明神海丘・明神礁・ベヨネース海丘の 熱水域・非熱水域におけるメイオベントス群集構造の把握 ◯上島優貴・嶋永元裕(熊本大学) ,野牧秀隆・渡部裕美(海洋研究開発機構),北橋倫(東京大学) 深海熱水噴出域(以下,熱水域)では,化学合成細菌由来の有機物供給により,サンゴ礁に匹敵する 驚異的な生物量を誇る化学合成生態系が形成される。この生態系にはハオリムシなど熱水固有の大型 底生生物が優占する。対して,メイオベントス(1000~32µm の小型底生生物)の場合,熱水域の海底堆 積物中では線虫が優占し,周辺の非熱水域群集よりも個体密度は高いが,他海域の熱水域間での線虫 群集の類似性が低いこと,熱水固有大型底生生物表面では線虫ではなくカイアシ類が優占することが 報告されている。しかし,もっとも熱水の影響を受けていると考えられる熱水噴出孔(チムニー)壁面 のメイオベントス群集に関する知見は乏しい。また,熱水域メイオベントス相の類似性や地域特異性, 空間変異のスケールを検討するためには,同一熱水域の海底堆積物とチムニー壁面,その辺縁の非熱 水域海底のメイオベントス相を同時に調査し,さらに同一海域の近接する熱水域間でのこれらの環境 における群集構造の比較が必要である。 伊豆・小笠原島弧では,明神海丘,明神礁,ベヨネース海丘という,カルデラ内に熱水噴出を伴う 3 つの海山が 20-30km スケールで近接しており,上記の研究遂行に格好の場所である。 本研究では,計 4 回の「なつしま」航海において採集されたサンプルを元に,同一カルデラ周辺の 4 つの環境(カルデラ外非熱水域海底堆積物,カルデラ内非熱水域海底堆積物,カルデラ内熱水域海底堆 積物,チムニー壁面堆積物)間,および同海域内の 3 カルデラ間,という 2 つのスケールにおいてメ イオベントスの高次分類群レベルの群集構造を比較した。その結果,以下のことが明らかになった。 1. メイオベントスの個体密度は,海底堆積物ではカルデラ外・カルデラ内非熱水域よりもカルデラ内 熱水域の方が高いか同程度であったが,チムニー壁面の堆積物では海底堆積物よりも数倍から数 十倍高く,サンプル間でのばらつきも大きかった。これらは 3 カルデラともに同じ傾向を示した。 2. 高次分類群レベルの群集組成は,3 カルデラともに,カルデラ外・カルデラ内非熱水域,カルデラ 内熱水域の海底堆積物中では線虫類が優占した。一方,チムニー壁面上のマリアナイトエラゴカイ コロニー,ネッスイハナカゴコロニー,バクテリアマットから採集された堆積物中ではカイアシ類 およびそのノープリウス幼生が優占した。 カルデラ外・カルデラ内の非熱水域の海底堆積物中よりもカルデラ内熱水域の海底堆積物中のメイ オベントスの個体密度が高いのは,化学合成由来の有機物の寄与が考えられる。チムニー壁面で観察 された高い個体密度も化学合成由来有機物によるものだろう。また,同環境で得られたサンプル間で の個体密度のばらつきは,海底堆積物よりも複雑なチムニーの基質構造や,熱水噴出の局所性と変動 性の影響によるものであると考えられる。今回すべてのカルデラ内熱水域においてチムニー壁面では カイアシ類が,その麓の海底堆積物では線虫が優占することが確かめられた。興味深いことに,大型底 生生物がいない場合でも,チムニー壁面ではカイアシ類が優占した。チムニー壁面の微小環境変異に 対する線虫類,カイアシ類の適応度の違いなどを今後検討する必要があるだろう。
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