日常診療に役立つ腰痛のはなし

気仙 医師会学術 講 演会
平成
27年 2月 5日
演題名 :日 常診 療 に役 立 つ 腰痛 の はな し
岩 手 医科 大学整形 外 科
土井 田
稔
略歴
昭和 59年 3月
63年 4月
平成 3年 6月
平成 14年 4月
平成 17年 6月
平成 22年 8月
平成 25年 9月
昭和
神 戸大学 医学部
卒業
米 国 テ キサ ス 大学 リウマ チ科 留学
神 戸大学 医学部 整 形外科助 手
神 戸 大学 医学部整形 外科講 師
神 戸大学 医学部整形外科助教授 (現 准教授 )
愛仁 会高槻病 院 副 院長 、整 形外 科 ・ 脊椎 外 科 セ ン ター 長
岩 手 医科 大学整 形外科教授
講演 の抄録
日本 では超 高齢 化社 会 が到 来 し、65歳 以 上 の 高齢者 人 口が 総 人 口 占め る割合 を
示す 高齢化 率 が 2013年 には 24.1%と な り、岩 手県 で は 28.7%と 高 く、大船渡
市 では さ らに高 く 30.9%で あ り、今後年 々高 くな る と予測 され て い る。 高齢化
社会 にな り、日常診 療 にお い て整形外科 以外 の一 般 臨床 医 が 、腰 痛 や歩行 障害 を
主訴 に医療 機 関 を受診 され る患者 さん を診 察す る機 会 も少 な くな い 。 高齢者 が
歩行 障害 を きたす整 形 外 科疾 患 と して 、転倒 に よ る大腿 骨 頚 部 骨 折 や 脊椎 椎 体
骨 折 な どが 多 い が 、特 に誘 引な く 日常生活動 作 で徐 々 に腰 痛 を きた し歩行 困難
にな る症例 も少 な くな い 。本講演 で は 、一 般 臨床 医 に も知 って お い て ほ しい腰 痛
疾 患 につ い て 、 “日常診 療 に役 立 つ 腰 痛 の はな し"と して概 説 す る。 特 に見逃 し
て は い けな い 重篤 な下肢 麻痺 を合 併す る こ との 多 い 脊椎腫 瘍 と高齢 者 に 多 い 腰
痛疾患 、 さ らに腰 痛治療 の最前線 につ い て も述 べ る。
1.整 形外科 の役割
平成 19年 国民 生活基礎 調 査 に よる と介護 が必 要 にな つた 主 な原 因 と して 、
関節疾 患 、骨 折 ・ 転倒 が 21`5%で あ り、脳 血 管疾 患 の 23.3%に つ いで 多 か っ
た。 平成
25年 の調査 で は、関節疾 患 、骨折 ・ 転倒 が 22.7%、 脳 血 管疾患 が
18.5%と 運動器 疾 患 の 障害 に よる介護 の割合 が 高 くな ってい る。 一 方 、要介護
の害」
合 でみ る と運動器 疾 患 は 17.7%で あ るの に対 し、脳 血 管疾 患 は 21.7%と 高
く、運動器 の 障害 の 重症度 は高 くな く、 リハ ビ リテ ー シ ョン な どの努 力 に よ り
介護 の害1合 を減 らす こ とが可能 で あ る。 日本整 形外 科 学会 で は 、運動器 の 障害
に よ り要介護 にな る リス クの 高 い 状態 と して 、 ロ コモ テ ィブ シ ン ドロー ム (ロ
コモ )を 提 唱 し、簡 単 な 日常生活 の 動作 で この有無 をチ ェ ックす る こ と、早期
か ら トレー ニ ン グを開女
台す る こ とを提 唱 して い る。
2.見 逃 しては い けな い腰 痛
腰痛 で悩 む患者 さん の数 は多 く、H19年 、H22年 度 の 国民 生活基礎 調査 では 、
