vol.57 no.10

第57巻第10号平成27年1月1日発行(毎月1回1日発行)
January
2015
学術系クラウドファンディング・プラットフォーム
「academist」の挑戦
電子実験ノートを用いた知的財産保護の最前線
大学学習資源コンソーシアム
学習・教育のための利用環境整備
未来のデータサイエンティストを探せ!
研究分野遷移から見た人材マッチング
連載:
インフォプロによるビジネス調査−成功のカギと役立つコンテンツ
第10回 海外ビジネス情報
vol.57 no.10
p.705-790
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
年頭所感
JST情報資産のビッグデータとしての活用
学術系クラウドファンディング・プラットフォーム
「academist」の挑戦
705
加藤治彦
709
柴藤亮介
716
原田明彦
間杉奈々子
725
三角太郎
734
釋 宏介
中井洋平
笹谷俊徳
741
石田武和
■インターネット経由で不特定多数の人々に呼びかけて資金を募るクラウドファン
s0002
ディング。近年,クラウドファンディングで資金調達に成功した例がいくつも話
題になりました。ここでは学術分野に特化したクラウドファンディングを取り上
げます。約60ある世界の学術系クラウドファンディングサイトについて概説し
s0002
たのち,日本で初めて研究費獲得に特化したクラウドファンディング・プラット
s0003
フォーム「academist(アカデミスト)」を紹介します。
電子実験ノートを用いた知的財産保護の最前線
■実験ノートの電子化が進んでいます。実験ノートは特許係争において重要な証拠
s0003
能力をもちます。証拠としての,
網羅性,検索性,保全性,実証性という必要要件を,
電子実験ノートはどのように実現しているのでしょうか。製薬業界における導入
事例にもとづき,
実験ノートの完全電子化に伴う課題の解決について解説します。
大学学習資源コンソーシアム
s0004
学習・教育のための利用環境整備
■昨今,大学においてアクティブ・ラーニングが浸透しつつあります。それに伴い,
従来の紙媒体の指定教科書から,各種の電子教材を組み合わせた学習資源の利用
への流れが進んでいます。電子的学習資源の利用には,教材作成,著作権処理等
のための環境整備が必要です。ここでは電子教材を取り巻く状況を紹介した後,
大学学習資源コンソーシアムの活動について報告します。
s0004
s0005
未来のデータサイエンティストを探せ!
研究分野遷移から見た人材マッチング
s0005
■第1回データサイエンス・アドベンチャー杯2014の金賞受賞作品です。JST科学技
術データを活用して,学生と企業の人材マッチングを支援するツールを作成した
ものです。人材不足が叫ばれるデータサイエンティストに着目し,学生・企業時
代の論文の専門分野の遷移から,データサイエンティストとしての可能性が見込
まれる人材を探索しています。
緊急アピール:
電子ジャーナルの問題解決のための「3つの提言」
目次
月号
January
連載:
インフォプロによるビジネス調査-成功のカギと役立つ
コンテンツ
747
上野佳恵
755
有田正規
759
西内 史
762
大谷卓史
765
宮入暢子
769
藤平俊哉
776
火口正芳
余頃祐介
781
和知 剛
第10回 海外ビジネス情報
視点:
グローバルランキングの罪
リレーエッセー:
つながれインフォプロ 第16回
過去からのメディア論:
知的財産権制度はなぜ必要か
歴史と倫理からの考察
集会報告:
ORCIDアウトリーチ・ミーティング in 東京
集会報告:
ICSTI 2014 in Tokyo 年次会合 & シンポジウム
集会報告:
第16回図書館総合展フォーラム
識別子ワークショップ
~ JaLC,CrossRef,DOI,ORCID,そして…~
この本!~おすすめします~:
善き先達と善き道しるべを探すためのヒント
785
情報界のトピックス
790
編集後記
vol.57 no.10
JOHO KANRI 2015
Contents
January
Journal of Information Processing and Management
New Year Comments
705
KATO Haruhiko
The Challenge of academic crowdfunding platform
"academist"
709
SHIBATO Ryosuke
Forefront of intellectual property protection with
e-Laboratory Notebook
716
HARADA Akihiko
MASUGI Nanako
Consortium for Learning Resources
Environmental improvement to use the materials for learning
and education
725
MISUMI Taro
Where's a future data scientist?
Human resource matching system in terms of the transfer of
research areas
734
SHAKU Kosuke
NAKAI Yohei
SASAYA Toshinori
Urgent Appeal:
741
ISHIDA Takekazu
Series:
747
UENO Yoshie
Opinion:
755
ARITA Masanori
Relay essay:
759
NISHIUCHI Fumi
Seeing current media retrospectively:
762
OTANI Takushi
Meeting:
765
MIYAIRI Nobuko
Meeting:
769
FUJIHIRA Toshiya
Meeting:
776
HIGUCHI Masayoshi
YOGORO Yusuke
My bookshelf:
781
WACHI Tsuyoshi
Utilization of JST information resources as big data
Three recommendations for subscription-based E-journals
in Japan
Keys to success of business research - tips and useful
contents
Part10: Sources of global information
Detriment of global ranking
Building networks among info pros (16)
Why do we need intellectual property institution?
Consideration from history and ethics
ORCID Outreach Meeting in Tokyo
ICSTI 2014 General Assembly & Annual Conference in
Tokyo
The 16th Library Fair & Forum
IDENTIFIERS ~ JaLC, CrossRef, DOI, ORCID, and…
A hint to look for a good master and a good signpost
785
Topics of the information community
790
Editor's note
年頭所感 ●JST情報資産のビッグデータとしての活用
年頭所感
JST情報資産のビッグデータとしての活用
独立行政法人科学技術振興機構
執行役 加藤 治彦
情報管理 57(10), 705-708, doi: 10.1241/johokanri.57.705 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.705)
ビッグデータを取り巻く状況から
I C T(情報通信技術)の進展により,われわれの社
えている。そのため,取り扱うには,新たな技術やア
イデアを取り入れた高度なI T技術を駆使することが要
会には多種多様なデータが生成・収集・蓄積されてい
求されている。いまや
「ビッグデータが社会を変える」
る。それは,マルチメディアデータ(音声,画像,映
とも言われるほど,さまざまな分野でビッグデータ
像等)
,オフィスデータ(eメール,オフィス文書等)
,
を活用する取り組みが始まっている。その活用例は,
ソーシャルメディアデータ,ログデータ(アクセスロ
日々増大しており,また,ビッグデータに関連した,
グ等)
,センサーデータ(G P S,I Cカード,R F I D等)
,
各種の新たなI T技術も徐々に使われるようになってき
W e bサイトデータ(購入履歴データ等)やオペレー
ており,その技術にも注目が集まっている。
ションデータ(POSデータ等)など,多種多様のデー
注1)
ビッグデータの活用は,現時点では,W e bサービ
のシンポジウムで
ス分野,わかりやすいところでは,電子商取引など
聴いた話では,その情報量は,2008年段階ですでに
の活用が中心だったが,今後は社会のあらゆる分野
データ蓄積のストレージ総量を超え,さらに拡大して
での活用が進展していこうとしている。
タである。ICSTI 2014 in Tokyo
いる状況にあるという。
たとえば,アーカイブされたセンサー情報等から
このような社会に氾濫する情報量に着目して,い
シミュレーションモデルを作り,それを検証するこ
わば巨大な情報そのものを「ビッグデータ」ととら
とにより,リアルタイムで発生する各種センサー情
える一方で,それらの巨大かつ多種多様な情報から,
報から,検証されたモデルを活用して即時に予測す
新たな価値や知見を見いだすIT技術,分析技術等を含
るサービスや,あるいは理論的根拠からでなく,
「風
めた,全体の仕組みとしてとらえる際に「ビッグデー
が吹けば桶 屋が儲 かる」というような傾向・パター
タ」という言葉を使うことが多いようである。
ンを抽出し,さらにそこから類似する傾向・パター
従来のデータベースは,データそのものに対する
おけ
もう
ンを抽出・検証するなど,これまでは予測できなかっ
品質,あるいは網羅性,継続性等が重要となるとと
たような新たな発見も出てきている。このように,
もに,データベースを利用する人が必要な情報を得
われわれが仮説を立証していくというプロセスでな
るための検索用索引,さらにはさまざまな知見を得
く,データそのものが新たな仮説を示し,われわれ
るための分類,ID化等が要求されていた。そのために,
が気づかなかった新たな発見,新たなイノベーショ
データベースを構築するには,多くの手作業が必要
ンを創造することがビッグデータには期待されてい
であったという歴史がある。
る。そのことこそ,
「ビッグデータが社会を変える」
一方,ビッグデータは,多種多様性,巨大な情報
量等,人間が分類・評価できるレベルをはるかに超
と言われるゆえんでもある。
研究開発の分野においては,領域を超えた研究デー
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
705
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
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January
Journal of Information Processing and Management
タ・シェアリングによって,研究データをビッグデー
具体的には,2015年度早々,日本化学物質辞書(日
タとして活用するデータ駆動型の研究への進展が期
化辞)約330万件の化学物質情報をセマンティック
待されている(図1)
。その具体例として,科学技術振
WebのRDF(Resource Description Framework)形式
興機構(J S T)のバイオサイエンスデータベースセン
で,クリエイティブ・コモンズ・ライセンスCC BYの
ター(NBDC)における,セマンティックWeb技術を
下に活用できるよう公開予定である。
活用した生命科学分野の研究データ統合化の取り組
J S Tの保有する,論文・記事情報については2008年
み等も進みつつある。
以降の引用情報,被引用情報の整備を進めている。
第1段階として本年4月をめどに,ScopusやWoS等と
JST 情報資産の整備状況と今後について
の相互引用情報と併せて国内文献,海外文献を網羅
JSTの情報事業では,旧JICST時代から60年近く,科
し,引用情報を使ったJ S T内で活用可能な情報分析基
学技術情報のいわば,従来型データベース構築に取
盤を構築する予定である。なお,分析結果について
り組んできた。図2に示したように,研究者の発表し
は可能な範囲で公開し,新しい論文の分析手法を提
た論文等に索引語を付与し,抄録を作成する作業に
案させていただきたい。
より,文献情報データベース(約3,545万件)を構築し,
J S Tの情報資産は,すでにデータベースとしての信
同時にそこから抽出・同定した研究者情報(約70万
頼性,網羅性をもっている。この特性を生かせば,今
人),所属する機関情報(約33万機関)等を蓄積して
後は,新聞記事情報,ビジネス誌情報等のデータベー
きた。
スや企業決算情報等とJ S Tのもつ研究者情報,機関情
これらの科学技術情報データベースは,検索して
報等との連携も容易に実現できる可能性がある。ま
参照するという従来型データベースとしての価値は
た,セマンティックWebの技術により,JST内で活用
もちろんのこと,今後は「ビッグデータとして活用
可能な情報分析基盤を充実していく考えである。
する」ことを前提に,高付加価値の情報資源として
さらに,文献データベースを構築する過程で,抄録・
さらに整備していく方針で進めている。
索引作業工程からシソーラス等の科学技術用語を表
【戦略立案】
【研究推進】
社会・経済ニーズ、内
外の政策や状況等を踏
まえたエビデンスベース
での研究戦略の立案
公募
政策・戦略
意見
基礎・応用・開発研究の
スパイラル・アップモデルの推進
オープンイノベーションの場の創出
【提案】
研究者の 【研究】
研究開発サイクル
【成果】
【情報収集】
意見
【評価・分析】
収集データの分析・
分析結果の提供
【収集・提供】
国内の研究開発成果
の網羅的収集・提供
図1 研究開発の推進サイクル
706
年頭所感 ●JST情報資産のビッグデータとしての活用
JSTが保有している研究開発に関連する情報コンテンツ【ビッグデータ】
化学物質情報(約330万件)
研究者情報(約70万人)
○JSTが、1985年から作成している有
機化合物の辞書。毎月約1万件の化合
物データを追加している。豊富な慣用
名や英語名称を登録しており、物質の
出現時期を時系列で追うことができる。
○JSTが、文献情報及び特許情報に出現し
た著者名及び発明者名について同定処理
を行い、同一人物と思われる研究者名に対
して、同一の「著者ID」を付与している。国
【想定活用例】
・化学物質名や法規制番号の情報と文献情
報とのマッチングにより、企業の動向を把握
できる。
特許情報(約1,126万件)
○特許庁が、作成している1993年以降の公
開公報(約715万件)、公表公報(約60万件)、
再公表公報(約13万件)、特許公報(約338
万件)の書誌情報を登載している。JSTが、
引用・被引用の情報を付与している。
【想定活用例】
・引用・被引用情報が整備されているので、
当該特許を中心にして、企業の異分野、異
業種への進出動向を見ることができる。
内研究者が、ほぼ網羅されている。
【想定活用例】
・「著者ID」をキーに文献情報と特許情報等
を抽出することで、研究者の共著関係や企
業との連携を知ることができる。
機関情報(約33万機関)
文献情報(約3,545万件)
○JSTが、整備している企業及び国内の大学、公的研究
機関、研究所等の機関情報。(株)ランドスケイプの企業
データ(一部)とJSTが保有している機関データがマージさ
れているので、産・学・官のさまざまな機関データが集約さ
れている。機関情報をキーに研究開発にかかわるさまざ
まな情報が集約できる。
○JSTが、1975年から作成している科学技
術(医学含む)文献の二次情報DB。毎月約
1万件の文献を追加。
※国内学協会、企業技報について、引用・
被引用情報を整備中。1958~1974年分500
万件の情報についても整備中。
【想定活用例】
・産業分類や企業規模によるセグメント分けをしたうえで他
情報(文献、特許etc)と組み合わせることで市場分析に活
用できる。
・証券コードをキーに、外部データ(有価証券報告書etc)と
のマッチングもスムーズに行える。
【想定活用例】
・国内外の主要な科学技術文献を網羅して
いるので、海外DBで拾いきれない国内情報
を網羅的に収集できる。
資料情報(約22万誌)
科学技術用語情報(約110万語)
○JSTが、1975年から整備している科学技
術に関する用語の大規模な辞書。毎月約1
千件の用語を追加している。「シソーラス用
語」を中心に体系的な整備を行っている。
【想定活用例】
・登載されている「準シソーラス用語」は、最
新文献に出現し注目されている技術用語が、
日々、追加されていくので、用語の出現頻
度を追うことで、特定業界、企業等の研究ト
レンド推移を俯瞰できる。
○JSTが、保有している国内外の主要な科
学技術・医学・薬学文献のジャーナル等の
資料名、略記、出版団体等を収集している。
【想定活用例】
・一般的に入手困難な予稿集、会議録、公
共資料等も収集。国内企業の技術報告も多
く収集している。
図2 JSTの情報資産の概要
す言語資源という情報資産も生成されている。この
例,活用事例の蓄積,それに伴う分析ツール・各種
工程に着目し,機械翻訳(日中,日英),自動索引語
評価指標の開発など,新たな課題は山積している。
抽出等の新たな機能を付加するための研究開発も進
めている。
J S Tのコミットメントの1つに,
「科学技術情報をイ
ノベーション創出のための基盤として確立します(科
これらのJ S T情報資産を科学技術情報を網羅した情
学技術情報を,新たな知識の抽出・活用による研究
報分析基盤として2015年度中を目標に整備していく
開発力の飛躍的向上や政策立案,経営戦略策定にお
方針でおり,これにより,いわゆる「ビッグデータ」
ける意思決定に資する基盤とします)」とある。J S T
として活用すること,さらに他のデータベースとの
の保有する情報資産が,イノベーション創出に活用
連携強化も可能となる。それらの分析結果は,まさ
されるよう取り組んでいく所存である。
しく「宝の山」ではないかと確信している。
また昨年に引き続き,本年も,データサイエンス・
膨大なデータを連携させ,処理・活用するe -サイ
アドベンチャー杯を開催し,高校生,大学生,大学
エンス(データ中心科学)は,「第4の科学」ともい
院生,研究者,企業の皆さまから,J S Tのもつ情報資
われ,いまや科学の潮流とされている。
産を活用したアイデアの公募も進めている注2)。
その一方で,J S T情報資産を活用するための分析事
科学技術情報を網羅したビッグデータとしてのコ
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
707
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
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January
ンテンツは,科学技術政策の立案,大学等各種研究
おわりに
者の活用,企業活動への有意義な情報提供など幅広
『情報管理』誌は本年1月で57周年を迎える。本誌
い分野に活用可能であり,さらに付加価値の高い情
のコンテンツもJ S Tの貴重な情報資源と考えている。
報資産でもある。J S Tでは,J S T内部はもちろんのこ
今後,読者の皆さま,編集委員の皆さまとともにさ
と,文部科学省,大学,学会等の研究者の皆さまか
らに充実したジャーナルとしていく方針である。引
ら,企業の研究部門,シンクタンク,調査会社等の
き続き,ご支援,ご愛読をお願いして新春の挨拶と
民間の皆さままで,共同で広く,情報資産の活用に
したい。
ついて研究を進めていきたいと考えている。ぜひと
も,皆さまのご支援,ご協力をお願いしたい。
本文の注
注1) ICSTI 2014 in Tokyo については以下を参照
「ICSTI 2014 in Tokyo 年次会合 & シンポジウム」情報管理 57(10), 769-775. http://dx.doi.org/10.1241/
johokanri.57.769
注2) 第1回 デ ー タ サ イ エ ン テ ィスト・ アド ベ ン チ ャ ー 杯2014の 金 賞 受 賞 作 品 に つ い て は 以 下 を 参 照
「未来のデータサイエンティストを探せ!~研究分野遷移から見た人材マッチング~」情報管理 57(10),
734-740. http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.734
708
学術系クラウドファンディング・プラットフォーム「academist」の挑戦
学術系クラウドファンディング・プラット
フォーム「academist」の挑戦
The Challenge of academic crowdfunding platform "academist"
柴藤 亮介1
SHIBATO Ryosuke1
1 株式会社エデュケーショナル・デザイン(〒113-0033 東京都文京区本郷1-33-3 後楽園キャステール507号室)Tel: 03-38680419 E-mail: [email protected]
1 Educational Design Inc. (Kourakuen-Castal 507, 1-33-3 Hongo Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033)
原稿受理(2014-10-27)
情報管理 57(10), 709-715, doi: 10.1241/johokanri.57.709 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.709)
著者抄録
近年,アイデアをもつ人が不特定多数の支援者からインターネット経由で資金を募るクラウドファンディングの取り
組みが盛り上がりをみせている。当初は,災害復興やスポーツ,音楽,映画,地域活性化などに関するプロジェクト
が立ち上げられ,数々のプロジェクトが目標とする支援金額を集めることに成功した。ここ 2,3 年では,国内外で研
究費獲得のためのクラウドファンディングが盛んに実施されるようになってきている。本稿では,世界の学術系クラ
ウドファンディングの現状を整理するとともに,国内初の取り組みである「a c a d e m i s t(アカデミスト)」の紹介を通
して,学術系クラウドファンディングの可能性について考えていきたい。
キーワード
研究費,クラウドファンディング,科学技術,大学,academist,アカデミスト
1. はじめに
なく,ものづくりや音楽,映画,アニメ,スポーツ,
地域貢献などさまざまなジャンルのプロジェクトが
ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ(C r o w d[ 群 衆 ] +
実施されている。クラウドファンディングが流行し
Funding[資金調達])とは,その語源からもわかる
はじめた当初は,数多くのジャンルを扱う総合型の
ように,アイデア実現のための資金をインターネッ
クラウドファンディングサイトが主流だったが,最
ト経由で不特定多数の人々から募る行為のことであ
近では特定のジャンルに特化したサイトも立ち上が
る。東日本大震災後,クラウドファンディングによ
りつつある。
る被災地支援のためのプロジェクトが多数立ち上げ
本稿で紹介する「academist(アカデミスト)
」は
られたことが,広く知れわたるきっかけとなった。
国内初の学術系に特化したクラウドファンディング
もちろん,復興支援に関するプロジェクトだけでは
サイト 注1) である。3,4年前までは,世界的にみて
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
709
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
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January
クラウドファンディングの5分類
も学術系クラウドファンディングの取り組みは行わ
アイデア(Idea)
れていなかったが,ここ最近では国内外に数十の学
⽀援(Funding)
術系クラウドファンディングサイトが設立され,さ
まざまな研究分野のプロジェクトに支援が集まって
いる。
⾒返り(Return)
挑戦者(Challenger)
⽀援者(Supporter)
本稿では,国内外の学術系クラウドファンディン
グサイトの現状を整理することで,クラウドファン
ディングが学術界に与えるインパクトとその社会的
意義について考察する。その準備として,2章でクラ
寄付型
購⼊型
貸付型
ファンド型
株式型
図1 クラウドファンディングの5分類
ウドファンディングの基本事項についてまとめてい
く。3章で国内外の学術系クラウドファンディングサ
や税制控除のメリットが支援のモチベーションとな
イトの現状を整理した後,4章では株式会社エデュ
る。国内の寄付型クラウドファンディングサイトの
ケーショナル・デザイン(以下,当社)が運営する
代表格であるJustGiving注2)では,自然災害による復
「academist(アカデミスト)」の具体的事例を紹介す
興プロジェクトなどが立ち上げられている。
る。最後に,3章と4章の内容を踏まえながら,学術
一方購入型では,支援者は支援額に応じたリター
系クラウドファンディングの今後の可能性について
ン(物品またはサービス)を受け取ることができる。
考えていきたい。
たとえば,プロダクト開発の資金を集めるプロジェク
2. クラウドファンディングとは
トでは,
500円の支援で「開発企業のロゴステッカー」
,
1万円の支援で「プロダクトを優先的に購入できる権
利」などのリターンを受け取ることができる。
クラウドファンディングの最初の実例として,17
残りの3つは本稿の趣旨とは離れるため詳しい説
世紀に活躍した書籍編集者,ジョン・テイラー氏の
明は省略するが,寄付型や購入型との大きな違いは,
試みが知られている1)。彼は,出版に賛同する人たち
サイトを運営するために金融商品取引法の制限をク
から書籍の印刷代を募り,集まった資金で本を制作
リアしなければならないことである。このような理
し,そのお礼として支援者の氏名を謝辞に記載した。
由から,これらはまとめて「金融型」とも呼ばれて
後にみるように,クラウドファンディングでも支援
いる。国内で購入型のサイトが大半を占めている理
者への見返り(リターン)として同様のことが行わ
由は,購入型の参入障壁が低いためと推測できる。
れている。
2.2 クラウドファンディングのモデル
2.1 クラウドファンディングの5分類
図1に示すように,クラウドファンディングはリ
ターンの種類に応じて「寄付型」「購入型」「貸付型」
710
ここで,クラウドファンディングで使われてい
る2つのモデル,K e e p I t A l l(K I A)モデルとA l l o r
Nothing(AON)モデルを紹介する。
「ファンド型」
「株式型」の5つに分類されている(
「貸
K I Aモデルでは,チャレンジに必要な目標金額を設
付型」
「ファンド型」「株式型」を「金融型」と1つに
定するものの,支援総額が目標金額に達しない場合
まとめることで全体を3つに分類する場合もある)
。
でも,集まった金額をそのまま受け取ることができ
寄付型には,支援に対するリターンがない。した
る。たとえば,100万円の目標金額に対して期間内に
がって,プロジェクトそのものを応援したい気持ち
20万円の支援しか得られない場合でも,集まった20
学術系クラウドファンディング・プラットフォーム「academist」の挑戦
万円は受け取ることができる。
トが運営されている。一口に学術系と言っても,各
一方A O Nモデルでは,支援金額が事前に設定した
サイトが取り扱う研究分野の傾向や,大学発/民間
目標金額に達してはじめて,挑戦者は支援金額を受
発の違いがあるため,学術系と呼ばれてはいるもの
け取ることができる。たとえば,100万円の目標金額
のそれぞれ別の特徴をもっている。
に対して期間内に99万円の支援が集まったとしても,
100万円に達していなければ支援金を受け取ることが
3.1 大学発学術系クラウドファンディング
大学が主体的に運営するサイトでは,たとえば
できない。
AONモデルでは,目標金額に達しないかぎりリター
York Universityの場合は「YuStart注3)」というように,
ンを受け取ることができないが,そのために支援者
大学名にちなんだサービス名が使われることが多く,
が積極的にプロジェクトを宣伝してくれることが多
それらのほとんどが寄付型のサイトである。大学に
けんいん
い。世界を牽引する米国発クラウドファンディングサ
寄付するのではなく個々のプロジェクトに直接支援
イト「Kickstarter(キックスターター)
」の実績の分
できる点が,従来の大学への寄付との違いである。
析から,A O Nモデルを採用した方が達成率は上がる
該当大学に所属する学生や研究者がプロジェクトを
2)
ことが示されている 。プロジェクトの目的に合わせ
立ち上げているため,大学の同窓生からの寄付は得
て,いずれかのモデルを選択することが必要である。
られやすい一方,大学以外からの支援はあまり得ら
3. 国内外の学術系クラウドファンディン
グの現状
れていないのが現状だ。日本では現在のところ大学
発クラウドファンディングサイトは立ち上げられて
いない。
さて,本章からは学術系クラウドファンディングの
3.2 民間発学術系クラウドファンディング
話題について取り上げていく。具体的なプロジェクト
民間発クラウドファンディングサイトは,サイト
事例をみる前に,まずは国内外の学術系クラウドファ
ごとに取り扱う分野が異なっている。以下に,代表
ンディングサイトの全体像を整理していきたい。
的な3つのサイトを紹介する。
表1に示すように,本稿執筆時の2014年10月現在,
全世界で約60の学術系クラウドファンディングサイ
Consanoは,米国発の医療系のプロジェクトに特化
したサイト注4)である。医療系の博士号取得者が,が
国内外学術系クラウドファンディングサイト数
表1 国内外学術系クラウドファンディングサイトの数
⼤学発
⺠間発
合計
アメリカ
33
9
42
イギリス
5
4
9
スペイン
0
4
4
カナダ
3
0
3
オランダ
1
0
1
⽇本
0
1
1
合計
42
18
60
※https://en.wikipedia.org/wiki/University_and_College_Crowdfunding_Platformsをもとに著者が作成。
※https://en.wikipedia.org/wiki/University_and_College_Crowdfunding_Platformsをもとに著者が作成。
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んや糖尿病,稀少疾患の研究を行うための資金を募
4.1 academist(アカデミスト)立ち上げの背景
り,研究を進めていく。支援金はすべて寄付として
2014年4月,国内初の学術系に特化したクラウド
扱われており,支援者には税制優遇措置が取られる。
ファンディングサイト「academist(アカデミスト)
」
Science Starter注5)はドイツ発のサイトであり,人
を当社よりリリースした。
文・社会科学系や生命科学系のプロジェクトから国
アカデミストは,研究機関と個人との間に研究費
際会議の開催費用まで,学術の発展に関するさまざ
の流れを作り出すことで,オープンな研究環境の実
まな資金を募っている。現在までに約30のプロジェ
現を目指している。特に,次のような学術界におけ
クトが成立しており,学術系クラウドファンディン
る2つの問題を解決することを目的としている。
グを牽引するサイトの1つであると言える。
まずは,研究者のアウトリーチ活動に関する問題
米国発のE x p e r i m e n t注6)は学術系クラウドファン
である。近年,科学技術への国民の支持を得ること
ディングサイトの中ではもっともプロジェクト掲載
を目的として,研究者に研究内容や成果を社会に対
数の多いサイトである。リリースから2年半で約200
してわかりやすく発信するアウトリーチ活動の義務
のプロジェクトが成立し,総額1億円以上の資金を集
化が進んでいる。しかし,研究者へのアンケート調
めている。分野別分布をみると生物学や環境学,教
査によると,研究者は研究と教育活動に忙しく,ア
育学などが大半を占めており,支援者は平均100ドル
ウトリーチ活動をする時間がないという問題が生じ
の支援を行っている。支援者は,支援金で行った研
ている3)。アウトリーチ活動のために研究時間が大幅
究内容のレポートをリターンとして受け取ることが
に削られるようであれば,本末転倒であるため,何
できる。また,支援者への謝辞を記載した世界初の
かしらの対策が必要である。
注7)
ことでも有
次に,科学研究費(科研費)獲得の仕組みに関す
名である。Experimentでは「研究のプロセスを共有
る問題である。既存の科研費獲得の仕組みでは,研
する」という理念を実現させることで,科学の発展
究者は大学を通して国に科研費申請書を提出し,専
に貢献することを目指している。
門家の審査を通過した場合,科研費を利用できる(図
クラウドファンディング論文を出した
2のA)
。しかし,科研費は毎年取れるわけではない。
4. 日本初の学術系クラウドファンディン
また,利用用途が限定されていたり,少額の研究費
グサイト「academist(アカデミスト)」
をすぐに使いたい場合に対応できなかったりなど,
必ずしも万能な仕組みであるとはいえない。これか
近年,海外ほどではないものの,日本国内でも学
術系クラウドファンディングのプロジェクトが立ち
上げられるようになってきた。2012年にノーベル生
理学・医学賞を受賞した京都大学i P S細胞研究所所長
らの学術研究を発展させていくためには,科研費の
デメリットを補う研究費獲得の形が必要である。
アカデミストは,これらの問題を解決するアプロー
チのうちの1つである(図2のB)
。
の山中伸弥教授は,JustGivingで,2,000万円以上の
アカデミストでは,研究者が支援者から支援を受
寄付を集めることに成功している注8)。また,日本初
けることになるため,研究内容を動画やテキストで
注9)
で
わかりやすく伝える必要がある。これは,研究費を
は,研究者が「日本全国の学校に宇宙図2013を!一
獲得するための手段としてアウトリーチ活動を行っ
のクラウドファンディングサイトREADYFOR?
校に1枚宇宙図プロジェクト」を成功させるなど
注10),
学術系のプロジェクトが少しずつ増えてきている。
ているといえる。つまり,アウトリーチ活動を行い
ながら研究費を獲得することができる一石二鳥のシ
ステムといえる。
712
学術系クラウドファンディング・プラットフォーム「academist」の挑戦
academist によるオープン・マネーの実現
A
研究者
研究機関
申請書
申請書
研究費
挑戦者
税金
研究費
報告書
B
国民
政府
報告書
サポーター
閉鎖的な仕組み(Closed Academia)
研究アイデア
投資
研究アイデア
研究費
投資
研究講演会
研究講演会
グッズなど 開放的な仕組み(Open Academia) グッズなど
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図2 アカデミストが目指す新しい研究費獲得の形
4.2 深海生物テヅルモヅルの分類学的研究
アカデミストの第1弾プロジェクト(募集期間:
2014年4月10日~ 5月29日)では,京都大学瀬戸臨海
したり,ブログで情報発信をしたりするなど,研究
への情熱が支援者に伝わったことが成功要因の1つで
あったのではないかと考える。
実験所の岡西政典研究員が「深海生物テヅルモヅル
の分類学的研究」というテーマでチャレンジを行っ
注11)
4.2.2 研究対象の魅力
。
「キヌガサモヅル」をD N A解析によって分類
また,研究対象そのものの魅力も,支援の得られ
するための試薬購入費を募るプロジェクトである。
やすさに大きく影響する。テヅルモヅルは,その名
初回のプロジェクトであったにもかかわらず,わ
前と形だけでもインパクトが強いため,インターネッ
ずか2週間で目標金額の40万円を大きく上回る63万
ト上ですぐに話題となり,深海生物ファンの心をつ
4,500円の支援が集まり,インターネット上で話題と
かむことができた。
た
なった。
しかし,数学や物理学などのように,抽象的な物
なぜ,短期間でこれだけの支援を受けられたので
事の把握が必要な研究分野を扱う際には,研究の魅
あろうか。その理由は1)研究者の魅力,2)研究対象
力を伝えることが難しい。そのような場合には,研
の魅力,3)リターンの魅力に分類することができる
究内容の正確性を保ちながら,わかりやすい言葉を
と考えている。
用いて発信する工夫が必要となる。
4.2.1 研究者の魅力
4.2.3 リターンの魅力
クラウドファンディング業界全体で共有されてい
ることであるが,どんなに知名度のあるサイトにプ
ロジェクトを掲載したとしても,挑戦者の魅力が伝
わらないかぎり支援は集まらない。
クラウドファンディングを成功させるためには,
魅力的なリターンの設定が欠かせない。
し か し, 基 本 的 に 学 術 研 究( 特 に 基 礎 研 究 ) で
は,最先端のガジェット等をリターンとしている
そのため,プロジェクトページには研究に対する
Kickstarter注12)のようには,ユーザーの支援意欲を刺
研究者の思いを掲載することが必要となる。岡西研
激するリターンを設定することは難しい。テヅルモ
究員の場合,動画で研究対象のテヅルモヅルを紹介
ヅルの場合には,5,000円の支援で「テヅルモヅルポ
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ロシャツ」,3万円の支援で「テヅルモヅルの乾燥標本」
んだり注14),産業への応用に時間がかかる研究に予算
というようにレアなリターンを設定できたが,これ
が付きにくかったりする傾向にある。クラウドファ
は特殊なケースにすぎない。
ンディングサイトの運用を通じて,基礎研究の重要
それでは,学術研究において何が魅力的なリター
性を感じている方々の意見を集約することができれ
ンになると考えられるだろうか。それは,研究者の
ば,国に対して影響力をもつアカデミック・メディ
もつ「知識」である。研究分野が細分化された現在
アとして機能する可能性もあるだろう。
において,各研究者の興味関心は多種多様であり,
それぞれが研究テーマに対して魅力的なストーリー
をもっている。それらをうまく引き出せば,サイエ
5. 学術系クラウドファンディングが作る
これからの学術研究
ンス・カフェの参加権や,研究プロセスをまとめた
レポートが,支援意欲をそそるリターンとなるので
本稿では,学術系クラウドファンディングの現状に
ついて,具体的事例を取り上げながら整理してきた。
はないだろうか。
アカデミストが十分に機能すれば,研究費獲得と
4.3 太陽フレアの機構と宇宙天気予報の研究
アウトリーチ活動を同時に行うことができ,どのよ
もう1つの成功事例として,京都大学大学院理学研
うな研究者が,何の研究テーマを,どれくらいの費
究科附属天文台のチャレンジを紹介する。同天文台
用で行っているのか,そして,どのような成果が得
で台長を務める柴田一成教授が,飛騨天文台の維持
られたのか,ということを社会で共有できるように
費を募るためのチャレンジ(2014年8月22日~ 10月
なる。また,支援者のコメントを寄せていくことで,
20日)を行った
注13)
。2013年度で打ち切られた国か
らの補助金収入を補うため,60日間で350万円を募る
ことを目指したチャレンジである。
それぞれの研究テーマに対する世間の評価を知るこ
ともできる。
新しい取り組みであるだけに,事務手続きの問題
比較的高額の目標設定ではあったが,柴田台長の地
や研究者の負担等,改善していかなければならない
道な宣伝活動や周囲の天文学者の方々のS N S上での応
課題は多い。しかし,国が民間企業の論理を大学に
援メッセージ等がインターネット上で話題となり,締
導入してきていることを考えると,産学連携が行い
め切りの2日前に目標金額を達成し,最終的に328人
にくい人文系・理学系の研究分野が将来的に縮小さ
の支援者から,373万7,120円もの支援が集まった。
れる可能性は大きい。科学技術立国を自称する以上,
このプロジェクトが成功した理由の1つに,天文学
競争的資金を獲得して進めるような「プロジェクト
のように国の予算が付きにくい基礎研究をサポート
達成型研究」だけではなく,
「知的好奇心探求型研究」
したいと考えている支援者が多かったことがあげら
をサポートしていく仕組みが必要ではないだろうか。
れる。最近では,人文系研究室の解体・統廃合が進
本文の注
注1) academist(アカデミスト).https://academist-cf.com/
注2) JustGiving. http://justgiving.jp/
注3) YuStart. https://yustart.hubbub.net/
714
学術系クラウドファンディング・プラットフォーム「academist」の挑戦
注4) Consano. https://www.consano.org/
注5) Science Starter. https://www.sciencestarter.de/home.html
注6) Experiment. https://experiment.com/
注7) Do coal and diesel trains make for unhealthy air?. https://experiment.com/u/khoNRQ
注8) 山中教授、ノーベル賞受賞!応援ありがとうございます!. http://justgiving.jp/c/7882.
