柔軟なサービス提供に向けた将来の 光アクセス技術

アクセスシステム
つくばフォーラム2014 ワークショップ
WDM/TDM-PON
モバイル
柔軟なサービス提供に向けた将来の
光アクセス技術
お お た か
あ き ひ ろ
大髙 明浩
NTTアクセスサービスシステム研究所 プロジェクトマネージャ
これまで光アクセスは,より高速で安定したインターネットアクセ
スの用途で広まってきました.一方,変化しつつある今後の市場に対
応するためには,単純な高速化に向けた技術開発だけでは解決できな
い課題がみえてきました.次世代の光アクセスに向けてはリソースを
柔軟に利用するという考え方を用いる必要があると考えています.本
稿では,その概要とそれを実現するためにNTTアクセスサービスシス
テム研究所で取り組んでいる技術の例を紹介します.なお,本特集は
2014年10月17日に開催された「つくばフォーラム2014」ワークショッ
プでの講演を基に構成したものです.
次世代の光アクセスの課題
光アクセスは主にインターネットの
■固定回線
度に遠く及ばない状況です.さらに,
固定回線のユーザ当りのトラフィッ
トラフィック増加の傾きをみると,ト
ク量の経年変化を図1に示しま
ラフィック増よりも技術の進歩による
(1)
,(3)
,(4)
ブロードバンドアクセス用途で広まっ
す
.平均的には回線当り数100
速度増のほうが早いことが分かります.
てきました.50 Mbit/sのPON
(Passive
kbit/s程度のトラフィック利用しかな
ここで考えるべきは,このような議
Optical Network)で開始されたFTTH
く, 1 Gbit/sの回線であれば 1 日に10
論は平均値の議論であって,まれに発
(Fiber To The Home)サービスは,
秒程度の通信量しかないことを示して
生する事象をカバーしていないという
B(Broadband)-PONを 経 て, 現 在
います.また,上位 1 %のヘビーユー
ことです.PONなどの 1 つのアクセ
はGE(Gigabit Ethernet)-PONシス
ザにとっても平均速度は数Mbit/s程
スシステムにおいて帯域をシェアする
テムにより最大 1 Gbit/sのサービスが
度であり,アクセスで提供している速
ユーザ数の規模では,必ずしも統計多
提供されています.総務省の統計によ
ると,
日本のインターネットトラフィッ
(kbit/s)
100,000,000
クは固定回線利用が約2.9 Tbit/s(2014
年 5 月)
,移動通信利用が約620 Mbit/s
1,000,000
れ ぞ れ 年 率30%,50%程 度 の 増 加 と
クはますます増加する傾向があるもの
速 度
なっています.
このように,
トラフィッ
向がみえてきているなど,環境が変化
100
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
NTT技術ジャーナル 2015.1
1998
54
1997
状況を考えてみます.
上位 5 %
ユーザ平均トラフィック
(ダウンロード)
1996
動通信向け光回線のそれぞれについて
10
上位 1 %
1995
となるのでしょうか? 固定回線,移
NG-PON2
10,000
1,000
将来に向けて光アクセスには何が必要
XG-PON
10GE-PON
G-PON
GE-PON
B-PON
100,000
の,最近では光回線数の増加に鈍化傾
しつつあります.このような状況で,
標準化
10,000,000
(2014年 6 月)となっており(1),(2),そ
図 1 固定回線利用のユーザ当り平均トラフィックの推移
(年)
特
集
重効果が期待できません.このため,
は光回線速度に十分な余裕がある状況
ています.モバイルの容量の拡大は無
アクセスにおいてはまれに発生する事
です.一方で,光回線には無線の速度
線伝送速度の向上に加え,小セル化,
象を考慮したうえでサービスを問題な
以上の速度が要求されます.今後,第
セルの密度の向上,周波数バンドの拡
く提供可能かどうかが, 1 つの重要な
5 世代移動通信に向けて10 Gbit/s超
大などにより実現される方向です.こ
ポイントとなります.例えばIPでの
の無線速度の実現が検討されており,
の際,より多くの光回線が必要となり
映像サービスでは,コンテンツの帯域
光回線には現状広く提供している
ます(図 3 )
.
