自立活動だより - 広島県立福山特別支援学校

自立活動だより
平成 26 年度 No.5 平成 27 年3月9日 広島県立福山特別支援学校 自立活動部発行
うとする意欲が生まれてくることも大切なことです。
前回,自立活動だより No.4(以下 No.4 とします)では,
コミュニケーション手段の獲得(大人に対する積極性と要
このような力が相まって,事物に対して意図を持って,
求表出,Yes/No の意思表出選択による要求の表出につ
そのものを欲する気持ちが生まれます。そして,その欲求
いてなど)について説明しました。今回の自立活動だより
を事物に対して直接的に向けることができるようになります。
No.5(以下 No.5 とします)では,より高次な選択による要求
これが「対象に向かう指向性のある行動(手を伸ばしたり
表出について次の1,2から説明していきます。また,自立
するなど)」の原動力になるのです。
指導の場面では,子どもが複数の事物に向けて,手を
活動部で研究を進め,新たに作成した実態把握のための
ツールについては,3「アセスメントリストについて」
伸ばす行動を表出した際,大人はその行為を要求と解釈
において,その概要を解説します。
し,その子どもの欲している事物を推察して選び,子ども
1
選択による要求の表出について
に与えます。この経験を繰り返すと,子どもの中では「手を
2
選択による要求を促す指導の実際
伸ばす」という行動に「手を伸ばした先にあるものがもらえ
3
アセスメントリストについて
る」という意味付けがなされます。この意味付けがなされる
また,最後に今年度のまとめとして「初期のコミュニ
と,複数の事物の中から自分の欲しいものや好きなものに
ケーションの発達について」を図で示しています。
対して「手を伸ばす」サインを表出するようになります。この
ように,行動(サイン)に対する大人と子ども相互の共通理
1
解が成立することで,選択による要求の表出が育まれてき
選択による要求の表出について
ます。
この段階になると,子どもが「選択的に要求している」と
これまでの Yes/No の判断は,一つの事物に注意を向
けるだけの段階でした。ところが,選択による要求表出で
周囲の大人が判断できる行動が顕著になってきます。「情
は,複数の事物からの選択の段階となるため,同時に複
動表出,視線,指差し,手を伸ばす,声を出す,言葉の表
数の物を見比べ(聞き比べ,触り比べ)て,判断する力が
出」など,様々な行動がみられるようになり,このような指向
必要となってきます。また,No.4 でも述べましたが,
性のある行動から,支援者が明確に子どもの要求を読み
Yes/No を示す行動は,対象に向けられていない情動表
取ることができるようになるのです。
出(笑い等)や,大人と目が合う,体の緊張などの指向性
選択による要求の表出
の無い行動と,対象そのものに対して指差しや手を伸ば
どちらがいい?
が
ほしいな
す,払いのけるなどの指向性のある行動とに大別すること
ができます。
問う
これらのことから,具体物の選択による要求の表出が可
手を伸ばす
(指向性のある行動)
能となるためには,次の2点が重要なことになります。
○ 「判別し比較・判断する力」
○ 「対象に向かう指向性のある行動」
受容
この 2 点を獲得するために,まず大切なことは,複数の
どうぞ
事物に同時に注意を向けることができることです。そして,
何らかの方法(見る,聞く,触る等)で複数の事物の違いに
気付いて,自らの経験の記憶と照らし合わせて,自分の欲
に手を伸ば
したから,これがほし
いってことね
するものがどれなのかを判断することも必要になります。ま
た,その事物とかかわることで,快経験をもう一度再現しよ
-1-
やったあ!
もしかしたら,ほしい
ものに手を伸ばしたら
もらえるのかも・・・?
要求の表出である「指向性のない行動(表情,緊張等)で
ところが,肢体不自由のある子どもにとっては,身体の
選択を行う力」を育んでいくことが重要です。
動きに制限があり,対象へ手を伸ばすなどの指向性のあ
る直接的行動は難しい場合があります。このような場合は,
そして,次の段階として,「指向性のある行動(手を伸ば
運動機能に依存しにくい他の機能,例えば事物に対する
す,手で払いのける,発声,視線【明確な意図のある】等】
視線の動き(注視,視線移動等)を要求表出の手段として
での選択」を指導するとよいでしょう。
活用することで意思表出をすることが可能となります。視線
①
による事物の選択の手法を「アイ・ポインティング」と呼び,
「選択による初期要求の表出の段階(指向
性のない行動で選択を行う)」
本校においても様々な選択の場面で活用されています。
②
アイ・ポインティングを用いた選択による要求の表出
「選択による要求の表出の段階(指向性の
ある行動で選択を行う)」
どちらで遊ぶ?
