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印 度學 佛 教 學 研 究 第41巻 第1號
卒 成4年12月
『一 切 佛 集 會 撃 吉 尼 戒 綱 喩 伽 』 所 説
田
(1)は
中
公
(139)
「九 味 」 再 考
明
じめ に
中 国 に 『金 剛頂 経 』 系 の密 教 を 本 格 的 に 紹 介 した 不 空 は, そ の 旺盛 な翻 訳 活 動
に も か かわ らず, つ い に 『金 剛 頂 経 』 の 全 容 を 明 らか にす る こ とは なか った。 し
か し彼 は, 『金 剛 頂 輕 喩 伽 十 八 會 指録 』1)(以
下 『指帰』)を 著 し, 十 八 会 十 万 頽 とい
わ れ る 『金 剛 頂 経 』 広 本 の概 要 を 述 べ て い る。 近 代 に な っ て密 教 聖 典 の原 典 や チ
ベ ッ ト語 訳 の中 に,『 金 剛頂 経 』 の各 会 に相 当す る文 献 が 発 見 され る と, そ の 記
述 は に わ か に 注 目 され る よ うに な る。 しか し研 究 が 進 展 す るに と もな い, 『指 帰 』
の記 述 と現 存 す るテ キ ス トとの 不一 致 も朋 らか に な っ て きた。
しか し8世 紀 中 葉 に 帰朝 した不 空 の手 に な る 『指 帰 』 が, イ ン ド後 期 密 教 の成
立 史 を 論 じ る上 で 重 要 で あ る こ とに かわ りは な い.本 稿 では, この 中 か ら 『金 剛
頂 経』 の 第 九 会 と さ れ る 『一 切佛 集 會摯 吉 尼 戒 網 喩 伽 』 に 関 す る 記 述 を 取 りあ
げ, 『指 帰 』 の 内容 とチ ベ ッ ト系 資料 との 比 較 検 討 を試 み た い。
(2)『 十 八 会 指 帰 』 の 記 述
まず 参 考 の た め, 以 下 に第 九 会 に つ い て記 した 『指 帰』 の全 文 を示 そ う。
「第 九 會 名 一 切 佛 集會 翠 吉尼 戒 網 喩 伽。 於 眞 言 宮 殿 読。 此 中 読 立 自身 爲 本 奪喩 伽。
詞 身 外 圭 形 像 喩 伽 者。 廣 説 實 相 理。 井 読 五 部 根 源。 井 読喩 伽 法。 具 九 味。 所 謂 華
麗 認 勇 健 轟嘉大 悲 持金剛書 笑 観自在膜 怒 金剛光恐 怖 降三世厭 患膿 牟奇 特 金剛笑寂 静擦鑛 毘読
普 賢 菩 薩 等。 至 金 剛 拳。 各 読 四 種 曼 茶羅。 及 引 入弟 子 儀。 及受 四 種 印。 井 読 五 部
中歌 讃 舞 儀 」2)
この よ うに 『指 帰』 の記 述 は, 大 正 蔵 経 版 でわ ず か8行
とい う簡 潔 さで あ る。
しか も 「読 普 賢 菩薩 等。 至金 剛 拳。 各 説 四 種 曼 茶羅。 及 引 入弟 子儀。 及 受 四種
印。」 な どは, 他 の各 会 と も共 通 す る記 述 で あ り, 特 筆 に は値 しな い。 これ に対
し て第 九 会 に 特 徴 的 な 記述 と して注 目され る の は, 「此 中 読 立 自身 爲 本 尊喩 伽。
詞 身 外 主 形 像 喩 伽 者。」 と 「井 説 喩 伽 法。 具 九 味。」 の二 点 であ ろ う。
-402-
(140)
『一 切 佛 集 會 摯 吉 尼戒 網 喩 伽 』 所 説 「九 味 」 再 考(田
(3)従
中)
来 の 研 究
『指 帰 』 の 第 九 会 の 記 述 を, 最 初 に 注 目 さ れ た の は 酒 井 真 典 博 士 で あ る。 博 士
は,
『チ ベ ッ ト大 蔵 経 』 中 にuttaratantra3)な
ら び にUttarottaratantra4)の
現 存 す るSarvabuddhasamayogadakinealasamarataatra(以
下Samayogaと
み
略)5)に
関 し, 「平 等 と は 一 切 仏 平 等 相 応 の 意 に し て, 根 本 の 経 は 伝 訳 せ ら れ な い け れ ど
も, そ の 外 篇 の 名 に よ れ ば そ の 第 九 会 に 相 当 す る も の の や う で あ る。」6)と 述 べ,
これ を
『金 剛 頂 経 』 の 第 九 会 に 比 定 さ れ た。
つ い で 松 長 有 慶 博 士 は,
