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理
Ⅰ
科
理科における「見通す」学習活動
1 「見通す」の力の育成
(1) 理科の問題解決過程における「見通し」
理科の問題解決の過程(観察・実験)で,どのような結果が得られればよいかが,理科の教師
には見えているが,結果を知らない生徒にとっては未知のものであるし,漠然としたものとなっ
てしまっている。従って,観察・実験は生徒にただ単に体験をさせればよいのではなく,「見通
し」を持たせることが重要であり,見通しは,目的意識と言い換えてもよいのである。「この観
察・実験は何のために行うのか」,「自分の仮説とこの観察・実験はどういう関係にあるのか」,
「自分の仮説が正しいなら実験結果はこうなるはずだ」などである。「見通し」は,これから行
う観察・実験を「自分ごと」として生徒が捉えるという点でも重要である。
生徒の問題解決過程における「見通し」は,問題を見いだし,その問題を解決するための仮説
や実験方法を発想する学習活動の場面である。
① 問題を見いだし,その問題を解決するための仮説や実験方法を発想する学習活動
「見通し」を持たせる仕掛けとして,教師は生徒に演示実験を見せるなどして,生徒の予想
と異なる結果を示して揺さぶりを掛けたり,身近にあって知っているつもりになっているが実
は分かっていないことを気付かせるために発問したりする。また,2つのものを比較して,両
者の関係,相違点や共通点を考えさせる。その際に,生徒の中に生じた疑問や発見を観察や実
験に結び付けるのに有効なのが,言語活動である。生徒に生じた疑問や発見は一様ではないの
で,小グループやクラス全体で意見交換をさせて,疑問を実験で確かめられるように「課題化」
したり,仮説をつくらせたりするのである。
こうして,観察・実験の前に言語活動を使って見通しを明確にさせることで,結果として観
察・実験の質が充実するのである。また,見通しが明確になることで,この観察・実験で分か
ることは何かという視点が明確になるので,体験の質が深まるのである。
このことから,問題を見いだす力を育成するためには,ある視点をもとに観察し,その観察
している現象について,現象どうし,あるいは,現象と既有知識との違いに気付く力を育成す
ることが大切といえる。
仮説や実験方法を発想するためには,生徒が,起こっている現象と既有知識とを関連付け,
その現象が生じる原因(要因)を発想することが大切になる。このため,問題解決のための仮
説や解決方法を発想する力を育成するためには,現象と既有知識とを関連付けることが大切と
いえる。なお,生徒に仮説を発想させるため,教師は,「なぜだろう」という問いをすること
が多いが,仮説を発想する力の育成のためには,「なぜだろう」という問いよりも,「何が」
「どのように」という具体的な問いが有効である。
さらに,この学習活動の中で生徒の探究の意欲をかき立て学習の動機付けとするためには,
これから進める学習の関連事項について,「どの段階でどのような学習をしてきているのか。」
「関連する経験をどの程度しているのか。」「学習の前提となる知識や技能を,どの程度身に
付けているのか。」「この学習に関連することについて,どの程度興味をいだいているのか。」
などの状況を考慮し,生徒が意欲的に関心を持って取り組めるような観察,実験,教材などを
取り入れ,指導することも大切である。
「見通し」の力を育てる具体的な教師の手だては,生徒が問題となる事象を説明するための
仮説を発想する場面では,現象の中から要因を見いだしたり,教師が生徒に既有の学習経験を
想起させ,類似関係などを適用できるようにしたりする。具体的には,「今まで学んだことを
基に何が関係しているのかを発想してみよう」と働きかけることが考えられる。また,生徒が
解決方法を発想する場面では,既有知識に類推などを適用して発想できるようにするため,