視線を向ける
それでは次に,①「選択による初期要求の表出の段階
(指向性のある行動)
(指向性のない行動で選択を行う)」の一つの指導例を示し
ていきます。
① 選択による初期要求の表出(指向性のない行動)の力
くるまがいいのね~!
を育てる指導例
ア.2つの玩具で遊んだあと,両方を目の前で提示し,どちら
ここでは,一つの例として「アイ・ポインティング」を取りあ
が欲しいのかを問いかける。
げましたが,実際には要求の表出の方法としては,子ども
の実態によって様々なサインが考えられます。実態に応じ
問う
どちらがいい?
て日常生活の中で選択する場面を設定し,子どもの微細
イ.子どもの目線や表情を見る。
なサインを丁寧に読み取ることが,とても大切なことになり
が
ほしいな
ます。大人がサインを丁寧に読み取り,子どもが要求を意
思表出できたという成功体験を繰り返すことで,大人と子
どもの信頼関係はより一層深まり,双方が理解できる共通
提示されたものを見
てはいるが,意図を
持って選択的に選
んでいるわけではな
いことに注意。
の要求サインが確立していきます。
また,肢体不自由のある子どもは,体の動きや姿勢,視
野等に制約があることが少なくなく,事物の提示方法を配
笑顔
(指向性のない行動)
が
ほしいな
慮し工夫する必要があることは言うまでもありません。
2
無表情
(指向性のない行動)
選択による要求を促す指導の実際
※初期要求の表出の段階では,両方同時に出して問うので
それでは,実際に選択による要求を促していくためには,
どのような指導方法が考えられるでしょうか。No.4 で示した
はなく,片方ずつ目の前に提示して問いかけます。
ウ.選んだほうの玩具で一緒に遊ぶ。
ように Yes/No の意思表出ができる段階とは,食べたいも
どうぞ
いっしょに
あそぼう
のを提示されたら,にっこり笑うことで欲しいと伝えることが
できたり,食べたくないものを提示されたら,いらないと手
受容
やった!車の
方で遊んでほ
しかったよ!
で払いのけたりするような段階です。この Yes/No の意思
この指導で留意すべき点は,イ.「子どもの目線や表情
表出ができる段階を前提として,選択による要求の表出を
を見る」場面にあります。前に対象に向かう指向性のある行
目指して指導していきます。
動としての 「アイ・ポインティング」を説明していますが,こ
実際には,何か選ばせる指導の場面では,指向性のあ
る行動(手を伸ばす,手を払いのける等)を促そうと,手を
の場面では,提示物は一つであり,対象の事物そのもの
一緒に持ったり導いたりして指導するケースが多くみられ
へ選択的に視線を向けている段階ではないことに注意し
ます。しかし,これらの指導においては,まず,選択の初期
てください。
-2-
次に,②「選択による要求の表出の段階(指向性のある
指向性のある行動での選択は,子どもの身体の動きに
応じたサインや選択方法を考えていく必要があります。
行動で選択を行う)」の指導について示します。
手指や上肢の動きでの選択を指導していく際は,子ども
Yes/No の意思表出の段階では,目の前にある一つの
事物だけに対して,問いかけへの Yes/No の応答で伝える
の意図をしっかりと確認して,そっと大人の手をそえ,事物
ことができました。しかし,選択するということは,2つ以上
の方向へ手を伸ばすように導いて指導を行うことがよいで
の複数の物へ同時に注意を向けて,比べる必要がありま
しょう。また,視線での選択を指導していく際には,具体物
す。そこで選択の指導では,子どもにとって馴染みのある,
への注視・追視の指導と,サインのルール作り(視線が選
明確な Yes/No の意思表出が可能となっている二つのもの
択を意味する)などが必要になるでしょう。
どのような方法を確立するにせよ,児童生徒の実態に
を同時に提示して,「どっちかな」と問いかけをします。
応じて指導方法を工夫していくことが大切なことです。
このアプローチを丁寧に繰り返すことで,子どもが自分
に問われていることに気付き,やがて,その中の一つに指
向性を持った Yes の行動を示すようになります。
具体から抽象へ~選択肢の高次化
【初期の選択での指導に使用する事物の例】
具体的な事物の選択による意思表出が安定してきた
