周産期医療におけるチーム医療を「どう」育てるか?

母子保健情報 第 68 号(2014 年 11 月)
Ⅱ.母子保健に必要な人材の教育
周産期医療におけるチーム医療を「どう」育てるか?
すず
き
まこと
亀田総合病院産科部長 鈴 木 真
キーワード
リーダーシップ、コミュニケーション、相互支援、メンタルモデルの共有
をしていると思っているであろう。しかし、常に
はじめに
変化をする病状を非連続でケアしながら、その抜
周産期医療だけでなく、すべての医療、さらに
けた部分を補って、状況を詳細に把握することは
社会生活においても「チームワーク」が大切であ
極めて困難なことである。
る。現代の医療は一人で何でも行う時代ではな
分娩に関わる診療は医療の中でもさらに特殊で
く、多職種が協働して行う「チーム医療」を行う
ある。その理由は「契約的救急医療」という極め
ことにより、専門の英知を結集して医療の質も安
て特殊な状況で医療を行っていることにある。ど
全も向上させようとしている。ここ数年は栄養サ
ういうことかというと、分娩はいつ始まるか誰も
ポートチーム(NST)
、感染管理チーム(ICT)
、
わからず、医療機関はその発症を突然電話で知ら
呼吸器ケアチーム、精神科リエゾン、薬剤師の病
され受け入れるという点で、ある種の救急医療と
棟業務など「チーム医療」に対して診療報酬加算
言えるかもしれない。しかし、一般の救急とは違
が行われており、
「チーム医療」を積極的に現場
い、すでに外来で妊婦健診をしており、当院で分
に導入しようとする意図が見える。一方で、チー
娩をする契約が成立しているので断ることはでき
ムワークについては、経験的に実行してはいたが
ない。このため分娩に関わる部門は、業務量に大
体系的に学習するプログラムはなかった。近年ア
きな変動があり、業務量を平準化することは極め
メリカで開発された「チーム STEPPS(Strategies
て難しく、患者が急激に増加した場合でも医療資
andToolstoEnhancePerformanceandPatient
源、勤務スタッフ数は基本的には同一であり、過
Safety)
」の概念を解説したい。
大な業務負担を強いられる。もう一点、入院して
1.医療の特殊性、さらに周産期医療の
特殊性について
きた時点では患者さんは一人であるが、出産する
ことにより患者は二人となる点である。それも新
生児は全介助者で食事介助が 3 時間ごとにやって
我々の働く病棟・部署では、当たり前であるが
くるのである。さらに病院管理上、正常新生児は
患者が入院しており、医師・看護師・助産師など
母の付属者と考えられており、入院患者数にも含
が勤務している。医療スタッフは勤務時間が決
まれないので人員配置に対して管理者の理解が受
まっているので、ある時間がくると引き継ぎが行
け入れられにくい側面がある。また、日々違うメ
われ、医師は当直勤務となる。これが繰り返され
ンバーで勤務を行い、その診療能力もさまざまで
ていく。患者の視点で考えると 24 時間、365 日
ある。このように常に違ったメンバーで構成され、
同じ医療を受けていると理解している。つまり勤
人員配置が不十分で、業務負担の増減が激しいと
務している医師・助産師・看護師が同じ考えで治
いう過酷な環境下で、少しでも業務負担を減らし、
療に参加しており、患者の状況について同じ認識
医療安全を確保するのがチームワークである。
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2.
「良いチーム」とはどんな特徴があるのか?
