第 1章 1節 第 市 場 市場均衡と余剰 例 題 1−1 完全競争市場において、ある財の価格を P、需要量を D、供給量を S とすると、需 要曲線が D = 60 −4P、供給曲線が S =2P で表わされる場合、市場均衡が成立する ときの生産量、消費者余剰および生産者余剰の組み合わせとして、妥当なものはどれ か。 (2002 −地上) 生産量 消費者余剰 生産者余剰 1. 10 50 100 2. 10 250 50 3. 20 50 50 4. 20 50 100 5. 20 250 50 解 答 正答 4 均衡では D = S となるので、需要曲線と供給曲線より、 60 −4P =2P よって、均衡価格と均衡生産量は、 P = 10 S =2× 10 = 20 となる。数量を X とし、価格 P について解くと、需要曲線と供給曲線は、 1 P = 15 − X ……需要曲線 4 1 P= X ……供給曲線 2 1 価格 P P = X(供給曲線) と表わされ、これは右図のように描かれる。 2 消費者余剰 15 消費者余剰は、 1 × 20 ×(15 − 10) = 50 2 生産者余剰は、 1 × 20 ×(10 −0) = 100 2 したがって、正答は4.である。 10 P = 15 − 0 生産者余剰 20 1 X(需要曲線) 4 数量 ●第 1 章 市 場 KEY WORD 市場 財・サービス 完全競争市場 プライス・テイカー(価格受容者) 需要曲線 供給曲線 個別需要曲線 市場需要曲線 個別供給曲線 市場供給曲線 均衡 均衡数量 均衡価格 余剰 消費者余剰 生産者余剰 総余剰(社会的余剰) 需要価格 供給価格 余剰の損失(厚生の損失、死荷重) 1.市 場 盧 市 場 われわれが取引の対象とする商品は財とサービスに分けられる。自動車や食料品など 有形の商品を財、マッサージや宅配便、教育などの無形の商品をサービスという。財・ サービスを取引する場所を市場とよび、市場では財・サービスの取引価格および取引数 量が決定される。 盪 完全競争市場とプライス・テイカー 現実の市場では大企業や政府が市場にさまざまな影響を及ぼしているが、まず、これ らの影響がまったく存在しない市場である完全競争市場を想定のうえ、分析を行うこと *1 とする 。完全競争市場では、だれも市場に影響を与えることはできないため、家計 (消費活動を行う個人、消費者)も企業も、市場で決定される財・サービスの価格のみに もとづき、その財・サービスの消費量および生産量を決定する。このように、市場で決 定された価格を前提に行動する存在をプライス・テイカー(価格受容者)とよぶ。 2.需要曲線と供給曲線 盧 需要曲線 市場において財・サービスを購入・消費することを需要とよぶ。需要量は価格や消費 者の所得、購買意欲の変化などによって変動する。価格以外の他の条件を一定として、 価格と市場に存在する無数の個人の需要量合計との関係を表わす曲線を需要曲線とよぶ。 一般的に、価格が低下するほど、購入可能な財・サービスの数量は増加するので、消費 量も増加すると考えられる。よって、縦軸に価格 P、横軸に需要量 D をとった図表1− *2 1の図漓において、需要曲線は通常は右下がりで描かれる 。完全競争市場において消 費者はプライス・テイカーとして行動するため、市場で価格が P1 に決定されると、需要 曲線上で需要量を決定し、需要量は D1 となる。 盪 供給曲線 市場において財・サービスを生産・販売することを供給とよぶ。供給量は価格や企業 の費用、技術水準の変化などによって変動する。価格以外の他の条件を一定として、価 格と市場に存在する無数の企業(生産者)の供給量合計との関係を表わす曲線を供給曲 *1 完全競争市場の正確な定義については、第4章の不完全競争市場において行う。 *2 価格:Price、需要:Demand、なお、需要曲線が右上がりとなる例外的なケースは第2章のギッフェン財で取り上げる。 ●第 1 章 市 場 線とよぶ。一般的に、価格が低下するほど、販売による利益が減少するので、生産量も 減少すると考えられる。よって、縦軸に価格 P、横軸に供給量 S をとった図表1−1の *1 図滷において、供給曲線は通常は右上がりで描かれる 。完全競争市場において生産者 はプライス・テイカーとして行動するため、市場で価格が P1 に決定されると、供給曲線 上で供給量を決定し、供給量は S1 となる。 図表 1 − 1 P 需要曲線と供給曲線 図漓 需要曲線 P P1 0 図滷 供給曲線 P1 D D1 0 S1 S 3.