「今
-中理1-
まで学んだことをもとに実験方法を発想してみよう」と働きかけることが考えられる。
Ⅱ
理科における「振り返る」学習活動
1 「振り返る」の力の育成
(1) 理科の問題解決過程における「振り返り」
生徒の問題解決過程における「振り返り」は,理科の問題解決過程が仮説の検討活動である
ことから,①観察・実験結果から問題や仮説への振り返り,②観察・実験方法への振り返り,
③問題解決過程全体への振り返りをする学習活動の場面である。
① 観察・実験結果から問題や仮説への振り返りをする学習活動
計画した実験方法を実行し,そこから得た結果について考察する力を育成するためには,実
験結果を,仮説や実験方法と関連付けて検討することが必要になる。具体的には,実験結果が
仮説と一致しているか,あるいは,一致していないかという視点で,結果と仮説の関係を検討
することが大切である。
② 観察・実験方法への振り返りをする学習活動
実験結果が仮説と一致している場合は仮説が承認されたことになる。しかし,実験結果が仮
説と一致していない場合は,まず,実験方法の適切性を検討する。そして,実験方法が適切で
あった場合は,仮説の適切性を検討し,仮説を再考することが大切である。
③ 問題解決過程全体への振り返りをする学習活動
生徒が問題解決過程を見直すためには,まず,問題解決を通して獲得した知識・技能を,観
察・実験方法とともに明確にし,そこから得た結果の限界を明らかにし,これから追究する課
題を明確にすることが大切である。
結果を分かりやすくまとめたり,結果を解釈して考察を書いたりすることは個人で行うこと
も大切である。一方,結果の解釈が一様にならない場合などは,グループの間で話し合わせる
ことも価値がある。
グラフをかいたり,モデル図を使って考えたり,結論を文章化したり,グループで意見交換
することは,意味のある言語活動である。これらの言語活動を行うことで,観察・実験の結果
が明確になり,その結果の分析により解釈の質が高まったり,深まったりしていく。また,結
論を発信する際にも,何が分かったかを自分なりに整理して,人に説明することで自らの理解
を確認することにつながっていく。
このように振り返りは,観察・実験の質を深めるのに大きく貢献する。
もう一つは,もう少し広い意味の振り返りである。すなわち,この単元を通じて何が分かり,
自分はどのように変わったのかというレベルの振り返りである。この振り返りが成立するため
には,生徒の学習前の状態と学習後の状態を自分自身が比較できるようにしておくことが必要
となる。
このように,振り返る際に言語活動を行うことが思考力や表現力を伸ばしたり,知識・理解
の定着に有効なものとなったりするのである。生徒が探究の過程を踏めるように教師がさまざ
まな仕掛けで支援していくということが大切になる。
「振り返り」の力を育てる具体的な教師の手だては,生徒に実験結果について考察させる場
面では,仮説と実験結果が一致,不一致という視点で判断できるようにするため,「実験結果
と仮説を比較すると,どのようなことがいえるのか」などと働きかけることが考えられる。ま
た,問題解決過程を見直す場面では,生徒が行ってきた問題解決過程を見直し,新たな問題を
見いだすように,得た知識である事象の性質や規則性を,それらを得る手続きとともに確認す
し,さらにこれから追究する問題を明確にできるようにするため,「今日の学習から,何が解
決できて,何がまだ解決できていないか」などと働きかけることが考えられる。
-中理2-
Ⅲ
実践事例
事例1
浮力の大きさが,物体の水中の体積に関係することを見い出す事例
単元名
力の働き
第1学年「力と圧力」(2)イ
(ア)
1
単元の目標
身近な事物・現象についての観察,実験を通して,力の性質について理解させるとともに,これ
らの事物・現象を日常生活や社会と関連付けて科学的な見方や考え方を養う。