注9) READYFOR?. https://readyfor.jp/
注10) 日本全国の学校に宇宙図2013を!一校に1枚宇宙図プロジェクト. https://readyfor.jp/projects/uchuuzu
注11) 深海生物テヅルモヅルの分類学的研究. https://academist-cf.com/projects/3/mokanishi
注12) Kickstarter. https://www.kickstarter.com/
注13) 太陽フレアの機構と宇宙天気予報の研究. https://academist-cf.com/projects/4/shibata
注14) 一例をあげる。横浜国立大学. http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__
icsFiles/afieldfile/2013/12/18/1342090_13.pdf
参考文献
1) "MERCURIUS POLITICUS". mercuriuspoliticus.wordpress.com. http://mercuriuspoliticus.wordpress.
com/2011/12/13/seventeenth-century-crowd-funding/, (accessed 2014-10-24).
2) Cumming, Douglas J; Leboeuf, Gaël; Schwienbacher, Armin. Crowdfunding Models: Keep-it-All vs. All-orNothing, Social Science Research Network, 2014. http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2447567,(accessed 201410-24).
3) 株式会社三菱総合研究所. “日本学術会議会員及び研究連絡委員会委員の対社会的活動(アウトリーチ
活動)実態調査報告(速報)”. 文部科学省, 2005-03-31. http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/
gijyutu/006/shiryo/05051801/004.htm#z15, (accessed 2014-10-24).
Author Abstract
Crowdfunding is the practice of funding a project by raising monetary contributions from a large number of
people, mostly via the internet. In this paper, the current situation of worldwide academic crowdfunding is
explained, including the introduction of a first domestic academic crowdfunding platform named "academist".
Key words
research fund, crowdfunding, science and technology, university, academist
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電子実験ノートを用いた知的財産保護の
最前線
Forefront of intellectual property protection with e-Laboratory Notebook
原田 明彦1 間杉 奈々子1
HARADA Akihiko1; MASUGI Nanako1
1 富士通株式会社テクニカルコンピューティング・ソリューション事業本部H P Cアプリケーション統括部(〒261-8588 千
葉市美浜区中瀬1-9-3 幕張システムラボラトリ)Tel: 043-299-3680 Fax: 043-299-3011 E-mail: [email protected].
com / [email protected]
1 Fujitsu Limited Technical Computing Solutions Unit HPC Application Solutions Div. (1-9-3 Nakase Mihama-ku Chiba City,
Chiba 261-8588)
原稿受理 (2014-10-20)
情報管理 57(10), 716-724, doi: 10.1241/johokanri.57.716 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.716)
著者抄録
特許係争に対して高い証拠能力をもつ実験ノートを作成することは,先発医薬品メーカーにとって重要な課題である。
実験ノートが証拠として認められるためには,網羅性,検索性,保全性,実証性を満たしている必要がある。実験ノー
トを完全電子化し,書式のテンプレート化,検索機能,データバックアップおよび監査証跡ならびに長期署名サービ
スを活用することで,これらの要件を実現した。Computerized System Validation を適用することによって,電子実験
ノートが FDA 21 CFR Part11 に定める要件を満たすこと,および電子実験ノートが前述の要件を満たすシステムである
ことを担保し,電子実験ノートの知的財産保護への活用を果たしている。
キーワード
電子実験ノート,特許,知的財産保護,FDA 21 CFR Part11,Computerized System Validation
1. はじめに
東日本大震災の発生による外部環境の変化により,
知的財産保護のソリューションとしての期待が高
製薬企業にとって特許はもっとも重要な経営資産
まっている。
の1つであり,特許係争の結果は経営に大きな影響
本稿では,実験ノートの電子化によって特許係争
を与える。実験ノートは特許係争において主要な証
上の課題を解決する取り組みとその内容を紹介する。
拠であり,その証拠能力を確保する取り組みは非常
に重要である。当初の目的として,研究業務の効率
2. 特許係争と実験ノート
化を推進するために導入が進められてきた電子実験
ノートに対して,近年の特許法制にかかわる変更や
716
昨今,製薬業界における特許の課題として,大型
電子実験ノートを用いた知的財産保護の最前線
新薬の特許権の存続期間満了による売り上げと利益
医薬品メーカーにとっては不利な条件での和解また
の激減(パテントクリフ)に焦点が当てられている。
は敗訴のリスクが高まる。その結果,後発医薬品の
有望な新薬開発に成功した際にも,後発医薬品企業
販売が承認され,市場シェアを後発医薬品に奪われ
から特許係争を挑まれることによって独占販売期間
て,多額の損失を招く可能性がある。
の満了を待たず,先発医薬品企業が和解しなければ
したがって,実験ノートはその証拠能力に欠ける
ならないリスクも高くなっている。1984年に米国で
点がないよう,記述方法の指導から記述後の実験ノー
承認された簡略化新薬承認申請(Abbreviated New
トの安全な保管実施に至るまで,製薬企業によって
Drug Application: ANDA)のParagraph IVと呼ばれる
厳重に管理されている。
申請では,後発医薬品メーカーは次のいずれかを証
一方で,実験ノートを電子化する動きも大手製
明することによって特許権の存続期間満了以前にお
薬企業を中心に進められてきた。化合物合成研究
いても適法に後発医薬品を製造販売することが可能
の実験ノート作成に積極的にソフトウェアが導入
1)。
となる
さ れ た き っ か け は1990年 代 か らP e r k i n E l m e r社 製
1.もし,無効審判をかけられたら先発医薬品に係
る特許権が無効であると認められる
2.自らの後発医薬品の製造行為が特許権を侵害し
ない
「ChemDraw」などの化学構造式描画ソフトウェアが
提供され,化合物の描画が正確かつ美しく記述でき
るようになったことであった。当初の電子実験ノート
は手書きによる実験ノートの記述をより容易にする
Paragraph IVの申請が受理された際に,最初に申請
役割を担ったが,ソフトウェアの発達とともに化合物
した後発医薬品メーカーには,180日間の後発医薬品
構造と関連情報(化合物名,分子量等)をデータベー
販売市場の独占が認められるため,後発医薬品メー
スとして取り扱うことが可能になり,研究業務の生産
カーはこぞってP a r a g r a p h I Vの申請を行う。このた
性向上にも寄与し始めた。これらの機能は電子実験
め,表1で示すように先発医薬品メーカーと後発医薬
ノートの要素技術となり,2000年代から手書きの実
品メーカーとの間にParagraph IVをめぐる特許係争が
験ノートに代わるものとして電子実験ノートの普及
相次いでいる2)~ 6)。
が始まった。この段階では,電子実験ノートに記述し
先発医薬品メーカーが自らの特許権の有効性を主
た内容のレイアウトを再構成し,印刷した紙媒体を手
張する際,実験ノートの証拠能力の高さは,特許係
書き同様の実験ノートとして取り扱う運用が主流で
争上,不可欠な要素の1つである。医薬品化合物の物
あった。したがって,手書きの実験ノートに行う直筆
質特許出願の際に,「当該化合物が,いつ,誰によっ
での署名や押印を印刷して行っており,電子実験ノー
て発見されたか」を証明できる証拠が実験ノートで
トが紙媒体であることに変化はなかった。
ある。実験ノートの記録や管理が不完全であれば,
しかし,2010年代からの実験ノートを取り巻く外
特許係争時に後発医薬品メーカーは必ず実験ノート
的環境の大きな変化により,実験ノートの知財的価
の不正確さや改ざんの可能性を指摘するため,先発
値を保全し続けるための手段として電子実験ノート
に注目が集まり始めている。2009年に国内初の実験
表1 近年の米国におけるParagraph IVをめぐる訴訟の例
先発医薬品メーカー
武田薬品工業
塩野義製薬
エーザイ
アステラス
大塚製薬
先発医薬品名
アクトス
クレストール
アリセプト
ベシケア
エビリファイ
後発医薬品メーカー
Alphapharm 社 他 8 社
Mylan 社 他 7 社
Teva 社
Teva 社
Teva 社 他 4 社
ノート完全電子化事例が発表されたことにより紙媒
体から電子媒体に実験ノートを移行する道筋が緒に
就いた。2010年代に入り,米国特許出願の先発明主
義から先願主義への変更による実験ノートの証拠性
の変化,東日本大震災によるデータ消失リスクの顕
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在化,および実験ノートの信頼性にかかわる出来事
る検索性が必要である。なぜなら情報開示の誠実義
までの一連の流れは,電子実験ノートを知財管理上
務に違反すると不公正行為として特許権が行使でき
のツールとする位置づけを強めている。
なくなる場合があるためである。
本稿では紙媒体から電子版に実験ノートが代わる
米国特許係争時については特許性にかかわりのあ
ことによって生じる諸課題のうち,完全電子化によ
る情報を特許商標庁に対して開示するという誠実義
る特許係争対策にかかわる課題に焦点を絞り,その
務(duty of candor and good faith)がある7)。必要
課題解決への取り組みを紹介する。
な情報の開示を行わなかったという情報開示義務違
3. 完全電子化への課題
反による不公正行為の訴えは特許係争の約80%にお
いて行われており,もっともポピュラーな攻撃手段
である8)。
特許係争の観点から,実験ノートの課題および実
紙の実験ノートでは,特許係争時に提出すべき情
験ノートの完全電子化における課題について本章で
報が複数のノート,さらには複数人の研究者のノー
述べる。
トにわたりうる。たとえば,社内で作られた化合物
をもとに,別の誰かが新たな化合物を合成すること
3.1 実験ノートに求められる要件と課題
実験ノートが特許係争時の証拠として認められる
ためには,網羅性,検索性,保全性,実証性の4つを
満たす必要がある。これらを満足させる実験ノート
は頻繁に行われている。したがって,最終的な化合
物だけでなく,起点となる化合物についても,その
合成方法を記述する必要がある。
実験の関係者が化合物情報も含めた研究情報を,
を作成するために,医薬品メーカーは各々 Standard
効率的かつ正確に検索できるような仕組みづくりが
Operating Procedure(以下,SOP)を定めている。
課題である。
これらの要件の実現に向けた課題について述べる。
3.1.3 保全性
3.1.1 網羅性
実験情報は抜けなく,客観的な事実に基づき,正
確に記載されているという網羅性が必要である。特
特許係争時には実験ノート原本の提出が求められ
る。そのため,実験ノートには下記の2点の保全性が
必要である。
許となりうるために,実験は誰にでも再現できなけ
1.原本管理がされていること
ればならないからである。
2.長期にわたって見読性 注1),9) が確保されている
特許出願上,不可欠な項目の記載漏れを防ぐには,
こと
記載すべき項目をリスト化することや,テンプレー
実験ノートの原本は世界に唯一1冊である。その
ト化することが有効であるが,研究者にはこのよう
ため災害時などに原本が消失してしまうリスクがあ
な手間のかかることは受け入れ難い。研究者が手間
る。コピーを作ることはできるが,複数のコピーを
を感じずに,記載すべきことをすべて記載できるよ
作成することにより信頼性に問題が生じうるリスク
うな仕組みづくりが課題となる。
も高い。
測定データのうち,ノートに貼付できない大きな
3.1.2 検索性
718
データの出力は一般的には電子データのリンク情報
必要なときに必要な情報が,速やか,かつ正確に
をノートに記載するが,実験機器から出力されるデー
読み出せ,文書の所在がわかり,検索・提示ができ
タフォーマットは見読性が必ずしも高いとはいえな
電子実験ノートを用いた知的財産保護の最前線
い。なぜなら機器メーカー独自のフォーマットが用
(3)改ざん
いられているケースがあり,その場合,専用のアプ
証拠となる実験ノートは改ざんされたものであっ
リケーションがないとデータを確認できないためで
てはならず,改ざんされていないことの証明が必要
ある。
となる。
リスクを回避し,信頼性を損なわずに唯一の原本
紙の実験ノートにおけるデータ保証は性善説に
を保存すること,また将来にわたってデータの確認
立った運用基準に基づいているため,実際には実験
ができる形で電子データとして保存することが課題
ノートの記述を変更したり,書き足したりすること
となる。
が可能である。さらに,改ざんされていないことを
証明することは難しく,特許係争時の争点となる。
3.1.4 実証性
証拠としての価値があることが実証性として必要
改ざんされていないことを第三者によって客観的に
証明することが課題となる。
である。ここではさらに3つに分類する。
(1)認証
誰によって書かれた実験ノートであるかを将来に
わたって確認できることが必要である。特許権は多
3.2 実験ノートの完全電子化への課題
電子化された実験ノートが確かな法的証拠能力を
もつ必要がある,という課題がある。
くの場合,特許権者となる医薬品メーカーに帰属す
これに対しては米国のFood and Drug Administration
るが,出願時に記載する発明者はあくまでも研究者
(以下,F D A)が明確に基準を定めている。1997年に
個人であり,その特定が必要となるためである。
発効された米国F D Aの連邦令21条「食品および医薬
紙の実験ノートでは自署(直筆のサイン)におい
品」11章「電子記録,電子署名」
(以下,F D A 21 C F R
て実験ノートの作成者認証を担保するが,この点で
P a r t11)において,電子記録,電子署名が紙の記録お
は,紙の実験ノートの運用には大きな問題は生じて
よび手書きの署名と同等であり信頼できるとF D Aが考
いない。
える評価基準が規定されている。基準は4つに大別で
しかし,完全電子化の際に課題が生じる。その課
題については3.2で述べる。
(2)証跡
記述に対して変更が加えられる際には,いつ,誰
きる。真正性,信頼性,完全性,利用性である。これ
らは前述の実験ノートに求められる要件と対応してお
り,表2のようにまとめられる。
実証性の(1)認証については紙の実験ノートにお
がどのような理由により変更を行ったかの履歴を保
いて課題はないと判断したが,電子化にあたっては,
存することが必要となる。これは次の(3)改ざんと
自署のサイン(署名)に代わる認証行為が必要であ
誤認されないためである。
る。一般的にセキュアな認証は導入・運用コストも
実験ノートの修正についてはSOPで定められた厳格
高い。また研究者はできるだけ認証行為の回数を少
なルールのもとで行う。実験ノートの製本後に修正
なくしたいと考えているが,認証の回数が少ないこ
箇所が見つかった場合は,製本の貸し出し処理,修正,
再サイン,Witnessの再サイン,製本返却といったプ
ロセスを経るが,一連の煩雑な作業の中で,自署ま
たはWitnessのサイン漏れ,日付誤りなど不整合を招
くリスクがある。履歴の管理や手順について信頼性
を保ったまま,より簡便にすることが課題となる。
表2 FDA 21 CFR Part11で求められる要件と実験ノートに
求められる要件の対応
FDA 21 CFR Part11 で
求められる要件
真正性
信頼性
完全性
利用性
実験ノートに
求められる要件
実証性 (1) 認証
網羅性
実証性 (2) 証跡, (3) 改ざん
検索性, 保全性
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とは真正性の信頼を損なう。これらのバランスをとっ
た認証形式を選択することが課題である。
3.3 Computerized System Validation
構築したコンピューターシステムが正しく開発さ
れ,意図したとおりに動作し,その状態が維持され
ていることを検証し,保証することが必要である。
なぜなら,あるコンピューターシステムによって生
成された電子データがFDA 21 CFR Part11の要件を満
たしていることは,正しく設計され,意図したとお
りにコンピューターシステムが稼働しているという
ことが前提となるからである。具体的にはシステム
開発・運用・検証の基準を定め,そのすべての活動
図1 電子実験ノートのテンプレート機能
について文書に残し,要件を満たしているコンピュー
ターシステムを構築したことを後から第三者によっ
ンプレートを作成することで課題解決を図った。
て検証可能とするComputerized System Validation
実験ノートの電子化によって,書式を統一したテ
(以下,C S V)という取り組みを行うことにより保証
ンプレートの作成と管理が可能となる。そこで顧客
する。
のS O P策定者らとともに実験プロトコルや試験方法
したがって,完全電子化された電子実験ノートシ
を,抜けなく客観的に記述できるようなテンプレー
ステムを構築するためには,品質の高いCSVの取り組
トを利用している。また化合物名は反応式描画画面
みを行うことが課題である。
から自動入力されるようにし,実験条件なども,あ
4. 課題の解決
らかじめSOP策定者らと定めたリストから選択するだ
けで,プロトコルや試験方法の記述が可能である。
紙の実験ノートと比べると記載の手間が格段に省け,
本章では,知財的価値を備えた電子実験ノートシ
正確かつ客観的な記述を行うことができる。
ステムを実現するために3章で述べた課題の解決を果
たす方法について述べる。
4.1.2 検索性
検索性を担保するためには化合物情報も含め,効
4.1 実験ノートの現状の課題解決
われわれは3.1で述べた実験ノートの証拠能力に関
する課題に対する解決策について検討している。
率的に検索できる仕組みづくりが課題である。これ
については実験ノートの電子化自体が解決策にな
る。電子実験ノートの機能として,記載したテキス
トや数値,化学構造式などの情報を検索することが
4.1.1 網羅性
網羅性を担保するためには,研究者が手間を感じず
720
できるためである。
ただし化学構造式の検索はシンプルな構造の場合,
に,記載すべきことがすべて記載できるような仕組み
ヒット件数が膨大となることがあり,そこから必要
づくりが課題となる。これに対してわれわれは,SOP
な反応式が記述された実験ページを見つけるのは電
に基づいて,図1に示すような簡単に入力ができるテ
子化されたシステム上でもかなりの手間がかかって
電子実験ノートを用いた知的財産保護の最前線
しまう。図2のように反応式の一連の流れが検索でき
る機能によって,特許に係る反応式の前後の情報も
容易に検索することが可能になり,課題の解決に有
効であると考えている。
これらによって特許係争時に提出すべき情報を以
前よりも容易に読み出すことが可能となった。
4.1.4 実証性
(1)認証
前述したとおり,自署による署名を行うこととして
おり,認証における課題はないと判断しているが,完
全電子化としての課題に対する解決策は4.2に述べる。
(2)証跡
履歴の管理や手順について信頼性を保ったまま,
4.1.3 保全性
より簡便にすることが課題である。これも電子化に
保全性を担保するためには,唯一の原本の消失リ
よって解決できる。電子実験ノートの機能に備わっ
スクを回避し,信頼性を損なわず保存すること,お
ている監査証跡機能によって,ユーザーが意識しな
よび将来にわたってデータの確認ができる形で電子
くても作成日時や修正履歴を正確に保存することを
データを保存することが課題である。
可能としている。
前者に対しては電子化で解決できると判断してい
る。電子化された実験ノートは,バックアップの取得,
(3)改ざん
改ざんされていないことを第三者によって客観的
すなわち原本を複数もつことができ,持ち運びも可
に証明することが課題である。これに対しては,長
能となる。具体的な手段の一例として,定期的にテー
期署名サービスを導入することで解決している。図3
プにバックアップを取得し,バックアップを取得し
に示したように,フローは以下のとおりである。
たテープは遠地に保管することで,災害などによる
1.電子実験ノートからPDF,
XMLdSigが出力される。
データ消失のリスクを回避することがあげられる。
2.出力されたファイルに対して長期署名サービス
後者に対しては実験ノートにおける自署後のファ
イルの保存形式で解決を図っている。紙の実験ノー
トでは1つの実験の記述が終了した際には,実験者お
よびその証人の署名を行う。電子実験ノートにおい
ても,同様の操作が可能であり,電子証明書を用い
て電子自署を行う。その際に,ノートページがPDFと
して,署名情報がX M L d S i gで出力される。証人の自
署時にも署名情報がXMLdSigで出力される。PDFは国
際規格(ISO 32000)フォーマットであり,XMLdSig
もX M L形式であるため,将来にわたって見読性が保
たれる可能性が高いと判断している。
図2 反応式の一連の流れを検索する機能
図3 長期署名
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からタイムスタンプを付与したE S - Tと呼ばれる
スにおいて,高い信頼性が担保されていると考え,
ファイルが作成される。
電子実験ノートシステムへのログイン認証も,既存
3.ファイル原本とE S - Tに対して,長期署名サービ
のL D A PサーバーでのL D A P認証を採用することとし
スから長期署名を付与したE S - Aと呼ばれるファ
ている。電子実験ノートシステムのために新たにパ
イルが作成される。
スワードを覚える必要はなく研究者への負担が少な
E S - Tでは原本ファイルの署名,時刻の正当性を証
いことや追加コストが発生しないという利点がある。
明できる。原本とE S - Tをペアにし検証にかけること
で,原本あるいはE S - Tに改ざんがあった場合には検
知が可能である。ただし検証が可能な期間は署名鍵
の有効期限に依存しており,おおむね数年間である。
検証できないことで証拠能力を失うわけではないが,
4.3 CSV
品質の高いC S Vの取り組みを行うことが課題であ
る。次の2点の取り組みでこれを解決している。
1点目は当社内の関係部門からテンプレートとして
改ざんされていないことの証明がデータベースの証
実績のあるCSV文書の提供を受け,電子実験ノートシ
跡を直接参照しないかぎりできなくなってしまうた
ステムに適用している。これによって書式および内
め,特許係争時の証拠提出が困難となる。
容,ともに品質の高いCSV文書の作成を行っている。
そこでわれわれはE S - Aを用いる運用とした。署名
2点目はC S V文書の信頼性を確かなものにするため
鍵の失効前に原本とE S - Tに対してE S - Aを作成するこ
に,顧客を含めた関係者が参加するCSV体制を運営す
とで,検証が可能な期間を延長できる。E S - Aにもも
るよう努めている。体制メンバーによる文書の作成,
ちろん期限があるが,これに対しても失効前にさら
レビュー,承認までのプロセスを経て,運用中に生
にE S - Aを作成することができる。これによって恒久
じる改修,障害対応にも継続的に適切に対応できる。
的に改ざんされていないことを客観的に証明するこ
とが可能となり,前述の課題が解決できると判断し
5. 今後の課題
ている。
知財的価値を損なわない対策を講じた電子実験
4.2 実験ノートの完全電子化の課題解決
信頼性,完全性,利用性については4.1.1 ~ 4.1.4で
記述した解決策によってFDA 21 CFR Part11の評価基
準を満たすことができる。
を特許制度上の観点とITの観点から述べる。
1点目は電子実験ノートの先願主義対応である。2
章で述べたように米国特許制度が先発明主義から先
真正性については,研究者の手間と,認証の信頼
願主義へ変更になったことにより,実験ノートがか
性のバランスをとった認証形式を選択することが課
かわる特許係争の争点は,インターフェアレンス(抵
題である。これに対しては,L D A P注2)サーバーが運
触)手続きから冒認出願・共同出願違反に対する真
用されている環境であれば,L D A P認証を採用するこ
の権利者の証明へと移行する10)。従来導入してきた
とで解決できる場合がある。
電子実験ノートにおいても3.2の要件を満たすことで
セキュアな認証としては生体認証,スマートカー
722
ノートの構築と運用を継続してきたが,今後の課題
対応しているが,今後は,特許係争の判例を電子実
ドなどを用いたPKI(Public Key Infrastructure)認証
験ノートの使用にフィードバックすることにより,
などがあるが,導入および運用のコストがかかり,
証拠能力の向上に努める。
採用できないケースも少なくない。当社では,研究
2点目は電子情報の超長期保存をI T的に実現するこ
者個人のPCのログオン認証にLDAP認証を用いるケー
とである。特許権の存続期間は出願日から20年であり,
電子実験ノートを用いた知的財産保護の最前線
医薬品については特許権の存続期間延長制度により,
6. おわりに
さらに最大5年の延長が認められる。したがって,特
許権存続期間満了後の損害賠償請求権の時効を考慮
製薬企業の事業構造は,特許権で保護された物質
すると約30年以上の電子情報の保全が必要となる。昨
を用いて医薬品を製造し,独占販売権を有すること
今では,1000年単位の保存を目指した電子データの
で大きな利益を得る仕組みである。したがって,実
超長期保全に対する取り組みが進められている11)。こ
験ノートは重要な企業資産であり,電子化によって
の技術が広く普及し,電子実験ノートのデータの保全
その価値が損なわれることは許されない。われわれ
に対しても有効なソリューションとすることが長期的
の主戦場であるITを中心に創薬研究,さらには特許制
な課題である。
度にも関心をもって日々改善に努めている。
電子実験ノートの推進が,多くの研究者の努力と
成果を正しく長期的に保証することの一助になるよ
うに今後も取り組んでいきたい。
本文の注
注1) 見読性とは,1999年4月に当時の厚生省局長により各都道府県知事に対し交付された「診療録等の電
子媒体による保存について」という通達の中で指摘された,医療機関で発生した検査や診断等の情報
を電子保存するについて掲げられた,守るべき3つの要素のうちの1つで,情報の内容を必要に応じ
て肉眼で見読可能な状態に容易にできること,情報の内容を必要に応じて直ちに書面に表示できるこ
とを意味する。(“専門用語集「見読性」
”. 株式会社浅沼商会. http://www.asanumashoukai.co.jp/sanki/
dictionary/detail/word0226.php, (accessed 2014-10-27))
注2) Lightweight Directory Access Protocolの略。ディレクトリデータベースへアクセスするためのプロト
コルを指す。ディレクトリサービスはキーとなる値からさまざまな情報を取得することを可能とし,
Domain Name System(DNS)が例としてあげられる。
参考文献
1) 浅野俊彦. 米国の医薬・バイオ関連分野におけるプロパテント政策の動向. 知財研紀要. 2006, p . 120-125.
http://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail05j/17_20.pdf, (accessed 2014-08-27).
2) 武田薬品工業株式会社. “糖尿病治療剤アクトス,アクトプラスメット,デュエットアクトの米国におけ
る後発品に対する特許侵害訴訟の和解について”. http://www.takeda.co.jp/news/2010/20101222_4738.
html, (accessed 2014-08-27).
3) 塩野義製薬株式会社. “米国における「クレストール」特許侵害訴訟の控訴審判決での勝訴について”.
http://www.shionogi.co.jp/company/news/2012/g0l2sg00000016fj-att/121217.pdf, (accessed 2014-0827).
4) エーザイ株式会社. “米国「アリセプト」特許侵害訴訟における仮差止め請求で勝訴”. http://www.eisai.
co.jp/news/news200818.html, (accessed 2014-08-27).
5) アステラス製薬株式会社. “アステラス製薬「V E S I c a r e」特許侵害訴訟でテバ社と和解”. h t t p s : / / w w w.
astellas.com/jp/corporate/news/detail/vesicare-1.html, (accessed 2014-08-27).
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6) 大塚製薬株式会社, 大塚ホールディングス株式会社. “大塚製薬,米国A B I L I F Y特許侵害訴訟の勝訴につい
て”. http://www.otsuka.co.jp/company/release/2010/1116_01.html, (accessed 2014-08-27).
7) 日野真美. 米国における特許戦略. パテント. 2006, vol. 59, no. 9, p. 29-40. http://www.jpaa.or.jp/activity/
publication/patent/patent-library/patent-lib/200609/jpaapatent200609_029-040.pdf, (accessed 2014-0827).
8) 三澤達也. 特許出願手続に係る出願人の権利及び義務に関する調査研究. 知財研紀要. 2001, p . 110-121,
http://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail00j/12_11.pdf, (accessed 2014-09-02).
9) 電子商取引推進協議会電子商取引推進センター . 電子文書の長期保存と見読性に関する調査報告書.
2004-03. http://www.jipdec.or.jp/archives/ecom/results/h16seika/h16results-07, (accessed 2014-08-27).
10) 特許庁. 平成23年特許法等の一部を改正する法律について. p. 5-7. http://www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/
text/pdf/h23_houkaisei/h23text.pdf, (accessed 2014-09-05).
11) 科学技術振興機構研究開発戦略センター . 科学技術未来戦略ワークショップ「超長期保存メモリ・シス
テムの開発」.CRDS-FY2012-WR-07. http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2012/WR/CRDS-FY2012-WR-07.pdf,
(accessed 2014-09-05).
Author Abstract
For brand-name drug companies, it is a critical issue that their employees maintain laboratory notebooks
which are admissible as evidence in a patent dispute. In order for a laboratory notebook to be admissible in
court, it needs to ensure completeness, searchability, integrity and substantiation therein. These requirements
were achieved by digitizing laboratory notebooks themselves and using templated formats, search functions,
data backup system, audit trail functionality and long-term signature services.To meet the demand, we have
made e-Laboratory Notebook available in protecting the intellectual property by fulfilling the requirements
defined in FDA 21 CFR Part11 and applicable to e-Laboratory Notebook and by applying Computerized
System Validation which guarantees that the system fulfills the above requirements.
Key words
e-Laboratory Notebook, patent, intellectual property protection, FDA 21 CFR Part11, Computerized System
Validation
724
大学学習資源コンソーシアム
大学学習資源コンソーシアム
学習・教育のための利用環境整備
Consortium for Learning Resources
Environmental improvement to use the materials for learning and education
三角 太郎1
MISUMI Taro1
1 千葉大学附属図書館(〒263-8522 千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33)Tel: 043-290-2267 E-mail: [email protected]
1 Chiba University Library (1-33 Yayoi-cho Inage-ku Chiba-shi, Chiba 263-8522)
原稿受理(2014-10-29)
情報管理 57(10), 725-733, doi: 10.1241/johokanri.57.725 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.725)
著者抄録
大学におけるアクティブ・ラーニングと電子教材の導入,大学学習資源コンソーシアム(C o n s o r t i u m f o r L e a r n i n g
Resources: CLR)の活動について紹介する。まずアクティブ・ラーニングが浸透したため講義の形態が変化し,大学の
講義の場で紙媒体の指定教科書の利用が減ってきている現状を示す。次に一般的な電子教材の作成方法について説明
し,大学における教材支援の体制,さらに電子教材の大学への導入事例について紹介する。最後に C L R の活動につい
て報告する。特に著作物利用にあたっての包括的利用許諾,著作物利用のガイドライン策定,プラットフォームの仕様,
サステイナブルなビジネスモデルについて考察する。
キーワード
電子教材,電子書籍,学習資源,大学教育,アクティブ・ラーニング,著作権法
1. はじめに
える力を持った人材は,学生からみて受動的な教育の
場では育成することができない”,“学生が主体的に問
“課題探究能力の修得”,“どんな環境でも「答えのな
題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティ
い問題」に最善解を導くことができる力を養う” 1)こ
ブ・ラーニング)への転換が必要である” 2)とされて
とが,第2期教育振興基本計画(2013[平成25]年6
いる。アクティブ・ラーニングは,従来のパッシブ・
月14日閣議決定)の成果目標として設定されている。
ラーニングに対応する概念である。溝上は,アクティ
2012年の中央審議会の答申では,日本再生のための
ブ・ラーニングは包括的な用語で,どの専門分野の専
喫緊の課題として,学士力の強化があげられ,そのた
門家・実践家も納得する定義は不可能であるとしつ
めの方策として,アクティブ・ラーニングが提示され
つ,
「一方向的な知識伝達型講義を聴くという(受動
ている。“生涯にわたって学び続ける力,主体的に考
的)学習を乗り越える意味での,あらゆる能動的な学
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習のこと。能動的な学習には,書く・話す・発表する
等の活動への関与と,そこで生じる認知プロセスの外
化を伴う」3)と定義している。実際にアクティブ・ラー
ニングとされているものの形態も極めて多様である。
教員主導・講義中心型のコメントシートや小レポート,
いる。
本稿ではCLRの活動を中心に,大学における電子教
材の利用環境整備について考察する。
2. 教科書は電子化できるのか?
小テスト。教員主導・講義中心型のディスカッション,
プレゼンテーション,体験学習。学生主導型の協同学
習・協調学習,LTD(Learning Through Discussion)
,
2.1 教科書は使われているのか?
