1.3 テーマ【1-3】 歴史的建造物の保存科学及び保存手法に関する研究 1.3.1 はじめに 本研究は歴史的建造物を対象として保存・再生のための構造・施工法などの基礎デ ータ収集と検討を行うと同時に、歴史的建造物の保存・活用指針を策定するための科 学的データを構築し、同時に収集したデータの公開と活用のための提案を行うことを 目的としている。上記の目的を達成するために、①カンボジアにおける石造建築の構 造・施工法の解明、②歴史的建造物の保存科学・活用法の解明、③広域アジア圏の木 造文化遺産の保存再生に関する共通課題の検討、④建築材料に関する保存科学的アプ ローチとデータベースの作成、以上の各テーマについて調査・資料収集・分析をおこ なった。 1.3.2 カンボジアにおける石造建築の構造・施工法の解明[1-3-1∼1-3-11] 1)研究概要 カンボジアのアンコールワット遺跡群の調査・保存・活用事例をとおして、Adapt ation(再活用)を前提とした歴史的建造物の歴史・意匠的の指針策定、防災対策を ふまえた保存・活用手法の検討を実施した。また、保存・再生時における構造及び施 工技術の検討、建築材料別(木、石、レンガ、コンクリートなど)の保存科学に関す る研究などをとおして、有効な保存・活用手法を見出す。 2) 研究結果 これまで他分野との交流の少なかった①歴史・意匠、②建築計画・都市計画、③材 料・構造、④保存論の4分野からのデータが収集され、相互に他分野の研究状況につ いて理解が得られ、グループ全体のデータ集積が推進された。また、文献・報告書等 の再点検を4分野において分野別データとしてまとめ、研究分担者に配布し広範囲な 専門知識を共有し、保存・再生に関する問題を広く顕在化させた。 図 1-3-2 クメール石造建築における石造屋根構法の発展について参考文献[1-3-1]より転載 1.3.3 歴史的建造物の保存科学・活用法の解明[1-3-12] 1)調査概要 調査収集文献等のデータベース化作業を実施し、環境・防災、都市、人口、材料、 保存科学資料の目録などを整理し、歴史的な都市における居住環境と各種技術につい て総合的な研究を実施した。 対象地区はカンボジア、ベトナム、韓国、日本などの20都市、都城、遺跡を選定し てサーベイをおこない、①屋根形式と施工技術の相関性、②平面計画(寸法基準)と 施工手順との関係、③石材加工と施工技術を基にした編年指標の策定、④土壌地図、 植生図、地形・地質図等の収集と分析による環境マップの作成。⑤日本における都市、 環境、保存などの特徴とその地域の将来像のためのデータ構築と収集・分析をテーマ とした。 2) 研究結果 国内の各公共機関が独自におこなっている取り組みの分析では、それぞれについて 建造物の評価基準、構造補強、メンテナンス体制、調査工事の仕様書、保存再利用技 術に関するデータベースづくりなどに関して整理分析した。その結果、同一の建物で も所属機関の姿勢の相違、研究分析の方法の相違になどによって大きく評価が分かれ ることが分かった。 研究代表者・分担者が直接修復に関わっている事例についてデータ収集・整理を実 施し、検討を実施した。なかでも江戸川区立有形文化財昇覚寺鐘楼保存修復工事(片 桐正夫)におけるP.C技術、P.I.W技術に関するデータの分析、アンコール遺跡におい て実施されているバンテアイ・クデイにおける砂岩の耐久性向上のための実験的試み (清水五郎)に関するデータの分析、アンコール・ワット西参道の古材砂岩及びラテラ イトの共振法−共振振動数の測定により物体の力学的特性を調べる方法−による強 度チェック法(盛合禧夫・片桐正夫)、ベトナムフエ明命帝陵の木造建築修復事例(重 枝豊)、アンコール・ワット西参道の内部構法の解明による伝統構法の仕組みの解析 (片桐正夫)などについて、各分野からの再検討を実施した。その結果として伝統的技 術の採用という観点からは共通点がみられたが、それらの技術・技法の評価に関して は評価軸を設定・提案するにとどまった。文化遺産に関しては個別の目標設定があり、 総合評価軸は設定できなかったが、保存・再生時の基本的な評価軸を策定できたこと は評価できる。これらのデータを公開することによりさらに広く合意が形成できる土 壌が形成できたといえる。 1.3.4 広域アジア圏の木造文化遺産の保存再生に関する共通課題の検討 [1-3-13∼1-3-15] 1)調査概要 歴史的建造物の保存について科学・工学的に取り組んだ研究である。保存の理念を 技術的、学際的に解明することで、内在している諸問題を具現化することである。さ らに、これを広げて既存建造物の再生、再活用への応用を視野に入れて新たな保存技 術、工法の開発により、環境問題、リサイクル型社会の推進などの問題解決に資する ことをねらいとして研究・調査を実施した。 