国連のR!SE(ライズ)イニシアチブの活動

グローバルスタンダード最前線
国連のR!SE(ライズ)イニシアチブの活動
た き の
おさむ† 1
瀧野 修
いしぐれ
や す お†1
/石榑 康雄
か わ た
ひろあき † 2
/河田 博昭
ご と う
た つ や†2
/後藤 達也
ま え だ
ゆ う じ†1
/前田 裕二
†1
†2
NTTセキュアプラットフォーム研究所 /NTT研究企画部門
世界各地で発生する自然災害は,
Reduction)は災害リスクの低減と,
的に広がったサプライチェーンのどこ
人的 ・ 経済的に甚大な被害をもたら
これによる災害に強い国やコミュニティ
かに関係しており,複数の国や地域に
し,世界の持続的成長に対する大き
づくりを目的に,2000年に設立され現在
かかわって活動していることが多く
な脅威となっています.ここでは,
も活発に活動を続けています.2005年 1
なっています.その結果,遠い海外の
世界の防災 ・ 減災活動の加速とノウ
月には,UNISDRが主催する国連防災
自然災害から思わぬ経済的被害を受け
ハウ共有の拡大を目的に国際連合が
世界会議(WCDRR: World Conference
(1)
る事例が発生しています .例えばタ
新たに開始した官民連携の取り組み
on Disaster Risk Reduction)が兵庫県
イの洪水ではタイに工場を持つメーカ
と,それに対するNTTの活動を解説
神戸市で開催され,
「兵庫行動枠組
の多くで部品不足など広範囲な問題が
します.
2005-2015(HFA: Hyogo Framework
発生しました.ここでは,このような
for Action 2005-2015:building the
グローバルな視点での自然災害の影響
resilience of nations and communities
を考慮して,UNISDRが新たに発足
to disasters)
」を採択し,その実現の
させた官民連携組織ライズ(R!SE:
近年,地球規模での気候変動の影響
ために各国間の協力関係の構築や,各
Disaster Risk-Sensitive investment)
などにより,大規模な自然災害が世界
国の減災施策への助言 ・ 援助を行って
イニシアチブについて,その概要と
各地で発生し,人的 ・ 経済的に深刻な
います.
NTTの取り組みについて紹介します.
国際連合における災害リスク
低減に向けた取り組み
被害をもたらしています(表 1 )
.こ
従来の防災に対する計画や実行は,
れに対し,国際連合(国連)の組織で
国や地方自治体などの公共部門が中心
ある国連国際防災戦略事務局
となってその範囲に対して実施されて
(UNISDR: The United Nations
きました.しかし,グローバル化が進
International Strategy for Disaster
む今日においては,多くの企業は世界
R!SEイニシアチブ
発足の背景
UNISDRは新たな枠組みの検討に
際し,次の 2 点に着目しました(2).
表 1 大規模災害と被害
発災時期
被害国(主な地域)
災害名
人的被害
経済的被害
68億ドル
(当時103円/ドル→7000億円)
※1
2004年12月
インドネシア
(スマトラ島沖)
スマトラ島沖地震
死者 ・ 行方不明者数:約23万人
被災者数:約206万人※ 1
2005年 8 月
米国
(南東部)
ハリケーン ・ カトリーナ
死者数:1336 人(2005 年 12 月 20 日 960億ドル※ 2
※2
(当時109円/ドル→10.5兆円)
現在)
2011年 3 月
日本
(東北地方)
東日本大震災
2011年 7 月
タイ
タイ洪水
(チャオプラヤー川流域)
死者数:約800人※ 5
約1.44兆バーツ
※5
(約3.6兆円)
2013年11月
フィリピン
(中部)
死者数:6201人
行方不明者数:1785人
被災者:約1608万人※ 6
約398億ペソ※ 6
(当時約2.42円/ペソ→約964億円)
台風30号(HAIYAN)
死者数: 1 万5859人
行方不明者数:3021人
※3
(2012年 5 月30日警察庁発表)
16兆9000億円※ 4
出典:
※ 1 内閣府HP(http://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h18/BOUSAI_2006/html/honmon/hm01040103.htm)
※ 2 防災科学技術研究所主要調査(http://dil-opac.bosai.go.jp/publication/nied_natural_disaster/pdf/41/41-03.pdf)
