地方創生 緊急提言 Vol. 1 発行元 未来創発センター 都市と地方の自立共生モデルと “ローカルハブ”構築(1) ~自立共生モデルの鍵を握る“ローカルハブ”構築の必要性~ 人口減少下での経済成長を目指すためには、大都市圏も地方圏も生産性 の向上を目指すことが必要である。本稿では、都市と地方がこれまでの 相互依存から自立共生の関係へと変わる必要性を論じる。大都市圏が世 界中の人・企業・資本等を呼び込み、世界標準の価値を生み出す「メガ リージョン」へと変貌を目指し、地方圏は自立的な経済拠点としての 「ローカルハブ」に集中投資すべきことを示す。 社会システムコンサルティング部 部長 主席研究員 神尾 文彦 日本経済成長の過程で築かれた 都市と地方の相互依存構造の弊害 しまったと言っていい。経済的に自立が難しい地方 政府に対して、中央政府から移転される財政調整額 (国から地方に拠出される使途自由な交付金等)は、 日本は戦後 70 年間一貫して地方圏から東京圏(大 2011 年時点で約 19 兆円にもなる。これは、ドイツ 都市圏)* 1 への人口移動が止まず、現在もなお年間約 の約 7 倍、イギリスの約 3 倍に相当する大きさであ 10 万人強の転入超過 である。人だけではない。我 る。税収の獲得能力の低い自治体が多くなることに が国の人材・カネ・情報・知的資産等の大部分が大 より、都市から地方への財政の補てん額も大きくな 都市圏(東京圏)に集中する傾向は変わらない。この る可能性がある。 *2 ように地方圏からの良質な人材やエネルギー等を享 このように、日本の大都市圏と地方圏は、いわば 受することにより、大都市圏では事業の付加価値を “相互依存”の関係でお互いの経済を支えてきたが、 高めることが可能となっている。東京一極集中は、こ その代償として莫大な財政コストを投じられること うした構造を形成しながら、日本の経済成長を支え になったのである。 てきたと言える。 しかしながら、バブル崩壊以降の長期にわたる景 気低迷、為替環境の変化に伴う産業空洞化によって、 大都市圏に生産手段を供給し続けてきた地方圏の経 済 的 活 力 は す っ か り 失 わ れ て し ま っ た。例 え ば、 人口減少下での経済成長に必要な 都市と地方の自立共生モデル ∼「メガリージョン」と「ローカルハブ」による 次なる国土のかたち∼ 2001 年∼2007 年までの名目 GDP 累積額(約 15 兆円)に対する地方圏の貢献はわずか 0.8%にしか過 我が国は既に人口減少に突入している。地方圏で ぎず、日本経済の成長に対して全く存在感を失って は 2010 年∼20 年の 10 年間で約 300 万人強の人口 01 2015. FEB. Vol.1 2015. FEB. Vol.1 図表 1 変わらぬ地方圏から大都市圏(東京圏)への人口移動 図表 2 諸外国に比べて大きな中央から地方への財政調整額 が減少している。加えて、2020 年に近づくと、人口 と地方圏の双方が力不足に転じるとすれば、これま がかろうじて維持されていた東京圏も人口減少に転 での相互依存関係を維持することも難しくなる。 じる。これまで日本経済を引っ張ってきた大都市圏 それではどうしたらよいか? これまで築きあげて * 1 東京圏は東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、名古屋圏は愛知県、岐阜県、三重県、大阪圏は大阪府、京都府、兵庫県、奈良県を示す。大 都市圏は東京圏、名古屋圏、大阪圏の合計を意味し、地方圏はそれ以外の都道府県としている。 * 2 転入者から転出者を差し引いた人数。総務省によると、2014 年の東京圏の転入超過人数は約 11 万人であり、東京圏への集中は止まって いない。 2015. FEB. Vol.1 02 きた豊かな生活を維持するために、日本経済の GDP て、大都市圏は、このような活動が当たり前のように (国内総生産)を今後も減らさないという目標に立つ 行われる「舞台(メガリージョン)」として生まれ変 とすれば、人口や担い手が減る分、生産性(一人あた わる必要がある。2027 年開業予定のリニア中央新 り GDP)を高める他選択肢はない。しかしながら、 幹線によって、東京と名古屋は、ほぼ宇都宮と同じ時 これまでのように、大都市圏が地方圏のバックアッ 間距離となり、東京圏と名古屋圏で大きな都市圏が プを受けて生産性を高めるといった構図はこれ以上 形成されるという見方もある。 「メガリージョン」で 期待できないため、大都市圏も地方圏もそれぞれが は、活動の範囲が広域になるとともに、活動の質も飛 生産性を高める他に術はない。 躍的に高度化することになってくる。 東京圏は、政府中枢機能、事業中枢機能(本社)、専 一方で地方圏は、広大な森林と低未利用地を抱え、 門サービス機能、情報創造機能など高次都市機能が 都市的地域でも人口減少と産業空洞化に直面し、自 一極集中してきたが、都市圏全体の生産性(一人あた らの意思で産業を発展させることが難しくなってい り GDP)は、ニューヨーク大都市圏、ロンドン大都 る。