トコトリエノールとオートファジーの誘導について

7 号(7 月)2014〕
トピックス
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トコトリエノールによるオートファジーの誘導について
Induction of autophagy by tocotrienols
オートファジーは自食作用(「食べる」を意味するラ
オートファジーの代表的な指標の一つである LC3-2
テン語での phagy に,
「自ら」の auto を付け加えた造語)
(microtubule associated protein light chain 3-2)の発現が
とも言われる細胞内での自己完結型のリサイクルシス
大きく変動していたことを明らかとした 4).これらは,
テムである.この機構は酵母からヒトに至るまで真核
ビタミン E の有無がオートファジー機能に何らかの影
生物の中で広く保存されている.オートファジーの存
響を及ぼす可能性を示している.そこで,本トピック
在自体は 1960 年代から知られていたが,90 年代に入
スではトコトリエノールによるオートファジーの誘導
り大隈(現:東京工業大学フロンティア研究機構 特
について述べる.
任教授)ら 1)が出芽酵母でオートファジーを発見した
PubMed 検索において“tocotrienol”と“autophagy”とい
ことを発端として,分子生物学的な研究が一気に加速
う 2 つのキーワードを入力すると,
わずか 12 件しかヒッ
した.オートファジーの機能には,細胞が飢餓状態に
トしない.既知のようにトコトリエノールはトコフェ
陥った際のタンパク質合成のための原料の供給や,異
ロールと異なり,側鎖に二重結合がついた構造をして
常タンパク質の蓄積・凝集の回避などがある.また,
おり,抗酸化や非抗酸化を含めた生理作用に注目が集
オートファジーはそのメカニズムの違いから,マクロ
まっている.このトコトリエノールの生理作用の一つに
オートファジーやミクロオートファジー,シャペロン
がん細胞におけるアポトーシス誘導作用が多く報告さ
介在性オートファジーが知られているが,通常,オー
れている 5).しかし,近年,がん細胞におけるトコトリ
トファジーとはその中でもマクロオートファジーを指
エノールでの細胞死誘引効果に対し,オートファジー
2)
すことが多い .しかし,オートファジーの生理的意
の関与が指摘されている.Vaquero EC ら 6)は,膵臓の
義を含め,細胞保護に作用するのか,それとも細胞死
繊維化が進行するような膵星細胞が活性化した状態に
に作用するのかは議論が分かれている.それ故,オー
おいて,トコトリエノールがオートファジーとアポトー
トファジーと酸化ストレス,抗酸化物質との関連につ
シスを同時に誘引することで,繊維化の進行を抑える
いてはいまだ不明な点が多い.筆者らは,過去にビタ
可能性があることを報告している.膵星細胞は慢性膵
ミン E の同族体であるα - およびγ - トコトリエノー
炎や膵臓の繊維化,膵がんの際に中心的な役割を果た
ルの神経細胞保護作用に関する実験の中で,培養細胞
すことで知られる.なお,この際のオートファジーとは,
への添加がオートファジーに影響を及ぼすことを明ら
細胞をレスキューするためではなく,細胞死を誘引す
かとした 3).また,ビタミン E 欠乏マウスの脳内では,
るために積極的に起きているとするものである.また,
図 1 ほ乳類の細胞におけるマクロオートファジーのプロセスの模式図
(文献 2)より引用)
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トピックス
〔ビタミン 88 巻
この際にアポトーシスとオートファジーは単独で起きて
ル濃度は 10 倍以上となり腫瘍の成長を有意に抑制し
いるわけではなく,密接に関連しているとされ,推定
たと報告している 8).なお,この際の膵臓内での δ-
される作用メカニズムとして,トコトリエノールがミト
トコトリエノールの濃度は肝臓よりも有意に高いとも
コンドリアの透過性(mitochondrial permeability transition
同時に報告されている.これらから,トコトリエノー
pore:mPTP)に影響を及ぼす可能性を指摘している.
ルの添加は膵臓の疾患に対し,有効なのかもしれない.
トコトリエノールが Bcl-2 ファミリーに関与する事で,
また,その作用メカニズムに対しては,従来のアポトー
Bcl-2 に結合している Bax や Bak,BH-3 がフリーの状
シスのほかにオートファジーが関与している可能性が
態となり,membrane pore の形成促進に伴ってアポトー
あるのではないだろうか.
シスを誘導するというものである.また,cytochrome C
トコトリエノールのミトコンドリアを介したオート
の漏出に伴う一連のアポトーシスの際には活性酸素
ファジーに関する報告は他にもある.Leiki ら 9)は,γ-
(Reactive Oxygen Species:ROS)が生成されるため,こ
トコトリエノールを添加したラットの虚血再還流モデ
の ROS がオートファジー関連タンパク質の Atg4 を介
ルにおいて,心臓を傷害から保護するために,オート
してオートファジーを亢進させる.また,
トコトリエノー
ファジーが活発に起こっていると報告している.その
ルが作用する Bcl-2 ファミリーが直接的か間接的かは不
メカニズムには,γ-トコトリエノールによる Bcl-2 の
明であるが,Beclin-1 にも作用することでもオートファ
発現増加によるアポトーシスの回避と,Beclin-1 の発
ジーを誘導することが示唆されている.