※ 3 内閣府防災情報のページ(http://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h24/bousai2012/html/honbun/1b_1h_1s_01_01.htm)
※ 4 内閣府記者発表資料:東日本大震災における被害額の推計について(http://www.bousai.go.jp/2011daishinsai/pdf/110624-1kisya.pdf)
※ 5 2012年版政府開発援助(ODA)白書(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hakusyo/12_hakusho/honbun/b2/s2_2.html)
※ 6 国土交通省資料(http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/r-jigyouhyouka/dai04kai/siryou6.pdf)
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NTT技術ジャーナル 2015.2
① 自然災害は国や地域固有の問題
開発などの投資案件に減災施策の観点
ための共通指標の開発や,都市の防災
で は な く, 世 界 的 な サ プ ラ イ
を盛り込むことを始め,地域コミュニ
対策の現状を評価する共通指標の開発
チェーンを介して多くの利害関
ティづくりや防災 ・ 減災投資を呼び込
など,多面的な活動を並行して推進す
係者に被害を及ぼす可能性を
むことなど,最終的には世界経済全体
る方針となっています.全体の運営は
持っています.これを共通のリス
の災害回復力を高めることを目指して
UNISDRが 国 連 本 部 の 指 導 の 下,
クととらえて,特定の地域の公共
います.
R!SEマネジメントチームとして方向
部門だけの課題ではなく,他国の
2014年 5 月には,R!SEイニシアチ
性を決めていきます.災害リスクの評
民間部門も積極的に防災投資を
ブの発足イベントがUNISDRの主催
価に関する共通指標の開発や高度教育
(3)
行うことにより,災害発生時の被
に よ り 開 催 さ れ ま し た .NTTは,
プログラムの開発など,AS(Activity
害を大幅に削減できる可能性が
R!SEイニシアチブへの唯一の日本企
Stream)と呼ばれる 8 種類の活動が
あります.
業として国連より参加要請を受け,片
組織され,官民連携での検討が始めら
山泰祥NTT代表取締役副社長(当時)
れています.R!SEの体制とAS構成を
で培ってきた数々の防災 ・ 減災
が出席し,災害リスク低減に関する
図 2 ,表 2 に示します(2).
の知見や,先進的な防災投資事例
UNISDRの趣旨に賛同し,東日本大
■ 8 つのASの活動内容
を,世界の国や地域,多くの企業
震災などの日本の経験を活かしたいと
② 民間部門がグローバル経営の中
で共有することが重要です.防災
(4)
講演しました .
投資の経験や知識の共有が進む
R!SEイニシアチブの
体制と活動内容
ことで,世界の防災 ・ 減災の取り
組みが加速できる可能性があり
■R!SEイニシアチブの体制
ます.
(1) AS1:災害リスク管理戦略
こ の 活 動 は 会 計 事 務 所 のPwC
(PricewaterhouseCoopers)が主導し
ています.この活動は企業の災害リス
ク管理* 1 の現状を評価するための標
準ツールを開発し,世界の企業の災害
このような考え方からR!SEイニシ
R!SEイニシアチブは,
「災害リスク
に対する知見を収集し,ノウハウ提供
アチブは,防災投資を公共部門だけで
に敏感な投資」をコンセプトとしてい
元企業の知的財産や評判に配慮しなが
(2)
はなく,企業など民間部門,保険事業,
ます .これは,災害に対する減災効
ら情報を取りまとめ,多くの企業が参
投資関連組織,教育機関の協力を得な
果の観点が盛り込まれた投資活動を行
照できるようポータルサイトに取りま
がら推進することを目的に官民連携の
うことで,より安全な世界をつくると
とめることを目指しています.多くの
.
活動としてスタートしました (図 1 )
いう意味を表しています.そのため,
企業が世界の企業の減災グッドプラク
今後,世界の持続的発展のため,地域
企業や減災ソリューションを評価する
ティスを参照し,自社の災害リスク管
(2)
理の改善を進めることができるように
なる予定です.