2
単元について
力や圧力に関する実験を行い,結果を分析して解釈することを通して規則性を見い出させ,力や
圧力に関する基礎的な性質やその働きを理解させ,力の量的な見方の基礎を養うとともに,力や圧
力に関して科学的な見方や考え方を養う。
3
指導と評価の計画(全3時間)
時
自然事象への
科学的な
関心・意欲・態度
思考・表現
技能
(観点Ⅰ)
(観点Ⅱ)
(観点Ⅲ)
水の 中で はた
らく 圧力 につ
いて 関心 をも
ち, 実験 を通
して その 性質
を調 べよ うと
する。
[行動観察]
ゴム 膜の へこ
み方 の観 察か
ら水 圧が どの
方向 にも はた
らき ,水 の深
さに よっ て違
いが ある こと
につ いて ,自
らの 考え を導
いた りま とめ
たりして,表
現している。
[レポート,行動
観察]
浮力 の大 きさ
が物 体の 体積
に比 例す るこ
とを ,実 験を
通し て自 らの
考え を導 き,
説明 しよ うと
する。
[行 動観 察,
レポート]
水の 中で はた
らく 圧力 につ
いて ,そ のは
たら きや 大き
さに つい て実
験を 通し て調
べる こと がで
きる。
[行動観察,ペ
ーパーテスト]
評価規準・評価方法
間
主な学習活動
水の中ではたらく
1 圧力を調べる実験
を行い,圧力の向
2
きや大きさに関す
る規則性を見い出
す。
水中の物体にはた 水の 中で はた
3 らく浮力を調べ, らく 浮力 につ
規則性を見い出す。
いて 関心 をも
本
ち, 実験 を通
時
して その 性質
を調 べよ うと
する。
[行動観察]
観察・実験の
-中理3-
自然事象につい 見通し・振り返り
活動の留意点
ての知識・理解
(観点Ⅳ)
水圧 は あら ゆ 【見通す活動】
る方 向 には た 水 圧 を 感 じ る
実験から,圧力
らく こ とを 理 の向きや深さ,
解している。 大 き さ に 関 し
水圧 は 水の 深 て 仮 説 を 立 て
さが 深 いほ ど る。
大き い こと を
【振り返る活動】
理解している。
実験結果を,仮
[ペーパーテスト, 説 や 実 験 方 法
ワークシート]
と関連付けて
検討する。
浮力 は 上向 き
の力 で ,大 き
さは 物 体の 体
積に 関 係し ,
水の 深 さに は
関係 し ない こ
とを 理 解し て
いる。
[ペーパーテスト]
【見通す活動】
浮力について仮
説を立てる。
【振り返る活動】
実験結果を,仮
説や実験方法と
関連付けて検討
する。
4 学習指導の様子
(1) 本時の目標
浮力の大きさが物体の水中の体積に関係することを,説明することができる
浮力は上向きの力で,物体の体積に関係し,水の深さには関係しないことを理解することがで
きる
① 評価規準
評価規準(B)
十分満足できる(A)
努力を要する(C)
浮 力の 大 き さ が物 体 の 水
浮力の大きさが物体の水
比較したいことを明確に
観
中の体積に比例することを,
中の体積に比例することを,
し,それ以外の条件を同じに
点
Ⅱ 実験を通して自らの考 えを 水中の 物体 には たら く 上面 して実 験す るよ うに支 援す
導き,説明しようとする。
と底面 の圧 力差 に関 連 付け る。
て考察することができる。
実験結果を表にして,比較
しやすいように支援する。
浮力は上向きの力で,物体
実験結果を,体積に着目し
浮力は上向きの力で,物体
観
の体積に関係し,水の深さに
てもう一度,実験結果を振り
点 の体積に関係し,水の深さに
Ⅳ は関係しないことを理 解し は関係 しな いこ と を 正 しく 返らせる。
理解し,矢印等の図を使って
ている。
説明している。
②
導
入
展
開
展開
学習内容
1.浮力について知る。
教師の支援・指導
1.プールや風呂などの日常的な体験
をふまえながら,水中で上向きに力
