エコー・ニュースレター Environmental Consultants for Ocean and Human 第 31 号 (平成 27年1月5日発行) ●シリーズ 津波における生死の境(6) <漁船は沖へ> 東北地方三陸沿岸地方では、昔より「津波が来たら、沖へ逃げる」という漁師の知恵が 言い伝えられてきた。津波の物理特性だけを考えると、沖の水深の深い所の方が津波の威 力が弱いので、この言い伝えの妥当性は高い。しかし、実際には、非常に複雑な条件が絡 んでいて、常に正しいとは限らない。東日本大震災のときは、漁師の人たちはそれぞれの 取締役会長 加藤一正 一瞬の判断で、図に示すようにいろいろな避難パターンで生き延びた。それぞれにそれぞれの理由があった のだ(図中の番号は本文の項目番号に対応) 。 ①沖からさらに沖へ 岩手県大船渡市吉浜湾内で漁船約 10 隻がワカメの間 引きをしていた。地震が発生したとき、柏崎寿さん(59) は「いつもの地震と違う」と感じた。湾を囲む岬の森か ら、スギ花粉が山火事の火の粉のように舞い上がるのが 見えた。柏崎さんは急いで沖へ向かい、水深約 70 ㍍地 点で停泊した。約 15 分後に津波が押し寄せたが、全く 揺れなかった。道下孝人さん(47)と父親(76)が乗ってい た漁船も地震で大きく揺れた。孝人さんの頭をよぎった のは、 「水深の深い沖なら津波は高くならない」 、 「昭和 8 年の三陸津波で、沖に出て助かった」等、昔から聞かされていた知恵だ。エンジンを全開にして数㌔先の沖 をめざした。二人は、翌日夕方、漁港に戻った。 (朝日;2011/3/16) ②沖から陸へ しかし、庄司満さん(55)は一瞬の判断で陸へ向かった。庄司さんの船は小型だったのでスピードがない。 雨風をしのぐ船室もないため、一晩停泊したら凍死の恐れもあると考えた。 「目安は 15 分。それまでに陸に 上がればギリギリ逃げられると思った」 。不安はあったが、ちょうど 15 分で岸に到達した。車でさらに高台 に逃げた。その 10 分後に津波が襲ってきた。庄司さんは「一瞬の判断で、生き延びた。 」と語った。 (朝日; 2011/3/16) ③沖からさらに沖へそして陸へ 清水川勝美さん(56)が宮古市真崎海岸沖2㌔でコンブの間引きをしていた時、 「変な潮」が流れ、三角波が 立ち、養殖網が沈む。網をロープでつないだサッパ船が引きずり込まれ、船ごとひっくり返った。何とか抜 け出そうともがき、船底にはい上がると、声が聞こえた。別のサッパ船の花輪惣一さん(59)だった。 「お∼い 津波だづうぞ。早ぐ乗れ」 。花輪さんに抱えられて乗り移ったものの、寒くてへたり込んだ。すぐに船を沖に 出した。沖で、2時間過ぎたころ、花輪さんが言った。 「寒くて、明日まであんたの体がもたない。イチかバ 1 チか賭けてみっが」 。港に帰ることにした。潮が速く、あちこちで渦を巻いていた。行きつ戻りつして静かな 海面を見つけながら、船は何とか岸にたどり着き、歩いて山を越えた。 (河北;2011/4/4) ④沖から港へそして再び沖へ 岩手県大槌町で漁師歴約 50 年の木村辰喜さん(63)は、そのとき乗っていた小型船では津波にのまれると判 断した。サンマ船(19 トン)に乗り換える決心をして、一緒に乗っていた弟(59)とともに、サンマ船のある大 槌港を目指した。20 分ほどで港に到着し、サンマ船に乗り移った。係留ロープを包丁で切り、一直線で沖に 向かった。第 1 波は湾内で受けた。船首がほぼ天を向き、がくんと落ちた。陸から見ていた友人は「駄目だ」 と思ったという。弟が操舵し、辰喜さんは甲板で見張り「面かじ」 「取りかじ」の声をかける。約 30 分で沖 に出た。そして、翌朝 8 時頃、港に戻った。 (朝日;2011/4/5) ⑤陸から沖へ 宮城県南三陸町の養殖業鈴木博文さん(46)は港で作業中、強い揺れに襲われた。約 20 分後に船に飛び乗り 沖に向かった。鈴木さんは、沖合約 10 ㌔の養殖施設に避難した。翌朝、港に戻ると、水門や防波堤はなく なっており、約 100 世帯中、8 割の家が消えていた。家族は無事だったが、鈴木さんの家も土台しか残らな かった。