(2) AS2:リスクメトリクス
ビジネス
公共セクタ
この活動はリスクメトリクス,すなわち
災害のもたらすビジネス面でのリスク評
投資家
R!SE
ALLIANCE
教育機関
価やその国の経済やGDPに与える影響を
予測する手法の開発を目指しています.
この活動は,The Economist誌を発行
保険
市民活動
図 1 基本的な考え方
*1 災害リスク管理:自然災害のリスクを認識 ・
識別 ・ 評価し,予防対策を策定し実施する
継続的な取り組みを通して防災力と減災力
を高めること.
NTT技術ジャーナル 2015.2
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グローバルスタンダード最前線
するThe Economist GroupのEIU(The
(3) AS3:産業セクタごとの災害リ
Economist Intelligence Unit)が主導
スク管理標準の開発
関であるフロリダ国際大学(FIU:
Florida International University)が
し,開発途上国での運用リスク格付け
この活動はPwCが主導し,それぞ
主導し,ビジネスリスク管理上のカリ
の経験に基づき,災害固有のリスク ・
れの産業セクタが災害回復力を高める
キュラムを改善し,学術機関,トレー
モデルの開発を目指しています.開発
ため,自然災害が発生した際に早期復
ニングセンタ,商業組合など中小企業
された手法によって,災害発生時にビ
旧に向けて協力するための業界標準づ
向け教育プログラムの開発などを行う
ジネス運用環境が受ける影響や,被災
くりを目指しています.
予定です.ここでは事業継続 ・ 企業の
(4) AS4:災害リスク管理の高等教
した国々のGDPにもたらす影響など
育プログラムの開発
が計算できるようになる予定です.
社会的責任 ・ 災害リスク低減,という
3 つの教育テーマを災害リスク管理の
この活動は減災のための活動を推進
する人材育成を進めています.教育機
観点で統合することになっています.
(5) AS5:責任投資
この活動はR!SEイニシアチブの活
動にアセットオーナーや投資のマネー
助言
助言グループ
監視
ジャを巻き込み,防災に配慮した投資
要請
R!SE
マネジメント
チーム
の普及を目指しています.国連の機関
ファンド
で責任投資原則の推進を担当するPRI
報告
(Principle for Responsible
報告
Investment)* 2 がこの活動を主導し,
世界の投資行動が災害リスクを低減す
R!SE調整会議
るものへの投資に向かうよう調整を行
う予定です.
アクティビティーストリーム
R!SE
ポータル
サイト
AS1
AS2
AS3
AS4
AS5
AS6
AS7
AS8
(6) AS6:リジリエント ・ シティ
この活動はグローバルな総合エンジ
ニアリング会社であるAECOMが主導
情報を公開
し,世界の都市の災害回復力を高めて
必要に応じて連携
行くための取り組みを行っています.
まず都市の災害回復力を地方自治体が
図 2 R!SEの体制
セルフチェックするための「Disaster
Resilience Scorecard for Cities( 都
市の災害回復力スコアカード)
」と呼
表 2 R!SEのAS構成
AS名
AS1
48
活動名
災害リスク管理戦略
ASリーダ
PwC
ています.このツールは地域コミュニ
ティや地域企業との連携の度合いな
AS2
リスクメトリクス
EIU
AS3
産業セクタごとの災害リスク管理標準の開発
PwC
AS4
災害リスク管理の高等教育プログラムの開発
FIU
AS5
責任投資
PRI
AS6
リジリエント ・ シティ
AECOM
AS7
災害回復力と補償
Willis
AS8
国連の災害リスク管理
国際連合
NTT技術ジャーナル 2015.2
ばれる評価ツールの検証と改善を行っ
*2 PRI:2006年に国連が公表した 6 つの原則
で,機関投資家の意思決定プロセスや株
式 の 保 有 方 針 の 決 定 の 際,ESG
(E n v i r o n m e n t / S o c i a l / C o r p o r a t e
Governance)
の課題を意識するという原則.
ソフト ・ ローと呼ばれる法的拘束力はない
規範(5).
