有機太陽電池の基礎

2015.2.10
(株)イデアルスター太陽電池勉強会資料
「有機太陽電池の基礎」
山本恵彦
(イデアルスター特別技術顧問、産業技術総合研究所客員研究員、筑波大学名誉教授)
第3章:変換効率向上施策
3-3節 活性層 Morphology の最適化
3-3-4項 複合
目次
第Ⅰ編.P3AT:PCBM BHJ の Morphology と太陽電池特性
第Ⅱ編.有機高分子太陽電池構成の最適化
第Ⅰ編.P3AT:PCBM BHJ の Morphology と太陽電池特性
(何故 P3HT が選択されるのか?)
1.はじめに
典型的な有機太陽電池である P3AT:PCBM-BHJ において p 型半導体 Polymer である P3AT
(Poly[3-alkyl thiophene])の中で主に用いられているのが P3HT(Poly[3-hexkyl thiophene])
である。これは熱処理による Polymer の結晶化(整列化)と PCBM の拡散が重要な役割を
演じていることに起因している。第Ⅰ編はこの問題を見事に実験的に示す Saricifci らの論
文[1]を紹介し Morphology 制御の重要性を喚起することを目的とする。
2.P3AT (Poly[3-alkyl thiophene])
ここで対象にする P3AT は以下の5種類である。即ち、側鎖の長さ順に P3BT (Poly[3-butyl
thiophene]), P3HT (Poly[3-hexyl thiophene]), P3OT (Poly[3-octyl thiophne]), P3DT
(Poly[3-decyl thiophne]), P3DDT (Poly[3-dodecyl thiophene])である。これらは図1(左)に
示すように Regioregular(Head to Tail)であり Thiophne 側鎖の長さがそれぞれ 1.20 nm,
1.65 nm, 2.05 nm, 2.35 nm, 2.6 nm である。
図1(右)は P3AT と Bulk-Heterojunction(BHJ)
を形成する側鎖の付いた Fullerene 誘導体 PCBM([6,6]-phenyl-C61 butylic acid methyl
ester)の化学構造である。
図1 P3AT と PCBM の化学構造 [1]
1
3.太陽電池特性
P3AT:PCBM BHJ 太陽電池(ITO/PEDOT-PSS/P3AT:PCBM/LiF/Al)の標準太陽光照射(AM
1.5: 100mW / cm )における電流電圧特性を図2に示す。(a)は熱処理前、(b)は最適な熱処理
2
後(表2に詳細を示す)の結果である。
熱処理前では短絡電流、変換効率共に側鎖の長い P3AT
を用いた場合が優れている。これは側鎖が長いほど Polymer の結晶化(整列化)や PCBM 移
動が容易になり相分離が容易であるためと考えられる。一方、最適な熱処理後では P3HT
を用いた場合が最も優れていることが分かる。側鎖の長い P3AT を用いた場合は熱処理に
よる効果が少ないことも分かる。また、熱処理後においても P3HT の場合以外は直列抵抗
成分が大きい(長い側鎖のために電荷移動が抑制される)ことが電流電圧特性の形状から分
かる。一方、側鎖が最も短い P3BT を用いた場合は PCBM との混合不良(溶媒に良く溶け
ない)のため特性が悪いと考えられている。
図2 P3AT:PCBM BHJ 太陽電池の電流電圧特性(熱処理前(a),後(b))[1]
表1 P3AT:PCBM BHJ 太陽電池特性(熱処理前) [1]
表2 P3AT:PCBM BHJ 太陽電池特性(最適熱処理後)[1]
(最適熱処理条件及び P3AT の融点を共に示す。)
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以上の結果から P3HT:PCBM BHJ が最も優れた太陽電池特性を示すことが確認された。そ
の理由を考察するために行った光吸収特性と Morphology 計測について以下に述べる。
4.光吸収特性
