アナリーゼを演奏に活かすために

アナリーゼを演奏に活かすために
菊地 裕介
私たちは、音楽を聴いて(あるいは演奏を通して)何に感動して
式といった要素の展開が、近代的な機械論的世界観とも呼応し、
いるのでしょうか?
爆発的に発展を遂げました。
正確な指さばき?ホールに鳴り響く轟音?
以来、20 世紀にいたるまでの、現在ピアノを弾く人たちの主要
もちろん素晴らしい要素の一部には違いありません。
なレパートリーとなっているクラシック音楽の基本には、不協和
音程と協和音程、あるいは、ドミナントとトニックといった、和声
しかし、感動という次元には、世界観の共有をもって初めて達し
感の緊張とその緩和による、非常に論理的な力学が息づいてい
うると考えます。つまり「共感」です。音楽とは世界観を映す鏡
ます。
なのです。大作であっても、どんな小品であっても。
フレーズの組み立てと一口に言っても、ある和音を掴んでいると
我々はピアノという楽器で音楽を「演奏」します。
「演奏」という行為を通して、作曲者の世界観、演奏者の世界観、
そして聴き手の世界観の 3 者がともに交じり合い、反応するの
です。
「琴線に触れる」というのは、どういうことなのか。そのメカニズ
ムを解き明かす材料となるのが、アナリーゼです。先生の解釈
を言われた通りになぞっているだけであれば、それはあなたの
「演奏」ではありません。アナリーゼを通して、作品、そしてあ
なたの個性を演出することが「演奏」なのです。
我が国の音楽の世界では、とかく精神論や迷信のようなものが
まかり通りがちです。思考回路に西洋的論理の基礎を持たない
東洋人が音楽に触れる時は、特に注意が必要ですが、音楽の
して、それぞれの音にどのようなテンションが掛かっているのか、
その引力の方向や強さなどを常に感じ取れていますか?それが
解決するポイントはどこなのか、そこまでの距離、勾配などを、
感じ取れていますか?それらは作曲家たちが緻密に計算して作り
上げた建築物なのです。彼らの意図するところを見抜けなけれ
ば、そこに自らの世界観を載せることなど望みようもありません。
すべての音の役割を感じ、聴き取ることができれば、文章と比
べても、その対象が限定されていないだけに、抽象的かつ、よ
り複雑な要素を、より細密な時間で表現することができるのが
音楽なのです。バロックから古典、ロマン派、近代にいたって、
少しずつ楽譜に書き表される要素が増えていったとはいえ、とて
もすべてを表記することは不可能です。アーティキュレーション
記号の一つ一つも、またアナリーゼの対象となりうるのです。
秘密はオカルトではありません。科学なのです。
演奏を通しての世界観の伝達とは、一つの物語を語ることに等
古代ギリシア以来、音楽は「宇宙の原理」として研究されてきま
しいのです。どの章なのか、起承転結でいえばどの部分なのか、
した。
見通しがなければ、その物語を通じて人を感動に導くことがで
中世ヨーロッパの大学でも、
「リベラル・アーツ」の一環として、
算術、
きるはずがありません。緻密に計算されたドラマを解き明かす時
幾何学、天文学とともに、音楽が研究されていました。17 世紀、
こそ、驚くほどの感動の可能性が秘められているのです。そんな
バロックの時代にいたって、今日では「我思うゆえに我あり」の
謎解きにもロマンを感じませんか?それが、形式を知ることです。
哲学者として知られるデカルトも、そのデビュー作は「音楽提要」
であったのです。
そんなにいろいろ気を付けていたら感動出来なくなってしまうの
では?などという心配はご無用です。感動を深めるための手段に
バロック以降、音楽は機能和声を得ることで、音程、リズム、形
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2015 ピティナ・ピアノコンペティション アナリーゼ特集
他なりません。最初のうちは注意深く聴き取っていく努力を伴う