男性 で は 1位 、女性 で は肩 こ りにつ い で 2位 で あ る。 しか し、 2012年 に発 干J
され た 「腰痛診 療 ガイ ドライ ン」 に よる と、「下肢症状 を伴 わ な い 腰 痛 の場
合 、そ の 85%で は病理 解 音J学 的 な診 断 を正確 に行 うこ とは困難 で あ る」 と記載
され てい る。す なわ ち残 り 15%は 見逃 しては い けな い腰 痛 で あ り、高齢者 の歩
行障害 の原因 となる腰痛疾患 も含まれてい る。 これ らの危険信号 としては、①
時間や活動に関係 のない腰痛、②発熱を伴 った腰痛、③下肢痛を伴 った腰痛が
ある。①では、前述 の転移性腫瘍 を含む腫瘍性疾患を考慮すべ きである。② は
化膿性脊椎炎 があるが、高齢者 では感染性動脈瘤 との合併例 もあ り、注意 が必
要 である。③ は腰部脊柱管狭窄症 と骨粗髯症 の偽関節 に伴 う神経障害な どがあ
げ られる。
1)脊 椎腫瘍
腰痛 と歩行障害を主訴 に受診 され る患者 さんの 中に単純 レン トゲ ン写真にて脊
椎 の椎体や椎 弓に骨破壊性病変が認められ ることがある。内科的疾患や外科手
術 の既往 のない患者 さん も少な くない。脊椎腫瘍 の約 63%は 転移性腫瘍 である
ことが報告 されてお り、高齢者では この割合 が高 くなる。808例 の転移性骨腫
瘍を調査 した結果、原発巣は、肺癌 20.0%、 乳癌 17.5%、 大腸直腸癌 8.9%で
あった と報告 してい る。 また、転移性脊椎腫瘍 161例 の調査 では、肺癌
34%、 骨髄腫 14%、 前 立腺癌 12%と 報告 されてい る。一方、 日本人 における
癌発 生頻度 では、胃癌 が 22%と 最 も高頻度であるが、肺癌 は 12%で あ り、頻
度 の高い癌 の脊椎転移 が多いわけではない。従 つて、脊椎 に腫 瘍性疾患 をみた
場合は これ らを念頭 にいれて検査 を進める必要がある。
2)化 膿性脊椎炎
高齢者や糖尿病、癌 な どで免疫機能が落ちてい る患者 さんが、発熱 を伴 つた腰
痛を自覚 した場合には、 まず念頭にお くべ き疾患 のひ とつ である。時 には、椎
体前方 に感染性動脈瘤 を合併 してい ることもあ り、MRIで は椎体前方 の病変に
も注意 が必要である。
3)腰 椎椎間板ヘル ニア
ー般的に片側 の下肢痛 と腰痛を伴 う頻度 の高い疾患 の一つで ある。最近では、
内視鏡視 下 の手術 が可 能 にな り、低侵 襲 で の手術 が 可能 で あ る。
4.)腰 部脊柱 管狭 窄症
高齢者 にお いて腰 痛や 下肢痛 に よ り歩行 障害 を きたす疾 患 で 最 も多 い のが腰 部
脊柱 管狭窄症 で あ る。 紺 野 らの報告 に よる と 40歳 以 上 の 3.3%、 約 240万 人 が
罹患 してい る と報 告 され てい るが 、 国民 の 高齢 化 に伴 い ます ます 増 加 して い く
こ とが予測 され る。 馬 尾や神 経根 が圧 迫 され る こ とに よ り間欠 跛 行 をきたす こ
とが 特徴 で あ り、血 管性 間欠跛行 との鑑別 が必 要 で あ る。重症 例 で は 、膀洸 直腸
障害 を合 併 し、下肢 痛 が 強 くなれ ば歩行 困難 とな る場合 が あ る。 2011年 に発刊
され た 「腰 部脊柱 管狭窄症診 療 ガイ ドライ ン」 に よる と、「軽 度 な い し中等度 の
