vol.4「安田幸一邸」

自身のために設計した
究極にこだわった
住まいを訪ねて
ー安田幸一邸
(
)
ー
旧林昌二・林雅子邸
﹁
私 た ちの
改 修
家
﹂
バトンを
受け取った
再生の家
今回ご紹介する建築家の自邸は、少し変わり種です。
林昌二・雅子という建築家の夫妻が設計し、暮らした家を、
後輩の建築家である安田幸一さんが受け継いだものです。
1955年から数回の増築を経てきたこの住宅を
2013年に安田さんが改修し、
﹁小石川の住宅﹂として、新たな輝きが与えられました。
01
建
築家 林昌二・雅子夫妻の自邸は、戦後の名作
になります。しかし安田さんは、
「迷う余地がなかった」
住宅のひとつです。彼らがこの世を去った後、
と言います。
「建築は、
“ラグビー”
のようなものだなと思
それを受け継いで住んでいるのは、やはり建築家である
うんです。
先輩から受け取った人ががんばって前に走り、
安田幸一さんです。安田さんは、日建設計時代に同社の
後ろへとボールをつなぐ。この家も、いつかまた誰かに
副社長であった昌二氏と出会い、その親交は亡くなるま
手渡す日が来るのです」
で続きました。遺族が建築も含めて引き継いでくれる買
「新築も改修も、諸条件から最良の答えを導くという
い手を探していたことから、安田さんがその任を引き受
建築の本質は変わらない」という安田さん。実は卒業設
けることにしたのです。
計も改修案で、1981 年当時の教授陣には「改修など建
安田さんは買い取りを決めたとき、実は自邸の構想を
築家の仕事ではない」と言われたのだとか。昌二さんの
練っていました。建築家ならば、自邸の設計は自らの建
卒業設計は住宅案で、やはり当時の主流ではなかったこ
築哲学や理想を思い切り盛り込める、一生に幾度とはな
とから批判に曝されたというのです。時流に乗らず独自
い機会。それを半永久的にお蔵入りにしてしまったこと
に考えられるところが、二人の興味深い共通点です。
オリジナルである「私たちの家」は、昌二さんが雅子
林 昌二(はやし・しょうじ)林 雅子(はやし・まさこ)
昌二/ 1928 年東京生まれ。東工大建築学科で清家清に
師事。日建設計の副社長、副会長等を歴任。2011 年逝去。
雅子/ 1928 年北海道生まれ。日本女子大家政学部卒後、
東工大清家清研究室。56年結婚後フリーに。2001年逝去。
安田幸一(やすだ・こういち)
1958 年神奈川県生まれ。'05 年東京工業大学大学院修了。
〜 2002 年日建設計勤務。'89 年イェール大大学院修了。
'88 〜 '91 年米国で設計事務所勤務。2002 年東工大大
学院准教授、安田アトリエ設立。現在教授。
02
Housing Finance 2014 Winter
さんと結婚する直前の 1955 年に竣工。63㎡の平屋建て
に始まり、結婚後、生活の変化に応じて増築を重ね、成
長させてきました。フリーランスで数々の住宅設計を手
がけていた雅子さんと違い、大手設計事務所でオフィス
やビルなど大規模建築を設計していた昌二さん。プライ
ベートな時間に自宅の図面を引くことを、
ご本人曰く
「ホ
ビー」として楽しんでいたようです。本業のスキルは、
ビル用の大振りなダブルサッシや、電力による全館空調
など、時代の先端を行く技術や設備として盛り込まれま
こだわりの P O I N T
した。夫妻はともに多忙で、自宅で過ごす時間は短かっ
鈍角に開いて庭に向かう間取り
たようですが、広いデッキへ移動できるキャスター付き
ホームパーティが想定されたリビングは玄関から直結
のダイニングテーブルや、本格的なサウナ室など、暮ら
しを楽しむアイデアにも溢れています。
安田さんは、主をなくした後数年の間に荒れてしまっ
し、庭やデッキへと展開します。奥へ進むほどプライ
ベートなエリアとなり、暖炉やカウチをしつらえた土
間風のキッチンは居心地のよい茶の間のようです。
たこの家を、自分たちの暮らしと省エネなどの時代の要
請に合わせて刷新しました。設備を最新のものに替え、
ウッド
デッキ
内装や色彩はオリジナルを大切に残したところと、すっ
かり変えたところがあります。名作だけに、気を遣う部
台所
分も多かったことでしょう。雅子さんは生前
「わが家
(の
デッキ
設計)をやってみて、生活というものは絶えず動いてい
て、変化の予測などつくものではないことを改めて考え
させられました。―中略―住まいは基本的な空間の骨格
がはっきりしていれば、あとは鈍感なほうが変化に対し
て柔軟に対応していけるんです」と語っています。空間
居間
カーポート
食堂
書庫
寝室
納戸
玄関
の骨格を真摯に理解し、いきいきとした生活の場「小石
川の住宅」へと蘇らせた安田さんに、林夫妻が「よくや
った」と、
天から目配せしている姿が思い浮かびました。
原設計:林昌二・林雅子 改修設計:安田幸一
竣工年:2013年(Ⅰ期/1955年、
Ⅱ期/1978年)
1階平面図
参考資料:
『《現代の建築家》林 雅子』鹿島出版会
取材・文/松川絵里 撮影/野寺治孝
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