幾何学 II:14年11月 5日 今日の講義の摘要: X を位相空間とする。前回、 X の特異 n-chain 群 Sn (X) を Sn (X) := ZX ∆ n n つまり標準 n-単体 ∆n から X への連続写像全体の集合 X ∆ := {σ : ∆n → X; 連続写像 } の生成す n る自由加群として定義した。また、境界写像(boundary map)∂n : Sn (X) = ZX ∆ → Sn−1 (X) = ∑ n−1 L ZX ∆ は、任意の元 u = l=1 al σl ∈ Sn (X), al ∈ Z, σl : ∆n → X 連続写像、について ∂n (u) = ∑L l=1 al ∂n (σl ) = ∑L ∑n l=1 i=0 (−1)i al (σl ◦ dn−1 ) ∈ Sn−1 (X) i とおくことによって定義した。ここで dn−1 : ∆n−1 → ∆n は(i 番目の頂点の向い側の面への)面 i 写像である。補題 5.3 で示したように ∂n ∂n+1 = 0 であるから Im ∂n+1 ⊂ Ker ∂n となる。そこで 商群 Hn (X) = Hn (X; Z) := Ker ∂n /Im ∂n+1 をとることが可能になる。これを位相空間 X の第 n (整数係数特異)ホモロジー群と呼ぶのであ る。位相空間 X の複雑さを 定量的に 測っているのである。 今回は、§3 で述べた「基本性質」のうち(証明に手間のかかる)ホモトピー不変性(§6)と Mayer-Vietoris 完全列(§8)以外をすべて証明する。残りの時間で、標準 n 単体 ∆n の形状をし らべる。 §5. 特異ホモロジー群の定義.(後半) 位相空間 X について、Sn (X) および ∂n をすべての n ≥ 0 について集めたもの S∗ (X) := {Sn (X), ∂n : Sn (X) → Sn−1 (X)}n≥0 を、位相空間 X の 特異チェイン複体 と呼ぶ。ここで、∂0 = 0 : S0 (X) → 0 と理解する。 前回の最後に次の補題を証明した 補題 5.3 bis. 任意の n ≥ 1 について ∂n ∂n+1 = 0 : Sn+1 (X) → Sn−1 (X) が成立つ。 補題 5.3 の性質をもつ可換群と準同型の集まりは、チェイン複体と呼ばれる。そこで今日 はまず最初に チェイン複体とそのホモロジー群 について簡単に述べておこう。 定義. C∗ = {Cq , ∂q : Cq → Cq−1 }q≥0 がチェイン複体(chain complex, 鎖複体, Z-チェイ ン複体)であるとは、各 q ≥ 0 について Cq が可換群(Z-加群)、∂q が準同型(Z-準同型) であって条件 ∂q ∂q+1 = 0 : Cq+1 → Cq−1 を充たすことを言う。ここで C−1 = 0, ∂0 = 0 と理解する。Cq の元を q-チェイン(q-chain) と呼び、準同型 ∂ = ∂q を境界写像(boundary map)と呼ぶ。 各 q ≥ 0 について Cq の部分群 Zq (C∗ ) (第 q cycle 群)および Bq (C∗ ) (第 q boundary 群)を Zq (C∗ ) := Ker(∂q : Cq → Cq−1 ) ⊂ Cq Bq (C∗ ) := Im(∂q+1 : Cq+1 → Cq ) ⊂ Cq 1 幾何学 II 2 によって定義する。 Zq (C∗ ) の元を q-サイクル(q-cycle, q-輪体)と呼び Bq (C∗ ) の元を qバウンダリー(q-boundary, q-境界)と呼ぶ。チェイン複体の定義の条件 ∂q ∂q+1 = 0 は条件 Bq (C∗ ) ⊂ Zq (C∗ ) に同値である1 。そこで各 q ≥ 0 について商群 Hq (C∗ ) := Zq (C∗ )/Bq (C∗ ) が定義できる。これをチェイン複体 C∗ の第 q ホモロジー群(q 次元ホモロジー群)とよ ぶ。 q-サイクル u ∈ Zq (C∗ ) の定める同値類を u のホモロジー類 (homology class) とよび [u] := u + Bq (C∗ ) = u modBq (C∗ ) ∈ Hq (C∗ ) = Zq (C∗ )/Bq (C∗ ) と表わす。第 q ホモロジー群の集まり {Hq (C∗ )}q≥0 または直和 ⊕q≥0 Hq (C∗ ) を H∗ (C∗ ) と書き、チェイン複体 C∗ のホモロジー群とよぶ。