担 当:水産総合研究センター 中央水産研究所 水産経済部 動向分析研究

6-2.渓流魚の遺伝的多様性の増大・維持による経済効果の検証
担 当:水産総合研究センター 中央水産研究所
水産経済部 動向分析研究室 玉置泰司・桟敷孝浩
協力:栃木県水産試験場 久保田仁志
1.要旨
渓流魚の遺伝的多様性の増大・維持による経済効果を明らかにするため、漁協への聞き取り調査と、栃
木県西大芦漁協における渓流釣り人へのアンケート調査を実施した。アンケート調査により経済効果の計
測を行った結果、休漁区を解禁した場所の遊漁料について、それ以外の場所の遊漁料よりも日券で平均
24.6%(年券購入者)及び 26.4%(日券購入者)高い金額を支払うと評価されたこと等が明らかになった。
2.調査内容と方法
渓流魚の遺伝的多様性の増大・維持が漁協に与える経済効果を、増大・維持措置を実施した漁協へ
の聞き取り調査により明らかにする。さらに、遊漁者に与える経済効果を、栃木県水産試験場等との
協力のもと栃木県西大芦漁協に来訪した渓流魚遊漁者へのアンケート調査により計測する。
3.結果及び考察
(1)栃木県西大芦漁協における渓流釣り遊漁者の動向
図1 西大芦漁協渓流釣遊漁者数推移
193
13,000,000
12,000,000
(円) 11,000,000
10,000,000
9,000,000
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
(年)
図2 西大芦漁協渓流魚遊漁料収入
当漁協では、渓流釣りの遊漁券設定区域内の最上流部にある本沢を禁漁にした 2005 年以降、渓流遊漁者
数は減少傾向にあったが、本沢を解禁した 2007 年には日券利用者が7%増加した。しかしながら、解禁等
のイベントがなかった 2009 年にも、日券購入者が前年を上回る等、解禁が遊漁者増加の要因であると判断
することは困難であった。逆に 2010 年は新たに本沢を禁漁にしたが、ほぼ前年並みの遊漁者数であった(図
1)。さらに、遊漁料収入でみると、本沢を解禁した 2007 年は前年度より減少している(図2)。この他
栃木県内の別の漁協の事例では、休漁区を設定したところ密漁者が入って荒らされたために結局休漁区の
設定を取りやめたなど、休漁区設定後の適切な管理措置が必要である。
休漁区
本沢
休漁区
図3 西大芦漁協漁場図
194
(2)西大芦漁協渓流魚日券・年券利用者アンケート調査
1)実施状況
2010 年の渓流魚遊漁期間は 3 月 21 日から 9 月 19 日であった。西大芦漁協及び遊漁券販売所の協力を得
て、遊漁券購入者に調査票を直接配布した。年券購入者については漁期前販売時から調査票配布を開始し、
日券購入者については漁期開始と同時に調査票を配布した。ただし、4月と9月の特設釣り場の遊漁者は
アンケート調査対象から除外した。遊漁者は調査票受取から2週間以内に、同封した封筒で水研に返送す
る。遊漁期間中の配布枚数は日券購入者 1,232 通、年券購入者 398 通であり、回収数は日券購入者 135 通、
年券購入者 169 通であった。従ってアンケート回収率は日券購入者 12.3%、年券購入者 42.5%となる。
2)アンケート集計結果
①大芦川の渓流釣りに関する質問
ア.どのような情報をもとに大芦川を選んだか
「以前来たことがある」が年券・日券とも第1
位で、特に日券では 74%と圧倒的に多い。年券で
は「知人などからの紹介」が同様の比率で第2位に
並んでいる。自分の経験や、信頼できる知人の情報
を重視している。一方、日券では「知人などからの
紹介」と並んで「インターネット」も 20%と高い。
日券利用者は多くの釣り場の中から毎回釣行場所
を選択するため、
インターネットでのリアルタイム
の情報も重視していることがわかる。
イ.大芦川での釣りの魅力は何か
年券・日券とも「清流」が最も多く、9割前後を占めており、第
2位は「釣り場の景観」で6割前後を占めている。直接の釣果より
も、釣り場の環境が高く評価されているようである。また、年券で
は「魚の味がよい」が 39%と第3位を占めている。
195
ウ.大芦川での釣り以外の楽しみは何か
年券・日券とも「景観」が最も多く、第2位は「地
元料理」である。ただし、釣り以外の楽しみが「な
し」としている人の比率も高く、日券では 41%、
年券では 25%を占めている。釣り以外に釣り人を
引きつけるものがあると、
集客数にもつながる可能
性がある。
エ.大芦川の禁漁区・休漁区の設定に賛同するか
年券・日券ともに約9割が賛成しており、地元の取組が広
く理解されている。
オ.大芦川での渓流釣り経験と予定(年券購入者のみ)
カ.大芦川入渓月、入出渓時刻及び釣行時間(日券購入者のみ)
3月が最も多く、徐々に減っていくが、これは日券購入者で1度アンケートに回答し