大学の講義において教科書が使われるのは当然で
ピアインストラクション(P e e r I n s t r u c t i o n)
,P B L
はないのか? そのような「常識」は現代では通じ
(Problem-Based Learning)
,PBL(Project-Based
ない。ここでいう教科書は,紙媒体の指定教科書で
Learning)
,TBL(Team-Based Learning,チーム基盤
あるが,いくつかの大学の調査の結果では,過半数
型学習)など,さまざまなものがあげられている。
の講義で教科書が指定されていなかったという注2)。
千葉大学は,
「アカデミック・リンク・センター」
アクティブ・ラーニング的な講義では,1冊の教科
(Academic Link Center,以下,ALC)を2011年に,
書での対応が難しく,自作のプリントで講義を進め
学内の教養教育を担う普遍教育センター,総合メディ
る(自作教材)(図1),もしくはいくつかの資料か
ア基盤センター,附属図書館が協力して設立した。
ら記事単位,章単位などでピックアップして集めて,
コンセプトは「『学習とコンテンツの近接』による能
パッケージにして資料とする(コースパック教材)
(図
動的学習」の実現である。能動的学習,つまりアク
2)ケースが増えている。
ティブ・ラーニングであるが,学習環境とコンテン
一方で絶版本も増加し,また経済上の理由もあっ
ツ提供環境を1つにして,学生のアクティブ・ラーニ
てか,指定教科書でも学生の購入率が低下している
ングの促進を図ろうという試みである。その実現の
という実態がある。結果として,紙冊子の教科書(学
ために,1)スペース 2)コンテンツ 3)人的支援の
術専門書)は,
3つのテーマのもとに,プロジェクトを進めてきた。
・絶版で入手できない
ALCのプロジェクトでもっとも遅れていたのがコンテ
・学生が購入しない
ンツである。附属図書館が協力していながらコンテ
・利用されない(授業内容にあわない)
ンツが進まない,ということは,意外に思われるか
という状況が顕著になってきている。市販教科書は
もしれない。しかし講義スタイルも学習スタイルも,
約400億円市場と試算されているが,年々 10億円単
従来のパッシブ型から大きく変貌し,さらにデジタ
位で縮小しているという注3)。
ル化も急速に進んできているため,従来の体制では
限界があることが,プロジェクトを通してわかって
きた。
教材を自作する場合でも,すべての素材を一から
学習・教育のためのコンテンツ利用環境の整備を
自分で作成するケースは少ない。自作教材(図1)の
目指して,2014年5月に大学学習資源コンソーシアム
場合は,(1)明瞭区別性,(2)主従関係,(3)必要最
(Consortium for Learning Resources,以下,CLR)注1)
小限性等の要件 注4) を満たしていれば,著作権法第
は設立された。コンソーシアム名にデジタルとは入っ
726
2.2 どのように電子教材を作るのか?
32条の引用として既存の著作物を利用できる。
ていないが,大学生はデジタルネイティブ世代であ
一方,コースパック教材(図2)の場合は,専門書
り,必然的に電子情報環境下での利用を前提として
の一部,論文の一部,新聞の一部等々,さまざまな
大学学習資源コンソーシアム
______
__
__
______
A
______
______
__
__
__
______
原著作物
図
組み込み
___
___
MS PowerPoint
文章
など
組み込み
__
__
__
___
__
___
__
__
図
__
__
組み込み
原著作物
______
______
__
__
B
______
______
______
__
__
__
自作教材
組み込み方
①転載:そのままの状態
②改変:トリミング、補記など
③翻訳
※②③は要許諾
図1 自作教材の作り方
______
原著作物
一部の
ページを
複製
原著作物
______
______
一部の
ページを
複製
______
__
__
______
A
______
______
__
__
__
__
__
B
______
______
______
__
__
__
______
______
原著作物
__
__
______
C
______
______
__
__
__
一部の
ページを
複製
a
______
______
______
__
______
b
______
______
______
__
______
c
______
______
______
__
______
a,b,cをセットに
______
_______
_______
______
_______
_____
_
___
_
______
コースパック
教材
図2 コースパック教材の作り方
リソースから素材をピックアップしてそのまま作成
では,どのようにして電子的な教材を作成すべき
することが通常である。引用の範囲内と解釈するの
か? 電子的な教材の導入方法としては,
は困難であるが,公表された著作物を紙媒体で複製
(1)ボーン・デジタル注7)の電子書籍の購入
し,講義内で配布することは,著作権法35条で,著
(2)既存アナログ本のスキャンによる電子化
作権者等の利益を不当に害しない範囲であれば認め
られている。しかし,電子教材という利用形態は,
(出版社側による商品および利用者側による許諾
後の電子コンテンツ注8))
教員側がサーバーに電子ファイルをアップロードし,
(3)デジタルコースパック(ウェア)
学生側が各自の電子的なデバイスでアクセス,ない
(4)教員の自作
しはファイルをダウンロードして使用する,という
上記の
(2)の後者と
(3)と
(4)が,大学側,教員側が
オンラインでの教材提供であり,公衆送信にあたる
自ら作成するケースである。デジタルコースパック
ため「著作権者の利益を不当に害しない範囲」の利
は,コースパック教材のデジタル版である。公表さ
注5)
,注6)。そのため,今回想定してい
れた著作物から記事単位,章単位などを,デジタル
る電子教材の提供方法をとる場合には,あらためて
ファイルの形態でピックアップしてセットにし,サー
権利者から公衆送信の許諾をとらなければならない。
バー経由で提供する。またはネットワーク上で公開
用とはならない
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されている著作物中の必要な記事,章のページへの
リンク集を作成し学生に提供する。
大学として出版局を設置しているケースは多いが,
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2.3 大学はどのように取り組んでいるか?
九州大学では,2011年4月に,附属図書館に付設
の形で,教材開発センターを設置した。電子教材の
電子書籍を組織的に発行・販売しているケースは東
開発(医学や看護等),知の公共化(授業動画公開な
京電機大学出版局,大阪大学出版会などの一部にと
どによる,学内の知の資源のオープン),教育学修支
どまっている。
援(W e b学習システムのサポート),電子学習資源の
一般の商業出版社は電子化に対しては保守的な傾
管理,学生のプロジェクト支援,ニュースレターの
向がある。大学内での現在のコンテンツ利用状況を
発行などを行っている。特に著作権管理については,
考えると,紙媒体から電子媒体への移行はさらに混
利用ガイドラインについての検討を重ね,電子教材
乱を深めるのではないか,という不安からである。
の著作権講習会を定期的に開催している。
だが,2014年9月に,東京大学出版会など出版社6社
千葉大学は,2013年10月に大日本印刷株式会社と
と丸善,京セラ丸善システムインテグレーションは,
丸善株式会社との共同研究部門を設置している。教
学術書新刊を冊子体と電子書籍のセットにて販売す
員の授業スタイルに合わせた紙/電子教材の開発や,
る「新刊ハイブリッドモデル」のサービスを開始し
販売も視野に入れた円滑な流通のためのサービスモ
た注9)。コースパック教材等での利用が進むことを期
デルの構築など,新たな学習環境の検討に取り組ん
待したい。
でいる。いくつかの講義について,実際に授業教材
教 材 を 自 ら 作 成 す る 場 合, フ ァ イ ル 形 式 はP D F
か,HTMLか,EPUBか,EPUBであればバージョンは
のデジタル化の試行を進めている。
上記2大学のほかにも,多くの大学でe -ラーニング
何か。対応すべきデバイスはP Cか,タブレットか,
コンテンツの開発部署を設置している。大学により
スマートフォンか,など,さまざまな検討事項があ
設置形態はさまざまであるが,情報部門や教務部門
る。配布方法についても,W e bサイト上でファイル
設置が多い。業務範囲についても多様であるが,1)
を公開するのか,M o o d l e注10)等のL M S(L e a r n i n g
授業動画録画 2)授業資料作成支援 3)著作権処
Management System,学習管理システム)で公開す
理,などが多い。またe京都ラーニング 注11) や大学
るのか,Y o u T u b e等で動画を公開するのか,等を検
連携e-Learning教育支援センター四国注12)のように,
討する必要がある。資料の構成についても,特に問
複数の大学で連携している例もある。
題集の場合に顕著であるが,L M S対応資料は,従来
の教材が小説とすれば,L M S対応教材はロールプレ
イングゲームのようなものである。この問題が正答
であれば次はこの問題,誤答であればあの問題,と
いうように,シナリオを複層的に作る必要がある。
2.4 どのように電子教材は使われているか?
本節では,電子書籍に限定せず,いくつかの大学
の電子教材への取り組みを紹介する。
慶應義塾大学など8大学および複数出版社により,
権利処理の観点では,電子化によって,
2012年度から2014年度にかけて,大学図書館電子学
・コンテンツの長寿命化
術書共同実験,実証実験が実施された注13)。設置学部
・コンテンツの細分化(章単位,ページ単位)
や学生数の異なる国立・私立の大学が合同で実験を
・支払い印税の細分化
行うことにより電子学術書への共通のニーズを明ら
・著作権相続の増加
かにすることが目的であった。実験では,さまざま
などの課題が生じる。
なデバイスによるモニターや,ナビゲーション・シ
ステムの検討,電子書籍の貸出返却,教科書の配信・
728
大学学習資源コンソーシアム
利用実験など総合的な実証実験が行われた。プラッ
3. CLRの取り組み
トフォームは,京セラコミュニケーションシステム
(KCCS)開発のBookLooperである。
コンソーシアムに先立ち,2012年9月に大学学習資
BookLooperはこの実験以外にも,東京大学,京都
源利用モデル研究会を設立した。目的は電子的学習
造形芸術大学,創価大学,慶應義塾大学,福井大学
資源の学習・教育の場で利用するための具体的な方
で導入されている。特に京都造形芸術大学の通信教
策の検討であった。具体的な活動としては,以下の2
育学部芸術教養学科では,専門科目・総合科目の教
つである。
科書を全面的に電子配信している。総合科目は市販
1)ガイドラインの策定
教科書を採用し決済機能も提供している注14)。
2)著作権管理団体との協議
玉川大学と紀伊國屋書店は電子書籍版教科書に関
ガイドライン策定は,学内における著作物の学習・
するプロジェクトを2014年より開始している 注15)。
教育における合法的な利用ルールの徹底が目的であ
電子書籍版教科書の使用が認められた授業では,学
る。機関としてルールを順守していることを権利者
生が紙と電子のいずれかを選択できる。授業では紙
側に示すことができなければ,交渉は進まない。ガ
の教科書を使う学生と電子書籍を使う学生が並存す
イドライン策定を進めながら,著作権管理団体とは
ることになるが,電子書籍使用実態の評価を,紀伊
可能なかぎり自由に著作物を利用できる形の合意を
國屋書店は将来的な電子書籍の利便性・有効性の向
目指しての協議を行った。
上につなげていくという。
研究会は一定の成果をあげ,それを受けて,2014
山梨大学と富士ゼロックスは共同研究で,反転授
年5月に大学学習資源コンソーシアムを発足させた。
業/アクティブ・ラーニングの教材開発を実施して
9大学でスタートしたが,現在も参加機関募集中であ
いる注16)。反転授業は講義前にビデオ等の視聴による
り,10月6日現在の参加機関は以下の12大学である。
予習を行い,講義では課題への取り組みに専念する
北海道大学,東北大学,筑波大学,千葉大学
形態のアクティブ・ラーニング手法であるが,予習
東京大学,名古屋大学,京都大学,島根大学
用の教材作成負荷が高い。当研究では富士ゼロック
高知工科大学,九州大学,慶應義塾大学
ス開発の音声同期スクリーンキャプチャーシステム
放送大学
により作成負荷を大幅に軽減することに成功し,ま
た実際の講義で広く用いることにより,高い教育効
果を得られたという。
組織は運営委員会の下に作業部会を置き,それぞ
れのミッションで活動を進めている注18)。
システム的な電子書籍の利用環境は整備されてき
早稲田大学とロゴスウェアは2013年より共同で反
ているが,そこに載せるコンテンツは十分とはいえ
転授業用の教材開発と実証実験を開始した 注17)。第
ない。最大のハードルは,繰り返しになるが権利処
1弾は英語教材用デジタルブックで,音声読み上げ,
理である。海外の電子的コンテンツの場合は,利
単語の語訳表示や確認用テストなどを備え,さらに
用条件が契約で明確になっているケースが多い。
学生ごとの学習内容およびテスト結果を,L M Sに送
大学図書館コンソーシアム連合(Japan Alliance of
信することもできるという。
University Library Consortia for E-Resources: JUSTICE)
以上,いくつかの大学の取り組みを紹介したが,
は,電子ジャーナル購入にあたって,国内の大学が,
電子的教材利用環境のシステム的な実装は着実に進
出版社との交渉のために組んだコンソーシアムであ
んできている。
るが,出版社に提出を求めている提案書のテンプレー
トには,ILL(Interlibrary Loan,図書館間相互貸借)
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729
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
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January
Journal of Information Processing and Management
可否の項目等と並んで,デジタル・コース・パック
用ルールづくりに取り組んできているが注19),その成
での使用可否がある。実際の提案書でも,多くの出
果も積極的に活用し,コンソーシアムのガイドライ
版社が使用可としている。
ンを整備,周知を図ることが望まれる。
しかし国内出版物は契約を結んでいないケースも
利用する教員が教材作成のために実際に利用する
多く,利用条件が不明確なので,権利者から1つひと
のがこのプラットフォームである。現時点ではシス
つ許諾をとらなければならないことが多い。これは
テムの仕様についての議論を進めているところで具
極めて煩雑な作業であり,利用許諾の交渉を,個々
体的な構築はこれからであるが,CLRの運営にあたっ
の大学が個々の著作物の個々の素材について行うこ
ての根幹をなす部分なので,現在想定しているシス
とは現実的ではない。コンソーシアムとして,著作
テムについて詳しく説明する(図3)。
権管理団体から可能なかぎり自由度の高い包括的な
最初に,このプラットフォームでは,素材となる
利用許諾をとることが,今後の展開に向けては必須
コンテンツ自体は格納しない。格納するのは,1)コ
である。現在,各種著作権管理団体,出版社との交
ンテンツの利用条件情報 2)コンテンツの利活用
渉を進めているところで,いくつかの管理団体とは
データ 3)教員作成の教材コンテンツ(任意登録)
具体的な議論を始めている。
である。
一方で,実際に利用する教員側の利用のルールづ
コンテンツをプラットフォームに格納するかどう
くりと,その徹底も重要である。大学内における著
かについても検討したが,出版社としては,コンテ
作物利用の実態をみると,著作権法の拡大解釈や明
ンツは出版社のプラットフォームでの公開が自然で
らかな違反が頻繁に見受けられる。権利交渉を進め
あり,別のプラットフォームにコンテンツを預ける
るためには信頼関係の構築が必須である。著作物利
ということには抵抗があるようであった。一方で,
用のガイドラインの策定と,その周知徹底は重要で
どのコンテンツが利用可能であるかの情報を集中的
ある。具体的には著作物の引用や改変,インターネッ
に管理・提供するシステムも必須である,との結論
ト上での配信などである。九州大学附属図書館付設
に至った。また利用にあたって利用状況の報告を求
教材開発センターでは,以前より積極的に著作権利
める著作物もあるので,利用状況を記録するシステ
CLR
権利者
出版者や権利管
理団体を含む
利用可能な著作
物の書誌情報
提供
許諾対象著作
物の書誌情報
データベース
大学
利用可能な著作
物の書誌情報
提供
入手
教員
コンテンツ
LMS等
報告
利活用データ
データベース
自作教材
コンテンツバンク
学生
図3 CLRのプラットフォーム
730
大学学習資源コンソーシアム
ムも必要である。
以下はシステム構築後に,加盟大学の教員が行う
作業の流れである。
加盟大学の教員が,授業の教材として,他者の著
作物(書籍・新聞記事・論文等)の全部または一部
書館デジタルコレクションなどのオープンアクセス
コンテンツについても,プラットフォーム上で一括
検索できると,より利便性が増す。
4. ビジネスモデル
を利用したいと考える。
(1)コンソーシアムの包括許諾の中で利用可能かど
安定的運用のためには,ビジネスモデルを確立し
うか,まず許諾対象著作物の書誌情報データベー
なければならないが,現段階では具体的に構築する
スへアクセスする。
段階に至っていない。つまり,どのように教材費を
(2)利用希望の著作物の雑誌名・書名・新聞名等のキー
ワードで検索する。
(3)検索結果で,
「包括許諾の中で利用可能」である
確保し,どのように権利者に分配するか,というよ
うな具体的な検討には入れていない。またCLRの事務
経費も,現時点では参加機関の持ち出しである。
ことがわかった場合は,利用条件に従い,該当の
私立大学の場合は,授業料と併せて教材費を徴収
著作物を用いて教材を作成する。その際,該当の
することも可能で,それを利用実績で案分して権利
著作物の電子データは,各教員が自分で入手する
者に支払うことも可能であろう。通信制大学などで
(電子書籍ストアや出版社のサーバー,新聞記事
は,テキストを大学で編集,発行し,学生に配布し
DB,学術機関リポジトリ等)。
(4)作成した教材は,各大学のL M S等を通して学生
に配布し,授業で使用する。
ているケースもある。この場合は権利処理,課金も
比較的容易であろう。
しかし,国立大学で,学生から授業料以外に教材
(5)利用条件として,利用報告が求められている場
費を徴収することは困難である。受益者負担を考え
合は,プラットフォーム上の利活用データのデー
るのであれば,たとえば大学生協でアクセスのクー
タベースに,教員名・授業科目名・受講者人数・
ポンを販売するとか,何らかの大学の会計外の処理
利用した著作物等の利用情報,教材のコンソーシ
が必要であろう。
アム内での共有可否等の情報を登録し,作成した
教材のファイルをアップロードする。
(6)作成教材がコンソーシアム内で共有可能である
場合には,自動的に自作教材コンテンツバンクに
具体的にどのようにすべきかは,今後検討してい
かなければならない大きな課題である。
5. おわりに
も登録され,利用条件DBでの検索も可能になる(共
有化の自作教材が充実していくことを望みたい)。
ここまで,電子教材を取り巻く状況と,CLRの活動
教員の作業はここまでであるが,CLRの事務は利活
について紹介した。システム的な実装についてはさ
用データを定期的にとりまとめて,著作権管理団
まざまなシステムがでてきているが,コンテンツは
体に報告する。
まだまだ十分とはいえず,その最大のハードルは著
(4)で利用条件がデータベースに登録されていない
作権処理である。学修・教育環境を充実させていく
場合,CLR事務局に包括許諾交渉の要望を出すことが
ためにも,大学側と権利者側の双方にとって有益で,
できる仕組みをつくることが望ましい。また大英図
サステイナブルなビジネスモデルの構築を目指さな
書館がF l i c k r上で公開している写真素材や国立国会図
ければならない。
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731
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JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
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http://johokanri.jp/
本文の注
注1) 大学学習資源コンソーシアム. http://clr.jp/, (accessed 2014-10-17).
注2) 2013年度第4回アカデミック・リンク・セミナー「教材作成支援の最前線」で講演,長丁光則, “ハイ
ブリッド教材研究プロジェクトご紹介”。次のWebサイトにて,当日の録画が公開されている。http://
alc.chiba-u.jp/seminar/report2013_04.html, (accessed 2014-10-17).
注3) 注2)の講演内で,市販教科書の売上減についての指摘がある。
注4) 最三小判 昭55.3.28昭和51(オ)923号 民集34.3.244
注5) 文化庁「学校における教育活動と著作権」
. http://www.bunka.go.jp/chosakuken/hakase/pdf/gakkou_
chosakuken.pdf, (accessed 2014-10-17).
注6) 著作権法第35条ガイドライン協議会「学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法
第35条ガイドライン」.http://jbpa.or.jp/pdf/guideline/act_article35_guideline.pdf, (accessed 2014-1017).
注7) ボーン・デジタルとは,作成された時点ですでにデジタルデータとなっているコンテンツで文書・画像・
音楽・動画などを指す。
注8) 前者の例としては,紀伊國屋書店NetLibraryによる提供がある。
(例)朝倉書店. http://www.asakura.co.jp/nl/, (accessed 2014-10-17).
後者の例としては『児童文学事典』電子版がある。これは日本児童文学学会,千葉大学アカデミック・
リンク・センター,および丸善株式会社・大日本印刷株式会社の共同プロジェクトとして電子化した。
(例)『児童文学事典』電子版. http://alc.chiba-u.jp/cl/, (accessed 2014-10-17).
注9) 慶應義塾大学出版会株式会社,株式会社勁草書房,一般財団法人東京大学出版会,株式会社みすず書
房,株式会社有斐閣,株式会社吉川弘文館(出版社6社)と,丸善株式会社,京セラ丸善システムイ
ンテグレーション株式会社(以下,K M S I)は,2014年9月より,学術・研究機関を対象として学術書
の新刊を冊子体と電子書籍のセットにて販売する「新刊ハイブリッドモデル」のサービスを開始した。
システムとしては,KMSIの電子図書館プラットフォーム「BookLooper」を用いる。http://www.utp.
or.jp/topics/files/2014/pressrelease, (accessed 2014-10-17).
注10) Moodle(ムードル)とは,オープンソースのeラーニングのプラットフォームのことである。
注11) e京都ラーニング(いーことらーにんぐ)は,大学コンソーシアム京都加盟の大学間のeラーニングシ
ステムとコンテンツの共有化を目指している。https://el.consortium.or.jp/login.php, (accessed 201410-17).
注12) 大学連携e-Learning教育支援センター四国は,四国の国立5大学が相互に連携し,香川大学に大学連携
e-Learning教育支援センター四国を設置,他の4大学に分室を設置し,大学間連携によりコンテンツを
開発,教育の質の向上を図っている。http://chipla-e.itc.kagawa-u.ac.jp/, (accessed 2014-10-17).
注13) 大学図書館電子学術書共同利用実験
実験は2010年に慶應義塾大学単独で開始,2012年より複数大学による実験を開始した。最終参加大学
は,大阪大学,慶應義塾大学,神戸大学,東京大学,名古屋大学,奈良先端科学技術大学院大学,福
井大学,立命館大学の8大学。http://ebookp2013.blogspot.jp/, (accessed 2014-10-17).
注14) 電子書籍配信サービス「BookLooper」
. http://www.kccs.co.jp/ict/cloud-booklooper/index.html,
(accessed 2014-10-17).
注15) プレスリリース「紀伊國屋書店,玉川大学と電子書籍版教科書の共同プロジェクトを開始」.h t t p : / /
www.kinokuniya.co.jp/c/company/pressrelease/20140114120320.html, (accessed 2014-10-17).
732
大学学習資源コンソーシアム
注16) テクニカルレポート 音声同期スクリーンキャプチャシステムを用いた学生の主体性を引き出す反転
授業の試み. http://www.fujixerox.co.jp/company/technical/tr/2014/s_05.html, (accessed 2014-10-17).
注17) Press Release 早稲田大学とロゴスウェア,反転授業を実現させる教材開発と実証実験を開始. http://
www.waseda.jp/jp/news13/131210_flipped.html, (accessed 2014-10-17).
注18) CLRの組織図. http://clr.jp/about/organization.html, (accessed 2014-10-17).
注19) 著作権:電子教材における著作権について. http://www.icer.kyushu-u.ac.jp/copyright_info, (accessed
2014-10-17).
参考文献
1) 文部科学省. “第2期教育振興基本計画パンフレット”. 文部科学省. h t t p : / / w w w. m e x t . g o . j p / a _ m e n u /
keikaku/detail/1336379.htm, (accessed 2014-10-17).
2) 中央教育審議会. “新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて:生涯学び続け,主体的に考え
る力を育成する大学へ(答申)”. 文部科学省. http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/
toushin/1325047.htm, (accessed 2014-10-17).
3) 溝上慎一. アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換. 東信堂, 2014, 196p.
Author Abstract
I give an overview of electronic teaching materials and Active Learning in Japanese universities. I also
introduce the activities of University Consortium for Learning Resources (CLR). Active Learning changes
the form of the lecture. So, the use of the prescribed textbook of paper medium is getting less in place
of university lectures. Then I explain how to create electronic materials and support activities for creating
materials in the universities, including some case studies of implementing electronic teaching materials. I
discuss the activities of the CLR, comprehensive utilization of the license, guideline development of work use,
platform, and business model.
Key words
digital teaching materials, e-book, learning resource, university education, active learning, copyright law
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733
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
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未来のデータサイエンティストを探せ!
研究分野遷移から見た人材マッチング
Where's a future data scientist?
Human resource matching system in terms of the transfer of research areas
釋 宏介1 中井 洋平1 笹谷 俊徳1
SHAKU Kosuke1; NAKAI Yohei1; SASAYA Toshinori1
1 東京ガス株式会社 技術戦略部 戦略研究グループ(〒105-8527 東京都港区海岸1-5-20)
1 Tokyo Gas Co., Ltd., Policy Plannning & Analysis Section, Technology Planning Department (1-5-20 Kaigan Minato-ku, Tokyo
105-8527)
原稿受理 (2014-10-29)
情報管理 57(10), 734-740, doi: 10.1241/johokanri.57.734 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.734)
著者抄録
大学と企業の人材のミスマッチは大きな課題であり,特に近年データサイエンティストの不足が問題となっている。
一方で,データサイエンティストの潜在的な素養をもった人材はさまざまな分野に存在すると考えられ,そうした未
来のデータサイエンティスト候補の発掘こそがデータ分析の発展の鍵と言える。そこで,体系化されたコードにより
分野が定義されており,名寄せにより個人の研究キャリアの推移を追うことができるという JST 文献データの特性に着
目し,データサイエンティストの素養をもった人材の探索を行った。具体的には,個人ごとの専門分野の変遷を学生
時代と企業時代に分類して分析することで,学生時代から企業時代の専門分野遷移を求め,企業でデータサイエンティ
ストとして活躍しうる学生時代の専門分野を特定した。また,エネルギー会社向けデータサイエンティストの探索を
行い,個別の企業のニーズに合致する人材探索の可能性を示した。本アプローチは,任意の分野における学生と企業
のマッチングを支援する仕組みとして広く活用できる。
キーワード
人材,人材探索,科学技術文献データ,公的データ,データサイエンティスト,統計,研究キャリア,人材マッチング
1. はじめに
で学ばれる専攻との間には少なからずギャップがあ
り,企業側の求める専門分野が刻々と変化していく
企業にとって,求める専門性をもった人材をいか
に確保するかは大きな課題である。日々変化する事
734
のに対して,大学側からの人材供給は必ずしも対応
しているとは言えないだろう。
業環境の中で企業が必要とする専門性も変化してお
昨今急速に企業での活用が進展しているデータサ
り,それに合った人材を新卒採用などで獲得するこ
イエンスの世界でも,このような人材のミスマッチ
とは容易ではない。企業側が求める専門性と,大学
の問題が顕著であるといえる。近年の「ビッグデー
未来のデータサイエンティストを探せ!
タ」の台頭を受け,各企業でデータ分析・データ活
門分野から企業で活躍できる専門分野を特定するこ
用への意識は急速に高まりつつあるが,このような
とで,未来のデータサイエンティストの効果的な発
データ分析を実現するいわゆる「データサイエンティ
掘を図るとともに,学生と企業の人材マッチングへ
し れつ
スト」の数は限られており,企業間での熾 烈 な争奪
の幅広い活用を提案する。
戦が行われているという。特に日本では,データサ
本稿では,用いたデータについて2章で説明し,続
イエンティストの養成教育は発展途上であり,統計・
く3章では分析のコンセプトについて簡潔に述べる。
数理系の専門課程の卒業者が多くないこともあって,
4章ではより詳細な分析手順について説明し,5章で
人材不足は深刻であり,企業のデータ活用の大きな
はデータサイエンティストについて得られた分析結
妨げとなりうる状況であると考えられる1)。
果について述べる。さらに6章で人材探索に関する活
一方で,企業にとって求める専門性を確保する方
法は,必ずしも直接的にその専攻を卒業した学生を
採用することだけではない。学生時代の専攻と企業
入社後の専門分野が異なることは珍しくなく,直接
用の可能性について触れたうえで,7章でまとめを述
べる。
2. 使用データ
的に求める専攻を卒業していなくとも,それに類す
る素養をもった学生を発見し,企業内で育成するこ
本取り組みでは,科学技術振興機構(J S T)より提
とで,人材の確保は可能になると考えられる。デー
供されたJ S T科学技術データの中から,科学技術文献
タサイエンティストの場合も,現在活躍するデータ
データ(書誌情報)
:約1,000万件,人名名寄せデータ:
サイエンティストの中には,もともと別分野で活躍
約4,000万件,分野分類データ:約4,000件,の3つを
していた人材も多い。たとえば,筆者らの所属する
使用した。
ひも
企業は,およそ40年前から経営意思決定支援や業務
これらのデータを組み合わせて,個人の紐 付けが
改革のためのデータ分析・数理技術活用の専門部署
可能な人名名寄せデータを活用することで,個別の
をもっているが,学生時代に統計・数理系に限らな
文献情報のみでは把握困難な個人ごとの研究キャリ
いさまざまな分野を専攻した人材を集め,育成する
アの流れ(専門分野の遷移)を分析することができ
ことで専門部隊として機能させている。つまり,デー
る。さらに,体系化されたJ S T分類コードが文献ごと
タサイエンティストそのものを新卒採用で獲得する
に付与されていることを生かし,個人の専門分野を
ことには限界があるが,学生時代は異なる専攻であっ
定義する。
ても統計分析とそのビジネス活用に対する素養をも
ち,将来的に活躍が期待されるデータサイエンティ
3. 分析コンセプト
ストの「卵」を効果的に見いだすことは可能である。
このことこそが,人材のミスマッチを解消するうえ
で大きな可能性を秘めていると考えられる。
そこで,本取り組みでは,学生と企業の人材マッ
個人の文献情報から特定した専門分野に学生時代・
企業時代という概念を導入することで,専門分野の
遷移を把握することが可能になる。
チングの一例として,技術者・研究者の専門分野の
たとえば,Aさんは学生時代と企業時代を比較し
遷移を追うことで企業のデータサイエンティスト発
た場合似たような分野で活躍している,一方でBさん
掘を促進することを目的とした。具体的には論文デー
は学生時代とはまったく異なる分野で活躍している,
タベースのデータから技術者・研究者の専門分野の
というように,学生時代から企業時代への専門分野
遷移を可視化する。これを利用して,学生時代の専
の遷移を把握することが可能となる(図1)。
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
735
情報管理
Step 3-1
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
学生→企業
時代の遷移
January
Journal of Information Processing and Management
Step 3-2
Step 3-3
データサイエン
特定データサイ
ティスト探索 http://johokanri.jp/
エンティスト探索
図 2 分析プロセス概要
著者である文献
のJST分類を専門
分野として定義
学生時代
• 通信工学
• 制御工学
Aさん
表 1 Step1 データ加工
表1 Step1 データ加工
所属組織名称と
刊⾏年から
ロジックで判別
企業時代
ALL_AuthorID
• 制御工学
• 電子工学
• 地球物理学
• 環境汚染
Bさん
111
○○大学
○○大学 所属組織名称と
2005年
B
001
210
(株)△△ ロジックで判別
2011年
KA
のJST分類を専門
002
075
002
…
Aさん
002
003
188
• 490
通信工学
• 490
制御工学
■■大学
1997年
■■大学
1997年
◎◎(株)
2009年
◎◎(株)
2009年
××大学
1998年
企業時代
• 制御工学
NA
• 電子工学
LA
• 経営工学
• エネルギー工学
• エネルギー消費・
省エネルギー
• 地球物理学
• 環境汚染
…
4.2 Step 2 学生・企業時代判定
表
2 分析コンセプト
Step 2 学生・企業時代判定
図次に,機関名と発行年をもとに,各レコードの論
1
Step1 データ加工
分析プロセスの全体概要を図2に示す。まずS t e p1
Step2 学生・企業時代判定
として,生データを加工し人物単位のデータセット
を作成する。次にStep2として,所属機関名と発行年
Step3 人材探索
をもとに,そのデータに学生時代のものか,企業時
代のものか,という概念を導入する。さらに,Step3
Step 3-1
Step 3-2
Step 3-3
文が学生時代のものか,企業時代のものかを判定し,
大学判定 企業判定(1 最終大学判 最終企業
所属機関名
ALL_Author ID
(一次)
ティスト探索
定
判定
0
0
0
・ 001
機関名の文字列に「大学」または
「Univ.」
(大文字
・0
SAS Gas & Pow
0
1
0
1
001
Step2er
学生・企業時代判定
小文字は問わない)を含む場合,大学判定とし,
001
0
0
0
1
機関名がブランクではないが大学判定を満たさ
Step3 人材探索
ない場合を企業判定とする。
エンティスト探索
4.1 図
Step
2 1 データ加工
分析プロセス概要
所属組織名称と
次)
フラグを立てる。具体的な手順は下記のとおり。
001
0
0
1
0
Step1 データ加工
JST大学
001
1
0
1
0
(1)まず機関名がブランクでないものの判定を行う。
Univ. Of JST
001
1
0
1
0
としてそれをもとに求める人材の探索を行う。
学生→企業
データサイエン
特定データサイ
時代の遷移
A
刊⾏年から
学生時代
147
Bさん
4. 分析プロセスの全体概要
2005年
分類⾒出し
JICST分類
コード
111
002
図1 分析コンセプト
発⾏年
001
分野として定義
図 1 分析コンセプト
機関名
001
著者である文献
• 経営工学
• エネルギー工学
• エネルギー消費・
省エネルギー
論⽂番号
(2)判定結果を時系列で並べ,
Step 3-1
Step 3-2 下記処理を順に行う。
Step 3-3
刊行年から
ロジックで判別
企業時代
ユニークな著者単位で紐付けることが可能である
学生時代
・ 学生→企業
以降に大学判定のあるものは大学判定とする。
データサイエン
特定データサイ
人名名寄せデータを活用し科学技術文献データの各
表 1 Step1 データ加工
・ 以前に企業判定のあるものは企業判定とする。
著者である文献
のJST分類を専門
分野として定義
時代の遷移
ティスト探索
エンティスト探索
• 通信工学
• 制御工学
Aさん
• 制御工学
• 電子工学
種項目を紐付けることで,次のような個人の研究分
図ただし,処理(2)において大学との共同研究や社
2 分析プロセス概要
野の遷移を追うことのできる「Author
ID×論文番号
○○大学
2005年
001
111
A
会人大学院等で論文を書いているケース等では,入
論⽂番号
ALL_AuthorID
機関名
発⾏年
JICST分類
コード
分類⾒出し
• B経営工学
○○大学
2005年
111
• 地球物理学
Bさん
• KA
エネルギー工学
(株)△△
2011年
001
210
×JST分類」のデータセットを作成する(表1)
。
• 環境汚染
• エネルギー消費・
■■大学
1997年
002
075
■■大学
1997年
002
188
省エネルギー
001
社後であっても大学判定となることがある。一方,
表 1 Step1 データ加工
…
002
490
◎◎(株)
2009年
NA
002
490
◎◎(株)
2009年
LA
××大学
147
図 1003 分析コンセプト
今回の分析目的である,入社後の各専門分野へのポ
JICST分類
ALL_AuthorID
論⽂番号
機関名
発⾏年
コード
分類⾒出し
テンシャルを,学生時代の専門分野から測ることに
○○大学
2005年
001
111
A
1998年
001
111
○○大学
2005年
002
075
■■大学
1997年
002
490
◎◎(株)
2009年
003
147
××大学
1998年
B
鑑みると,入社後の業績を学生時代の業績と見なす
(株)△△
2011年
001
210
KA
リスクは極力避けたい。そのため,一度でも企業所
■■大学
1997年
002
188
Step1 データ加工
表 2 Step 2 学生・企業時代判定
ALL_Author ID
大学判定 企業判定(1 最終大学判 最終企業
定
判定
所属機関名
JST大学
001
Univ. Of
001
001
SAS
001
Step 3-1
学生→企業
時代の遷移
JST
0
0
1
0
1
0
1
0
1
0
1
0
0
0
0
0
1
0
1
0
0
0
1
0
Step3 人材探索
Gas &
er
Pow
Step 3-2
Step 3-3
特定データサイ
エンティスト探索
データサイエン
ティスト探索
論文番号
機関名
発行年
JICST分類
分類見出し
大学判定 企業判定(1 最終大学判 最終企業
(一次)
次)
定
判定
所属機関名
ALL_Author ID
001
JST大学
001
001
Univ. Of
JST
001
001
表 1 Step1 データ加工
ALL_AuthorID
2 学生・企業時代判定
表 2 Step 2表2 Step
学生・企業時代判定
001
図 2 分析プロセス概要
図2 分析プロセス概要
736
判定としている(表2)。
(一次)
次)
Step2 学生・企業時代判定
001
001
NA
属での論文があった場合は,それ以降の論文を企業
◎◎(株)
2009年
002
490
LA
SAS
Gas &
er
Pow
0
0
1
0
1
0
1
0
1
0
1
0
0
0
0
0
0
1
0
1
0
0
0
1
未来のデータサイエンティストを探せ!
