「HMI 品質メトリクス」の開発と組込みシステム開発への適用 真行寺 由郎† 鱗原 晴彦† Developing "HMI quality metrics" and applying embedded system development process SHINGYOUJI Yoshio UROKOHARA Haruhiko ねらい: 近年、自動車分野など、組込みシステムでは、そのシステムが持つ HMI(Human Machine Interface) もまた、大規模化・複雑化し、使用性を担保することが難しくなっている。しかしながら一方で、使用性、も しくは、利用時の品質(利用品質)は、その概念が提唱されているにも関わらず、具体的で、客観的・定量的 な品質の基準が定まっていない。このため、利用品質に関わる要求の明確化が不十分で、手戻りによる工数増 加や品質低下、ひいては、信頼性・安全性への影響が問題となっている。そこで、利用品質担保・向上をめざ し、客観的・定量的なHMIの品質基準、 「HMI 品質メトリクス」を開発し、組込みシステム開発プロセスへ適 用を行った。本発表では、この「HMI 品質メトリクス」を開発と適用事例、効果を報告する。 キーワード ユーザビリティ,利用品質、HMI,メトリクス,組込み開発プロセス Keywrds: usability, quality in use, HMI, metrics, embedded system development process 1.背景 実践し、効率的な改善が可能になる。しかし、大規模 かつ複雑化したシステムにおいて、システム制約、ソ 組込みシステムが大規模・複雑化し、機器やサービ フトウェア制約とユーザビリティを一括してマネジメ スの連携度が高まる今日、システムを構成するソフト ントできる開発者は存在せず、上流工程で適正にユー ウェアの高信頼化の重要度が増している。また、その ザビリティ評価を実践することは極めて難しい。 システムが持つ HMI(Human Machine Interface)もまた、 また、ユーザビリティテストを行わずに、専門家評 大規模化・複雑化しており、利用性を担保することが 価によって使用性を担保することもできる。この手法 難しくなっている。一方で、開発の上流工程から HCD は、経験豊かな複数のユーザビリティ専門家が、評価 活動を導入することで利用性が向上することは、ISO 対象となる製品や仕様書、その他最終製品の動作を把 9241-210、ISO 9241-11 や IPA/SEC 提唱の超上流プロセ 握できる情報をもとに、使用するユーザや利用状況を ス等でも示されている。さらに、最新の規格情報とし 想起しながら、専門家の知見で合議しユーザビリティ ては、ソフトウェア品質モデルの体系として ISO/IEC 上の問題点を発見する手法である。しかし、実開発に 25000 SQuaRE シリーズが紹介され、利用性や利用時の おいて、経験豊かで知見をもったユーザビリティ専門 品質はソフトウェア品質の一部として認知されるまで 家を複数人確保することは、殆どの場合で困難である。 になっている。しかしながら、具体的で、客観的・定 量的な品質の基準が殆ど定まっていない。 2.従来手法とその課題 また、前述の両手法を用いても、ユーザビリティ上 の問題を発見することができるが、品質を管理すると いう観点においては、客観的・定量的な基準を設定し なければならない。 従来、組込みシステム開発で使用性を向上させるに は、V 字開発工程で統合テストを終えた動作可能なシ ステムでユーザビリティテストを実施し、改善を図っ てきた。しかしながら、近年は、開発規模が肥大化・ 複雑化する一方で、開発期間は短縮されるために、ソ フトウェアの不具合の発生頻度も高く、後工程でユー ザビリティを改善することが不可能となっている(図 1)。また、迅速かつ適応的に開発する手法のアジャイ ル開発を採用すれば、動作可能なシステムを活用し、 図 1 組込み系システム開発の問題点 開発の前段階から開発者自身でユーザビリティ評価を † 株式会社 U’eyes Design U’eyes Design Inc. Meguro Higashiyama Bldg. 5tF., 1-4-4 Higashiyama, Meguro-ku, Tokyo, 153-0043 Japan 1 3.HMI 品質メトリクスの開発目的 大規模な組込み製品の開発プロセスにおいて、上流 工程での仕様開発を対象に、ユーザビリティの知識を 持たない設計者が、客観的にユーザビリティの良し悪 しを判断できるような HMI 品質メトリクスを用いて、 HMI 品質を確保、管理することを通じて、利用品質向 上を目的とする。 4.HMI 品質メトリクスとは ここでは、この HMI 品質メトリクスとはどのような ものがあるのか、ここで多数ある尺度(メトリック) の中で基本的な尺度(メトリック)である「読みやす い文字の明度差と色差」を紹介する。 一般的に,文字は背景色との色の差が低いと,文字 の判別が困難となり、可読性が落ちることが知られて おり(図 2)、W3C でもアクセシビリティの規約として 推奨値が規定されている。