トーマツ 企業リスク www.deloitte.com/jp/book/er ライセンス監査の現状と実施手順 トーマツ企業リスク研究所 研究員 肥後 ひとみ ライセンス契約を締結し、ライセンス供与の対価としてロイヤルティの支払をライセンス先から受け取る場合、ロイヤル ティの額が正しく報告されているかということが懸念点の一つとして挙げられる。そしてこの懸念を解消する対策として、ラ イセンス監査の効率的な利用が注目されている。しかしながら、日本におけるライセンス監査の実態はあまり明らかになっ ていない。本稿ではライセンス監査の現状を考察し、代表的なライセンス監査の実施手順について述べる。 1. ライセンス監査の現状 有限責任監査法人トーマツとデロイト トーマツ 1-1 ロイヤルティ監査の実施を検討して いるか。ロイヤルティ監査は必要だ と思うか。 ファイナンシャルアドバイザリー株式会社は、今年度 ロイヤルティを題材としたセミナーを2回実施した。 ロイヤルティ監査は 実施済 参加者は両セミナーを合わせ200名を超えた。参加者 の業種は多岐に渡り、特に多かった業種は「製造−機 械・輸送機」、 「製造−化学」、 「 製造−電機」 であった。 両セミナーにおいて、参加者に対してロイヤルティに 関連するアンケート調査を行い、ロイヤルティ取引お よびロイヤルティ監査に関する実状について動向を 探ってみた。 ライセンス収入 の適正管理の主幹 部門が未確定。 ロイヤルティ監査を どの部門が実施 するかも未定 無回答 12% 16% 22% ロイヤルティ監査は 未実施。必要は感じない。 ロイヤルティ監査は 未実施。将来的には 必要 12% 39% 各セミナーの内容は下記のとおりであった。 1回目のセミナーでは、ロイヤルティの実務に関する講演を行った。当セミナーでは、ライセンス取引サイクルとその局面ごとのリスク、ライセンス取引の 目的、特徴や知的財産に関する会計上・税務上の取り扱いを概観した上で、とりわけ「契約締結」および「契約見直し・更改」の局面におけるロイヤルティ 決定の考え方・留意点、 「契約モニタリング」 「ライセンス料の検証・回収」の局面におけるリスク分析およびロイヤルティ監査のポイント等について説明 を行った。 2回目のセミナーでは、中国における知的財産の動向に関する講演を行った。当セミナーでは、中国における知的財産関連法の最新動向と日本企業が直 面する課題、中国税務当局の動向を交えたロイヤルティに関する移転価格税制への対処の考え方、さらにライセンス先である中国企業から適切なロイ ヤルティ収入を確保するための諸政策について説明を行った。 2013/10 季刊 ● 企業リスク 37 トーマツ 企業リスク www.deloitte.com/jp/book/er 知的財産の守りと攻め 1-1のアンケート結果から、ロイヤルティ監査を実 施していない企業が大半であるが、その必要性を感じ 1-3 ロイヤルティ報告書に基づくライセン ス料の分析を実施しているか? ている企業が39%と多いことがわかる。 実施している。 1-2 ロイヤルティ監査を実施していない 理由は何か。 〔複数回答可〕 23% 無回答 24% 101 88 実施していない。 22% わからない。 31% 52 35 31 24 26 1-3のライセンス料の分析実施状況については、 「実 施している」との回答は23%にとどまっている。ライ 回答1 回答2 回答3 回答4 回答5 回答6 回答7 センス料の分析は、ライセンス先から適正な収入を得 ているか、適正なロイヤルティ収入を阻害する潜在的 回答1:信頼関係で取引をしているため、必要性を感じ ない 回答2:ライセンス収入の分析をしており、懸念点が見 当たらないため 回答3:ロイヤルティ監査により取引に悪影響を与え るおことを懸念しているため 回答4:ライセンス収入自体が多額ではないため、あえ て調査をする必要はない 回答5:ライセンス監査のコスト負担 な問題を抱えたライセンス先がいないかなどを検証 する有効な方法と考えられている。そのため、今後よ り多くの企業にて、ライセンス管理の方法としてライ センス料の分析を実施することが望まれる。 上記のアンケート結果から、ライセンス料について、 分析や監査の実施など何らかの対応をする必要があ ると認識しながらも、実際に行っているケースは多く なく、分析や監査を行っている企業はまだまだ少数派 であることが推察できる。 回答6:その他 回答7:該当なし(既にロイヤルティ実施済み、ライセ ンシーが自己監査を実施している等) 1-2の設問において、ロイヤルティ監査を実施して 1-4 ライセンシーの主な所在国はどこか? 