がはたらくことを確認する。
・ピンポン玉やおもりを用いて水 ・ピンポン玉のように水面に浮く物体
中にある物体には上向きに力が
だけでなく,おもりのように水に沈
はたらくこと,その力を浮力と
む物体にも浮力がはたらいているこ
呼ぶことを知る。
【全】
とを,ばねはかりを使って捉えさせ
る。
・既習内容である水の圧力を振り ・ゴム膜のへこみ方の違いの写真など
返り,水の深さによる圧力の差
を振り返らせ,水中にある物体の上
から浮力がはたらくことを知
面と底面にはたらく水の圧力の差か
る。
ら浮力がはたらくことを確認させ
る。
2.本時の課題を確認する。
2.本時の課題を確認させる。
備考
水槽
ピンポン玉
おもり
ばねはかり
浮力の大きさは,物体の何に関係があるか調べよう。
・浮力の大きさは,物体の何に関
係があるか仮説を立てる。
①個人で考えてから,班の中で
発表する。
【個】
②班でまとめた考えを発表す
る。
【全】
考えるポイント
○水の圧力は,あらゆるむきから
はたらく
○水の深さが深くなればなるほど,
水の圧力は大きくなる
3.実験を行う。
3.実験を行わせる。
・班ごとに浮力測定用体を使い, ・体積,質量,深さなど,様々な条件
質量,体積,水の深さなどの条
で浮力を調べられるように材料を準
件を変えて実験を行う。 【班】
備する。
-中理4-
浮力測定用体
水槽
ばねはかり
・実験結果を発表する。
ま
と
め
【全】 ・班ごとに発表を行わせ,実験結果を
全体で確認する。
4.考察を行う。
4.考察を行わせる。
・実験結果を,仮説や実験方法と ・実験結果を条件ごとに整理させ,仮
関連付けて検討する。
説と一致しているか,そこから何が
①個人で考えてから,班の中で
分かるか,仮説と結果との間で不一
発表する。
【個】
致があった場合は,実験方法や仮説
②班でまとめた考えを発表す
の適切性について再考させる。
る。
【全】
5.班の話し合いや発表をうけて, 5.班の話し合いや発表をうけて,個
個人でまとめる。
【個】
人でまとめさせる。
6.全体でまとめる。
③
【全】 6.水圧の性質と水に沈んでいる物体
の体積に触れながら,浮力について
確認する。
評価方法
ワークシート
行動観察
評価方法
ワークシート
行動観察
具体的な評価
〈評価Aの例〉
前時までの学習内容を振り返り,水の深さと水の圧力の関係
を正確に捉えて図示し,上下の圧力差が浮力になっているとい
う考えに至っている。また,作用点や矢印の図示の仕方も適切
である。
仮説を設定し,検証のための実験を
行わせたが,水の深さや物質の質量,
体積といった調べたい条件以外が等し
くなるよう,条件制御を行った上での
実験を行っていた。実験結果について
考察を行い,浮力は体積に関係するこ
と,体積が大きくなるほど浮力が大き
くなること等を見付け出すことができ
た。
-中理5-
〈評価Bの例〉
水の深さが浮力に関係するという仮説を立てて実験
を行った。空気中と水中でのばねばかりの差から浮力
を計算し,浮力は水の深さによって変わらないことを
見い出すことができた。その後,質量や体積など条件
を変えて再度実験を行い,体積が浮力に関係すること
を知ることができたが,上面と底面の圧力差について
考察するまでは至らなかった。
〈評価Cの例と手立て〉
仮説を立てることはできたが,具体的な実験
方法や制御すべき条件について考えることがで
きなかった。
仲間との交流を通して実験方法について理解
し,実験を行うことができた。結果について,
条件を変えるごとに記録させることによって,
浮力の性質を視覚的にも捉えることができたが,
考察することは難しかった。
班や全体での意見の交流を行うことで,浮力
に関わる正しい認識に至ることができた。
6
具体的な指導改善のポイント(2つの実践から)
本単元の目標は,「身近な事物・現象についての観察,実験を通して,力
