トーマツ 企業リスク www.deloitte.com/jp/book/er 知的財産の守りと攻め ライセンスによる知財活用 トーマツ企業リスク研究所 主任研究員 木村 秀偉 日本における産業構造は労働集約型経済から知識集約型経済に変化した。競争力の維持・強化のために、技術やノウハ ウ等の知的資産の創出、管理、活用等が企業にとって重要といえる。このような技術やノウハウ等は、その企業の固有の活 動の成果であり、ビジネスモデル、プロセス、他の資産との関係の中で価値が最大化するものである。ただし、このような知 的資産は他の企業にとってもそれなりに価値があり、他社に模倣されると自らの競争優位を毀損することにもつながる。 そこで、このような知的資産を保護することは企業にとっては非常に重要となり、ひいては日本の国益にも影響があることか ら、国としても特許法や不正競争防止法等の整備を行い、知的資産の保護を通じて企業の競争力向上を支援している。 本稿では、グローバルイノベーションサイクルを概観し、その中で重要と考えられるライセンスによる知財活用について述べる。 1. ものづくりから ライセンス活用へ る中、日本企業にとって、国際競争力強化のために、保有 する知的財産を、売却やライセンス取引を通じて「いか にお金にかえていくか」が、知的財産管理の重要課題で 1-1 グローバルイノベーションサイクル あろう。このような動向に対して、政府の知的財産戦略 本部の継続的な施策に関する知的財産推進計画2013 「技術貿易収支」という言葉をご存知だろうか。特許 の策定、特許法の改正、休眠特許の活用を促進する知的 庁が公表した「特許行政年次報告書2013年版」 (以下、 財産ファンドの設立等の環境整備が進められている。 「報告書」)によれば、 「 特許、実用新案、技術上のノウハ ウ等における実施許諾等という形での取引」の輸出額 と輸入額の差額である貿易収支をいう。2011年度に は、日本の技術貿易収支は2兆円の黒字を計上した。し かしながら、これは米国の20年前の水準であり、さら に、その約70%は海外子会社からのライセンス収入と なっていると報告されている。 国内で企業などが保有する特許は135万件であり、 その47%が休眠特許であるといわれている。 この点、従 来、日本企業では、他社へ対抗するための防御措置とし て知的財産権を取得することが多かったようである。 し かしながら、 『ものづくり』の新興国へのシフトが加速す 図表1 知的財産管理のトレンド 防御措置として 知的財産権を取得 ●日本企業は、135万株の 特許を保有(47%が休 眠特許) ●日本企業は、 「ものづく り」が得意分野(企業あ るいはグループ内部で の活用が中心) 国際 競争力 の強化 いかにお金にかえていくか? ●ノンコア事業に関連する 知的財産権の売却 ●ライセンス取引による 活用 ●知的財産推進計画2013 ●技術貿易収支は黒字だ が、約70%が海外子会 社からの収入 ●特許法の改正 ●知的財産ファンド(官民) 2013/10 季刊 ● 企業リスク 29 トーマツ 企業リスク www.deloitte.com/jp/book/er 知的財産の守りと攻め 一方、報告書では、日本企業に求められる取組みに ス活動し、また、侵害品に対しては正当な権利行使を行 関して、 「グローバルイノベーションサイクル」なるキー うなどして適切に収益を上げ、得られた収益を還流さ ワードを示している。グローバルイノベーションサイク せ、研究開発へ再投資することにより、我が国における ルとは、 「 グローバルな視点から、知的財産を的確に権 イノベーションを更に加速させることである」としてい 利化又はノウハウ化し、それを用いて戦略的にライセン る(図表2参照)。 図表2 グローバルイノベーションサイクル 我が国における イノベーションの促進 研究開発へ再投資 ①知的財産の権利化・ノウハウ化 戦略的なライセンス活動により、 新産業の迅速な国際展開や、 ライセンス収入の獲得が可能となる。 ③侵害品への積極的な権利行使 技術貿易黒字拡大 戦略的知財活用 ②ライセンスによる知財活用 ビジネスのグローバル展開 事業展開を見据えた知的財産権の取得、 ノウハウ化による保護を実施。 正規品の市場シェア低下防止や、 正当なライセンス収入を得るため、 侵害品に対する必要な権利行使を行う。 