Title クモ膜下出血後の脳血管攣縮に関する研究 脳血管平滑筋細 胞におけるプロテインキナーゼC活性化機構について( 内容 の要旨(Summary) ) Author(s) 中島, 利彦 Report No.(Doctoral Degree) 博士(医学)乙 第891号 Issue Date 1994-01-19 Type 博士論文 Version URL http://repository.lib.gifu-u.ac.jp/handle/123456789/15383 ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。 氏名(本籍) 中 学位の種類 博 島 利 彦(岐阜県) 士(医学) 学位授与番号 乙第 学位授与日付 平成 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 クモ膿下出血後の脳血管攣縮に関する研究 脳血管平滑筋細胞におけるプロテインキナーゼC活性化機構について 学位論文題目 審 査 委 員 891号 年1月19 6 (主査)教授 山 田 (副査)教授 鶴 見 論 文 日 弘 介 内 登 容 教授 の 要 野 澤 義 則 旨 クモ膜下出血後に発生する脳血管攣縮は,その成因に閲し数多くの研究が成されてきたにもかかわらず未だに 成因は不明確である。近年,脳血管攣縮の発生に,脳血管平滑筋細胞におけるプロテインキナーゼC(PKC)の 活性化,すなわちPKC依存性平滑筋収縮機構が関与することが,示唆されるようになってきた0しかしながら, クモ膜下出血後の脳血管平滑筋細胞において,どのような機序でPKCが活性化されるかについては全く不明で あった。申請者は,クモ膜下出血後の脳血管平滑筋におけるPKC活性化に閲し,以下の2つの機序を考え研究 を行った。 (A)クモ膜下出血後,脳組織由来と考えられるホスファチジルイノシトール特異的ホスホリパーゼC(PI-PLC) が,脳槽脳脊髄液に逸脱していることが既に明らかとなっている。このPI-PLCが脳血管平滑筋細胞膜に作用し・ 細胞膜リン脂質を分解し,これによ.り産生されたジアシルグリセロール(DG)が,血管平滑筋細胞におけるPKC を活性化するという機序。(B)クモ膜下出血後の脳脊髄液を培養血管平滑筋細胞に作用させると,細胞内カル シウムイオン([Ca2・]i)が上昇することが既に明かとなっている。クモ膜下出血後の脳脊髄液中に未知のア ゴニストが存在し,受容体を刺激することにより血管平滑筋細胞膜ホスホリパーゼC(PLC)を活性化し,産生さ れるイノシトール1,4!5一三リン酸(IP3)とDGがそれぞれ[Ca2+]iを上昇させ,またPKCを活性化するという 機序を考えた。 研究方法 (A)に閲し以下の実験を行った。 (1)破裂脳動脈瘡に対して急性期手術を行った21名のクモ膜下出血患者の脳槽脳脊髄液を経時的に採取し,脳脊 髄液中のPI-PLC活性の測定を行い,PI-PLC活性とクモ膜下出血の重症度,及び症候性脳血管撃縮の有無との関 係を検討した。 (2)ラット大動脈由来培養血管平滑筋細胞(VSMC)に対し,ホスファチジルコリン,スフィンゴミエリン等に作 用するC.peTjringeTW由来PLC(C.peTfringensPLC)及び,ホスファチジルイノシトール(PI)に特異的に作 用するB.thuriTZgiensis由来PLC(B.thuringiensisPLC)をそれぞれ0・1unit/mlの濃度で作用させ,VSMCに おけるDG量の経時変化を測定した。また一方で細胞膜画分,細胞質画分におけるPKC活性の経時変化を測定し た。 (B)に閲し以下の実験を行った。 (3)クモ膜下出血後の脳槽脳脊髄液に対し加熱,限外濾過,塩析を行い,これらの操作を行った脳脊髄液をVS MCに作用させ,[Ca2+]i■を上昇させるかどうかを検討した。 (4)クモ膜下出血後10∼12日後の脳槽脳脊髄液200mlを,50∼75%飽和硫酸アンモニウムにより塩析し,得られ た沈査からイオン交換クロマトグラフィー及び,ゲル汝過クロマトグラフィーにより,VSMCの[Ca2+]i上昇 dodecylsulfate をひきおこす物質の部分精製を試み,SOdium polyacrylamidegelelectrophoresis(SDS-PAGE) による分析も併せて行った。 結果及び考察 (1)クモ膜下出血後の脳槽脳脊髄液中のPI-PLC活性は非常に高く,発症後3日では0.90±0.76nmol/min/ml 117 で,クモ膜下出血発症後6日までに急速に低下した後,以後漸次減少し,16日後にははぼ正常域(0.07±0.02 nmol/min/ml)になった。