ホームルーム 伊藤めぐみさん

IDFA 2014 報告書(ホームルーム所属
伊藤めぐみ)
「IDFA?ぼくも行ったことあるよ」飛行機の隣の席のオランダに帰るおじさんはそう言い、フライドポテト屋
さんのお客さんも「IDFA で来たんでしょ?いいドキュメンタリーを見たかい?」という。街中のいたるところ
に IDFA の旗・・・アムステルダムの街全体が IDFA の映画祭に乗っ取られてしまったみたいだった。
■熱気溢れるピッチング・セッション
今回の滞在で多くの刺激を受けた1つが IDFA の「ピッチング・セッション」を見学できたことだ。石畳の通り、
運河沿いにある重々しい建物が会場。その中は熱気でいっぱいだった。ディレクター、プロデューサー、時には
放送局の人も発表者となる。彼らをコの字型に囲み各国のデシジョン・メーカーがずらりと座り、さらにその周
りの4辺を各地からの参加者が階段状の席から見下ろしている。まるでプロレスか何かのリングで試合が行われ
るみたいだった。持ち時間約10分の間に、企画について説明し、トレーラーを見せ、今後の計画などを話す。
その後は、ユーモア溢れる司会者のもとに、デシジョン・メーカーが「自分はこの企画に乗ります」とはっきり
と決意表明をして見せたり、また「具体的なストーリーとしてはどうなのか」、
「この要素にひっぱられすぎない
ほうがいいのではないか」
、
「私たちの国でもすごく興味のあるテーマです」など意見や感想を述べていく。それ
はいつもキリキリ胃の痛むような番組制作の試写ともどこか似ているけれど、何か温かい空気もありどうやって
この企画を伸ばそうか、その良さを見出していこうかと進行していく。
企画内容は例えばこんなものが出されていた。バルカン出身の料理人の異国での活躍。ソマリアのオリンピック
選手がなぜボート・ピープルとなり、そして死に至ったのか、ガンで余命わずかな息子との時間をゲームソフト
にして開発するお父さん、生まれ故郷のコロンビアのゲリラ戦士たちを追うセルフ・ドキュメンタリーなどなど。
デシジョン・メーカーはそれぞれ意見を言うものの、どこかあの人の意見を気にしたり、あるいはみんながこう
いうからあえて反対の見方を言おうとする別の大物もいるようで、広い世界なのに肌触りのある人間関係が感じ
られておかしかった。
ピッチング・セッションに参加した後、参加者と話題になり考えさせられたことがある。ヨーロッパの視聴者に
見せるということだ。例えば、イギリス在住の日本人ディレクターによる日本のアイドルに夢中になる日本人男
性をテーマにしたピッチは会場の反応もとてもよかった。しかし他の日本人参加者の反応を聞いてみると、ヨー
ロッパの人たちの「日本」という奇異な世界を見るという何か人類学的というか、植民地的というかそのような
視線を感じるというのだ。この場合はディレクターが日本人だったからまだ媒介項があるねという話になったが、
いい悪いという話を超えて(日本にいる作り手だって同じことをしているのだろうから)日本という文脈を共有
しない人にどのように映るのか、どこまで作り手の意図と視聴者の印象を想定できるのか、国際共同製作をする
ということはそれを問い続ける覚悟を問われているように感じた。
■各分野の超一流による特別研修!
Tokyo Docs からの参加者10名ほどのために特別に設定された研修はとても贅沢な時間だった。
まずは BBC のニック・フレーザーさんとデンマークの DR のメッテ・ホフマンさん。
『Google and the World
Brain』や『Democrats』などの作品例を出して国際共同製作について話してくれた。特に関心を持って聞いた
のは NHK との共同製作だった福知山線の脱線事故を描いた『Brakeless』の話。日本にいる作り手としては、
日本のことが海外でどう表現できるのか、観客はどう感じるのか気になるところ。
『Brakeless』の時は、日本社
会という分からないものを理解するということが制作をはじめた出発点という話があった。私は個人的に、地域
を超えて多くの人が関心を持てる要素と、個別的で特殊な要素のバランスというか関係が気になっていたので質
問をしてみると、もちろん日本としての問題だけではなくて、同時に経済と時間感覚などヨーロッパの人にも共
通する問題意識があったとはっきり答えてくれた。ローカルな問題もグローバルになりうるとして、「見せ方」
の問題を考える様指摘してくれた。
フランスの配給会社 CAT&Docs のカトリーヌさんの話からは、制作から配給までの道のりを具体的に聞くこと
ができた。映画とテレビの垣根が低く、同時に公開を前提としているということは大きな刺激を受けた。配給の
人たちが制作段階から加わって10回ほどラフ・カットを見て、内容に関して意見することもあるそうだ。そし
てテレビ用の52分以下と映画用の90分以下を制作し、まずは映画祭に出品することで宣伝し、劇場公開、テ
レビ放送とするのが1つのやり方。劇場公開を前提とするのなら、IDFA、ベルリン、サンダンス、釜山の映画
祭に出品できるとその後の展開がよいらしい。また配給先として CAT&Docs は北欧、ベルギー、オランダ、東
欧、イタリア、中東などを狙っている。ただし、テレビ局によってだが権利を「inclusive rights」としていると
ころと契約してしまうと、映画祭に出品できなくなってしまうため要注意。映画祭側も受け付けなくなることが
ある。これまでに良作がテレビ局で放送されてしまったために映画祭への出品、劇場公開ができなくなってしま
ったこともあったという。