『指 帰 』 の 第 九 会 に つ い て の 記 述 を
「般 若 母 タ ン ト ラ
系 の 聖 典 の 原 泉 的 な 記 述 」7)と す る 見 方 を 示 さ れ た。
さら に福 田亮 成 氏 は
「『一 切 仏 平 等 喩 伽 タ ン ト ラ』 の 一 考 察 」8)を 発 表 さ れ,
『指 帰 』 の 記 述 と uttaratantraの
福 田 論 文 は,
較 す る.福
内 容 を 詳 細 に 比 較 さ れ た。
『指 帰 』 の 記 述 を8点
田 氏 は こ の 中 で,
に 要 約 し, 一 々 をuttaratantraの
内 容 と比
「自 身 を 立 て 本 尊 喩 伽 と 為 し, 身 外 に 形 縁 を 立 て る
こ と を 詞 す。」 と あ る こ と に 関 し て は,
uttaratantra中
に対 応 す る一 節 を 見 い だ
さ れ た。 し か し全 体 的 に は 「各 章 の 重 要 と 思 わ れ る 抜 粋 訳 を あ げ た が,
それら
と, 「金 剛 頂 経 」 第 九 会 の 八 つ の 要 約 点 と の 比 較 は 必 ず し も成 功 し た と は い え な
い。」9)と 述 べ,
本 経 が 果 し て 『指 帰 』 に 言 う 『一 切 仏 集 会 奪…吉 尼 戒 網 喩 伽 』 と 同
一 か 否 か に つ い て は, 解 答 を 保 留 さ れ た。
一 方 筆 者 は,「 『一 切 仏 集 会 摯 吉 尼 戒 網 タ ソ トラ 』 と そ の 曼 茶 羅 に つ い て 」10)に
お い て, Samayogaの
曼 茶 羅 の 構 造 を 分 析 し,
ン ト ラ類 に 継 承 され た
「六 族 」 の 概 念 が,
こ の タ ン ト ラ に 説 か れ,
後 の母 タ
『理 趣 広 経 』 の 発 展 線 上 に あ る こ と を
明 ら か に し た。(次 頁 図)
さ ら に 筆 者 は,
「『一 切 仏 集 会 摯 吉 尼 戒 網 喩 伽 』 所 説 「九 味 」 考 」11)に お い て,
『指 帰 』 の 説 く 「九 味 」 が,
す な わ ち navarasa
イ ン ドのnatyaや
Silpa
に 他 な ら な い こ と を 論'じた が,
で 重 視 さ れ る9つ
当 時 はSamayogaの
の情感
中 に 『指
帰 』 の 記 述 と 合 致 す る 文 章 を 発 見 す る こ と は で き な か っ た。
な お 前 稿 に お い て,
筆 者 が 比 定 し た 「九 味 」 とnavarasaの
の 通 りで あ る. (1)華 麗srhgara/stegs
悲 karupa/snih
rje ba, (4)喜 笑hasya/bzad
(6)恐怖bhayanaka/jigs
adbhuta/rham
pa/sgegs
su
ruh
pa, (9)寂 静santa/zi
gad, (5)瞑 怒raudra/drag
ba, (7)厭 患
ba、
-401-
対 応 関 係 は, 以 下
pa, (2)勇 健vira/dpa'ba, (3)大
bibhatsa/mi
sdug
sul can,
Pa, (8)奇 特
『一 切佛 集 會 摯 吉 尼 戒 網 喩 伽 』 所 説 「九 味 」再 考(田
中)
(141)
『理 趣 広 経』 般 若 分
(第六 会)
『理 趣 広 経 』 真 言 分
(第七 会)
(第八 会)
『サ マ ー ヨ ー ガ』
(第九 会)
(4)新
た に 発見 され た 対 応 箇 所
『指 帰 』 の記 述, と くに 「九 味 」 に対 応 す る箇 所 を, チベ ッ ト系 資 料 の 中 に 発
見 し よ うとす る努 力 は, 福 田氏 に よっ て もな され, 筆 者 も再 三 に 亙 って 試 み て き
た。 と ころ が 当 時 は 「九 味」 の実 体 が 明か で な く, チ ベ ッ ト語 の 対 応 語 も不 明 だ
った ので, 実 りあ る成 果 を 挙 げ る こ とは で き なか った。
しか しそ の 後 「九 味」 はnavarasaで
あ る とい う仮 定 に 基 づ き, 再 度 文 献 を捜
索 した と ころ, 以下 に示 す よ うに, チベ ッ ト資 料 の中 に 『指 帰 』 の 記 述 に合 致 す
る箇 所 を発 見 す る こ とが で きた.そ
