移動型フィールドサーバによる作物の広域・詳細情報取得を 目指した圃場

移動型フィールドサーバによる作物の広域・詳細情報取得を
目指した圃場モニタリングシステムの開発
Development of Advanced Monitoring System for Collecting Target Data
Widely and Closely with a Robotic Field Server
○ 深津時広(農研機構)
遠藤 玄(東工大)
伊藤祐太(東工大)
小林一樹(信州大)
斉藤保典(信州大)
Tokihiro FUKATSU, National Agriculture and Food Research Organization, [email protected]
Gen Endo, Tokyo Institute of Technology,
Yuta ITO, Tokyo Institute of Technology
Kazuki KOBAYASHI, Shinsyu University
Yasunori SAITO, Shinsyu University
A Field Server, wireless sensor network system for agriculture, provides useful and practical monitoring in a
crop field. To achieve more advanced and smarter sensing, we have proposed a robotic Field Server monitoring target
data widely and closely in a crop field. The robotic Field Server consists of a conventional Field Server with sensors
and wireless module for smart monitoring, a locomotion unit for moving in target fields, and a handling actuator unit
for flexibly measuring the targets. The robotic Field Server supported by fixed-type Field Servers is controlled at a
remote site via the Internet. We conducted an experiment to collect detailed data of many target fruits in a pear
orchard with the robotic Field Server moving around the field, and clarified the potential and effectiveness of the
proposed monitoring system.
Key Words: mobile sensor network, crop monitoring, light duty arm, walking robot, Field Server
1. はじめに
21 世紀型農業では、農業現場で蓄積した詳細なデータを基
に効率的な農作業を行うことが求められる。広範囲にわたり
様々なデータを簡単に取得する方法の一つとしてセンサネッ
トワークが近年脚光を浴びており、筆者らはこれまでに農業
用のセンサネットワークとして「フィールドサーバ[1]」の研
究を行ってきた。フィールドサーバは Web ベースのセンサネ
ットワークであり、インターネットを通じて画像データの収
集や計測機器の制御が行えるほか、専用の管理プログラムに
より状況に応じて効率的なモニタリングを行うことができる
[2]。フィールドサーバによって定点による詳細な観測が実現
され、圃場における面的な情報を如何に取得するかが次のス
テップとして重要な課題となっている。
設置台数を単純に増やすというのが一つの解決方法として
考えられるが、これはコストや設置・管理などの労力の点か
ら現実的ではない。最近では無人航空機(Unmanned Aerial
Vehicle)を利用した上空からのモニタリングが研究されてい
るが、解像度が低く作物の上部以外の場所を観測できないと
いった課題が存在する。トラクターなどにセンサを取り付け、
圃場を面的に詳細計測する手法は耕運や収穫時には有効だが、
Fig. 1 robotic Field Server
トラクターの大きさから作物が生育中の定期的な詳細モニタ
リングには向かない。そこで本研究では、これまで行ってき
た固定型センサネットワークであるフィールドサーバをベー
スに、圃場群落内を移動して任意の作物における詳細な生育
情報を取得することができる移動作業型フィールドサーバを
提案し、その有効性や実現性について検討を行う(Fig.1)。
2. 移動作業型フィールドサーバ
2.1 構成
全体のシステム構成を Fig.2 に示す。基本システムは従来
のフィールドサーバ・システムをベースとする。圃場の各地
点には固定型のフィールドサーバを設置し、無線ネットワー
クによって互いに接続されるとともに、周囲にホットスポッ
トを提供する。移動作業型フィールドサーバは、移動ユニッ
トとマニピュレータを備えたフィールドサーバで、無線部分
はホットスポット内を移動しながら自由に接続できるように