る基本は、まず誰もが自由に発言できる風土・文
化を醸成することであり、それによりチームがう
オーケストラを思い浮かべてほしい。どうした
まくいくための機能を働かせていくことである。
ら別々の楽器、別々の音色、別々の奏者がひとつ
言葉にすれば簡単であるが、これが容易でないこ
にまとまりすばらしい楽曲を聴かせてくれるのだ
とは誰もが知っていることであろう。この観点か
ろう。何がこの豊かな音色を聴かせてくれるので
らチームワークが良く機能するとはどういうこと
あろう。F1 レースを思い浮かべて頂きたい。マ
なのかを「チーム STEPPS」という教育プログ
シンがピットインしてタイヤ交換・給油をほんの
ラムをもとに考えてみたい。
数秒で行っていく。なぜ素早く間違いなくできる
4.「チーム STEPPS」について
のだろう。サッカーワールドカップ決勝の場面、
ボールがディフェンスの後ろに上がり、シュート
「チーム STEPPS」は Team Strategies and
と思ったところへディフェンダーが走り込み阻
Tools to Enhance Performance and Patient
止。なぜここにいることができたのだろうか?
Safety の頭文字をとったもので、チームとして
よいチームの特徴は感じる力、判断する力、実
のより良いパフォーマンスと患者安全を高めるた
行する力の 3 つをバランスよく発揮できることで
めのツールと戦略を学習するためのプロクラム
あり、
もっとも重要なことはチームとしての目標、
として、2005 年に AHRQ(America Healthcare
ビジョンを含めた共通の認識(メンタルモデル)
research and quality)の協力のもと、航空業界
。一人ひとりが
を持つということである( 表 1)
の CRM(Crew Resource Management)や軍の
自分の役割を理解し、周りの状況を認識し、気持
オペレーション・システム、原子力機関などの
ちを察知し、判断して実行する。さらに実行した
HROs(High-Reliability Organization)における
行為を振り返り、改善し続けていくことで、チー
チームワークに関する研究の科学的エビデンスを
ム全体として信頼し合い、自信を持ち、協調と調
もとに開発され、2006 年 11 月から一般公開され
和の中で目標を目指していくことであろう。
た。「チーム STEPPS」はチームワークに必要な
コンピテンシー(顕在化能力・業績直結能力)と
3.実際に「チームワークを育てる」とは
どういうことか
して「コミュニケーション」
「リーダーシップ」
「状
況モニタ」「相互支援」の四つを掲げ、これらの
前述したような良いチームにするためには、コ
コンピテンシーを実践することで「知識」として
ミュニケーションが重要であり、そのためにはす
患者ケアにかかわる状況についての共通の認識・
べてのメンバーが発言できることが必須となる。
理解(メンタルモデル)が得られ「態度」として
このことからも分かるようにチームワークを育て
相互信頼とチーム志向が生まれ、最終的には適応
表 1. 力のあるチームの特徴
・共通の考え方(メンタルモデル)を持つ
・明確な、価値のある共通したビジョンを持つ
・強いリーダーシップ(牽引力)がある
・個々のメンバーが明確な役割と責任を持つ
・相互信頼があり、個々が自信をもっている
・協調と調和がある
・フィードバックが日常的に行われる
・実行結果を管理し、最適化している(改善のプロセスがある)
・資源を最大限に利用している
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性・正確性・生産性・有効性・安全性の面からチー
モデルを鮮明なものにしていくための肉付けとな
ムとしての「パフォーマンス」の向上が図られる
る患者背景を伝える。
。医療において個人視
と考えられている( 図 1)
A(assessment:評価・検討):アセスメントし
点からチーム視点へとパラダイム・シフトするこ
た結果の病状を伝える。
とで医療の質と医療安全の向上が達成されること
R(recommendation:推奨)
:提案、どうしたいか、
を目的としている。
もしくはどうしてほしいかを伝える。
I(introduction:導入)
:最近では S の前にイント
5.どう伝えるか?
