講演会にて使用されるスライドはこちら

2015年1月17日
京都大学経済学部東京同窓会経済懇話会
「電力改革と暮らし」
京都大学 大学院経済学研究科 教授
依田 高典
1
日本経済新聞
身近な疑問を読み解くやさしい経済学
(3/31/2014-4/11/2014)から抜粋
(前半35分間)
2
1. 既存の電力体制に疑義
l 2011年3月11日に起きた東日本大震災
→ 東京電力の発電所が2000万kWも喪失
l 私と田中誠(GRIPS)の調査
→ 東京電力管内の家庭の9割以上、震災後に省エネ意識が高まる
→ エアコンの設定温度を平均1・5度、高めに設定
→ 自発的節電効果は全需要の2%にあたる100万kW相当
l 福島第1原子力発電所の事故
→ 基幹電源である原子力発電への信頼が揺らぎ
→ 原子力発電所の停止に伴う燃料費の高騰により
→ 東電管内の家庭用の電気料金は3割も上昇
→ 電力危機のために、国民の間で深刻な意見の対立も
3
1. 既存の電力体制に疑義
l 7割の家庭が原子力発電について将来的に廃止すべき
→ 他方、6割が燃料費増加に伴う電気料金の引き上げに不承諾
→ 原発はイヤだが、値上げもイヤという葛藤
→ 社会心理学でいう認知的不協和
→ 難しい選択を無理に選ばせると、自己正当化の原理が働く
→ 一度選んだ選択に対してますます意固地に
l 従来、電力産業の地域独占と料金規制
→ 世界一の安定した電力供給
→ 震災後、生じた既存の電力体制へ疑義
→ 国民に開かれた電力システムの下で
→ 自由選択と全国規模の競争を基本に
→ 一人一人の創意工夫によって電力危機を乗り切る
4
2.  不十分な自由化
l  電気は、どうして普通の財と違うのか
→ 電気はためられないという非貯蔵性
→ 発電と消費が同時かつ同量で行う必要性
→ 電力会社は何十年先の需要を見越して、発電所の建設を計画
l  送配電網の建設には莫大な固定費用がかかる
→ 1企業が独占的に供給した方が低コストで電力供給
→ 自然独占性に基づき、政府は電気料金を規制する代わりに
→ 特定の電力会社に地域独占的な地位を認める
l  ガスタービンなど小型発電の技術革新
→ 発電部門では地域独占の必要性が薄れる
→ 1995年以降、4次にわたって電力改革が実施
→ 発電部門に競争原理を導入
→ 大口需要家を対象に小売りの一部が自由化
5
2.  不十分な自由化
→ 新旧電力会社の間の公正な競争基盤の整備
→ 料金を支払えば他社の送電線を利用できる託送制度も整備
→ 送配電部門の会計を分離するなど、経営透明性と中立性を担保
l  小売自由化を断行した英国などに比べ日本の電力改革は緩やか
→ 燃料費の値上がり基調の中、電気料金は2割近く低下
→ 他方、新電力会社は市場の数%しかシェアを獲得できず
→ 既存の電力会社のエリアをまたいだ競争も不活発
→ 連系容量が不足し、全国規模の需給調整が不十分
l  東日本大震災後、政府は本格的な電力改革を断行する覚悟
→ 2015年、広域系統運用機関を設立、需給調整機能を強化
→ 2016年、小売部門の全面自由化を実施
→ 2018~20年、法的分離による送配電部門の中立化
→ ゆくゆくは料金規制を撤廃
6
3.  自由化の光と影
l  2016年、家庭を含め全ての顧客に電力選択の自由が
→ 今まで、小口需要家は地域独占の電力会社と契約
→ 与えられたメニューの中から電気料金を選択
→ オール電化で昼間に高く深夜に安い電気料金が一部普及も
→ 圧倒的多数の家庭は時間にかかわらず一定の電気料金で契約
l  全面自由化後に家庭の電力選択はどのように変わるか
→ 新電力会社やエリアが異なる既存電力会社と契約可能に
→ 異業種からの参入も期待
→ ソフトバンクは電力小売市場に参入すると表明
→ 同社5千万の電話顧客に、電話と電気のセット割引を提供
l  新電力会社は顧客属性や需給に対応した料金メニューを用意
→ おいしいところ取りというクリームスキミング
→ 既存の電力会社も手をこまねいて見ているわけにいかず
7
3.  自由化の光と影
l  問題は、こうした競争に取り残される消費者
→ 自由化で既存の電力会社の供給義務が撤廃
→ 従来の料金で電気を使えない家庭が出る懸念
→ 経過措置期間を設けて送配電会社に最終保障を義務付け
→ 顧客が現行の規制料金で利用できる配慮も
l  へき地や所得の低い家庭でも生活必需性の高い電気をあまねく公平に