する。また移動作業型フィールドサーバでは、追加ユニット
の制御を従来のものと同様に Web 上から操作できるようにす
る。これにより、従来のシステムと同様に遠隔地に設置した
管理プログラムによって制御可能となる。
Fig. 2 architecture
固定型フィールドサーバは、圃場の環境モニタリングを行
うとともに、カメラモジュールによって移動作業型フィール
ドサーバの様子を撮影し、操作を行ううえでの支援情報を提
供する。特に移動作業型フィールドサーバの稼働中は、固定
型の動作状況を変更して随時情報を取得・提供できるように
するとともに、必要に応じてカメラの向きやズームなども調
整する。移動作業型フィールドサーバは、通常は充電ステー
ションを含むドックに滞在し、必要に応じて定期自動運行ま
たは遠隔マニュアル操作で移動計測を行う。歩行モジュール
およびマニピュレータについては、システムの構成上遠隔リ
アルタイム制御が難しいため、ある程度の目標位置までの指
令値やまとまったシーケンス動作コマンドだけを送り、本体
側で細かな制御を行う。
2.2 特徴
移動作業型フィールドサーバを利用することで、広範囲で
密な圃場計測が実現できるほか、以下のようなメリットが存
在する。まず、複数の設置が難しい高価な計測機器を搭載し
た場合、1 台で多くの地点の計測が可能となるほか、複数の計
測機器を用いた場合の個体差の誤差などを気にしないですむ。
また常時屋外で使用するには難しい計測機器を搭載すること
で、天気が良い日のみ計測を行い普段はドックで待機すると
いったことも可能となる。マニピュレータが搭載されること
で、作物の生育に伴い葉などの遮蔽物がある場合でもそれを
どかして測りやすい状態で対象を計測することができる。ま
た先端にセンサを取り付けることで、群落内など計測が難し
い場所や対象物を様々な方向からより詳細にモニタリングす
ることが可能となる。特に従来の固定型フィールドサーバで
は、通常の圃場作業の邪魔になるため作物に近接して計測を
行うことができなかったが、フィールドサーバが移動できる
場合であれば必要に応じて退避させることができるため、よ
り詳細なモニタリングを行うことができる。
3. システム評価
3.1 実験装置
3.1.1
歩行ユニット
移動作業型フィールドサーバの歩行ユニットは、サスティ
ナブルロボティクス社の「HexaLegs」をベースに作成した
(Fig.3)。HexaLegs は 2 群 3 脚式ツインフレーム型の歩行ロボ
ットで、「LANDMASTER-3[3]」を基本構成として圃場移動用に
サイズや駆動系を再設計したものである。2 組の 3 角型ユニッ
トにはそれぞれの頂点に伸縮脚が取り付けられ、各ユニット
同士は併進・回転の自由度を持ち、各ユニットの脚を交互に
Fig. 3 HexaLegs AGR
踏みかえながら歩行を行う。基本スペックは、重量が約 58kg、
搭載量が 20kg、移動速度は 2m/min、24V12Ah のバッテリにて
1 回約 2 時間動作し、非接触充電ステーションにて充電が可能
である。HexaLegs では全駆動系をワイヤ駆動とし、モータ類
を中央に集約することで防水防塵を容易にしている。特徴と
しては、搭載面を水平に保ちながら不整地を単純な機構で歩
行できるとともに、搭載量が多いにも関わらず省電力で姿勢
安定保持が可能である、といった点が挙げられる。
また HexaLegs ではフィールドサーバと同様に Web 上で歩行
機構が制御できるよう、各歩行軸の制御用モータドライバ回
路の上位に、これらを統率する GUI を備えた制御モジュール
(Raspberry Pi を使用)を作成した。これにより、Web 上から
各脚の動作を個別に遠隔制御できるほか、登録した歩行シー
ケンスを選択してパラメータ入力することで簡単に歩行動作
の自動制御も行うことができ、フィールドサーバの管理プロ
グラムで制御可能となった。
3.1.2
マニピュレータ
HexaLegs の上部には、Fig.4 に示す軽作業用アームを作成
して搭載した。軽作業用アームには、様々な作物の部位にア
プローチできるよう幅広い作業領域を備え、先端に様々な計
測機器などを取り付けて動作できる能力を保持しつつ、省電
力で極力軽量なものが要求される。そのため本研究では、2 自
由度 2 節リンク型アームに基部の旋回軸を追加した 3 自由度
のアームを次のように作成した。まずワイヤープーリ駆動に
することで、リンク駆動の可動範囲を拡張するとともにアク
チュエータを全て本体部に設置可能となり、アクチュエータ
自身の回動を防ぎ大部分の重量(約 80%)をベースに集中して
安定した重心を保つことができる。またワイヤや手先に取り
付ける機器の配線などは、全てリンクのパイプ内部を通して
耐塵性を確保する。ワイヤには高強度化学繊維であるザイロ
ン・ダイニーマを利用し、関節軸プーリにワンウェイクラッ
チを内蔵して簡便にワイヤに張力を与え、根元駆動軸から効
率的に動力を伝達できるよう螺旋状の溝が掘られたプーリを
使用した。更にハーモニックドライブを利用し 1 軸 20W の小
型モータで駆動するとともに、非線形プーリと線形バネを利
用しアームの自重や先端荷重による姿勢保持トルクを効率的
に補償した[4]。これにより、5kg 以下の軽量でありながら先
端に 500g の負荷を取り付け可能で、アームのみで約半径
1000mm の広い可動範囲を備える軽作業用アームを実現した。
アーム機構の制御は、各軸を制御するモータドライブ回路
