoplasmic dilation formation and nuclear elongation in migrating neurons” (Cdk5とその基質であるDcxとp27kip1は、移動神経細胞における細胞質の「膨 らみ」の形成と核の伸長を制御する) doi:10.1242/dev.111294 <参考文献> 参考文献1: Nishimura YV et al. “Dissecting the factors involved in the locomotion mode of neuronal migration in the developing cerebral cortex” J. Biol. Chem. 285, 5878-5887 (2010). 参考文献2: Kawauchi T et al. “Cdk5 phosphorylates and stabilizes p27kip1 contributing to actin organization and cortical neuronal migration” Nature Cell Biol. 8. 17-26 (2006). <お問い合わせ先> <研究に関すること> 川内 健史(カワウチ タケシ) 科学技術振興機構 さきがけ研究者 慶應義塾大学 医学部生理学教室 特任講師 〒160-8582 東京都新宿区信濃町35 Tel:03-5363-3743 Fax:03-5379-1977 E-mail:[email protected] <JSTの事業に関すること> 松尾 浩司(マツオ コウジ)、川口 貴史(カワグチ タカフミ) 、眞後 俊幸(シンゴ トシユキ) 科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ 〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s 五番町 Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067 E-mail:[email protected] <報道担当> 科学技術振興機構 広報課 〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3 Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432 E-mail:[email protected] 9
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