q = 0 のときは Z0 (C∗ ) = C0 そして H0 (C∗ ) = C0 /B0 (C∗ ) = C0 /∂1 (C1 ) = Coker(∂1 : C1 → C0 ) と理解する。 次の補題は完全列とチェイン複体の定義を較べれば直ちに分かる。つまりホモロジー群 とは「どのくらい完全ではないか?」ということを 定量的に 測るものなのである2 。 補題 5.4. 可換群と準同型の列 C∗ : ∂q+1 ∂q ∂q−1 ∂ ∂ · · · → Cq+1 → Cq → Cq−1 → · · · →2 C1 →1 C0 について次の二つの条件は同値である: (a) 列 C∗ はチェイン複体であって任意の q ≥ 1 について Hq (C∗ ) = 0 である。 (b) 列 C∗ は完全である。 証明. いずれの場合も、 Im ∂q+1 = Bq (C∗ ) ⊂ Zq (C∗ ) = Ker ∂q であることに注意する。そこ で、各 q ≥ 1 について、Cq において完全(exact) ⇔ Im ∂q+1 = Ker ∂q ⇔ Bq (C∗ ) = Zq (C∗ ) ⇔ Zq (C∗ )/Bq (C∗ ) = 0 位相空間 X にもどる。補題 5.3 により、特異チェイン複体 S∗ (X) はチェイン複体で ある。各 q ≥ 0 について、特異チェイン複体 S∗ (X) の第 q-ホモロジー群 Hq (S∗ (X)) を、 Hq (X) = Hq (X; Z) と表し: Hq (X) = Hq (X; Z) : = Hq (S∗ (X)) = Zq (S∗ (X))/Bq (S∗ (X)) = Ker (∂q : Sq (X) → Sq−1 (X)) /Im (∂q+1 : Sq+1 (X) → Sq (X)) . 位相空間 X の第 q (整(数)係数) (特異)ホモロジー群(the q-th (singular) (integral) homology group )と呼ぶ。また、ホモロジー群の集まり {Hq (X)}q≥0 ま たは直和 ⊕q≥0 Hq (X) を H∗ (X) と書き、位相空間 X の(特異)ホモロジー群と呼ぶ。 まず、一点からなる位相空間 ∗ についてホモロジー群を計算してみよう。 補題 5.5. (=「基本性質」(IV).) 一点からなる位相空間 ∗ = {∗} について次が成り立つ { 0, if q 6= 0, Hq (∗) = Z, if q = 0. 実際、∂q ∂q+1 = 0 ⇔ ∂q (Bq (C∗ )) = ∂q ∂q+1 (Cq+1 ) = 0 ⇔ Bq (C∗ ) ⊂ Ker ∂q = Zq (C∗ ) 否定的な状況を定量的に測定するのが(コ)ホモロジーというものだと言ってよいかもしれな い。その典型が、障害理論、とくに、特性類である。これらについては補講で簡単に解説する。 1 2 14 年 11 月 5 日 3 証明. 各 q ≥ 0 について ∆q から ∗ への連続写像は一つしかない。それを fq : ∆q → ∗ と q 表す。 fq (x) := ∗, ∀x ∈ ∆q , である。つまり、∗∆ = {fq } であるから、 Sq (∗) = Z ∗∆ = Z{fq } ∼ =Z q となる。明らかに fq ◦ dq−1 = fq−1 が全ての 0 ≤ i ≤ q について成り立つから、 i { q q ∑ ∑ 0, q が奇数のとき, ∂q (fq ) = (−1)i (fq ◦ dq−1 )= (−1)i fq−1 = i fq−1 , q が偶数のとき i=0 i=0 となる。以上をまとめると、位相空間 ∗ の特異チェイン複体 S∗ (∗) は完全列 0 1 0 1 1 0 · · · → Z → Z → Z → Z → · · · → Z → Z (exact) に他ならず、補題 5.4 によりそのホモロジー群は、q ≥ 1 のとき Hq (∗) = Hq (S∗ (∗)) = 0 となる。また、明らかに、H0 (∗) = H0 (S∗ (∗)) = Z である。 次に、位相空間のホモロジー群と連続写像の関係を調べよう。位相空間の(特異)ホモ ロジー群が位相空間の圏から可換群の圏への共変函手であることを示す。 n n X, Y を位相空間、 f : X → Y を連続写像とする。 