現増加によるオートファジーの活性化が関連している
上記に紹介した文献は膵臓疾患に関するものであ
としている.但し,この場合は,細胞をレスキューす
る.そこで,トコトリエノールと膵臓疾患に関し調べ
る方向でオートファジーが作用している.
ると,幾つかの報告があることが分かった.アメリカ
上述した論文を含め他にも同様に,Bcl-2 や Beclin-1
East Tennessee State University の Shin-Kang らのグルー
の発現をトコトリエノールが増加させるという報告が
プが,数種類のヒト由来の膵臓がん細胞において,γ-
ある 10).また,ミトコンドリアがオートファジーに関
およびδ-トコトリエノールの添加で有意に細胞死を
する文献は多数存在する.以上より,トコトリエノー
7)
誘引したと報告している .また,アメリカの H. Lee
ルは非抗酸化的な作用を発揮して,オートファジーに
Mof¿tt Cancer Center and Research Institute の Husain ら
関与する可能性が伺える.オートファジーは異常タン
のグループは,ヌードマウスへ膵臓がんの細胞株であ
パク質や損傷を受けた際の細胞内小器官の再生と,ア
る MIA PaCa-2 細胞を移植して腫瘍を誘引させたモデ
ポトーシスのような非ネクローシス的なプログラムさ
ルにおいて,δ-トコトリエノールを 100 mg/kg で 6 週
れた細胞死へむけた過程の中で生じている細胞の分解
間,経口投与したところ,腫瘍内でのδ-トコトリエノー
過程での現象とで区別すべきものなのかもしれない.
図 2 トコトリエノールによる活性化した脾星細胞でのアポトーシスやオートファジーの誘導
(文献 6)より引用)
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Key Words: tocotrienols, autophagy, apoptosis
4)Fukui K, Masuda A, Hosono A, Suwabe R, Yamashita K, Shinkai
T, Urano S (2014) Changes in microtubule-related protein and au-
1
Physiological Chemistry Laboratory, Department of Bioscience and Engineering, College of Systems Engineering and
Sciences, Shibaura Institute of Technology, Fukasaku 307,
Minuma-ku, Saitama, 337-8570, Japan
2
Life Support Technology Research Center, Research Organization for Advanced Engineering, Shibaura Institute of
Technology, Saitama, Japan,
Koji Fukui
1
5)Yap WN, Zaiden N, Tan YL, Ngoh CP, Zhang XW, Wong YC,
Ling MT, Yap YL (2010) Idl, inhibitor of differentiation, is a key
protein mediating anti-tumor or responses of gamma-tocotrienol
in breast cancer cells. Cancer Lett 291, 187-199
6)Vaquero EC, Rickmann M, Molero X (2007) Tocotrienols: balancing the mitochondrial crosstalk apoptosis and autophagy. Autophagy 3, 652-654
1,2
芝浦工業大学システム理工学部生命科学科生理化学
研究室
2
tophagy in long-term vitamin E-deficient mice. Free Radic Res
48, 649-658
芝浦工業大学先端工学研究機構ライフサポートテク
ノロジー研究センター
福井 浩二 1,2
7)Shin-Kang S, Ramsauer VP, Lightner J, Chakraborty K, Stone W,
Campbell S, Reddy SA, Krishnan K (2011) Tocotrienols inhibit
AKT and ERK activation and suppress pancreatic cancer cell proliferation by suppressing the ErB2 pathway. Free Radic Biol Med
51, 1164-1174
8)Husain K, Francois RA, Hutchinson SZ, Neuger AM, Lush R,
Coppola D, Sebti S, Malafa MP (2009) Vitamin E į-tocotorienol
levels in tumor and pancreatic tissue of mice after oral administra-
文 献
1)Takashige K, Baba M, Tsuboi S, Noda T, Ohsumi Y (1992) Autophagy in yeast demonstrated with proteinase-de¿cient mutants
and conditions for its induction. J Cell Biol 119, 201-311
2)Mizushima N (2007) Autophagy: process and function. Genes
Dev 21, 2861-2873
3)Fukui K, Ushiki K, Takatsu H, Koike T, Urano S (2012) Tocotrienols prevents hydrogen peroxide-induced axon and dendrite degeneration in cerebellar granule cells. Free Radic Res 46, 184-193
tion. Pharamacology 83, 157-163
9)Leiki I, Ray D, Mukherjee S, Gurusamy N, Ahsan MK, Juhasz B,
Bak I, Tosaki A, Gherghiceanu M, Popescu LM, Das DK (2010)
Co-ordinated autophagy with resveratol and g-tocotorienol confer
synergetic cardioprotection. J Cell Mol Med 14, 2506-2518
10)Satyamitra M, Ney P, Graves J 3rd, Mullaney C, Srinivasan V
(2012) Mechanism of radioprotection by į-tocotrienol: pharmacokinetics, pharmacodynamics and modulation of signalling pathways. Br J Radiol 85, e1093-1103