図3に示す熱処理前では全般的に側鎖の長さと共に光吸収が減少することが分かる。これ
は Polymer の Packing 密度が側鎖長と共に減少するためである。この特長は 440 nm 付近
での吸収特性において顕著である。一方、側鎖の長い Polymer では熱処理前でも結晶化(整
列化)が進んでおり、これが 500 nm 付近での吸収の微細構造に反映されている。
図3 熱処理前の光吸収特性 [1]
図4は最適熱処理後の吸収係数を示す。吸収係数は大幅に増大すると共に長波長側にシフ
ト(Red Shift)することが分かる。また、短い側鎖の P3AT の場合も熱処理前には顕著でな
かった側鎖の結晶化(整列化)が進み長波長での吸収微細構造が観察される。
図4 最適熱処理後の光吸収特性 [1]
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5.Nanomorphology
図5は AFM による熱処理前の Morphology 観察結果である。Fullerene が自由に移動でき
る長い側鎖を持つ P3AT の場合でも P3DDT:PCBM 以外では相分離(Phase Separation)が
この時点では起きていないことが分かる。一方、最適熱処理後では図6に示すように表面
粗さが増大し相分離が進行するが、P3BT:PCBM と P3HT:PCBM,では表面粗さは増加する
ものの大きな相分離は起きてはいない。一方、長い側鎖を持つ Polymer 使用の場合では過
剰な相分離の結果 PCBM が表面に偏析する。
図5 熱処理前の P3HT:PCM BHJ の AFM 像観察結果 [1]
((a)P3BT:PCBM, (b)P3HT:PCBM, (c)P3OT:PCBM, (d)P3DT:PCBM, (e)P3DDT:PCBM)
図6 最適熱処理後の P3HT:PCM BHJ の AFM 像観察結果 [1]
((a)P3BT:PCBM, (b)P3HT:PCBM, (c)P3OT:PCBM, (d)P3DT:PCBM, (e)P3DDT:PCBM)
熱処理条件を同一にすると各 BHJ の相分離の程度が比較できる。図7及び図8は同一条件
での熱処理( 130Cx5 min )後の AFM(図7)及び光学顕微鏡(図8)観察結果である。この
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条件下では P3HT の場合でも相分離が見られる。長い側鎖の試料では PCBM が全面に析出
する。以上述べたように長い側鎖は PCBM との混合を容易にし、Blend 内での PCBM の
拡散を容易にするが、これが相分離を大幅に促進するため熱処理の最適化が不安定になる。
また、長い側鎖は Polymer 密度を減少させるため光吸収を阻害すると共に電荷移動の障害
にもなる。以上の観点から P3HT が PCBM との Bulk Heterojunction 材料として最適であ
ると判断される。
図7 同一熱処理( 130Cx5 min )後の P3HT:PCM BHJ の AFM 像観察結果 [1]
((a)P3BT:PCBM, (b)P3HT:PCBM, (c)P3OT:PCBM, (d)P3DT:PCBM, (e)P3DDT:PCBM)
図8 同一熱処理( 130Cx5 min )後の P3HT:PCM BHJ の光学顕微鏡観察結果 [1]
((a)P3BT:PCBM, (b)P3HT:PCBM, (c)P3OT:PCBM, (d)P3DT:PCBM, (e)P3DDT:PCBM)
参考文献
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[1] Effects of Annealing on the Nanomorphology and Performance of Poly
(alkylthiophene)-Fullerene Bulk-Heterojunction Solar Cells: L.H.Nguen et al.,
Adv.Funct.Mater. 17 (2007) 1071.