の性質について理解させるとともに,これらの事物・現象を日常生活や社会
と関連付けて科学的にみる見方や考え方を養う」ことである。そのためには,
力や圧力に関する実験を行い,結果を分析して解釈することを通して規則性
を見い出させ,力や圧力に関する基礎的な性質やその働きを理解させるとと
もに,力の量的な見方の基礎を養うこと,力や圧力に関して科学的な見方や
考え方を養うことが必要である。生徒たちが明確な「見通し」を持ち,実験
方法を考え,実施していくためには,規則性や性質を理解させるための教材
教具の工夫が必要である。浮力を理解するためには,その手がかりとして水
圧についての理解を深めておく必要があるが,それは生徒の実感を伴ったも
のであることが望ましい。
具体的な活動として,いろいろな深さで穴を開けた筒からの噴水の観察で,視覚的に水圧を捉
えることができるが,傘用のビニール袋に水を入れることで直接つまんで水圧が深さによって変
わることを実感することも可能である。また,爪楊枝等でいろいろな深さに穴を開けることで,
高価な穴あき水槽の代用とすることもできる。視覚や触覚など様々な角度から現象の本質をつか
ませることで,生徒達が「振り返る」際の手がかりを用意したい。
-中理6-
「見通し」を意識した学習活動①
実験では,生徒から出る「水の深さ」「質量」「体積」「形状」
など,様々な条件について実験させる必要がある。深さについて
は他の条件を制御した上での実験は容易であるが,質量や体積に
ついては工夫が必要である。フィルムケースにひもをつけたもの
と,その中に収まるおもりの代わりとなるもの(ステンレス製の
ナット)を今回は用意した。ナットの数を変更するだけで質量を
変えることができるとともに,体積は一定に保つことができた。
また,油粘土を使用することで,質量を変えずに体積を変えて実
験を行うこともできる。形状による浮力の変化の有無についても,油粘土であれば容易であり,
水中で激しく動かさない限りは溶け出すこともあまりない。「見通す」活動では,生徒が主体と
なって実験を計画・実施することが多くなる。その際に様々な調べ方を保障し,生徒の学習活動
を支援できるよう,工夫された教材・教具を用意しておきたい。
「見通し」を意識した学習活動②
実験では生徒に「見通し」を持たせることによって「何のために行う実験なのか」「行ってい
る実験から何が分かるのか」を具体的に考えさせることができる。今回の実験では,2種類の異
なる素材(ステンレスと塩化ビニール)で,それぞれ大小2つの体積の物体を用意する。そこで,
全部で4個の物体をどのように実験し,値を比較すれば浮力の大きさについて説明できるのか,
という「見通し」を持たせることが重要なポイントであるといえる。具体的には,①物体にはた
らく重力の大きさを空気中と水中で測定し,2つの値の差から浮力が求められること。②同じ素
材で体積が異なる2つの物体を調べることで,浮力と体積の関係を見い出せること。③同じ体積
で異なる素材の物質を調べることで,浮力と質量の関係を見い出せること。④同じ物体を水中で
の深さを変えて実験することで浮力と深さの関係を調べられること。の4点をあげることができ
る。これらの4点に関する「見通し」を持たせるため,生活経験から浮力を感じたことや実験方
法について話し合わせる活動を取り入れた。
実験前における生徒の考え
○仮説
・浮力は深さによって変わる。深さが深くなると,下面で上向きに働く水圧が大きくなるから。
・浮力は深さによって変わる。ボールやビート板を深いところに入れると,上昇する勢いが増す
から。
・浮力は質量によって変わる。軽い物ほど浮かぶから。
○実験方法
・同じ大きさで質量の違う物体を水中に入れてみる。
・水中に入れる深さを変えてみる。
・同じ密度の物体で体積の違う物体を水中に入れてみる。
「振り返り」を意識した学習活動
実験の仮説に対して結果はどうなったのか,結果を表の形で示したり,結果を数式の中に当て