これは表示物の RGB 値を取 得し、明度差,コントラストを計算すると算出できる。 W3C では,明度差が 125 以上,色差が 500 以上が推奨 されている。 このように、使いやすさ、分かり易さに影響するよ うな画面遷移や画面レイアウト、ボタンの大きさや文 字の大きさ、色、文言といったユーザーインターフェ ースを構成する要素を複数の尺度(メトリック)によ って計測する。 現状では、一般的な UI のガイドラインやユーザビリ ティ専門家の知見より、このような尺度(メトリック) を 74 個開発しており、多角的に HMI の良し悪しを判 断している。 目的としている。 詳細は以下の通りである。 ・ メトリクスカード ユーザビリティの知識がない開発者がメトリクスを 理解できるよう、品質特性、属性、尺度、測定方法を 記したものである。品質特性には、ユーザビリティの 観点と品質としての目的や効果を記した。属性は、画 面遷移や画面上のどこをチェックするか、対象物を記 した。尺度は、計測値の判断基準、評価基準を記した。 測定方法には、計測により算出した結果の表現の仕方、 数値、そして必要に応じて条件等を記した。 ・ ガイドライン メトリクスで抽出したユーザビリティの問題に対し、 開発者が改善できるようにするため、ユーザビリティ の考え方、改善方針を記したものである。ユーザビリ ティの考え方は、ユーザビリティの観点やそれに対す る知見を記した。改善方針には、いくつかの解決パタ ーンと改善事例を記した。 ・ 手順書 メトリクスカードでの計測対象や計測方法が複雑で ある、または計測に厳密さが必要な場合に限り、詳細 な計測方法の説明として手順書を用意した。 ・ 解説書 メトリクスで抽出できるユーザビリティ上の問題点 の重要性と、改善の必要性を説明するため、解説書を 用意した。解説書には、メトリクスが有するユーザビ リティ観点の説明、根拠やユーザビリティの原理原則 となる資料、ユーザビリティの考え方を記した。 これらのツールを用いて、開発者自身が HMI 品質の 良し悪しを判断し、その設計工程において、設計した HMI の客観的な良し悪しを判断するとともに、問題点 の把握・改善することができる。 図 3 運用ツール群 図 2 読みにくい事例と読みやすい事例 5.運用方法・ツール 上流の開発工程でユーザビリティを確保するために 開発したツールは、メトリクスカード、ガイドライン、 手順書、解説書のセット(図 3)である。 これらのツールを活用して、設計者自身が、設計工 程の中で、ユーザビリティ上の問題点を発見・改善を 6.効果 メトリクスによる評価結果が妥当であるかを検証す るため、ユーザビリティ専門家によるユーザビリティ 上の問題抽出の結果と対応させた。今回実施した専門 家評価では、車載情報機器の一機能に対し、5 人のユー ザビリティ専門家が専門家評価を実施した。一般的に、 5 人で行う専門家評価では、システムにおけるユーザビ 2 リティ上の問題点を約 80%発見できるといわれている。 [1] 文 献 [1]Nielsen,J.(1993) “Usability Engineering”Academic Press その結果、専門家の抽出した問題と一致したメトリ クスは 89%であった(図 4)。したがって、開発した大 [2] 人間中心設計(HCD)専門家 資格認定制度 http://www.hcdnet.org/certified/ 半のメトリクスが専門家と同等のユーザビリティの問 HCD: Human Centered Design 題が的確に抽出できることを確認した。 W3C: World Wide Web Consortium 図 4 メトリクスの効果 また一方で、メトリクスで測る HMI の要素を分類し たところ、グラフィック・文言に関わるメトリクスが 多く、画面遷移や情報量といった要素が少なくなって おり、これらに起因するユーザビリティ上の問題を評 価することが課題として挙げられる。 図 5 メトリクスの分類と構成比 7. 課題・展望 現メトリクスは、HMI 品質を示す値なので、継続的 に精度の向上を目指す必要がある。時代と共に変わる ユーザ像、技術革新による機能やサービスの変化、新 たな操作デバイスの登場によって、測定すべき対象や メトリクスの許容値、採用して良い値のレンジには差 が生じる。ユーザタイプやシナリオも含めたユースケ ースが異なる場合のメトリクス値の変化なども、マネ ジメントできるようになるのが理想である。 本事例で述べたように、HMI 品質の向上に有効なメ トリクスを考案するには、それなりの経験とセンスが 必要である。現状では、HCD-Net 認定 人間中心設計専 門家[2]など、ユーザビリティ評価や UI/UX デザイン開 発に従事している人材が適任だが、システム開発の知 識や経験も併せ持つ人材、もしくはチームの存在が求 められると考える。 3
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