4.3 Step 3-1 学生→企業時代の遷移
のような分野で活躍を期待しているかなどによって,
学生時代と企業時代の両方について1件以上のデー
さまざまな人材像がありうる。あくまでその一例と
タをもつ著者について,J S T分類を専門分野として,
して,本取り組みでは,データサイエンティストを,
著者ごとの学生時代の専門分野と企業時代の専門分
企業時代に「J情報工学」または「K経営工学」の専
野にフラグを立てることで,著者ごとのテーブルを
門分野をもつ著者と定義した。ただし,この定義は
作成する。本分析中では,専門分野はJ S T分類の第2
自由に変えることができる(表4)。
階層(4桁)をメインに使用した。
次に,学生時代の各専門分野をもつ著者が,デー
学生時代にある専門分野をもつ著者のうち,企業
タサイエンティストになる確率を学生時代の専門分
時代にある専門分野をもつ著者の数を集計し,学生
野別に求める。併せて,確率以外に重要な要素であ
時代の専門分野から企業時代の専門分野への遷移を
るそもそもの人材規模(技術職・研究職としての人
表すテーブルを作成する。1人の著者は複数の専門分
材の絶対数)などを加味してマッピングし,将来の
野をもつことがあるが,それらは専門分野ごとにカ
データサイエンティストを探索するうえで有望な学
ウントする(表3,図3)。
生時代の専門分野を導く。
4.4 Step 3-2 データサイエンティスト探索
4.5 Step 3-3 特定データサイエンティスト探索
人材探索の事例として,データサイエンティスト
さらに,データサイエンティストと一口に言って
に着目する。本来,「データサイエンティスト」とは
も,その求める人材像はさまざまであることに着目
表 3 Step 3-1 学生→企業時代の遷移
どのような人物か,絶対的な定義は難しい。また,
企業の求めるデータサイエンティストは,企業がど
ᵟᵪᵪᵽᵟ
ᶓᶒᶆᶍᶐᵧ
ᵢ
学生 学生 学生 ・・・
企業 企業
時代 時代 時代
時代 時代
ᵟᵟ
ᵟᵠ
ᵟᵡ
ᵟᵟ
ᵟᵠ
表3 Step 3-1 学生→企業時代の遷移
表 3 Step 3-1 学生→企業時代の遷移
A
ALL_A
B
uthorI
DC
0
学生
0
時代
AA 1
A D
0
B E
C
0
1
D
0
E
0
1
1
学生 学生 ・・・
0
時代 時代 0
AB 0 AC 0
0
1
0 1
0
0
0
0 0
0
0
0
0
1
企業
時代
AA
1
企業
1
時代
AB
1
1
企業
0
時代
AC0
企業
時代
ᵟᵡ
し,特定企業のニーズに合わせて求める人材を細か
く設定して探索を行う。ここでは,事例として当社
・・・
の事情(エネルギー業界の事業会社)を加味して,
デー
タ分析の活用側に強く,エネルギーにも精通する人
0
・・・
0
材を育てたいとのニーズを定め,
「K経営工学」かつ「L
0
エネルギー工学」の条件を満たす人を求める人材と
定義し,以降Step3-2と同様の探索を行う(表5)
。
0
1
10
0 0
1
1
1
00
0
1
0
0 0
0
0
0
1
0
0
0
5. 分析結果
図4に,S t e p3-1の結果として,学生時代にある専
企業時代の専門分野
学生時代の専門分野
学
生
時
代
の
専
門
分
野
企
業
時
代
の
専
門
分
野
図3 学生から企業時代の専門分野遷移イメージ
門分野をもつ人が,企業時代にある専門分野をもつ
確率を求めたものを示した。図において,濃い色の
マス目ほど遷移の確率が高いことを示している。本
稿では個別の確率についての紹介は省くが,学生時
代と企業時代の専門分野が重なるケースが多いため,
対角線上に濃い色をした領域が広がるが,それ以外
の分野にも親和性が高い分野が存在することがわか
る。かくして,学生時代と企業時代の専門分野の遷
移がとらえられる枠組みを構築した。
学生から企業時代の専門分野遷移イメージ
図図
3 3学生から企業時代の専門分野遷移イメージ
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
表表
4 4Step
3-23-2
データサイエンティスト探索
Step
データサイエンティスト探索
737
分野
野
分野
野
JOHO KANRI
図3
学生から企業時代の専門分野遷移イメージ
2015
情報管理図 3
vol.57 no.10
January
学生から企業時代の専門分野遷移イメージ
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
表 4 Step 3-2 データサイエンティスト探索
表 4 Step 3-2 データサイエンティスト探索
第一階層
第二階層
J 情報工学
JA
第一階層
JB 情報工学基礎理論
第二階層
…
JA 経営工学
情報工学一般
KA
情報工学
KJ 経営工学
JB
…
…
第四階層
KA 経営工学
…
第三階層
…
KA01
情報工学基礎理論 KA02
…
…
K 経営工学
第三階層
情報工学一般3-2 データサイエンティスト探索
…
…
表4 Step
…
経営工学
産業経済
…
KA03
オペレーション
ズ・リサーチ
KA01 経営工学
… KA02
L エネルギー工学
… …
… …
KB 生産工学
…
……
1
1
DS定義
1 1
1
1 1
1 1
1
… …
KA06
1
1 1
1 1
… …
…
… …
産業経済
KA06
KA03 マーケティング
オペレーション
…
… ズ・リサーチ
…
M 原子⼒工学
L エネルギー工学
第四階層
DS定義
0 1
マーケティング
0 1
KB 生産工学
…
…
1
…
…
…
0
M 原子⼒工学
0
DS: Data Scientist
表 5 Step 表5 Step
3-3 特定データサイエンティスト探索
3-3 特定データサイエンティスト探索
J 情報工学
情報工学一般
…
…
0
表
5 StepJA3-3
特定データサイエンティスト探索
第一階層
第一階層
KJ 経営工学
情報工学
K 経営工学
L エネルギー工学
M
原子⼒工学
DS: Data Scientist
L エネルギー工学
M
第二階層
第三階層
第四階層
DS定義
JB 情報工学基礎理論
…
…
0
…第二階層
KA
JA 経営工学
情報工学一般
… 第三階層
… 第四階層 0 DS定義
… …
1 0
…
1
…
0
…
1
…
0
KA01 経営工学
…
産業経済
JB 情報工学基礎理論 KA02
…
KA03 オペレーション
…
…
ズ・リサーチ
KA 経営工学
KA01 経営工学
…
…
…
KA02 産業経済
…
KA06 マーケティング
KA03 オペレーション
KB 生産工学
…
… …
ズ・リサーチ
…
…
…
…
…
KA06 マーケティング
1
1
1
1
1 1
1
0
1
1
KB 生産工学
…
…
1
…
…
…
1
原子⼒工学
ングされている点の面積は,データサイエンティス
0
ト確率と分野の人材規模の積,すなわちデータサ
イエンティスト人材の数に比例するように描いてい
る。データサイエンティスト人材がもっとも多い分
野は,グラフ上右上の領域になるが,必ずしもその
ような分野は多くない。一方,分野の人材規模はそ
れほど大きくないがデータサイエンティスト確率は
高い分野(ドキュメンテーション,システム工学,
心理学など,グラフ中左上の分野)や,データサイ
図4 Step 3-1 学生→企業時代の遷移の可視化
エンティスト確率はそれほど高くないが人材規模が
大きい分野(電磁気学,光学,電子工学など,グラ
次に,S t e p3-2の結果を示す。図5に,学生時代の
専門分野ごとのデータサイエンティストになった確
率(データサイエンティスト確率)を縦軸にとり,
738
フ中右下の分野)が,有力なデータサイエンティス
ト人材の供給源となっていることがわかる。
最後に,特定分野に精通したデータサイエンティ
分野の人材規模を横軸にとったグラフを示した(誌
ストを探索するS t e p3-3の結果を示す。図6に,4.5で
面の都合上,ごく一部を示している)。通信工学,制
定義したエネルギー分野に精通するデータサイエン
御工学などの分野がデータサイエンティストへの親
ティストになる確率を示した。図の見方は,図5と同
和性が高いことが読み取れる。このグラフでマッピ
様である。もともと関連性の深い経営工学や情報工
未来のデータサイエンティストを探せ!
※カラー画像はWeb版をご覧ください。
図5 Step 3-2 データサイエンティスト探索のための専門分野マッピング
※カラー画像はWeb版をご覧ください。
図6 Step 3-3 特定データサイエンティスト探索のための専門分野(エネルギー会社向け)マッピング
学以外でも,環境工学や電気工学,建設工学などが
活用方法について述べる。自社の求める人材の活躍
比較的有望な分野として抽出されている。
分野を定義し,それと関連の深い分野を定める。次
6. 結果の活用
に,本取り組みの結果を用いて,その分野で企業時
代に活躍している人材が,学生時代にどのような分
野で活躍したかを調べることができる。すると,デー
5章では,今回の主眼である「データサイエンティ
タサイエンティストの探索の場合と同様に,どの分
ストを探す」ことに注目したが,本研究の結果はデー
野に自らの求める人材が潜在的に存在しているかが
タサイエンティストに限らず拡張することにより,
わかる。このように,企業にとっては,求める人材
任意の分野における学生と企業のマッチングを支援
の卵がどの分野に潜在的に存在しているかを探索す
する仕組みとしての活用が可能である。
るツールとして本取り組みを活用できる。
まず,人材を求める企業側の視野に立った場合の
一方,本取り組みの結果は,自らの進路を探す学
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
739
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
January
生側の視点でも活用することができる。自らが属し
た。また,エネルギー会社向けデータサイエンティス
ている分野において過去学生時代に活躍していた人
トの探索を行い,個別の企業のニーズに合致する人材
材が,企業時代にどのような分野で活躍しているか
探索の可能性を示した。さらに,本取り組みを拡張す
が,本研究により明らかになる。すなわち,学生にとっ
ることにより,任意の分野における学生と企業のマッ
ては,自らの専門性を生かした進路を探索できるツー
チングを支援する仕組みとして活用可能である。
ルとして本取り組みを活用できる。
7. まとめ
謝辞
本取り組みの成果は第1回データサイエンス・アド
ベンチャー杯2014(主催:SAS Institute Japan株式会社,
本取り組みでは,体系化されたコードにより分野
独立行政法人科学技術振興機構)
で得られたものです。
が定義されており,名寄せにより個人の研究キャリ
ツールを貸与していただいたSAS Institute Japan
アの推移を追うことができるというJ S T文献データの
株式会社,データを提供いただいた科学技術振興機
特性に着目し,個人の専門分野の遷移をたどり,学
構をはじめとする関係者の皆さま,業務が多忙な時
生時代と企業時代の専門分野の遷移を分析するモデ
期にもかかわらずコンペティションへの参加を認め
ルを構築した。
ていただいた同僚の皆さま,そしてともにアドベン
特に,人材不足が叫ばれるデータサイエンティスト
チャー杯に取り組んだチームメンバー(篠﨑英孝,
を題材に,学生時代の専門分野からデータサイエン
藤本剛志,宇田川美穂,倉都翔平)の皆さまに御礼
ティストとしての可能性が見込まれる人材を探索し
申し上げます。
参考文献
1) 日本経済新聞. “ビッグデータ分析に人材の壁,25万人不足見通し”. 2013-07-17. http://www.nikkei.com/
article/DGXNZO57421630X10C13A7EA1000/, (accessed 2014-10-13).
Author Abstract
Human resource mismatch between universities and companies has been a problem to be solved. Especially,
data scientists are stated not to be abundant enough in recent days. On the other hand, those who can
potentially be "data scientists" are thought to reside in many other fields and it is the key for the data analysis
industry to dig out such "to-be data scientists". Here we paid attention to the JST documents data, in which
research fields are systematically defined and the transfer of the each persons' research fields can be traced
with aggregation of names, and tried to build a framework to search to-be data scientists. In this work, we
analyzed the transfer of research fields by classifying that of student ages and that of company ages, and
specified the auspicious research fields to find to-be data scientists especially for energy companies.This
approach can be used as a matching mechanism between students and companies.
Key words
human resources, human resources searching, scientific and technological literature data, public data, data
scientist, statistics, research career, human resource matching
740
電子ジャーナルの問題解決のための「3つの提言」
緊急アピール:
電子ジャーナルの問題解決のための
「3つの提言」
Urgent Appeal:
Three recommendations for subscription-based E-journals in Japan
石田 武和(物性グループ物性委員会・物性委員長)
ISHIDA Takekazu (Chairperson, Bussei Committee of Bussei Group)
情報管理 57(10), 741-746, doi: 10.1241/johokanri.57.741 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.741)
物 性 物 理 学 者 の 団 体 で あ る 物 性 グ ル ー プ で は,
2014年日本物理学会秋季大会で開催された拡大物
2014年11月27日に,
「電子ジャーナルへのアクセス環
性委員会で電子ジャーナル問題に関する討議を経て,
境の整備に関する緊急アピール」を発表した。物性
緊急アピールを物性グループ・物性委員会として発
物理学は,素粒子物理学,原子核物理学,宇宙物理
表する方針が決定された。その後,幹事会を中心に
学,原子物理学などと並ぶ物理学の大きな分野であ
電子ジャーナル問題の詳しい調査研究を続け,2014
り,物理学の中では研究者人口がもっとも多い。物
年11月27日に「電子ジャーナルへのアクセス環境の
性グループには,現在1,000名以上の研究者が任意で
整備に関する緊急アピール」を公表するに至った。
参加しており,その中の選挙権を有する200名以上で
調査研究の過程で,この電子ジャーナルの問題は,
構成される物性委員会では,各種委員の選出,物性
われわれ研究者も正しく勉強してこなかったことを
研究の将来計画,共同利用研究所のあり方など重要
実感させられ,正直反省もさせられた。同時に,多
事項について議論している。本稿の目的は分野を超
くの提言や報告書も参照した。傾聴に値する提案も
え,物性グループからの緊急アピールを,多くの方
たくさんあったが,包括的に解決に至るシナリオは
にお知らせすることにある。
存在しないのではないかと心配もさせられた。反対
大学や研究機関で電子ジャーナルの購読継続が困
に,14年前に日本学術会議から素晴らしい提言(緊
難になっていると耳にしていた。2014年8月開催の物
急アピールの注6)が発信されていることも,初めて
性委員会幹事会で,物性コミュニティーとして大型
知ることになった。
計画の是非を話し合っていたときに,「大型計画をコ
この20年間の学術雑誌購読価格の高騰の年次変化
ミュニティーから打ち出すのも大切だが,電子ジャー
を図1に示している。購読価格は,物理学,化学,工学,
ナル問題は,物性物理だけではなく,あらゆる分野
生物学,農学で異なるものの,自然科学系の平均値
がかかわる国としての対策が緊急の課題だ」との強
上率は7%と大差ない。物理学では,実に,20年間に
い指摘があり,緊急アピールを出すために起草ワー
わたり,顕著な直線性を示すことは驚きである。
キンググループを立ち上げることになった。
1つの大学あたりで購読している冊子体の学術雑
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
741
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
図1
http://johokanri.jp/
January
図1 電子ジャーナルの20年間の価格推移
※Library Journalに公開されたPeriodicals Price Surveyのデータに基づき,
大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)事務局が作成したものである。
誌と電子ジャーナルのタイトル数(学術雑誌の種類
とめた。物性グループから発表した電子ジャーナル
数)の年次変化を23年間にわたり追いかけて示した
に関する提言は,図2に示すように,
重点項目として「3
図(「物性委員会からの緊急アピールに関する参考資
つの提言」を打ち出している。
料」の資料3)を緊急アピールでは引用した。それに
詳 し く は, 次 に 緊 急 ア ピ ー ル( 本 文 ) を 示 す の
よれば,洋雑誌の冊子体は急激に減少し,逆に電子
で,参照してほしい。賛同いただける場合は,いか
ジャーナルは,2000年以降,急激にタイトル数を増
なる研究分野の方,一般の方からの発信も歓迎す
やし,タイトル数は冊子体の全盛期のタイトル数よ
るので,物性グループが開設したメールアドレス
りも1桁は大きい。電子ジャーナルのタイトル数がど
[email protected]へ「YES
んどん増えて,年々研究者の環境がよくなっている
メール」を送ってほしい。それが大きな力の形成に
と誤解されそうな統計である。しかし,1つの出版社
つながるのではないかと考えている。
が刊行している数千タイトルの雑誌を一括して契約
するビッグディール契約や,複数出版社の多数の電
「3つの提言」
子ジャーナルをまとめて提供するアグリゲータ契約
① 「包括的学術誌コンソーシアム」により新たな
情報アクセス体制を確⽴。
などが契約タイトル数の統計を押し上げている形式
的な統計となっているのであろう。基幹的電子ジャー
② 電子ジャーナルの安定購入のため、文教予算の
枠組みを超えた新たな財源確保の措置。
ナルの購読継続が困難とする調査結果は,実際緊急
アピールの注3にみることができる。
③ 第五期科学技術基本計画の中で、すべての研究
者が電子ジャーナルの提供する学術情報に平等
われわれは,これまで積み重ねてきた議論や努力
にアクセスできる環境の整備を明示。
と対立するのではなく,これまでの議論を尊重し,
また取り入れながら,思い切った新機軸や新工夫も
打ち出すとのスタンスで,今回の緊急アピールをま
742
図2
図2 緊急アピールの3つの提言
※平等アクセスの環境整備を目的とする。
電子ジャーナルの問題解決のための「3つの提言」
電子ジャーナルへのアクセス環境の整備に関する緊急アピール(本文)
2014年11月27日
物性†グループ・物性委員会
大学は,日本の高等教育と研究を担う中核機関であるとともに,社会貢献,地域貢献,産業創成など多岐に亘り,
社会に対して多大の貢献を果たしています。したがって,大学は高度な公共性を持ち,社会に対して開かれた存
在であることが求められています。大学での教育・研究成果を社会に対し公開し,知識技術を還元することは大
学の責務です。研究成果が論文として公開される学術雑誌は,研究者の間で学術情報を共有するための必須手段
であることはもちろん,研究機関と社会をつなぐ重要なコミュニケーションのツールでもあります。今日,ほぼ
全ての学術雑誌は電子版(電子ジャーナル)となっており,購読・アクセス環境が確保できれば,世界のどこに
いても,直ぐに,最新の情報を共有することができる時代となっています注1)。研究者が最新の正しい情報を基に
教育・研究・様々な社会貢献の活動を行うためには,電子ジャーナルに平等にアクセスし閲覧できる環境は必要
不可欠です。
しかしながら,近年,大学の予算削減と学術ジャーナルの価格高騰により,研究機関がこれらの電子ジャーナ
ルを図書として個別に購入し研究と教育に携わる研究者がこれにアクセスすることが困難になっています注2)。全
大学の購入支出は約230億円(2012年度実績)の規模ですが,
契約できる基幹的な電子ジャーナルのタイトル数(学
術雑誌の種類数)が大幅に減り,それでも値上げが継続する悪循環になっています注3),注4)。研究機関によっては,
それぞれの分野において世界中で最も良く読まれている中心的な学術雑誌の電子ジャーナルでさえ,購読契約が
できない危機的状態になっています。このままでは,日本の高等教育・研究機関に属する研究者は世界から孤立し,
大学に期待されている社会の信託に応えられない事態になってしまいます。この状況は,規模を問わず,あらゆ
る研究機関で起こっており,もはや個々の組織の努力では解決できない国家的規模の緊急事態と考えられます。
この問題は,文科省や日本学術会議でも大きな問題として取り上げられ,日本独自のオープンアクセス学術
ジャーナルの育成などの解決の方策が検討されてきましたが注5)~注9),根本的な解決には至っていません。その中
で,大学が個別に雑誌購読契約をする代わりに,学術情報を安定的・継続的に提供するために大学図書館の連合
組織(大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)
)を作り,そこで契約交渉をする新しい考えが生まれてきまし
た注10),注11)。海外の多くの国では,実際に,このような連合体を中心として国全体で購入費用に対して責任を持
つナショナル・サイト・ライセンスという方法が実施されてきています注12)~注15)。日本でも試験的に導入され,
限定的にですが実施もされています注16),注17)。しかしながら,このような新しい体制はまだ,その設立基盤も弱く,
十分に機能を発揮しているとは言えない状況です。
私たちは,研究者がどの機関に所属していても,基幹的に位置づけられる電子ジャーナルが提供する学術情報
に平等にアクセスできる環境を整備することが学問の健全な発展に不可欠であるとして,その実現を提言いたし
ます。具体的に,(1)JUSTICEを基軸とし,その機能と権限を飛躍的に強化した,情報インフラストラクチャーの
基盤的整備を実施し,国際協力にも対応可能な「包括的学術誌コンソーシアム」へと発展させることで,
ナショナル・
サイト・ライセンスの部分的導入も含めた新たな情報アクセス体制を確立すること,(2)電子ジャーナルの安定
購入のため,これまでの文教予算の枠組みを超えた新たな財源確保の措置が検討されること,(3)次の5カ年間の
科学技術政策を国としてまとめる第五期科学技術基本計画注18)の中で,すべての研究者が電子ジャーナルの提供
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
743
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
January
http://johokanri.jp/
する学術情報に平等にアクセスできる環境の整備が実現目標として明示されること,の3つを重点項目として挙げ
ます。
私たち物性グループ注19)は,すべての日本の大学が直面する危機の解決に,広く皆様の賛同と支援の輪が広が
ることを念願して,物性物理学コミュニティーの声として,ここに,緊急アピールを発表します。
物性委員会からの緊急アピールに関する注
†
ここで「物性」とは「物性物理学」の略で,素粒子物理学,原子核物理学,原子物理学,宇宙物理学など
と並ぶ物理学の分野であり,物理学の中では研究者人口が最も多い研究分野となっている。研究対象とし
て物質(固体,液体)を扱うことが特徴である。
注1) 学術文献は電子ジャーナルの形が主流となり,出版社や学会出版局に蓄えられた論文データをインター
ネット経由で閲覧する。購読契約型の電子ジャーナルの論文閲覧は研究者の所属する研究機関が出版社や
学会出版局と電子ジャーナルの購読契約をしている場合のみ可能となる。
注2) 日本学術会議物理学委員会物性物理学・一般物理学分科会からの提言 “物性物理学・一般物理学の学術研
究のさらなる振興のために”(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t192-1.pdf)で基盤的経費
と競争的資金の「デュアルサポートの充実」の達成度分析から問題点を指摘している。これまでは,基盤
的経費が電子ジャーナルの購読料支払の主たる原資と考えられている。
注3) 文科省から2013年度「学術情報基盤実態調査」
(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/03/1345298.
h t m)の調査結果が公表されている。2012年度は国立86大学総額92.75億円,公立86大学総額11.04億円,
私立603大学総額123.68億円となっている。調査では,84%の大学が外国雑誌及び電子ジャーナルの購入
予算の確保が課題とし,31.8%の大学が購入種類の減少を挙げている。東京新聞に「学術雑誌の電子版高
騰 大学購入費8年で3倍」(2014年6月2日)が掲載された。
注4) 「物理学関係の雑誌の情報入手が困難になってきている状況が中小の大学等で顕著」との調査結果が日
本物理学会の研究費配分に関する教育研究環境検討委員会から日本物理学会誌(Vol. 65, No. 1, pp. 49-51
(2010))に報告されている。
注5) 文科省研究振興局「ジャーナル問題に関する検討会」報告書(h t t p : / / w w w. m e x t . g o . j p / b _ m e n u /
houdou/26/08/1351120.htm)が,ごく最近(2014年8月26日)
,プレス・リリースされた。報告書は,ナ
ショナル・サイト・ライセンスには慎重で,オープンアクセスの整備を推進する論調となっている。オー
プンアクセス化の推進での新たな問題は,電子ジャーナル購読費用の機関負担の問題は低減されるが,著
者に論文出版加工料(APC=Article Processing Charge)の負担が発生する。そのため,APCを収入源とし
た商業誌の参入,APCと購読料2重払い(ダブルディッピング)など複雑で,
放置できない新しい課題となっ
てきている。
注6) 日本学術会議は,14年前(2000年6月26日)に「電子的学術定期出版物の収集体制の確立に関する緊急
の提言」(情報学研究連絡委員会 学術文献情報専門委員会)を出している(http://www.scj.go.jp/ja/info/
kohyo/17youshi/1768.html)。緊急提言では,欧米諸国の研究機関を越えた共同購入やナショナル・サイト・
ライセンス契約等が採用されている現況に言及し,日本の研究機関の個別契約の状況を対比し,事態の緊
急性の認識と関係機関の相互協力を求めている。また,改善策として,文部省(当時)
,科技庁(当時)
,
及び関係機関に対して,直ちに必要な予算および組織体制の措置を行うこと,各国の商業出版社の差別価
格的要求に対処することを求めている。提言に書かれた危機と課題は現在も未解決のままであり,緊急提
言には今回の物性委員会の緊急アピールとも共通する趣旨が読み取られ,今も提言へのフォローアップが
必要な状態が継続している。
注7) 日本学術会議 学術誌問題検討分科会から4年前(2010年8月2日)に,
提言 学術誌問題の解決に向けて―「包
括的学術誌コンソーシアム」の創設―(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t101-1.pdf)が
出されており,電子ジャーナルの平等アクセス(学術誌をはじめとするさまざまな学術情報に,国内の全
744
電子ジャーナルの問題解決のための「3つの提言」
ての学術研究機関から平等に閲覧できる環境)実現の重要性が繰り返し強調されている。
注8) 日本学術会議「日本学術誌問題検討委員会」
(http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/journal/)では,学
術誌問題に関して,外国学術誌の高騰化への対応方策,日本の国際学術誌の強化の必要性,オープンアク
セスへの対応方策,学術情報の発信・流通プラットフォームシステム等について,現在も継続して審議が
なされている。
注9) 数学分野では「epijournals」というオープンアクセス誌(http://current.ndl.go.jp/node/22758)が創刊さ
れている。
注10) 国公私立大学図書館協力委員会と国立情報学研究所(N I I)との連携・協力により発足した大学図書館コ
ンソーシアム連合(JUSTICE)がある(http://www.nii.ac.jp/content/justice/)
。日本の大学における教育・
研究活動に必須である電子ジャーナルをはじめとした学術情報を,安定的・継続的に確保して提供するた
めの活動を推進している。平成25年度には65社と94回の交渉をして53社と合意に達した。JUSTICEが果た
してきた役割は大きいが,同時に,価格交渉の対応の限界も指摘されている。
注11) 高エネルギー物理学分野では,「SCOAP3」というコンソーシアム(http://scoap3.org/scoap3journals)が
設立されている。
注12) ロシアの場合,「ロシア基礎科学財団がElsevier社のScienceDirectを契約し,150の研究機関で利用可能に」
と紹介されている(2012年2月3日)(http://current.ndl.go.jp/print/20092)。
注13) ドイツの場合,DFGはライセンス契約拡大のための費用として合計990万ユーロを供出し,これで合計1,010
のデータベース,コレクション,アーカイブ等をナショナルライセンスで提供している(http://current.