発症3日目の脳脊髄液中のPI-PLC活性は,クモ膜下出血重症度と相関し,さらに 発症3日目のPI-PLC活性は症候性脳血管撃縮を呈した症例では0.96±0.71nmol/min/mlと,症侯性脳血管攣 縮を呈さなかった症例の0.44±0.24nmol/min/mlに比して有意に高かった(P<0.05)。 (2)vSMCにC.peJ舟ingens PLC及びB.thuringieTWis PLCを細胞外より作用させると,リセブターアゴニス トにより活性化された細胞膜PLCにより生ずるような,2相性のDGの上昇はみられず,作用後1分で急速に DG量は上昇し,作用後10分まで徐々に上昇した。またPKC活性はC.peTfringensPLCを作用させた場合,細胞 膜画分の活性は2分後には刺激前の116%に上昇し以後急速に低下した。また細胞質画分のPKC活性は時間経過 とともに漸次低下した。またB・thuringiensisPLCを作用させると,細胞膜画分のPKC活性は10分後には刺激 前の170%に上昇し以後徐々に低下したが細胞質画分のPKC活性の低下は軽度で,刺激10分後に刺激前の96%に 低下したのみであった。 クモ膜下出血後早期には,脳脊髄液中に脳組織からの逸脱酵素としてのPI-PLCが,大量に存在する。一方B. thuringiensisPLCを細胞外より作用させるとVSMCのPKCが活性化される。従ってクモ膜下出血後,脳脊髄液 中に存在するPI-PLCが脳血管平滑筋に作用し脳血管平滑筋のPKCを活性化する可能性が考えられる。しかし, 脳組織に存在するPI-PLCはPI,ホスファチジルイノシトール4,5一ニリン酸(PIP2)を基質とし,酵素活性はカ ルシウムイオン濃度に依存性であるのに対し,B.thuringieTWisPLCはPIを基質とし,酵素活性はカルシウムイ オン濃度には依存しない等酵素学的性質が異なり.この実験結果を病態にそのままあてはめることはできないが, クモ膜下出血後の脳脊髄液中に,細胞膜リン脂質代謝に影響を及ぼす可能性のある脳組織由来の酵素が存在する ことは,脳血管撃縮発生のメカニズムを考える上で興味深いと考えられた。 (3)加熱処理あるいは限外連過により分子量5万以上の成分を除いた脳脊髄液をVSMCに作用させても, [Ca2']iの上昇はみられないことから,クモ膜下出血後の脳脊髄液中に存在するVSMCの[Ca2・]iの上昇をひ きおこす物質は,タンパク質であると考えられた。さらに硫酸アンモニウムによる塩析法を用いた分画を行うと, 50-75%飽和硫酸アンモニウムにより塩析される分画が,VSMCの[Ca2+]i上昇をひきおこした。 (4)この物質の部分精製を試みたところ,ゲル渡過クロマイトグラフイーから,ウシ血清アルブミンより分子量 がやや大きいタンパクであると考えられ,SDS-PAGEによる分析から,このタンパク質の分子量は約8万であ ると推測された○さらに部分精製された物質は細胞外カルシウムイオンを除いた状態でもVSMCの[Ca2・]iの 上昇を引き起こした。 従って・クモ膜下出血後の脳脊髄液中には分子量約8万の,VSMCの[Ca2+]i上昇をひきおこすタンパク質 が存在し,この物質はVSMCの細胞膜PLCを活性化しIP3,DGを産生させることにより,[Ca2一]iの上昇をひ きおこし,一方でPKCを活性化する可能性があると考えられた。 以上により,クモ膜下出血後における脳血管平滑筋細胞のPKC活性化機構としては,クモ膜下出血後の脳脊 髄液中に存在するPI-PLCの作用よりむしろ,分子量約8万のタンパク質によるPKC活性化を考えるべきである と思われた○これまでこのような物質についての報告はなく,今後この物質に関する詳細な研究が必要であると 考えられた。 論文審査の結果の要旨 申請者中島利熟ま,クモ膜下出血後の脳血管撃締の成因について脳血管平滑筋細胞のプロテインキナーゼCが いかなる機序により活性化されるかを詳細に検討し,その機序を明らかにした○またクモ膜下出血の脳脊髄液中 に存在する分子量約8万の蛋白が脳血管撃縮に深く関与していることを始めて明らかにした。この研究成果は脳 神経外科学ならびに脳卒中の外科治療の発展に寄与するところが大きいものと認める。 [主論文公表誌] クモ膜下出血後の脳血管攣縮に関する研究 脳血管平滑筋細胞におけるプロテインキナーゼC活性化機構について 岐阜大医紀 41(4):755∼776,1993 118
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