日本だとどこかテレビと映画は別の業界という感じがするが、作りたいものが先にあって、それをそれぞれの場
でうまく展開していくことを考える制作スタイルには、励まされるものがあった。
中国で制作をするスティーブンさんの話は、作り手に近い立場の話としてとても興味深かった。スティーブンさ
んはピッチの内容は、どの放送枠用に出すかによって毎回、書き直していることを強調していた。意識している
のは、
「どうやって伝えるか」ではなく、
「どうやって見せたい相手に届けるか」。それは制作が決まった後も同
様の問題で、例えばドイツは過去形で話すインタビューを嫌う、地域によっては宗教として映してはいけないも
のがある、他にもヨーロッパはエンターテイメント性が強くストーリーで進むが、日本などアジアは脚注的な情
報が多いなど様々だ。特にアジアと欧米の違いとして欧米の人はドキュメンタリーに「 lecture」は求めず、
「discovery」したい。
「education」はドキュメンタリーの役目ではない、欧米人はもっと知りたければ、テレビ
を見ながらネットで調べるという。
と、経験から様々な違いや障害を予想はしていても、国際共同製作には困難がつきものであることも話してくれ
た。中国のテレビ局制作の死刑囚にインタビューをする番組を、制作過程も含めてドキュメンタリーにすること
になった。スティーブンさんたちが編集したものは、中国がいかに歪な制度の上にあるかを描こうとしたものだ
ったのだが、ヨーロッパのテレビ局で実際に放送されたものはセンセーショナルな部分が強調されたものとなっ
た。多くの人の手が加わることの難しさもある。
■われ出陣、売り込み作戦
そして研修でのもうひとつの課題であり、最大の試練は、自分の番組や企画を売り込むことだった。今回私は昨
年制作した『ファルージャ』というイラク戦争とイラク人質事件について扱った映画を携えて行った。出発前に
教わったとおり、現地入りする前に膨大な IDFA 参加者リストの中から、関心を持ってくれそうなバイヤーや配
給会社の人にアポをとる。会いたい旨、作品の概要、トレーラー、こちらの空いているスケジュールをメールす
る。まずは10通ほど送ってみたのだが、しかし返事があったのは1通のみ。みな売りたい人ばかり、新参者の
メールは埋もれてしまう。
あとは現地での飛び込み営業に賭けて、英語版の DVD と、英語のフライヤー、自己紹介の紙(写真入りで、会
社の他の作品や、企画中の番組の概要)のセットを持っていく。バイヤーの人たちはかなりの量の DVD をもら
うのでコンパクトな薄い袋に入れ、何の DVD かすぐに思い出してもらえるようにしておかなければならないそ
う。
こうして挑んだ個別交渉。私の貴重なミーティング相手は、アラビア語放送局のバイヤーだ。参加者リストにあ
るプロフィール写真の顔を探し、お互いを見つけると話は早かった。アラビアの紳士は曰く「トレーラーは見た。
イラクの話と日本の話が2つあって、ちょっと混乱した。もう完成しているの?じゃあ DVD を見てまた連絡し
ます。
」あっという間に終わってしまいそうだったので、
「2つの要素のうち関心があるほうはどっちですか?イ
ラクですか、そうですか。いやでもこの 2 つは関連していてですね、ゴニョゴニョ」なんとも歯切れのわるいミ
ーティングとなってしまった。このあとも現地で約束できたミーティングや他の参加者のミーティングに便乗さ
せてもらったが、買い手市場。配給会社によっては、まだ企画・制作中のものしか扱いませんというところや、
尺の制限、少なくとも1年以内に出来たものしか扱いませんというところもあり、いろいろと研究が必要だ。
■IDFA に参加して・・・
IDFA に約1週間参加して得られた一番の嬉しい感覚…、「国際共同製作という1つの世界がもうすでに出来て
いたのか!!」
。ヨーロッパ各地、アメリカ、また中国や韓国からも参加者が来て、みなが1つのピッチを見て、
ああだ、こうだ言い合う。各国のプロデューサーや配給会社、ディレクターはもう知り合いで、「今年の話題の
あの映画は見た?」だとか、あるひとつの共通の世界ができてしまっているのだ。
駆け出しのディレクターとして、とりあえず企画を通したいことに必死になっていたけれど、IDFA のような場
に参加してみると、自分の観ていた世界がちょっと客観的に見えてきた。今回持参した映画も、これを外国の人
に観てもらうとなったらどんなふうに映るだろうかと改めて考えた。イラク戦争というグローバルな要素と、人
質事件というローカルな要素。イラクでの映像は海外であればもっと深く取材したものがあるし、たくさんある
うちの1つになってしまいかねない。だからと言って人質事件の日本独特の雰囲気を外国の人にも伝わるものに
なっているかというとそうはなっていない。そんなことを考えていると序盤から少し悩んでしまったが、それで
も IDFA に参加し、そして日本から一緒に参加した人たちと話をしていく中で、それも含めて面白がりたいと思
えるようになった。作品に関心をもってもらうためには、相手の地域の視聴者が現在、どういう状況で、どうい
う話し方をすれば関心が得られたかなど事前に調べて準備することの大切さも考えさせられた。
国際共同製作は、これまでと違った形で視聴者を考え、それに対してどのようにアプローチするのか、作り手自
身が問われる刺激的な挑戦であり、作り手にとって得るものが多いものではないかと思う。今回の経験を活かし
て、今後の番組作りに取り組めたらと思う。
最後にこのような機会をいただいた Tokyo Docs の実行委員会、事務局、加盟社のみなさまに感謝申し上げます。