そのため、大都市圏と同じような“集積”を前提 市圏の 6 割前後にすぎない。そのため、大都市圏では、 とした発展の姿を描きにくい。むしろ、生産性向上の 従来のように国内のリソースをベースとした経済活 可能性のある自立的な産業・経済構築が可能な拠点 動を極めるのではなく、今後はグローバルなビジネ (「ローカルハブ」)に集中投資していくことが適切で スルールのもとで、世界から集められた人・資本・ あろう。* 3 ノウハウをもとに、グローバルスタンダードな活動 これまで、大都市圏への一極集中が止まらなかっ が生産・雇用を支えていくことが求められる。そし たのは、所得や雇用、ビジネス環境や生活環境などほ 図表 3 大都市圏でも地方圏でも求められる生産性向上(イメージ図) 出所)県民経済計算年報をもとに野村総合研究所作成 * 3 人口密度が低い地方圏は総じて行政サービスコストが高い。そのため、ローカルハブ化とあわせて行政コストを少なくするコンパクトシティ 施策を並行して取り組むべきであるが、実現までに時間がかかる。現在の都市構造を無理に変えず、まず特定の都市を強くする(雇用力を つける:ローカルハブ化)ことで中長期的に中心の都市空間に集中するプロセスを考えていくのが妥当である。 03 2015. FEB. Vol.1 2015. FEB. Vol.1 とんどの面で大都市圏に優位性があり、製造業・サー 世界中とつなぐ機能(ハブ)を有する都市(造語)で ビス業など大部分の産業で本社や事業管理部門、研 ある。具体的には、世界の中で勝負できる資源(比較 究開発部門等の中枢部門を置くメリットがあったか 優位)を生み出すことができ、それによって海外から らである。しかしながら、メガリージョン化する大都 外貨(人材・資源)を安定的に稼ぎ、それを地域で受 市圏は、世界中の企業や人材との競争を繰り広げ、高 け止めることができる都市のことである。 い生産性は見込まれるものの、そこでのビジネスコ 現在、札幌、仙台、広島、福岡といった地方中枢都 スト(従業員の生活コスト・立地コスト・人材採用 市(圏)では、高次都市機能が充実しており、ブロッ コスト)も高騰するため、すべての産業の中枢機能が ク各地から人口が集中する傾向が続いている。しか 大都市圏で成立しにくくなる。このなかで、地方圏に し、これらの都市は、東京圏(大都市圏)の支店経済 おいて事業推進の環境がそれなりに整った「ローカ であるため、本社企業の業績悪化の影響を受けやす ルハブ」が構築されることになれば、地方圏からの流 い。また GDP や雇用の多くを、人口規模に依存され 出をせき止めるだけでなく、逆に地方圏への流れを る産業(サービス業や小売業など)が支えているため、 呼び込める可能性がある。 人口減少によるマイナスインパクトは大きい。都市 規模は大きくても、人口減少や外部環境変化に必ず 地方圏経済を牽引する 「ローカルハブ」形成の重要性 「ローカルハブ」は、地方(ローカル)にありながら しも強い経済構造ではないと言える。* 4 「ローカルハブ」の形成に向けては、高次都市機能 に加えて、自らの意思で海外から市場や人材を獲得 する戦略を立案・実行できる能力、時代環境にあわ 図表 4 相互依存構造から自立共生モデルへの転換 * 4 当該都市が他からいかに冨を獲得できているかを示す指標に純移出率がある。国内の他地域からの収入(移入)から他地域に漏出する支出(移 出)を差し引いた値を GRP で割った値であるが、地方中枢都市では福岡以外は 1 割未満と低い。 2015. FEB. Vol.1 04 せて次々とビジネス(職場)を創りだす能力が必要で ある。要はどのようにすればその能力を獲得できる かである。 いう点について明らかにしていきたい。 本稿では、 「メガリージョン」と「ローカルハブ」が 必要になる背景について整理したが、次回以降は、 日本と同じ人口減少が進んでいるドイツの地方都 「ローカルハブ」に着目し、ドイツの地方都市の事例 市では、高い生産性と、ビジネス創造力をもった都市 等を紹介しながら、 「ローカルハブ」をどのように構 があり、その取組みは日本でも大いに参考になる。次 築していくのか(実現の鍵)、日本における「ローカ 稿以降では、ドイツの地方拠点都市で何が取り組ま ルハブ」実現の可能性について 3 回に分けて論じてい れてきたか、 「ローカルハブ」の成功要因は何か、と きたい。 図表 5 中核的な都市(圏)から「ローカルハブ」へ 出所)野村総合研究所 ご意見・問い合わせ先 [email protected] 本誌に登場する会社名、商品名、製品名などは一般に関係各社の商標または 登録商標です。 本誌では、®、 「™」は割愛させていただいています。本誌記事の無断転載・ 模写を禁じます。 Copyright © Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. 05 2015. FEB. Vol.1
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