た者には配布を行わなかったことも影響していると考えられる。
なお、平均釣行時間は6時間15分であった。
キ.本日の主な釣り場(日券購入者のみ)
最上流部及び最下流部は比較的選択者が少なく、特設釣り場や追加放流区域を含む漁協事務所前が最も
多い。これは、特設釣り場(4月・9月)での釣り残しや、追加放流(4月・5月)をねらった遊漁者が
多いのが理由と思われる。
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ク.本日の釣り方(日券購入者のみ)
餌釣りが最も多く約7割を占め、フライ、ルアーと続く。
ケ.本日の釣行人数(日券購入者のみ)
平均 2.2 人で友人と2人で来るパターンが
多く、家族での釣行は少ない。特に小学生以
下の子供連れはほとんどいない。
コ.本日の釣果(日券購入者のみ)
平均ではヤマメ 9.6 尾を釣り上げ
ているが、0尾の人が最も多いこと
から、釣果にかなりの差があること
がわかる。キャッチアンドリリース
をする人もいるため、持ち帰った数は平均 7.2 尾と釣り上げ尾数よりも約2尾少ない。
197
サ.日別平均ヤマメ釣り上げ尾数(日券購入者のみ)
特設釣り場放流や追加放流後には釣り上げ尾数が上昇している。
シ.今後も大芦川で渓流釣りをしたいと思うか(日券購入者のみ)
「はい」が 82%と圧倒的に高い。釣り上げ尾数が0尾の人が多いにもかか
わらず、リピーターをつかんでいる。
ス.大芦川で渓流魚の資源保護のため持ち帰る尾数制限の設定について
年券・日券ともに「賛成」が最も多いが、年券では過半
数に満たない。「反対」はともに3割程度である。尾数制
限を新たに設定した場合、上限尾数によっては約3割の遊
漁者が西大芦から離れていく可能性がある。
セ.尾数制限を設定するときの尾数は何尾以内が適当か
平均で年券 11.5 尾、日券 10.3 尾である。なお、渓流釣り
一般での質問「渓流釣りでは何尾くらい釣れれば満足
か?」という問の答えと比較すると、年券では満足する尾
数を上回り、日券では一致している。
②一般的な渓流釣りに関する質問
198
ア.どちらの川に釣りに行きたいか
年券・日券ともに「天然魚数尾」
を選んだ者が約7割いた。
イ.魚を増やす方法でどれが一番重要だと思うか
年券・日券ともに「流域の環境」を選
んだ者が最も多かった。
ウ.魚の数自体を殖やす方法ではどれが一番良いと思うか
年券・日券ともに「稚魚放流」を選んだ
者が最も多く、「産卵場所の造成」、
「成魚放流」と続く。「卵放流」を支
持するものが少なく、まだ一般には認
知されていないことがわかる。
エ.魚の獲る数を減らす方法ではどれが一番
良いと思うか
年券・日券ともに「尾数制限」を選んだ者が
最も多い。第2位は年券では「禁漁(休
漁)期間設定」、日券では「キャッチア
ンドリリース区間設定」と差が出てい
る。
オ.流域の環境を良くする方法ではどれが一番良いと思うか
年券・日券ともに「水源の森の保全」を
選んだ者が最も多く、「ダム・堰堤の撤去」
が第2位となっている。「渓畔林」を支持
するものが少なく、まだ一般には効用が認
知されていないのか、あるいはフライの時
に邪魔に感じている可能性もある。
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③2009 年(アンケート実施前漁期)の渓流釣りに関する質問
ア.2009 年の渓流釣り日数合計
年券の方が平均 19 日と日券よりも多い。
イ.2009 年の渓流釣り場数合計
日券の方が若干多い。ただし、西大芦で年券を購入した人
でさえも平均 3.6 箇所と他の釣り場も利用していることがわ
かる。
ウ.2009 年に一番多かった釣り方
年券・日券ともに「餌釣り」が最も多く、「フライ」、「ル
アー」と続く。特に日券では 1/4 近くが「フライ」である。
エ.2009 年に最も多く行った渓流釣り場
年券はやはり「西大芦」が最も多く、日券は「その他」
が最も多い。
オ.2009 年の渓流釣りの主な交通手段
年券では 99.4%、日券では 98.4%が自動車となっている。
④回答者個人属性
ア.渓流釣り歴
平均値は年券では 19.5 年、日券では 18.4 年であった。
イ.回答者年齢
年券・日券とも 50 代が最も多く、40 代から 60 代で年券は 84%、
日券は 77%を占める。なお、日券では 30 代が 15%と年券よりも若
い人の割合が多い。
ウ.回答者住所
年券・日券ともその他栃木県内が最も多い。年券では鹿沼市内が
22%と第2位で、日券では埼玉県が 27%と第2位である。なお、埼
200
玉県は年券でも 18%と第3位に入っている。
エ.回答者職業
年券・日券とも「会社員(技術系)」が 29%と最も多い。他には「会社員(その他)」と「自営業」が