tantraの 第9品
rDo rje
の第 一 は, 『チ ベ ッ ト大 蔵 経 』 所 収 のuttara-
に 見 いだ され る。
sems dpa' steg pa la//dpa'
snip rje la/rgod
la dpa'
bo de Win gsegs//rDo
pa 'Jig rten dban phyug mchog//rDo
r je drag po 'jigs pa la//Sa
kya thub pa mi sdug la//no
r je' dzin pa
rje ni ma khro ba la//rDo
mtshar
la ni A ra li//rab
to zi la Sans rgvas rtaa//12)
ま た 『チ ベ ッ ト大 蔵 経 』 に は 含 ま れ な い が,
集 』rNin
ma'i
rgy%d'bumに
ニ ン マ 派 の 伝 え る 『古 タ ン トラ 全
も い ま 一・
篇 のSamayogaが
含 ま れ て お り, そ こ に
も 上 掲 引 用 箇 所 に 類 似 す る 一 節 が 発 見 さ れ た。
rDo r je sems dpa' sgeg pa ste//dpa' la dpa' bo de Win gsegs//rDo rje ' dzin pa
snip rje' i bdag/rgod pa'Jig
rten dban phyug mchog//rDo rje fluma khro bo' i
hamsIIrTa mchog dregs pa, jigs par bYedI/Sa kya thub pa mi gdugs Pas//no
-400-
(142)
mtshar
『一 切 佛 集 會 摯 吉 尼 戒 網 喩 伽 』 所 説 「九 味」 再考(由.中)
la na a la la//rab
to zi ba Sans rgyas so//'3'
一 方 『チ ベ ッ ト大 蔵 経 』 に は,
れ て い る が,
イ ン ドラ ナ ー ラ Indranala
の 注 釈14)が 収 め ら
同 書 で は 上 掲 部 分 の 前 後 を 以 下 の よ う仁 釈 し て い る。
sgeg dan dpa' dan snip rje dan//rgod
dan khro dan'jigs
pa dan/zes pa la sogs
pa gsuils to/rigs bsdus kyi dkyil 'khor 'di dag ni rdo rje 'chap chen po flid kyi
sku gsun thugs kyi gar rnam pa dgu las byun ba ste/de yan steg pa'i Mahadeva
gdul ba'i phyir ni dpal rDo rje sems dpa' lha mo ni Su'i dkyil' khor rgyan dan
cha lugs kyis mdzes par bstan pa dan/dpa' bo'i lha stobs ldan gdul ba'i phyir ni
sans rgyas rNam par snapfimdzad lha mo'i tshogs dan bcas par bstan pa dan./
snip rje can gyi lha'i dban po brGya byin gdul ba'i phyir ni rDo rje'dzin
pa
Heruka'i skur bstan pa dan/rgod pa'i gad mo can Tshans pa gdul ba'i don du
ni Pad ma gar gyi dban phyug gi skur bstan pa dan/khro bo Binaya gdul ba'i
don du ni rDo rje iii mar ston pa dan/ 'jigs pa'i gzugs can Khyab 'jug gdul ba'i
don du ni dpal rTa mchog gi skur bstan pa dan/mi sdug pa' i gzugs can Log 'dren
sna yon gdul ba' i don du ni/Sakya thub pa'i skur bstan pa dan/no mtshar can