〔複数回答可〕 74 いない理由について聞いているが、アンケートの結果 63 33 からロイヤルティ監査は必要であると認識されていて 41 19 も、取引先との関係やコスト負担を理由に実施してい ないケースが多くあること推察できる。 2013/10 季刊 ● 企業リスク 38 中国 (香港・ マカオを含む) 中国以外の ヨーロッパ アジア・ パシフィック アメリカ その他 トーマツ 企業リスク www.deloitte.com/jp/book/er 1-4のアンケート結果より、多くの企業が中国を始 回答3:ロイヤルティの計算根拠が不明確 めとするアジア・パシフィック各国の取引先とライセン 回答4:ロイヤルティの貸倒れ(不払い) ス契約を締結していることがわかる。 回答5:ライセンシーの製造委託先の管理不備(ロイヤ ルティ対象製品の在庫管理不備など) 1-5 中国とのロイヤルティ取引において、 過去にどのような問題が発生したか? 回答6:その他 回答7:特に課題はない 〔複数回答可〕 ロイヤルティ調査 ロイヤルティに関する税務。 3% 9% ロイヤルティに 関する法務。 3% わからない。 22% 中国企業とのライセンス契約には文化と慣習、内部統 制の欠如、言葉の壁等の問題からさまざまなリスクが 潜んでいる。特に、中国企業とのラインセンス取引にお ロイヤルティの送金 いては、ロイヤルティの過小報告、ロイヤルティの計算根 29% 拠が不明確、ライセンス先の製造委託先の管理の不備 問題は発生して いない。 その他の課題。 29% 5% といった課題が多く挙がっている。 近年、中国では各国からの技術移転や知的財産権の 設問1-5においては、回答者の大半が中国とのロイ 保への積極的な姿勢から、ビジネスにおける知的財産 ヤルティ取引において何らかの問題が発生したと答え の重要性が高まっている。そのような中、中国における ている。 知的財産に関連する法制度のもとでの特許戦略上の課 題、関連会社からのロイヤルティ回収に関する移転価格 1-6 中国企業とのライセンス取引におけ るロイヤルティについて、どのような 課題があるか。 についての税務当局による指摘、あるいは、特許権等の ライセンス先である中国企業からのロイヤルティの過 小報告や不払いなど、中国でビジネスで展開する日本企 業が対応に苦慮しているケースが散見されている。 30 31 1-7 まとめ 27 21 18 17 14 今回のアンケート結果を総合的にまとめると、課題を 認識しているにも関わらず、ロイヤルティ監査に踏み切れ ていない企業が多少なりとも存在することがわかった。 回答1 回答2 回答3 回答4 回答5 回答6 回答7 日本企業がグローバルな競争にされされる中、高い技 術力を生かして国際競争力を強めるためには、自社の保 回答1:ロイヤルティ対象製品のグレーマーケットへ の流出 回答2:ロイヤルティの過小報告の懸念 有する知的財産の有効活用が不可欠である。その有力 な手段が技術提携であり、ライセンスビジネスであるこ とを今後は意識していただけると幸いである。 2013/10 季刊 ● 企業リスク 39 www.deloitte.com/jp/book/er トーマツ 企業リスク 知的財産の守りと攻め ライセンス収入調査は次の3つのステップで実施する。 2. ライセンス監査の実施手順 1. ライセンス契約リスクアセスメント ライセンシングに関する契約の締結後、契約ライフサ 2. 定例報告内容の分析・レビュー イクルのいずれかのステップにおいても、取引先との問 3. ライセンス先への実地調査 題が生じる可能性は十分にある。ここで言う問題とは、 例えば、許諾したライセンスについて、契約で取り決め 2-1 ライセンス契約リスクアセスメント たとおりに適切に利用されない、あるいは、対価が正し く支払われないことにより、本来得られるべき利益が確 ライセンス契約のリスクアセスメントでは、契約(取 保できない(あるいは損害が生じる)といったケースが 引先)の重要度をランク付けし、重点的な対策が必要な 考えられる。このような問題を未然に防ぐまたは早期 ものと、そうでないものに分類する。下記例では、各ライ に発見するためにも、ライセンスの対価であるロイヤル センス先ごとに質的・量的な項目を考慮し評価を行い、 ティの正確性や、ライセンス先(ライセンシー)の内部管 リスクスコアを算定する。 理体制の有効性について検証を行うなど、何らかの対 策を講じる必要がある。 