ら,次の段階として子どもの認知発達に即して,選択する
・好きな食べ物 対 嫌いな食べ物
・担任 対 ほとんど接することのない人
・お気に入りのおもちゃ 対 嫌いなおもちゃ
(例)
対
物から抽象的なものに発展させることができれば,子ども
の意思表出のバリエーションを広げることにつながり,日常
嫌いな音の
出るボール
生活の中で活用しやすくなります。
文字
音
士の選択や,3つ以上の選択肢から選ぶ課題等に徐々に
シンボル
そして,それらの選択が安定してきたら,類似したもの同
イラスト
すことのできる事物を同時に提示することがポイントです。
ringo
写真
目の前の実物
上の例に示したように,Yes/No の意思表出を明確に示
りんご
好きな音
の出る車
事物を順次高次化(抽象化)していきます。選択肢を具体
ステップアップしていきましょう。
具体
② 選択による要求の表出の力(指向性のある行動)
を育てる指導例
抽象
そのための指導としては・・・
ア.笑顔など(指向性のない行動)で選択できる子どもに対し
目の前の実物から写真や絵カードへの選択に発展させ
て,2つの玩具で遊んだあと,両方を目の前で同時に提示
ていくには,見本見合わせ課題(マッチング)の指導が効
し,どちらが欲しいのかを問いかける。
果的です。見本見合わせ課題は刺激を記号としてとらえる
イ.子どもが手を伸ばす(指向性のある行動)ように促す。
等の,概念形成,認知発達へつながります。
○見本見合わせ課題
問う
どちらがいい?
同じものは
どっちかな?
同じだね!
※この場面では,両方同時に提示してから問いかけて,
指向性のある行動の表出をじっくり待つことが重要です。
こっちがほしかったのね
(手をそえ,物をいっしょに選ぶ)
)
○指導のポイント
少しでも手が対象に向かって
動いたら,すぐに・・・
ウ.選んだほうの玩具で一緒に遊ぶ。
※指導の手順は,「①

子どもの視線や期待反応等を観察する。

子どもが見慣れた物を選択肢にするのが効果的。

選んだ結果の一致,または,不一致をわかりやすくする。
(一致した時にファンファーレを流す,できたことを充分に
選択による初期要求の表出の力を育
評価する等)
てる指導例」と同様に行う。
-3-
め,その実態を細やかに把握できるよう,発達段階を
3
アセスメントリストについて
18 ヶ月未満に絞り,項目数の充実を図りました。その
他,視覚障害・肢体不自由による制限があっても評価
アセスメントリスト作成の目的
がしやすい項目を重視して作成しています。
本校自立活動部では3年前よりコミュニケーション
【リスト作成時に重視したこと】
に関する調査研究を行っています。その研究を通して
・より細かいステップ(発達段階)になるよう整理
重度・重複障害を有する児童・生徒(以下,重度・重
・初期の感覚の項目を重視
複障害児)の実態把握を行うためのツールとして「重
・できるだけ視覚,運動機能に依存しない項目を入れる
度・重複障害児のアセスメントチェックリスト
―認
本リストには,領域としてコミュニケーション分野
知・コミュニケーションを中心に―」(以下,本リス
を中心とした「要求表出」「人間関係」と,認知分野
ト)の作成を行いました。
を中心とした「聴覚・言語」「触覚等」「視覚等」の
特別支援学校や特別支援学級において指導を行って
5 領域があります。発達段階は 1~18 ヶ月に焦点を当
いく際には,個々の児童生徒の実態から教育的ニーズ
てておりそれを 6 段階に分けています。また,5 領域
を的確にとらえ,指導目標を設定し,適切な指導内容
の各段階に,その段階の特徴的な内容をキーワードと
を定めていく必要があります。
そのため,的確なアセスメント
は目標を設定し指導を行って
いく上で根幹をなすとても重
して設定しました。
的確なアセスメント
↓
指導目標の設定
↓
適切な指導内容
5領域の主な内容,キーワード
コミュニケーション
要な位置にあります。
要求表出 要求表出の基礎となる力から言葉で
的確なアセスメントを行うためには,聞き取りや行
の要求までについての領域。
動観察だけではなく,心理・発達検査等も併せて活用
キーワード…「快不快の分化」「期待反応」「要求
していく方法が推奨されています。しかし,既存の心