鈴木さんは「沖出しは成功したが、判断が遅れていれば、船もろとも波にのまれていたかもしれな い」と振り返り、表情をこわばらせた。 (読売;2011/3/16) カジキマグロ漁の船長伊東順一さん(49)は地震が起きたとき、宮城県気仙沼の自宅にいた。津波から船(19 トン)を守ろうと、とっさに約 20 キロ離れた岸壁に車で駆けつけた。すぐにやってきた弟(45)とともに沖に向か ったが、何度も湾奥に戻され渦に巻き込まれ、湾の出口が遠い。エンジンを海水で冷やす装置のフィルター が漂流ゴミで詰まり、エンジンが過熱した。百数十トンクラスの船が大きな渦に巻き込まれ沈んでいく。 「失敗 した」 。転覆を避けようと必死で舵を切り続けた。 「死ぬことを何度も覚悟した」 。途中のことはこれ以外よく 覚えていない。気がついたら 2 時間後、湾の出口にたどりついていた。3 日後、港に帰った。辛くも助かり はしたが、 「判断が間違っていたかもしれない。船を出さずに山に逃げればよかった」との思いは消せないと いう。 (朝日;2011/4/5) ⑥陸から沖への避難に失敗 岩手県山田町北浜町、漁師瀬川孝広さん(43)は大きな揺れに「津波が来る」と直感し、漁船で沖に向かっ た。すぐにスクリューにロープが絡まったため、別の漁船に乗り移ったが、高さ5メートルの防波堤を越える巨 大な波が押し寄せ、乗り移った船はひっくり返り海に投げ出された。無我夢中で海面を漂う材木にしがみつ くと、山側へ約 130 メートル流された。やがて、流れが北方向へ変わった。小高い土地にある自宅や近くに止め た自家用車が目に入ったが、あっという間に視界から遠ざかった。時速 50∼60 キロで走る車から、外を見て いるようなスピードだった。途中で流れてきた畳をつかまえ、腹ばいになって乗ることができた。1分もた たないうちに、漁船の場所から直線距離で約 800 メートルの民家のやぶに流れ着いた。それから 2 時間、怖くて 動けず、ゴミ袋を頭からかぶり体温が下がるのを防いだ。裏山をつたって自宅にたどり着いたとき、10 歳の 娘が泣きながら親の帰りを待っていた。 (読売;2011/4/11) ⑦陸から陸へ避難 あまりに波が巨大で、沖出しをあきらめた人もいる。宮城県南三陸町の佐藤久次さん(59)は「巨大な波を 見て、 山の斜面を駆け上がった。 船はなくなったが、 命のあることに感謝したい」 と話した。 (読売;2011/3/16) 2 ●トピックス <海外プロジェクト紹介:モーリタニア国ヌアディブ漁港拡張整備計画> 現在、当社が施工監理を実施しているモーリタニア国ヌアディブ漁港拡張整備 計画をご紹介致します。本プロジェクトは日本国政府の政府開発援助(ODA)に よる無償資金協力案件で、その目的はモーリタニア国の経済開発と貧困削減に重 要な役割を担う零細・沿岸漁業の拠点であるヌアディブ漁港の施設整備、機能拡 充を図り、零細・沿岸漁業の持続的な発展に寄与することです。プロジェクトの 中で当社は、基本設計調査・詳細設計・施工監理を担当しています。 1.モーリタニアとタコ モーリタニア国の正式名称はモーリタニア・イスラム共和国と言い、アフリカ 北西部のモロッコの南、セネガルの北に位置するイスラム教の国です(図-1) 。人 口は約 350 万人、国土面積は約 100 万平方キロメートルで日本の約 3 倍ですが、 図-1 モーリタニア位置図 サハラ砂漠の西側にあたるため国土のほとんどが砂漠です。 スーパーの鮮魚売り場で売られているタコの産地表示には「モーリタニア産」 と書かれているものをよく見かけます(写真-1) 。日本のタコ消費量の約半分はモ ーリタニア産といわれ、プロジェクトサイトであるヌアディブ漁港はモーリタニ ア北部に位置するタコの一大水揚げ地です。モーリタニアの人はタコを食べませ んが、1970 年代に日本の漁業指導員(中村正明氏)がタコツボ漁を教えたことに よりタコ漁が始まり、2009 年には約 2 万トンのタコが日本に輸入されるように なりました。写真-2 は、ヌアディブ漁港に係留されているピローグ漁船(船外機 を使用したカヌー型漁船)で、タコツボをたくさん積んでいます。 