市場需要曲線と市場供給曲線 盧 個別需要曲線と市場需要曲線 財・サービスの価格とある個人の需要量との関係を表わす曲線を個別需要曲線とよび、 それらを集計して得られる需要曲線を市場需要曲線とよぶ。図表1−2には個人 A の個 別需要曲線、個人 B の個別需要曲線が描かれている。価格が P1 のとき、個人 A の需要量 は DA1、個人 B の需要量は DB1 となる。したがって、この市場に個人 A と個人 B の2人の みが存在するならば、価格が P1 のとき、市場全体の需要量は D1 = DA1 + DB1 として表わ される。すべての価格水準について個人 A と個人 B の需要量を合計することにより、市 場需要曲線が求められる。 図表 1 − 2 個別需要曲線と市場需要曲線 P P 個人 A の個別需要曲線 P 市場需要曲線 個人 B の個別需要曲線 P1 0 DA1 D 0 DB1 D 0 D1 = DA1 + DB1 *1 供給:Supply、なお、供給曲線が右下がりとなる例外的なケースは第8章の労働供給で取り上げる。 D ●第 1 章 市 場 盪 個別供給曲線と市場供給曲線 財・サービスの価格とある企業の供給量との関係を表わす曲線を個別供給曲線とよび、 それらを集計して得られる供給曲線を市場供給曲線とよぶ。図表1−3には企業 A の個 別供給曲線、企業 B の個別供給曲線が描かれている。価格が P1 のとき、企業 A の供給量 は SA1、企業 B の供給量は SB1 となる。したがって、この市場に企業 A と企業 B の2企業 のみが存在するならば、価格が P1 のとき、市場全体の供給量は S1 = SA1 + SB1 として表 わされる。すべての価格水準について企業 A と企業 B の供給量を合計することにより、 市場供給曲線が求められる。 図表 1 − 3 P 個別供給曲線と市場供給曲線 P 企業 A の個別供給曲線 P 企業 B の個別供給曲線 市場供給曲線 P1 0 S SA1 0 S SB1 0 S1 = SA1 + SB1 S 4.均衡と余剰分析 盧 完全競争市場における均衡 市場において、需要量と供給量が一致する点を均衡とよぶ。縦軸に価格 P、横軸に数 量 X をとった図表1−4において、完全競争市場における均衡は点 E で示され、点 E に * * *1 おける数量 X を均衡数量、価格 P を均衡価格とよぶ 。完全競争市場では、消費者も生 * * 産者もプライス・テイカーとして行動するため、P のもとでは需要量も供給量も X とな る。このように、完全競争市場においては、消費者と生産者が均衡価格のもとでプライ ス・テイカーとして行動するとき、需要量と供給量は一致し、需要曲線と供給曲線の交 点で均衡が決定する。 図表 1 − 4 完全競争市場における均衡 P 需要曲線 供給曲線 * P (均衡価格) 0 E(均衡) * X (均衡数量) X(数量) *1 需要量 D、供給量 S を共通の記号で表わすために X を用いた。ほかにも Q や Y などが用いられることもある。 ●第 1 章 市 場 3節 第 均衡の安定性と調整過程 例 題 1−3 ある財の需要曲線(DD ′ )と供給曲線(SS ′ )が図のように示される市場があるとす る。この市場の均衡の安定性をワルラス的調整過程、マーシャル的調整過程、くもの 巣理論の調整過程について考えた場合、その妥当な組み合わせはどれか。 (1998 −国税) 価格 D 0 S S′ D′ 需給量 ワルラス的調整過程 マーシャル的調整過程 くもの巣理論の調整過程 1. 不安定 安定 安定 2. 安定 安定 不安定 3. 安定 不安定 安定 4. 不安定 安定 不安定 5. 安定 不安定 不安定 解 答 正答 3 均衡価格より高い価格で超過供給が存在し、低い価格で超過需要が存在するから、図の 市場はワルラス的に安定である。 また、均衡数量より大きい数量で需要価格が供給価格を上回り、小さい数量で供給価格 が需要価格を上回るから、マーシャル的に不安定である。 さらに傾きの絶対値を比較すると、供給曲線のほうが需要曲線より急であるから、くも の巣的に安定である。 したがって、正答は3.である。 ●第 1 章 市 場 KEY WORD 均衡の安定性 ワルラス的調整過程 マーシャル的調整過程 クモの巣調整過程 1.均衡の安定性と調整過程 第1節で見たように需要曲線と供給曲線の交点を均衡とよび、均衡における価格や数 量をそれぞれ均衡価格、均衡数量という。