σ ∈ X ∆ に合成写像 f ◦ σ ∈ Y ∆ を対応させることにより準同型 ∑L ∑L n n al σl 7→ al (f ◦ σl ) f∗ : Sn (X) = ZX ∆ → Sn (Y ) = ZY ∆ , l=1 l=1 が得られる。 f および σ が連続であることから合成写像 f ◦ σ : ∆n → X → Y も連続と なることに注意せよ。準同型 f∗ たちはすべての n ≥ 0 について関係式 ∂n ◦ f∗ = f∗ ◦ ∂n : Sn (X) → Sn−1 (Y ) (5.3) が成立つ。実際、任意の σ ∈ X ∆ について n ∑n ∂n ◦ f∗ (σ) = ∂n (f ◦ σ) = (−1)i (f ◦ σ ◦ din−1 ) i=0 ∑n = f∗ (−1)i (σ ◦ din−1 ) = f∗ ◦ ∂n (σ) i=0 であり、 X は Sn (X) の基底だから Sn (X) 全体の上で (5.3) つまり ∂n ◦ f∗ = f∗ ◦ ∂n が 成り立つ。 このような準同型の集まり f∗ : S∗ (X) → S∗ (Y ) をチェイン写像という。 ∆n チェイン写像の一般論 を述べておこう。C∗ = {Cq , ∂q : Cq → Cq−1 }q≥0 および D∗ = {Dq , ∂ 0 q : Dq → Dq−1 }q≥0 をチェイン複体とする。このとき準同型 f∗ : Cq → Dq の あつまり f∗ = {f∗ : Cq → Dq }q≥0 がチェイン写像(chain map)であるとはすべての q ≥ 0 について条件 ∂ 0 q ◦ f∗ = f∗ ◦ ∂q : Cq → Dq−1 (5.4) が成り立つこと、つまり、縦の矢印はすべて f∗ : C∗ → D∗ としたとき、次の図式が可換に なることを言う。 ··· ··· ∂q+2 → ∂ 0 q+2 → Cq+1 ↓ Dq+1 ∂q+1 → ∂ 0 q+1 → ∂q ∂q−1 ∂0q ∂ 0 q−1 Cq → Cq−1 ↓ ↓ Dq → Dq−1 → → Cq−2 ↓ Dq−2 ∂q−2 → ∂ 0 q−2 → ··· ··· 幾何学 II 4 条件 (5.4) から、すべての q ≥ 0 について f∗ (Zq (C∗ )) = f∗ (Ker∂q ) ⊂ Ker∂ 0 q = Zq (D∗ ) (5.5) f∗ (Bq (C∗ )) = f∗ (Im∂q+1 ) ⊂ Im∂ 0 q+1 = Bq (D∗ ) (5.6) が成り立つ。 証明. 任意の u ∈ Zq (C∗ ) = Ker ∂q について ∂ 0 q (f∗ (u)) = f∗ (∂q (u)) = 0 つまり f∗ (u) ∈ Ker ∂ 0 q = Zq (D∗ ) となるから f∗ (Zq (C∗ )) ⊂ Zq (D∗ ) となる。また、任意の v ∈ Cq+1 につ いて f∗ (∂q+1 (v)) = ∂ 0 q+1 (f∗ (v)) ∈ Im ∂ 0 q+1 = Bq (D∗ ) であるから f∗ (Bq (C∗ )) ⊂ Bq (D∗ ) と なる。 そこで準同型 f∗ : Zq (C∗ ) → Zq (D∗ ), u 7→ f∗ (u) が得られる。これを自然射影 π : Zq (D∗ ) → Zq (D∗ )/Bq (D∗ ) = Hq (D∗ ) に合成して得られる準同型 π ◦ f∗ : Zq (C∗ ) → Zq (D∗ ) → Zq (D∗ )/Bq (D∗ ) = Hq (D∗ ), u 7→ f∗ (u) 7→ [f∗ (u)] は (5.6) より Bq (C∗ ) 上ゼロである。したがって補題 5.1(商群の普遍性)により準同型 f∗ : Hq (C∗ ) → Hq (D∗ ), [u] 7→ [f∗ (u)] が定義される。これをチェイン写像 f∗ : C∗ → D∗ の 誘導準同型 と呼ぶ。 位相空間に戻ろう。 f : X → Y を位相空間 X から Y への連続写像とする。 (5.3) に より準同型 f∗ : S∗ (X) → S∗ (Y ) はチェイン写像であるから、以上の議論を適用して、す べての n ≥ 0 について準同型 f∗ : Hn (X)(= Hn (S∗ (X))) → Hn (Y )(= Hn (S∗ (Y ))), [z] 7→ [f∗ (z)] が誘導される。これを連続写像 f : X → Y の 誘導準同型(induced homomorphism)と 呼ぶ。 