第 1章 CFRP の材料特性 1.1 航空機、自動車分野で使用が広がる CFRP CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics:炭素繊維強化プラスチック)は 当初、釣り竿やテニスラケット、ゴルフクラブのシャフトなどのスポーツ用品 を中心に商品化されていたが、軽量化のメリットを航空機の構造材料に活かし たいという航空機業界の強いニーズに対して素材メーカーの不断の研究開発が 進められ航空機の構造材料への採用を可能にした。 当初は CFRP は強いが脆いというイメージがあり、特に衝撃が加わると内 部に剥離が発生し、圧縮過重が加わると容易に座屈する問題があった。さらに 困難なことは、衝撃後に CFRP は弾性変形により形状回復するため、駐機中 のパイロットによる目視確認では衝撃損傷を見落とす危険性があった。そこ で、明らかに発見できる窪みが生じない程度の衝撃であれば飛行を継続しても 支障が出ないとする CAI(Compression After Impact)強度が要求されるこ とになり、幾多の研究開発を経て、最終的にプリプレグ層間に熱可塑性粒子を 分散させた樹脂層を挿入する層間強化プリプレグを創出することにより、最終 的に当時のアルミニウム合金をも凌ぐ CAI 値を達成した。 1995 年に就航したボーイング 777 の垂直尾翼、水平尾翼に使用された層間 強化プリプレグを焼成した CFRP が、その後の運行でほとんど損傷例がなく 腐食もないというメンテナンス性のメリットが認知され、これを機に航空機の 構造材料として広く使用されるようになった。今や、ボーイング 787 では重量 比で約 50 %、すなわち機体全体が CFRP で製造されるまでに普及した。 一方、自動車業界も燃費向上に向けて車体の CFRP 化に各社が熾烈な開発 競争を展開している。 航空機機体や自動車車体を CFRP で製造する際、CFRP の切削加工、とり わけ部材締結用の穴あけ加工は必須となり、製造現場では CFRP 単独のみな 2 第1章 CFRP の材料特性 らず CFRP とチタン(Ti)合金、さらに異種金属との多層積層板に穴あけ加 工の作業が頻繁に行われているのが現状である。 1.2 (1) 熱硬化性 CFRP PAN 系炭素繊維の製造方法および物性 PAN 系炭素繊維の製造工程の概要を図 1.1 に示す。アクリルニトリルを重 合したポリアクリルニトリル(PAN)を紡糸して得られた PAN 繊維(プリ カーサ)を空気中 200〜300 ℃で酸化、環化して耐炎化させ、その後、不活性 アクリルニトリル 重 合 PAN 紡糸,製糸 PAN 繊維(プリカーサ) 耐 炎 化 炭 化 黒 鉛 化 空気中 200 ∼ 300℃ 不活性雰囲気 1,000 ∼ 2,000℃ 不活性雰囲気 2,000 ∼ 3,000℃ 表面処理 表面処理 サイジング サイジング 炭化系炭素繊維 黒鉛化系炭素繊維 図 1.1 PAN 系炭素繊維の製造工程 3 8 T1000 T1000G 引張り強度(GPa) 6 T800H M35J T700S T300J M40J T400H M50J M60J M65J M46J 4 T300 M55J M30 M70J M40 M46 M50 2 0 0 200 400 600 800 引張り弾性率(GPa) 図 1.2 PAN 系炭素繊維の種類と構成 出典:機械技術、2013 年、第 61 巻、第 1 号 雰囲気中 1,000〜2,000 ℃で炭化し、表面処理、サイジング剤を付与したもの が図 1.2 中の T で始まる品種であり、さらに炭化工程の後、2,000〜3,000 ℃ で黒鉛化して弾性率を向上したものが図 1.2 中の M で始まる品種である。 PAN 系炭素繊維の比重は 1.70〜1.93gcm (鉄が 7.8gcm 、アルミニウ ム が 2.7gcm )で、直 径 が 5 〜 8μm の フ ィ ラ メ ン ト 数 が 1,000 本(1K)、 3,000 本(3K)、6,000 本(6K) 、12,000 本(12K) 、24,000 本(24K)な ど の フィラメント数が比較的少ないレギュラートウと、40,000 本(40K)以上のラ ージトウと呼ばれるものがある。レギュラートウは航空機やスポーツ用品での 4 第1章 CFRP の材料特性 市場を担っており、ラージトウは引張り強度などの性能がやや低いものの、比 較的安価な資材として一般産業用途に使用が期待されている。 焼成温度によって得られる炭素繊維の弾性率、強度が異なることが知られて おり、応力−歪み曲線はほぼ直線であるが厳密には非線形であり、伸びに比例 して引張り弾性率がやや高くなる傾向がある。強度、弾性率の不活性ガス中で の温度依存性は 1,000 ℃までは変化が小さく耐熱性は優れているが、酸素存在 下では酸化による重量減が起こるので実用的な限界温度は数百℃と考えられて いる。繊維軸方向熱伝導率は黒鉛化が進行した高弾性率繊維(M)の方が高 く、繊維方向の電気抵抗は高弾性率繊維の方が小さく導電性になる傾向があ る。 (2) ピッチ系炭素繊維の製造方法および物性 ピッチ系炭素繊維の製造工程の概要を図 1.3 に示す。改質、精製した液晶状 態のメソフェーズピッチを溶融紡糸するが、その時の紡糸条件、口金構造によ りラジアル、ランダム、オニオンといった異なる繊維組織を決定付け、最終の 炭素繊維の性能を大きく左右する。紡糸したピッチプリカーサは 200〜400 ℃ の酸化雰囲気中で不融化処理され、不活性雰囲気中で炭化・黒鉛化後、表面処 理が施される。ピッチ系炭素繊維は PAN 系炭素繊維と比較して以下のような 特徴がある。 ① 高弾性率の繊維が得られやすい。 ② 圧縮強度が低い。 ③ 密度が高い。 ④ 負の熱膨張係数が大きい。 ⑤ 電気伝導率が高い。 ⑥ 熱伝導率が高い。 ⑦ 50GPa、100GPa のような低弾性率の繊維が得られる。 5 メソフェーズピッチ 溶融紡糸 異方性ピッチ繊維(プリカーサ) 不融化 酸化性雰囲気 不融化繊維 200 ∼ 400℃ 炭化・黒鉛化 不活性雰囲気 表面処理・サイジング ピッチ系炭素繊維 図 1.3 (3) ピッチ系炭素繊維の製造工程 プリプレグおよび CFRP の製造方法 炭素繊維を一方向に引き揃えて未硬化の熱硬化性エポキシ樹脂を含浸させた 厚さ約 0.3mm のシート基材をプリプレグという。プリプレグは、約 −18 ℃ で冷温保存する必要がある。 プリプレグを多数枚積層した後、オートクレーブにより窒素雰囲気中で加圧 と 同 時 に 100 〜 200 ℃ で 加 熱 成 形 し た も の が 高 性 能 CFRP で あ る。CAE (Computer Aided Engineering)解析結果に基づいて炭素繊維の方向を考慮し てプリプレグを積層することにより、所望の機械的特性を有する CFRP 積層 体を設計し製造することができる。 6
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