溝入れ加工用工具「SEC‑GND 型」の開発

特 集
溝入れ加工用工具「S E C ‑ G N D 型」の開発
*
島 本 陽 介・上 田 正 信・福 山 奉 章
沖 田 淳 也
Development of Grooving Tools “SEC-GND” ─ by Yosuke Shimamoto, Masanobu Ueda, Tomoyuki Fukuyama and
Junya Okida ─ Grooving is widely applied in machining automotive parts and other industrial components.
Compared with general cutting, however, grooving is subject to problems such as difficulty in chip evacuation, which
can result in defective groove surfaces, and tool vibration due to the high load operation with the entire cutting edge
width. To improve processing efficiency and accuracy while minimizing the cost of grooving tools, Sumitomo Electric
Hardmetal Corporation has developed new grooving tools “SEC-GND” series. This series reduces machining
vibration (by 30% compared with conventional models) and tool costs and ensures better chip control.
Keywords: grooving, vibration, chip control, tool cost
1. 緒 言
溝入れ加工は自動車部品を始めとする各種機械部品加工
入れ工具 GND 型は溝入れ加工用、多機能(溝入れ/旋削)
に広く適用されているが、①切りくずの排出が難しく、切
加工用、倣い加工用のブレーカをラインナップ(写真 2)
りくず詰まりや加工面の不良が発生しやすい、②切刃の幅
することにより、図 1 に示すようなあらゆる加工用途に対
全体で加工するため負荷が高く、工具が振動しやすい等、
応する。また、溝入れ加工用と多機能(溝入れ/旋削)加
一般の切削加工に比べ、加工時に問題が生じやすい加工で
工用チップは、それぞれ汎用送りタイプと仕上げ用途など
ある。一方で他の切削加工と同様、溝入れ加工に対しても、
に用いる低送りタイプの 2 種類をラインナップすることに
加工能率や精度のさらなる向上、工具コストの低減が求め
より、様々な使用条件下で優れた切りくず処理性能を発揮
られている。
する。
このような背景の下、当社はこれらのユーザーニーズに
応えるため、①優れた切りくず処理性を持ち、②加工時の
振動を当社従来品比 30 %低減することが可能で、且つ③経
済性に優れる刃先交換式溝入れ工具 GND 型(写真 1)の開
発を行ったので、その特長及び切削性能について報告する。
(a)溝入れ加工
(b)旋削加工
(c)倣い加工
図 1 溝入れ工具の加工形態
GG :溝入れ/汎用
GL :溝入れ/低送り
RG :倣い
写真 1 溝入れ加工用工具「SEC‑GND 型」
ML :多機能/低送り
MG :多機能/汎用
2. 「SEC‑GND 型」の特長
2 - 1 優れた切りくず処理性の実現
刃先交換式溝
写真 2 チップラインナップ
2 0 1 2 年 7 月・ S E I テ クニ カ ル レ ビ ュ ー ・ 第 1 8 1 号 -( 23 )-
溝入れ加工では、加工点の両側に壁があり切りくずを排
特殊鋼採用
出しにくいため、切りくず詰りによるチップやホルダ欠損
などの問題を生じやすい。そこで GND 型では、溝からの
切りくず排出性を高めるチップブレーカ設計を行った。
その際、①生成された切りくずが溝の両側に接触しにく
いよう切りくずの幅を溝幅よりも小さくする、②切りくず
カール径を適切な大きさに制御する、の 2 点を目標として、
一体型構造
有限要素法※ 1 によるシミュレーションでブレーカ形状を最
適化した。(図 2(a)
、図 3)
図 4 GND 型ホルダ構造
さらに多機能(溝入れ/旋削)加工用チップは、図 2(b)