多い。
オ.回答者世帯員数合計
年券・日券とも平均 3.4 人であった。また、世帯員数のうち小学生以下の合計は年券・日券ともに 0.3 人
であった。
カ.回答者世帯年収合計
年券・日券とも 500 万円~700 万円が最も多く、700
万円~900 万円が第2位であった。
⑤餌釣りと疑似餌釣り(フライ・ルアー・テンカラ)のクロス集計結果
一般的に指向が異なると
言われる餌釣りと疑似餌釣
りをクロス集計で比較し
た。
201
ア.禁漁区・休漁区への賛同は、釣り方での差はほとんど見られない。
イ.尾数制限では餌釣りの賛同者は4割程度であるが、疑似餌釣りの賛同者は7~8割と多い。
ウ.多少高めの遊漁料でも休漁区を解禁した支流で釣りたいかとの問では、年券餌釣りのみが過半数を割
り若干低めである。
エ.天然魚だけ1日数尾釣れる川を選択する割合も餌釣りでは年券・日券とも 58%なのに対し、疑似餌は
75%前後と高い。
オ.制限尾数・釣れて満足する数と
も餌釣りの方が疑似餌よりも高めに
出ている。
カ.回答者の年齢分布を見ると疑似餌釣り
の方が餌釣りよりも若い世代が多い。
⑥CVM に関する質問
下の図(図3と同じ図を示した)に示すように、大芦川(西大芦漁協管内)では、現在、蕗平沢と本沢
が休漁区となっています。休漁区を解禁する年には、休漁期間中における天然魚の増殖から、天然魚の釣
果や魚体が期待されます。
そのため、解禁された場所の遊漁料(日釣券)は、通常料金よりも高めに設定されたとします。
休漁区を解禁した場所
その他の場所
天然魚が多い
天然魚が少ない
天然魚の魚体が大きい
天然魚の魚体が小さい
入漁料はその他の場所より高めに設定
入漁料は休漁区を解禁した場所より安めに設定
あなたは、休漁区を解禁した場所で釣りをしたいと思いますか?
どちらか1つに○をつけてください。
ア.多少高めの価格でも休漁区を解禁した場所で釣りたいか
年券・日券とも過半数が「はい」と回答している。
202
イ.いくらまでの価格差なら日釣り券を購入しても良いか(アで「はい」と回答した者)
年券・日券とも 10%程度までが最も多く、20%程度まで
が第2位であり、この2つで過半数となる。
なお、グループド・データ回帰モデルにより、渓流釣り
人が休漁区を解禁した支流にどの程度高い遊漁料(日釣り
券)を支払ってくれるのかを分析した。分析の結果、平均
値については年券購入者 24.6%、日券購入者 26.4%、通常
の日釣券よりも高い金額を支払うという結果が求められ
た。この結果は、西大芦に来る渓流釣り遊漁者が、休漁区
の設定による渓流魚の保護・増殖の効果を認め、それだけの経済価値を評価していることを示している。
また、このことは西大芦において、休漁区の解禁時には通常より2割程度高い遊漁料を設定しても受け入
れられる可能性を示しており、現在の日釣券遊漁料 1,500 円(解禁日 2,000 円)をこの比率分値上げした場
合、それぞれ 1,870 円(2,493 円)、1,895 円(2,527 円)となる。なお、昨年のインターネットリサーチによ
る全国平均 23.5%とほぼ同様の数値であり、今回西大芦で実施したより現実に近い想定と、全国の遊漁釣
り人に不特定の釣り場で想定してもらった評価額とがほとんど差がないことが明らかとなった。
次にグループド・データ回帰モデルにより、より高い価格差を出す人の特徴を分析した結果、年券購入
者では、①西大芦での尾数制限設定に賛成な人、②世帯年収が高い人、③大芦川の釣りの魅力として天然
ニッコウイワナがいることを選択した人、④世帯員数が少ない人、⑤年齢が高い人が有意であった。一方、
日券購入者では、①世帯年収が高い人、②餌釣りでない人が有意であった。この結果をみると、「世帯年
収が高い人」ほど高い価格差を出すという結果は、通常の符号条件を満たしている。「大芦川の釣りの魅
力として天然ニッコウイワナがいることを選択した人」は、休漁区を解禁した場所の前提として、天然魚
が多いとしていることから、計測結果を理解できる。「西大芦での尾数制限設定に賛成な人」は、増えた
天然魚を長く大切に利用したいと考えているものと推察される。
ウ.入漁料が少しでも高いなら解禁場所で釣りたくない理由(アで「いいえ」と回答した者)
安い入漁料で釣りたいことを理由
に挙げた者が年券・日券とも約3割
で多い。なお、「その他」の自由回
答を見ると、「休漁区・禁漁区の解
禁をすべきでない」とした者が年
券・日券とも各 10 名と多かったことも、休漁区の効果を認めていることを示している。
(3)結語
本事業の2年間の取組により、渓流魚の遺伝的多様性の増大・維持の取組が一般の渓流釣り人に与える
203
経済効果について、計量経済的手法で計測することができた。これにより、本課題は今年度をもって終了
とする。
204