伊豆・小笠原海域から初めて発見された 熱水性カイアシ類 Stygiopontius の 形態と環境特異性の検討 ○瀬之口れいな・嶋永元裕・北野健(熊本大学), 渡部裕美・野牧秀隆(海洋研究開発機構),北橋倫(東京大学) Stygiopontius 属は、深海熱水噴出域にのみ生息する Dirivultidae 科カイアシ類の中で最も繁栄し ている分類群の 1 つである。本属は、同じく深海熱水噴出域に生息するハオリムシ類、シンカイヒバ リガイ類、イトエラゴカイ類などの大型生物の表面に共生し、バクテリアなどを摂食していると考え られている(Gollner et al.2010)。本属は、中央海嶺や東太平洋海膨の様々な熱水域に分布している が、西太平洋における Stygiopontius 既知種は、マリアナ島弧、ニューアイルランド前弧、ラウ海盆 から報告された 5 種のみで、日本近海からは見つかっていなかった。 我々は近年、伊豆・小笠原弧の 3 つの海底海山カルデラ(明神海丘、明神礁カルデラ、ベヨネース 海丘)の熱水域チムニー壁面から、Stygiopontius 属を初めて発見した。本属では雌雄どちらかの性 が未発見の種が多い中、すべてのカルデラにおいて同所的に本属の雌雄個体両方の存在が確認され、 これらは形態的特徴の共通性から同種であると考えられる(Stygiopontius sp.1、以下 sp.1 と呼称)。 さらに我々は沖縄トラフの第四与那国海丘に生息するゴエモンコシオリエビの表面からも別形態種 Stygiopontius sp.2(以下 sp.2)を発見した。本研究では、西太平洋既知種および sp.2 との比較から sp.1 の形態的特徴を検討した。さらに、伊豆・小笠原弧の 3 つのカルデラ内チムニー壁面に生息する 大型固着生物(イトエラゴカイ、ネッスイハナカゴ)表面サンプルから、本種の生息環境の特異性を 検討した。 sp.1 と他種との形態的差異は、第 4 胸脚の外肢 3 節目の seta(剛毛)の本数で見られた。西太平洋 の同属既知種および sp.2 は全て、この部分に生えている seta は 8 本だったのに対して、伊豆・小笠 原弧で発見された sp.1 は、雌雄とも 7 本のみであった。カイアシ類の種分類では、胸脚の節数や seta の数が重要な指標となるため、この点において sp.1 は西太平洋の同属種や沖縄トラフの sp.2 とは形 態的に明確に異なることが分かった。 明神海丘と明神礁カルデラにおいて、チムニー壁面のイトエラゴカイコロニー表面から得られたサ ンプルからは sp.1 の存在を確認できたが、同一チムニー壁面のネッスイハナカゴコロニー表面のサン プルからは sp.1 を確認できなかった。ベヨネース海丘では、チムニー壁面上に大型生物を確認できな かったが、壁面のバクテリアマットから sp.1 が発見された。イトエラゴカイはネッスイハナカゴに比 べて高温の環境を好む。このことから sp.1 は、大型生物を選択し共生しているのではなく、チムニー 壁面上の環境勾配のうち生息に適した微小環境を選択しており、その場にイトエラゴカイが存在する 場合は、それと共存すると考えられた。 明神礁カルデラとベヨネース海丘に生息する sp.1 では、上記の形態的特徴は共有するものの、雌雄 ともにベヨネース海丘の個体群の方が明神礁カルデラの個体群よりも有意に体長が大きかった。この 差が栄養供給量などの環境的差異によるものか、(カルデラ間は 30km 程度しか離れていないものの) 地域的隔離効果により引き起こされた遺伝的差異によるものなのか、今後検討していく予定である。
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