ロダクションとして、自己紹介を加えたり、敬意
コミュニケーションはチーム内での情報交換
を払う言葉を添えたりすることが推奨されている。
ツールとして最も重要であり、目的はメンタルモ
一方で、即時性が高い状況では一方的に必要最
デルの共有である。メンタルモデルとは言葉とし
小限の情報を伝える方法として「コールアウト」
て聞いた内容から形成されるイメージ、状況のこ
が推奨されている。これは「心肺停止です」「火
とであり、同じ内容であっても受け手の知識や経
災です」のような一言で相手にメンタルモデルが
験により構成されるものが違うものが形成され
共有できるものである。
る。したがって、相手の知識や経験を考慮して伝
もう少し詳しい患者申し送りとしては、引き継
える内容、伝え方を変えることが必要であり、さ
ぎ(Hand-off)がある。これは基本的にはチェッ
らに自分が伝えようとしたことが相手に伝わった
クリストをもとにして抜けがなく、簡潔に、すぐ
ことを確認することが極めて重要となる。
に誰でもできるものであることが推奨されている。
良く使われる伝達方法は SBAR である。
6.なにを伝えるか?
S(situation:状況)
:患者概要のメンタルモデル
を構築してもらうために、的確かつ簡潔にその状
伝えるべき内容には、患者はもちろんメンバー
況を伝える。
の状況や環境について気が付いたことと自分の考
B(background:背景)
:ぼんやりしたメンタル
えや気持ち・意思の二つがある。
図 1. チーム STEPPS の概念図
パフォーマンス
リーダーシップ
相互支援
状況モニタ
コミュニケーション
知 識
態 度
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前者は個々がモニタリングして認識した状況を
ていくことでストレスを減らし、さらに良い意見
チームで共有することによりメンタルモデルの
のでるチームを構築するのが、リーダーの役目で
構築に役立てるものであり、情報収集・情報伝
あろう。解決手法の基本には患者擁護の立場で、
達という面で非常に重要である。状況モニタ対象
人ではなく事象に焦点をあてることが重要で、方
をチーム STEPPS では分かり易く Status of the
法としては 2 回挑戦ルール(患者擁護・代弁者と
patient(患者の状態)
、TeamMember(チーム)、
して発言したのであれば、意見が受け入れなくて
Environment(環境)
、Progress of toward the
も少なくとも 2 回は発言する)や CUS(心(心
goal(進捗状況)の頭文字をとった「STEP」と
配です)不(不安です)全(安全の問題です)と
している。
自分が感じたときに発言する)などがある。
状 況 認 識 で 知 っ て お く べ き は "To Error is
Human"「人は誰でもミスをする」ということで
7.チームメンバーを支援する
ある。見逃したり、誤認したりするものであり、
作業を手伝うこと(援助)はチームワークの基
自分も含めて過信することなく、情報を精査する
本である。作業援助は手を差し伸べることはもち
ことが求められる。医療は多職種であり、職種に
ろんであるが、助けてくださいと援助を求めやす
応じた観察視点があり、患者評価方法がある。こ
い環境を作ることは、それ以上に重要であろう。
れらを統合して患者さんにとって何がよいのかを
上記にあげた「対立の解決」も相互支援の一つの
判断することがよい結果を生むものである。
ツールとなる。
後者はチーム活動において非常に重要である
が、人と違った意見や新しい取組についてメン
8.誰がチームを動かすのか?