廉価で使える必要
→ 全国一律のサービスを事業者が負担するユニバーサルサービス
→ 競争の必要経費として新旧全ての電力会社が負うべき責務
→ その負担料は、送電線の利用料である託送料金に上乗せ
→ 自由化には光と影の部分がある
8
4.  変動料金で需要を調整
l  年間1%のクリティカルピーク
→ 最も電力消費が増える時間帯(盛夏15日間の昼間)
→ 全発電費用の10~15%がかかる
→ 電力会社の営業費用に占める発電費用の割合は6~7割
→ このピーク需要を抑えられれば、電気代は5~10%下げられる
l  市場では高費用時に価格を高く、低費用時に価格を低く需供給調整
→ 電力需給が逼迫する時間帯は電気料金を高く
→ 他の時間帯の電気料金を下げれば良い
→ 料金の上げ下げなどで需要を調整するデマンドレスポンス
l  長い間、デマンドレスポンスの有効性を巡る論争
→ 反対意見は、電気は必需性の高い財
→ 料金の変化に需要は反応しない
→ 価格による電力の需給調整は働かない
9
4.  変動料金で需要を調整
l  反対派の説は半分正しく、半分誤り
→ 確かに電気の価格反応度は小さい
→ 大規模停電を経験し、デマンドレスポンスの期待が大きい米国
→ 百以上の実証研究があり、日本でも実証データが集まる
→ 価格10%の変化に対して、電力需要は1%しか変化しない
→ これを需要の価格弾力性と呼び、このケースでは0.1
→ この価格弾力性は高度に統計的有意
→ 学問的に見れば、電力需要は価格に反応
l  デマンドレスポンスを有効活用するため
→ 時間ごとの電気使用量を計るスマートメーターの普及が必要
→ その費用対効果を測る社会実験が日米で始まっている(後述)
10
11
5.  ピーク量を抑える効果
l  全需要家に、時間ごとに電気使用量を計るスマートメーターを設置
→ 料金の上げ下げで需要を調整するデマンドレスポンスを活用
→ ピーク時の電力を抑えながら、発電量が不安定な再生可能エネル
ギーの余剰も吸収
→ 次世代送電網(スマートグリッド)の構築を目指す
l  先頭を切ったのは、カリフォルニア電力危機を経験した米国
→ スマートメーターをカリフォルニア全家庭に設置
→ 時間帯別に変動する電気料金の社会実験を百以上実施
→ ピークカット効果はゼロから50%まで千差万別
→ 結論ありきの不適切な運営に疑問が噴出
l  日本でも、経済産業省がスマートコミュニティ4地域を指定
→ スマートグリッドを活用したデマンドレスポンスの社会実験
→ 先駆けは北九州市とけいはんな学研都市
12
5.  ピーク量を抑える効果
→ 2012年夏、電力の需給が逼迫する時間帯に節電要請を発令
→ 電気料金を50~150円/kWhまで様々に変化
→ 収入が一定となるようレベニューニュートラリティ
l  結果は興味深いもの
→ デマンドレスポンスで最大20%のピークカット
→ 電気料金を引き上げても、ピークカットはそれほど増えない
→ 効果は夏休みに高まり、お盆を過ぎると急速に落ちる
l  実験参加世帯9割は、エアコンや洗濯機の運転時間をピークからオフ
ピークに動かすなど工夫
→ 5~10%の電気代の節約にも成功
→ 電力需要の負荷が平準化され、電力会社の経営が効率化
→ 電気代が安くなれば、変動型電気料金は家計にも優しい
13
6.  利用者の視点に立つ
l  大手電力会社はスマートメーターの本格的な設置を開始
→ 設置費用1兆円は電気料金に上乗せして回収
→ 電力データは新電力会社にも開放する方針
→ スマートメーターの設置が、デマンドレスポンスへの第一歩
→ マニュアルからオート(自動)のデマンドレスポンスを目指す
→ そこまでに到る課題も多い
l  米国カリフォルニアで実施された社会実験
→ 好きな人だけが変動型料金に入るオプトイン型
→ 20%しか加入しないが、節電効果は20%
→ 嫌な人は変動型料金から抜けられるオプトアウト型
→ 90%が新型料金に残るが、節電効果は10%
→ 合計効果は加入率×節電効果
→ オプトイン型の4%よりオプトアウト型の9%の方が大きい
14
6.  利用者の視点に立つ
l  変動型料金を標準にするオプトアウト型の方が望ましい
→ 変動型電気料金に加入すれば多くの世帯で電気代が節約
→ 契約を切り替える際の手間や時間といったスイッチングコスト
→ 消費者は従来の契約を続けてしまう(現状維持バイアス)
