円安と原油安の消費者物価への影響

みずほインサイト
日本経済
2015 年 1 月 7 日
円安と原油安の消費者物価への影響
原油安の影響が勝り、物価押し下げに作用
みずほ総合研究所
調査本部
経済調査部
03-3591-1418
○ 円安進行を背景に食料品価格の値上げが相次ぐ一方、原油安に伴いガソリン価格の下落が続くほか、
電気代・ガス代への影響も今後本格化する可能性が高く、値上げ品目と値下げ品目が拮抗する状況
○ 足元までの約15%の円安・約40%の原油安が消費者物価に与える影響を試算すると、コアCPIは
ネットで0.1%ポイント程度押し下げられる見込み
○ 仮に原油価格の下落に歯止めがかからないなどの事態となれば、「デフレマインド転換の遅延」に
より、コアCPIが前年比マイナスとなる可能性も
1.値上げ品目と値下げ品目が拮抗
消費者物価は伸びが緩やかに縮小している。生鮮食品を除く総合指数(コアCPI、消費増税の影
響を除く)をみると、2014年4月(前年比+1.5%)をピークに縮小しており、11月時点では同+0.7%
まで低下している。円安による押し上げ効果が一巡していることに加え、原油価格の下落も物価の下
押しに働き始めた模様である。他方、今後の物価の動きは、10月末の日銀追加緩和後に急速に進行し
た円安による押し上げ効果と、秋以降の原油価格急落の影響が綱引きする状況になると予想される。
図表1 値上げ品目と値下げ品目
値上げする例
牛丼
牛丼並盛を+27%程度(吉野家)
2014年12月から
即席めん
即席めんなど約250品目を+5~8%程度(日清食品)
パスタ
家庭用パスタ64品目を+5~13%程度(日清フーズ)
2015年1月から
カレールウ・レトルト食品など約159品目を+8~10%程度(ハウス食品)
2015年2月から
レトルト食品
冷凍食品
アイスクリーム
紅茶
2015年1月から
冷凍食品60品目を+3~10%程度(味の素冷凍食品)
2015年2月から
アイスクリーム26品目を+8.3~10.5%程度(明治)
2015年3月から
紅茶ティーバッグ17品目を+5~10%程度(三井農林)
2015年3月から
値下げする例
ガソリン代
灯油代
2014年12月22日時点のガソリン店頭価格:直近ピーク(7月)比▲12%程度
原油価格にほぼ連動
2014年12月22日時点の灯油店頭価格:直近ピーク(7月)比▲12%程度
原油価格にほぼ連動
電気代
2015年1月時点の電気代:直近ピーク(6月)比▲1%程度(試算値)
燃料費調整制度に基づく
ガス代
2015年1月時点のガス代:直近ピーク(6月)比▲1%程度(試算値)
原料費調整制度に基づく
▲30%~▲50%程度(日本航空、全日本空輸)
2015年2月発券分から
燃油サーチャージ
(注)2015年1月時点の電気代およびガス代は各電力会社の公表資料より全国平均を試算。
(資料)各種報道、経済産業省などよりみずほ総合研究所作成
1
実際、円安に伴う原材料コストなどの上昇を背景に、食品メーカー各社は1月以降の値上げを表明し
ている(前頁図表1)。即席めんや冷凍食品、アイスクリームなど幅広い品目が値上げ対象となってい
る模様である。日銀短観の2014年12月調査によると、食料品製造業の想定為替レート(2014年度)は1
ドル=105.01円であるが、足元の実勢水準は1ドル=120円程度と、想定レートよりも円安方向に振れ
ている。一部の食品メーカーからは、企業努力だけでは円安によるコスト上昇分を吸収できないとの
声も上がっており、販売価格に転嫁する動きが広がっている。円安の進行は食料品以外にも輸入製品
の価格も押し上げる。
他方、原油価格の下落により、石油製品価格などへの下押し圧力が強まっている。足元のドバイ原
油は、夏場以降に4割程度下落している(2014年1~7月平均約105ドル/バレル⇒2014年12月平均約61
ドル/バレル、次頁図表3)。新興国経済の減速や米国のシェールオイル増産などを背景に、原油の需
給バランスは当面緩和的な状態が続くとみられることから、原油価格は今後も低位で推移すると見込