とサービス上の同時視聴可能チャネル
1 Gbit/s以上の速度が要求されます.
数の全ユーザの合計値がアクセスの総
また,モバイル技術の進展により,
さらに,モバイルに関する特有の課
題もあります.モバイルネットワーク
帯域以下になっていれば,全契約者が
光の速度面での拡張だけではなく,ま
は基地局とコア網をつなぐバックホー
最大限まで視聴したとしても必ずサー
すます光を利用する方向になると考え
ルと,基地局と張出基地局を結ぶフロ
ビス提供が可能になります.一方,こ
のためには,平均的な利用量からみた
帯域よりも大きな容量がアクセスシス
(kbit/s)
100,000,000
テムには必要となってしまい,無駄に
5G
LTE-A
10,000,000
リソースを抱えている状況になりま
1,000,000
においては,特定の用途や帯域そのも
100,000
速 度
す.今後の光コラボレーションモデル
のをコラボレーション先の事業者へ保
10,000
障するなどのビジネスモデルが進展す
1,000
ると考えており,このような無駄が生
100
10
当てることが経済的な光アクセスの提
供に向けて必要となります.
■移動通信向け光回線
3.5 G
基地局当り
トラフィック
3 G
光回線平均
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
じることなく効率的にリソースを割り
LTE
(年)
図 2 基地局当り平均トラフィックの推移
移動通信の基地局は光回線でネット
ワークと結ばれていますが,この回線
のトラフィックは利用者の増加と利用
セクタ数の増加
者当りの通信量増加の相乗効果でトラ
フィックが増えている状況です.現状
アンテナ
では,光回線速度のほうが無線速度よ
容量
拡大
光
りも大きいために無線区間が帯域のボ
トルネックとなっている状況です.
移動通信のトラフィック量を基地局
数で割って算出した基地局当りのト
ラフィック量の推移を図 2 に示しま
光
光
スモールセル
光
2.1 GHz
光
1.5 GHz
マクロセル
周波数
バンドの
拡張
800 MHz
図 3 無線基地局の光回線適用例
(2)〜
(5)
す
.固定回線と同様に平均的に
NTT技術ジャーナル 2015.1
55
つくばフォーラム2014 ワークショップ
ントホールに分類されます(図 4 )
.
があると考えています.ここでは,別
(WDM: Wavelength Division Multi-
バックホールはトラフィック量に応じ
の ア プ ロ ー チ と し てNTTア ク セ ス
plexing)技術により,時間分割多重
た速度を持つ高速で高信頼のパケット
サービスシステム研究所で取り組んで
(TDM: Time Division Multiplexing)
ネットワークです.
一方,
フロントホー
いるいくつかの技術を紹介します.
PONを同一のファイバ上に複数重畳
ルは,電波のエリアが重なる複数の張
■WDM/TDM-PON
す る シ ス テ ム で す( 図 5 )
. 現 在,
出基地局の間の協調処理を基地局内部
ITU-Tに てNG-PON2(Next Gener-
WDM/TDM-PONは, 波 長 多 重
で 容 易 に 実 現 す る た め のC-RAN
(Centralized-Radio Access Network)
構成で用いられます.この構成では,
コア網
張出基地局で高周波処理のみを行い,
ベースバンド信号処理などは基地局で
行うため,フロントホール部分は無
線の電波波形をデジタル化したCPRI
(Common Public Radio Interface)信
号が利用されます.CPRIはユーザ通
信の有無にかかわらず固定レートであ
り,無線伝送速度の約16倍の速度が必
要となります.例えば,150 Mbit/sの
・ 高速,高信頼のパケットネッ
トワーク
バックホール
BBU
基地局
BBU
基地局
フロントホール
RRH
を実施することにより,ア
ンテナ間協調を容易化した
フロントホール
RRH
RRH
C-RAN
RRH
・ 無線信号をデジタル化して
伝送
張出基地局
張出基地局
LTE(Long Term Evolution) で あ
・ 基地局でベースバンド処理
BBU: Battery Backup Unit
RRH: Remote Radio Head
図 4 移動通信ネットワーク構成例
れば2.4 Gbit/sの光伝送速度が必要と
なります.この方式をそのまま採用す
ると,第 5 世代移動通信で10 Gbit/s
超の無線を実現する際には,張出基地
局当り160 Gbit/sの光アクセスが必要
TDM-PONを波長多重し総帯域を拡張:40 Gbit/s級∼
P2Pシステムを波長多重可能
となり,現実的ではありません.