補題 5.6. (ホモロジー群の自然性.) すべての整数 n ≥ 0 について次が成り立つ。 (1) 恒等写像 1X : X → X, x 7→ x について (1X )∗ = 1Hn (X) : Hn (X) → Hn (X) (2) 連続写像 f : X → Y および g : Y → Z について (g ◦ f )∗ = g∗ ◦ f∗ : Hn (X) → Hn (Z) したがって、第 n ホモロジー群 Hn は位相空間の圏から可換群の圏への共変函手である。 証明. ほとんど明らかであるが、しつこく証明しておく。 ∀σ ∈ X ∆ について (1X )∗ σ = 1X ◦ σ = σ 、(g ◦ f )∗ σ = g ◦ f ◦ σ = g∗ (f ◦ σ) = g∗ (f∗ (σ)) = (g∗ ◦ f∗ )(σ) である。そこで、 (1X )∗ = 1Sn (X) : Sn (X) → Sn (X), (g ◦ f )∗ = g∗ ◦ f∗ : Sn (X) → Sn (Z) となる。したがって ∀z ∈ Zn (X) について (1X )∗ [z] = [(1X )∗ (z)] = [z] = 1Hn (X) [z], (g ◦ f )∗ [z] = [(g ◦ f )∗ (z)] = [g∗ (f∗ (z))] = g∗ [f∗ (z)] = g∗ (f∗ [z]) = (g∗ ◦ f∗ )[z] となり、補題が示される。 n 14 年 11 月 5 日 5 とくに、補題 2.4 によって第 n ホモロジー群 Hn は位相不変性をもつ。 以下 §8 まで使って、ここで定義したホモロジー群 H∗ (X) が §3 でのべた「基本性質」 (I - V) を充たすことを証明する。ホモトピー不変性 (I) については §6 で、 Mayer-Vietoris 完全列 (II) については §8 で証明する。また基本性質 (IV) つまり、一点からなる空間 ∗ の ホモロジー群はすでに補題 5.5 で証明した。残る (III) と (V) を証明しよう。 補題 5.7. (=「基本性質」(III)3 .) 位相空間 X の、各 λ ∈ π0 (X) に対応する弧状連結成分 を Xλ とする。このとき包含写像 iλ : Xλ ,→ X は任意の n ≥ 0 について次の直和分解を 誘導する ⊕ Hn (X) = Hn (Xλ ). λ∈π0 (X) 証明. 包含準同型をあつめたもの ⊕ ⊕ i∗ := (iλ )∗ : λ∈π0 (X) λ∈π0 (X) Hn (Xλ ) → Hn (X) が同型であることを示す。 n 各 n ≥ 0 について ∆n は弧状連結だから任意の σ ∈ X ∆ について σ(∆n ) は弧状連結、 したがって或る λ ∈ π0 (X) について σ(∆n ) ⊂ Xλ となる。他方すべての µ 6= µ0 ∈ π0 (X) n について Xµ ∩ Xµ0 = ∅ だから、このような λ は σ に対して一意的に定まる。ゆえに X ∆ n は Xλ ∆ たちの disjoint union に分かれる: n X∆ = a n Xλ ∆ λ∈π0 (X) ことを意味する。両辺の生成する自由加群をとって直和分解 ⊕ ⊕ n n Sn (X) = ZX ∆ = ZXλ ∆ = λ∈π0 (X) λ∈π0 (X) Sn (Xλ ) を得る。境界写像が S∗ (Xλ ) を保つことに注意せよ。この直和分解は包含準同型 (iλ )∗ : Sn (Xλ ) → Sn (X) を集めたものに他ならない。見方を変えると、これはチェイン写像 i∗ := ⊕ λ∈π0 (X) (iλ )∗ : ⊕ λ∈π0 (X) S∗ (Xλ ) → S∗ (X) が同型であるということである。左辺の Zq は直和成分それぞれの Zq の直和であり、Bq も同様である。したがって、ホモロジー群に移行して ⊕ ⊕ Hq (Xλ ) → Hq (X) (iλ )∗ : i∗ := λ∈π0 (X) λ∈π0 (X) が同型であることが分かる。 X = ∅ のとき H∗ (∅) = 0 という主張もここに含めて考えて下さい。π0 (∅) = ∅ であって空集合 で添字付けられた可換群の直和は 0 だからである。特異ホモロジー群の定義から直接証明するには n n 次のように考えればよい。任意の n ≥ 0 について ∅∆ = ∅ である。そこで Sn (∅) = Z∅∆ = 0 と なり、Hn (∅) = 0 となる。 