バーへ伝えることは難しい課題の一つである。し
チーム全体を統括するのはリーダーであるのは
かし、この意見がチームの推進力になったり、方
当然であり、全体としてのビジョン、方向性を決
向性を修正する大切なものとなったりするので、
定する。しかし、個々のメンバーは与えられた役
これらの意見をうまく取り入れていくことは、
割においては常にリーダーであるので、すべての
チーム全体にとって有用であるばかりではなく、
メンバーがリーダーであり、その役割の中におい
メンバーを育てるためには欠かすことのできない
て状況や情報を正しく収集し、総合的に判断し、
ことである。しかし、新たな意見は対立を生むこ
他のメンバーと情報共有して行動することが求め
とがあるが、これを巧みに解決し、すべてのメン
られる。リーダーシップを発揮するための「チー
バーが同意できる win-win 方向へチームを導い
ム STEPPS」のツールと戦略としては「医療・
図 2. 状況認識(SREP)
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図 3. CUS(心不全)と 2 回挑戦ルール
1回目
2回目(再チャレンジ)
人材・管理などの資源管理」
「責任(業務)委譲」
ミュニケーションでメンタルモデルを共有する。
「ブリーフィング(事前打合せ)
」
「ハドル(途中
また自分を含めたチームメンバーについてもモニ
協議)
」
「デブリーフィング(振り返りと改善のた
タリングを行い、必要に応じた作業支援・支援の
めの協議)
」
「対立の解決」があげられる。
申し出をする。意見の不一致があった場合には
9.実際の現場では
CUS や二回挑戦ルール、DESC などを用いて解
決する。業務途中でも方針確認・決定をする場と
勤務始業時にブリーフィングとして申し送りを
してハドルが行われる。さらに業務終了時には次
行い、STEP を用いた医療資源の状況モニタ、患
の勤務者への引き継ぎをするとともにデブリーフ
者の状態、一日の業務計画のメンタルモデルの共
を行い、フィードバックと改善の提案を行う。一
有をする。その後、業務を通じで患者の状況モニ
貫してチーム内で共通のメンタルモデルを持ち、
タリングを行い、必要に応じて SBAR などのコ
。
ケアを行っている(図 4)
図 4. 日常業務におけるチーム STEPPS
I'M SAFE
メンタルモデルの共有
Brief
・勤務の始まり(申し送り) 状況モニタ
コラボレーション
・相互モニタ
・処置・手術の開始前
・win-win の関係
・STEP
・救急患者受入れ前
相互支援
Huddle
・作業支援
・予定外のことが起こったとき
求める
・作戦タイムのようなもの
提供する
Debrief
・反省会…だけじゃない良いことも
コミュニケーション
・フィードバック
・SBAR
・改善点を明らかにし共有する
・Call-out
対立の解決
・チェックバック
・アドボカシー・アサーション
・ハンドオフ
・2 回チャレンジ・ルール
・CUS
・DESC スクリプト
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産科大出血のような急変対応においては、まず
おわりに
チーム全体でのメンタルモデルの共有と人員確
保、ハドルによる治療計画の変更が行われ、役割
チーム編成が日々変わる医療界において「チー
分担をして、チームで蘇生と出血に対する治療を
ムを育てる」ことは大きな課題である。職種・プ
行う。さらに状況が悪化した場合には輸血・IVR
ロフェッショナリズムの多様性、人員不足、医療
(Interventional Radiology)
・子宮全摘と侵襲的
の高度化、患者の過大な要望など業務負担は大き
な処置が必要になり、それに応じた人員や設備の
くなるばかりである。このような状況では様々な
確保と他部署とのメンタルモデルの共有により、
方法で出来るだけ情報を収集し、コミュニケー
より良い医療の提供が合行われる。
ションを通してこれらを共有し、共通のメンタル
モデルを構築するようにチームが一丸となること
10.シミュレーション教育の重要性
が必要である。そのチームを動かすのは、チーム
シミュレーション教育は、まれにしか起こらな
メンバー一人ひとりであり、その一人ひとりが常
いが患者の生命を脅かす可能性の高い疾患を疑似
にリーダーとなり、患者を守り、メンバーを守り、
経験し、デブリーフィングを行い、問題点を洗い
安全な医療が提供できるようにするためにはどう
出し、改善策を講じる。ビデオ撮影などを利用し
すべきかを考え続けることが肝要である。
てこれを繰りかえすことにより実際に生じたとき
に有効かつ円滑に対応できるようになる。人員の
参考資料
入れ替わりの激しい医療現場においては、新たな
1.種田憲一郎「チーム医療とは何ですか?」medical
、2012
forumCHUGAI 連載合本、16
(1-4)
2.志賀隆監修『実践シミュレーション教育』メディ
カル・サイエンス・インターナショナル、2014
3.TeamSTEPPS 2.0 Core Curruculum AHRQ
HomePage
http://www.ahrq.gov/professionals/education/
curriculum-tools/teamstepps/instructor/index.
html
メンバーが加わるごとに繰り返し、常にすべての
メンバーが共通の認識を持っていることが不可欠
となる。
* * *
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