2) 調査結果 歴史的建造物の保存についての様々な事例、保存に関する諸々のデータ、歴史的建 造物の材料に関する試験データなどの事項についてデータの収集を行った。しかし、 これらを立体的に融合させて新技術、工法、開発について手掛かりを得るには至って いない。 広域アジア圏という視点から、包括的に文化遺産の研究を前提としたデータベース はこれまで作成されていない。とくに、文化遺産研究・修復に関わる情報、学術資料、 公開図面、研究論文などについてはデータ化、公開されていない。そのために研究資 料、文化遺産情報に関して専門家限定公開(当事国への登録および審査制)を採用に よる情報公開の道が模索した。各地の文化遺産担当者にとって同時期、同材料を用い た文化遺産の現状と修理手法の修復手法検討の貴重な手掛かりとなると同時に、また、 各修復担当者、修復技能者と直接的な質疑応答が可能な情報センターが形成されれば、 アジア文化遺産修復のネットワーク拡大につながることを把握・検証した。 1.3.5 建築材料に関する保存科学的アプローチとデータベースの作成 a)調査概要 カンボジアのアンコール・ワット遺跡(砂岩・ラテライト)に加えて、バンテアイ・ クデイ遺跡(砂岩)に関する調査・保存・修復活動、そして韓国「史跡文化財」の明 洞(ミョンドン)大聖堂修理工事の調査研究活動を行ない、伝統技術の科学的解明を 進めた。 本研究においてこれまで蓄積したデータは、各国のユネスコ世界文化遺産、指定文 化遺産のデータリストとデータを対象とし、①歴史的建造部の所在、年代、材料など の基本データ、②修復年代、修復情報の修復データ、③関連図書、修理報告などを系 統的に整理した。それらの公開を目指してデータベース作成ために基礎的なデータ作 成を収集した。 b) 研究結果 カンボジアではアンコール・ワット及びバンティアイ・クデイ遺跡の調査を基に、 その過程で顕在化してきた技術的問題について掘り下げて分析した。これらの歴史的 建造物では、いずれも主要材料は土とラテライト、砂岩であり、これらの材料の風化 原因の追求をテーマとしながら、性能及び耐久性強化に関する研究(含一部解体工事 による実験)を行なった。また、韓国文化財の明堂聖堂(1894創建、レンガ造)の 部分解体工事に参加することにより、レンガ造建築の解体方法と老朽化対策の確立の ためのデータを収集し、近隣諸国のレンガについてのデータを分析した。 図1-3-5-1 小口積みされたラテライ ト擁壁の平面 クメール アンコールワット西参道 さらに風化した花崗岩、レンガなどの強化 の方法についての実験を実施した(実験:清 水五郎教授)成果の一部については、韓国に おいてセミナーで発表し、技術・技法・実験 データ公開を実施した。明堂聖堂セミナーで は修復理念、日本のレンガ造修復の事例、レ ンガ造の破損について、一般的な修復の目的 と方針、明堂聖堂の修復について発表した。 [1-3-5-2] 明洞大聖堂外装レンガの公開データ 1.3.6 まとめ 木造の歴史的建造物に関しては、日本、韓国、ベトナムに関して、石造(組積造) の歴史的建造物においてはカンボジア、タイ(一部)、韓国、ベトナムの同時期、同 機能の建築に関して、修復、技術、資料などを作成した。 カンボジア・ベトナムに関してはデータのすべてが翻訳が終了していないので、今 後は英語化・現地の用語(カンボジア語ベトナム語、ハングルなど)への変換が必要 となる。一部のデータに関しては、カンボジアとベトナム各地でのシンポジウムにお いて紹介し、各国の文化財担当者には好評であった。ただし、データの著作権、引用 などに関するルールが明確ではなく、各国の担当者と協定を結ぶ必要が生じている。 個別データとしては一般的な技術・工法の紹介に過ぎないものが、それらを集積し、 比較検討できるようにすると、有意義な資料となることが再確認された。 研究内容がデータ収集という手続き、複写、実測など時間を要する内容であるため、 現地の研究者に多くの負担がかかった。また、分担者の多くからカンボジア、韓国、 ベトナムなどにおいて各専門の立場から資料が収集できた。 これまで日本国内に蓄積された基礎データが少なく、現地での大幅な作業が必要と なり、何度も同じ手続きを踏むという無駄な行程があったが、この研究データが公開 されれば後続の研究者にとっては、効果的に調査・研究に費用と時間を投入できる態 勢が整ったといえる。これまでのデータの公開に関しては、データ取り扱いに関する ルール化が必要となる。 予定していながら実施できなかった部分のある各資料の共通言語化が大きなテー マとして残った。