まれる。こうした状況下、原油価格の動向にほぼ連動するガソリン代や灯油代は下落傾向が続くとみ
られ、原油・LNG・石炭の原燃料費調整制度に基づく電気代やガス代への影響も今後本格化すると
予想される。さらに、大手航空会社は2015年2月以降の発券分について、燃油サーチャージの値下げを
決定している。
円安と原油安による影響を「消費者物価」という観点から評価した場合、どちらのインパクトが大
きいだろうか。
2.円安 vs 原油安①~コアCPI全体では原油安の影響が勝る
先行きの物価動向は、為替レートや原油価格などの外部要因に加え、需給ギャップや期待インフレ
率など各種条件によって大きく変わりうる。ここでは為替レートや原油価格の条件を変更することに
よってどのように結果が変わるのかを試算する。
(1) 足元までの円安・原油安によるコアCPI前年比への影響
2014年の為替・原油相場は、夏場までは一時的な振れはあったものの、ほぼ横ばい圏で推移してい
た。しかし、夏場以降、IMFによる世界経済の成長率引き下げを契機に世界経済に対する慎重な見
方が台頭する中で、円安・原油安の動きが進み始めた。2014年の夏場までの水準(1月~7月平均)と
比べると、足元(12月平均)の為替相場は約15%円安の水準にあり、原油相場は約40%下落した水準
にある(次頁図表2、3)そこで、まず足元までの約15%の円安、約40%の原油安がコアCPIの前年
比に与える影響を試算しよう。
みずほ総合研究所のマクロモデル乗数によると、10%の円安がコアCPIに与える影響は+0.22%
ポイント、10%の原油安が与える影響(ドバイ原油ベース)は▲0.10%ポイントである。約15%の円
安と約40%の原油安がコアCPIの前年比に及ぼす影響を、両者の物価へのラグを考慮しながらシミ
ュレーションすると、1年目(4四半期目まで)は原油安による押し下げ効果が勝り、▲0.1%ポイント
弱の物価押し下げ効果となる(次頁図表4)。一方、2年目(5四半期目以降)になると、円安・原油安
2
の効果はともにほぼ一巡するが、円安による押し上げ効果がわずかに残る結果となる。
(2) 原油価格のシナリオ別シミュレーション(コアCPIへの影響)
原油価格については、本稿執筆時点で依然として下落傾向が続いており、上記試算の前提(約40%
の原油安)からさらに下振れる可能性もある。そこで、原油価格が一段と下振れた場合のコアCPI
への影響について、シナリオ別にシミュレーションを行う。
原油価格のシナリオ別のシミュレーションでは、便宜的にみずほ総合研究所の2014年12月時点の見
通しをベースラインとし、そこから2015年1~3月期の原油価格が①50ドル(ベースライン比約▲18%
図表2
ドル円相場の推移
図表3
原油相場(ドバイ原油)の推移
(ドル/バレル)
120
(円/ドル)
125
110
120
約15%円安
12月平均
約119円/ドル
100
115
90
80
2014年1月~7月平均
約102円/ドル
110
2014年1月~7月平均
約105ドル/バレル
70
105
約40%下落
60
100
12月平均
約61ドル/バレル
50
14/1
14/4
14/7
14/10
(年/月)
14/1
(注)日次データ。
(資料)日経NEEDSよりみずほ総合研究所作成
14/10 (年/月)
14/7
(注)日次データ。
(資料)日経NEEDSよりみずほ総合研究所作成
図表4 足元の円安と原油安がコアCPIに与える影響
図表5 シミュレーションの前提(ドバイ原油)
(前年比、%ポイント)
0.8
0.6
14/4
円安要因
0.4
(ドル/バレル)
120
ベースライン
110
ケース①50ドル
100
ケース②40ドル
90
0.2
80
0.0
70
▲ 0.2
60
▲ 0.4
50
40
▲ 0.6
原油安要因
30
2013
▲ 0.8
1
2
3
4
5
6
7
14
15
16
(年/四半期)
8
(注)ベースラインは当社予測値(2014年12月時点)。
シミュレーションのケース①は2015年1~3月期の価格が50ドルに下落した場合、