表出」「大人の注意を引く」「指さし要求」等
理・発達検査,チェックリスト等では,重度・重複障
害児の実態を細かく把握できるものが非常に少ないと
人間関係 支援者との人間関係や社会性につい
いう状況がありました。理由としては,発達年齢 18
ての領域。
ヶ月未満に焦点を当てて研究された内容が極めて少な
キーワード…「人の働きかけによる刺激」「人への
注意」「共感性の芽生え」「社会性の芽生え」等
いことと,肢体不自由や視覚・聴覚障害を有している
認
とこれらから発生する制限によりチェックできる項目
が限られてしまうためです。そのため,実際の重度・
知
聴覚・言語 聴覚・言語面での認知・理解・応答
重複障害児のアセスメントは,関係者からの聞き取り
についての領域。
や行動観察に大きく依存している傾向がありました。
キーワード…「音への注意」「特定のフレーズへの
気付き」「言葉の理解」「言葉の活用」等
このような状況を受けて,可能な限り客観的な実態
が把握できるようになることを目指して重度・重複障
触覚等 主に触覚に関することで,物の認知や簡
害児を対象とした新たなチェックリストを作成しまし
単な操作についての領域。
た。(平成 26 年3月初版→平成 27 年2月現在 Ver2.0)
キーワード…「外界への気づき(皮膚感覚…)」
「物
の単純な操作」「因果関係の理解」等
アセスメントリストの特色・内容
視覚等 主に見ることの発達や目と手の協応の発
本リストは重度・重複障害児の教育を行っていく上
達についての領域。
で重要な領域であるコミュニケーションに関する力の
キーワード…「注視」「リーチング」「視覚的変化
発達と,その力の基礎となる認知力の発達の二点に焦
への興味」「目と手の協応」「数量概念」等
点が当てられています。また,本校のような肢体不自
由の学校では発達の初期段階にある児童生徒が多いた
-4-
また,身体の動き等を簡易的にアセスメントするた
また,本リストの項目に対応させた指導例集として
めに,補助項目として「健康の状態」「上肢の操作」
「自立活動の手引き」を現在作成しています。本リス
「身体の操作」「構音機能」についての項目を設定し
トでのアセスメントをより実践に生かせるよう,各項
ています。
目の指導のヒントをまとめているものです。
本リストにはチェック
した内容をまとめるため
の課題整理シートがあり
ます。シートには児童生徒
の主要な指導内容をまと
めるための「指導内容記入
自立活動の手引き例
表」と,キーワードに注目
しながら本リストでアセ
スメントした児童生徒の
実態を簡単にあらわす「コ
ミュニケーションに関する
課題整理シート
プロフィール表」があります。
本リストは平成 26 年 3 月に Ver1.0 を発行していま
す。その後,項目の追加修正や認知面の領域の整理な
アセスメントリストを活用して
どの改善を行って,平成 27 年 2 月に Ver2.0 を発行し
校内で本リストを活用した教員からの感想としては, ました。
次のようなことがあげられています。
本アセスメントリストは福山特別支援学校のホーム
ページからダウンロードできます。ご活用下さい。
 複数の担任でつけることで,共通理解のツールとし
http://www.fukuyama-sh.hiroshima-c.ed.jp/kyouk
てリストを活用できた。
en/kyouken.html#asesument
 重度・重複の児童生徒は,行動が見えにくい。どの
福山特別支援学校 HP→教育研究→アセスメントチェック
ような視点で児童生徒を見ればよいか分かった。
 「できている」と思っていたことが,数ヶ月後にリ
ストを見直したところ,できていなかったことに気
付くことができた。
アセスメントリスト例 要求表出より抜粋
-5-
初期のコミュニケーションの発達のまとめ
ここでは,初期のコミュニケーションの発達について,自立活動だより No.1~No.5で説明した発達段階に則した次の①
~⑦の段階を大きく3つ(第1ステップ~第3ステップ)に分けて説明していきます。
①快・不
快の受容
の段階
②注意の
段階
第1ステップ
⑤大人に対
する積極性・
要求表出の
段階
④期待反
応の分化
の段階
③期待・
期待反応
の段階