表 3 ASごとの2020年までの目標
AS名
達成目標
AS1
100社のグローバル企業が防災投資の意思決定ができるようにする
AS2
20の特性の異なる地域でのテストをとおして,経済政策と企業計画のための災害危
険を定量化する方法論を開発する
AS3
10の業種が災害リスク管理標準に準拠し,認証を受けることを目指す
AS4
世界の 3 つの地域で,10以上の教育機関で,新しい災害リスク管理コース,MBAプ
ログラムにおける災害モジュール,10以上の災害トレーニングなどをつくる
AS5
1000のアセットオーナーや投資責任者が投資家の責任として,災害リスク配慮型の
投資を扱う原則に批准することを目指す
AS6
「都市の災害回復力スコアカード」を使って都市の災害回復力を50の自治体について
評価する
AS7
50の企業が新しいタイプの災害保険を選択できるようにする.また200の再保険業者
が最先端技術を使ったリスクデータに基づく危険の価格改訂ができるようにする
AS8
新しいリスク情報や管理ツールや民間企業の優良事例を国連組織内で共有させる
ど,都市と周辺地域の災害回復力に関
を目指しています.この活動は国連内
連した多くの観点が含まれており,都
の組織間の協力を進め,R!SEに参加
市の災害回復力の現状を把握できるよ
するメンバと連携しながら,国連職員
うにすることを目指しています.自治
への学習や訓練も行っていく予定です.
体はセルフチェックによる評価結果を
使い,次に取るべき減災対策の検討を
具体化できるようになる予定です.
(7) AS7:災害回復力と補償
経験を通して,地域の防災 ・ 減災力を
高めるために事業者間で決めておくべ
き標準づくりに貢献する予定です.
AS6のリジリエント ・ シティでは,
「都
市の災害回復力スコアカード」に関す
る活動にNTTの知見を活かしていく
予定です.
NTTは,R!SEイニシアチブにおけ
る防災 ・ 減災に向けた標準化活動に参
画することで,日本だけでなく世界の
安全 ・ 安心を高める努力と貢献をして
いきます.
■参考文献
(1) http://www.preventionweb.net/english/hyogo/
gar/2013/en/home/download.html
(2) http://www.preventionweb.net/rise/sites/
default/files/R!SE Program Summary V2.pdf
(3) http://www.preventionweb.net/rise/news/
official-launch-event-rse-initiative
(4) h t t p s : / / t w i t t e r . c o m / n t t p r / s t a t u s /
469263220788985856
(5) http://www.fsa.go.jp/singi/stewardship/
siryou/20131127/07.pdf
R!SEイニシアチブの中長期
目標とNTTの今後の活動
R!SEイニシアチブの各AS活動は,
この活動は,災害に遭ったときの回
表 3 に示す2020年までの目標を設定し
復の助けとなる保険を減災の視点で見
ています.次のマイルストンは,2015
直します.リスクアドバイザであり保
年 3 月14〜18日に仙台で開催される
険会社であるWillisがこの活動を主導
国連防災世界会議(WCDRR)におい
し,災害保険に加入したい人が加入で
て,活動の進捗を報告することです.
きることを目指します.特に,新興国
NTTは,R!SEイ ニ シ ア チ ブ の 各
が持続可能な災害保険を選択できるよ
AS活動のうち,主にAS1, 3 ,6 の参
うにします.さらには,リスクに対す
加各社と連携しながら,これまでの知
る正確な保険料,および災害リスク低
識 ・ 経験を活かした貢献をしていく予
減用の保険が広まる方法の開発を支援
定です.AS1の災害リスク管理戦略で
する予定です.
は,NTTが培ってきた防災 ・ 減災事
(8) AS8:国連の災害リスク管理
ICTパートナ(防災 ・ 減災)としての
例の発信を通して,企業の災害リスク
この活動は国連が実施し,災害や天
管理の成功事例の共有を行う予定で
候リスクに対する国連そのものの災害
す.AS3の産業セクタごとの災害リス
回復力を高め,学習を促進させること
ク管理標準の開発では,通信事業者と
NTT技術ジャーナル 2015.2
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