北極海に生息する有殻翼足類ミジンウキマイマイ (Limacina helicina)の現場飼育実験 ○木元克典・小野寺丈尚太郎(海洋研究開発機構),池上隆仁(海洋生物環境研究所), 松野孝平(国立極地研究所/北海道大学大学院) 有殻翼足類は世界の海洋に生息し、炭酸カルシウム(CaCO3)からなるアラレ石(アラゴナイト)の 殻を形成する遊泳性巻貝である。近年進行が著しい世界的な海洋酸性化現象により、炭酸カルシウム の飽和度Ωが低下し骨格が溶解することが予想され、海洋生態系、とくに低次生態系への影響が懸念 される。本研究では MR13-06 北極航海において設定された定点観測点(Sta. 41, 北緯 72 度 45 分、西 経 168 度 15 分、水深 55m)で採取された有殻翼足類ミジンウキマイマイ(Limacina helicina)を使っ て、現場の複数の水深の海水を用いた短期間の飼育実験を行った。本実験の目的は、異なる飽和度Ω の天然海水中で、ミジンウキマイマイの骨格がどのように変容してゆくかを観察することである。 ミジンウキマイマイはリングネット(口径 80cm、目あい 335 µm)で水深 0-49m の水深から得られた プランクトン試料中から単離した。飼育実験には殻に物理的ダメージが無く、かつ殻が透明な個体の みを選別して用いた。飼育実験に用いた海水はそれぞれ水深 0m、30m、45m からニスキンボトルによっ て採取され、20 リットルのポリタンクに汲み置いた海水を濾過して飼育海水とした。このうち水深 45m から得られた海水は飽和度Ωが約 0.7 を示し、アラレ石に対し未飽和であった。これらの海水中で 3 個体ずつ、3 セット x 異なる 3 種類の海水に分け、合計 9 実験区に分け、12 日間に渡って飼育実験を 実施した。飼育個体の呼吸による pH 低下を避けるため、すべての飼育海水は毎日 24 時間毎に全交換 を行った。 飼育開始から2日後より殻の透明度に明確な変化が現れた。すなわち海洋表層 0m(Ω>1.0)で採取 された海水中で飼育した翼足類の殻は飼育開始時と変わらぬ透明さを保っていたが、30m(Ω=1.0 付 近)では透明か、弱い白濁を生じた。45m(Ω=0.7)の海水中では明白な殻の白濁が観察された。全て の実験区で数日後より一部の個体が死亡し始め、殻の破損も徐々に進行したが、多くの個体はそのま ま生存し続けた。実験終了まで生存し続けた全ての個体は最終的に卵塊を放出し、卵はいずれの海水 中でもふ化したことを確認した。この結果は、ミジンウキマイマイが天然海水中でも未飽和海水に短 期間曝露されることで、その殻には明白なダメージが生じることを示しており、海氷消失に伴う淡水 の拡大による飽和度の低下の影響を強く受ける可能性を示唆している。 図 有殻翼足類ミジンウキマイマイ(Limacina helicina)。 水深 30m の海水中で 2 日間飼育したときの殻の表面の様子。 縫合線付近を中心とした弱い白濁を生じ、骨格の一部は破損 している。
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