出典: 「特許行政年次報告書2013年度版」特許庁 1-2 ライセンスによる知財活用 知的財産は、特許権だけでなく、アパレル等のブラン ド、アニメキャラクター等のコンテンツ、ソフトウェ この中でも、収入アップの直接的な手段となる「ラ イセンスによる知財活用」に着目したい。ここで、ラ イセンス取引とは、知的財産の保有者が、他人に自己 の所有する知的財産の使用等を許諾して、その対価 であ る ロイヤル ティを 受 取 る 取 引 を い う。ロイヤル ティは、契約時に一括して支払われるものもあるが、 図表3に示すとおり、ライセンシーの売上に連動して 収受するものが多い。ライセンス取引の対象となる 2013/10 季刊 ● 企業リスク 30 アなど多岐にわたる。 トーマツ 企業リスク 図表3 www.deloitte.com/jp/book/er 対象によっては、我が国企業のリスクが高まる可能 ライセンス取引(例) 性もある」点が挙げられている。 ライセンス 他方、ライセンス取引には、未利用資源の活用とい 知的財産 (使用許諾) う観点のほか、海外の現地企業でのライセンス生産 ライセンサー ライセンシー を行うことにより海外展開のスピードアップや現地 売上× ○○% $ 報告書 ロイヤルティ ニーズに見合った製品展開がしやすくなるというメ (ライセンシーが販売した ライセンス対象製品に 係る売上の一定割合) リットもある。日本企業には、ライセンス取引による 事業上のリスクとメリットを比較検討したうえで、ラ このライセンス取引について、 「 世界規模で市場が イセンス取引を推進することが求められる。 広がり経済活動が行われる中でライセンス供与も知 的財産の活用方法の一選択肢として位置付け、ライセ ンス供与による自社事業等への悪影響も十分に考慮 2 ライセンス取引に 求められる管理 した上で、ライセンス供与を経営戦略上どのように位 置付けるかを明確に定める必要がある」というのが 報告書の提言である。 2-1 ライセンス取引サイクルと リスクマネジメント 日本企業が、ライセンス取引に消極的な理由として、 「 自 社で 実 施しなくなった 権 利 を 保 持してライセン ライセンス取引を推進することが求められる一方、 ス供与を行うよりも、権利を放棄してしまった方が、 取引を実施するに当たっては、しっかりとしたリスク 費用対効果が大きい」点や「NPE(特許不実施主体: への対処が求められる。ライセンス取引に関連する一 Non-Practicing Entity)等のライセンス供与を行う 連の活動は、例えば、図表4のようにまとめられる。 図表4 ライセンス取引サイクルとリスクマネジメント ロイヤルティ収入の モニタリング ロイヤルティ監査 タスク ■事業戦略と適合するラ イセンス戦略の立案 ■候補席ライセンシーの 選定 ■ライセンシーと契約交 渉・締結 ■外部環境の変化による ライセンス契約の影響 について リスク ■不適切なライセンシー の選択 ■不利な条件での契約 対応 ●バックグランド調査 ● ロイヤル ティの 価 値シ ミュレーション ●契約条項の検証 契約締結 契約見直し・ 更改 契約の紛争・解除 ■ライセンシーの利用状 況と契約の範囲との整 合性の確認 ■ ライセンス 契 約 の 見 直 し、更新の必要性の見当 ■ライセンシーと校章す るための資料の作成 ■紛争・解除の必要性の検討 ■紛争時における侵害金 額もしくは逸失利益の 算定 ■異常なロイヤルティの見 落とし ■ロイヤルティ不払、過小 申告 ■利益喪失 ■ライセンシー管理強化 機会の喪失 ■敗訴 ■契約条件悪化 ●ロイヤルティ分析方法の 確立 ●ライセンス契約のリス クアセスメント ●監査権の行使 ●管理強化のための契約 変更、追加契約 ●法務、財務専門家の利用 2013/10 季刊 ● 企業リスク 31 トーマツ 企業リスク www.deloitte.com/jp/book/er 知的財産の守りと攻め まず、契約段階では、適切なライセンシーを選定す るための十分なバックグラウンド調査、ライセンシー 新刊告知 への交渉力の基礎となるロイヤルティ価値シュミレー ションなどが必要である。また、ロイヤルティ計算方法 についてライセンシーとの認識の相違が生じないよう 米国紛争鉱物規制 に協議しておくことも必要である。次に、ライセンス契 −サプライヤー企業のための対策ガイド− 約後の管理として、ロイヤルティの異常値を見つける経 年推移分析やマーケット情報との比較分析等の継続的 デロイトトーマツ紛争鉱物対策チーム著 日刊工業新聞 (2013年6月刊行) なロイヤルティ収入のモニタリング、必要に応じてライ 米国紛争鉱物規則は、本年1月から施行されてい センシーへの実地調査を行うロイヤルティ監査が求め ます。