に示すようにチップ両サイドに配置した湾曲ブレーカによ
り、溝入れ加工時の切りくず処理に加えて旋削加工時にお
いても優れた切りくず処理性を実現した。
状・ボルトクランプ位置を最適化(図 5)することで高い
剛性を保ったままチップクランプ力を向上させた。
ホルダ設計による防振効果を確認するためハンマリング
横送り加工時に切りくずを
制御する大小突起
切りくずをカールさせる壁
テストにより振動特性を評価した。評価方法を図 6 に示す。
ここでは、図 7 に示すコンプライアンスを評価対象とした。
コンプライアンスは単位加振力に対して対象物体がどれだ
け変位するかを周波数毎に表したものである。複変数表示
の場合、同図に示すようにコンプライアンスの実数部は固
有振動数付近でピークを持ち正負が逆転するが、一般に負
のピーク値が大きい程びびり振動が発生しやすいことから
負のピーク値でホルダ間の比較を行った(1)。
旋削加工時の切りくずを
制御する湾曲突起
切りくず断面をU字状に
制御する切れ刃形状
(a)GG:溝入れ/汎用
(b)ML:多機能/低送り
図 2 チップブレーカ設計
Tool
Tool
上下面V受け設計
溝入れ・旋削時も
高いクランプ剛性を維持
切りくず
切りくず幅
クランプ位置最適化
高いクランプ剛性とホルダ剛性
を維 持するスリットとボルト穴
位置の設計
図 5 チップ受け面・クランプ位置の最適化
切りくず
カール径
Work
Work
締結トルク一定
図 3 溝入れ加工時の切りくずシミュレーション例
2 - 2 びびり振動の抑制
加振点
600N
溝入れ加工は切れ刃の幅
全体に切削時の負荷を受けるため、通常切削に対して加工
25mm
時に振動を生じやすい。加工時に工具が振動すると加工面
の悪化や、突発欠損などのトラブルを生じる原因となる。
そこで GND 型ではホルダ材質に高剛性の特殊鋼を採用す
るとともに、図 4 に示すようにチップ固定部からシャンク
までシンプルな一体構造とした。さらにチップ受け面の形
−( 24 )− 溝入れ加工用工具「SEC-GND 型」の開発
加速度
ピックアップ
10mm
50mm
図 6 ハンマリングテスト方法
0
8
16
24
32
40
570
0
-570
0
8
(a)GND型
16
24
32
40
時 間(msec)
-570
加速度(m/s2)
0
時 間(msec)
加速度(m/s2)
コンプライアンス実数部
周波数
570
(b)従来品
Work:SCM415 Vc=100m/min, f=0.2mm/rev, ap=0.5mm, wet
Tool:GNDLR2525M-312, GCMN3004-MG/AC530U
ピーク値
図 10 旋削加工時のホルダ振動比較
図 7 コンプライアンス実数部の負のピーク値
2 - 3 優れた経済性と高精度の両立
溝幅の要求精
評価結果を図 8 に示す。GND 型は他社品に対してコンプ
度が高い溝入れ加工を行う場合、使用するチップの製作時
ライアンス実数部の負のピーク値が小さい結果が得られ
には従来チップ外周の研磨加工が必須であった。特に
た。特に分割型を採用している他社品 B に対してはピーク
GND 型のような深溝入れ加工に用いる細長い形状のチッ
値で 35 %低くなっており、一体型構造により大きな防振
プでは全長が長いため、刃幅精度を制御することは難しい。
効果が得られていることが分かる。
それに対し、GND 型は高精度焼結技術を確立したことに
より、研磨レスながら全ての刃幅において刃幅精度
コンプライアンス(mm/N)
± 0.03mm を実現した(図 11)。
これにより、従来研磨チップが必要であった加工現場に
0.00E+00
-2.00E-05
おいても、経済性が優れた研磨レスチップを使用すること
-4.00E-05
を可能とする。
-6.00E-05
-8.00E-05
GND型
一体型
他社品A
一体型
他社品B
分割型
0.12
他社品C
一体型
図 8 負のピーク値比較
実際に溝入れ加工を行った際の防振効果を確認するた
め、実加工時のホルダ振動評価を行った。その結果、溝入
れ加工時における振動を分割型に対して最大で約 30 %抑
刃幅公差(mm)
-1.00E-04
0.1
0.08
0.06
0.04
0.02
0
制した(図 9)。また、旋削加工時におけるホルダ振動も大
GND型
他社品A
他社品B
図 11 刃幅精度比較
幅に抑制(図 10)した。
これにより高い送り速度での高能率加工などにおいても
加工中の振動が抑制されるため、異常欠損などのトラブル
が少ない安定した長寿命加工を実現する。
3. 切削性能
-160
0
10