このように,移動通信に関しては,
主にフロントホールについて,ユーザ
通信の有無にかかわらずリソースを消
費し,かつ,必要帯域が非常に大きい
という点が,将来のより高速な移動通
信の実現に向けた課題となります.
次世代の光アクセスを実現する技術
前述のような課題を解決するため
に,過去のトレンドどおりに単純に高
速化を実現するというやり方では限界
56
NTT技術ジャーナル 2015.1
2.5∼10 Gbit/s
ONU
OSU
OSU
ONU
PON
ONU
WDM
( 4 ∼ 8 波長)
OSU
OSU
P2P OSU
ONU
λ1
P2P ONU
WDM/TDM-PON
λ4
P2P ONU
波長占有
波長
時間
波長占有
P2P WDMオーバレイ
図 5 NG-PON 2 の特徴
P2P OSU
特
集
ation-PON2)として10 Gbit/s級PON
理上のメリットが発生します.さらに,
な構築にも利用可能です.さらに,
の次のシステムとして標準化が進んで
ONUの波長を動的に変更可能である
ONUとOSUの接続関係を動的に変更
います .典型的な10 Gbit/sのPON
ことから,信頼性の向上や柔軟な帯域
可能であることから,帯域を確保する
を 4 シ ス テ ム 多 重 し た40 Gbit/s級
割り当てが可能となります.
必要のあるユーザのONUをリソース
(6)
PONであり,さらにモバイル通信へ
信頼性の向上は,通信中の光加入者
を勘案して適切なOSUに随時接続替
の適用を考慮して,ポイント ・ ツー ・
ユニット(OSU: Optical Subscriber
えする運用も可能になると考えてい
ポイント(P2P)の通信システムも波
Unit)が故障した際に,ONUの波長
ます.
長多重することが可能な方式になって
を切り替えることにより,別のOSU
このように,現状ではトラフィック
います.
を利用して通信を継続可能であること
量が少ないにもかかわらず最大容量で
こ のWDM/TDM-PONは10 Gbit/s
のPONを 4 システム 1 本のファイバ
(7)
で実現します .
設備を構築しなければならない状況
また,
トラフィック量が少ない際に,
を,波長多重の技術を利用して回避で
きます.
に多重することにより総帯域を 4 倍
全ONUを 1 つのOSUに接続すること
にしていますが,単なる40 Gbit/s級
により,ほかのOSUのスリープによ
NTTアクセスサービスシステム研
PONシステムではありません.イー
る省電力化が可能となります(図 6 )
.
究所では,このような考えのもと,
サネットなどの歴史においては,シリ
逆に,あらかじめトラフィック量が少
WDM/TDM-PONの研究開発を推進
アル伝送での高速化が困難である初期
ないことが分かっていれば,初めは
するほか,その成果を持ってITU-T
の標準化において比較的低速な通信を
OSU 1 つでサービスを開始し,トラ
におけるNG-PON2の標準化に貢献し
波長多重することにより目標速度を実
フィック量の増加にしたがって順次
ています.
現する手法がとられてきました.しか
OSUを増設するといった設備の柔軟
しこれらは,技術の進歩によりシリア
ルの高速伝送に置き換わっていく過渡
的な技術でした.
一 方,WDM/TDM-PONに お い て
通信量が少ない際に,全ONUを 1 つのOSUに接続することにより,OSUのスリープ
が可能
通信に影響を与えないために,高速の波長切替が必要
波長多重は単なる高速化へのつなぎの
λ1u
技術ではありません.40 Gbit/sのシ
ONU1
リアル通信と,10 Gbit/sの 4 波長多
ONU2
重は,波長を柔軟に利用可能という点
ONU3
で異なっています.ここで,波長の柔
ONU4
軟性の利用の利点を説明します.