第Ⅱ編.有機高分子太陽電池構成の最適化
1.はじめに
有機高分子太陽電池の電子供与体(Donor)として要求されるのは(1)Photon Harvesting
及び短絡電流に有効な Low Band Gap と(2)開放電圧を大きくする深い HOMO(Deep
HOMO)を持ち、
(3)熱擾乱などに安定な Morphologically Robust な p 型半導体である。
しかしながら理想的な材料はまだ見つかっていないのが現状である。Low Band Gap Donor
材料の概要と詳細に関してはそれぞれ文献[1](的ははずしていないと自画自賛)及び文献
[2](非常に詳細で優れた解説論文であり一読の価値あり)を参照されたい。このような背景に
対して現在広く採用されているのが P3HT(Poly[3-hexyl thiophene])や MEH-PPV などで
ある。
一方、電子受容体(Acceptor)としては n 型半導体である Fullerene や Fullerene Derivative
(誘導体)が最も有力とされている。その理由として、ほぼ 100 %の効率にて極めて短時
間に電子供与体から電子を受け取る受容能力である。しかし Fullerene 系は酸化の影響を受
けやすいため代替として耐酸化性のある無機半導体 ZnO, TiO2, CdSe なども検討されてい
る。溶媒への溶解を容易にするために開発された C60 や C70 誘導体には開放電圧を大きく
する浅い LUMO (Shallow LUMO)が期待されている。また金属内包 Fullerene にも同様
に浅 LUMO への期待がある。
現在最もポピュラーに有機高分子太陽電池の活性層として用いられるのは P3HT と PCBM
(Fullerene Derivative の一種)の Bulk Heterojunction (BHJ)である。太陽電池特性は BHJ
の溶媒、溶液濃度、BHJ 混合比、膜厚、熱処理など様々な条件により大幅に変化すること
が分かっており最適化が緊急の課題である。第Ⅱ編では上記課題に関する最新の報告を紹
介する。
2.P3HT:PCBM BHJ の最適化(Hoppe らのグループの試み)
最適化には様々な条件を考慮する必要があるが、実験的に全部を一度に網羅することは作
業に膨大な時間を浪費する点から賢い方法とは思われない。Hoppe らのグループでは、過
去から蓄積された情報や経験に基づき溶媒として芳香族系の Chlorobenzine(CB)を選び、
溶液中の P3HT 濃度を 1.2 wt%に、熱処理を 155C 5分に条件を固定し混合比(PCBM 成
分 25.0 % - 50.0 %)と Spin Coating 法で作成した膜厚(150 nm 以下)を変数として太陽電
池特性の最適化を図った[3]。太陽電池構成は ITO/PEDOT-PSS/P3HT:PCBM/Al であり、
模擬太陽光 AM1.5, 100mW/cm2 照射の下で太陽電池基本特性を評価した。結果を図1に示
す。
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図1 太陽電池特性に及ぼす活性層膜厚と活性層中の PCBM 成分比 [3]
この図において活性層膜厚は Spin Coating 回転周波数で表されており、膜厚は CB 溶液
(P3HT +PCBM)濃度(このうち P3HT 濃度は 1.2 wt%)に対して,概ね図2に示すように
回転周波数の平方根に逆比例する。
図2 活性層膜厚と Spin Coating 回転周波数の関係 [3]
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図1から開放電圧に関しては活性層膜厚と活性層中の PCBM 成分比には大きな依存性がな
いことが分かる。一方、短絡電流 J SC と Fill Factor (FF)では活性層膜厚に関して逆の依存
性がある。即ち短絡電流は膜厚と共に増加する(特に低い PCBM 成分比において)が FF
は減少する。これは Photon Harvesting と直列抵抗が膜厚と共に増加することから理解で
きる。これら相反する振る舞いの相乗効果が変換効率 を決める。
この変換効率の膜厚依存性を詳細に見たのが図3である。成分比 33.3 %で最大の効率が記
録されるが、33.3 %未満で効率が激減することが分かる。また、効率は膜厚減少と共に(回
転周波数の増加と共に)低下する。
図3 変換効率の Spin Coating 回転周波数依存性[3]
各成分比での効率最大の膜厚における短絡電流と効率に対する PCBM 成分比依存性を示す
のが図4である。図4から PCBM 成分比が 33 % - 40 %で最も良い特性が得られることが
分かる。
図4 短絡電流と効率に対する PCBM 成分比依存性 [3]
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この理由を探るために行ったのが外部量子効率(EQE:External Quantum Efficiency)計測
である。得られた結果を図5及び図6に示す。図5は最適膜厚における PCBM 成分比と外
部量子効率の関係であり、図6は成分比 33.3 %における膜厚と外部量子効率の関係である。
成分比 33.3 %において(図5)、また膜厚 150 nm 近傍で(図6)広い波長領域で良好な量子
効率が得られることが分かる。即ち、高い変換効率は広い波長領域での高い外部量子効率
によって支えられていることが分かる。
図5 最適膜厚における PCBM 成分比と外部量子効率の関係 [3]
図6 成分比 33.3 %における膜厚と外部量子効率の関係 [3]
以上の結果を活性層の Morphology の観点から見たのが図7に示す一連の AFM 像である。
図中最適条件を青の枠で示しており変換効率での相分離の大きさが最適になっていること
を表す。
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図7 活性層の Morphology 膜厚及び PCBM 成分比依存性 [3]