sGra gcan 'dzin gdul ba' i don du ni mkha''gro
ma'i skur ston pa dan /zi ba' i
klu' i rgyal po Se sa gdul ba'i don du ni/Sans rgyas snap khyab mdzad kyi skur
ston cin/skye 'gro mtha' dag gi don spyod pa' 0/15'
上 掲 部 分 では, 「九 味 」 と仏 教 め尊 格 の対 応 を 説 くだ け で な く, そ れ が'「九 味 」
に対 応 す る ヒン ドゥー教 諸 神 を 調 伏 す る た めた 説 か れ た と して い る。navarasa
を ヒン ドゥーの 神 々に 配 当す る思 想 は, NatyasastraやAbhinavaguptaに
見ら
れ る の で16), 仏 教 は そ の 影 響 を 受 け た もの と思 わ れ る。
(5)結
論
以 上 で 明 らか に な ったnavarasaと
「九味 」, そ して 仏 教 内部 の 尊 格 や ヒ ン ド
ゥー教 神 と の対 応 関 係 を 表 に 整理 してみ よ う。
まずnavarasaと
「九 味 」 の対 応 は, 筆 者 の 前 稿 に お け る推 定 と 完 全 に一 致
した。 尊 格 とnavarasaの
対 応 は, navarasaをSamayogaの
の 主 尊 に 配 し, 残 余 の3つ のrasaを
基 本 を なす 「六 族 」
順 次釈 迦 牟 尼, 翠 吉 尼, 毘 盧 遮 那 に 配 当 し
て い る こ とがわ か る。 この うち毘 盧 遮 那 はvirarasaとsantarasaで
重複するカ
ら, 不 空 は 後 者 を 「喩 伽 中毘 盧 遮 那」 とし て区 別 した もの と思 わ れ る 。
不 空 とSamayogaの
指 摘 す る尊 格 は, 金 剛薩 唾,
毘 盧 遮 那,
釈迦 牟尼 の三 者
で, 完 全 に一 致 した。 また 『=金
剛頂 経 』 では 金 剛 光 と金 剛 日は 同躰 と さ れ、 『理
-399-
『一 切 佛 集 會 肇 吉 尼 戒 網 喩 伽 』 所 説 「九 味 」 再 考(田
趣 広 経』 とSamayogaの
中)
(143)
関係 か ら見 れ ば, ヘ ー ル カは 降 三 世, 蓮 華 舞 自在 は 観
自在 の後 身 で あ るか らヘ ール カを 持金 剛, 蓮 華舞 自在 を観 自在, 金 圃 日を 金 剛 光
とす るの も無 理 は な い。 一 方adbhutarasaに
はAraliで
相 当 す る 尊 格 は, uttaratantraで
あ るが, 古 タソ トラ版 で は 喜 笑 を 表 す 間 投 詞a
la laと な っ てい る
か ら, 金 剛 笑 の訳 も妥 当 で あ ろ う。唯 一 の難 は, 不 空 が パ ラマ ー シ ュ ヴ ァを 降 三
世 と した 点 だ が, これ も 『理 趣 広経 』 では 掲 磨 部 が 未 発 達 だ った た め, パ ラマ ー
シ ュ ヴ ァ族 が ヘ ール カ族 を 改 変 して作 られ て い る こ と を 念 頭.に置 げ ば 理解 で き
る。
こ の よ うに 『指 帰 』 の 記 述 とSamayogaは
yogaの
よ く一 致 して お り, 不空 はSama-
この一 偶 あ る いは そ れ に 類 した もの を 知 って い た と考 え られ る。
この偶 はuttaratantraと
古 タ ン トラ版 では, 異 な った 前 後 関 係 で 出 現す る の
で, 不 空 の時 代 にSamayogaの
現 存 テ キ ス トが 成 立 し てい た か は 疑 問 で あ る。 し
か し この偶 には, サ マ ー ヨ ー ガで成 立 し後 の母 タン トラに 継 承 され た, 「六 族」 と
「九 味 」 が 明 確 に 説 か れ て い る。 し たが っ て母 タ ン トラの 先 駆 者 で あ るSamayoga
の 原 初形 態 が, 不 空 が 帰 朝 した8世 紀 中 葉 に成 立 して いた こ とは 動 か せ な い。 こ
の 事 実 は,
後 期 密教 の成 立 史を 論 じる上 で も, 大 き な 意味 が あ る よ うに 思わ れ
る。
1)
2)
大 正No.869.
