特集 揺らぐ携帯電話事業者の砦 SIMは誰 格安スマホのブームによって、 目にする機会が増えてきたSIMカード。 モバイル事業者にとってSIMカードは、 ユーザーと事業者を結び、ビジネスの土台となる 極めて重要な存在だ。このようなSIMカードが 相次ぐ環境変化によって揺らいでいる。 これまでモバイル事業者が特権的に扱ってきた SIMカードが、他のプレーヤーによって侵食される 可能性が出てきたからだ。知られざるSIMの秘密に迫り、 今後の市場への影響を分析する。 (堀越 功) 写真:gettyimages 14 NIKKEI COMMUNICATIONS February 2015 のもの [総論] モバイルの “聖域”が侵食される SIMをめぐる主従逆転の兆し ・・・・・・・・・ 16 [パート1:技術解説] 「何が入っている?」 「色やサイズは?」 19 知られざるSIMの秘密10 ・・・・・・・・・・ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 そもそもSIMカードって何? SIMカードには何が記録されている? SIMカードの大きさは? SIMカードの製造工程は? 携帯各社のSIMのバリエーション、違いは? NFC対応SIMとは? eSIMとは? SIMは他にも使える? SIMロックはどうやって実現? ポータブルSIMって何? [パート2:将来分析] Apple SIMがもたらす波紋 25 新たなボトルネックも ・・・・・・・・・・・・・・・・ February 2015 NIKKEI COMMUNICATIONS 15 [特集]SIMは誰のもの [総論] モバイルの“聖域”が侵食される SIMをめぐる主従逆転の兆し 本文中☞の付いた用語を解説 SIM▶Subscriber Indentity Module。SIMカードは正確 には第 2 世代携帯電話 (GSM)向けに用いられる ネットワーク認証のための IC カード型のモジュールの こと。第 3 世代携帯電話 (W-CDMAやLTE)向けに用 いられるカードは USIM (U n i v e r s a l S u s c r i b e r Indentity Module)カードと 呼ばれる。またCDMA2000 方式で用いられるカードは R-UIM(Removable User Indentity Module)カードと いう名称だ。本特集ではこ れらを総称して SIM カード と表現する。 本格的な活用▶ちなみに国 内初の SIMカードは NTT 移 動通信網(現 NTTドコモ)が 1998 年 3 月に自動車電話向 けに発売した「DoCoMo ア プリケーションカード」であ る。 IMSI▶International Mobile Subscriber Identity。詳し くはp.20で解説。 加入者データベース▶第 3 世代携帯電話システムで用 いられるHLR(Home Location Register)やLTEで用いられ る HSS(Home Subscriber Server)を指す。 SIMロック▶特定の事業者 の SIM カードでしか通信で きないように端末に制限を 加えること。詳しくは p.24 で解説。 16 日本では第3世代携帯電話サービスの開始に 獲得したユーザーが短期的に解約できないよう 伴って2000年代前半から、☞SIMカードの☞ に契約ユーザーを囲い込んでいるからだ。さら 本格的な活用が始まった。 「SIMカードは携帯 にSIMカードはモバイルコンテンツの認証にも 電話事業者とユーザーの接点を最も強固につな 利用される場合もある。 ぐもの。我々にとって非常に重要な存在」 そんなSIMカードは、モバイル事業者の “聖 (KDDI 商品統括本部プロダクト企画本部の相 域”として、誰もが踏み込めない存在だ。約款上、 澤忠之プロダクト企画 2 部長)と語るように、 SIMカードはモバイル事業者の持ち物であり、 SIMカードはモバイル事業者のビジネスの根幹 ユーザーに貸与する形態となっている。これは をなす重要な役割を担っている(図1) 。 SIMカードに記録されているIMSIや電話番号 SIMカードはモバイル事業者の “聖域” (☞MSISDN)が、規制当局から主に設備を保 有するモバイル事業者に割り当てられるためだ。 第一にSIMカードは、モバイルサービスを提 海外では、ネットワークの設備や運用をベン 供するうえで欠かせないネットワーク認証を支 ダーにアウトソースしているモバイル事業者も える。SIMカードに記録されている☞IMSIと 多い。こうした事業者にとっては、周波数のラ 呼ばれる15桁の識別番号が、携帯コア網の☞加 イセンスとSIMの発行こそが、事業者としての 入者データベースの認証に使われているからだ。 アイデンティティーそのものとなる。 顧客を拡大するのに欠かせないユーザーへの 多額の販売奨励金も、SIMカードがその一端を 関係者に衝撃を与えたApple SIM 担う。特定の事業者のネットワークしか利用で このようなモバイル事業者にとっての “聖域” きないように端末に☞SIMロックを施すことで、 が、急激な環境変化によって侵食されつつある 図1 SIMカードはモバイル事業者のビジネスの根幹をなす存在 SIMカードはモバイルネットワークの認証やコンテン ツ/端末の認証に利用される。いまだに大規模な事故が起こったことがない強固なセキュリティ基盤でもある。 