はめて表したりしている。充分に仮説について検討した実験ほど,実験への取り組む意欲が高ま
り,結果をきちんとまとめようと努力する。生徒たちは実験結果が順に明らかになると,仮説と
結果を見比べて仮説の適切性を考える。こうした振り返りを反復し,考察・結論に至る。そして
考察を自分の言葉で表すことにより,自分の考えをまとめ,新しい科学的な概念が構築されてい
く。さらに,自分の考えが学習前の状態とどのように変わったのかという「振り返り」が生徒の
中で行われると考えられる。
-中理7-
生徒の「振り返り」
~ワークシートから~
「 見通し」「振り返り」の活動を行うことで,
それまで教師から提示された観察・実験をこなし
て,理論や法則を教わるという受け身の形だった
授業が,自ら疑問を持って「自分で調べて確かめ
よう」という主体的な姿勢の授業へと変わってい
く様子が見られた。考察が自分で書けなかった生
徒も「浮力が体積で変わる」ことを知識として獲
得すると,改めて実験に興味を示し,授業後にさ
らに実験を行い「確かにそうだ」「こういうこと
なのか」と納得し,喜ぶ姿が見られた。この姿も
「振り返り」の活動の一つだと考えると,「振り
返り」の活動は,科学的な概念を構築していく過
程で,とても重要なプロセスになるのではないか
と考える。
-中理8-
事例2
単元名
酵素の存在を実験によって確かめることができることを見い出す事例
酵素のはたらきを調べよう
第2年「動物の生活と生物の変遷」(3)イ
1
(ア)
単元の目標
生物の体は細胞からできていることを,観察を通して理解させる。また,動物などについての
観察,実験を通して,動物の体のつくりと働きを理解させ,動物の生活と種類についての認識を
深めるとともに,生物の変遷について理解させる。
2
単元について
動物には消化器官が備わっており,その働きによって,食物が物理的及び化学的に消化され,
栄養分が吸収される仕組みを理解させる。その際,消化酵素を用いた実験を行い,ペプシン,ア
ミラーゼ等の代表的な消化酵素に触れる。また,消化によって食物が小腸の壁から吸収されやす
い物質に変化することを理解させる。
3
指導と評価の計画(全2時間)
評価規準・評価方法
時
間
主な学習活動
自然事象への
関心・意欲・態度
(観点Ⅰ)
科学的な思考・表現
観察・実験の技能
(観点Ⅱ)
(観点Ⅲ)
自然事象についての 見通し・振り返り
知識・理解
酵素に関する既 酵素がどのよ 酵素 が含 まれ
習事項を確認し, うなものに含 てい るも のを
身近な食物の中 まれ,生活に 予想 し, どの
にも酵素がある どのように役 よう な実 験を
ことを予想し, 立っているか 行え ば確 かめ
検証する方法を を意欲的に調 られ るの か,
1 見い出す。
べようとする。 自ら の考 えを
[行動観察, 導い たり まと
ワークシート]
めたりして,表
現している。
[行 動観 察,
ワークシート]
実験により酵素
が身近な食物に
あることを検証
する。
2
活動の留意点
(観点Ⅳ)
【見通す活動】
既習事項を利用
して,酵素につ
いて探究できる
ような課題設定
をする。
観察 ,実 験の
基本 操作 を習
得す ると とも
に, 人体 以外
のも のに 酵素
が含 まれ てい
るこ とを 実験
によ って 確か
め記 録し てい
る。
[行 動観 察,
ワークシート]
-中理9-
酵素のはたら
きを理解し,
どのように生
活に役立って
いるか知識を
身に付けてい
る。
[ワークシート,ペ
ーパーテスト]
【振り返る活動】
酵素の実験結果
のみならず,問題
解決過程全体を
振り返る。
4 学習指導の様子
(1) 本時の目標
ヒトの体の中以外にも,酵素を含むものがあることを知り,酵素の存在を実験によって確か
めることができることを見い出す。
展開Ⅰ
① 評価規準
評価規準(B)
十分満足できる(A)