大正Vol.18, 286c
3)
dPal
ba'i
4)
sans rgyas
mchog
rTog
sbyor
ces
bya
pa thams
ba
mkha"gro
thams
ba'i
cad dan my ani par
rgyud
bla
ma(北
sbyor ba mkha'
'gro
ma sgyu ma bde
京No.8)
cad 'dus
pa zes
bya
ba sans
sgyuma
bde
ba'i
mchog
gi
rgyas
rgyud
thaws
phyi
cad dan mean
ma'i
phyi
par
ma(北
京
No.9)
5)本
タ ン
ト ラ の 具 名 に つ い て はdiajalasamvaraか, dakiamayasamaraか
-398-
と い
う
(144)
『一 切 佛 集 會 學 吉 尼 戒 網 喩 伽 』 所 説
議 論 が あ り 決 着 し て い な か っ た が,
skt.
text(CIHTS,
1990,
Sarmbuddhasamayogadakiajalasamvaraの
田 中 下 掲10)論
文p.59-60参
『1刺嚇 教 の 典 籍 』(昭 和19年)p.23.
7)
松長有慶
『密 教 の 歴 史 』(昭 和44年
8)
初掲は
国 書 刊 行 会)に
そ の 後r理
『密 教 図 縁 』 第 三 号(昭
11)
『東 方 』 第5号(平
京N(L8,
和59年)
成 元 年)
Vol.1,
1g5-3-6∼7
13)Sarvabuddhasamayogatautraaja-ama(金
14)
dPal
bde
sans
ba mchog
15)
北 京No
16)
上 村勝 彦
<キ ー ワ ー ド>
趣 経 の 研 究 一 そ の 成 立 と展 開 一 』
再 録。
『理 趣 経 の 研 究 』p.499
10)
12)北
平 楽 寺 書 店)P.94.
『仏 教 と 哲 学 』(昭 和49年),
田亮 成
に発
照。
酒井真典
9)福
第2品
正 し い こ とが 立 証 さ れ た。 な お 根 本 タ ン ト ラ の 実 在 性 に
6)
(昭 和62年
第2
こ れ に 対 応 す る 部 分 が チ ベ ヅ ト訳uttaratantraの
見 さ れ た の で, dakiajaaが
つ い て は,
中)
AnahgayoginのDakinijalasammrarahasyaの
P.8)に,
品 が 引 用 さ れ て お り,
「九 味 」 再 考(田
rgyas
thams
gi rgyud
2531,
Vol.58,
cad
kyi dm
子No.
dan
mnam
rmm
par
par
207),
sbyor
bsad
ba
pa(北
fol.297.
nakha"gro
nza
168-5-7∼169-1-5
『イ ソ ド古 典 演 劇 論 に お け る 美 的 経 験 』(1990年)p.371以
イ ン ド密 教,
sgyu
京N(L2531)
『金 剛 頂 経 』, rasa 論,
母 タ ン トラ
(東 方 研 究 会 専 任 研 究 員,
-397-
下 参 照。
東 京 大 学 講 師)