モバイルコンテンツの認証にSIMカー ド (IMSIなど) を利用する場合も SIMカードは モバイルビジネスの根幹 モバイルネットワーク の認証にSIMカードを 利用 (IMSIを利用) HLR/HSS SIMロック 端末 モバイル事業者Aの SIMカード SIMカードを利用して SIMロックを実現。販売 奨励金モデルを支える 認証 サーバー モバイル事業者Aのコアネットワーク SIMカードはモバイル事業者が所有。ユーザーに 貸与する形態(IMSIやMSISDNがモバイル事業者 に割り当てられているため) HLR:Home Location Register HSS:Home Subscriber Server IMSI:International Mobile Subscriber Identity MSISDN:Mobile Subscriber Integrated Services Digital Network Number NIKKEI COMMUNICATIONS February 2015 図 2 SIMカードを取り巻く環境変化によってモバイル事業者の “聖域” が侵食される Apple SIMやeSIMの登場、 MVNO独自SIMの発行の検討など、SIMカードを取りまく環境が急変している。 HLR/HSS開放による MVNO独自SIMの発行 Apple SIMの登場 eSIMの実用化 端末メーカー、 自動車メーカー など モバイル事業者の聖域 モバイル事業者を 起点としたビジネ スの主従が逆転へ SIMがモバイル 事業者だけの 特権ではなくなる MVNOなど IMSI MSISDN SIMカード SIMロック解除の義務化 (2015年5月以降) 販売奨励金モデルが 長期的には転換へ MVNOなど 新たなプラットフォー マーによって主導権が 奪われる可能性 SIMのソフト化 米アップルや 米グーグルなど eSIM:Embedded SIM HLR:Home Location Register HSS:Home Subscriber Server IMSI:International Mobile Subscriber Identity MSISDN:Mobile Subscriber Integrated Services Digital Network Number (図2) 。SIMカードという砦に守られたエコシ Apple SIMによる同一国内の事業者の切り ステムが決壊すれば、モバイルビジネスが根底 替えの影響は甚大だ。長期的には端末メーカー から覆ってしまう。 が主体となり、モバイル事業者を土管化する動 一つは米アップルが新型iPadの発売に合わせ きにつながりかねない。 て、2014年10月から米国内で投入した「Apple SIM」 。これまでにはなかった、端末上で複数の MVNOが独自のSIMを発行する意味 事業者の契約を選択可能なSIMである。 続く環境変化として、国内で2015年5月以降 A.T.カーニーの吉川尚宏パートナーはApple に発売される端末に対して☞SIMロック解除 SIMについて、 「同一国内の複数の事業者を切 の義務化がスタートする点も挙げられる。SIM り替えられるようにしてきた点がサプライズだっ ロック解除の義務化によって、端末とネット た」と話す。Apple SIMでは、米国内の米ベラ ワークがほぼ一体的に提供されてきた日本のモ イゾンを除く大手3事業者、米AT&T、米スプ バイルビジネスは転換期を迎える。 リント、米T-モバイルUSのネットワークを選 総務省はMVNO(仮想移動体通信事業者)の 択できる。同一国内のモバイル事業者を簡単に さらなる促進も図る。今後、MVNOが独自の 切り替えるようにする仕組みは、顧客流出リス 加入者データベース(HLR、HSS)を持つこと クが大きく、モバイル事業者は避けたいはずで や、これまでは制度上不可能だったMVNOへ ある。それをアップルはあっさりと実現してし の直接の電話番号(MSISDN)の付与を検討し まった。 ていく予定だ。MVNOへの加入者データベー このApple SIMと同様に、後からSIMのプ スの開放や直接の電話番号の付与は、MVNO ロファイルを書き換え可能な仕組みとして、通 サービスの多様化や低廉化をもたらす。例えば 信事業者の業界団体である☞ GSMA は「☞ MVNOが複数のモバイル事業者のネットワー eSIM」の仕様を策定している。ただこちらは クを適材適所で使い分けてサービスを提供する M2M(Machine to Machine)分野において ことが可能になる。 特に国際間の事業者の切り替えにフォーカスし 一方で、モバイル事業者にとって、これも “聖 た仕様となる。モバイル事業者にとって、それ 域” を侵食する動きになる。これらが実現すれ ほど大きなビジネス上のデメリットは生じない。 ば、MVNOが独自のSIMカードを発行できる MSISDN ▶ Mobile Subscriber Intergrated Service Digital Network Number。いわゆる携帯電 話の電話番号に相当する。 詳しくはp.20で解説。 GSMA▶GSM Association。 携帯電話関連の業界団体。 eSIM ▶ Embedded SIM。 詳しくはp.23で解説。 SIM ロック解除の義務化 ▶総務省は 2014 年 12 月に 改正した「SIM ロック解除 に関するガイドライン」に て、SIM ロック解除の義務 化を定めた。 February 2015 NIKKEI COMMUNICATIONS 17
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