ONU1
柔軟性は,光回線終端装置(ONU:
Optical Network Unit)が通信に使う
波長を設定可能であるという機能で実
現します.この機能により,図 5 に示
したような波長ごとに異なるONUを
波長 1(λ1u)に
切替
ONU2
ONU3
ONU4
OSU #1
λ2u
OSU #2
λ3u
OSU #3
省電力
λ1u
WDM/TDM-PONにおける波長の
OLT
λ2u
λ1u
λ1u
λ1u
増設
OLT
OSU #1
OSU #2
Power断
OSU #3
図 6 波長切替を利用した省電力,柔軟な帯域割り当て
準備する必要がなくなり,ONUの管
NTT技術ジャーナル 2015.1
57
つくばフォーラム2014 ワークショップ
ん.このような,効率的な通信社会を
CPRI
変調
協調
機能
RF
変調
RF
新たな
協調
機能
インタフェース
変調
RF
変調
RF
張出基地局
基地局
図 7 モバイルフロントホールのインタフェースの再定義
■圧縮技術と再定義技術
に機能を配分することにより,張出基
モバイルについては,主にフロント
地局間の連携を実現しつつ,フロント
ホールの速度を下げる技術開発に取り
ホールの帯域を削減する新たなインタ
組んでいます.ここでは圧縮技術とイ
フェース定義が可能なことを示しまし
ンタフェースの再定義技術について紹
た(9)
(図 7 )
.
介します.
これらの技術により,通信している
前述のとおり,現状のフロントホー
ときのみ,通信量に応じた帯域を消費
ルは電波波形の情報を伝送しているた
する仕組みをつくり,従来は無駄に確
めに,ユーザトラフィックの有無にか
保していた光アクセスの帯域を柔軟に
かわらず固定速度の光伝送が必要とな
割り当てることが可能になると考えて
ります.NTTアクセスサービスシス
います.
テム研究所では,無線基地局と光アク
セスシステムがユーザ通信状況の情報
次世代の光アクセスに向けては,従
ンプリングの情報量を落とし,数分の
来のように単純に速度を向上するだけ
1 のデータ量まで圧縮可能な技術を
では解決できない課題があると考えて
開発しました .
おり,ここで紹介したような,必要な
また,現状のフロントホールの構成
ところに必要なリソースを割り当てる
では,張出基地局間の連携を基地局内
という考え方を基本としてさまざまな
で処理するために,張出基地局に機能
研究開発を行っています.将来は,ビ
をなるべく持たせず高周波処理のみを
ジネスアワーにはホームからビジネス
行う構成となっています.NTTアク
街へ,夕食時にはモバイルからホーム
セスサービスシステム研究所ではこの
へと柔軟に帯域などのリソースをやり
機能配分を見直し,張出基地局に適切
くりできるようになるかもしれませ
58
NTT技術ジャーナル 2015.1
■参考文献
(1) http://www.soumu.go.jp/main_content/
000316564.pdf
(2) http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/
field/tsuushin06.html
(3) http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/
field/tsuushin01.html
(4) 長:“ブ ロ ー ド バ ン ド ト ラ フ ィ ッ ク レ ポ ー
ト,” Internet Infrastructure Review,Vol.20,
p.32-37,2013.
(5) http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/
field/denpa02.html
(6) ITU-T Recommendation G.989.1: “40-Gigabitcapable passive optical networks(NG-PON2):
General requirements,” 2013.
(7) S. Kaneko, T. Yoshida, S. Kimura, N.
Yoshimoto, and H. Kimura:“Agile OLTProtection Method Based on Backup Wavelength
and Discovery Process for Resilient WDM/
TDM-PON,” in Proc. ECOC 2014, Tu.1.2.4.,
Cannes, France, Sept. 2014.
(8)N. Shibata, S. Kuwano, J. Terada, and N.
Yoshimoto:“Dynamic Compression Method
Using Wireless Resource Allocation for
Digitized Radio over TDM-PON System,”
Proc. OFC 2014, Tu3F.4, Los Angeles,
U.S.A., March 2014.
(9) 宮本 ・ 桑野 ・ 寺田 ・ 木村:“PONを適用した
将来モバイルフロントホールの光伝送容量に
関する一検討,” 信学技報, Vol.114,No.119,
CS2014-18,pp.7-12, 2014.
今後の展開
をやり取りすることで,無線波形のサ
(8)
目指して日々取り組みを行っています.
◆問い合わせ先
NTTアクセスサービスシステム研究所
光アクセス基盤プロジェクト
TEL 046-859-4920
FAX 046-859-5513
E-mail shibata.tomoko lab.ntt.co.jp