努力を要する(C)
酵
素が
含
ま
れ
てい
る
も
の
酵素のはたらきを安全に
具体的な食物を提示し,ど
観
を予想し,どのような実験を 検証する実験が考えられて の食物で,どのような実験を
点 行えば確かめられるのかを,
Ⅱ 自らの考えを導いたり まと おり,結果の予想まで考え 行うのかを考えられるよう
た見通しを持てている。
に支援する。
めたりして,表現している。
②
導
入
展
開
展開
学習内容
1 酵素が使われている事例を
知る。
2
事例から酵素のはたらきを
振り返る。
3
他に「酵素」が活用されて
いる例を考える。
教師の支援・指導
・「アイート」を見せ,酵素によって
柔らかくなっていることを確認さ
せる。
・消化の中で酵素が,食物を小さくす
るはたらきを思い出させる。
・生活の中で,生物の酵素が活用され
ているであろう例を考えさせる。
・出てこないときは「パイナップル」
「大根」「キウイ」等,酵素をたく
さん持つものをあげ,活用例を考え
させる。
例の中から「タンパク質」「デンプン」を分解する酵素が
働いていると思われる事例を予想する
・個人の考えをまとめる
・個人の考えをもとに班で話し
合い,検証する事例を決定す
る。
予想した酵素のはたらきを検証する方法を考え,
どのような結果になるのかを予想する
・検証方法を班で話し合う。
・班で考えた検証方法と予想し
た結果を全体に発表する。
備考
・既知の消化の時に触れた,ゼラチン
やデンプンの確認方法を思い出さ
せる。
・どのような結果になるのか予想をし
ながら見通しを持った実験計画を
するよう促す。
・タブレットで撮影した検証方法を拡
大して投影し,全体への説明を行い
やすいよう支援する。
-中理10-
評価方法
ワークシート
行動観察
ま
と
め
4
5
③
班で検証方法の手順や必要
なものの確認等をする。
・班ごとに次時の検証方法の手順やま
とめ方を確認させる。
評価方法
ワークシート
行動観察
次時の確認をする。
具体的な評価
<評価Aの例>
予想する酵素のはたらきを安全に検
証する実験が考えられており,なおかつ,
結果の予想まで考えた「見通し」を持
てている。
<評価Bの例>
予想する酵素の働きを検証する実験が
考えられているが,結果の予想まではでき
ていない。
<評価Cの例>
予想する酵素の働きを検証する実験が考え
られていなかったが、教師の支援で考えるこ
とができた。また,結果の予想もできていない。
展開Ⅱ
① 評価規準
観
点
Ⅲ
評価規準(B)
観察,実験の基本操作を習
得するとともに,人体以外の
ものに酵素が含まれて いる
ことを実験によって確 かめ
記録している。
十分満足できる(A)
安全に配慮しつつ意欲的
に実験を計画通り行い,消
化酵素が役立っていること
を見い出すことができる。
-中理11-
努力を要する(C)
計画通りできるように個
別に指導を行い,消化酵素の
役割についても考えられる
ようにする。
②
展開
学習内容
教師の支援・指導
1 酵素の使用例を思い出す。 1 前時にあがった例を提示する。
【全】
・班での実験手順,分担を確認
する。
消化酵素が使われている事例を実験で確認する。
導
入
展
開
2
ま
と
め
見通しを持って実験をす
2 実験器具や薬品の適切な使用を
る。
【全】
見守る。
・安全に実験できるように机間指導
を行う。
・結果をワークシートに記入す
る。
・班で話し合い,発表の準備を
する。
・簡潔な発表となっているか留意す
る。
・結果を発表する。
・他の班の発表をしっかり聞かせる。
3
3
学習を振り返る。
問題解決過程全体を振り返らせ
る。
人の体の中以外にも消化酵素を持つものがあり,その酵素を
確かめる方法や生活の中で利用されていることを知る。
・計画から実験までの問題解決
過程全体を振り返り,ワーク
シートに記入する。
③
備考
評価方法
机間指導
ワークシート
評価方法
