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超低密度・透明
BNFエアロゲル
京都大学大学院理学研究科・日本学術振興会特別研究員(PD)
早瀬 元
http://www.aerogel.jp/
ポイント
透明エアロゲル多孔体(構造体)として最低ク
ラスの密度 1.2 mg/cm-3 を達成。
構造体形成のプロセスがシンプル。
超低密度エアロゲルでは難しかった高い可視光
透過性(1 cm厚で90 %以上の光を透過)を
もつ。
透明多孔体の屈折率は密度に比例するため、
超低密度エアロゲルではほとんど入射光が曲が
らない。そのため、条件によっては上に乗せた
ものが浮いて見える。
BNFナノファイバーの微細構造
近年、グラフェンや金属酸化物ナノファイバー
などを用いた超低密度エアロゲル(密度 5 mg/cm3
のものをこう呼ぶ)が報告されており、その中で
低密度記録も破られている。3 しかし超低密度かつ
バルク体として高い可視光透過性をもつ構造体は
研究の背景
エアロゲルは低密度な多孔体(構造体)として
知られており、シリカ、金属酸化物、有機高分子
などさまざまな化学組成を用いて研究されてい
る。1 構造や組成により特異な性質を示すことか
ら、断熱材や電池材料などへの応用を目指して研
究が進められているが、実用例は限られている。
もっとも低密度な固体と呼ばれていた材料は、永
らくローレンス・リバモア研究所が開発したシリ
カエアロゲルであった。2 このシリカエアロゲルの
上記1例以外報告されていない。透明な超低密度構
造体が得られてこなかった理由は、数ナノメート
ル単位での微細構造制御が難しく、部分的凝集な
どに起因する構造不均一性によって光散乱が起こ
ることが原因であった。
超低密度かつ高い可視光透過率をもつ構造体を
簡単に作ろう、という目標が今回の研究テーマで
ある。
材料の発見と展開
密度は数mg/cm3であり、多孔体としては十分高い
可視光透過性(10 mm 厚で 90 % 超)をもつ。し
かし構造体を得るためには慎重に反応を進める必
要があった。
シリカエアロゲルは既に超低密度エアロゲルの
報告例があるため、金属酸化物でエアロゲルを作
れないかと考えた。有力候補はアルミナ(Al2O3)
もしくはチタニア(TiO2)であった。特にアルミ
1
N. Hüsing and U. Schubert, "Aerogels - Airy Materials: Chemistry, Structure, and Properties”, Angew. Chem. Int. Ed. 1998, 37, 22.
2
T. M. Tillotson and L. W. Hrubesh, “Transparent ultralow-density silica aerogels prepared by a 2-Step sol-gel process”, J. Non-Cryst. Solids 1992,
1-3, 44.
3
H. Sun, Z. Xu and C. Gao, “Multifunctional, Ultra-Flyweight, Synergistically Assembled Carbon Aerogels”, Adv Mater. 2013, 25, 2554.
ナは 25 mg/cm3 の低密度エアロゲルが報告されて
おり、慎重に反応条件を選べばより低い密度をも
つエアロゲルを合成できる可能性があった。
2. ヘキサメチレンテトラミン(HMT)を加えて
80度で数時間保温する。HMT が加水分解する
ことでアンモニアが発生し pH が上昇するた
め、ゲル化が起こる。
検討を行っている中で、別の実験を手伝っても
らっていた大学院生の野々村君が、塩基性下で市
販のBNF分散液4 がゲル化するということを報告し
てきた。水酸化アルミニウムや酸化アルミニウム
の微粒子が塩基性下で凝集することはよく知られ
ており、ナノファイバーでも同様の現象が起こっ
ていると考えられた。この方法を用いればかなり
低密度のエアロゲルが得られるのではないかと期
待していたところ、約 5 mg/cm3 の超低密度構造
体が得られた。プロセス改良の結果、直径 3 cm・
高さ 1 cm の円筒状ゲル(4.5 mg/cm3)を歩留ま
りよく作製可能となり、最低密度も 1.2 mg/cm3 ま
3. メタノール・イソプロピルアルコールで洗浄す
る。
4. 超臨界乾燥により目的物を得る。
簡易なプロセスで構造体(湿潤ゲル)が得られ
ることが特長である。
特徴と学術的意義
で下げることに成功した。
プロセス
BNF エアロゲルの優れた点は、低密度の構造体
が簡単に形成されることにある。シリカや金属酸
化物などの組成で作られるエアロゲルは通常、微
粒子が数珠上に繋がった構造をもつ。球状微粒子
は密に凝集しやすく、低密度の構造体を得ること
は非常に難しい。一方、BNF はナノファイバー
(直径数 nm・長さ数 μm の繊維状)であり、凝
集しても鳥の巣のようにスカスカな構造となる。
凝集のトリガーも単純なpH上昇である。この単純
超撥水・超撥油性をもたせたBNFエアロゲル