2.プロジェクトの経緯 モーリタニアの水産業は外貨収入の一端を占める重要な産業であり、中でも零 写真-1 タコの産地表示 細漁業は就業人口と生産額から、貧困削減と経済開発のための重要な産業として 位置付けられています。 零細漁業の拠点であるヌアディブ漁港は 1996 年に建設さ れ、2000 年に日本国政府の無償資金協力「ヌアディブ漁港拡 張計画」により約 1,000 隻の零細漁船が利用できる漁港とし て整備されました。その後、2011 年には 3,000 隻を越す零細 漁船が利用するまでに発展し、漁港の収容能力を越える漁船 が利用するようになったことから、①係留用桟橋の混雑が激 しくピローグ漁船が係留水域からはみ出して操船水域にも係 留され、効率的な出漁準備や円滑な出港ができない、②沿岸 漁船(5∼30 トンの船内機漁船)に適した大きな係留施設が 写真-2 タコ漁のピローグ漁船 ないために、荷さばき場前面の水揚専用桟橋が沿岸漁船の係留施設として利用され、沿岸漁船やピローグ漁 船の水揚げに支障をきたしている、等の問題が発生しています。写真-3 は工事着工前のヌアディブ漁港で、 係留桟橋にピローグ漁船が立錐の余地なく係留されています。 そのためモーリタニア国政府海洋経済漁業省は、ヌアディブ漁港の零細漁船の隻数抑制に向け、以下①② の政策面の対策を講じています。 ①漁船登録制度の強化によるピローグ漁船隻数の抑制 ②モーリタニア中南部における零細漁船用の新漁港の建設 3 こうした状況の下、日本国政府は協力準備調査の実施を決定し、独立行政法人国際協力機構(JICA)の協 力準備調査団がモーリタニアに派遣されました。その結果、ヌアディブ漁港の零細漁船の係留施設(沿岸漁 船用の埠頭、ピローグ漁船用の係留桟橋、護岸)の整備が決定しました。 3.工事概要 プロジェクトの規模・内容 施設名 埠頭 (岸壁) 係留桟橋 護 岸 泊地浚渫 工事名称 施主(責任官庁) (実施機関) コンサルタント 施工業者 工事場所 工期 プロジェクト予算 規 模 ・ 計 画 内 容 控え杭式鋼矢板構造 延長 200m、天端高+3.2m、計画水深−2.5m 浮桟橋構造、4 基 (1 基当たり延長 96m、幅 2.5m) 計画水深−2.0m 捨石式傾斜護岸 天端高+3.2m、総延長 402m 泊地水深 埠頭部 −2.5m、係留桟橋部 −2.0m 浚渫面積 約 73,000 ㎡ 浚渫土砂量 約 230,000 ㎥ :ヌアディブ漁港拡張整備計画 :ヌアディブ特別経済区域管理機構 (AZFN) :ルポ湾漁港公社 (EPBR) :株式会社エコー :徳倉建設株式会社 :ヌアディブ市ヌアディブ漁港 :2014 年 2 月 7 日 2015 年 5 月 31 日 :11.17 億円 計画サイト 写真-3 着工前のヌアディブ漁港 4.工事進捗 現在の工事進捗率は全体の約 65%で、2015 年 5 月の完成に向けて工事が急ピッチに進められています。 埠頭 係留桟橋 写真-4 図-2 工事全景 完成予想図 ●発表論文紹介 1.土木学会論文集B2(海岸工学)Vol.70 2014 [2014.11] 海底噴火に伴って発生する閉鎖性水域内の津波の数値解析 坂井良輔 数値モデルを用いた大船渡湾の水質変動特性の把握 高尾敏幸、柴木秀之 東北地方太平洋沖地震津波で被災した胸壁の津波越流に関する数値計算による検証 樋口直人、田中聡 微気圧変動の伝播特性の違いによる副振動の発生海域の違い 仲井圭二、額田恭史 内湾域の表層流が海上風より受ける影響の把握 森谷拓実 現地観測データによる大船渡湾海域環境の影響要因の分析 柴木秀之、高尾敏幸 (執筆者欄は,共著であっても当社社員のみを記載) http://www.ecoh.co.jp 本 社/110-0014 東京都台東区北上野 2-6-4 上野竹内ビル TEL03-5828-2181 FAX03-5828-2175 事務所/北海道,東北,北陸,茨城,横浜,中部,近畿,中国,四国,九州,沖縄,ソウル 4 編集・発行 企画部
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