3 幾何学 II 6 この補題により、与えられた位相空間のホモロジー群を計算するには各弧状連結成分の ホモロジー群を計算した上で、それらの直和をとればよいことが分かる。かくして、ホモ ロジー群の計算は、弧状連結な位相空間について実行できれば充分である。 次に基本性質 (V) の証明つまり Zπ0 (X) との同定をしよう。 補題 5.8. (=「基本性質」(V).) 任意の位相空間 X について H0 (X) = Zπ0 (X) となる。この同型は自然である。つまり連続写像 f : X → Y について次の図式は可換で ある H0 (X) Zπ0 (X) f∗ y f∗ y Zπ0 (Y ). H0 (Y ) 証明. ∆0 = {1} ⊂ R だから集合としての同型 ϕ0 : X ∆ → X, ρ 7→ ρ(1), が得られ、同型 0 ϕ0 ] : ZX ∆ ∼ = ZX が得られる。また、写像 0 ψ : I = [0, 1] → ∆1 , t 7→ (1 − t, t) により、同相 I = [0, 1] ≈ ∆1 が成立つ。ψ は集合としての同型 ϕ1 : X ∆ → X I , σ 7→ σ ◦ ψ 1 を与える。つまり同型 ϕ1 ] : ZX ∆ ∼ = ZX I が得られる。 図式 pX 1 0 ∂1 ZX ∆ −−− → ZX ∆ −−− → H0 (X) −−−→ 0 ϕ1 ] ϕ0 ] y y 1 D X ZX I −−− → ZX $ X −−− → Zπ0 (X) −−−→ 0 に着目する。上の列は第 0 ホモロジー群 H0 (X) が境界写像 ∂1 : S1 (X) = ZX ∆ → 0 S0 (X) = ZX の余核であるという事実から得られる完全列である。自然射影 ZX ∆ = S0 (X) → H0 (X) を pX と表した。また、下の列は補題 2.8 の完全列である。 左側の四角形は可換である。実際、d0 (1) = (0, 1) = ψ(1) および d1 (1) = (1, 0) = ψ(0) ∈ 1 ∆1 により、任意の σ ∈ X ∆ について DX (ϕ1 (σ)) = DX (σ ◦ ψ) = σ ◦ ψ(1) − σ ◦ ψ(0) = σ ◦ d0 (1) − σ ◦ d1 (1) = ϕ0 ] (σ ◦ d0 − σ ◦ d1 ) = ϕ0 ] ∂1 (σ) となるからである。 したがって(商群の普遍性により)準同型 1 ϕ : H0 (X) → Zπ0 (X), pX (u) 7→ $X (ϕ0 ] (u)) および ϕ−1 : Zπ0 (X) → H0 (X), $X (v) 7→ pX (ϕ0 ] −1 (v)) 0 (ただし u ∈ ZX ∆ , v ∈ ZX )が定義され、互いに逆写像となる。同型 H0 (X) ∼ = Zπ0 (X) が得られた。 0 この同型の自然性を見ておく。f : X → Y を連続写像とする。任意の σ ∈ X ∆ につい て ϕ0 (f∗ σ) = ϕ0 (f ◦ σ) = f σ(1) = f∗ (σ(1)) = f∗ ϕ0 (σ) ∈ Y であるから、ϕ0 ] f∗ = f] ϕ0 ] : 0 0 ZX ∆ → ZY となる。したがって、任意の u ∈ ZX ∆ について ϕf∗ pX (u) = ϕpY f∗ (u) = $Y ϕ0 ] f∗ (u) = $Y f] ϕ0 ] (u) = f∗ $X ϕ0 ] (u) = f∗ ϕpX (u) となり、ϕf∗ = f∗ ϕ : H0 (X) → Zπ0 (Y ) が成立つ。これが示すべきことであった45 。 4 5 当たり前のことをしつこく書いたので却って分かりにくくなったかもしれない。 残る「基本性質」はホモトピー不変性と Mayer-Vietoris 完全列である。 14 年 11 月 5 日 7 最後に、標準 n-単体の形状を見ておこう。標準 n-単体 ∆n とは「n 次元の正三角形」で ある。三角形を内部も込めて丸く膨張させると円板が出来る。つまり(内部も含む)三角 形は円板と同相であり、三角形の周の部分は円周に同相である。さらに、標準 n-単体 ∆n の境界 ∂∆n = {(x0 , x1 , . . . , xn ) ∈ ∆n ; 0 ≤ ∃i ≤ n, xi = 0} は球面 S n−1 に同相になるはずである。これを厳密に証明しよう。