分科会G2 あきらめない街・石巻のまちづくり技術者を目指して - 主体的に地域社会に貢献しようとする態度を育成する取組 - 宮城県石巻工業高等学校 教諭 佐光克己 キーワード:GIS,iPad,AR,防災教育,減災,情報活用 1.はじめに 震災以降、石巻は地域全体で復旧から復興に向けて 取り組んでおり、本校はそのような地域で活躍するこ とができる工業技術者の育成を行っている。その中で も、土木システム科の生徒は、道路や下水道、護岸と いった東日本大震災(以下震災と表記)で大きな被害 を受けた社会基盤整備に関する技術を学んでいる。本 研究は、工業高校で土木を学ぶ高校生が、科目「課題 研究(3年) 」において、GIS(地理情報システム) によりデジタルマップ(以下DMPと表記)を作成し、 それを活用しながら地域の災害に対する課題を考察 していく学習活動を通し、防災や減災を意識したまち づくりに関する考えを深めていく取組である。 2.実践内容 分科会G2 ここ数年、土木システム科の生徒は、土木技術者と して地域の震災復興に貢献しようとする意欲を持って 入学してくる者が多い。その反面、震災復興に関して 何らかの行動を起こしたいと考えてはいるものの、実 際に何から始めたらよいのか分からない者も多い。 現在の石巻地域は、震災による地盤沈下の影響で、 大雨による道路の冠水被害や建物への浸水被害により 避難者が出る等、我々が生活していく上で災害と向き 合う場面が多い。そこで、課題研究において地域貢献 班に所属する生徒たちが、地域(石巻)が震災時に津 波からどのような被害を受けていったのかを科学的に 分析していく作業を通して、石巻の都市としての災害 に対する現状と課題について考察した。 (1)GISによる地理的情報の分析 震災時の津波で冠水や浸水の被害を受けた地域は広 範囲に及んでいる。しかし、文献やインターネットで 津波が「どこ」から「どのように」石巻の市街地に流 入したのかを調べても、時系列で知ることは出来なか った。そこで、浸水地図(国土交通省東北地方整備局 作成)をデジタル化したDMPをつくり、5mメッシ ュ基盤地図情報(国土地理院)で標高ごとに色分けし たDMPを重ね合わせることで、震災時における津波 が、どのような経路で石巻市街地に被害を及ぼしたの かについて分析した(写真1) 。 まず、学校正門 付近の街区多角点 (国土交通省)の データから浸水高 (1.7m:浸水時 の最高水位 1.5m と、その点の標高 0.2mを合計)を 導き出した。そこ 写真1 DMPの作成 から、地域の標高を「①1.7m以上、②1.0m、③0.5 m、④0m以下」の4段階に色分けしたDMPを作成 し、震災時に、津波による海水がどのような経路で市 街地に浸入したのかを分析した。生徒たちは、海水が 海から河川や貞山堀等の水路を逆流し、震災時の地震 により海抜0m付近まで地盤沈下した街の中心部に流 入したと考えた。その際、本来は雨水を排水する下水 道が、排水出来る限界を超えていたため中心市街地等 に海水が溢れ、被害が拡大したと結論づけた。生徒た ちは、日頃から慣れ親しんでいる街であり、震災時に は実際に現地を見聞しているため、当時の市街地の情 景を具体的にイメージしながら話し合いを進めていっ た。 また、 「国勢調査(総務省) 」のデータを活用して、 DMP上に町丁目ごとの年齢別人口割合を棒グラフで 表示することで、避難する際に困難が生じる年代(1 5歳以下及び65歳以上) が多く住む地区を割り出し、 被害の拡大や二次災害の可能性、及びその対策につい て検討した。その際、既存の避難場所からの距離が遠 いため救援物資を取りに行けない可能性がある地区や、 避難経路の標高が低いため道路が冠水して通行不可に なったりすることが予想される地区に関して、基盤地 図情報の「堅牢施設(高さ3階相当以上の建造物) 」を 強調表示して、避難施設にもなり得る建造物を検討す る等といった減災に向けた手段を、生徒同士が積極的 に話し合う姿勢が見られた。 (2)iPadを活用した現地調査 昨年度までの地域貢献班は、津波により浸水した高 さのデータから、水準測量で浸水高さの看板や、避難 所の誘導標識の設置準備をしてきた。しかし、対象が 広範囲に及ぶため、誤差が出たり、印が消えたりする 等して思うように進まないことも多く、作業の効率化 について検討していた。そこで、iPad、及びその 地図アプリ「Field Access 災害復興版HD」を活用し た(写真2) 。 これにより、どの 場所でも、瞬時に その地点の情報( 標高、浸水高)が 分かり、効率良い 調査が出来るよう になった。さらに、 画像情報等を保存 することが出来る 写真2 現地調査(iPad) ために、学校に戻ってからの作業効率が向上した。 (3)AR(拡張現実)を活用した現地調査 NPO法人「みらいサポート石巻」は、震災による 津波被害を後世に伝えていくために石巻市を中心に 「震災の語り部活動」を行っており、防災・減災に関 − 94 − JAPET&CEC成果発表会 する取組についてアドバイスを受けることにした。そ のNPO団体が活用しているiPadアプリ「石巻津 波伝承AR」は、石巻市内のある地点をiPadの画 面上に映し出すと、実際の浸水した高さがその画像上 に重ね合わされた状態で表示される(AR機能) 。