図8は変換効率と Morphology の関係をより具体的に示すものである。即ち、膜厚が厚すぎ
ると相分離の寸法が大きくなり過ぎ、逆に薄過ぎると成分が一様になり過ぎるため中庸な
最適膜厚が存在することになる。
Exciton 解離には P3HT と PCBM 成分が均一分布するのが接触界面の面積が大きくなるた
め有利である。一方、Polaron 対や一旦解離した Free Polaron の移動(Percolation)には構
成成分粒子径が大きい方が有利である。また Free Polaron の再結合割合も少なくなる利点
がある。以上の観点から、相分離寸法が Exciton の拡散距離程度が最適となるわけである。
図8 活性層の Morphology と変換効率の関係 [3]
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3.PCBM の改良は可能か?(Sariciftci らのグループの試み)
有機太陽電池には電子受容体(Acceotor)として多くの Fullerene Derivative の中から特に
PCBM が広く用いられている。Fullerene は溶媒に対する溶解度が低いため Derivative(誘
導体)が用いられるわけである。Sariciftci らのグループは図9に示す一連の C60 及び C70
Fullerene Derivative 分子を合成し、P3HT との混合物を Chlorobenzine(CB)溶媒にて溶解
させ 12mg/ml 溶液を作成し Spin Coating により活性層を作成した[4]。なお、試料番号の
カッコ内の数字は溶解度を示す。なお、試料番号1は(C60)PCBM,5は(C70)PCBM
である。
図9 Fullerene Derivative の化学構造 [4]
表1は Cyclic Voltammetry による代表的な試料の還元電圧計測結果である。還元電圧は
LUMO レベルに相当しており、この表から試料間に大きな差はないことが分かる。従って
この結果は当初期待した浅 LUMO(Shallow LUMO)レベルが実現できないことを示す。表
2は一連の試料の溶解度と太陽電池特性計測結果を示す。溶解度と太陽電池特性に相関が
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あることが推察される。(C60)PCBM よりも良好な特性を示すのは(C70)PCBM のみである。
表1 Fullerene Derivative の Cyclic Voltammetry による還元電圧 [4]
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表2 Fullerene Derivative の溶解度と太陽電池特性 [4]
図 10 は表2の結果を得るに用いた太陽電池構成である。
図 10 太陽電池構成 [4]
図 11 は特性の良好な試料 1.3,5.15 の電流電圧特性(b)及び外部量子効率(c)を示す。試料5
の外部量子効率(c)は他を圧倒しており、これが太陽電池特性(b)に反映されている。
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図 11 太陽電池電流電圧特性と外部量子効率 [4]
図 12 は表2の結果について Fullerene 溶解度を横軸にして図示したものである。例外(例え
ば4,5)があるものの太陽電池特性と試料の溶解度には強い相関があり、最適な溶解度の
範囲(30 – 50 mg/ml)があることも分かる。試料 1,3,15 はこの領域範囲に入る。またこの溶
解度は P3HT の溶解度と良くマッチする。
図 12 太陽電池特性と Fullerene の溶解度との関係 [4]
図 13 は P3HT:Fullerene Derivative BHJ 熱処理前後の表面光学顕微鏡像(1,2列)及
び AFM 像(3,4列)である。図は溶解度順に上から並べてある。低い溶解度の試料では相
が大きく分離している一方、高い溶解度の試料では相が極めて均一になっている。相分離
は熱処理によって加速されるが、最適な溶解度範囲の試料における相分離は中庸である。
このことが太陽電池特性、特に短絡電流や FF 特性に重要であり、溶解度依存性が小さい開
放電圧結果と併せて変換効率に大きな影響を与えることになる。
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図 13
P3HT:Fullerene Derivative BHJ 表面の光顕及び AFM 像 [4]
参考文献
[1] 高性能 Donor Polymer の開発: 第3章 第1節 第1項.総論
[2] Low band gap polymers for organic photovoltaics: E.Bundgard and F.C.Krebs, Solar
Energy Materials & Solar Cells 91 (2007) 954.
[3] Multiparametric optimization of polymer solar cells: A route to reproducible high
efficiency: J.A.Rentz et al., Solar Energy Materials & Solar Cells 93 (2009) 508.
[4] Material Solubility-Photovoltaic Performance Relationship in the Design of Novel
Fullerene Derivatives for Bulk Heterojunction Solar Cells: P.A.Troshin et al.,
Adv.Funct.Mater. 19 (2009) 779.
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