基礎情報 点数 対象先候補 地域 ライセンス 内容 ライセンス料 (千円) ライセンス 料 過去問題 発生 過去3年間 の調査 地域 事業 複雑性 返品・ キャンセル リスク スコア Licensee 1 東京 SW(PC) ¥1,932 1.5 1.0 1.0 1.0 1.0 1.0 1.5 Licensee 2 東京 SW ¥300 1.0 1.5 1.0 1.0 1.5 1.0 2.25 Licensee 3 オランダ SW ¥105,600 3.0 1.0 1.0 1.2 1.5 1.0 5.4 Licensee 4 台湾 SW ¥2,000 1.5 1.0 1.5 1.5 1.5 1.0 5.0625 Licensee 5 東京 TV ¥3,050 1.5 1.0 1.5 1.0 1.0 1.0 2.25 Licensee 5 韓国 DVD ¥38,900 2.5 1.0 1.5 1.5 1.0 1.0 5.625 Licensee 6 USA HW(PC) ¥39,583 2.5 1.0 1.0 1.2 1.0 1.0 3 Licensee 7 USA モバイル端末 ¥5,000 1.5 1.0 1.0 1.2 1.5 1.5 4.05 Licensee 8 USA SW ¥40,500 2.5 1.0 1.0 1.2 1.5 1.0 4.5 Licensee 8 中国 DVD ¥395,800 3.0 1.5 1.0 1.5 1.0 1.0 6.75 Licensee 9 福岡 PC パーツ ¥4,219 1.5 1.0 1.0 1.0 1.0 1.5 2.25 Licensee 10 インド SW ¥98,000 2.5 1.0 1.5 1.5 1.5 1.0 8.4375 Licensee 11 大阪 DVD ¥2,880 1.5 1.0 1.5 1.0 1.0 1.0 2.25 Licensee 12 ブラジル DVD ¥295,800 3.0 1.0 1.5 1.5 1.0 1.0 6.75 Licensee 13 タイ DVD ¥529,400 3.0 1.0 1.5 1.5 1.0 1.0 6.75 次に、 リスクアセスメントの結果に基づき、 ライセンス先 (Licensee 1〜13)をリスクスコアが高い順に並び替 2013/10 季刊 ● 企業リスク 40 え、 リスクを低減するための対策を決定する。 トーマツ 企業リスク 基礎情報 1 点数 調査適合性 対象先候補 地域 ライセンス 内容 ライセンス料 (千円) リスク スコア 監査 条項 Licensee 10 インド SW ¥98,000 8.4375 有り 2 Licensee 8 3 4 www.deloitte.com/jp/book/er 中国 DVD ¥395,800 6.75 有り Licensee 12 ブラジル DVD ¥295,800 6.75 有り Licensee 13 タイ DVD ¥529,400 6.75 有り 契約 目的 監査 適合性 拡販 ○ コスト ダウン コスト ダウン コスト ダウン 5 Licensee 5 韓国 DVD ¥38,900 5.625 無し コスト ダウン 6 Licensee 3 オランダ SW ¥105,600 5.4 有り 拡販 評価結果 グループ 調査 方法 1 訪問調査 1 訪問調査 ○ 1 訪問調査 ○ 2 データ送付 ○ × ○ 備考 過去過小支払あり。 要再調査。 監査条項がなく調 査不可。契約更改 時に監査条項を入 れるよう折衝。 対象外 2 データ送付 将来ソフトウェア 開発の発展性を見 対象外 込んだ提携。現状、 調査しがたい。 7 Licensee 4 台湾 SW ¥2,000 5.0625 有り 戦略的 提携 × 8 Licensee 8 USA SW ¥40,500 4.5 有り 拡販 ○ 2 データ送付 9 Licensee 7 USA モバイル 端末 ¥5,000 4.05 有り 拡販 ○ 3 自己評価 10 Licensee 6 USA 3 有り コスト ダウン ○ 3 自己評価 HW(PC) ¥39,583 2-2 定例報告内容の分析・レビュー 2-3 ライセンス先への実地調査 定例報告内容の分析・レビューでは、ライセンス先か 重要度が高いライセンス契約については、ライセンス ら定期的に受ける報告書の内容を分析する。報告書に 先に訪問し、実地調査を行う。主な調査項目は以下の2 おける不明点について適宜質問し、ライセンス先に「報 つに分類される。 告内容をしっかりとチェックしている」という印象を与 えることで牽制機能が働く。例えば、ロイヤルティ報告 ① ロイヤルティ報告数値の正確性に関する調査 数値の正確性に関する分析では、予想値やマーケット情 ●ライセンス先の業務責任者に対するヒアリング、関連 報との比較分析や数量や金額の推移分析を行う。 