⑥Yes/No の
意思表出の
段階
第2ステップ
⑦選択による
要求の 表出の
段階
第3ステップ
第1ステップは No.2,第2ステップは No.3,⑤は No.4,第3ステップは No.4.5にて詳細が示されているので,参考にしてください。
第2ステップは,受けとった刺激や働きかけを記憶し,記憶した刺激・働きかけを思い出し
て,予期・期待し反応する「③期待・期待反応の段階」,複数の刺激や働きかけに対して自分
が期待するもののみに反応を示す「④期待反応の分化の段階」があります。
特定の手掛かり刺激(例では「いないいない」)のあとに快刺激(例では「ばあ」)がくるというこ
とが理解できるようになります。自分の期待通りのことが起こるという成功経験を積み重ねるこ
とで,楽しいよというその場での反応から,もっとしてほしいというような表出や応答につながっ
ていきます。
また,刺激や働きかけが,どのようなもので,どのような意味を持つのかわかるようになる段
階でもあります。
第2ステップ
刺激や働きかけを予期・期待する
刺激や働きかけの意味を理解する
③期待・期待反応の段階
④期待反応の分化の段階
○○○
ばぁ~がくるよ
いない
いない・・・
繰り返し経験すること
で,注意が持続するよう
になり,時間的に遅く到
来する刺激を待ち構え
るようになります。
それが第2ステップ
へ続く一歩となります。
第1ステップ
期
注意
ばぁ~
判
注意
断
いないいない・・・
ばぁ~がくる!(注視)
やっぱり!
期
受容
刺激や働きかけに注意を向ける
①快・不快の受容の段階
(本例は「快」について)
?!
いない
いない…
②注意の段階
何だろう?
いない
いない…
注意
ばぁ~
ばぁ~
楽しいな♪
受容
待
ばぁ~じゃないな
(注視)
快の反応
楽しいな♪
受容
快の反応
-6-
快の反応
注意
待
第1ステップは,聴覚,視覚等の五感や前庭感
覚等の感覚器官からの刺激や働きかけに気付
き,刺激を受容する「①快・不快の受容の段
階」,刺激に対して注意を向ける「②注意の段
階」があります。
①の段階は,刺激を受けて楽しい,いやだなあ
等と感じることができる段階です。刺激の受容を
繰り返すことで,②の段階では,①の時より刺激
に対して注意が持続できるようになります。
「いないないばあ遊び」を例にすると,①は「ば
あ」の前触れの「いないいない」に注意せず,純
粋に「ばあ」という働きかけのみを快刺激として受
容しています。②では,「いないいない」という働
きかけにも注意し始め,快刺激の「ばあ」につな
がる働きかけであることに気付き始めています。
第3ステップ
刺激や働きかけに応答する
⑥Yes/No の意思表出の段階
(本例は「Yes」について)
⑦選択による要求の表出の段階
どちらがいい?
遊びたいから
手を伸ばそう!
遊びたい?
問う
問う
手を伸ばす
手を伸ばす(応答)
どうぞ
が
ほしい。
(指向性のある行動)
どうぞ
手を伸ばすことが,ほし
いってことだよ!
受容
やった!ほしい方に
手を伸ばしたからも
らえたの?
受容
手を伸ばしたか
ら,遊びたい(Yes)
ってことよね
手を伸ばしたから,
車の方がいいのね
第3ステップは,刺激や働きかけ(問いかけや呼びかけ等も含む)に対して,何らの手段で応
答する「⑥Yes/No の意思表出の段階」「⑦選択による要求の表出の段階」となります。
この段階では,大人と子どもの間で Yes/No や選択について応答のサインの共通理解できる
ようになります。また,大人からの問いかけが自分に向けられていることが分かるようになります。
そして,この段階を経て,子どもの明確な意図をもった発信が可能になり,周囲と子どもの双方
向のコミュニケーションが成り立つようになります。
【第2ステップから第3ステップに発達するために…】
第3ステップにつなげていくために,刺激や働きかけに対して応答できるようになるためには,大人が物事を解決してくれる
存在(助けてくれる,楽しいことをしてくれる等)であると気付き,大人に対して自分から積極的に関わるという段階を踏む必要
があります。そして大人に対して自分から要求を表出できるようになり,刺激や働きかけに応答していきます。
⑤大人に対する積極性・要求表出の段階
あそぶ?