腰部脊柱 管狭窄 症 の 患者 で最初 に薬物治療 。そ の他 の保 存 的治療 を受 け、2年 か
10年 経過観 察 が行 われ た患者 の うち約 20∼ 40%は 最 終 的 に手術 が必要 とな
る。手術 を必 要 と しなか っ た患者 の約 50∼ 70%で は疼 痛 が軽 減 す る」 と記載 さ
ら
れ て い る。す なわ ち 、治療 は保 存 的治療 に よ り軽 快 す るこ とが多 いが 、症状 の経
過や重 症度 に よ り手術 が必 要 とな る。 手術 は除圧 術 と固定術 を単独 また は併 用
して行 われ 、そ の術 後成績 は良好 で あ る。
5。
)骨 粗愁 症性椎 体骨折
骨粗愁症 は骨 吸収 が骨形成 よ りも進 んだ状態 で あ り、 閉経 後 の 女性 に多 く、軽
微 な外傷 で大腿 骨 や椎 体 の骨折 を きたす危 険性 が高 い 。 50歳 女性 が生涯 で椎 体
骨 折 を起 こす確 率 は 37%と い う報告 もあ る。 また、大腿 骨 頚部 骨 折や椎 体骨折
で は、骨折発 生後 の 死 亡 の相対 リス クが高 くな る こ とが報告 され て い る。 日本
では 、約 1100万 人 の骨粗髯症 患者 がい る と推 測 され て い るが 、治 療 を受 けて
い る割合 はわず か 20%で あ り、欧米 に比 較 して も著 しく低 い 。 近年 、 ビス フ ォ
ス フ ォネ ー トや テ リパ ラチ ドな どの PTH製 剤 が数 多 く開発 され 、薬 物治療 の
進歩 は大 き く認 め られ る。 一 方 、骨折椎 体 が偽 関節 にな り、体動 時 の 強 い 疼痛
や 下肢神 経症 状 に よ り歩行 障害 をきたす症例 もあ る。 麻痺 症 状 が な けれ ば最小
侵 襲 で あ る経皮 的後弯矯 正 術 (バ ル ー ンカイ フ ォ プ ラス テ ィ)に よ り治療 が 可
能 で あ る。 脊髄や神 経根 を圧迫すれ ば下肢痛や 下肢 麻痺 の た め に歩行 が 困難 と
な るた めに後方 か らの 除圧 と固定術 が必 要 とな る。
3.い ま どきの腰痛 治療
腰 痛 ガイ ドライ ン 2012に よる と、腰 痛 に対す る薬 物療 法 の 有用性 は 、強 い根拠
に基 づ い て推奨 され てい る。疼痛 は 、侵 害受容性疼 痛 と神 経 障害性 疼 痛 に分類 さ
れ てい る。そ の 作用機 序 に基 づ いて 、最近 で は、鎮痛補 助剤 と して 、抗 てんかん
薬 、抗 うつ 薬 、抗 不安薬 の 有用性 が報告 され てい る。また 、慢性腰 痛 に対 しては 、
運動療法 の有効性 も強 く推 奨 され て い る。
ま とめ
高齢 化社 会 にな り、整 形 外科 医だ けで な く一 般 臨床 医 の先 生方 も 日常診 療 にお
いて 、腰 痛 を訴 え る患者 さん を診 察す る機 会 は少 な くな い。消炎 鎮 痛斉Jの 投 与や
外 用薬 な ど疼痛 に 対す る対症療 法 に よ り軽 快 す る症 例 は 多 い が 、 中 には見逃 し
て は い けな い 重篤 な疾 患 が 隠 れ て い る場合 もあ る。体重減 少 、安 静 時痛 、発熱 、
下肢痛 な どを症 状 に持 つ 腰 痛 は注意 が必 要 で あ る。転移性 脊椎 腫 瘍 、化膿性 脊椎
炎 な どは入 院治療 が必 要 で あ り、早期 に整 形 外 科 専 門医 を受診 させ る こ とが望
ま しい 。