標準 n-単体に限らず、 トポロジーでは円板が形を変えていろいろと現れる6 。そこで、次の一般的な補題を証明し ておく。 補題 5.9. n ≥ 1 とする。V を実 n 次元 vector 空間とし、 µ : V → R を連続函数であっ て、任意の x ∈ V について (i) µ(x) ≥ 0, (ii) µ(x) = 0 ⇐⇒ x = 0. (iii) µ(ax) = aµ(x) for ∀a ≥ 0, をみたすものとする7 。このとき、同相写像 f : V → Rn であって f −1 (Dn ) = {v ∈ V ; µ(v) ≤ 1} および f −1 (S n−1 ) = {v ∈ V ; µ(v) = 1} (5.7) をみたすものが存在する。とくに、次の同相がなりたつ Dn ≈ {v ∈ V ; µ(v) ≤ 1} および S n−1 ≈ {v ∈ V ; µ(v) = 1}. 証明. V = Rn として一般性は失わない。いつものように x = (x1 , . . . , xn ) ∈ Rn につ ∑n 1/2 いて kxk := ( i=1 xi 2 ) ∈ R≥0 とする。定義により Dn = {x ∈ Rn ; kxk ≤ 1} また S n−1 = {x ∈ Rn ; kxk = 1} である。 写像 f : Rn → Rn を µ(x) x, if x 6= 0, f (x) := kxk 0, if x = 0, によって定義する。これは全単射であり、(iii) を使って計算すると逆写像 f −1 は x 6= 0 の とき f −1 (x) = µ(x)−1 kxkx, f −1 (0) = 0 となる。kf (x)k = µ(x) だから (5.7) も明らかであ る。もちろん Rn − {0} の上では f および f −1 は連続である。したがって、 f および f −1 が原点 0 において連続であることを示せば充分である。 まず、kf (x)k = µ(x) であり、 µ は連続だから limx→0 kf (x)k = limx→0 µ(x) = µ(0) = 0 つまり f (x) は x = 0 において連続である。 次に、S n−1 は compact であり、(i) (ii) により µ|S n−1 は正の実数に値をもつ連続函数 −1 だから、ある実数 C > 1 が存在して、任意の x ∈ S n−1 について C ≤ µ(x) をみたす。 ( )−1 kxk x x = µ kxk x したがって、任意の x ∈ Rn − {0} について kf −1 (x)k = µ(x) ≤ Ckxk となる。したがって limx→0 kf −1 (x)k = 0 となり、 f −1 (x) が x = 0 で連続であることが 分かる。以上で補題が証明された。 ホモロジー群(そしてホモトピー群)とは結局のところ、位相空間について、その空間の円板 たちとの関係を記述しているに過ぎない。 7 µ はノルムとは限らない。実際、次の補題 5.10 の µ は一般に µ(−x) 6= µ(x) である。 6 幾何学 II 8 それでは標準 n-単体 ∆n を調べよう。 補題 5.10. 同相 ∆n ≈ Dn および ∂∆n ≈ ∂Dn = S n−1 が成り立つ。 証明. うまく V および µ をとって、 ∆n が上述の補題の空間 {µ(v) ≤ 1} と同相になるこ とを示したい。 { } ∑n V := (x0 , x1 , . . . , xn ) ∈ Rn+1 ; xi = 0 ⊂ Rn+1 i=0 とおき、連続函数 µ : V → R, x = (x0 , x1 , . . . , xn ) 7→ µ(x) := max xi 0≤i≤n を考える。この µ は、定義から明らかに補題 5.9 の条件 (i) (ii) (iii) をみたし、さらに ∀x, x0 ∈ V について µ(x + x0 ) ≤ µ(x) + µ(x0 ) をみたす。上述の補題により空間 ∆n0 := {x ∈ V ; µ(x) ≤ 1} ⊂ V は Dn に同相であり、∂∆n0 = {x ∈ V ; µ(x) = 1} は S n−1 に同相である。 したがって、同相 ∆n ≈ ∆n0 および ∂∆n ≈ ∂∆n0 を示せば充分である。 連続写像 ϕ : ∆n → ∆n0 を ϕ(t) = (1 − (n + 1)t0 , . . . , 1 − (n + 1)tn ), (t = (t0 , t1 , . . . , tn ) ∈ ∆n ) ∑n によって定義する。 