これは米国上場企業に対する規制ですが、 られる。これらの実効性を担保するためには、ライセン ス契約締結時に、ライセンシーからの提供情報の内容 や監査条項について、ライセンシーと取り決めておく必 要がある。その後、ライセンシーの経営環境の変化ばか そのサプライヤー企業にも影響を与えます。 なぜ、米国が紛争鉱物規制を行ったのか、それに 対応するためにはサプライヤ—企業は何をすれ ばよいのか、調査票はどのように書けばよいの か、などについて分かりやすく解説しました。 りでなく、ロイヤルティの支払もれの発覚等を原因とし 第1章 コンゴ紛争と人権への取り組み て、ライセンス契約の見直し・更改が行われることがあ 第2章 米国の紛争鉱物規制 るが、その際には、過去の誤りの再発防止の観点からも 第3章 OECD紛争鉱物ガイダンスと デューディリジェンス 契約条項の検討が必要である。さらに、ライセンス契約 の紛争・解除等の対処が必要なこともあり、適宜、専門 第6章 EICC/GeSI調査票の使い方と 記入方法 2-2 適正なロイヤルティ確保のために 適正なロイヤルティを確保するためには、実際にライ センサーからロイヤルティが支払われる段階、すなわ ち、ライセンス契約後の管理が極めて重要である。一般 に、契約後は「お金が入ってくるだけ」と捉えられ、管理 が手薄になりがちであるが、当初想定(合意) したとおり に、ライセンシーがロイヤルティを支払っているか継続 してウォッチしていく必要がある。なお、適正なロイヤル ティを収受するための社内体制については、本特集の次 稿を参照願いたい。 〈参考資料〉 特許庁『特許行政年次報告書 2013年版』 ● 企業リスク 32 第4章 サプライヤー企業のための 紛争鉱物対応の手順 第5章 紛争フリー製錬所プログラムと 認定監査 家のバックアップを受けることが望まれる。 2013/10 季刊 ここが知りたい Ò 第7章 グローバル企業の紛争鉱物対応の 実際 第8章 紛争鉱物規制、今後の動向と対策 トーマツ企業リスク研究所 季刊誌「企業リスク」のご案内 ∼企業を取り巻く、様々なリスク管理活動を支援する専門誌∼ トーマツ企業リスク研究所では、企業を取り巻く様々なビジネスリスクへ適切に対処するための 研究活動を行っています。本誌「企業リスク」は、毎号、各種リスクに関する実務経験を備えた 専門家の知見をお届けします。 ■概要 〈発 行〉1月・4月・7月・10月(年4回) 〈扱う主なテーマ〉コーポレートガバナンス、コンプライアンス、 内部統制、ITガバナンス、IT統制、不正対応、 海外子会社ガバナンス、知的財産、事業継続、 CSR、各種法改正に伴う対応等 〈主 な ご 購 読 層〉事業会社の内部統制、内部監査、経営企画、 リスクマネジメント等に従事されている方 ■掲載コーナーご紹介 ○先進企業の取り組みをご紹介する「企業リスク最前線」 ○最新の重要テーマを多角的な視点から解説する「特集」 ○法改正とそれに伴う企業の影響を詳説する「研究室」 ○専門的な知見をわかりやすくお伝えする「企業リスクの現場」 攻め・守りの双方向から、企業が経営を適切に推進するための 最新情報が詰まった一冊です。 貴社のガバナンス体制構築に、ぜひお役立てください。 季刊誌「企業リスク」WEBサイトはこちら 無料試読のご案内 「企業リスク」の無料試読を承っております。 ※最新号のみに限らせていただいております。 ※お1人様1回のみお申込みいただけます。 無料試読のお申込みはこちら バックナンバー記事のご案内 「企業リスク」のバックナンバー記事を WEBサイトで無料公開しております。 ぜひご覧ください。 バックナンバー記事の閲覧はこちら 〈トーマツ企業リスク研究所とは〉 トーマツ企業リスク研究所は、企業リスクの有効なコントロールが注目される中、激変する経営環境に伴って変化する企業リスクとその管理 について研究する専門部署として2002年10月より監査法人トーマツ (現:有限責任監査法人トーマツ)内に設置されました。 トーマツ企業リスク研究所は、企業が直面するさまざまなリスクを研究対象し、その研究成果に基づきセミナーの開催、Webサイトによる情 報提供、季刊誌の発行などを行います。 トーマツ企業リスク研究所の詳細はこちら
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