ケース②は40ドルに下落した場合。なお、2015年4~6月期以降は、ケース①・②
いずれも、ベースライン比平行に推移させている。
(資料)みずほ総合研究所作成
(四半期目)
(注)15%円安と40%原油安による影響。
円安要因と原油安要因はみずほ総合研究所マクロモデル乗数による試算。
(資料)みずほ総合研究所作成
3
ポイント)、②40ドル(ベースライン比約▲34%ポイント)まで下落した場合のコアCPI上昇率をシ
ミュレーションする(試算の前提:図表5)。
まず、ベースラインのコアCPIは2015年1~3月期に0.5%まで前年比上昇幅が縮小し、夏頃まで1%
を下回る推移が続く見通しである(図表6)。しかし、その後は内需が回復する中で賃金改善分を物価
に転嫁する動きも強まり、2015年度後半に再び1%を超えると予測している。一方、他の条件を一定と
して原油価格が50ドル、40ドルまで下落した場合、それぞれベースライン比0.1~0.2%ポイント程度、
0.2~0.4%ポイント程度の物価下押し圧力がかかる。原油価格が下振れることで、2015年1~3月期の
コアCPIは0%台前半まで上昇幅が縮小し、2015年度末でも1%に届かない結果となる。
3.円安 vs 原油安②~原油安効果はエネルギー関連や運輸・郵便に集中
以上では円安・原油安による消費者物価全体への影響を試算し、足元の円安・原油安を前提とする
と原油安による物価押し下げ効果の方が大きいこと、および原油安がさらに進めば消費者物価指数は
前年比0%近傍まで低下する可能性があることを示した。ただし、本稿の冒頭でも指摘したように原油
安による物価押し下げ効果はガソリンや電気料金などのエネルギー関連に顕れやすいが、その他の幅
広い品目では円安による物価押し上げ効果の方が大きい可能性がある。そこで、本節では、こうした
円安・原油安による価格への品目別の影響の違いを、産業連関表に基づいて試算した。試算の前提と
なる円安・原油安の大きさは、2節(1)の試算と同様に円安が約15%、原油安が約40%とした。
まず、消費者物価全体への影響を確認すると、2節(1)の試算結果と同様に、原油安の効果が円
安を上回る結果となった。なお、物価の押し下げ効果は約▲0.3%ポイントと2節(1)の試算結果(約
▲0.1%ポイント)よりも大きいが、これは本節の分析が円安・原油安の消費者物価への完全転嫁を前
図表6 コアCPIのシミュレーション結果
(前年比%)
ベースライン
1.6
ケース①ドバイ原油50ドル
1.4
ケース②ドバイ原油40ドル
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
▲ 0.2
▲ 0.4
▲ 0.6
2013
14
15
16
(年/四半期)
(注)ベースラインは当社予測値(2014年12月時点)。
シミュレーションのケース①はドバイ原油が2015年1~3月期の価格が50ドルに下落した場合、ケース②は40ドルに下落した場合。
原油価格下落によるコアCPIへの影響はみずほ総合研究所マクロモデル乗数による。
(資料)みずほ総合研究所作成
4
提としているためと考えられる。
次に、業種別の物価への影響をみると、原油安による下押し効果が円安を上回るのは、エネルギー
関連(石油製品、電力・ガス・水道)と運輸・郵便となった(図表7)。これら3業種の寄与度を合計す
ると約▲0.6%ポイントとなる。他方、食料品やその他工業製品(通信機や衣料品等)、サービス業(飲
食サービス等)などでは円安による押し上げ効果の方が大きい(ただし、原油安によって押し上げ幅
はかなりの程度抑制される)。さらに、より詳細な業種分類(108分類、家計が直接消費しない業種を
除くと92分類)に基づいて円安・原油安の効果をみると、原油安による押し下げ効果の方が大きい業
種数は29業種にとどまるのに対して、円安による押し上げ効果の方が大きい業種数は63業種に上った。
本節の分析結果をまとめると、①円安・原油安は消費者物価全体として下押しに働くものの、②原
油安による物価押し下げ効果はエネルギー関連や運輸・郵便に集中し、③その他の多くの品目では円