i=1 ti = 1 だから ϕ(t) ∈ V であり、 ti ≥ 0 だから ϕ(t) ∈ ∆n0 であ る。また、各 x = (x0 , x1 , . . . , xn ) ∈ ∆n0 について ψ(x) = (n + 1)−1 (1 − x0 , . . . , 1 − xn ) ∈ Rn+1 とおくと ψ(x) ∈ ∆n , ϕψ(x) = x, ∀x ∈ ∆n0 , ψϕ(t) = t, ∀t ∈ ∆n , となる。ゆえに連続写像 ψ : ∆n0 → ∆n が定義されて、ϕ の逆となる。とくに ϕ は同相であり、 ∂∆n は ϕ によって ∂∆n0 = {x ∈ V ; µ(x) = 1} = {x = (x0 , x1 , . . . , xn ) ∈ V ; ∃xi = 1, ∀xi ≤ 1} に同相である。これが示すべきことであった。 補題 5.9 から次が得られる。 補題 5.11. n ≥ 0 および 0 ≤ p ≤ n について、I n = [0, 1]n , Dp × Dn−p および ∆p × ∆n−p はすべて Dn に同相であり、これらの境界はすべて S n−1 に同相である。 証明. I n は [−1, 1]n ⊂ Rn に同相である。後者は Rn 上の連続函数 µ0 (x1 , x2 , . . . , xn ) := max1≤i≤n |xi | によって {x ∈ Rn ; µ0 (x) ≤ 1} と表される。函数 µ0 は明らかに補題 5.9 の 条件を充たす。 Dp × Dn−p は Rn 上の連続函数 } {√ √ x1 2 + . . . xp 2 , xp+1 2 + . . . xn 2 µp (x1 , x2 , . . . , xn ) := max によって {x ∈ Rn ; µp (x) ≤ 1} と表される。函数 µp は明らかに補題 5.9 の条件を充たす。 最後に ∆p × ∆n−p ≈ Dp × Dn−p ≈ Dn である。 14 年 11 月 5 日 9 n = 1, 2 のとき、面写像 di = dn−1 : ∆n−1 → ∆n , (0 ≤ i ≤ n) が具体的にどういうもの i n か見ておこう。そのために ∆ の座標のいれ方を手直ししておく。 n ≥ 0 について } { ∑n b n := y = (y1 , . . . , yn ) ∈ Rn ; yi ≥ 0 (1 ≤ ∀i ≤ n), yi ≤ 1 ⊂ R n ∆ i=1 とおく。このとき b n , (x0 , x1 , . . . , xn ) 7→ (x1 , . . . , xn ), は well-defined (つまり 補題 5.12. 写像 p : ∆n → ∆ b n ) な同相写像であり、その逆写像は次で与えられる8 。 ∀x ∈ ∆n について p(x) ∈ ∆ p−1 (y1 , . . . , yn ) = (1 − Σni=1 yi , y1 , . . . , yn ) , bn (y1 , . . . , yn ) ∈ ∆ n = 0, 1, 2 のとき b 0 = R0 = {0} ≈ ∗ ∆ b 1 = {y ∈ R; 0 ≤ y ≤ 1} = [0, 1] ∆ b 2 = {(y1 , y2 ) ∈ R2 ; 0 ≤ y1 , 0 ≤ y2 , y1 + y2 ≤ 1} ∆ となっている。直接計算すると pd00 p−1 (0) = pd00 (1) = p(0, 1) = 1 0 −1 0 pd1 p (0) = pd1 (1) = p(1, 0) = 0 pd10 p−1 (y) = pd10 (1 − y, y) = p(0, 1 − y, y) = (1 − y, y) pd11 p−1 (y) = pd11 (1 − y, y) = p(1 − y, 0, y) = (0, y) pd1 p−1 (y) = pd1 (1 − y, y) = p(1 − y, y, 0) = (y, 0) 2 2 (5.8) となる。この計算は基本群と第 1 ホモロジー群を関係付ける際に用いる。 これぐらいの事は独力で証明できるはずである。 p および上式で定義した p−1 の連続性は明ら b n , p−1 の定義の右辺が本当に ∆n に含まれているこ か。