ndl.go.jp/print/11472)。具体的な電子ジャーナルのタイトルはhttp://www.nationallizenzen.de/angebote
で分かるが,例えば,物性物理学分野に限っても相当のタイトルがカバーされている。大学図書館職員短
期研修(2010年10月8日)(http://www.nii.ac.jp/hrd/ja/librarian/h22/)で,先進国としては日本と似通っ
た状況にあるドイツのN S Lに関する肯定的な詳しい紹介があり,同著者による「ドイツにおける,電子
ジャーナルの戦略的な供給・流通の動向」
(http://current.ndl.go.jp/ca1828;2014年9月20日)でも,ドイ
ツでは,バックファイルの恒久アクセス権を国が買い取り,大学・研究所や希望する国民に自由アクセス
環境を提供していることが分かる。
注14) カナダの場合,論文(X. Zhu, "The National Site Licensing of Electronic Resources: An Institutional
Perspective," Journal of Library and Information Studies 9:1 (June 2011) pp. 51-76)にCanadian National
Site Licensing Project(CNSLP),the United Kingdom's National Electronic Site Licensing Initiative(NESLI)
の詳しい分析がなされている。この論文の参考文献やU R Lリストは詳細で各国の電子ジャーナルの状況を
知るのに有用である。(http://jlis.lis.ntu.edu.tw/article/v9-1-3.pdf)
注15) LIBLICENSEサイト(http://liblicense.crl.edu/licensing-information/national-site-license-initiatives/)には,
オーストラリア,カナダ,オランダ,ニュージランド,トルコ,英国などの新しい情報(2014年3月28日)
があり,National Site License Initiativesの豊富なリンクからアクセス可能である。
注16) 船渡川清,
「ナショナル・サイト・ライセンスによる電子ジャーナル・サービス導入の試み」大学図書館
研究Vol. 59, pp. 16-25, 2000-09 http://ci.nii.ac.jp/naid/110000250874。国立情報学研究所(平成12年3月ま
で学術情報センター)は15年前(1999年度)に,
IOP英国物理学会の電子ジャーナルのナショナル・サイト・
ライセンスを試験提供した実施例を紹介している。
注17) 国立情報学研究所のN I I-R E Oから現在も利用できるナショナル・サイト・ライセンスとして,O x f o r d
University Press 200誌 1996-2003のバックファイル・アーカイブがある(http://reo.nii.ac.jp/oja/info/oja_
db.html)
。
注18) 科学技術基本法(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kagaku/kihonkei/kihonhou/mokuji.htm)に基
づき,科学技術の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図り,5年間の科学技術政策を具体化す
るため政府が策定する。2016年度からの第5期科学技術基本計画の準備が開始されている。
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注19) 物性グループ(http://www.pe.osakafu-u.ac.jp/busseiG/)には,日本各地の物性物理学に携わる研究グルー
プが参加している。各グループから選出された物性委員は,物性研究の将来計画やあり方など重要課題を
議論するため物性委員会を組織している。現在200名以上の物性委員,
1,000名を越える研究者が物性グルー
プに参加している。物性委員会の幹事会は,物性委員の選挙で選ばれ,日本学術会議や学会と連携して,
物性物理学研究者コミュニティーの意見をとりまとめる活動を行っている。
物性委員会連絡先:
[email protected]
http://www.pe.osakafu-u.ac.jp/busseiG/
緊急アピール掲載:
http://www.pe.osakafu-u.ac.jp/busseiG/appeal.html
緊急アピール賛同とコメントの「YESメール」受付アドレス:
[email protected]
物性委員会起草ワーキンググループ:
石田武和 物性グループ物性委員長(大阪府立大学)
,田中 智 物性グループ事務局長(大阪府立大学)
,
村田惠三(大阪市立大学;WG長),石原純夫(東北大学)
,伊藤正行(名古屋大学)
,大塚洋一(筑波大学)
,
早川尚男(京都大学),中西 秀(九州大学)
謝辞
本稿をまとめるにあたり,物性委員会幹事会,起草W Gの多大なる貢献があった。緊急アピールの内容の事実
関係の点検では,JUSTICE事務局,文部科学省学術基盤整備室,大阪府立大学学術情報センターなど,多くの方々
のお世話になった。日本物理学会兵頭俊夫会長にも貴重なご意見をいただき,また,同学会事務局会議室で記者
発表会を開催することについて,同会長を通じて同学会理事会の了解を得ていただいた。物性グループが設けた
賛同メール(YESメール)にすでに多くの声を寄せてくださった方々がいる。ここに,深く感謝する。
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インフォプロによるビジネス調査‐成功のカギと役立つコンテンツ
連載:インフォプロによるビジネス調査
-成功のカギと役立つコンテンツ
第10回 海外ビジネス情報
Series: Keys to success of business research - tips and useful contents
Part 10: Sources of global information
上野 佳恵1
UENO Yoshie1
1 有限会社インフォナビ(〒113-0033 東京都文京区本郷6-20-4-5)E-mail: [email protected]
1 InfoNavi., Ltd. (6-20-4-5 Hongo Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033)
情報管理 57(10), 747-754, doi: 10.1241/johokanri.57.747 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.747)
1. インフォプロに求められる海外情報調査
バル市場の全体感を把握するための情報,ローカル
市場のおおよその現状が判断できる情報などが必要
グローバル化が進展し,いまや企業活動が国内で
とされる場合であろう。そこで重要となるのは,手間
完結することはまれである。製造業の海外生産比率
もコストもあまりかからない範囲で情報を集めて整
注1)
と過去最高水準に
理し,そこからどの程度のことがわかり,どのあたり
達しており,これまで内需型産業と言われてきた小
からは現地に実際に出向いたり,専門家に聞いたりし
売業やサービス業も海外市場に目を向けている。と
なくてはわからないのかを見極めることである。
は20.3%(国内全法人ベース)
なると,ビジネス調査の範囲も必然的に海外市場に
各国の言語でインターネット検索をすることがで
まで広がることとなる。しかし,一口に “海外市場”
きれば多くの情報を入手できるだろう。しかし,日
といっても,国ごとに情報環境も異なれば統計の整
本国内の情報でさえインターネット検索の結果から
備状況もまちまちである。そもそも,現地の言葉が
有用な情報を選び出すのは大変だというのに,どの
わからないとローカル情報にはアクセスしようがな
ような政府統計があるのか,民間の調査機関がある
い。したがって,本格的に海外展開をするとなれば,
のかないのかなど,国ごとの情報事情がわからなけ
原料の調達にせよ,製造拠点の確立にせよ,消費市
れば,インターネット検索結果から正確で役に立つ
場の開拓にせよ,商社や現地の事情に詳しい専門家
情報を効率的に選び出すことなど不可能である。ビ
を介すなり,社内に専門組織を立ち上げるなりして,
ジネス展開のグローバル化に伴い,日本で,日本語
綿密な現地状況の調査が行われることとなる。
で入手できる各国の情報も相当に充実してきてい
インフォプロのもとに海外情報調査の依頼がされ
る。今回は,このような国内の情報源を中心に,各
るのは,このように現地に行かないとわからないよ
国の基本統計や産業情報の入手について考えていこ
うな詳細な情報が必要な場合ではなく,その前段階
う(表1)。
として,海外戦略を左右するマクロ的な情報やグロー
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表1 海外情報の情報源と主な内容
表1 海外情報の情報源と主な内容
国 内
海 外
外務省「各国・地域情勢」
総務省『世界の統計』
各種白書
審議会・研究会資料
国際機関統計
各国政府統計
業界団体情報
海外市場に関する
統計・レポートなど
地域横断・グローバルな業界団体の統計・レポートなど
市場調査レポート
民間調査会社の
海外市場レポート
各国民間調査会社のレポート
(グローバルインフォメーションなどのサービスを活用)
日本の新聞・雑誌の海外ニュース,
海外新聞・雑誌記事の翻訳など
各国の新聞・雑誌
(ジェトロ・ビジネスライブラリーで閲覧可能)
海外動向に関するレポート
各国機関のレポート
(ジェトロ・ビジネスライブラリーで閲覧可能)
政府統計
新聞・雑誌記事
シンクタンクレポート
(c)InfoNavi, Ltd. 2014
2. 国内情報源
・白書・審議会資料
各省庁の統計は,内閣府のGDP統計注4)など,参考
(1)政府統計
情報として国際比較データをW e bサイトや統計書に
・政府のWebサイト
掲載しているものがないわけではないが,基本的に
まず日本の政府機関の情報である。外務省では,
「各
国内情報に限られている。一方,白書類には海外動
国・地域情勢」Webサイト注2)として,国ごとの人口・
向がまとめられているケースも多い。たとえば,
『情
宗教・政治体制などの基礎情報から経済成長率,物
(総務省)には,世界各国
報通信白書平成26年版』注5)
価上昇率などの経済の基本データ,O D A(政府開発
におけるI C Tの浸透状況やモバイル通信の活用事例な
援助)など日本との経済関係,文化交流状況などを
どが掲載され,
『通商白書2014』注6) には,主要国の
まとめている。統計情報としては十分なものといえ
成長戦略,新興国の産業政策などがまとめられてい
ないが,ある国でのビジネスを考えたときに,どの
る。白書は毎年テーマが異なるので常に海外市場関
ような国で主な産業は何でどの程度の経済規模なの
連の情報が掲載されているとは限らないが,関連す
かなどの概要を把握することは必須であり,見てお
るテーマ・業界にかかる白書があれば,確認してみ
くべき情報といえる。カバーする国・地域の範囲も
るとよいだろう。
広く,アップデートも頻繁に行われている。
注3) には,世界各国
総務省統計局の『世界の統計』
748
各省庁にさまざまな審議会や研究会が設けられて
いることは第4回「業界・市場調査(1)
」でも述べたが,
の社会情勢,基本的経済指標などの統計がまとめら
このような研究会等で海外市場の調査が行われてい
れている。複数の国の基本データが必要な場合や日
るケースも多い。国内の産業政策を考えようという
本との比較を行う際などには非常に便利である。商
ときには,先行する海外市場の状況や近隣国の市場
工業の市場規模など詳細なデータは得られないが,
に与える影響などを考える必要があるため,予算を
社会・経済情勢に関するデータは一通りカバーして
投じて海外動向調査が行われるのである。
いるし,用語などの解説も掲載されている。出典と
たとえば,業界・市場調査の際に考えた太陽光発
なっている国際機関の統計データベースへのリンク
電市場であるが,新エネルギーの1つとして国のエネ
もはられており,国際比較をするうえでどんなデー
ルギー政策全般にかかわることから,経済産業省の
タがどこから発表されているのかを確認する入り口
総合エネルギー調査会などで導入振興策や買取制度
としても有用である(国際機関の統計については後
などさまざまな方面からの検討が行われている。そ
述する)。
の中では,フランス,イギリス,ドイツの新エネルギー
インフォプロによるビジネス調査‐成功のカギと役立つコンテンツ
導入に向けた政策事例がまとめられ(新エネルギー
部会の第28回提出資料「諸外国における新エネルギー
(3)市場調査レポート
民間調査会社の調査対象は,基本的には国内市場
導入に向けた取り組み」注7)),デンマーク,スペイン,
であるが,多くの日本企業が海外市場に興味をもつ
ドイツでの先進的な取り組み事例を現地調査した「欧
業界では,そのニーズに応えるべく調査会社側も海
(省エネルギー・新エネルギー分科会
州調査報告」注8)
外市場調査を行っている場合がある。
新エネルギー小委員会第2回)が提出されている。
目的に合致するテーマの委員会があるとは限らな
太陽光発電もそのような業界の1つであり,富士経済
の『太陽電池関連技術・市場の現状と将来展望』注11),
いし,政策を考えるスパンはやや長く民間調査とは
産業タイムズ社の『太陽光発電産業総覧』注12),矢野
違って常に最新のテーマを追っているわけではない
経済研究所の『太陽電池セル・部材市場の現状と将来
ので,少し前までの情報しかないという場合も多い。
展望』注13)などの調査レポートには,国内市場だけで
また,このような審議会・研究会等の資料は,会合
はなく海外市場の動向がまとめられている。
ごとの提出資料の一覧という形でしかW e bサイトに
企業活動のグローバル化に伴い,調査対象を海外
は掲載されていないので,1つずつ内容を確認しな
にまで拡大している調査会社も多く,海外市場のレ
くてはならないため探すには手間がかかる。しかし,
ポートの発行も増えている。日本の調査会社=国内市
実際に自分たちでヨーロッパ各国の現地調査を行う
場調査と考えずに,一度当たってみるとよいだろう。
としたら,大変な時間と費用がかかることを考えれ
(4)新聞・雑誌記事
ば,多少古い情報だったとしても,参考資料として
海外情報を収集する際にも,日本の新聞・雑誌の
は十分な価値があるといえるだろう。対象とするテー
記事は一通り見ておこう。世界中の産業動向が日本
マ,業界が国の産業政策にかかっているような場合
の新聞や雑誌に掲載されているわけではないが,日
には,このような審議会・研究会の資料を見てみる
本企業が力を入れている業界の海外ニュースや,世
とよい。
界的にも業界をリードするような話題については,
日本の雑誌や新聞も注目をしている。また,
業界新聞・
(2)業界団体
業界団体でも,海外市場動向などについて独自に
雑誌では,定期的に海外市場に関するトピックを掲
統計データをまとめたり,調査を行ったりしている
載していたり,海外の新聞や雑誌記事の抜粋を載せ
場合がある。たとえば,日本電機工業会がエアコン
たりしていることも多い。
や冷蔵庫などの世界62か国の市場規模をまとめた『白
たとえば,日本経済新聞と日経産業新聞で太陽光
物家電5品目の世界需要調査』注9),電子情報技術産業
発電の海外動向を検索すると,過去1年間で200余り
注10)などが
協会の『電子情報産業の世界生産見通し』
の太陽光発電に関する記事が掲載されていることが
ある。
わかる。太陽光発電に関する業界誌『S o l v i s t o』
(ソ
基本的には会員向けに提供されている情報である
ルビスト)
(ガスレビュー,月刊)
,
『PVeye』
(ヴィズ
が,一般でも入手可能なものもある。また,団体が
オンプレス,月刊)などにも世界のニュースを扱う
発行している機関誌などに,海外市場の動向や海外
コーナーが設けられている。
企業の事例が掲載されていることも多い。後述する
(5)シンクタンク・調査機関
ような,世界的な業界団体がある場合には,国内の
第8回「調査に役立つ情報源」で紹介したシンクタ
業界団体が窓口になっていることがほとんどであり,
ンク・調査機関は,海外情報を得るうえでも貴重な
国内情報と同様,海外情報においても業界団体は有
情報源である。市場調査レポートではカバーされて
用な情報源といえる。
いない業界や,新聞・雑誌などではバラバラのニュー
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スが出てくるだけというような市場についても,専
Webサイトで公開している。
門の研究員が定期的に海外市場の情勢を追い,体系
国・地域別情報(J - F I L E)注14)では,70余りの国・
的に市場動向を把握してコラムやレポートにまとめ
地域ごとに,基本情報・統計(基礎的経済指標輸出
ているケースは多々ある。
入統計など),ビジネスニュースや調査レポート,輸
たとえば,日本エネルギー経済研究所では,この
出入制度や投資環境などの取引・進出にあたって必
半年程度だけでも米国,中国,ブラジル,英国,ト
要となる情報をまとめている(図1)。現地の産業ト
ルコなど各国の太陽光発電市場の状況に関するレ
レンドに関するニュースを日本語で読むことができ,
ポート・コラムをまとめている。
ジェトロが独自にまとめたレポートも掲載されてい
また,前述したような政府の審議会・研究会など
る。また,各種の制度や規制についても概要を把握
の海外調査は,シンクタンク・研究機関が請け負っ
することが可能で,各国の関連機関へのリンクもは
ているケースが多い。
られている。これだけの内容を1か所で入手できる
(6)日本貿易振興機構(ジェトロ)
ジェトロは日本企業の海外展開支援を行う機関で
W e bサイトは,ほかにはない。国・地域という切り
口以外では,
「食品」
「ファッション」
「環境・エネル
あり,その一環として海外ビジネス情報の提供にも
ギー」などといった産業ごとのニュースやレポート,
力を入れている。シンクタンク・調査機関の1つであ
関連する展示会や商談会の情報をまとめて見ること
るが,海外情報の収集の際には,必須の情報源なので,
ができるようになっている。
ジェトロビ海外ビジネス情報
別途紹介しておこう。
カンボジアの例
世界70か所のジェトロ拠点で行われた調査や,そ
このように,国内の業界調査の基本情報源である
「政府統計」
「業界団体情報」
「市場調査レポート」
「新
のネットワークを通じて入手した経済,産業,投資
聞・雑誌記事」+「シンクタンク・調査機関」を,
実務等に関する情報を,「海外ビジネス情報」という
国内情報を探すのと同じように見ていっても,ある
図1 ジェトロ海外ビジネス情報 カンボジアの例
750
インフォプロによるビジネス調査‐成功のカギと役立つコンテンツ
程度の海外情報が入手できる。もちろん,これだけ
を毎年発行しており,W e bサイトで統計表を参照す
で市場全体を網羅できるわけではないが,いきなり
ることができる注15)。また,国連食糧農業機関(FAO)
現地の情報を探そうとして四苦八苦するよりは,効
では農業生産などの統計がまとめられているし,国
率的に情報を得られることには間違いはない。
際労働機関(I L O)の統計を見れば各国の労働人口や
業界を理解して当たりをつけるためにプレ調査が
賃金水準などが得られる。国際電気通信連合(I T U)
有用であることは第5回「業界・市場調査(2)」で
の統計から各国のインターネット普及率のデータも
述べたとおりだが,海外情報の場合は国内情報源の
入手することも可能である。各機関に統計ページや
チェックがこのプレ調査にあたるといえよう。これ
統計ポータルサイトがあり,「国連データ・ポータル
だけでも相当の情報が集まる場合もあるし,それで
(UNdata)
」注16)ではこれらの国連関連機関の統計デー
第1次の調査として十分というケースも多いのではな
タを横断的に検索・ダウンロードすることもできる。
いだろうか。海外情報だからといってすぐに,海外
また,経済協力開発機構(O E C D)の統計も非常に
の現地の情報源,と考える必要はないのである。
3. 海外情報源
充実している。加盟国が欧米主要国中心であり,統計
の対象となるのも多くの場合は加盟国に限られると
いう事情はあるものの,GDPについては実績だけでは
なく将来にわたった予測や,エネルギー消費の動向/
国内情報源を当たったうえで,足りない情報に関
しては海外の情報源を当たっていくことになる。こ
見通し,各国の子供たちの学習到達度(PISA)につい
ての独自調査の結果などもまとめられている注17)。
の場合も,やみくもにインターネット検索をするの
ほかにも,国際通貨基金(IMF)のWorld Economic
ではなく,どんな情報源があるのか,という視点か
人口やGDP,
物価,
輸出入,
Outlook Database注18)では,
ら順を追って考えていく。
財政状況などのマクロ経済データについて,実績値
(1)政府統計
のみでなく今後5年程度の予測値まで得ることができ
・国際機関統計
るし,世界銀行の統計は,教育,環境,健康,社会イ
まず,統計情報の情報源としては国際機関である。
ンフラなど幅広いデータをカバーしている注19)。ヨー
特に,日本との比較や複数の国・地域の比較などを
ロッパ諸国のデータであれば,欧州連合(E U)の統
行う場合には,国ごとにデータを集めるのではなく,
計サイトEurostat注20)が,基本的な社会経済データは
国際機関でどのような統計が発表されているのかと
もちろん,農業や鉱工業生産などの統計もカバーして
いうことを当たるべきである。当然のことながら効
いる。
率的だし,国・地域ごとにデータを集めると統計手
これら国際機関の統計W e bサイトは,ほとんどの
法や定義に違いがあるため単純に比較できないケー
場合英語で提供されているのだが,誰もが使いやす
スも出てくるが,国際機関の統計であればそれらの
いように作られたW e bサイトなので,統計用語など
違いを織り込んで比較可能なものとしている場合が
の基本的知識があれば必要な情報にたどり着くこと
多いからである。
は可能であろう。先に紹介した総務省統計局の『世
社会・経済の基礎的指標を中心にさまざまな統計
界の統計』のQ & Aには,主な国際機関の主要なデー
が発表されているが,主なものを紹介しておこう。
タベースの使い方注21) も提示されているので,参考
国際連合では,各国の人口から労働力状況,経済活動,
になる。
鉱工業生産,教育など一通りの社会・経済統計デー
・各国政府統計
タをカバーした『統計年鑑(Statistical Yearbook)
』
国ごとの情報を探す場合には,言葉がわかる範囲
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に限定はされるが,各国政府の統計省など専門機関
W e bサイトで検索できるようにしている注25)。目的・
のW e bサイトや現地の業界団体のW e bサイトにもア
テーマに合うレポートがあれば購入も可能である。
クセスしてみるとよい。日本の総務省統計局と同様,
試しに,太陽光発電で検索してみると,米国,オース
各国に統計を専門に扱う省庁・部署はあり,その国
トラリア,インド,中国,トルコ,そして世界などの
で実施している統計データがまとまって掲載されて
市場についての425件のレポートが収録されている。
おり,英語で提供されている場合も多い。総務省統
ある国にどのような民間調査機関があるのかを把
計局のリンク集には「外国政府の統計機関」として
握することでさえ難しい中で,日本語で世界各国の
まとめられたものが掲載されている注22)。
調査レポートを横断的に検索することができるので,
(2)業界団体情報
業界団体は基本的には国内企業を対象とした組織
であるが,世界中の170社の製鉄会社が加盟する世界
鉄鋼協会(World Steel Association)注23),世界のバイ
オテクノロジー業界団体をまとめる連合組織として
非常に便利である。海外の調査レポートを考える際
には,まずアクセスしてみるべきであろう。
4. ジェトロの海外ビジネスサポートサー
ビス
今年発足したInternational Council of Biotechnology
Association注24)など,地域間や世界的な交流・協力
国内情報源,海外情報源と紹介してきたが,これ
を目的とした団体が作られている業界もある。この
らはジェトロ・ビジネスライブラリーでまとめて見る
ような団体では,独自統計をまとめ,グローバル市
ことができる。調査機関としてのジェトロについて
場の見通しに関するレポートやコメントが出されて
は前述したが,ジェトロ・ビジネスライブラリー注26)
いるケースもある。
では,ジェトロの独自調査資料はもちろん,国際機
日本の業界団体のWebサイトのリンクページには主
要国の業界団体や世界的組織へのリンクがはられてい
世界中の主要な新聞・雑誌まで,実に幅広い資料を
ることも多いので,参考にしてみるとよいだろう。
取りそろえている。個々にW e bサイトを検索するよ
(3)市場調査レポート
り,ジェトロ・ビジネスライブラリーでまとめて資料
日本と同様,世界各国にも専門の民間調査機関が
を閲覧した方が効率的な場合も多い。英文の資料な
あり,その国・地域の市場動向などの調査を行いレ
どにはじっくり見ないと内容が把握できないものも
ポートにまとめている。どのような分野に関し,ど
あり,資料を実際に手にして見ることができ,コピー
の調査会社から,どのようなレポートがいつ発行さ
サービスもある閲覧室は大変貴重な場所である。さ
れているか。国ごとに調査業界の事情も異なると思
らに,閲覧室では世界各国の貿易統計データベース
われる中で,役に立つレポートを探し出すというの
(Global Trade Atlas)
,世界66か国・地域の約460万社
は並大抵のことではない。有料のデータベースでこ
の企業情報データベース(KOMPASS Onlilne)
,世界
のような調査レポートを検索・提供しているものも
各国の消費者プロフィールや消費財の市場情報に関
あるが,ここでは,無料で世界中の調査レポートの
するデータベース(Euromonitor社Passport)などの
概要を日本語で検索することのできるW e bサイトを
データベースも利用することができる注27)。所蔵資料
紹介しておこう。
も各種サービスも充実しており,筆者が海外市場を
グローバルインフォメーション社では,世界の調
査会社300社以上と代理店契約を結び,幅広いカテ
ゴリーの調査レポートの概要と目次を日本語に訳し,
752
関や各国の統計書,会社・団体名鑑から調査レポート,
調べる際には,まずジェトロ・ビジネスライブラリー
に足を運ぶことが多い。
また,ジェトロ・ビジネスライブラリーのW e bサ
インフォプロによるビジネス調査‐成功のカギと役立つコンテンツ
イトに掲載されている「テーマ別調べ方ガイド」注28)
用を考えるとよい。
には,世界各国の企業の調べ方や,
「エネルギー」
「観
以上,海外情報収集に参考となる情報源を,日本
光・旅行業」「白物家電,AV機器」などの産業・市場
語および無料で入手できる情報を中心に紹介してき
ごとに,ジェトロ・ビジネスライブラリーで所蔵し
た。これらに加え,企業情報や各種のニュース,新聞・
ている資料や雑誌のリスト,各国の業界団体のリス
雑誌記事,市場調査レポートなどを提供している有
トなどがまとめられている。国内情報の調べ方に関
料の海外情報データベースサービスも数多くあり,
しては,国立国会図書館の「リサーチ・ナビ」が有
それらを利用すればさらに多くの有用な情報を得る
用であることは第8回「調査に役立つ情報源」で述べ
ことが可能である。しかし,
これらの手段がなくとも,
たが,その海外情報版という位置づけでもあり,「リ
コストや時間をかけずにさまざまな情報が手に入る
サーチナビ」の産業情報ガイドとは相互リンクとなっ
ということを理解していただければ幸いである。
ている(図2)
。
さて,本連載もいよいよ終盤にさしかかってきた。
さらにジェトロでは,貿易・投資に関する相談,
情報を集めたものの,それをどのようにまとめて報
展示会などへの出展支援,海外企業検索や統計情報
告するかによって,情報の価値は大きく変わってく
などのワンポイント情報収集(海外ミニ調査)など
る。次回は,ビジネス調査成功の最後のカギとなる
も行っている。本格的な海外調査を行う場合にも活
情報のまとめ方・使い方について述べていこう。
図2 ジェトロビジネスライブラリー テーマ別調べ方ガイド,エネルギーの例
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
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JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
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January
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本文の注
注1) 経済産業省「海外事業活動基本調査」2013年7月調査. http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kaigaizi/
result/result_43/pdf/h2c43-2.pdf
注2) http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/
注3) http://www.stat.go.jp/data/sekai/index.htm
注4) http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html
注5) http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/
注6) http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2014/2014honbun_p/index.html
注7) 総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会(第28回)配付資料5(2008年10月29日)
. http://www.
meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81029a06j.pdf
注8) 省エネルギー・新エネルギー分科会新エネルギー小委員会第2回 資料1(2014年8月8日)
. http://
www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shoene_shinene/shin_ene/pdf/002_01_00.pdf
注9) http://www.jema-net.or.jp/Japanese/info/news/pdf/140326.pdf
注10) http://www.jeita.or.jp/japanese/topics/2013/1224/REDBook2013.pdf
注11) https://www.fuji-keizai.co.jp/market/13072.html
注12) http://www.sangyo-times.jp/syuppan/dtl.aspx?ID=49
注13) http://www.yano.co.jp/press/press.php/001128
注14) http://www.jetro.go.jp/world/
注15) http://unstats.un.org/unsd/syb/
注16) http://data.un.org/Default.aspx
注17) http://www.oecd.org/tokyo/statistics/
注18) http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2014/02/weodata/index.aspx
注19) http://data.worldbank.org/
注20) http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home
注21) http://www.stat.go.jp/data/sekai/qa-1.htm#Q06
注22) http://www.stat.go.jp/info/link/5.htm
注23) http://www.worldsteel.org/
注24) http://www.bio.org/media/press-release/new-council-international-biotech-associations-formed
注25) http://www.gii.co.jp/
注26) http://www.jetro.go.jp/library/
注27) http://www.jetro.go.jp/library/list/database/
注28) http://www.jetro.go.jp/library/reference/
754
視点 ●グローバルランキングの罪
グローバ ル ランキングの 罪
国立遺伝学研究所 有 田 正 規
情報管理 57(10), 755-758, doi: 10.1241/johokanri.57.755 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.755)
これまで情報化社会,とりわけビッグデータの問
らが安易な科学主義を批判した。それにもかかわら
題点や留意点を論じてきた。とうとう今回で終わり
ず,教育や研究活動の数値化が21世紀に入って活発
になる。5月号では,情報過多時代において知的作業
化し,あたかも日本の学力・研究力の客観的評価の
の時間が減少する問題点を指摘した。9月号では,人
ように利用されている。ビッグデータによって世の
間の情報処理が視覚による絞り込みと思考の組み合
中の判断力が低下しているのだろうか。この状況を
わせである点を強調した。今回は締めくくりとして,
放っておいてよいのだろうか。
世の中を席巻する数値化という社会現象を取り上げ
数値化のメリットとデメリット
たい。
人間はもともとランキングやトップテンが大好き
数値化イコール科学という幻想
数値化・定量化できなければ科学にあらずという
だ。社会事象を数値化するメリットは大きい。数値
化とは空間への射影だから直感に訴えられる。距離
人がいる。
「自然という書物は数学という言語で書か
や相関が計算できるから比較も容易になる。一般に,
れている」と述べたガリレオをまねした科学主義で
1次元の数値化をランキング,2 ~ 3次元の数値化を
ある。たいていの場合,非科学的な言説や,生命科
マップと呼ぶようだ。学術界でも,雑誌のインパク
も
こ
学にありがちな曖昧模 糊とした研究を諭す目的で使
トファクターや研究者個人のHirschインデクスが研究
われる。しかし教養教育をおろそかにしてきた現代
活動のランキングに利用される。サイエンスマップ
では,何でも数値化すれば科学的に理解できるとい
は学問分野の位置関係や活動度合いとして研究評価
う過信に結びつきやすい。能力は遺伝子で決まると
に利用される注1)。数値化の最大のメリットは,大量
いう思想や,ビッグデータで人間行動がわかるとい
情報であろうと機械的に処理できることだろう。
う思想も,過信の延長線上にある。
ではわれわれは数値化でより合理的な判断を下せ
ガリレオ以来,この言葉は400年間も言われ続けて
るのかというと,そうでもない。前出のランキング
いる。しかしガリレオ自身は非科学的度合いの甚だ
やマップは学術界で終わりのない論争をひきおこし
しい当時の宗教思想へのアンチテーゼとして科学主
ている。とりわけ指標の定義が明らかな場合,数値
義を唱えたのである。今の時代に,その言葉だけを
の改善を目標化する動きも生じるから弊害が助長さ
繰り返すのは安直ではないか。前世紀だけでも,数
れる。この現象は一般社会の中にも見いだせる。た
学界ではヒルベルトの超数学からブルバキの数学原
とえば,G D P(国内総生産)と生活の質は相関しな
論,複雑系科学という進展があり,数理科学の適用
いにもかかわらず,どこまでもG D Pを上げるように
範囲が見えてきた。社会思想でもフッサールやポパー
政策は進む注2)。録画や携帯電話による視聴が普及し
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た現代ですら,テレビ局は視聴率を気にして番組を
プ100に10校以上」を掲げたからだ。これに文科省が
作る。これらの数値が指標にすぎないことは誰でも
応じて資金をまいている。しかし,残された大学に
理解できるはずなのに,なぜか,目的化してしまう。
おける教育・研究意欲の低下という見えないコスト
こうした事例から,もともとの背景や意義を無視し
は,採択された37大学が得るメリットよりもそれこ
て数字が一人歩きするデメリットがわかる。
そ桁違いに大きい。スーパーグローバル大学制度は,
弊害は,指標の定義を明らかにしない場合ですら
大学改革の第一歩として,まず格差から導入したの
生じうる。たとえば,G o o g l e検索のランキングは,
である(選択と集中)
。これは教養主義のみならず,
その導出アルゴリズムを公開していない。世界大学
質の高い教育を公平に提供するという,公教育の基
ランキングも,さまざまな要素に重みをつけて総合
本方針にも逆行する。
的に判断する。つまり,順位付けは再現不能だ。そ
れでもランキングがあるかぎり,手を尽くして順位
を上げたいと画策する人たちは後を絶たない。
地域社会と連携する仕組みが重要
もちろん,教育や研究活動には競いあう面も存在
する。しかしその状況は,野球やサッカーなどのプ
弊害としての選択と集中
数値化の弊害を強く感じさせるのが,今の学術界
続け(学会や論文発表に相当),しばしばトレードも
に押し寄せる「選択と集中」という改革である。も
行う(研究者の移籍)。試合の目的は相手を消し去る
ともとは米国流の企業改革として流行した発想で,
ことではない。共通のグラウンドで腕を磨きあうこ
教養主義とは相反する。しかし文部科学省は2014年
とで,プレーの水準を高め,優れた人材を育成・輩
9月,国内の13+24大学をスーパーグローバル大学と
出することにある。
して位置づけた注3)。トップ型に選ばれた13校は世界
実際,プロスポーツはプレーヤーの個性を尊重し
大学ランキングトップ100を目指す力のある大学と定
つつ,ファンサービスなど地元と密着して分野全体
義され,旧帝大と若干の私立大が含まれる。グロー
を振興する工夫がなされている。数字がすべてとい
けんいん
バル化牽 引型と名付けられた24校は,わが国社会の
われるスポーツの世界ですら,ファンクラブ,グッ
グローバル化を牽引する大学という位置づけで,有
ズ販売,イベントなどを通じてサポーターを増やし,
名地方大および私立大が含まれる。これらの大学は,
優秀な若手を呼びこむ仕組みを重要視する。学術会
平均して年間4.2億円(トップ型)または1.7億円(牽
も同じ努力をするべきだろう。
引型)ずつを10年間取得する代わり,抜本的な制度
たとえば,高校野球の甲子園全国大会において「こ
改革や運営の英語化を約束している。各大学が約束
れまで優勝経験がない県は今後2軍扱いにする」と主
した内容はインターネット上で閲覧できる注3)。
催者が言ったらどうなるだろうか。スーパーグロー
大学法人化により国から切り離された国公立大学
バル大学制度とはこれに近い施策である。
は,国からもらう運営費が毎年1%ずつ減らされてい
選択と集中という発想は今後,軌道修正できない
る。10年経つと収入が1割減る大学側からすれば,補
のだろうか。各校が提出する青写真だけからグロー
助金はどうしても欲しい。しかしそれを確保するに
バル校を指定するより,地元と連携しながら一定基
は身の丈を超えた約束が必要という制度は,いわゆ
準を満たせば「グローバル校」という肩書を与え,
まんじゅう
る毒饅頭である。
756
ロスポーツに近い。同じメンバーで繰り返し試合を
補助金を出すほうが公平だ。留学生の側からみても,
なぜこれが数値化の弊害なのか。それは安倍政権
大学事務の英語力より食事や住環境を重視するだろ
が成長戦略の一環として「世界大学ランキングトッ
う。国際化とは大学だけで行うものではない。地元
視点 ●グローバルランキングの罪
と連携してはじめて達成できる。そもそも中国・韓
とおり,自分の専門分野では本当に,まったく役に
国からの留学生が受け入れの主対象になる場合,英
立たない。しかしルネサンス画家や漱石にまつわる
語化は必須でないはずだ。日本にとっては,アジア
与太話のおかげでさまざまな本を読み,アルバイト
圏のハブとして機能する施策のほうが現実的である。
でためたお金でヨーロッパへ貧乏旅行もした。そう
いう無駄な経験をたくさん積んだおかげで大学教員
文化を担う拠点としての大学
として残り,こうしたコラムを書くようにもなった。
科学の水準はその国の文化成熟度を反映する。そ
学部生のころは英語を話せなかったが,今は米国と
して文化の水準を数値化するのは難しい。芸術やス
国際共同研究もできている。役に立たない経験も大
ポーツを点数や金額で評価できないように,教育や
事と思える身にとって,見せかけのグローバル化は
研究を機械的に数値化しても弊害が大きい。
何とも薄っぺらで味気ない。
とはいえ,少子化・国際化時代に重点支援する大
グローバル大学制度を中心に論じてきたが,今の
学を選ぶには,見せかけでも指標が必要なのだろう。
日本は数字に振り回され過ぎに思う。また科学や教
そのための数値化であり,全国模試の点数と同じだ
育を点数で評価し過ぎではないか。ビッグデータを
と言われればそうかもしれない。
駆使して教育方法をデザインする,研究力を強化す
しかし,そう開き直って考えられるのは,大学を
るなど,やりたい人はやればよい。しかし,教養と
とうの昔に卒業した世代である。年配の読者も大学
はそうした数値で表されない部分が多いという自信
受験のころを思い出すべきだ。スーパーグローバル
を若い人たちがもてるように育てるのが大学の役目
大学がない沖縄・四国・山陰地方に住む高校生も,
だろう。
地元の大学から世界を目指せるべきではないか。そ
れは必ずしも英語による授業や留学経験を意味しな
い。グローバル教育とはこれまで教養教育と呼ばれ
たものと大差ないはずだ。
筆者は学部生のころに比較文化論の平川祐弘氏(現
東大名誉教授)にイタリア語を習った。先生に「理
系でイタリア語は何に使えるのかねぇ」と言われた
執筆者略歴
有田正規(ありた まさのり)
1999年東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻博
士後期課程満期退学。同年博士(理学)。電子技術総合
研究所と生命情報科学研究センター(経済産業省)を経
て2003年より東京大学大学院新領域創成科学研究科情
報生命科学専攻(助教授)。その後同大学理学系研究科
生物化学専攻を経て2013年11月より現職(教授)。
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本文の注
注1) インパクトファクターやH i r s c hインデクスについてはウィキペディアを参照してもらいたい。サイエ
ンスマップとは,文部科学省の科学技術・学術政策研究所が隔年で発表する研究分野地図である。
http://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-indicators-and-scientometrics/sciencemap.