(例)おもちゃ (要求
対象)を持ち,大人を
見つめる
①食べる?
①あー!
②お肉?
②あー!
③ごはん?
③あー!
これで
あそんで!
(例)生活場面
等で問いか
けた時,発声
する等のサ
イクルが数
回以上維持
できる。
大人を見ると子どもの方から働
きかけ,要求がある場合に,特定
の行動を大人の前で示すように
なるためには,子どもが「伝わっ
た!」,「この人と関わると楽し
い!」と感じることができるように
しっかり関わり,信頼関係を育ん
でいくことが最も重要です。
今年度の自立活動だよりは,コミュニケーションの初期の成り立ちについて,発達の段階に分けて説明してきました。コミュ
ニケーションは,今年度取り上げた刺激の受容→選択の意思表出までの初期の段階から,言語の受容・表出や視覚サイン
(絵カード類)や文字(ひらがな等)で,より具体的に自分の意思を表出していく段階になっていきます。授業や日々の生活の中
で,子どもの成長を育んでいくためには発達段階という指標のもと,指導・支援を進めていくことは重要な視点の一つです。
これからも,子どものコミュニケーションの力がより豊かになることを目指して,取組を充実させていきましょう。
【主な参考,引用文献】
・「肢体不自由特別支援学校における重度重複障害児のコミュニケーション学習の実態把握と学習支援」編著:小池敏英,雲井未歓,吉
田友紀
ジアース教育新社
・「重症心身障害児の認知発達とその援助 生理学的アプローチの展開」共著:片桐和雄,小池敏英,北島善夫.北大路書房
・障害の重い子供のコミュニケーション指導~学習習得状況把握表(GSH)の活用
編著:小池敏英,三室秀雄,神山寛,佐藤正一,雲井未歓
・東京都教育委員会「学習習得状況把握表」を活用した指導の手引~小・中学部編~
-7-
書籍紹介
No.1
重度重複障害児(者)の感覚運動指導 ①基礎・応用編
本書は,重度重複障害児にムーブメント教育を取り入れていくために必要な
基本的指導理論と課題別の遊具活用理論について書かれたものです。ムーブ
メント教育とは,楽しく運動や動作をしながら,感覚の統合,身体意識,運動機
能の拡大,心理的諸機能などの発達を目指す教育です。
普段授業の中で行われているエアートランポリンやロールマット,ボールプー
ルや毛布ブランコや粘土や紙を使った活動や,プールでの水中ムーブメント等
について,ムーブメント教育の観点で具体的な指導法や,その背景となっている
理論について学ぶことのできる一冊です。
小林芳文・上原則子 編著 コレール社(1992)
No.2
コミュニケーション支援とバリアフリー
本書は,コミュニケーションのバリアフリー化を推進していくために,コミュニケーシ
ョン支援ボードや多様なコミュニケーション支援について紹介されています。コミュニ
ケーションを成り立たせるためには,コミュニケーションをしあうというお互いの共同行
為が不可欠です。お互いの間にある「バリア」を少しでも「フリー」にすることができれ
ば,コミュニケーションの障害は小さくすることができます。また,言葉や視覚だけで
はなく,においや音楽等活用していくことも「フリー」にする一つのコミュニケーション
支援ということも書かれています。コミュニケーションについて幅広く学ぶことのできる
一冊です。
全国知的障害養護学校長会 編著 ジアース教育新社(2005)
No.3
発達と脳―コミュニケーション・スキルの獲得過程
本書は,「発達障害と脳」,「コミュニケーション・スキルの獲得と脳」,「コミュニ
ケーションの広がりと進化―個から集団へ」の3章立てで構成されています。「コ
ミュケーション・スキルの獲得と脳」では,脳の発達に即して言葉の獲得過程に
ついて述べられています。また,ディスクレシア(読み書き障害)や自閉症スペク
トラム,アスペルガー症候群などの発達障害についても,その特性やコミュニケ
ーション・スキルの獲得過程の中での難しさについて,事例を紹介して詳しく述
べられています。医学的な見地から認知発達やコミュニケーション・スキルにつ
いて迫る,読み応えのある一冊です。
岩田 誠・
川村 満 編 医学書院(2010)
-8-