証憑の閲覧 分析の際、注意すべき兆候として以下の項目が挙げら ・ロイヤルティの集計プロセスの把握 れる。 ・情報システム構成、データフローの把握 ●ライセンス先の組織変更、買収・合併 ・ロイヤルティ対象となる製品マスタの把握 ●対象製品の市場規模の拡大など、市場動向と報告額 ●データの網羅性の検証(売上高の集計チェック、在庫 のミスマッチ 照合等) ●期毎のロイヤルティの大幅な変動 ●計算調べ ●期毎のロイヤルティが一定 ●関連証憑のサンプルテスト ●契約書で要求されている事項の開示を怠っている ② ライセンス先の管理体制の妥当性に関する調査 2013/10 季刊 ● 企業リスク 41 トーマツ 企業リスク www.deloitte.com/jp/book/er 知的財産の守りと攻め ●内部統制に関連する文書(フローチャート、規程等)の 閲覧 ●業務の実施状況の観察 ●関連証憑のサンプルテスト ●ライセンス先の業務責任者に対するヒアリング ●証憑の閲覧 実地調査の流れは以下の通りである。 契約 業務実施 ロイヤルティ報告 ●調査対象範囲及び背景の理解 ●調査手続の実施 ●調書結果のまとめ(調査報告書の 作成) ●ライセンス先に関する事前調査 ●ロイヤルティ報告についてのライ センス先担当者へのヒアリング ●追加調査の要否の検討 ●対象製品売上等の網羅性及び正確 性、契約条項の遵守性の検証 ●ロイヤルティの追加請求 (必要に応じて) ●サンプルテキスト及び証憑精査 ●契約内容の改訂(必要に応じて) ●入手可能データの吟味 ●ライセンス先との秘密保持契約書 締結(NDA) ライセンス調査の実績に基づく下記の分析結果から もライセンス調査の重要性がうかがえる。 て発見された過小報告額が実際の支払額の一定以 ・各業界においてライセンス調査を実施した結果、 上となった場合には、未払いロイヤルティに加 ライセンス先がロイヤルティを契約書に基づいて え、調査費用もライセンス先が負担するケースが 適正に報告していない確率は80%以上 過半数 ・そのうち、調査により発見された過小報告額が調 査費用を上回る可能性は90%以上 2013/10 季刊 ・ライセンス契約の監査条項に基づき、調査によっ ● 企業リスク 42 Ò トーマツ企業リスク研究所 季刊誌「企業リスク」のご案内 ∼企業を取り巻く、様々なリスク管理活動を支援する専門誌∼ トーマツ企業リスク研究所では、企業を取り巻く様々なビジネスリスクへ適切に対処するための 研究活動を行っています。本誌「企業リスク」は、毎号、各種リスクに関する実務経験を備えた 専門家の知見をお届けします。 ■概要 〈発 行〉1月・4月・7月・10月(年4回) 〈扱う主なテーマ〉コーポレートガバナンス、コンプライアンス、 内部統制、ITガバナンス、IT統制、不正対応、 海外子会社ガバナンス、知的財産、事業継続、 CSR、各種法改正に伴う対応等 〈主 な ご 購 読 層〉事業会社の内部統制、内部監査、経営企画、 リスクマネジメント等に従事されている方 ■掲載コーナーご紹介 ○先進企業の取り組みをご紹介する「企業リスク最前線」 ○最新の重要テーマを多角的な視点から解説する「特集」 ○法改正とそれに伴う企業の影響を詳説する「研究室」 ○専門的な知見をわかりやすくお伝えする「企業リスクの現場」 攻め・守りの双方向から、企業が経営を適切に推進するための 最新情報が詰まった一冊です。 貴社のガバナンス体制構築に、ぜひお役立てください。 季刊誌「企業リスク」WEBサイトはこちら 無料試読のご案内 「企業リスク」の無料試読を承っております。 ※最新号のみに限らせていただいております。 ※お1人様1回のみお申込みいただけます。 無料試読のお申込みはこちら バックナンバー記事のご案内 「企業リスク」のバックナンバー記事を WEBサイトで無料公開しております。 ぜひご覧ください。 バックナンバー記事の閲覧はこちら 〈トーマツ企業リスク研究所とは〉 トーマツ企業リスク研究所は、企業リスクの有効なコントロールが注目される中、激変する経営環境に伴って変化する企業リスクとその管理 について研究する専門部署として2002年10月より監査法人トーマツ (現:有限責任監査法人トーマツ)内に設置されました。 トーマツ企業リスク研究所は、企業が直面するさまざまなリスクを研究対象し、その研究成果に基づきセミナーの開催、Webサイトによる情 報提供、季刊誌の発行などを行います。 トーマツ企業リスク研究所の詳細はこちら
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