安による物価押し上げ効果の方が上回りやすいことが確認された。上記③の結果からは今後の報道な
どで円安に伴う値上げのニュースの方が多くなりやすいと考えられ、物価全体として円安効果が大き
いとの印象を受ける可能性がある点には留意が必要だろう。
4.さらなる物価下振れの可能性~「デフレマインド転換の遅延」
日銀が追加緩和を決定した2014年10月の金融政策決定会合の声明文で述べられたように、原油安の
影響は「やや長い目で見れば経済活動に好影響を与え、物価を押し上げる方向に作用する」。ただし、
短期的には日銀が掲げるインフレ目標(「2年で2%」)の達成は原油安によって一層困難となりそうだ。
さらに問題となるのは、声明文で示された「デフレマインドの転換が遅延するリスク」である。2014
年12月調査の日銀短観によれば、企業の1年後の物価(消費増税の影響を除く消費者物価)見通しは前
図表7
( 寄与度、%Pt)
合計
農林水産業
製造業
原油安+
円安
円安・原油安の物価への影響(業種別試算)
原油安
▲0 .3 0
▲1.76
1.47
0.00
▲0.03
0.03
▲0.15
▲0.95
0.80
食料品
0.08
▲0.14
0.22
繊維製品
0.02
▲0.03
0.05
石油製品
▲0.37
▲0.61
0.24
0.12
▲0.16
0.29
▲0.22
▲0.38
0.16
0.01
▲0.02
0.03
その他工業製品
電力・ガス・ 水道
金融・保険
(試算方法)
1.下記式に基づき、国内生産者段階の物価への影響
を計算(108分類ベース)。
Δp=[(I-(I-M)A)-1 ]'・A'・Δpm
ただし、Δp:各部門の価格上昇率(国内生産者段
階)ベクトル、I:単位行列、M:輸入係数行列、
A:中間投入係数行列、Δpm :各部門における輸入
品の価格上昇率ベクトル
円安
2.流通マージン(商業マージン+国内貨物運賃)を調
整して、国内購入者段階の物価への影響を計算。
0.01
▲0.03
0.04
3.部門別の物価への影響を消費ウェイトで加重平均。
▲0.02
▲0.09
0.07
情報通信
0.00
▲0.03
0.03
サービス
0.06
▲0.23
0.29
(注)平成23年の産業連関表(速報)をベースに計算。ただ
し、流通マージンについては関連する統計表が未公表
であるため、平成17年の統計表を利用して試算。
(資料)総務省「平成23年産業連関表(速報)」などよりみず
ほ総合研究所作成
不動産
運輸・郵便
(注)足元までの15%円安と40%原油安による影響。
(資料)総務省「平成23年産業連関表(速報)」などよりみずほ総合研究所作成
5
年比+1.4%と、前回9月調査から0.1%ポイント低下した。調査が開始された2014年3月以降、企業の
物価見通しが低下するのは初めてのことである。インフレ期待は実際の物価動向に連動する傾向があ
るため、原油安に伴う原材料コストの低下などを受けて、企業のインフレ期待がやや鈍化している可
能性がある。
企業にとっては、自社の販売価格の上昇期待が低下すると、労働コストの増加分を価格に転嫁しに
くくなるため、賃金の引き上げに慎重になるとみられる。したがって、期待インフレ率が鈍化すると、
賃金上昇率が高まらず、それに伴い基調的な物価も上昇しにくくなると想定される。仮に、原油価格
の下落に歯止めがかからない、2015年春闘で賃上げの動きが広がらないなどの事態となれば、物価は
試算値よりも下振れ、コアCPIが前年比マイナスとなる可能性も否定できない。先行きの物価動向
を見通す上では、為替レートや原油価格だけでなく、企業のインフレ期待や賃金の動向にも注意が必
要だ。
[共同執筆者]
経済調査部主任エコノミスト
風間春香
[email protected]
経済調査部主任エコノミスト
徳田秀信
[email protected]
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
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