スギ花粉症に対する舌下免疫療法 ― アレルゲン免疫療法薬スギ花粉エキス舌下液 ― Sublingual Immunotherapy for Cedar Pollinosis ― Cedar Pollen Extract Solution for Allergen Immunotherapy ― 千葉大学大学院医学研究院耳鼻咽喉科・頭頸部腫瘍学 教授 岡本 美孝 は 12 歳以上 65 歳未満のスギ花粉症患者 531 例を対象に, ■ はじめに プラセボを対照とした無作為化二重盲検並行群間比較試 依然として患者数が増加しているスギ花粉症では,患 験として行われた。2011 年のスギ花粉飛散時期の 20~ 者の症状の自然改善は中高年者を除くと少ない。特に小 9 週間前から連日投与を開始し,2012 年のスギ花粉飛散 児期に発症した場合には多くの患者は改善がみられない シーズンが終わるまで投与が行われた。その結果,スギ まま成人に移行している。従来の薬物療法は対症療法の 花粉エキス舌下液投与群の花粉飛散第 2 シーズン目の症 域を出ていない。アレルゲン免疫療法は以前は減感作療 状ピーク期およびその前後 1 週間の総合鼻症状薬物スコ 法と呼ばれていたが,感作そのものを減少させているわ アの平均値は 4. 0 ± 3. 0 で,プラセボ投与群のスコア平均 けではないとの判断から,最近はアレルゲン免疫療法と 値 5. 7 ± 3. 7 に比較して有意な低下が認められた(図 1 )。 いう名称が国際的にも推奨されている。現在のところこ 副作用については臨床試験で安全性評価対象 266 例中 のアレルゲン免疫療法のみが寛解も含めたアレルギー性 36 例(13. 5 %),52 件(19. 5 %)の副作用がみられた。主 鼻炎の自然経過を改善し得る治療である。ただ従来から な症状は口内炎(1. 9 %),舌下腫脹(1. 9 %),咽喉頭そう 行われているアレルゲンエキスの皮下注射による免疫療 痒感(1. 9 %),口腔内腫脹(1. 5 %),耳そう痒感(1. 1 %) , 法は頻回な通院が必要なことに加え,まれとはいえ重篤 頭痛(1. 1 %)などであった 5 )。海外の報告では舌下免疫 な副作用の出現が報告されている。アレルゲンエキスを 療法によるアナフィラキシー発現頻度は 10 億回の投与に 口腔底粘膜に投与する舌下免疫療法は,医師の指導のも 1 回程度と考えられている。死亡例の報告はない。 ととはいえ自宅での投与が可能で安全性が高い治療とし て欧米で注目されており 1 ),その効果に対するエビデン スも集積されてきている(表 1 )2 )。 ■ スギ花粉エキス舌下液投与の実際 通常,成人および 12 歳以上の小児には増量期として 投与開始後 2 週間,表 2 の用量を 1 日 1 回,舌下に滴下 ■ スギ花粉症に対する舌下免疫療法の開発 し 2 分間保持した後飲み込む。増量期終了後,維持期と 症状が強く飛散期間も長いスギ花粉症に対して舌下免 してスギ花粉エキス舌下液 2, 000 JAU/mL パックの全量 疫療法が有効か否かについて,国内では 2005 年に厚生 ( 1 mL)を 1 日 1 回,舌下に滴下し 2 分間保持した後飲 労働省のアレルギー疾患長期対策指針でスギ花粉症に対 み込む。いずれも本剤投与後 5 分間はうがい・飲食を控 する舌下免疫療法の導入が打ち出されて以降,医師主導 える。 のプラセボ対照の臨床比較試験が行われ,高い安全性と 注意点としていくつか挙げられる。まずスギ花粉飛散 一定の有効性が認められた 。この結果に基づき鳥居 時期には新たな投与を開始しない。また初回投与時は医 薬品株式会社による臨床第Ⅲ相治験が実施された。試験 師の監督のもと投与後少なくとも 30 分間は患者を安静 3, 4 ) な状態に保たせ,十分な観察を行うことが必要である。 表 1 アレルゲン免疫療法のエビデンス 2 ) 投与期間中は副作用の発現に注意し,ショックなどの発 現時には適切な対応がとれるように準備をしておく。そ 皮下注射法 舌下法 アレルギー性鼻炎に対する効果 Ⅰb Ⅰa 喘息に対する効果 Ⅰa Ⅰa 小児アレルギー性鼻炎に対する効果 Ⅰb Ⅰa 新規感作の予防効果 Ⅰb Ⅱa ・本剤服用後 30 分,投与開始初期,スギ花粉飛散時期 効果の長期持続 Ⅰb Ⅱa には重篤な副作用発現に注意が必要なため患者に十分 喘息発症の予防効果 Ⅰb Ⅰb な説明をする。 Ⅰa:ランダム化試験のメタ解析有 Ⅰb:少なくとも 1 つのランダム化試験有 Ⅱa:少なくとも 1 つのランダム化されていない試験有 Ⅱb:少なくとも 1 つの準実験的試験研究有 の他,以下のことを理解しておく必要がある。 ・自宅で患者が投与を行うことから副作用について患者 に十分な説明をしておく。 ・急性感染症罹患時,体調不良時,抜歯後,口内炎症時 には医師に相談する旨患者に伝えること。 ・非選択的β遮断薬服用患者では本剤によるアレルギー PTM 12 ( 1 ) JAN., 2015 花粉飛散量と総合鼻症状薬物スコアの推移(第 2 シーズン目) スギ花粉全飛散期間 花粉飛散開始日:3 月 3 日とした 7 (個/cm 2) 症状ピーク期間 花粉飛散状況 400 スギ花粉エキス舌下液投与群(n=241) 6 プラセボ投与群(n=241) 4 200 3 2 花粉飛散量 総合鼻症状薬物スコア 300 5 100 1 4 0 / 4 / 7 4 / 2 4 / 4 / 12 17 22 27 3 8 13 18 23 28 月/日(2012 年) 4 / 3 / 3 / 3 / 3 / 3 / 3 / 2 / 7 2 / 2 2 / 13 18 23 28 2 / 1 / 2 / 1 / 2 / 8 1 / 1 1 / / 0 12 17 22 27 図 1 国内でのスギ花粉症に対するスギ花粉エキス舌下液を用いた第Ⅲ相臨床試験 (平均値) 文献 5 )より一部改変 12 歳以上のスギ花粉症患者で花粉の非飛散時期も含め 表 2 スギ花粉エキス舌下液の投与量 5 ) 1 週目増量期 2 週目増量期 スギ花粉エキス舌下液 200 JAU/mL ボトル スギ花粉エキス舌下液 2,000 JAU/mL ボトル た連日投与が必要である。スギ花粉症患者を対象にした 臨床試験では重篤な副作用は認められず高い安全性が期 待できる。投与後 2 シーズン目の花粉飛散時期における 1 日目 0.2 mL 1 日目 0.2 mL 症状ピーク時の総合鼻症状薬物スコアは,プラセボ投与 2 日目 0.2 mL 2 日目 0.2 mL 3 日目 0.4 mL 3 日目 0.4 mL 群に比較して約 30 %低下していた。この結果からスギ 4 日目 0.4 mL 4 日目 0.4 mL 5 日目 0.6 mL 5 日目 0.6 mL 6 日目 0.8 mL 6 日目 0.8 mL 7 日目 1 mL 7 日目 1 mL 花粉症に対して長期間の症状改善効果が期待される。薬 価は維持期に投与される 2, 000 JAU/mL の 1 包( 1 mL) が 100. 80 円とされている。海外の検討では通常の薬物 治療に比較して費用便益は高いとする報告が多い。国内 でも検討が望まれる。 今後の課題としては実際の寛解率,治療終了後の効果 反応が増強したり,その処置のためのアドレナリンに の持続性について明らかにする必要がある。現在のエキ 対する効果が減弱されることがある。 スの治療期間は長く,スギ花粉非飛散時期も含めて 2 年以 ・三環系抗うつ薬およびモノアミンオキシダーゼ阻害薬 上の連日投与が推奨されている。ただ,長期の投与にお 服用患者,重症の心疾患,肺疾患,高血圧症の患者で いても症状の改善がみられない non-responderが約 20 % は本剤によるアレルギー反応の処置のためにアドレナ 存在する。そのため治療開始前,あるいは治療開始後早 リンを投与した時,アドレナリンの効果が増強される 期に治療効果の予測因子を明らかにする必要がある。また ことがある。 効果を示す客観的なバイオマーカーの確立も望まれる 6, 7 )。 ・全身性ステロイド薬投与の患者では免疫系の抑制によ り本剤の効果が得られないことがある。 現在舌下液ではなく,安定性に優れ高濃度のスギ花粉 エキスを含む舌下錠が開発され臨床試験が行われてい また投与の禁忌としては,①本剤の投与によりショッ る。将来は舌下錠が中心となることが想定される。また クを起こしたことがある患者,②重症の気管支喘息患者, 季節ごとの投与なども含め,最適な投与プロトコールの ③悪性腫瘍,または免疫系に影響を及ぼす全身性疾患(自 検討,効果を増強する安全で有効なアジュバントの開発 己免疫疾患,免疫複合体疾患,免疫不全症など)である。 も望まれる。 慎重な投与が求められているのは,①本剤の投与,また はアレルゲンエキスによる診断・治療,あるいはスギ花 粉を含む食品の摂取等によりアレルギー症状を発現した ことのある患者,②気管支喘息患者である。 ■ まとめと今後の展望 2014 年 10 月からスギ花粉エキス舌下液が市販されス ギ花粉症に対する舌下免疫療法が開始された。対象は PTM 12 ( 1 ) JAN., 2015 (文 献) 1)Cox LS, Larenas Linnemann D, et al.:J Allergy Clin Immunol 117: 1021 -1035, 2006. 2)Passalacqua G, Durham SR; Global Allergy and Asthma European Network:J Allergy Clin Immunol 119:881 -891, 2007. 3)Horiguchi S, Okamoto Y, et al.:Int Arch Allergy Immunol 146: 76 -84, 2008. 4)Fujimura T, Yonekura S, et al.:Clin Immunol 139:65-74, 2011. 5)シダトレンスギ花粉舌下液添付文書. 6)Fujimura T, Yonekura S, et al.:Int Arch Allergy Immunol 153: 378 -387, 2010. 7)Novak N, Bieber T, et al.:Allergy 66:733 -739, 2011.
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