注2) GDPに代わる指標として,幸福度とよく一致する指標GPI(genuine progress indicator)が提案され
ている。G D P値が低いときはG P Iも一緒に上昇するが,G D P値が6,000ドルを超えるあたりからG P Iは
上昇を止める,つまり幸福度は上がらない。詳細はCostanza R et al. Comment : Time to leave GDP
behind. Macmillan Publisher, 2014, 505, p. 283-285, http://staging.community-wealth.org/sites/clone.
community-wealth.org/files/downloads/article-costanza.pdfを参照。
注3) 世界大学ランキングの種類や評価法はウィキペディアに詳しい。たいていはアンケートによる各国
研究者の大学評価を重視するが,筆者はこの統計を信用しない。なぜなら,筆者のように生涯のほ
とんどを国内で過ごし,比較する情報をもたない研究者にすらアンケートが送られてくるからだ。
そのため自分はアンケートに回答したことはない。またランキングには,大学を複数経験するはず
のない学生の評価も考慮される。読者の皆さんは,謝礼なしで日本の主要都市と自分の住む街の
正確な順位付けをするよう依頼される状況を想定してほしい。その程度のランキングにすぎない。
スーパーグローバル大学制度で各大学が約束した内容は以下で閲覧できる。
http://www.jsps.go.jp/j-sgu/kekka.html, (accessed 2014-11-06)
採択された大学の規模は全学生数が5万人超の早稲田大学から400人以下の国際大学まで幅広いが,な
ぜか補助金額は大差ないようだ。約束の内容も,全学生数における留学生比率25%,事務職員の25%
がT O E I C800点(いずれも東京大学)というものから,海外ボランティア年間150人,アフリカ諸国で
の留学年間50人(いずれも創価大学)までさまざまある。10年後に東大生の4分の1が留学生になるこ
とが望ましいのか,ボランティア活動をカリキュラム化することが望ましいのか。そしてそれがグロー
バル大学なのか,皆さんも考えてもらいたい。
758
リレーエッセー ●つながれインフォプロ
Building networks among info pros
̦̾̈́ͦͼϋέ΁ίυ
西 内 史 (鳥居薬品株式会社 メディカルコンプライアンス部)
第 16 回
情報管理 57(10), 759-761, doi: 10.1241/johokanri.57.759 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.759)
ライフサイエンス分科会とは
講演では,ベンダーの担当者の方に新製品やバー
商用オンラインデータベースの発展に伴い,サー
ジョンアップ情報を説明していただいたり,メンバー
チャー同士の相互研究のため1979年に日本オンライ
の関心が高いテーマ(たとえば,著作権など)につ
ン情報検索ユーザー会(Online User Group,以下,
いて講師を招いて講義していただいている。一般的
O U G)が発足した1),2)。O U Gはその後,(一社)情報
な説明会や講演では話されないサーチャー向けの専
科学技術協会へ吸収・再編を経て,現在は化学分科会,
門的な話を聞くことができ,かつ,直接質問できる
インターネット/ビジネス分科会,特許分科会,ラ
のがとてもよい点である(図1)。
イフサイエンス分科会の計4分科会が活動している。
見学会は,都内近郊の情報機関や専門図書館を訪
ライフサイエンス分科会(以下,本会)は,ライ
問し,館内の見学や,利用者向けサービス,利用可
フサイエンス系のデータベースを取り扱う情報検索
能データベースやシステムを紹介いただいたりして
けんさん
技術者(以下,サーチャー)の知識・技術の研 鑽を
いる。直接見たり,聞いたり,触れたりと刺激を受
主たる目的として活動する研究会である。参加者の
ける機会となっている。
所属は,専門図書館担当者,製薬企業の情報調査部
検索演習はメンバーが日々の業務で担当した難問
門やデータベース製作/提供会社,調査代行業者な
や検索技術者検定(旧情報検索能力試験)1級の問題
どさまざまである。
が事前に出題され,検索結果や解答を各自準備し,例
会(図2)で順番に発表するという,サーチャーの研
本会の方針
本会は,全員参加を方針としており,メンバー全
究会らしい内容である。準備は大変であるが,ベテラ
ン/初心者の区別がなく同じ問題に取り組むので,知
員が何らかの役割をもって参加している。主査,連
絡係,記録係が連絡や管理業務を行う。企画は,3グ
ループに分かれて参加者(メンバー)全員で企画係
を担当している。こうすることでテーマ選定もバラ
エティーに富んだものとなり,より活発な活動となっ
ている。
活動内容
本会は8月と繁忙期を除き,原則毎月第3木曜日の
14時から17時に開催している。活動内容を分類する
と講演,見学会,検索演習の大きく3つに分けられる。
図1 演者と会の皆さんと(2014年9月)
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情報管理
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January
表1 2013年4月以降の例会の開催内容一覧
会期
2013 年 4 月
2013 年 5 月
2013 年 6 月
2013 年 7 月
回数
311
312
313
314
2013 年 9 月
2013 年 10 月
315
316
2013 年 11 月
317
2013 年 12 月
318
などをメンバーに投げかけて意見を聞くこともでき,
2014 年 1 月
319
情報交換の場としても有益である。
2014 年 2 月
2014 年 3 月
320
321
図2 例会の風景(2014年10月)
らなかった知識やテクニックを学ぶことができたり,
新しい発想に気づかされたりと得るものも大きい。
このほかにも,日ごろの業務で疑問に感じたこと
表1は,2013年4月以降の例会の開催内容である。
各回の詳細や過去の内容は,W e bサイトに議事録が
掲載されているので,ぜひご覧いただきたい3)。
内容
印刷博物館見学
JDreamIII
STN ライフサイエンス系データベースの強化
NBDC のサービス紹介 (昨年度からの変更
点を中心に)
「ライフサイエンス新着論文レビュー」 「ライ
フサイエンス領域融合レビュー」 の紹介
「Allie」 「OReFiL」 「TogoDoc Suite」
「inMeXes」 の紹介
著作権について
SLA2013 トピックス
Web サイトのリンク集改修
剽窃 (盗用) の現状と問題解決 -Crossref
で 採 用 さ れ た Crosscheck を 中 心 と し た
iThenticate の紹介
リンク集の更新
検索演習/リンク集の見直し/情報交換
(PubMed, その他, ライフサイエンス関連
サイトのアップデート)
病名と対象疾患照合 DB,webAPI について,
JAPIC 図書館見学
Wikipedia について
ProQuest Dialog
安があった。
いざ参加してみると製薬会社のサーチャーやベン
ダーの方ばかりで,レベルの高さを感じた。最初は
参加のきっかけ
見当違いなことを言ってしまいそうでなかなか質問
私が本会に参加したきっかけは,上司に「勉強し
もできなかったが,だんだん雰囲気にも慣れ,打ち
てきなさい」と,背中を押してもらったことである。
解けるうちに質問や発言もできるようになった。そ
10年ほど前は,まだオンラインデータベースが主流
の後,2009年10月に主査になり,現在に至っている。
で,操作も独自の規則(コマンド)がありエンド・ユー
ザー向きではなかった。私は当時,情報検索の知識
760
活動から得たものとこれから
として情報検索技術者2級の資格はもっていたが,比
データベースが発達・普及し,通信はモデムから
較的簡単な検索ばかりで,調査というよりユーザー
インターネットへ,検索システムは,専用のアグリ
の代わりに検索しているようなことが多かった。依
ゲーターを使わなくてもできるようになった。検索
頼人からのヒアリングができない状況だったため,
業務は,サーチャーという専門家の手を頼らず,エ
細かい検索より大きな概念の検索をすることが多く,
ンド・ユーザー自身で行えるようになった。そうな
検索結果をそのまま提供し,文献の選択は依頼者に
れば,私たちの業務は今までのように “ただ検索する
任せていた。データベースの知識もベンダーが行う
だけ” では通用しない。調査結果を分析し,依頼者へ
セミナーなどで得ている程度で偏っていたのではな
報告やアドバイスをすることや,さまざまな形態の
いかと思う。また業務も情報検索が専門ではなく,
データベースから最適なものを選択するための知識
ほかの業務もあるため,片手間な感が拭えず,技術
も必要となる。そういうことが必要だと思うように
がまったく向上していなかった。そんな状況の私が,
なったのも,この会に参加したからだと思う。
専門的な検索を行っている人たちの勉強会に参加し
自分に足りないもの,必要なものがわかるように
ても「果たしてついていけるだろうか?」という不
なる,それだけでも進歩である。さらに素晴らしい
リレーエッセー ●つながれインフォプロ
スキルをもった仲間からアドバイスをもらったり,
事例を聞いたりすることは自身の業務に役立ち,ま
最後に本稿の執筆にあたって,ご協力いただいた
方々にこの場を借りて深く感謝する次第である。
た参考にもなる。本会への参加と業務の経験,その
積み重ねで私のスキルは多少なりとも向上したと
思っている。
また参加させてくれる所属組織の方々にも大変感
謝している。すぐに成果が出るものではないので,今
後も長い目でみて応援していただければ幸いである。
自分自身は,サーチャーとしては未熟で発展途上
であるが,よりよいサービスを提供できる優秀なサー
チャーを目指して,これからも本会の皆さんと研鑽
を積んでいきたい。
執筆者略歴
西内 史(にしうち ふみ)
日本薬学図書館協議会個人会
員,(一社)情報科学技術協会
OUGライフサイエンス分科会
主査。
鳥居薬品株式会社研究所入
社。 研 究 所 の 図 書 室 管 理 から
1999年 本 社 へ 異 動 し, 検 索 業
務や著作権処理業務などに携わ
るようになった。
参考文献
1) 情報科学技術協会. “協会のあゆみ”. 一般社団法人情報科学技術協会. http://www.infosta.or.jp/history/,
(accessed 2014-11-01).
2) 西内史, 藤島嘉幸, 塚本晶子, 戸上康弘. 日本オンライン情報検索ユーザー会(OUG)
:ライフサイエンス分
科会の活動(〈特集〉OUG/SIGの活動紹介)
. 情報の科学と技術. 2010, vol. 60, no. 5, p. 175-178.
3) O U Gライフサイエンス分科会. “今までの活動内容”. 一般社団法人O U Gライフサイエンス分科会. h t t p : / /
www.infosta.or.jp/ls/katudo_index.html, (accessed 2014-11-01).
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January
SeeingÊcurrentÊmediaÊretrospectively
過去
からの
知的財産権制度はなぜ必要か
メディア論
歴史と倫理からの考察
大 谷 卓 史( 吉 備 国 際 大 学 ア ニ メ ー シ ョ ン 文 化 学 部 )
情報管理 57(10), 762-764, doi: 10.1241/johokanri.57.762 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.762)
近代的な知的財産権制度が始まったのは,15世紀
のフィレンツェとされる注1)。
まず歴史的な観点から検討しよう。
現在はイタリアという1つの国であるが,当時はこ
中世ヨーロッパの経済活動や技術は,その土地土
の地域は多数の国家が乱立していた。惣領冬実のマ
地の同業者の組合(ギルド)が牛耳っていた。ある
ンガにもなった乱世の英雄チェーザレ・ボルジアが
土地で商人・職人として営業しようとした場合,そ
1)
生きた時代の直後のことだ 。この当時のフィレン
の土地のギルドに加盟しないとならない。ところが,
ツェは,名目上は町の有力者が共同で統治する共和
ギルド加盟にはいろいろな制約(その土地のギルド
国だった(実質的には,銀行家として成功したメディ
加盟の親方の下で規定の期間修業しないとならない
チ家が支配していた)。
など)があったうえ,伝統に逆らう新しい技術やビ
1421年,フィレンツェ共和国の建築家フィリッポ・
762
では,こうした知的財産権は,なぜ必要なのか。
ジネスを開始しようとすると,ギルドから妨害を受
ブルネレスキ(1377-1466)は,同共和国の政府から,
けた。革新的なアイデアをもったイノベーターは,
アルノ川をより安価にたくさんの荷物を積んで航行
活躍する余地がなかったのである2)。
できる船の発明について,一種の特許ともいえる特
た と え ば,18世 紀 の 話 で あ る し, い ま だ 革 新 的
権を与えられた。フィレンツェ共和国領内の川で航
なアイデアを蔵していたかは不明ではあるが,若き
行する場合,いかなるものであろうと新しい技術を
ジェームズ・ウォットは,修業地のロンドンでも生地
使うならば,3年間はブルネレスキの同意を得なくて
のグラスゴーでもギルドに加盟できなかった。その
はならないとされたのである2)。
ため,ギルドとは関係ない大学の数学機器修理人の
この特許以前も,王が独占的営業権を企業家に与
地位を得るまで,技術者として活躍できなかった7)。
える例はあったものの,新規技術について,限定さ
ところが,王にとっては,新しい技術やビジネス
れた土地で,限定された期間独占的実施権を与えた
が育って自分の国が栄えれば,税収入の拡大が見込
という点で,この特許は,近代的な知的財産権の始
める。だから,革新的なイノベーターの営業活動や
まりだとされる2)。
技術の実施をギルドから保護しようという動機が王
著作権は,活版印刷登場後,16世紀にヴェネチア
にはあった。特許制度は,その後イングランドで盛
共和国,イングランドやフランスなどで制度が生ま
んになるが,王は特許の見返りに上納金を求め,特
れ,発達した。イングランドでは出版・印刷業者の
許を乱発したことが問題になった2),8)。
権利と認識され,有体物の所有権と同様,永遠のも
前出のウォットは,もともと大学人と近い環境で
のと考えられるなど,現代の制度と違う点も多かっ
育ったとはいえ,ギルドの制約を離れてグラスゴー大
た。「永久コピーライト」論争などの法的論争を経て,
学の数学機器修理人になれたがゆえに,科学知と職
現在のような著作権制度が成立してきた3)~6)。
人の知恵を総合して,実用的な蒸気機関の開発に成
過去からのメディア論 ●知的財産権制度はなぜ必要か
功できたように思われる。これは,特許制度が対抗
人が技術者に設備や資金を提供して発明にいそしま
したギルドの限界を示すエピソードの1つであろう。
せることに社会的利益があるという観点から,使用
ただし,初期の特許には,明細書の記述方法の規
者や法人などが投資を回収できるようなメカニズム
定が不十分など,現在よりも特許紛争が起きやすい
を法律に入れるべきだという思想も正当化できる。
性質があり,ウォットもこれに悩まされた。イギリ
この点で,インセンティブ論と規則功利主義の立場
スの場合,使える特許制度が整備されるまでには,
は,大きく違うのである。
19世紀まで時間がかかっている
9)
。
ところで,発明者や著作者の動機付けはお金だけ
法理論的には,実施権の一定期間の独占を認める
だろうか。自分自身が発明者であると認められたい
ことで,発明者や著作者などに動機づけ(インセン
という名誉動機や,自分自身の才能や努力に対する
ティブ)を与えるのだと説明される。その一方で,
誇りと矜 持も技術者にはあるのではないか12)。つま
技術の公開を促したり,著作権の制限による公正利
り,特許をはじめとする知的財産は,自分の人格の
用を認めたり,限定的な保護期間を設けることで,
産物・人格の誇るべき一部として,技術者は考えて
技術や文化の発展を目指すのだと説明される。
いるかもしれない。これは,前回の連載で論じたと
倫理学的にいうと,これは「規則功利主義」と呼
きょうじ
おりである。
ばれる立場での知的財産権制度の説明に当たる10)。
知的財産が発明者・著作者の人格の延長であるか
つまり,総合的にみて,発明者に特許を与えて技術
ら保護すべきという思想は,倫理学においては,人
を公開させることが社会全体にとって利益があるか
格性基礎的正当化またはヘーゲル的正当化と呼ばれ
ら,この利益が出るように法律や規則を整備しよう
ることがある10),13)。
という考えである。
一見この立場は技術者にインセンティブを与え,
その対価として技術を公開させるという通常のイン
なお,知的財産権を正当化する根拠に関しては,
さらにロックの労働所有権に基づく議論も近年あら
ためて注目を浴びている10)。
しゅうれん
センティブ論のようにもみえる。ただし,インセン
知的財産権の正当化理論は,必ずしも1つに収斂し
ティブ論には,使用者や法人などが投資を回収でき
ないかもしれない。いずれにせよ,
世の中の豊かさと,
るようなメカニズムを法律に入れる特許法第35条の
科学者・技術者やクリエイターの才能と労力,経営
ような発想はなじまない11)。
者の冒険的大胆さと投資,その他すべての人々の貢
しかし,規則功利主義の立場ならば,使用者や法
献にうまく報いることができる制度であってほしい。
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本文の注
注1) すでに著作権の起源については,本連載でも何度か振り返ったとおりである14)~ 17)。
参考文献
1) 惣領冬実. 原基晶監修. チェーザレ: 破壊の創造者. 講談社, 2006-2013, 10巻.
2) May, Christopher. Antecedents to intellectual property: the European pre-history of the ownership of
knowledge. History of Technology, 2002, vol. 24. p. 1-20.
3) B u r k e , P e t e r . 知識の社会史. 井山弘幸, 城戸淳訳. 新曜社, 2004, p . 224-253.(原著 A S o c i a l H i s t o r y o f
Knowledge: From Gutenberg to Diderot. PolityPress, 2000)
.
4) 白田秀彰. コピーライトの史的展開. 信山社出版, 1998.
5) Feather, John. イギリス出版史. 箕輪成男訳. 玉川大学出版部, 1991.(原著 A History of British Publishing.
Routledge, 1988).
6) 山田奨治. <海賊版>の思想:18世紀英国の永久コピーライト闘争. みすず書房, 2007.
7) 角山栄. 産業革命の群像. 清水書院, 1974, p. 75-95.
8) 大河内暁男. 発明行為と技術構想:技術と特許の経営史的位相. 東京大学出版会, 1992, p. 134-138.
9) 大河内暁男. 発明行為と技術構想:技術と特許の経営史的位相. 東京大学出版会, 1992, p. 139-163.
10) Moore, Adam D. Personality-Based, Rule-Utilitarian, and Lockean Justifications of Intellectual Property.
Wiley, 2008, p. 105-130. (Kenneth Einar Himma and Herman T. Tavani eds. The Handbook of Information
and Computer Ethics).
11) 永野周志. 特許権制度の存在理由と職務発明制度:特許法35条批判(3).パテント. 2004, vol. 57, no. 6, p.
65-75.
12) 大谷卓史. “4章 技術者と倫理”. 知識ベース知識の森. 電子情報通信学会, 2012. http://www.ieice-hbkb.
org/files/S1/S1gun_07hen_04.pdf, (accessed 2014-09-13).
13) Hughes, Justin. The Philosophy of Intellectual Property. Georgetown Law Journal, vol. 77, 1988, p. 287366.
14) 大谷卓史. 過去からのメディア論 メディアとコンテンツの「財産権」.情報管理. 2012, v o l . 55, n o . 1, p .
66-69.
15) 大谷卓史. 過去からのメディア論 知識「所有」の諸形態. 情報管理. 2012, vol. 55, no. 3, p. 210-213.
16) 大谷卓史. 過去からのメディア論 職業作家の成立と著作権制度. 情報管理. 2012, v o l . 55, n o . 5, p . 370373.
17) 大谷卓史. 過去からのメディア論 何が複製を許諾する権利の対象か?:中世から近代にかけての著作物
概念の変遷. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 2, p. 132-135.
764
集会報告 ●Meeting
ORCID アウトリーチ・ミーティング in 東京
日 程
2014 年 11月4日( 火 )
場 所
国 立 情 報 学 研 究 所( 東 京 )
主 催
O R CID , Inc
情報管理 57(10), 765-768, doi: 10.1241/johokanri.57.765 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.765)
1. はじめに
3. アジア初のORCID国際会議
世界中の研究者に一意の識別子を付与することで
技術的報告やメンバーシップの拡大を目的とする
その学術的貢献を明確にしようとする国際的非営利
毎年2回のORCIDアウトリーチ・ミーティングはこれ
組織ORCID(http://orcid.org/)が2014年11月4日,
まで,米国,あるいはヨーロッパ諸国での開催が通
アジアで初となるアウトリーチ・ミーティングを東
例だったが,初めてのアジアでの開催となった今回
京で開催した。O R C I Dとは何か,またこれまでの活
のミーティングでは,日本をはじめアジア各地から
動の詳細については,『情報管理』に掲載された前回
研究助成機関,学術出版社や図書館員,研究者など
のシカゴでの集会報告1) をはじめ,すでにいくつか
約100名が参加し,東京・一ツ橋の国立情報学研究所
の文献2),3)にまとめられているのでここでは割愛す
(以下,NII)で開催された(図1)。
る。本稿では,今回のミーティングで報告されたア
開会の辞とともにN I I副所長である安達淳氏が,目
ジア各地でのO R C I D導入への取り組みを中心にまと
録所在情報サービス(NACSIS-CAT/ILL)
,学術機関リ
めた。
ポジトリポータル(JAIRO)や科学研究費助成事業デー
タベース(K A K E N)などN I Iが提供する各サービスを
2. 現地プログラム委員会の発足
今回の会合は,O R C I D主催の国際会議としては通
算13回目,アウトリーチ・ミーティングとしては8
紹介した。N I Iが学術総合センター当時より果たして
きた日本の学術コミュニティーへの情報基盤提供と
密接に関連するORCIDの意義が確認された。
回目となる。会合に向けて,約半年前から現地プロ
グラム委員会が発足し,筆者もその1人として参画し
4. ORCIDアップデート
た。まずは委員会よりミーティングで取り上げるべ
引き続いて,ORCID事務局長であるLaurel Haak氏
きトピックが主催者であるORCIDに打診され,話し合
よりORCIDの活動状況が報告された。開催時点で160
いを重ねていった。国際会議であることを意識して,
O R C I Dメンバー機関を中心にアジア各地から発表者
の候補を募り,プログラムが完成したのは9月初旬で
あった。日本,香港,韓国,台湾などからのスピーカー
に加えて,各セッションのモデレーターはO R C I D理
事が中心となった当日のプログラムについてはイベ
ントページ(http://orcid.org/content/tokyo2014)を
参照されたい。
図1 ORCIDアウトリーチ・ミーティング in Tokyo 会場の様子
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を超えるメンバー加入機関のうち,アジアが占める
という著者名表記はK o r e a M e d内に1万回以上出現す
割合は15%であり,中国語,韓国語に加えて日本語
るという。2014年9月よりO R C I Dとの連携を開始し
の翻訳サイトも稼働して今後ますますアジアへのア
たSynapseは,ORCID iDを検索キーとして加えると
ウトリーチが盛んになるという展望が示された。加
ともに,過去レコードへのO R C I D i Dの遡 及入力や,
入メンバーである出版社や学会,情報システムサー
Synapseがホストする145の学会誌のエディターを対
ビスなどに対してサービスを提供するO R C I Dの役割
象とするセミナーを開催するなど,国内的な課題の
をplumber(配管工)にたとえて,数ある研究者プロ
解消のみならず,韓国からの国際研究発信を視野に
ファイルシステムとは異なる,国際的な非営利機関
入れてORCIDの活用に取り組んでいる。
そきゅう
が運用するORCIDの中立性が強調された。ORCID iD
モデレーターを務めたCrossRef事務局長のEd Pentz
は個人による登録よりも,O R C I Dメンバー加入機関
氏は,DOI(Digital Object Identifer)がそうであった
を介した登録数が伸びており,これに応えるように,
ように,O R C I Dが真に有用となるためには出版社や
2015年リリースの新機能の中には,さらなるユーザ
助成機関,各大学が積極的にO R C I Dを導入してネッ
ビリティーの向上やA P Iの充実とともに,加入機関向
トワーク効果を高める必要があると示唆した。出版
けのレポート出力などが予定されている。
社によるORCID導入によって,出版時にORCID iDが
著者名に付与された論文レコードはすでに13万を超
5. なぜORCIDが必要か?
えており,CrossRefによりこうした出版情報をORCID
最初のパネルセッションでは,日本と韓国からの
レジストリ内の各研究者レコードにフィードバック
事例をもとに,ORCIDの必要性についての報告があっ
する新たなワークフローが年内には実施される。こ
た。まずN I I教授,ジャパンリンクセンター(J a L C)
れにより,研究者が新たな論文レコードを追加する
運営委員会委員長,O R C I D理事など数々の要職を務
手間が大幅に軽減されることが期待できる。
める武田英明氏より日本の事例が報告された。N I Iが
提供する各サービスや各大学のリポジトリ,G o o g l e
ひも
など外部サービスに散在する研究者情報を紐 付ける
昼食を挟んで午後のセッションでは,機関レベル,
ツールとして,科研費研究者番号を基礎とする研究
あるいは国レベルでのO R C I Dの導入について,具体
者リゾルバ―(http://rns.nii.ac.jp/)が紹介された。
的な事例とともにディスカッションが進んだ。物質・
O R C I Dとの連携インターフェースをすでに実装した
材料研究機構(NIMS)の谷藤幹子氏はORCIDの試験
研究者リゾルバ―により,研究者情報とそれに付随
的導入事例として,個人プロファイリングシステム
する研究成果情報がリンクされ,さまざまなデータ
ORCID de Ninja Project(https://ninja.nims.go.jp/)を
ベースが相互にI Dを介してつながっていく将来像が
紹介した。すでに稼働している同機構の研究者デー
提示された。
タベースSAMURAI(http://samurai.nims.go.jp/)と連
淑明女子大学校のChoon Shil Lee氏からは,Kim,
766
6. 既存の情報基盤へのORCID導入
動しつつ,特に若手研究者の流動性を念頭に置いて,
L e e,P a r kの3つの姓だけで人口の45%を占めると
生涯を通じて利用できる個人識別子としてのO R C I D
い う 韓 国 に お け る 著 者 名 を め ぐ る 深 刻 な 課 題 が,
をキーとして他のプロファイルシステムや文献管理
KoreaMed(http://www.koreamed.org/)やSynapse
サービス,アカデミックSNSとのシームレスな連携を
(http://synapse.koreamed.org/)における事例をもと
目指した。無料で利用できるWeb APIによる運用がど
に紹介された。韓国人の著者名は,アルファベット
こまで可能かという谷藤氏の報告は,今後同様の運
表記によりあいまいさが増幅され,たとえばK i m J H
用を目指す機関への示唆に富んでいる。
集会報告 ●Meeting
つづいて,科学技術振興機構(J S T)の水野充氏
7. 大学,学会におけるORCID導入
が,助成金情報,論文書誌情報やフルテキスト,そ
最後のパネルセッションでは,2つの大学と学会
して研究者情報を核とするJ S Tの知識基盤について
連合組織におけるO R C I D新規導入の体験が紹介され
紹介した。約24万人の研究者情報が登録されている
た。香港浸会大学のChris Chan氏は,比較的小規模で
researchmap(http://researchmap.jp/)は,190機関
ある同大学(教員約800名)において図書館が中心と
がデータ交換に応じている(いずれも2014年10月現
なって進めたORCID導入について報告した。当初,図
在)。すでにORCIDからresearchmapへのインポート
書館側の体制が整う以前に,研究者全員にO R C I D i D
は実装済みで,今後もその他の情報源への拡大を予
を取得させるという方針がアナウンスされてしまっ
定している。2015年度に公開予定の助成金情報デー
たため,その対応に追われるというスタートであっ
タベースやJ a L Cとの連携,2017年府省共通研究開発
たが,試行錯誤を重ねて2015年2月の本格導入に向け
管理システムe-Rad(https://www.e-rad.go.jp/)や
て準備を進めているという。今後導入を目指す機関
FundRef(http://www.crossref.org/fundref/)など内
へのアドバイスとして,(1)上層部の支持や各学部の
外の助成金情報との連動など,将来への展望が述べ
協力など,組織としてのサポートを得る,(2)A P Iの
られた。
実装に必要な技術スタッフを確保する,(3)教授会に
韓国科学技術情報研究院(KISTI)のChoi Seon Heui
出向いての説明や,O R C I Dの意義について研究者の
氏は,国家科学技術知識情報サービス(http://www.
視点に立った説明をする,といった点があげられた。
ntis.go.kr/)においてすでに研究者に付与されている
つづいて,国立台湾師範大学のHao-Ren Ke氏から
I Dや,各大学が運用する研究マネジメントシステム
も,学内のフルタイム教員を対象として学内で運用
とのORCID連携について紹介した。韓国科学技術団体
しているシステム上にO R C I Dを導入した経験が報告
総連合会(KOFST)が運用する学術ジャーナル基準に
された。2014年1月にORCIDメンバー加入機関となり,
すでにO R C I D準拠が条件として加えられたこともあ
図書館員を対象としたトレーニングを実施するとと
り,国内学会が発行するジャーナルが続々とO R C I D
もにORCIDのテスト環境を利用して試行を続けた。5
を論文投稿システムに導入している。先のL e e氏の報
月に学長名でのアナウンスがあり,7月にはORCID iD
告にもあったように,研究者情報の整備は韓国にとっ
の一括登録が行われた。すでにO R C I D i Dを取得済み
て重大な課題であり,先行する国内システムとの親
の研究者についてはO A u t h経由でそれを図書館側の
和性が,韓国におけるO R C I D普及に向けたもっとも
システムに登録してもらうなど,図書館から研究者
重要な点であるとChoi氏は述べた。
への細やかなサポートが提供された。一括登録され
チャルマース工科大学のJonas Gilbert氏のモデレー
たO R C I D i Dについては各研究者による認証が必要だ
ションによる質疑応答では,情報源としてのO R C I D
が,11月時点で約半数がこれを済ませているという。
と,それを活用する各システムの役割分担について
O R C I D i Dの取得に難色を示す教員の説得や,科技
のディスカッションが目立った。O R C I Dレジストリ
部(日本の文部科学省に相当)への業績報告に利用
内では各個人がどこまで情報を公開するかを細かく
されている学内システムならびにVIVO(http://vivo.
選択することが可能であり,O R C I Dは公開可能な情
cornell.edu/)とのORCIDを介した連携などを今後検
報についてクリエイティブ・コモンズのライセンス
討している。
“CC0” のもとに提供する。それを利用する機関がデー
次に,日本地球惑星科学連合のM y J p G U(h t t p : / /
タの運用について責任を負う必要があることが確認
mypage.jpgu.org/)というアカデミックSNSについて,
された。
情報システム委員会副委員長を務める近藤康久氏よ
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り報告があった。同連合は50の関連学会からなり,
8. おわりに
約8,700名の所属会員がいる。毎年の年会では,すで
2012年10月に正式稼働して2年余りが過ぎ,当時よ
にF a c e b o o kやTw i t t e rを使ってのコミュニケーショ
りORCIDアウトリーチ運営委員会に参加している筆者
ンが行われていた。また,新しいジャーナルを2013
としては,初のアジアでのミーティングが成 功裡 に
年に創刊したこともあり,そのプロモーションにつ
終わり感無量である。11月17日には,ついにO R C I D
いてもS N Sの活用が検討されていた。M y J p G Uには
iD登録数が100万人を超えたことが報じられた。
せいこう り
Facebook,Twitter以外にもLinkedInやresearchmap
ミーティング全体を通じて感じられたのは,ORCID
にリンクするアイコンが,O R C I Dレコードへのリン
の普及には技術的な困難よりも,国や組織としての
クとともに表示されている。2014年3月に稼働した
運用方針やサポート体制の確立,また何よりも研究
MyJpGUは,5月の年会前後には利用が進んだものの,
者の視点に立ったガイダンスが不可欠であるという
それ以降は徐々に減っていった。9月発行のニュース
ことだ。これは,Haak氏の “Technical part is easy,
レターで告知を行ったところ,8,000ページビューを
social part is tough” という言葉に象徴されている。
超える反響を得たが,実際にプロフィールの登録を
非営利組織として限られた人員で事務局を運営す
済ませた会員は50名余りにすぎない。これを受けて,
るORCIDは,メンバー機関の協力と理解,ボランティ
年会でのO R C I Dチュートリアルの実施など,さらに
アとして活動するアンバサダーによる啓 蒙によると
利用を促すための活動が計画されている。国際的な
ころが非常に大きい(図2)
。今回の東京でのミーティ
連携と,異なるシステムとの互換性を基本コンセプ
ングを契機に,より多くのO R C I Dメンバーやアンバ
トとしたMyJpGUは日本の学会組織が初めてORCIDを
サダーがアジアから出ることを願う。次回のO R C I D
本格的に導入した好例である。
アウトリーチ・ミーティングは,2015年5月18日から
コーネル大学図書館のSimeon Warner氏の進行によ
るディスカッションでは,科学技術・学術政策研究所
けいもう
20日にかけて,スペインのバルセロナで開催される。
(ネイチャー・パブリッシング・グループ 宮入暢子)
(NISTEP)の林和弘氏より,研究者は通常,所属組織
を異動したとしても長く同一学会にとどまる傾向が
あることから,プロファイルのホスト機関として適
切であるとの指摘があった。これに対してH a a k氏よ
り,すでにアメリカ地球物理学連合(http://sites.agu.
org/)や北米神経科学学会(http://www.sfn.org/)
,
IEEE(https://www.ieee.org/)ではORCIDを会員プロ
ファイルに導入しているとの紹介があった。
図2 会議終了後,パネリスト,モデレーター,アンバサダー,
現地プログラム委員会のメンバーとともに
参考文献
1) 坂東慶太. ORCIDアウトリーチ・ミーティングinシカゴ. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 6, p. 423-428.
2) 時実象一. 研究者登録システムORCID. 薬学図書館. 2014, vol. 59, no. 2, p. 120-125.
3) 蔵川圭, 武田英明. 研究者識別子ORCIDの取り組み. 情報管理. 2012, vol. 54, no. 10, p. 622-631.