ワークシート
・数名に発表させ,全体としてまとめ
る。
具体的な評価
<評価Aの例>
予想した酵素のはたらきを安全に検証する実験が計画どおりに行われており,なおかつ,
具体的に消化酵素が役立っていることを具体的な結果とともにまとめられている。
<評価Bの例>
予想した酵素のはたらきを安全に検証する実験が計画どおりに行われており,酵素が含
まれていることを結果からまとめられている。
<評価Cの例>
予想した酵素のはたらきを安全に検証する実験が計画どおりに行うことができず,酵素
が含まれていることも見い出すことができていない。
6
具体的な指導改善のポイント
「見通し」を意識した学習活動
理科の問題解決の過程では,教科書に提示されているような実験を示された実験手順に従っ
て行い,結果を確認して終わることも少なくない。しかし,このような経験では,知識は得ら
-中理12-
れるとしても「何のために行うのか」「なぜこのような実験方法で検証するのか」など自ら思
考することがないため,身のまわりの事物事象へ関連付けて考え,活用する力を培うことには
つながらない。
本時の学習では,身近な食物を用いてヒトの体内以外にも酵素が存在することを自分たちで
考えた方法で検証していく。検証方法は,個々が持つ既習概念をもとに話し合い活動によって
見い出していく。まず,「このような事例から,この生物は酵素を持ち,栄養素Xの消化に役
立つのではないか」といった仮説を立てる。仮説が正しいことを立証するために「このような
実験を行うことで,きっとこのような結果になるはずだ」と結果を予想しながら,実験計画を
行っていくのである。
以上のように,これまでの生活経験や学習を通して得た知識を活用し,仮説を立てて実験を
行うことで「見通し」を持って取り組む姿勢を培っていけるものと考える。
実験前における生徒の考え
○日常生活中の酵素の使用例
キウイをゼラチンには入れない,大根は消化を助ける,洗濯洗剤に入っている,パイナップ
ルは肉を柔らかくする,胃腸薬に入っている,キャベツは肉の消化を助ける,ヨーグルトは消
化を助ける,等様々なものが出された。予想していたより,多岐にわたるものが出された。「キ
ウイ」「パイナップル」「大根」等の例を考え出すことができない班には,教師側から提示を
行った。
○検証方法例
・ゼラチンにパイナップル果汁つけるものと,水につけるもので観察する。(対照実験)
・ゼラチンに大根おろしの汁をつけるものと,水につけるもので観察する。(対照実験)
・米粒を溶かした液体に,大根おろしの汁を入れヨウ素液でデンプン反応を見る。
・焼いたパイナップルと生のままのパイナップルをゼラチン上において観察する。
(対照実験)
・ジャガイモにヨーグルトをつけ,ヨウ素液をかけてデンプン反応を見る。
「振り返り」を意識した学習活動
実験後,問題や仮説への振り返りや実験方法の振り返り,問題解決過程全体の振り返りを行
う学習活動を通して,より深い理解や自己の知識の整理がなされていく。その結果,生徒は「見
通し」を持った実験とその実験結果を分かりやすく説明することを通して,実験全体を振り返
ることができている。
-中理13-
生徒の「振り返り」
~ワークシートから~
○実験結果
○学習を終えて
理科においては,「実験から分かること」つまり考察をする中で,理論や規則性に気付かせるこ
とが多い。今回は,自分たちで立てた仮説をもとに検証実験を考え,結果までを見通して実験を行
った。得られた結果から「仮説が正しかったのかどうか」「検証方法として適切だったのか」など,
問題解決過程全体の「見通し」と「振り返り」を行う事例として「酵素」を題材とした授業を提示
した。授業全体の実験すべてにあてはまることではないが,単元のまとめや発展的な課題を積極的
に行うことで,生徒の身のまわりの事物事象に対する探究心を育み,主体的に問題解決にあたる姿
勢が培われていけると考える。
-中理14-