→ 大金をかけてスマートメーターを設置しながら
→ 大半の消費者が一律料金に居残ったら宝の持ち腐れ
l  デマンドレスポンスを普及させる社会実験が横浜市で始まっている
→ 各家庭に通常料金と変動型料金の両方の支払額を計算
→ どちらの料金が得か知らせるシャドービリング
→ 最初の1年間は安い方の料金を請求するビルプロテクション
→ スイッチングコストを下げる施策を実施
l  電力改革で大切なのは、利用者側の自発的な参加意識
→ 節電は楽しいと思わせる仕組みが重要
15
Q
®½ ž§ªb†—36ŽOf
•  ¿:>{ZA{ƒ~›Œ{'ÀŠ{¥³½ª¢´·¬¨œŽ&f|
•  '(Š{mj+š\— 3CŽn¹°¸ŽqssšW%|
Áz®½ 5koixvwŽc=1`šojipoikjjikoj,„—|
•  qss‹truš™‡‰{Nlj¾Ž®½ ž§ª7€.–˜ˆ|
ÁzM‹‘’9ŽV@P7|
•  8¹°¸š„˜{<J7•g“—|
•  ?[R
YK‹™‡‰{NkmhŽc=LN|
•  ƒ~›Œ$G_(¼ZA(Š•{'(9Ž®½ ž§ª7šV@|
ÁÃyqssqssŽD|
•  -‹•{©³»«¹¥²»¥Ž5a)¼#LŽc=1`¶¬·½š^0
Š—HIS…{dTŽ®½ ¢»ªº½¸š]”‰~‚/T€}—|
16
経済学で革命を起こすフィールド実験
スマートグリッド・エコノミクス
(後半35分間)
z
The Persistence of Moral Suasion and Economics Incentives
Field Experimental Evidence from Energy Demand
Koichiro Ito
Boston University
NBER
Takanori Ida
Kyoto University
Makoto Tanaka
GRIPS
17
1.  フィールド実験という経済学の革命
l  経済学は実験ができない学問か?
→ 実験によって理論の正しさが検証できない言ったもの勝ち
→ データは自己選抜バイアスに汚れ、実証分析は信頼できない
→ 無作為比較対照実験(RCT)を実生活でやるという蛮勇
l  スマートグリッドを舞台に繰り広げられる日米の競争
→ オバマ政権はRCTを条件に10の地域を指定
→ 経産省は横浜・豊田・けいはんな・北九州4地域を指定
→ 私はアドバイザーとして実験設計・経済効果測定を担当
→ 東日本震災を挟んで社会的重みが激変(天意なのかも)
l  行動経済学のまだ解かれていない課題
→ 寄附など社会的行為・運動など行動変容を促す動機付け
→ 内発的動機(節電要請)対外発的動機(変動型電気料金)
→ 長期的持続効果・習慣形成が重要
18
2. けいはんなフィールド実験
l  実験の概要
→ 経済産業省・NEPC・関西電力・三菱重工との共同研究
→ けいはんな学研都市
→ 2012年夏・2013年冬
→ 全4万世帯から手を上げた2千世帯の中から7百世帯を対象
l  ランダム化グループ分け
→ コントロール・グループ(N=153)
→ 節電要請(内発的動機)グループ(N=154)
→ 変動型電気料金(外発的動機)グループ(N=384)
l  内的妥当性と外的妥当性
→ 内的妥当性はランダム化で保証
→ 外的妥当性は保証されないが事後チェック
19
LcTX(EF;)¡¸½¯€ƒ—¶§¦½¤
2012* 153¼2013*213
20
c=1`("EF;)¡¸½¯€ƒ—¶§¦½¤
2012* 153¼2013*213
21
c=1`(CPP=¥65/¥85/¥105)
2012* 4a13165×15
2013*!218215×21
22
c=1`("EF;)¡¸½¯€U—
±½µ¼­¸Ÿ½¼³­½¤¶»ª¼£¥¨µBe
23
3. ピークカット効果の結果
l 
l 
l 
l 
l 
節電要請のピークカット効果は夏3%・冬3%(有意)
変動型電気料金のピークカット効果は夏17%・冬17%(有意)
→ CPP=¥65の効果は夏15%・冬16%(有意)
→ CPP=¥85の効果は夏17%・冬16%(有意)
→ CPP=¥105の効果は夏18%・冬19%(有意)
25%#
25%#
20%#
17%#
15%#
15%#
17%#
18%#
17%#
19%#
16%#
16%#
15%#
10%#
10%#
5%#
20%#