768
集会報告 ●Meeting
ICSTI 2014 in Tokyo 年次会合 & シンポジウム
日 程
2014 年 10月1 8日( 土 )∼ 21日( 火 )
場 所
日本 科 学 未 来 館 みらいCA Nホール 他
主 催
科学技術振興機構/国際科学技術情報評議会
情報管理 57(10), 769-775, doi: 10.1241/johokanri.57.769 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.769)
1. ICSTIについて
ICSTI(International Council for Scientific and
Te c h n i c a l I n f o r m a t i o n,国際科学技術情報評議
ウム」は,これらの活動の1つの節目として,J S Tが
アレンジし,運営,開催することになったものであ
る(図1)。
会)は科学技術情報流通を目指している国際的な
評 議 会 で あ る。2014年11月 現 在 で 米 国 議 会 図 書
2. 年次会合
館,NRC(National Research Council Canada)傘
10月18( 土 ),19日( 日 )の2日 間 に わ た り 日 本 科
下のC I S T I(C a n a d a I n s t i t u t e f o r S c i e n t i f i c a n d
学未来館においてI C S T Iの年次会合を開催した。年
Technical Information),CODATA(Committee on
次会合は,
(1)会の運営面を討議する総会(G e n e r a l
Data for Science and Technology),NIH(National
Assembly)
,
(2)科学技術情報を流通させるための技
Institutes of Health)傘下のNLM(National Library of
術的課題を意見交換し,プロジェクトを構築・運営
Medicine),またアジアからは日本のJST(科学技術
するためのTACC(Technical Activities Coordinating
振興機構)のほか,韓国のK I S T I(韓国科学技術情報
C o m m i t t e e)会議,
(3)科学技術情報に係わる最新
研究院),中国のI S T I C(中国科学技術信息研究所),
動向を意見交換するITOC(Information Trends and
さらには民間企業であるマイクロソフトリサーチ等,
Opportunities Committee)会議から構成されており,
世界で42の科学技術情報機関が参加している。
主にICSTIのメンバーを中心としたものである。
ICSTIの前身である国際科学会議抄録機関会議(ICSU
T A C C会議,およびI T O C会議では,計7名の内外有
A B)は,国際科学会議(I C S U)傘下の1機関として,
1953年にベルギーで設立されたが,その基本目的は
研究者・技術者間の科学技術情報の提供と流通を改
善することにあった。その後,民間情報提供機関等
の参加も契機となり,1984年にICSU ABは,ICSUから
独立したI C S T Iとして衣替えし,これまでの検討事項
に加えて,イノベーションの創造に貢献する科学技
術情報のあり方を検討するとともに,研究データの
流通に関する諸問題にスポットを当てるようになっ
てきている。JSTは前身であるJICSTが1973年にICSU
A Bの正式メンバーとなって以来,I C S U A B,および
ICSTIの活動にかかわってきた。
今回の「ICSTI 2014 in Tokyo 年次会合 & シンポジ
図1 集会の様子
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
769
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
January
図
図1
1 集会の様子
集会の様子
識者を招き,各会議の設定趣旨に沿って発表してい
ただいた。
両会議における発表を通して,政策提言に資する
情報の収集,研究データの流通・活用に関する活動,
研究開発の評価に利用できる新たな識別子の提案な
ど,科学技術情報にかかわる機関にとって興味深い
話題を検討し,討議することができた。また,多く
の発表者がアジア地域だったため,その方々とI C S T I
の会員機関とのパイプを構築することができた。
次章では,TACC会議,ITOC会議で特に注目した発
表について報告する。
3. TACC,ITOC会議に関するトピック
当会議では,中国科学アカデミー国家科学図書館
のDr. Zhixiong Zhangから興味深い発表をいただい
た。同図書館では,米国,欧州等主要国が発行する
報告書,戦略書,科学技術指標等の情報を,インター
図 2 図2 CASが収集した情報のテキストマイニング
CAS が収集した情報のテキストマイニング
図 2 CAS が収集した情報のテキストマイニング
2. The System
2. The System
monitoring all the
targeted
institutes
monitoring
all the timely
targetedtrace
institutes
timely
keeping
of recent
development
keeping traceofoftargeted
recent
research
activities
development
of targeted
research activities
identifying
intelligence
value
automatically
identifying
intelligence
value automatically
ネットで体系的に収集し,それを機械的に整理し,
可視化することで,中国科学アカデミーおよび中国
の政府機関での科学技術戦略の策定に活用している。
調査対象としているのは,米国OSTP,英国RCUK,
米国DOE,米国NSF,米国NASA,米国NIH等であり,
図 3 収集した情報の公開
図3 収集した情報の公開
図 3 収集した情報の公開
それらの機関がインターネットを通じて発行してい
る資料をクローリングして収集している。収集した
20日(月)
,21日(火)の2日間にわたり,日本科学未
資料は,テキストマイニング技術(図2)を使って,
来館にて開催した。
その文書がもつ主題を機械的に抽出し,それをもと
各セッションの内容は,セッション1:データ共有
にして収集した資料の整理・体系化を行う。それら
のためのオープンプラットフォーム,セッション2:
の情報を中国語に機械翻訳するとともに,その情報
科学技術情報に関わる新技術と新サービス,セッショ
に有益性の評価を加え,Webで公開している(図3)。
ン3:科学技術情報に基づく分析と評価とし,発表者
また,それらの情報を可視化して表示する機能も有
として合計14名の内外有識者を招聘した。
している。
しょうへい
J S Tは,このシンポジウムを運営・開催するにあた
り,国内の科学技術情報に関心をもつ機関,研究者,
4. シンポジウム
シンポジウムは,メインテーマを「I n f o r m a t i o n
770
企業の方々に対し,各セッションの国内外の最新情
報を発信するとともに討議を行う機会を提供するこ
and Infrastructure for Innovation(3i)」~ New
とを考えた。また,議論を有益なものとするため,
Approaches for Knowledge Platforms ~として,
国内の有識者にも参加いただいた。今回は,2日間で
I C S T I会員以外の一般の方々にも参加いただき,10月
延べ約300名が出席され,有益な意見交換ができたと
集会報告 ●Meeting
考えている。14名の有識者による発表は,科学技術
情報に関係した最新の動向を伝えるものであった。
次項からその内容を紹介する。
できた。次に発表のうちのいくつかを紹介する。
(2)Dr. Chris Greerの発表
D r . G r e e rは,ビッグデータにより,今まで考えて
いなかったことを知りうる時代がきており,科学技
4.1 セッション1に関するトピック
セッションテーマ:データ共有のためのオープン
プラットフォーム
座長:恒松直幸 JST上席主任調査員
(1)概要
術研究がデータ駆動型に変わると言われていること
を紹介した(図4)
。その一方で,管理すべきデータ
が膨大になっており,その量が世界で用意できる記
憶装置の容量を超える可能性があることから(図5)
,
データをキュレートすることが重要になっている。
(i)D r . J e f f r e y S a l m o n(米国エネルギー省科学
そのため,科学的な研究を進める側では,今が研究
局):Open Platform for Public Access Policy and Data
データの共有を進めるときであり,世界のインフラ
Sharing: The Experience of the Department of Energy
の構築を自発的かつ連携して進めるべきであると述
(ii)Dr. Chris Greer(米国国立標準技術研究所)
:
べた。
International cooperation and coordination for an
interoperable, global research data infrastructure
(iii)Dr. Wolfram Horstmann(独ゲッティンゲン大
学):Data Libraries
Qualitative
Big Data - Qualitative
(iv)Dr. Mustapha Mokrane(国際科学会議世界
Things You
You Don’t
Don’tKnow
Know
Things
科学データシステム):I C S U W o r l d D a t a S y s t e m :
Trusted Data Services for Global Science
(v)村山泰啓 博士(情報通信研究機構):Research
Questions
You’re
Asking
data sharing and frameworks
Data
Data
Acquisition
Acquisition
BIG
BIG
DATA
DATA
Conventional
Conventional
Data Analytics
Analytics
Data
Data-enabled
Data-enabled
Exploration
Exploration
このセッションでは,研究データの共有にかかわ
る現在の状況,および,それにかかわる諸問題を討
議した。2013年のG8科学大臣およびアカデミー会長
会合で,研究データのオープン化が提唱されて以降,
Questions
Questions
You
You
Haven’t
Haven’t
ThoughtOf
Of
Thought
Things
Things You
You Know
Know
Credit: Jason Kolb,
Kolb, Applied
Applied Data
Data Labs;
Labs; Modified
Modifiedfrom
fromthe
theoriginal
originalat:
at:
www.applieddatalabs.com/content/new-reality-business-intelligence-and-big-data
www.applieddatalabs.com/content/new-reality-business-intelligence-and-big-data
1212
図4 ビッグデータでわかること
図 4 ビッグデータでわかること
ビッグデータでわかること
その議論が活発化している。各発表では,そのよう
な状況を背景として,所属する機関でのオープン化
Big Data - Volume
1,000,000
1,000,000
に関する状況,オープン化のためのプラットフォー
このセッションの結果,科学技術研究の世界でも,
ビッグデータの波が到来しており,科学技術研究の
形態がデータ駆動型に変わる可能性があること,欧
米のファンディング機関は,研究データを含む研究
成果の共有ポリシーを制定しており,それを実現す
る共有プラットフォームを,ファンディング機関や
研究機関,大学図書館等が構築していることが確認
800,000
800,000
Petabytes Worldwide
ムや,流通のルール化などについて発表があった。
900,000
900,000
700,000
700,000
Information
Information
600,000
600,000
500,000
500,000
400,000
400,000
300,000
300,000
200,000
200,000
Available
AvailableStorage
Storage
100,000
100,000
0
0
2005
2005
2006
2006
2007
2007
2008
2008
2009
2009
2010
2010
Source: John Gantz, IDC Corporation, The Expanding Digital Universe
Source: John Gantz, IDC Corporation, The Expanding Digital Universe
図5 ビッグデータの量が世界の記憶装置の容量を超える可能性
図 5 ビッグデータの量が世界の記憶装置の容量を超える可能性
図 5 ビッグデータの量が世界の記憶装置の容量を超える可能性
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
771
Questions
You’re
Asking
BIG
DATA
JOHO KANRI
2015Data-enabled
Conventional
Data Analytics
vol.57Exploration
no.10
Data
Acquisition
Questions
You
Haven’t
Thought Of
情報管理
http://johokanri.jp/
January
Journal of Information Processing and Management
Things You Know
Credit: Jason Kolb, Applied Data Labs; Modified from the original at:
www.applieddatalabs.com/content/new-reality-business-intelligence-and-big-data
12
(3)Dr. Wolfram Horstmannの発表
(4)Dr. Mustapha Mokraneの発表
図Dr.
4 Horstmannは,所属する大学における研究デー
ビッグデータでわかること
Dr. Mokraneは,同氏が事務局長を務める国際科学
タを管理するプラットフォームの構築について紹介
会議世界科学データシステムから見た研究データの
した。
共有にかかわる現況を発表した。
1,000,000
欧米各国では,研究データの共有に関するポリシー
900,000
800,000
が確立されつつあり,英国のDCC(Digital
Curation
700,000
まず研究データは,大規模実験設備から産出され,
管理されe-infrastructureで公開されるようなビッグ
Centre)の調査を例として,各ファンディング機関の
600,000
データと,個々の研究者が産出し公開されない研究
500,000
研究データ,論文の共有ポリシーを紹介した(図6)
。
データとで,ロングテールを構成する(図8)。
Information
400,000
そうした状況を受けて,独ゲッティンゲン大学では,
300,000
200,000
研究データの共有を促進するため,各分野の代表に
Available Storage
100,000
よりeResearchアライアンスを構成し,共通の課題を
0
2005
2006
2007
2008
2009
2010
今後の科学研究においては,それらのデータを組
み合わせて研究を進めることが理想であり,データ
の公開フロー等の整備が期待されている(図9)
。
検討しており,その結果をI
Tサービスに落とし込み,
Source: John Gantz, IDC Corporation, The Expanding Digital Universe
図書館に共通的なインフラを構築している(図7)
。
図 7 研究データの共有を進めるスキーム
図 7 研究データの共有を進めるスキーム
図 5 ビッグデータの量が世界の記憶装置の容量を超える可能性
図 8 研究データの構成
図6 各国の研究データ共有ポリシー
図 6 各国の研究データ共有ポリシー
図8 研究データの構成
図 8 研究データの構成
図7 研究データの共有を進めるスキーム
図 7 研究データの共有を進めるスキーム
図9 データを使った研究のあり方
図 9 データを使った研究のあり方
図 9 データを使った研究のあり方
772
集会報告 ●Meeting
4.2 セッション2に関するトピック
セッションテーマ:科学技術情報に関わる新技術
と新サービス
座長:林和弘 氏 科学技術・学術政策研究所 上
席研究官
(1)概要
こうした研究を進める場合,作成するメタデータ
を交換し,機械判読が可能な形で効率的に利用する
ため,RDFのような標準的なフォーマットでメタデー
タを作成することと,そこで利用する語句のオント
ロジーを作成して,言葉の定義を明確化することが
必要であるとした(図10,11)。
(i)Mr.Alex D Wade(マイクロソフトリサーチ)
:
ただしオントロジーは,目的とする研究により異
From Data to Decisions: New opportunities for data
なる構成が必要であり,また機械化も現状では困難
driven research and machine learning
な場合が多く,多くの時間を要する手作業になるこ
(ii)松邑勝治(科学技術振興機構):JST's activities
to contribute to knowledge infrastructure in Japan
とが多い。またメタデータ自体も,拡張が必要であ
ることが多く,複雑化することもある(図12)
。
(i i i)D r . Y i n g L i( 中 国 科 学 技 術 信 息 研 究 所 ):
STKOS Development & Its Application Service in ISTIC
(i v)黒川顕 博士(東京工業大学):" S m a l l B u g s ,
4.3 セッション3に関するトピック
セッションテーマ:科学技術情報に基づく分析と
Big Data": Developing an integrated Database for
Microbes with Semantic Web Technologies
(v)大向一輝 博士(国立情報学研究所):L i n k e d
Open Innovation: Current Status and Future Prospect
of Open Data
このセッションでは,「科学技術情報に関わる新技
術と新サービス」と題し,情報流通の世界で日々開
発される新たな技術やサービスについて発表してい
RDF is a standard data model of Semantic Web technology
RDF is a standard data model of Semantic Web technology
RDF (Resource Description Framework)
RDF
Description
Framework)
Data(Resource
model which
uses Triples
Data
model
which uses
Triples
(Subject
– Predicate
– Object)
(Subject – Predicate – Object)
S
S
<URI>
<URI>
gtps:Gene1
gtps:Gene1
O
P
O
P
<URI>
<URI>/Literal
<URI>
rdfs:label <URI>/Literal
“16S rRNA gene”
rdfs:label “16S rRNA gene”
URI node can be linked to other nodes
URI node can be linked to other nodes
S
S
P
P
O/S
O/S
S
S
P
P
O
O
P
P
×
×
O
O
RDF
RDF
has
has
has
Function
has
Function
has
Function
has
Function
Function
Function
KO:03043
GO:00037
GO:00037
GO:00037
00
00
GO:00037
00
GO:00037
GO:00037
00
00
00
Genome1
Genome1
Genome1
Genome1
Genome1
Genome1
organism
organism
organism
organism
organism
organism
Escherichi
Escherichi
Escherichia
aacoli
Escherichi
coli
Escherichi
coli
Escherichia
aacoli
coli
coli
Organism1
Organism1
Organism1
Organism1
Organism1
Organism1
has
has
Genome
hashas
Genome
has
Genome
has
Genome
Genome
Genome
Genome1
Genome1
Genome1
Genome1
Genome1
Genome1
Organism1
Organism1
Organism1
Organism1
Organism1
Organism1
inhabit
inhabit
inhabit
inhabit
inhabit
inhabit
Lake
Lake
Lake
Lake
Lake
Lake
Ontology
Ontology
ただいた。
このセッションを通じて,さまざまなデータを組
み合わせて,新たな知見を得るための研究や活動を
するためには,利用するデータが機械判読可能で,
かつ標準的なフォーマットで記述される必要がある
こと,さらに,さまざまなデータをつなげるために
は,そのデータで使用される語句や項目が統一され
る必要があり,その目的達成にオントロジーやシソー
ラス等の言語資源があることが確認された。
(2)黒川顕 博士の発表
黒川博士は,バクテリアの研究を進めるため,バ
クテリアをゲノムレベルでメタデータ化してデータ
ベース化することが必要であり,メタデータレベル
での比較研究により,バクテリアの性質が特定でき
るとの紹介があった。
KO:03043
Gene1
Gene1
Gene1
Gene1
Gene1
Gene1
Triple store
Triple store
SPARQL
SPARQL
Search
Search
To prepare data in RDF,
To
data
in RDF,
theprepare
database
management
system automatically recognize same resources.
the database management system automatically recognize same resources.
図10 バクテリア研究(1)
図 10
10 バクテリア研究(1)
バクテリア研究(1)
図
An example of RDF relationships for E. coli K-12 genome data
An example of RDF relationships for E. coli K-12 genome data
obo:Sh_0000340
obo:Sh_0000340
RefSeq
Cyanobase
Strain
RefSeq
Cyanobase
Species ID
Denome
Strain
name
Species ID
Denome
name
bioproject:
RefSeq
bioproject:
RefSeq ID
rdfs:label
Genome
project5ataType
SRA ID
rdfs:label
Genome ID
project5ataType
SRA ID
(Metagenome)
NC_000913.2 rdfs:seeAlso
rdfs:seeAlso
(Metagenome)
NC_000913.2 rdfs:seeAlso
NCBI
MBGD
NCBI RefSeq
rdfs:seeAlso
NCBI ID
MBGD ID
NCBI
RefSeq
Species
Taxonomy
ID
BioProject
Taxonomy ID
Species ID
BioProject ID
57779
511145
rdfs:seeAlso 57779
rdfs:seeAlso
511145
rdfs:seeAlso
rdfs:seeAlso
GTPS
GTPS ID
Species
NBRC
Species ID
NBRC
Strain ID
225
Ecol_K12_MG1655
INSDC
Chromosome
Strain ID
225
Ecol_K12_MG1655
INSDC ID
Chromosome
BioProject
NBRC 3301
obo:Sh_0000340
BioProject ID
NBRC 3301
obo:Sh_0000340
INSDC
tlasmid
INSDC
Genome ID
tlasmid
bioproject:
rdf:type Genome ID
obo:Sh_0000155
JCM
bioproject:
GMO
rdf:type
obo:Sh_0000155
JCM ID
project5ataType
U00096.2
GMO
Strain
project5ataType
U00096.2
ID
Strain ID
ID
Growth medium
Denome
Growth medium
Denome
1 Replicon 1 ID
≥1 Genome 1 ID
sequencing
1 Replicon 1 ID
≥1 Genome 1 ID
rdfs:seeAlso
sequencing
obo:Sh_0000155
obo:Sh_0000155
rdf:type
rdf:type
rdfs:seeAlso
1 Genome 1 ID
1 Genome 1 ID
Ontology Mapping
Ontology Mapping
GOLD Card ID
GOLD Card ID
Various types
types of
of data
data are
are integrated
integrated within
within
Various
a genome
genome sequence,
sequence, and
and we
we can
can retrieve
retrieve
a
all information
information about
about E.
E. coli
coli K-12
K-12 by
by
all
following these
these graphs.
graphs.
following
Gc00008
Gc00008
PDO ID
PDO ID
MEO ID
MEO ID
Pathogen
Pathogen
Habitat
Habitat
図11 バクテリア研究(2)
バクテリア研究(2)
図 11 バクテリア研究(2)
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
773
1 Genome 1 ID
Ontology Mapping
GOLD Card ID
Various types of data are integrated within
JOHO
a genome sequence, and we can retrieve
all information about E. coli K-12 by 2015
following these graphs.
情報管理
PDO ID
KANRI
Gc00008
Pathogen
MEO ID
Habitat
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
図 11 バクテリア研究(2)
You should describe your resource by using some Ontologies
Ontology is a structured controlled vocabulary to describe properties and types of resources.
For example, to answer: What is soil? What is a relationship between soil and sand?
MEO (Microbes Environmental Ontology)
http://johokanri.jp/
January
PDO (Pathogenic Disease Ontology)
(2)山口栄一 博士の発表
山口博士は,イノベーションが起こる過程を分析
し,イノベーションを創造するための諸施策につい
て提言を行った。
まず,イノベーションが起こる過程を分析し,イ
ノベーションが起こるためには,既存技術から知識
MCCV (Microbial Culture Collection Vocabulary)
MSV (Metagenome Sample Vocabulary)
MPO (Microbial Phenotype Ontology)
MBGD Ortholog Ontology
Most of them can be obtained from
図 12 オントロジーの重要性
図12 オントロジーの重要性
に帰納(Induction)し,その知識から新たな知識を
創発(A b d u c t i o n)する概念が鍵となることを示し
えんえき
た。また,知識が個別技術に移行することは,演 繹
(Deduction)という概念(図13)になり,さらに知
識が他分野に波及して,新たな知識を生む場合は,
回遊(Transilience)という概念になる(図14)
。さら
評価
座長:Mr.Todd Carpenter 米国情報標準化機構
(NISO)事務局長
にこの定義で,いくつかのイノベーション事例につ
いてモデル化を行った。
次に,科学技術研究の各分野の関係性を示す学
(1)概要
(i)治部眞里(科学技術振興機構/経済協力開発機
構):Knowledge flows ‒ Science for innovation
(i i)D r . H o n g - W o o C h u n(K o r e a I n s t i t u t e o f
S c i e n c e a n d Te c h n o l o g y I n f o r m a t i o n):K I S T I
Technology Opportunity Discovery Service
(iii)Dr. Ismael Rafols(University of Sussex):
Towards indicators for 'opening up' science and
technology policy
(i v)山口栄一 博士(京都大学):S t r u c t u r e s o f
creating breakthrough innovation
図13 イノベーションが起きる過程(1)
図 13 イノベーションが起きる過程(1)
このセッションでは,科学技術情報に基づく分析
と評価について発表が行われた。政策のための科学
や企業における研究開発戦略立案では,エビデンス
をより重視する動きがあり,ここでは評価分析活動
についての発表や討議を行った。
4名の方々に発表していただいたが,京都大学の山
口博士の発表を次項に紹介する。
なお,J S T /経済協力開発機構の治部の発表である
Knowledge flows-Science for Innovationについての詳
細は,
『情報管理』vol. 56(2013)no. 7からの連載1)~ 8)
を参照いただきたい。
774
図14 イノベーションが起きる過程(2)
図 14 イノベーションが起きる過程(2)
Academic
Landscape
Biochemistry
Biochemistry
Dentistry
Dentistry
Dietetics
Dietetics
biotic
Anatomy
Pharmacy
Physiology
Household
Medicine
Biology
A=Social/Human cluster
B=Management cluster
C=Geo-science cluster
D=Engineering cluster
E=Bio-science cluster
図 13 イノベーションが起きる過程(1)
集会報告 ●Meeting
ふ かん
術 俯 瞰 図 を 示 し, 米 国, 日 本 両 国 のS B I R(S m a l l
5.おわりに
Business Innovation Research)政策で投資している
今回の年次会合におけるTACC会議,ITOC会議,お
分野を比較し,両者の違いを解説した(図15)
。日本
よびシンポジウムの開催を通じて多くの識者の発表
のS B I R政策における基礎研究の充実についても示唆
を聞くことができ,また活発な質疑応答・討議の中
に富む発言があった。
図 14 イノベーションが起きる過程(2)
で多くの知見を得られたことは大変有意義であった。
Academic
Landscape
Biochemistry
Dietetics
Anatomy
Pharmacy
Physiology
Household
Medicine
Biology
Dentistry
E
Psychology
Agriculture
Nursing
特に,新たな知見を得るために,私たちを囲むさ
A=Social/Human cluster
B=Management cluster
C=Geo-science cluster
D=Engineering cluster
E=Bio-science cluster
biotic
Biotechnology
Life Science
Informatics
D
Philosophy
Economics
Sociology
Ecology
Information Eng.
Law
Electrical Eng.
C
Geology
Earth Science
Science
Humanity
Conscious
by Y. Fujita, M. Kawaguchi and E. Yamaguchi
Copyright © 2014 Prof. YAMAGUCHI Eiichi, Kyoto University
ウム」開催にあたって発表いただいた内外の先生方,
さま,会場にお越しいただいたすべての皆さまに心
Geography
Commercial
Business Study
Science
abiotic
最後に,
「ICSTI 2014 in Tokyo 年次会合 & シンポジ
座長を快諾いただいた皆さま,ならびにご来賓の皆
Politics
Literature
Linguistics
Archaeology
B
Mechanical Eng.
Unconscious
A
Mathematics
Physics
Chemical Eng.
Electronics Eng.
Anthropology
Core
グデータによる研究開発は,効率的かつ効果的にイ
ノベーションに貢献すると確信するものであった。
Pedagogy
Chemistry
まざまな領域でビッグデータの時代がきており,ビッ
より御礼申し上げます。
(科学技術振興機構 藤平俊哉)
図 15 学術俯瞰図図15 学術俯瞰図
参考文献
1) 長部喜幸, 治部眞里. 日本版N I H創設に向けた新しい指標の開発(1):新しい指標に基づいた医薬品産業
の現状俯瞰・将来予測. 情報管理. 2013, vol. 56, no. 7, p. 448-458.
2) 長部喜幸, 治部眞里. 日本版N I H創設に向けた新しい指標の開発(2):テクノロジー別にみた医薬品開発
の現状俯瞰・将来予測. 情報管理. 2013, vol. 56, no. 9, p. 611-621.
3) 長部喜幸, 治部眞里. 日本版N I H創設に向けた新しい指標の開発(3):医薬品開発を担う事業主体に関す
る分析. 情報管理. 2014, vol. 56, no. 10, p. 685-696.
4) 治部眞里, 長部喜幸. 日本版N I H創設に向けた新しい指標の開発(4):パイプラインにつながる特許の判
別指標. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 1, p. 29-37.
5) 治部眞里, 長部喜幸. 日本版N I H創設に向けた新しい指標の開発(5):パイプラインにつながる特許判別
指標の応用. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 3, p. 178-186.
6) 長部喜幸, 治部眞里. AMED(日本版NIH)創設に向けた新しい指標の開発(6)
:疾病別にみた医薬品開発
の現状俯瞰・将来予測. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 5, p. 323-333.
7) 治部眞里, 長部喜幸. AMED(日本版NIH)創設に向けた新しい指標の開発(7)
:米国のファンディング動
向. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 6, p. 395-406.
8) 治部眞里, 長部喜幸. AMED(日本版NIH)創設に向けた新しい指標の開発(8)
:医薬品研究開発における
知識の流れ. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 8, p. 562-572.