そこ で、このアプリが入ったiPadを校外に持ち出して 街を歩くことにより、震災時の状況を疑似体験(シミ ュレーション)した。これにより、障害を持つ方やお 年寄り等の気持ちに立った上で道路上の見落としがち な危険を見つけ出したり、自分たちの考えた仮説を周 囲に伝えるときに、説得力を持って述べたりすること が出来た。 実践前の生徒は、震災復興について漠然とした意識 しか持っておらず、石巻の課題でもある道路の冠水被 害等についても深く考えることはなかった。しかし、 膨大な量のオープンデータから震災に関連する情報を 探し出してDMP化し、震災の津波被害の実態やそれ に伴った地域への影響等を分析していく作業を通して、 日頃学ぶ社会基盤が「どこで」 、 「どのように」役立つ とともに、防災・減災のためには必要不可欠な存在で あることを改めて実感した。もともと、土木に対する 学習意欲を持っている生徒ではあるが、自分たちが目 指している土木技術者が、災害に強いまちづくりを進 めるにあたって重要な存在であることを理解したこと で、今まで以上に土木技術者としての誇りを持つに至 った。この実践により、地域社会に積極的に貢献して いこうとする意欲が高まったのは、本実践における一 番の成果である。 出前授業では、 高校生が、小学生 から地域のリーダ ーとして頼られた ことで、人任せで はなく、自分たち が震災復興の中心 となって果たして 写真4 出前授業(GIS) いこうとする意志 を強く示すようになった(写真4) 。さらに、震災復興 を成し遂げていくには、地域全体での意志の共有や、 共同性を持つことの重要性を認識するとともに、地域 と自分がつながっているという「絆」を再認識し、ま た、地域の中で自分が生きているとともに生かされて いることを実感するに至った。このような意識の変化 は、これまでにない大きな変化である。 4.今後の課題 石巻地域は震災による津波の被害が大きかった地域 であり、 地域の防災教育の重要性に関する認識も高く、 避難訓練等の取組も積極的に行われている。そのよう な地域で土木を学ぶ高校生が、被災地の「その後」と いう視点で、土木の学習内容を活かしながら災害に関 するリスクやそれを防ぐための対策を考えていく取組 は意義がある。災害が日常化している石巻は、地域全 体で防災や減災に関する意識を高めていく必要があり、 高校と地域が連携しながら、地域全体を巻き込んでま ちの在り方を検討していくことが重要である。 また、地域の実情や課題を検討する際に、オープン データを活用していくことが効果的であるが、膨大な 量のオープンデータの中から、地域の特徴を視覚化し 地域の成り立ちや弱点を考えていくことができるもの を厳選して教材化していくには時間的にも技術的にも 問題が多く、今後の課題である。 今後も、生徒が社会に貢献しようとする態度を育成 していくことが出来るように、地域にアンテナを高く はりながら実践を重ねていきたい。 − 95 − 分科会G2 (4)地域の防災意識高揚に向けた取組 これまでに作成してきたDMPは、対象地域が広範 囲に及ぶため一枚に印刷するのは困難であったので、 地図をA3に分割して印刷し、それをラミネート加工 し貼り合わせた 大判地図を作成した (写真3) 。その大 きさは、縦1.3m ×横3m(A3用紙 40枚分)であった。 この大判地図には、 危険な場所や、避難 に適さない経路等の 写真3 大判地図の作成 情報が視覚化されて いるので、危険因子の関連性等を考えたり、大局的な 視点でまちの概要を把握したりすることが出来る。こ の大判地図は本校の文化祭にも展示した。 この大判地図をまちの防災・減災に活用することで、 地域の防災意識を高めていくことが出来ないか検討し た。その結果、本年度は、石巻市立貞山小学校3年生 を対象に防災に関する出前授業を実施した。小学3年 生は、 社会科で身近な地域を調べる学習を行っており、 さらに、貞山小の敷地が本校の隣地にあるため、児童 の通学路は本校周辺である。したがって、高校生が課 題研究で調査した内容を活用しながら、小学生の防災 意識を高めていくことが可能であり、実践対象として は最適であると判断した。 大判地図は、大きくインパクトもあり、自分たちの 住んでいる地域の様子が一目で分かるため、小学生は 興味を持って見入っていた。その後、どの地点の標高 が低く、冠水や浸水がしやすいのか、そして、どの建 物に避難すると安全なのかについて、DMPを使って 詳細に調査した。日頃から危険な場所から逃げるよう に言われているものの、通学路の「どこに」 「どのよう な」危険が潜んでいるのかについて、あらためて、小 学生が考える様子を窺うことが出来た。 この出前授業は、児童や参加した保護者の防災意識 の高揚を図ることが出来たとともに、新しい防災教育 の一つの可能性として小学校の教員からも好評を博し た。また、GISといった科学的に街の状況を分析す るためのICT及びその専門スキルを小学生に提供す ることで、専門高校の学習内容を地域に還元すること にもなり、大変意義のある取組となった。 3.研究の成果
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