市場において何らかの理由によって価格や数 量が均衡の水準から外れたとき、元の均衡の水準へ戻るか否かを均衡の安定性といい、 どのような経路をたどって均衡が実現されるかを調整過程という。 調整過程に関する理論には、ワルラス的調整過程、マーシャル的調整過程、クモの巣 調整過程の三つがある。 2.ワルラス的調整過程とマーシャル的調整過程 盧 安定的なケースと安定条件 a)ワルラス的調整過程 ワルラス的調整過程とは、価格変化によって均衡が実現される調整理論である。図表 * 1− 13 の図漓において、均衡は需要曲線 DD と供給曲線 SS の交点 E、均衡価格は P で ある。ここで均衡価格以外の価格水準を考え、均衡価格が実現するかどうかを検討する。 P0 のように価格が均衡価格より低い場合、需要量は需要曲線上で XD0、供給量は供給曲 線上で XS0 に決定する。このとき需要量が供給量を上回るため、市場では財の品不足が 生じることになる。この品不足分を超過需要 (= XD0 − XS0)とよぶ。財が品不足になると き、この財の価格は上昇することになる。価格の上昇にともない需要量は減少、供給量 は増加し、最終的に需要量と供給量が一致する均衡点 E で均衡価格が実現することにな る。 P1 のように価格が均衡価格より高い場合、需要量は需要曲線上で XD1、供給量は供給曲 線上で XS1 に決定する。このとき供給量が需要量を上回るため、市場では財の売れ残り が生じることになる。この売れ残り分を超過供給 (= XS1 − XD1)とよぶ。財が売れ残ると き、この財の価格は低下することになる。価格の低下にともない需要量は増加、供給量 は減少し、最終的に需要量と供給量が一致する均衡点 E で均衡価格が実現することにな る。 b)マーシャル的調整過程 マーシャル的調整過程とは、数量変化によって均衡が実現される調整理論である。図 表1− 13 の図滷において、均衡は需要曲線 DD と供給曲線 SS の交点 E、均衡数量は X * である。ここで均衡数量以外の数量を生産者が生産しているものとし、均衡数量が実現 するかどうかを検討する。 X0 のように生産量が均衡数量より少ない場合、需要価格は需要曲線上で PD0、供給価格 は供給曲線上で PS0 に決定する。財の販売にあたり、生産者は販売したい価格である供給 ●第 1 章 市 場 価格よりも高い需要価格で販売することができるため、生産量を増加させる。生産量の 増加にともない需要価格は低下、供給価格は上昇し、最終的に需要価格と供給価格が一 致する均衡点 E で均衡数量が実現することになる。 X1 のように生産量が均衡数量より多い場合、需要価格は需要曲線上で PD1、供給価格は 供給曲線上で PS1 に決定する。財を売り切るためには、生産者は販売したい価格である供 給価格よりも低い需要価格で販売しなければならないため、生産量を減少させる。生産 量の減少にともない需要価格は上昇、供給価格は低下し、最終的に需要価格と供給価格 が一致する均衡点 E で均衡数量が実現することになる。 図表 1 − 13 P 均衡が安定的なケース 図漓 ワルラス的に安定 D P S 図滷 マーシャル的に安定 D S 超過供給 P1 XD1 PD0 XS1 PS1 E P* E XS0 P0 XD0 PS0 PD1 超過需要 S 0 D X S 0 D X0 X* X1 X c)均衡の安定条件 ワルラス的調整過程では、超過需要が存在するとき価格が上昇し、超過供給が存在す るとき価格が低下する。また、マーシャル的調整過程では、供給価格が需要価格を下回 るとき生産量が増加し、供給価格が需要価格を上回るとき生産量が減少する。よって、 均衡が安定的である条件は次のようにまとめることができる。 ・ワルラス的調整過程の安定条件 均衡価格より高い価格で超過供給が存在し、低い価格で超過需要が存在すること ・マーシャル的調整過程の安定条件 均衡数量より多い数量で供給価格が需要価格を上回り、少ない数量で供給価格が需要 価格を下回ること 盪 不安定なケース 一般的に、需要曲線は右下がり、供給曲線は右上がりで描かれ、このとき図表1− 13 のように均衡はワルラス的にもマーシャル的にも安定的である。しかし、例外的に需要 *1 曲線が右上がり、供給曲線が右下がりで描かれるケースがある 。この場合、均衡の安 定条件が満たされず、均衡が不安定となることがある。 *1 需要曲線が右上がりで描かれるケースは第2章のギッフェン財、供給曲線が右下がりで描かれるケースは第8章の労働 供給で取り上げる。
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