キチンと証明するべきことは p(∆n ) ⊂ ∆ −1 と、 pp−1 = 1∆ b n および p p = 1∆n の4つの点である。 8 幾何学 II 10 宿題レポート問題 5. (提出締切: 11月12日.)Klein の壺のホモロジー群を計算し よう。S 1 = {(x, y) ∈ R2 ; x2 + y 2 = 1} とみなす。S 1 × R への無限巡回群 Z の作用を ((x, y), t) ∈ S 1 × R と n ∈ Z について n((x, y), t) := ((x, (−1)n y), t + n) とおいて定義 する。商空間 K := (S 1 × R)/Z が Klein の壺に他ならない。π : S 1 × R → K を商写 像とする。 K の開被覆 {U, V } を U := π(S 1 ×]0, 1[) および V := π(S 1 ×] − 21 , 12 [) に よって定義する。開被覆 {U, V } の Mayer-Vietoris 完全列を使って Klein の壺 K のホモ ロジー群 H∗ (K; Z) = H∗ (K) を求めよ。(ヒント: Mayer-Vietoris 完全列に現れる準同型 i : H1 (U ∩ V ) → H1 (U ) ⊕ H1 (V ) を計算する。その際、U ∩ V と S 1 q S 1 および、U と V と S 1 のホモトピー同値写像をキチンと一つ固定する必要がある。これらのホモトピー同 値は ∩ V() および ( H1 (U ) ) H (1 (U ) ⊕)H1 (V ) の基底を定める。これらの基底によって準同型 i 1 1 1 −1 −1 1 は , , など(他の可能性もあり)と行列表示される9 。 ) 1 −1 1 1 1 1 幾何学特別演習 II 14年11月 5日 河澄 問題 5.1. n ≥ 1 とする。n 次元球体 Dn から相異なる二つの内点を取り除いたものは、 境界 ∂Dn をレトラクトにもつが、変位レトラクトに持たないことを証明せよ。 問題 5.2. X を位相空間とし、 A ⊂ X を X のレトラクト、 r : X → A をレトラクション とする。このとき、すべての q ≥ 0 について直和分解 Hq (X) ∼ = Hq (A) ⊕ Ker(r∗ : Hq (X) → Hq (A)) が成立つことを示せ。 問題 5.3. 複素射影空間 CP n の第 q ホモロジー群 Hq (CP n ) が、q が 0 ≤ q ≤ 2n な る偶数のとき Z で、それ以外の場合 0 となることを証明せよ。その際、複素射影空間 CP n+1 の一点 [0 : · · · : 0 : 1] の充分小さな開近傍 V であって R2n+2 と同相なものをとり、 U := CP n+1 \ {[0 : · · · : 0 : 1]} とおいて得られる CP n+1 の開被覆 {U, V } を使え。 問題 5.4. N ≥ 1 を正整数とする。 D2 = {z ∈ C; |z| ≤ 1} とみなす。D2 の同値関係 ∼ を、z, w ∈ D2 について ( ) z ∼ w ⇔ z = w または (|z| = |w| = 1 かつ z N = wN ) によって定義する。商空間 XN := D2 /∼ の整数係数ホモロジー群 Hn (XN ) = Hn (XN ; Z), n ≥ 0, を求めよ。 問題 5.5-7. 次の空間の整数係数ホモロジー群を求めよ (5.5) (5.6) (5.7) Y5 := {(x, y, z) ∈ R3 ; (x2 + y 2 )(x2 + y 2 + z 2 − 1) = 0 }, Y6 := {(x, y, z) ∈ R3 ; (x2 + z 2 )(y 2 + z 2 )(x2 + y 2 + z 2 − 1) = 0 }, Y7 := {(x, y, z) ∈ R3 ; (x2 + y 2 )z(x2 + y 2 + z 2 − 1) = 0 }. 二つの加群の同型は、ただ何となく同型である場合と、具体的な同型写像がはっきり分かって いる場合がある。実際の計算では前者と後者の違いは非常に大きい。いまの場合は後者であって、 具体的な同型写像をキッチリ追跡することによって Klein の壺のホモロジー群が計算できるのであ る。 9
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