合成プロセス
な機構により、これまでの超低密度エアロゲルよ
りも簡易なプロセスで構造を形成することが可能
になり、BNF エアロゲルは(おそらく)透明な固
体として最も低密度な材料である。この合成法は
は他の金属酸化物ナノファイバーにも利用できる
可能性がある。
BNF エアロゲルの作製方法は以下の通りである。
光学的性質
1. BNF 分散液を純水で希釈し80度に加熱する。
4
透明エアロゲルは低屈折率の固体材料として知
られている。これは固相成分の希薄さによるもの
※川研ファインケミカル製アルミゾルーF1000。BNFは厳密にはベーマイト(AlOOH)と水酸化アルミニウム(Al(OH)3)が混ざった組成である
と考えられる。
であり、低密度になればなるほど屈折率が下がる。
BNF エアロゲルの屈折率は測定できていないが、
これまで知られている固体の最低レベルであると
推測できる。この高い可視光透過率と超低屈折率
により、BNF エアロゲルの上に物体を乗せると、
浮いているかのように見える。
表面物性
BNF からなるゲル表面はナノファイバーによる
細かい凹凸形状をもつ。この表面をフルオロアル
キルシランで処理することにより、幾何的・化学
的に撥液性が高くなる。最適な処理を行うことで、
超撥水・超撥油性表面をもつ透明ゲルの作製に成
功した。
エアロゲルは応用するにはハードルが高い材料
である。応用にこだわらず究極的な材料が作れな
いかと考えた。
低密度の透明エアロゲルの屈折率は非常に低い
ことが知られており、高い可視光透過率をもつ超
低密度エアロゲルが実現できれば、上に乗ってい
る物体が浮いているように見えるに違いない。多
孔体表面における撥液性の研究を行っていたため、
ほぼ球状の液滴を空中に浮かせることができれば
ビジュアル的におもしろいのではないかと考えた。
しかし、液滴が球体でいられるのは直径数 mm ま
でであり、ビジュアル的にインパクトがないこと
が問題であった。
2015年は映画 Back to the Future Part II で描か
焼結体としての利用
BNFエアロゲルは焼結することで高い気孔率を
もつアルミナ多孔体になる。α−アルミナの耐熱性
を利用すれば高温域での断熱材などの応用が考え
られる。
材料の未来
れた未来の年である。あるとき、材料を完成させ
れば劇中の「ホバーボード」のような写真を撮っ
て発表できるかもしれないと思いつき、ネタとし
てにモチベーションになるということで研究がス
タートした。
今回登場したホバーボードは美大生(京都市芸
大 井村君・京都造形芸大 村上さん)に製作を依頼
超低密度エアロゲルとして光学的特徴や表面形
状を生かした応用を探りたいと考えている。
したものである。写真撮影は私自身が簡易スタジ
オを組み、私物の撮影機材を用いて行った。なお、
ホバーボードの写真は複数枚を被写界深度合成し
て得たものである。材料研究だけではなく、細部
にも力を入れている。
BNF はグラスウールなどから応用のヒントを得
BNF エアロゲルに超撥水・超撥油性をもたせた
ることができる材料であるが、今回のエアロゲル
以外にもさまざまな形態でこれまで知られていな
い構造体を形成し得る材料だと考えている。
のは前述の理由だけではなく、材料のスゴさを醸
し出すため「ウルトラ」「スーパー」という言葉
をタイトルに入れたい、という単純な動機による。
論文には撥油性をわかりやすく示すためにエアロ
ゲルを油上に浮かせるデモ動画を付けている。そ
の中で用いた油は海上保安庁の研究者から提供頂
いた本物のアラブ産原油である。マシュマロゲル
裏話
研究5の中で入手したものであり、珍しいものを使
いたいという気持ちで動画を撮影した。余談では
あるが、私は論文に必ず動画を付けるというこだ
わりがある。
遊び心から作られたこの材料が世に広まって欲
しいと願っている。
論文
G. Hayase, K. Nonomura, G. Hasegawa, K.
Kanamori, K. Nakanishi,
“Ultralow-Density, Transparent, Superamphiphobic
Boehmite Nanofiber Aerogels and Their Alumina
Derivatives”,
Chem. Mater., published online.
doi:10.1021/cm503993n
報道
• 日本経済新聞 2014年12月23日 14面
「屈折率、空気と同等の素材を開発 京大」
G. Hayase, K. Kanamori, M. Fukuchi, H. Kaji and K. Nakanishi, “Facile Synthesis of Marshmallow-like Macroporous Gels Usable under Harsh
Conditions for the Separation of Oil and Water”, Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52,1986.
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