を USB 接続した小型 PC より指令動作コマンドを送信する。小
型 PC 上ではモータドライバとの通信、アームの軌道生成、順
Fig. 4 light-weight 3DOF arm
運動学・逆運動学の解析を行い、GUI によってアーム位置を入
力した目標点・移動時間で操作できるようにするほか、ボタ
ンによるアーム先端位置の微調整、タイムテーブルにより決
められた軌道での動作などが行える。これらは小型 PC 内に遠
隔操作ソフトをインストールして利用するか、GUI とのインタ
ーフェースとなる Web サーバを内部に軌道させることで、フ
ィールドサーバ・システムから遠隔操作可能となる。
3.2 圃場実験
作成した移動作業型フィールドサーバを評価するため、長
野県小布施町のナシ園にて動作試験を行った。本農園では、
神奈川県農業研究センターが開発した「樹体ジョイント仕立
て」を導入しており、ときおり専門家から本手法の技術指導
を受ける際の遠隔モニタリングツールとして、移動型フィー
ルドサーバを想定する。そのため定期的に移動型フィールド
サーバを自動運行するための評価は今回行わない。
圃場実験では、開発した移動型フィールドサーバの先端に
スマートフォンやタブレット型の小型分光計測装置を取り付
け、ナシの果実表面の分光データを移動しながら複数地点取
得できるかを試みた。果樹園内の果実は約 1.5~1.6m 程度の
高さにあり、歩行ユニットに載せたアームの先端可動領域は
地表面から 2m 超までカバーできるためモニタリング作業は十
分可能である。また本体にも操作用カメラをアーム根元に取
り付けた。フィールドサーバ・システムのネットワークを利
用し、操作用カメラの画像をみながら移動作業型フィールド
サーバを操作することで、ナシ園の複数の果実にセンサを近
づけて分光計測が問題なく行えることが実験により確認され
た(Fig. 5)。
現可能性を確認するため、軽作業用アームを備えた 2 群 3 脚
式の歩行ロボットを作製し、圃場にて動作試験を行うととも
に本システムの今後の課題を明らかにした。フィールドサー
バ・システムでは通常のセンサネットワークと異なり双方向
性を備えているため、このような遠隔操作を行うシステムの
構築が容易であった。しかしながら、今回行った実験では 3G
回線を利用したため通信速度が十分でなく、操作用カメラ画
像や GUI の反応遅れが確認された。特に操作感やレスポンス
などについては遠隔操作ロボットの課題と共通な部分でもあ
り、これらの成果を取り入れていく必要がある。また計測時
に「どの場所からどのような状態で」データを取得したかと
いう情報が必要となる。移動作業型フィールドサーバ自身の
センサによってある程度の情報は取得できるものの、屋外環
境下では様々な外乱によって誤差が生じるため補正情報の取
得方法なども今後の課題となる。他にも、今回は行わなかっ
たが定期的に運行させてデータを取得させる場合の様々な課
題や、取得したデータの取り扱いや見せ方なども検討してい
く必要がある。
このように移動作業型フィールドサーバにはまだまだ様々
な課題があるものの、一方でこれまでのフィールドサーバで
は限界であった作物の広域・詳細モニタリングの実現に大き
く寄与するものであることが確認された。特に群落内におけ
る作物の詳細なモニタリングは、ニーズはあるものの多大な
労力が必要とされたため、本手法は有効なツールになるもの
と思われる。フィールドサーバによって圃場の詳細なモニタ
リングが可能となり、「圃場のラスト 1 マイル」問題が解決
されてきた。移動作業型フィールドサーバによって、今度は
「圃場作物へのラスト 1 フィート」問題を解決し、圃場モニ
タリングの更なる発展をおしすすめるものと期待される。
謝
辞
本研究の一部は、総務省「SCOPE・地域農産物ブランド化
を支援する分光型クラウドセンサネットワークの農圃場「現
場」実証試験(122304001)」、日本学術振興会「JSPS 科研費・
若手(B)24780252、基盤(C)25420214」の助成を受けたものであ
る。ここに感謝致します。
文
[1]
[2]
[3]
[4]
Fig. 5 experiment in pear orchard
4. まとめ
本研究では移動作業型フィールドサーバの有効性および実
献
Fukatsu, T. and Hirafuji, M., “Field Monitoring Using Sensor-Nodes
with a Web Server,” Journal of Robotics and Mechatronics, Vol.17
No.2, pp.164-172, 2005.
Fukatsu, T., Hirafuji, M. and Kiura, T., “An Agent System for
Operating Web-based Sensor Nodes via the Internet,” Journal of
Robotics and Mechatronics, Vol.18 No.2, pp.186-194, 2006.
妻木俊道, 小林洋司, 中野栄二, 内山研史, 玉田守, "急傾斜山林
地用実大歩行ロボットの開発", 日本ロボット学会誌, Vol.27 No.4,
pp.470-480, 2009.
遠藤玄, 山田浩也, 矢島明, 尾形勝, 広瀬茂男, "非円形プーリ―
バネ系による自重補償機構と 4 節平行リンク型アームへの適用",
日本ロボット学会誌, Vol. 28 No.1, pp.77-84, 2010.