Can-do の活用事例(自己評価チェックリスト) -実践報告- アダム・ミツキェヴィチ大学 東洋研究所日本研究科 中西恭子 Ⅰ.はじめに JF 日本語教育スタンダードの Can-do リストをもとに、筆者は学習者の自己評価チェック リストを作成し、学習者自身の熟達度確認や目標の明確化に活用している。その事例を2 つ紹介し、問題点についても述べる。 Ⅱ.活用事例その1 対象者:市民講座の学習者 作成したリストの形式:Can-do 本文の横に「できる」欄、「必要」欄を設け、それぞれ自分 で判断する熟達度、自分に必要な技能だと思う度合いを数字や記号で記入する形式。同じ 技能の同じトピックから関連する Can-do を A2-B1 レベルでピックアップし、A2 から B1 の順 で並べる。例えば以下の表では、1の Can-do は A2 レベル、2と3の Can-do は B1 レベル である。ただし、どの Can-do がどのレベルに該当するかは回答後に学習者に知らせる。 ※自己評価チェックリスト一部抜粋※ 今の自分の力を考えて、「できる」の欄(らん)に1~4の数字を書いてください。 4:できると思う。 3:少し難しいけれど、なんとかできると思う。 2:あまりできないと思う。自信がない。 1:できないと思う。 「必要」の欄(らん)には、その力があなたには必要かどうかを書いてください。 ◎とても必要。身につけたい。 ○できればいいと思うが、大切ではない。 ×あまり、必要だと思わない。 話す Can-do本文(日本語) 大学のゼミの最初の授業などで、自分の専門や今 関心があることなどについて、短い簡単な言葉で 自己紹介し合うことができる。 トピック Can-do本文(英語) Can introduce oneself in short simple terms to classmates 学校と教育 about one's specialty, current interests, etc. on, for example, the first day of a university class. 2 校内のエレベーターなどで居合わせたゼミの先生 などと、自分の近況などについて、自分の気持ち もまじえて話すことができる。 Can talk in short simple terms to an university professor one meets in a school elevator, for example, about one's recent news and other topics, including one's feelings about them. 3 大学のゼミのディスカッションで、簡単な説明や 理由を交えて自分の意見を述べることができる。 Can express one's opinion, giving simple explanations and 学校と教育 reasons, in a discussion during an university seminar. 1 できる? 必要? 学校と教育 実施方法:初級終了後、中級レベルに移行するコースの最初の授業で実施 目的とその効果:筆者が担当した市民講座は、カリキュラムや使用教材など授業計画が 全て筆者一人に任されており、ほとんど教師の自作教材を用いて授業を行った。そのため 学習者の立場から見ると、「自分はこのレベルに到達した」と明確に判断する材料に乏しく、 日本語能力試験N4には合格したものの、それが「初級修了レベルの日本語を習得した」と いう自信にはつながらなかった。Can-do リストで、どんな状況でどんなことができればどの レベルと言えるのかを実際に知ることで、正しく自己の能力を判断することができ、また今 後どんな能力を身につけたいのか、どんな点に集中して学びたいのかを学習者は考えるこ とができた。結果、彼らの当時のレベルはA2の後半であること、「書く」技能に弱いことなど をクラスの共通認識とすることができ、今後の学習目標は基礎文法の復習も入れつつ、各 自の興味、専門の分野で少し難しい内容の会話もできる会話力を身につけること、書く技 能は必要だと考える学習者が自己学習で伸ばしていけば良いとする等、教師と学習者が 一緒に話し合って、レベル確認・ニーズ把握・新年度の授業計画を決めることができた。 Ⅲ・活用事例その2 対象者:アダム・ミツキェヴィチ大学日本研究科で筆者が担当する1、3、4年生 作成したリストの形式:筆者は1年生では聴解・会話を中心に、3年生と4年生ではテレ ビ番組を用いた討論活動を中心とする授業を担当しているので、それぞれ関係すると思わ れる Can-do を適した複数のレベルから抜粋、左から右へ徐々にレベルが上昇する形式で 並べ、1から7の評価尺度を設けた。なお、1年生はポーランド語訳のものを使用している。 ※自己評価チェックリスト一部抜粋※(4年生で使用しているもの) ☆話す力 【討論】 参加者が標準的な言葉づかいではっきり と話してくれれば、自分の関心がある話 題なら、なんとか討論に参加することが できる。積極的な参加は難しいが、自分 の視点を手短に述べることならできる。 1 2 自分の関心のある話題、専門分野に関連したこ となら、討論に積極的に参加して、自分の意見 を述べたり、説明したり、仮説を立てたりする ことができる。また、討論相手の話や強調した ポイントが理解できる。 3 4 抽象的な、または身近でない複雑な話題 でも、討論に容易についていける。説得 力のある明確な意見が表明でき、討論相 手の質問にも問題なく答えられ、対抗す る意見にも流暢に自然に適切な対応がで きる。 5 6 7 実施方法:当該年度最初の10月、前期終了時の2月、年度終了時の5月に3回実施。 毎回同じシートを用い、その時の自己評価を1~7のスケールで記入する。回答後に、 以前回答したシートを教師が返却し、学習者はそれを比較して自分の上達度を確認する。 目的とその効果:日々の授業内活動では意識しにくい自分の上達度を、年に数回、この 自己評価シートを用いて振り返ることで、明確に認識し、自信やさらなる学習の動機づけ につなげることができる。 Ⅳ.問題点 自己評価をして学習者が自分の学習の上達度を意識することは、満足感や達成感をも たらし、動機づけにつながる。実際、学習者は自分が前回どんな点をつけたか覚えていな いため、回答後に前回のものを教師から渡され、自分の以前の低い評価に驚いたり、大き な上達度に喜んだりしている。そのような学習者の表情・反応を見ていると、自己評価活動 の効果を実感する。逆に、以前より自己評価が下がってしまった場合には、なぜそうなった か自分で内省し、学習経過を分析することで学習の改善点を自ら見つける材料にもなる。 しかし一方で、効果をもたらさないと思われる学習者もいる。「評価などは教師がするも のだ」と考え、自己評価活動自体に意義を見出さない学習者の場合には、積極的な参加を 促しにくい。また、自己評価が真の実力に比して異常に高いと思われる学習者の場合にも、 問題を感じる。無論、授業内で行っているこの自己評価活動は、教師が出す評価にまった く影響しないと明示してあるので、教師からの良い評価を期待して自分が思う以上に高い 自己評価点をつけているわけではない。そして、自分に自信を持つことも確かに大切であ る。しかし、おおむね、教師が判断する実力よりかなり高い自己評価の学生は、あまり熱心 に勉強せず、自分の問題点や欠点が見えていない学習者である場合が多い。教師がこの ような学習者をどのように上手に指導していけるか、よく考えるべき課題である。 以上
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