20
30
(a)GND型
40
160
時 間(sec)
0
加速度(m/s2)
時 間(sec)
加速度(m/s2)
GND 型はホルダシリーズとチップブレーカシリーズの
160
0
-160
0
10
20
30
40
(b)従来品:分割タイプ
Work:SCM415 Vc=100m/min, f=0.1mm/rev, ap=20mm, wet
Tool:GNDLR2525M-220, GCMN2002-GG/AC530U
組み合わせにより、様々な加工用途に対応できる。
図 12 ~ 14 にユーザーでの使用実例を示す。
図 12 に示す使用実例(ⅰ)は事務用機械部品の外周溝
入れ加工である。従来品では切りくず処理が悪かったため
に切りくずを分断する目的でステップ送りを行い、切りく
ずを分断していたのに対し、GND 型はその優れた切りく
ず処理性能から連続送りでも安定した切りくず処理が可能
であった。ステップ送りによる加工時間を短縮した結果、
図 9 溝入れ加工時のホルダ振動比較
加工能率 2.5 倍を達成することができた。
図 13 に示す使用実例(ⅱ)は、ギアスプロケットの外
周溝入れ・仕上げ加工である。従来品で切りくず処理が不
2 0 1 2 年 7 月・ S E I テ クニ カ ル レ ビ ュ ー ・ 第 1 8 1 号 −( 25 )−
発欠損が生じていたのに対して、GND 型では優れた切り
(a)加工形態
被削材 :SCr415
工具
:GNDMR2020K-518
チップ :GCMN5008-MG/AC530U
切削条件:Vc=150m/min, f=0.1mm/rev, wet
くず処理と、振動抑制効果により、チップの突発欠損を解
消し工具寿命の安定を実現した。
ø44.0
図 14 に示す使用実例(ⅲ)は、クランクの外周溝入
れ・仕上げ加工である。従来品で切削時の振動、切れ刃形
ø56.8
安定で、また切削中に生じる微小な振動によりチップの突
状による切削抵抗の高さから、チップの突発欠損が生じて
いたのに対して、GND 型の振動抑制効果、最適な切れ刃
形状により突発欠損を抑制した。これにより工具寿命 1.3
倍を実現した。
1. 粗加工
❶
(a)加工形態
❷
❷ ❸
被削材 :SCM440
工具
:GNDLR2525M-320
チップ :GCMN3002-GG/AC530U
切削条件:Vc=90m/min, f=0.1mm/rev, wet
❶
❸
図 13 使用実例(ⅱ)
ø60
ø30
2. 仕上げ加工
(a)加工形態
ø36
(b)切りくず写真
GND型
ø50
被削材 :S53C
工具
:GNDML2525M-618
チップ :GCMN6030-RG/AC530U
切削条件:Vc=130m/min, f=0.36mm/rev, wet
従来品
(c)加工能率
(b)刃先損傷比較
従来品
欠け
GND型
0
100
200
GND型
300
従来品
加工能率(%)
図 12 使用実例(ⅰ)
(c)工具寿命
従来品
GND型
0
50
100
工具寿命(%)
図 14 使用実例(ⅲ)
−( 26 )− 溝入れ加工用工具「SEC-GND 型」の開発
4. 結 言
SEC-GND 型は、市場ニーズに対応し、高能率・安定加
工が可能でかつ、経済性に優れる溝入れ工具である。この
製品により、ユーザーでの生産性向上や工具コスト削減に
貢献できるものと確信している。
用 語 集ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※1
有限要素法
数値解析手法の 1 つで、解析対象を微小な要素に分割し、
各要素での計算結果を足し合わせることで、全体の挙動の
近似解を求める。
参 考 文 献
(1) 杉田忠彰、上田完次、稲村豊四郎、「加工学基礎Ⅰ
学」、共立出版(1984)
基礎切削加工
執 筆 者 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------島 本 陽 介*:住友電工ハードメタル㈱
デザイン開発部
刃先交換式ホルダの形状開発に従事
上 田 正 信 :住友電工ハードメタル㈱ デザイン開発部
部門スペシャリスト
福 山 奉 章 :北海道住電精密㈱ 製品開発課
沖 田 淳 也 :住友電工ハードメタル㈱ デザイン開発部 グループ長
博士(工学)
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------*主執筆者
2 0 1 2 年 7 月・ S E I テ クニ カ ル レ ビ ュ ー ・ 第 1 8 1 号 −( 27 )−