公開された各資料の日本語での情報公開については問題はないが、 現地資料をそのまま翻訳する場合にはデータの著作権者の同意を得てからの公開が 原則となる。すべての文化財機関との合意は困難かと思われるが、主要機関との合同 研究体制をとることにより公開が可能となると考えられる。同時に今後の資料提供に 向けては、各国の文化財管轄部門とのフォーマルな情報公開に対する合意・調印が必 要となる。 現在、これまでに集積されたデータは、各分担者間での情報検索に利用しており、 新しい知見が随時書き込まれている。各研究者間の初期目的としての利用だけでなく、 学部生、大学院生などによって情報検索基礎データベースとしても効率的に利用して いる。 発表論文リスト *[1-3-1]崔炳夏,片桐正夫,「クメール石造建築における石造屋根構法の発展につ いて―アンコール・ワット様式の建立順序の再考―」,日本建築学会計画系論文報 告集 第573号pp.163-169 2003.11. *[1-3-2]片桐正夫,三輪悟,重枝豊,崔炳夏,「クメール建築の「空積み」工法に ついて アンコール・ワット西参道を事例として」『日本建築学会学術講演梗概集 F-2 建築歴史・意匠』,pp.171‐172.2003 [1-3-3]三輪悟,片桐正夫,荒樋久雄,「アンコール朝時代の古代橋について」,日 本建築学会学術講演梗概集 F-2 建築歴史・意匠,pp.173‐174.2003 [1-3-4]小島陽子,片桐正夫,重枝豊,「イースト・メボンにおける祠堂の寸法構成 について」,日本建築学会学術講演梗概集 F-2 建築歴史・意匠,pp.167‐165. 2003 [1-3-5]永野真利子,片桐正夫,重枝豊,「プリア・カンにおける出入口の仕口の分布 について」,日本建築学会学術講演梗概集 F-2 建築歴史・意匠,pp.176-175. 2003 [1-3-6]片桐正夫,小杉孝行、石澤良昭重枝豊,伊豆原月絵,崔炳夏,三輪悟,小島 陽子,永野真利子,「アンコール・ワット西参道にみるクメールの施工技術 クメ ール遺跡の実証的研究(41)」日本大学理工学部 学術講演会論文集,pp.660‐6 61.2003 *[1-3-7]永野真利子,片桐正夫,重枝豊,「アンコール地域のプリア・カンにおけ る小伽藍の仕口の分布について クメール遺跡の実証的研究(42)」日本大学理工 学部 学術講演会論文集,pp.662‐663.2003 [1-3-8]諸角大祐,片桐正夫,重枝豊,永野真利子,「アンコール地域のプリア・カ ンにおける小伽藍の平面構成と配置について クメール遺跡の実証的研究(43)」 日本大学理工学部学術講演会論文集,pp.664‐665.2003 [1-3-9]片桐正夫,重枝豊,小島陽子,飯田哲祐,野中正宏,「タ・ケオ遺跡におけ る刻印について クメール遺跡の実証的研究(44)」日本大学理工学部学術講演会 論文集,pp.666‐667.2003 [1-3-10]片桐正夫,重枝豊,小島陽子,川瀬歩美,高橋桂吾,「タ・ケオ遺跡におけ る基壇の寸法構成について クメール遺跡の実証的研究(45)」日本大学理工学部 学術講演会論文集,pp.668‐669.2003 [1-3-11]片桐正夫,重枝豊,小島陽子,川瀬歩美,高橋桂吾,「タ・ケオ遺跡におけ る伽藍の配置計画について クメール遺跡の実証的研究(46)」日本大学理工学部 学術講演会論文集,pp.670‐671.2003 *[1-3-12]山形徹,片桐正夫「近代の歴史的建造物の保存活用に関する評価手法の研 究 千代田区における歴史的建造物の保存活用を中心として」日本大学理工学部学 術講演会論文集,pp.694‐695.2003 *[1-3-13]中山恵美子,片桐正夫「外観にみられる北スラスラン村の民家の特徴 熱 帯アジアの木造建築における総合研究」日本大学理工学部学術講演会論文集,pp. 674‐675.2003 *[1-3-14]片桐正夫,重枝豊,チャンキィフォン,大山亜紀子,タン・チェ・フーン, 中澤寛美,「クアンナム省の伝統的民家の柱間構成について 中部ベトナムの民家 の実証的研究 その6」日本大学理工学部学術講演会論文集,pp.676‐677.200 3 [1-3-15]片桐正夫,重枝豊,大山亜紀子,「北部ベトナム仏教寺院の伽藍の基本構成 について ベトナム仏教寺院の総合研究 その13」日本大学理工学部学術講演会論 文集,pp.672-673.2003 [1-3-16]重枝豊,「ミーソンF1の建築構成について チャンパー建築の実証的研究 その15」日本大学理工学部学術講演会論文集,pp.678‐679.2003 テーマ【1-3】 歴史的建造物の保存科学及び 保存手法に関する研究
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