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第16回図書館総合展フォーラム
識別子ワークショップ
〜 JaLC,CrossRef,DOI,ORCID,そして…〜
日 程
2014 年 11月6日( 木 )10:00∼ 11:3 0
場 所
パシフィコ横 浜 アネックスホール
主 催
ジャパンリンクセンター 運 営 委員会
情報管理 57(10), 776-780, doi: 10.1241/johokanri.57.776 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.776)
1. はじめに
機関によって共同で運営されており,J a L C運営委員
第16回図書館総合展フォーラムにおいて,DOI登録
会(委員長:武田英明 国立情報学研究所教授)が,
機関であるCrossRefとジャパンリンクセンター(以下,
その意思決定を担っている。これまで,主に学術論
J a L C)の合同で,
「識別子ワークショップ~ J a L C,
文に対するD O Iの登録を行い,2014年9月末にはD O I
C r o s s R e f,D O I,O R C I D,そして…~」が開催され
登録件数が244万件を突破した。今後は,対象コンテ
た。世界に先んじてDOIに関連する新サービスを次々
ンツを拡大して,書籍や研究データ,各種報告書や
とリリースしているCrossRefとJaLCの初の合同ワーク
e-learning教材などにもDOI登録を行う予定である。
ショップのためか,注目度は極めて高く,会場には
100名以上の参加者が集いほぼ満席となった(図1)。
2. プログラム
J a L Cは,日本で唯一(世界で9番目)のD O I登録機
はじめに,J a L C運営委員会の副委員長である水野
関(Registration Agency: RA)であり,日本発の学術
充(科学技術振興機構知識基盤情報部部長)から趣
コンテンツ情報を収集し,普及・利用を促進する目
旨説明があった。
的で2012年から活動を行っている。J a L Cは,科学技
DOIは従来のように研究論文にのみ登録するだけで
術振興機構(JST),物質・材料研究機構(NIMS)
,国
なく,研究過程で生成される研究データ等に登録し
立情報学研究所(N I I),国立国会図書館(N D L)の4
ていくことによって学術研究が透明化され,研究倫
図1 会場の様子
776
集会報告 ●Meeting
理の向上につながることが期待される。また,注目
録を行った際にも,JaLC内にメタデータが保管され,
される研究者がどのように飛躍の軌跡をたどったか
検索やリンクサービスなどに利用される。
などを分析するためにも重要なツールとなる。その
他さまざまなものに登録可能となった識別子は大変
な可能性を秘めているということであった。
(ii)研究データ
もう1つの方向性は,D O I登録対象を研究データに
も拡張することである。そのため,欧州で研究デー
タへのDOI登録を行っているDataCiteとの連携を2014
<講演1>識別子を用いた学術コミュニケーション〜
JaLCの現状とビジョン〜
年3月に開始した。さらに2014年10月から研究データ
へのDOI登録実験プロジェクトを立ち上げ,プロジェ
武田英明【JaLC運営委員会 委員長】(国立情報学研究
クト参加機関(国立極地研究所,国立情報学研究所,
所 教授)
産業技術総合研究所,情報通信研究機構,千葉大学
(1)JaLCの現状
附属図書館,理化学研究所脳科学総合研究センター
J a L Cの概要と今後の計画が紹介された。現在J a L C
神経情報基盤センターなどの9機関)とともに,研究
では,国内で出版されたジャーナル論文に対してD O I
データへのDOI登録にかかる課題抽出とその解決策を
登録を行っているが,12月にリリースされる新システ
検討する取り組みを開始したところである。
ムでは,
次のようにDOI登録対象や機能を拡張させる。
(i)機関リポジトリに登録されたコンテンツ
(iii)その他の拡張
DOIを普及させるためには,ORCID ID,資金配分機
機関リポジトリには,大学紀要や各種報告書,著
関のIDであるFundRefなど,他の識別子と連携するこ
者版のジャーナル論文などさまざまなコンテンツが
とが重要になる。この目的を達成するため,メタデー
登録されている。それらのコンテンツに対するD O I
タ項目を拡張し,新システムから使用を開始する。
登録を開始する。J a L Cの新システムでは,メタデー
(2)ビジョン
タ項目の1つに版情報ももてるようになるため,出
J a L Cのビジョンを描くうえでは,過去からの研究
版されたジャーナル論文と区別して著者版のジャー
モデルの変遷について俯 瞰 してみることが大切であ
ナル論文へのD O I登録が可能となる。D O Iシステム
る。1984年ごろには,紙の論文を見て実験して紙の
については,国際DOI財団(the International DOI
論文を書いていた。ところが,2014年現在では新し
Foundation: IDF)が全世界でのとりまとめを行って
い研究データをデジタルで収集し,他人の論文や研
おり,実際のDOI登録は,IDFからの認定を受けたDOI
究データをデジタルで見て,論文もデジタルで発表
登録機関が行っている。現在,世界では9機関がD O I
し,おのおのが循環するようになった。2024年には,
登録機関として認定を受けている。JaLCもCrossRefと
F u n dなどいろいろなものにI Dが付いた状態が当たり
同様,IDFのもとでDOIの登録を行っているDOI登録機
前となるであろう(図2)。
ふ かん
関の1つであり,主に日本で発行された和文の論文へ
Linked Dataを美術にたとえると,作品,作者など
のD O I登録を行っている。D O I登録のポリシーについ
のU R Iがあり,作品には画像,日付,タイトルなどの
ては,I D Fの規則に反しないかぎり,おのおののD O I
ラベルが付いている。作者には,名前,メールアド
登録機関が定めることになっている。
レス,人物画像などのラベルが付いている。
J a L Cの会員は,英文誌などの場合は,J a L Cを介し
さまざまなデータがつながる時代には研究がさら
てC r o s s R e fにD O Iを登録することもできる。それは
に促進され,研究開発のありようも変わっていくだ
JaLCがDOI登録機関であるとともに,CrossRefの会員
ろう。
でもあるためである。JaLCを介してCrossRefへDOI登
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図2 さまざまなものにIDが付いた状態
<講演2>CrossRef:学術コミュニケーションを促進
させるメタデータと識別子の活用
Ed Pentz(CrossRef Executive Director)
(1)CrossRefの役割
CrossRefは収集したメタデータの活用を拡大し,出
版物,資金配分機関情報,研究者とデータとをつな
げる学術情報のハブとしての能力を向上させるため,
広範囲な組織間で連携している。CrossRefのメタデー
タには,今や資金配分機関I Dと,ライセンス情報,
ORCID IDとDataCite DOIが含まれており,JaLCや他の
図3 no more 404
DOI登録機関とも協力している。CrossRefはメタデー
タをさらに利用しやすくして学術コミュニケーショ
C r o s s R e fは,出版社が連携を保つために設立され
ンを向上させるために,こういった他のI Dシステム
た。商業出版社や非営利の団体が共同出資し,中立
とつなげているのである。
の立場で活動を行っているため,DOIは永続的なリン
CrossRefに限らず,信頼できるメタデータは,論文
クとなっている。もっとも,各社がDOIのためのイン
と資金配分機関情報とをつなげ,資金配分機関,大
フラを整備しなければならないが,結果さまざまな
学,出版社や研究者が利用しやすいサービスとなる。
コンテンツへのDOI登録が実現されている。
最終的には資金配分の効果測定に役立ったり,研究
現在7,000万コンテンツにDOIが登録されている。
者が自身の出版物の信頼性を獲得することができる
また,CrossRef DOIのDOI resolution数(DOIリンク
ようになる。
(2)識別子活用のために
識別子が活用されるためには,さまざまな機関の
連携が必要である。かつては,論文の参考文献欄に
778
のクリック数)は11億回にのぼり,大きな波及効果
がもたらされている。CrossRefの参加組織は5,375機
関,連携している図書館数は1,906館である。
(3)FundRef
はWebのURLのリンクが付けられていた。しかし,最
目下の最大の問題は,DOI登録の際の資金配分情報
大の問題はURLのリンク切れであった。よくある話だ
把握である。資金配分機関からすれば,資金配分の
が,学術論文のリンクは5年で半分リンク切れを起こ
成果の1つとしてどのような論文が生成されたのかを
していると言われている(図3)。
把握することが重要である。しかし,論文中の謝辞
集会報告 ●Meeting
(Acknowledgements)の書き方はさまざまであり,
基本テキスト(平文)で書かれているため,それら
を統計的に取り扱うことは不可能だった。
現在は,CrossRefの提供するFundRefのサービスに
進展させるためには,著者がどこの機関に所属して
いるのかをより正確に把握する必要がある(図4)
。
1人ひとりの科学者に一意のI Dを付与した。これに
よりINSPIREの研究者情報欄には,ORCID iDやORCID
より,約8,000もの資金配分機関がI D化され,D O I登
の研究実績,外部資金獲得実績,論文の被引用情報,
録の際のメタデータとして取り込まれるようになっ
同僚,出版物などの豊富な情報を表示できるように
た。そのためDOI,資金配分機関,助成番号とが結び
なった。これをO R C I Dにつないでいることによって,
つけられている。たとえば,FundRefでは,資金配分
ORCIDからのアクセスを増やしている。
ひも
機関I Dから,それに紐 付けられた論文や助成番号か
ら著者が検索できるようになっている。
(4)おわりに
(3)CERNの取り扱うデータ量
C E R Nは高エネルギー物理学の研究を行っている。
全周27キロの地下トンネルはマイナス271℃に保たれ
識 別 子, メ タ デ ー タ, 関 連 サ ー ビ ス や コ ミ ュ ニ
ており,その中を粒子が光速で移動している。観測
ティーが有機的につながり向上していくことが,今
するには特殊なデジタルカメラですべての物理現象
後の研究開発促進のために重要であると考えている。
を記録しなければならない。1秒間に2,000万枚の写
真を撮影するため,合計で100PBのデータ量となる。
<講演3>大規模ユーザによるデジタルライブラリ構
たとえば,ヒッグス粒子の理論的証明がノーベル賞
築に係るORCIDの機会〜INSPIREと高エネル
をとったが,C E R Nの膨大なデータが,その信頼性を
ギー物理分野の事例〜
Salvatore Mele(CERN)
(1)INSPIRE電子図書館
欧州,米国と中国の研究所のコンソーシアムが運
営するINSPIRE電子図書館(inspirehep.net)は,100
万件以上の論文やデータセット(半分はフリーで閲
覧可能)を所蔵し,世界のユーザーに1秒間に2件以
上の検索のトラフィック性能を高エネルギー物理学
の分野で約5万人規模提供している。アルゴリズム
クラスタリング,マニュアルキュレーション,およ
びクラウドソーシングを組み合わせることにより,
INSPIREは人気のある書誌情報,計量書誌情報を提供
する「著者のプロフィールページ」を構築した。
(2)ORCIDの導入
高エネルギー物理の分野では特に,多くの研究者
がかかわりあって論文が生成されている。論文中には
本文のみならず,研究データ,参考文献,著者の欄
がある。たとえば2,899人もの著者による論文もある。
著者の「所属機関」の問題(異動,複数所属,同姓
同名等)が起こっており,今後,この分野の研究を
図4 著者の所属機関に関する問題
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vol.57 no.10
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ささえている。このデータをたくさんの方々に活用
たC E R Nで働いている人は650の機関から集まってき
してもらうために,オープン化している。
ているので完璧に同定できないとの言及がなされた。
(4)おわりに
SCOAP3(Sponsoring Consortium for Open Access
Publishing in Particle Physics,高エネルギー物理学分
武田氏からは,著者の所属機関については,大学
等機関がO R C I Dに対して「認証」をしており,それ
により信頼性が向上していると付言された。
野(H E P)の査読付きジャーナル論文のオープンア
クセス化を実現することを目的とした国際連携プロ
4. まとめ
ジェクト)で,H E Pの研究者を擁する世界20か国以
学術情報の流通を促進させ,それをイノベーショ
上の研究機関,大学図書館等にオープンアクセスの
ン創出の触媒とするためには,DOIを中心とした,論
協力を呼び掛けてきたが,今後は,すべてのデータ
文とそれに関連する研究情報(資金配分機関情報,
がつながって,研究者が笑顔になるための活動を推
研究者情報,研究データなど)を効果的につなげて
進していきたい。
活用することが肝要であるとあらためて認識された。
JaLCで新システムがリリースされ,DOI登録対象や
3. 質疑応答:パネルディスカッション
機能が拡張されることにより,わが国においてもこ
<モデレータ>谷藤幹子【JaLC運営委員会 委員】
(物
れらの取り組みが強化されるものと期待される。
質・材料研究機構 科学情報室 室長)
データの正しさを保証するための具体的な方法に
ついての質問が会場から寄せられた。
Pentz氏は,出版社がデータの正確性を高める努力
をする必要があるという見解を示した。さらに,公
衆から間違いの申し出があるたびに修正を続けてい
くことにより,精緻性が高まるとのことである。
また,CERNの実情の具体例から,Mele氏は著者の
所属機関等の正確性について,たとえば3万人ほど著
者がいると同姓同名があってもおかしくはなく,ま
780
講演の終了後には,ワークショップ参加者が各講
演者と名刺交換をするための長い列が続いた。今回
のワークショップは,日本国内で識別子にかかわる
人々のコミュニティーの醸成にも寄与したものと考
えられる。
世界規模での学術情報の流通促進を検討していく
ために,今後もこのような国際的な合同ワークショッ
プの開催が期待される。
(科学技術振興機構 火口正芳,余頃祐介)
この本!おすすめします ●善き先達と善き道しるべを探すためのヒント
和 知 剛 (郡山女子大学図書館)
善き先達と善き道しるべを
探すためのヒント
情報管理 57(10), 781-784, doi: 10.1241/johokanri.57.781 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.781)
「情報リテラシー」を教えることは,情報を分析・
シャラが何かを言うんじゃない,あのおじいさんが
判断する際には多様な考え方がありうる,というこ
感じることができるんです」1)と,盆栽職人の孫であ
とを押さえるのが本来の趣旨であって,ある1つの方
る不良少年を諭す。この盆栽職人と盆栽の関係は「情
法論を教えれば誰もがもれなく習得できる,という
報リテラシー」を考える範疇に入るのではないか。
はんちゅう
種類の技術ではないと思う。ましてや,ある企業が
情報が放っておいても浴びるほど入ってくる社会
開発販売しているコンピューターソフトの使い方を
である。入ってきた情報から何を読み取り,何を分
習得するのが「情報リテラシー」であるわけがない。
析し判断するのか,情報を伝達する技術がいかよう
いまだそのようなとらえ方をしている方々が存在す
に発達しようとも,最終的に「情報」の内容を判断
るのが不思議である。
し,有効に活用するのは人間側の準備いかんにかかっ
たとえば,ローベルト・シューマンの交響曲第2番
ている。
について。筆者は以前ラファエル・クーベリックの
録音(ドイツ・グラモフォンとソニー・クラシカル
『八甲田山死の彷徨』
とにあるが,ここではベルリン・フィルと録音した
新田次郎
ドイツ・グラモフォンのもの)を聴いたときにはわ
新潮文庫,1978年,594円(税別)
からなかったのに,それから数年してポール・パレー
がデトロイト交響楽団を振った録音(マーキュリー)
を聴いたとき「なるほどこの作品はこのような音楽
だったのか」と初めて理解できた。そして翻ってクー
ベリックの録音を聴き直して,なぜクーベリックで
は理解できなかったのか納得した。この一連の流れ
は「情報リテラシー」を考えることに通じるのでは
ないか,と思う。
このシューマンの話がクラシック音楽オタクであ
る筆者に引きつけ過ぎであるならば,『家栽の人』第
5巻にある盆栽職人のエピソードはどうだろうか。
その中で桑田判事が「名木と普通の盆栽なんて小さ
http://www.shinchosha.co.jp/book/112214/
な差なんだよ……ただ,あのおじいさんはその違い
をわかるために何十年も目を光らせてきた……あの
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こんなことを考えるようになったのは学生時代,
青森港でテケミ(
「天候警戒運航見合わせ」の頭文字
ある講義で “Intelligence”(「分析・評価された情報」
をとったもの)して台風をやりすごした羊蹄丸は台風
のことだが,30年前には “Intelligence” をそのよう
の通過後,無事に函館港に入港する。この結果を招
な意味づけでは呼んではいなかったと記憶する)の
いた「分析・評価」は「結果だけで第三者から勝手
重要性について教わったころからだと思う。その際
にたたえられたり,裁いたりされたりするもの」
(
『洞
のテキストは『八甲田山死の彷徨』だった。いかに
爺丸はなぜ沈んだか』p . 247)ではないとはいえ,運
情報(I n f o r m a t i o n)を収集することに情熱を傾け,
不運にのみ帰せられるものだったのだろうか。
ようてい
基盤を整備したところで,集められボトムアップさ
「指揮官が悪ければ部隊は全滅する」
(南海ホーク
れたI n f o r m a t i o nをトップや参謀役が分析・評価し
スの監督を務めた鶴岡一人の言)
。ことほど左様に
Intelligenceに昇華できなければ,それはただ集めた
Informationを分析・評価しIntelligenceとして自らの
だけで終わってしまうし,現在自らが立っている場
判断に役立たせ,組織の進路を定めるトップの責務
所がどのようなところであるかさえわからない。ま
は大きいものがあるのだが,翻ってわれわれも今日
してや不十分なInformationで,その先の進路など定
の困難な社会状況に直面して行き悩んだり考え込ん
められるはずもないのだ,と。
だりする場面があるわけで,Intelligenceへの昇華を
トップだけに任せておくわけにはいかないし,また己
かじ
『洞爺丸はなぜ沈んだか』
の判断で舵 取りをしなければならない状況に陥るこ
上前純一郎
とも少なくないはず。でも,そんなときでも「このや
文春文庫,1983年,388円(税別)
り方ならすべてすっきり解決!」できる方法論がある
はずもない。では,
「情報リテラシー」を学ぶ/教え
るときに押さえておくべきことは何だろう。本稿では
「情報リテラシー」を考える際に押さえておいた方が
よいと筆者が考える,その補助線となるだろう本を2
冊,紹介する。
Informationを扱う際,注意していてもついつい陥っ
てしまうのが,われわれが遭遇した事例を,日ごろ
の経験で培ってきた「ステレオタイプ」に当てはめ
て考えてしまうことである。ウォルター・リップマ
ンは『世論』の中で「ステレオタイプ」に依存した
Informationの分析と判断の危険性を,たとえば次の
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167248048
ように指摘する。
「自分たちの意見は,自分たちのステレオタイプを
とう や
ほぼ同じころに筆者が読んだ本が『洞 爺 丸はなぜ
通して見た一部の経験に過ぎない,と認める習慣が
沈んだか』である。こちらも不十分なInformationに
身につかなければ,われわれは対立者に対して真に
基づいて,何とかIntelligenceを導き出し行動を定め
寛容にはなれない。その習慣がなければ,自分自身
せいかん
782
ざるをえなかった2人の青 函連絡船船長の物語であ
の描くヴィジョンが絶対的なものであると信じ,つ
る。台風の中,函館港を出港しようとした洞爺丸は
いにはあらゆる反論は裏切りの性格を帯びていると
最終的に転覆沈没し1,300人余りの人命が失われる。
思いこんでしまう。人びとはいわゆる『問題』につ
この本!おすすめします ●善き先達と善き道しるべを探すためのヒント
『世論』
W. リップマン著;掛川トミ子訳
岩波文庫,1987年,上巻,720円(税別)
下巻,840円(税別)
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=
ISBN4-00-342221-X
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=
ISBN4-00-342222-8
いては裏表があるということは進んで認めるが,自
うな余地を生活の中に設けておかねばならない。そ
分たちが『事実』とみなしているものについては両
の結果,破壊的対立は避けたいというのであれば,
面があることを信じていないからである。(中略)た
妥協をとりつけねばならない。そしてたとえ不承不
とえ一点でも,重要なところでステレオタイプのパ
承であっても,最小限の寛容が不可欠になるであろ
ターンが自分たちの経験に合致していれば,彼らは
う。
」
(
『ある思想史家の回想』p. 71-72)
せきがく
もはやそれを一つの解釈とは見なさないのである。
碩 学アイザィア・バーリンは『ある思想史家の回
彼らはそれを『真実』と見なす。」(『世論』上巻p .
想』でこのように述べる。誰もが自らの信じる価値
172)
観に基づく「正義」を振りかざして突き進めば,早
判断の基準が自らの「ステレオタイプ」に陥る危
晩価値と価値,正義と正義の衝突は免れない。それ
険を回避するためにも,できるだけ先入観を排して
はトマス・ホッブズの言う「万人の万人に対する闘争」
物事を,Informationを分析し,判断する努力が,情
であり,とどのつまりはミルトン・フリードマン流
報を取り扱う人間には必要なのではないか。たった1
の規制緩和と道学者的権威への隷属を旨とする新自
つのやり方だけが正しいのではなく,多様な方法を
由主義的社会の到来をもたらすものでしかないこと
受け入れ試すことができる心構えを日ごろから養っ
を,われわれは恐れるべきであろう。
ておかなければならないだろう。
し か し, な ぜ 多 様 な 方 法 を 受 け 入 れ る こ と が
Informationの分析・判断にとって重要なのか。
「選択は苦しみですが,われわれの考え得る世界で
は避けられません。両立不可能な価値は,そのまま
両立不可能なまま存続するでしょう。われわれにで
「道徳と政治の問題,さらには価値にかかわるすべ
きることは,選択があまりにも苦しいものにならな
ての問題には最終的な答を出すことはできない。(中
いようにする位のことです」
(
『ある思想史家の回想』p.
略)したがっていくつかの価値が両立しなくなるよ
209-210)
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『ある思想史家の回想 アイザィア・バーリンと
ついて。この作品は4曲あるシューマンの交響曲の中
の対話』
でもっとも大きな規模の作品(演奏時間約36分)だ
アイザィア・バーリン,ラミン・ジャハンベグロー
が,もともとシューマンがピアノ曲を得意としてい
著;河合秀和訳
たこともあって,リズムや旋律の組み立て方がピア
みすず書房,1993年,3,000円(税別)
ノ的な手法に依存しているところが少なくない。そ
のため,オーケストラ曲としてそれらしく,しかも
初期ロマン派らしく角を丸くして,色彩豊かに演奏
するとよくわからないものになってしまいがちであ
る。ポール・パレーは華やかではあるが楽器ごとに
異なる音色を同じように合わせ,きつめのアクセン
トで鋭角的に造形することによって,この作品の内
容を筆者にもわかるように表現することに成功した
のだった。
http://www.msz.co.jp/book/detail/03066.html
InformationをIntelligenceに昇華するための「情報
リテラシー」は,われわれがより善き社会を目指す
ためのコモンズを構築(再構築)するためにも,身
につけなければならない必須の教養ではないだろう
か。それを身につけるためには善き先達と善き道し
るべが必要になるだろう。本稿は,先達と道しるべ
を探し当てるための方法論について考える,ラフな
スケッチの試みである。
最後に,冒頭で触れたシューマンの交響曲第2番に
執筆者略歴
和知 剛(わち つよし)
郡山女子大学図書館司書係長,郡山女子大学短期大学
部非常勤講師(図書館情報学)。1988年図書館情報大学卒
業後,郡山女子大学図書館に奉職し現在に至る。いまは
新しく設置されたラーニング・コモンズの運営に知恵を
絞る日々。
参考文献
1) 家裁の人5. 毛利甚八作. 魚戸おさむ画. 小学館, 2003, 328p.
784
情報界のトピックス ●Topics of the information community
情報管理 57(10), 785-789, doi: 10.1241/johokanri.57.785 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.785)
Amazon社対Hachette社紛争が終結
A m a z o n社のポリシーに対して批判の声をあげた
Authors Unitedの代表者Douglas Preston氏は,
「新契
2014年3月で契約が切れた後,新契約をめぐって紛
約のことを聞いて安心したが,A m a z o n社のビジネ
争状態にあったAmazon社とHachette社が,11月13
ス手法に対して独占禁止法の調査を行うよう,米国
日に共同声明を発表し,意見の相違を解決し,新た
司法省(Department of Justice: DOJ)に求める計画
な複数年契約を結んだことを明らかにした。Amazon
は推し進める」と語った。作家組合(Authors Guild)
社は5月以降,Hachette社の一部のタイトルの発送を
のRoxana Robinson会長は,
「Hachette社の作家にとっ
故意に遅らせたり,値引きをしないなどの措置を取っ
て素晴らしいニュースである」と歓迎したが,
「契
ていた(v o l . 57, n o . 4の本欄にて既報)。新契約の詳
約の条件は作家たちにとって有利だと言われている
細は発表されていないが,両社とも満足の意を示し
が,そうだとしても,今のところは知るすべがない」
ており,Amazon社とSimon & Schuster社が10月に締
と述べた。Association of Authors' Representatives
結した契約(vol. 57, no. 9の本欄にて既報)と同様の
のBrian DeFiore理事も,契約交渉の行き詰まりが解
内容であると思われる。つまり,基本的には2010年
消されたことを喜びながらも,交渉がA m a z o n社と
のエージェンシーモデルへの回帰であり,出版社が
H a c h e t t e社のみによって行われたため,新契約が作
小売価格設定をコントロールし,Amazon社のような
家たちにとって将来,どのような意味をもつことに
小売業者がエージェントの役割を果たし,読者はそ
なるのかを懸念している。
こから購入する。
Simon & Schuster社 と の 契 約 を2014年10月 に 締
共同声明によれば,契約には「H a c h e t t e社は電子
結 し たAmazon社 は,今 後,5大 出 版 社 の 残 り3社,
書籍の価格設定に責任をもち,読者により低い価格
HarperCollins社,Penguin Random House社,Macmillanと,
で提供する場合は,金銭的インセンティブを得るこ
新契約の交渉を行うものと思われる。
とができる」との内容が含まれている。H a c h e t t e社
(http://www.infodocket.com/wp-content/uploads/
のCEO,Michael Pietsch氏は,作家とエージェンシー
2014/11/HBG-and-Amazon-joint-release_11-13-14-1.
に向けた書簡の中で,「H a c h e t t e社が作家たちへの
pdf ) (http://the-digital-reader.com/2014/11/13/
電子書籍印税の基礎となる収益のパーセンテージを
hachette-amazon-settle-contract-dispute/#.
減少させることはない」と明言した。また,新契約
VGYLqjhxl9A) (accessed 2014-12-04).
が実行されるのは2015年初頭だが,両社はそれ以前
に,できるだけ早く正常な取引を再開する予定だ。
E Uが 世 界 規 模 で の「 忘 れ ら れ る 権 利 」 を
A m a z o n社は先行予約を受け付けるほか,ホリデー
Googleに要求
シーズンに向けて,販売促進のサイトにH a c h e t t e社
の書籍を載せることも明らかにした。
作 家 た ち は, 新 契 約 に 素 早 い 反 応 を 示 し た。
欧州司法裁判所は,ユーザーがG o o g l e社に対して
検索結果のU R L削除を要求する権利を,2014年5月に
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情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
http://johokanri.jp/
January
Journal of Information Processing and Management
認めたが,E Uのデータ保護に関する第29条保護作業
S imon & Schuster社が「今すぐ買う」ボタン
部会(Article 29 Working Party)は11月26日,「忘れ
要件を撤回
られる権利」実施のためのガイドラインを発表した。
現在は,削除要求をしても,E Uのサブドメインにあ
5大出版社の中で,最後まで図書館による電子書籍
るコンテンツのみが削除され,他のドメインからそ
の貸し出しに抵抗してきたSimon & Schuster社は,1
のコンテンツにアクセスすることが可能な状態であ
年間のパイロットプログラムを経て,2014年6月に
る。Google社はこれまで,.comは欧州ではさほど利
貸し出しを容認した。その際,参加図書館に対し
用されていないので削除の対象にするのは適切では
て,利用者が図書館のサイトを通して,O v e r D r i v e,
ないと主張してきたが,ガイドラインは,「忘れられ
3M,Baker & Taylorのサイトから,あるいはSimon
る権利」を世界の全G o o g l e検索サイトに広げるよう
& S c h u s t e r社から直接書籍を購入できるよう,図書
求めている。
館のカタログに「今すぐ買う」
(B u y I t N o w)ボタ
ガイドラインは,削除されたリンク情報の取り扱
ンを加えることを要求した。利用者は,書籍を購入
い方も問題視する。G o o g l e社は,個人名の情報の
することにより,長期の予約期間を避けることがで
検索結果の最後に,情報が削除された可能性がある
き,図書館には購入代金の何パーセントかが支払わ
ことを知らせる掲示(Some results may have been
れる仕組みである。しかし,この種の取り決めを禁
removed under data protection law in Europe)を載
じている公共図書館や地方自治体は少なくない。カ
せているが,
「このような行いは,データ保護規則に
リフォルニア州の図書館コンソーシアム,M A R I N e t
基づくものではなく…特定の個人が自分に関するコ
は,Simon & Schuster書籍のライセンス取得に反対す
ンテンツの検索結果の削除を求めたことを,いかな
る動きをみせた。図書館からこのような反応を受け,
る場合にも,検索エンジン利用者が推論できないよ
Simon & Schuster社は11月20日付けで,
「今すぐ買う」
うな方法で提示する場合のみ,容認されるものであ
ボタンを必要条件とすることをやめ,選択制に緩和
いんぺい
る」としている。また,ある情報を隠 蔽あるいは除
した。図書館に収入をもたらし,利用者にサービス
去しようとする努力が,逆にその情報を広い範囲に
を提供するための新しい実用的なオプションとして,
拡散させてしまうという,意図せざる結果を生み出
図書館が今後この機能を検討することを望んでいる。
す「ストライサンド効果」に言及し,検索エンジン
米国図書館協会(American Library Association:
が,削除リクエストの影響を受けるサイトのW e bマ
ALA)は,Simon & Schuster社のポリシー変更を,
「ラ
スターに,そのことを機械的に知らせるべきではな
イブラリアン,出版社,取次業者,作家間の話し合
いとも述べている。さらに,検索エンジンが削除を
いを維持することの重要性を表すものである」と歓
決定する際の基準をオープンにするよう求めている。
迎した。なお,Simon & Schuster社のプログラムには,
Google社の報告によれば,Google社は11月25日ま
全電子書籍が含まれ,新刊書も出版と同時に入手可
でに,E U地域で17万4,226件の削除リクエストを受け
能である。図書館は取得した電子書籍を1年間,同時
て,E U地域ドメインの50万2,977リンクを審査し,そ
期1冊につき1人,回数制限なしに貸し出すことがで
の41.5%に当たる20万8,520リンクを削除した。
きる。
(http://ec.europa.eu/justice/data-protection/
(http://d2ikrwcyurm5yv.cloudfront.net/press_
article-29/documentation/opinion-recommendation/
releases/%20-%20Press%20Releases/Library%20
files/2014/wp225_en.pdf) (accessed 2014-12-04).
eBooks%20November%20'14.pdf ) (accessed 201412-04).
786
情報界のトピックス ●Topics of the information community
ニューヨーク市,公衆電話を高速Wi-Fiステー
保護措置を講ずる要件を満たしている事業者等を評
ションに
価するために1998年より認定が行われている制度。
その旨を示すプライバシーマークを付与し,事業活
ニューヨーク市は11月17日,市内のすべての公衆
動に関してプライバシーマークの使用を認める制度。
電話を公衆Wi-Fiステーションにする「LinkNYC」計
(http://privacymark.jp/news/2014/1126/index.html)
画を発表した。これは同市の5つの区で,古くなった
(accessed 2014-12-04).
公衆電話を「Links」と呼ばれる最先端の公衆Wi-Fiス
テーションに置き換えることで,平均的な公衆W i - F i
Twitter,公開ツイートすべてが検索可能に
より100倍高速である,ギガビットクラスの最大接
続速度を実現する無料インターネット接続サービス
米Twitterは11月18日,2006年のサービススタート
を提供するもの。この接続ポイントではそのほかに,
時からのすべての公開ツイートへのインデックス付
米国国内への無料電話通話,市のサービスにアクセ
与作業が終了し,検索可能になったと発表した。
「高
スできるタッチスクリーン端末,緊急サービスへの
度な検索」機能で検索対象の単語・フレーズやハッ
連絡,携帯電話の無料充電サービスなどを提供する。
シュタグ,ユーザー名,地名,日付などを指定して,
この接続ポイントは,市内に最大1万か所設置される
詳しく検索できる。T w i t t e rでは,膨大な量のツイー
予定。費用は接続ステーションに設置されたデジタ
トに対するインデックス付与を実現するために独自
ル広告を通じて調達し,納税者の負担はないとして
技術「Earlybird」を開発している。
いる。システム導入から12年間で,ニューヨーク市
(http://johokanri.jp/stiupdates/education/
は5億ドル以上の収入が得られるとしている。
2014/11/010542. h t m l ) ( h t t p s : / / b l o g . t w i t t e r .
( h t t p : / / w w w1. n y c . g o v / o f f i c e - o f - t h e - m a y o r /
c o m /2014/ b u i l d i n g - a - c o m p l e t e - t w e e t - i n d e x )
news/923-14/de-blasio-administration-winner-
(accessed 2014-12-04).
competition-replace-payphones-five-borough)
(accessed 2014-12-04).
ベネッセの「プライバシーマーク」付与を取
り消し
T witter,嫌がらせツイートを第三者からも報
告可能に
Twitterは12月2日,Twitterルールに違反した内容や
嫌がらせなどのツイートの報告機能を改善したと発
「プライバシーマーク」を管理する財団法人・日本
表した。嫌がらせを受けている本人だけでなく,第
情報経済社会推進協会(JIPDEC)は11月26日,ベネッ
三者からの報告も可能になり,スマートフォンのア
セコーポレーションのプライバシーマークの付与を
プリからも報告できるようになった。また,報告に
取り消すことを決定し,同社に通知したと発表した。
対して迅速な対応ができるよう,該当ツイート・ア
ベネッセは以前よりプライバシーマークを付与され
カウントの調査に関するツールやプロセスも改善し
ていたが,7月に発覚した同社の顧客情報の大量流出
たとしている。
問題を受けて,同協会は「この事実を重く受け止め,
( h t t p s : / / b l o g . t w i t t e r. c o m / j a /2014/1203s a f e t y )
当該事故に関する事実関係を確認したうえで,厳正
(accessed 2014-12-04).
に対応する」と発表していた。
プライバシーマークは,個人情報について適切な
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
787
情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
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LED照明でモノに情報を付与する技術を開発
合には検索結果の削除を開始している。日本でも,
個人がG o o g l eに検索結果の削除を求めた裁判で,東
富士通研究所は11月17日,L E D照明などから対象
京地裁が削除を命じている。Yahoo! JAPANは,
「ある
物へ照射する光にI D情報を埋め込み,その光に照ら
情報を検索結果に表示すべきか削除すべきかの判断
された対象物からI D情報を復元することが可能な照
について,『表現の自由』や『知る権利』とのバラン
明技術を開発したと発表した。照明から照射する光
スを考慮すると同時に,削除を求める方々への対応
に,目には見えない通信情報を埋め込むことで,照
が不十分だと受け止められないよう対応していく必
明に照らされた対象物から,たとえばスマートデバ
要がある」とし,判断の透明性や客観性を高めてい
イスなどのカメラへの情報配布を実現する。
くことを目的に有識者会議を設置したとしている。
近年,実世界のさまざまなものをネットワークサー
委員は弁護士や法律の専門家ら5名で構成され,検索
ビスにつなぎ,ユーザーがその場で目の前の対象物
サービスの社会的意義(検索サービスの中立性と信
について検索し,情報を入手できるようにする試み
頼性,
「表現の自由」や「知る権利」への貢献)や,
が行われてきた。この技術では,これまでのように
検索サービス提供者の社会的責務といった点につい
対象物にタグなどを貼りつけて美観を損ねることな
て検討するとしている。
しに,対象物単位での情報配布を実現しており,ユー
(http://pr.yahoo.co.jp/release/2014/11/07b/) (http://
ザーはカメラを対象物に向けるだけで,さまざまな
p u b l i c p o l i c y . y a h o o . c o . j p /2014/11/0717. h t m l )
情報を取得することが可能となる。この技術により,
(accessed 2014-12-04).
店舗の商品,美術品,人物,建造物などさまざまな
対象物を情報の発信源にすることが可能だとしてい
イタリアに続き英国が「Google税」を導入へ
る。同研究所では,2015年度中の実用化を目指すと
している。
12月3日,George Osborne英財務大臣が,多国籍
( h t t p : / / p r . f u j i t s u . c o m / j p / n e w s /2014/11/17.
企業による租税回避を阻止するため,25%の新税,
html?nw=pr) (accessed 2014-12-04).
いわゆる「G o o g l e税」を導入すると発表した。対
Y ahoo! JAPAN,検索結果削除に関する有識者
会議開催
象となるのは,GoogleだけでなくAppleやAmazon,
Facebook,Starbucksなど。
Osborne英財務大臣は国会で,国境を越えてサービ
スを展開している多国籍企業は相応の税金を支払う
788
Yahoo! Japanは11月7日,インターネット検索サー
べきだと述べた。新税(diverted profit tax:迂回さ
ビスからの情報削除に関して,
「検索結果とプライバ
れた利益への課税)の適用は2015年4月1日から開始
シーに関する有識者会議」を設置し,11月11日に第1
される予定。税率は25%で,徴収総額は今後5年間で
回有識者会議を開催すると発表した。今後複数回の会
10億ポンド(約1,890億円:1ポンド189円換算)程度
議を開催し,2014年度中をめどに検索結果の表示に
になるとみられる。
関する考え方を整理して公表する予定だとしている。
G o o g l eやA p p l eなどは,拠点を税金の安い別の国
インターネット検索サービスからの情報削除につ
(たとえば,アイルランドなど)に置いたり,海外企
いては,欧州司法裁判所が,個人のいわゆる「忘れ
業へロイヤリティーを支払うことにより利益を消滅
られる権利」を認める判断を下しており,G o o g l eが
させるなど,英国では税金を収めなくても済むよう
これにもとづいて,ユーザーからの要請があった場
な節税対策を行ってきた。これをE Uや米国政府など
情報界のトピックス ●Topics of the information community
が問題視し,イタリアでは2013年12月,Google税を
境として,公衆無線LANスポット「KYOTO Wi-Fi」を
導入する法案が可決している。
現在650か所以上に設置している。L A Nスポットが設
(http://blogs.wsj.com/digits/2014/12/03/latest-
置されているのは,バス停や地下鉄駅,セブン-イレ
in-europe-vs-tech-co-battles-u-k-introduces-
ブン,公共施設など。2015年3月末までに新たに760
the-google-tax/) (http://www.bbc.com/news/
か所の観光関連施設や商業施設に設置を拡大し,合
business-30319845) (accessed 2014-12-04).
計1,400か所で利用できるようにする。
また,これまでは接続する前にメールでゲストコー
京都市の公衆無線L A N事業「京都どこでもイ
ドを取得しなければならなかったが,SSID「KYOTO
ンターネット」が新展開
W i - F i」を選択後にブラウザを起動し,表示される
ログイン画面の利用規約に同意するだけでインター
京都市は12月3日,公衆無線L A N整備事業「京都ど
こでもインターネット」の新たな展開を発表した。
京都どこでもインターネットは,国内外から訪れ
た観光客を対象に,快適に観光情報等を入手する環
ネットが利用できるようになる。1回の認証手続きで
24時間の連続利用が可能。
(http://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000175699.
html) (accessed 2014-12-04).
情報管理 vol. 57 no. 10 2015
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情報管理
JOHO KANRI
2015
vol.57 no.10
Journal of Information Processing and Management
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新たな年を迎えました。図らずも今号の4本の記事
は,いずれも電子的な資源の活用に関連しています。
クラウドファンディングについては,以前から記
事化の要望を受けていました。ぜひとも学術系に特
化した解説を掲載したいと考えていたところ,日本
初の学術系クラウドファンディングの現状につい
て,当事者にご寄稿いただくことができました。
数年前に電子実験ノートを取り上げようとしたと
きにはまだ関連文献も少なく,発展途上の感があり
ました。あらためて取り上げたのは,実験ノートの
適切な管理が研究倫理上,重要であるとの認識に
立ったからです。製薬業界における導入の事例に基
づき,知的財産保護の観点から解説します。
学術資源がどれくらい有効に活用できるのか,そ
れは,どれくらい入手しやすい環境にあるのかに依
存するでしょう。アクティブ・ラーニングに伴う電
子的な学習資源利用のための環境整備が進んでいま
す。今号で紹介する「大学学術資源コンソーシアム」
の取り組みによって,貴重な資源の有効活用が進む
ことを期待します。
さらに,「データサイエンス・アドベンチャー杯
2014」の成果として,JST情報資産を活用した人材
マッチングツールの作成をご紹介します。この催し
は,冒頭の年頭所感にもありますようにJ S T情報資
産をイノベーション創出の基盤とする取り組みの一
環です。3月7日には「アドベンチャー杯2015」の
本選が予定されています。2015年も,たくさんの
新たな知見が生み出されることを期待しています。
本年も皆様に役立つ記事を掲載していきます。引
き続きご愛読をよろしくお願いいたします。(KM)
訂正
vol. 57, no. 9「EPUB 概 説: 電 子 出 版 物 と
Web 標準」の本文 p. 619 の記載に誤りがありま
した。お詫びして訂正します。
誤:CSS(Content Scrambling System)
正:CSS(Cascading Style Sheets)
(『情報管理』編集事務局)
□次号予定
●人と車の未来:自動運転車はここまできた
●行政電子化と文字情報基盤
●電子教科書の規格とEDUPUBの現状
●シュプリンガーの学術書籍出版とオープンアクセス
●サイバーフィジカルシステムとIoT(モノのインターネット):実世界と情報を結びつける
●インフォプロによるビジネス調査-成功のカギと役立つコンテンツ:第11回 情報の読み方・使い方
情報
管理
JOHO KANRI
Journal of Information Processing and Management
科学技術振興機構
vol.57 no.10 January 2015
●編集委員会
<委員長>加藤治(科学技術振興機構)
<編集委員>
江草由佳(国立教育政策研究所)・岡安渉子(富士通㈱)
・
小河邦雄(大正製薬㈱)・気谷陽子(放送大学)・
山下正隆(旭化成㈱)・青山幸太・植松利晃・木村美実子・
佐藤恵子・嶋田一義・白石淳子・土屋江里・中村拓・
火口正芳・樋廻美香子・余頃祐介
(以上 科学技術振興機構)
●編集事務局
木村美実子(事務局長)
藤井昭子・本橋野枝・及川優子(以上 科学技術振興機構)
2015年1月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥12,960(税込)
1部定価
本体 ¥1,296(税込)
●版下作成・印刷
昭和情報プロセス株式会社
発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8420
E-mail: [email protected]
http://johokanri.jp/
Published monthly by Japan Science and Technology Agency (JST)
JOHO KANRI Editorial Office, JST, P.O.Box 2, Kojimachi Tokyo 102-8666 JAPAN
・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,編集事務局宛に現品をご返送ください。送料は当機構
の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
・未着事故などのご連絡は発行後2か月以内にお願いします。以後は原則としてお受けできません。
© Japan Science and Technology Agency 2015 無断転載を禁ず
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