5%#
3%#
3%#
0%#
0%#
����� ����
�� CPP=¥65#
2012�
���
CPP=¥85#
CPP=¥105#
����� ��
�
��� CPP=¥65#
CPP=¥85#
CPP=¥105#
2013�
���
24
3. ピークカット効果の結果
2012年夏の結果の図示
25
4. ピークカット効果の期間中の持続
l  節電要請の効果の持続はなし
→ 第1サイクルの効果は夏8%・冬8%(有意)
→ 第5サイクルの効果は夏0%・冬1%(非有意)
l  変動型電気料金の効果の持続はあり
→ 第1サイクルの効果は夏18%・冬19%(有意)
→ 第5サイクルの効果は夏9%・冬16%(有意)
�����
����
��
�����
25%#
25%#
20%#
18%#
20%#
5%#
9%#
8%#
3%#
10%#
5%#
0%#
19%#
21%#
16%#
16%#
16%#
17%#
17%#
15%#
13%#
1%#
0%#
20%#
16%#
15%#
10%#
���
���
0%#
��������2�
������3�
������4�
������5�
�����
2012�
���
8%#
2%#
3%#
0%#
1%#
2%#
1%#
0%#
��������2�
������3�
������4�
������5�
������6�
������7�
�����
2013�
���
26
5. ピークカット効果の期間後の習慣形成
l  節電要請の期間後の習慣形成はなし
→ 習慣形成の効果は夏1%・冬2%(非有意)
l  変動型電気料金の期間後の習慣形成はあり
→ 習慣形成の効果は夏8%・冬7%(有意)
�����
�����
����
��
��
�
���
10%#
10%#
8%#
8%#
8%#
6%#
6%#
4%#
4%#
2%#
2%#
7%#
2%#
1%#
0%#
0%#
2012�
���
2013�
���
27
6. 習慣形成のメカニズム
l 
l 
l 
l 
節電要請の家電買換は8%贈加(有意)
変動型電気料金の家電買換は9%贈加(有意)
節電要請の行動変容(5段階)は0.13ポイント贈加(非有意)
変動型電気料金の行動変容(5段階)は0.4ポイント贈加(有意)
→ 習慣形成の差は家電買換ではなく行動変容による
�����
����
�
�
10%#
8%#
9%#
8%#
�����
0.5%
0.40%
0.4%
6%#
0.3%
4%#
0.2%
2%#
0.1%
0%#
����
��
0.13%
0%
�����
����(5�
��)%
28
6. 社会厚生効果
l 
l 
l 
l 
節電要請の短期効果(夏3日)は11億円
変動型電気料金(¥65)の短期効果(夏3日)は16億円
節電要請の長期効果(夏15日)は24億円
変動型電気料金(¥65)の長期効果(夏15日)は77億円
→ 節電要請と変動型料金の長期効果の差は大きい(50億円)
→ 変動型料金が¥85/¥105となれば差は開く(80億円/110億円)
→ 電源投資を考慮に入れれば社会厚生効果は年1000億円
�����
100"
90"
80"
70"
60"
�
� 50"
40"
30"
20"
10"
0"
11"
���
���
16"
����(�
���)"
�����
100#
90#
80#
70#
60#
�
� 50#
40#
30#
20#
10#
0#
��
�
���
77#
24#
����(�
�15�
�)#
29
付録 スマートグリッド・エコノミクス事始め
l  研究テーマが大きく変わるので驚かれます
→ 5年毎に大テーマを見直す
→ 2000年代前半、ブロードバンド・エコノミクス
→ 2000年代後半、行動健康経済学(アディクション)
→ 2010年代前半、スマートグリッド・エコノミクス
→ 2010年代後半、スマートヘルスケア・エコノミクス
l  スマートグリッド・エコノミクスの経緯
→ 2010年3月、バークレー・スタバで共同研究者と雑談
→ 2010年7月、経済産業省からアドバイザーの打診
→ 2011年3月、東日本大震災
→ 2011~12年、バークレー・フルブライト研究員
→ 2012~14年、スマートグリッド・フィールド実験
l  時代を数年前取りし、天意を待つのが大切ではないでしょうか
30