Untitled - 日本電子キーボード音楽学会

電子楽器 レポート
連載-21
ハイブリッドオーケストラによるオペラ
―熊本オペラ芸術協会と韓国室内オペラ団の事例を通して―
阿方
俊
熊本オペ ラ芸術協会と韓国室内 オペラ団が、昨年、ハイブリ ッドオーケスト ラで
モーツァ ルトの「魔笛」を上演し、新 しい演奏形態の 将来的可能性を示した。前者
は 10 月、 熊本市民会館崇城大 学ホール( 1,579 席)、後者 は 12 月、韓国オ サン市
文化芸術 会館(860 席)。
今や日本 ではめずらしくなくな ったエレクトーン(ヤマハ製電子オルガンの ブラ
ンド名)を 用いたハイブリ ッド オーケストラによるオ ペラは、韓国、台湾、中国 な
どでも上 演されるようになって きている。
ハイブリッドという接頭語は異なった種類のものを混合するという意味で用い
られ 、ハイブリッド カーの場合 はガソリンと電気とい う異種のものを混合し たエン
ジンを搭 載した自動車を指す。ここで いうハイブリッ ドオーケストラの場合 は、ア
コーステ ィック楽器(伝統楽器 、生楽器 )と電子楽器(エレク トーン )によるアン
サンブル を指す。
この異 種混合のオーケストラ が用いられる理由には 次の 3 つが挙げられる 。
① オペラ上演ではステージ、照明、オーケストラなどに多額の経費がかかり、オ
ペラ団体ではハイテク技術を駆使して各分野での省力化に尽力している。オー
ケストラ 分野での省力化策の一 つとしての活用
② 今回の熊本オペラ芸術協会の「魔笛」は「異空間オペラ『魔笛』~肥後くまも
と魔法の笛~」と異空間を謳っているが、この異空間対して異音響と言っても
よいハイ ブリッドオーケストラ による新しい響きの活 用
③ 電子オルガンなど電子発信の楽器は、すべての音がスピーカーを通して出てく
るため、アコースティック音と厳密な意味で同じ響きにはなり得ない。しかし
アコースティック楽器音を電子音に加えることで、よりアコースティック楽器
の響きに 近い音が得られる こと によるハイブリッドオ ーケストラの活用
かつてエレクトーンを見たことのない北ドイツ放送交響楽団のヴァイオリニス
トがエレ クトーン 2 台と弦楽器 5 名 のアンサンブルを DVD で聞いて、“な ぜ 20~
30 人の弦楽アン サンブルのよう な響きがするのか”と質 問したことがあるが、この
反応がハ イブリッドオーケスト ラの特色を端的に言い 表している。
次の写真 左は、熊本オペラ芸術協 会ハイブリッドオーケ ストラの練習風景(指揮:
出 田 敬 三 )、 同 右 は 韓 国 室 内 オ ペ ラ 団 の リ ハ ー サ ル 時 の オ ー ケ ス ト ラ ピ ッ ト で の 演
奏風景( 指揮:金正奉)。
この 2 つの ハイブリッドオー ケストラの楽器編成は 次のようになっている 。
備考
Electone Strings Wind & Perc.ほか
熊本オペ ラ芸術協会
3名
6名
17 名
演奏者=26 名
韓国室内 オペラ団
2名
6名
1 名(Flute)
演奏者=9 名
ハイブリッドオーケストラの楽器編成は数名の小さなものから管弦打楽器が加
わ る 20 名を超すものまでいろ いろなタイプのものが ある。この 2 つも演奏 者の人
数が 3 倍近く も違い、不思議に 思われる 方がいるかも 知れない。それは各オ ペラ団
のオペラ 上演に際し 、ハイブリ ッドオーケストラに対 する基本的考えが違う ことに
起因する 。
熊本オペ ラ芸術協会では、弦楽器セクションのみをハ イブリッドストリング スに
して 、管打楽器は原曲の編成の ままで、現代的な 2 管編成 のオーケストラを 追求し
たもので あり、3 名のエレクト ーン奏者は次のように 弦楽器を分担し音の広 がりを
求めた。ま た弦楽器 6 名の中に コントラバスだけを 2 名配 置しで管打楽器と のバラ
ンスを取 った。
第 1 エレクト ーン(中村真貴) = 第 1 および第 2 ヴァイオ リン
第 2 エレクト ーン(川元慶子) = 第 2 ヴァイオリンと ヴィオラ
第 3 エレクト ーン(本田真弓)= チェ ロとコントラバ ス(第 1 バイオリン兼 任)
これに 対して韓国室内オペラ 団の場合は、 2 名のエレクトーン 奏者(ウォ ン・へ
リン、千葉祐佳)が スコアリー ディング奏法で弦楽器 と管打楽器を分担して 演奏す
るものに 弦楽器奏者 6 名を加え たものである。こ こでの狙いは、電子音(エレクト
ーン)の弦楽パートをよりアコースティックサウンドに近づけるという点にあり、
弦楽器に 第 1 ヴァイオリンが 2 名加 わった 6 名で、前 者と対照的になってい る。
もうひと つ挙げられるこ とに 、前者が弦楽器音をマイ クで軽く拾っていたの に対
して後者はマイクを用意したもののゲネリハで使用しない結論に達した。これは、
熊本市民 会館の 1,579 席のキャ パシティに対しオサン 文化芸術会館が 860 席であり、
ハイブリ ッドオーケストラでマ イクをどのように使っ ていったらよいか 、客席数な
ども考慮 して今後の課題になる と思われた。
(写真左は熊本オペラ芸術協会、右は韓国室内オペラ団公演のカーテンコール)
かつて 日伊音楽文化交流―音 楽の虹フェスティバル ―で、ハイ ブリッドオ ーケス
トラを用 いてプッチーニの「修道女 アンジェリカ」が上演 された時、ヴェルディ 音
楽のマル チェッロ・アッバード 元院長が“オケの演奏 がはじまった時に、少しい つ
もと違う かなと感じたが、幕が上が り、舞台でコーラ スが歌いだすと、違和感は ま
ったく感 じられなくなった 。これならオペ ラに世界で もっともうるさいイタ リア人
も容認す るだろう”と感想を述 べた。オーケストラと ハイブリッドオーケス トラの
違いだけ に耳を傾けるのであれ ば別であるが、今回、この 2 つの オペラを観 て改め
てアッバ ード院長のことばが想 い出された。
またオサンの「魔笛」を観たヤマハ・ミュージック・コリアの 山田俊一社長は、
“ハイブ リッドオーケストラに よるオペラの話しを耳 にはしていたが 、このような
エレクト ーンの発信の場がある ことを改めて認識した。今後、新 しい動きを 考えて
行きたい ”とこの楽器のハイブ リッド的使用法の可能 性に意欲を示した。
と同時に 、会場のキャパシティ に最適な楽器編成やマ イクの使用法に関する 課題
などが多 々残されていることも 事実である。しかし、ハイ ブリッドオーケス トラが
オペラ公 演で大きな一歩を着実 に踏み出しているのは 間違いない。
(あがた ・すぐる
本研究会員 )