杉 魚 古 本 谷 田 光 貴 隆 繁 洋 久 * 低用量アスピリンによる 胃粘膜傷害における胃酸と の関与 H. pylori ∼ 害 に は Helicobacter pylori ︵ H. pylori ︶感染の 影響も多大にあることから、その対策を練るこ こすことが知られ、特にLDAによる胃粘膜傷 ** はじめに 近年、高齢化社会に伴って、虚血性心疾患や 脳血管障害の罹患率が増加傾向を示している。 厚生労働省が報告した2013年の死因順位別 とは非常に重要と考えられている。 LDAと消化管粘膜傷害 分泌抑制剤の予防効果について概略する。 死亡数の統計で、心疾患と脳血管疾患の死亡数 感染に関連 本稿では、胃酸分泌や H. pylori した胃粘膜傷害に対するLDAの影響と、胃酸 ている。 しかしながら、LDAは食道や小腸、大腸を 含めて消化管全体の粘膜傷害を高頻度に引き起 非ステロイド性抗炎症薬︵ non-steroidal antis inflammatory drugsNSAID ︶は、従来型 の非選択型NSAIDsと、シクロオキシゲナ ︵ low-dose aspirinLDA︶の定期的な内服が、 種々の疾患治療ガイドラインによって推奨され うな対象疾患の患者において低用量アスピリン は、それぞれ第2位と第4位であるが、このよ 6) (313) CLINICIAN Ê15 NO. 637 45 1) 2︶選 LDAと胃粘膜傷害 とと、自覚症状に乏しいことである。また、L ーゼ 2︵ cyclooxygenase-2COX 択的阻害薬、LDAに大別される。 血小板や腎、血管内皮細胞、 消化管 LDAは、 粘膜をはじめとする種々の細胞に日常的に発現 DAの総投与量が少量の場合でも、剤形が異な LDA起因性の胃十二指腸潰瘍の特徴は、多 発性の潰瘍が胃幽門前庭部を中心にみられるこ しているCOX 1の活性阻害によって、血小 っていても、消化管粘膜傷害が引き起こされる − 板のトロンボキサン 産生を阻害して、抗血小 A2 板作用を示す。 しかしながら、 同時に消化管粘膜 ことも特徴である。 8) − スクが2・9︵ %CI 2・3∼3・6︶に 検査を施行したところ ・7%に消化性潰瘍を、 増すことを報告し、 Yeomans らは、LDAを1 カ月以上内服している患者187症例に内視鏡 一般的にLDAによる胃粘膜傷害の機序は、 LDA自体による胃粘膜への直接傷害と間接傷 ・1%にびらん性病変を認めたと報告した。 きいことが考えられる。 本邦でも、 Sakamoto らはLDA継続服用時に は、服用していない場合に比べ消化管出血のリ 10) スクが7・7倍に増加すると報告している。わ 10 に有意な差がみられないことから、LDAの胃 の剤形が異なっても胃粘膜傷害の頻度や重症度 害によって説明される。しかしながら、LDA 消化管粘膜傷害が惹起される環境となる。 95 9) 消化管粘膜の防御系の脆弱化によって、容易に 内の内因性プロスタグランジン︵ らは、コホート研究でLD prostaglandin Garcia Rodriguez PG︶の産生を阻害し、その産生低下に基づく A内服により、腹部症状を伴う消化性潰瘍のリ 7) 粘膜傷害は直接傷害よりも間接傷害の影響が大 63 れわれの検討では、LDAの定期内服者 人に 11) 内視鏡検査を施行したところ、びらんや消化性 80 46 CLINICIAN Ê15 NO. 637 (314) − 潰瘍などの胃粘膜傷害を %の症例に、消化性 潰瘍を %の症例に認めた。 が予想され、その対策を含めて厳重に注意を払 う必要がある。 感染とLDA起因性胃粘膜傷害 感染は、胃酸分泌量や胃酸度に多大 H. pylori な影響を及ぼすが、これは胃粘膜内に浸潤した るが、それは除菌治療により先に述べた胃粘膜 内の炎症の改善や胃粘膜萎縮の改善が関与して いるとされる。除菌治療後に一時的に胃食道酸 逆流症状が生じる症例があるが、これは除菌後 られている。 管出血の発症に相加相乗効果が示されることが 報告されている。 Lanas らは、LDA投与時に おける H. pylori の陽性例での上部消化管出血 のリスクは、オッズ比4・7︵ %CI 2・ 14) 以上の胃粘膜傷害の発症頻度は、陰性群と比較 でも、若年者における H. pylori 陽性群の粘膜 傷害の重症度、あるいはLANZAスコアで2 0∼ ・9︶と報告している。われわれの検討 95 服することで胃内 が低下し、胃粘膜に対する して高い傾向を認めた︵図①②︶ 。LDAを内 15) α などの強力な酸分泌抑制効果を持つ炎症性サ 10 イトカインの分泌増加の影響や、長期間にわた − ために、LDA起因性胃粘膜傷害の発症や消化 投与時でも高率に胃粘膜傷害が惹起されること 感染者は、 H. pylori 感染による胃粘 H. pylori 膜傷害に加え、LDAによる間接傷害も加わる これらのことから、LDA内服時には短期間の LANZAスコア1以上の胃粘膜傷害を認めた。 の酸分泌能の改善に起因している可能性が考え 1) 2) 感染陰性の若年健康人に対し また、 H. pylori て1週間のみLDAを投与した際には、 %に 93 55 12) る感染による胃粘膜萎縮の影響が考えられてい − 炎症細胞から放出されるIL 1β やTNF 13) る。また、この 感染に伴う酸分泌能 H. pylori の低下は、 H. pylori 除菌治療によって回復をす pH (315) CLINICIAN Ê15 NO. 637 47 15 ① 感染別にみた LDA 起因性胃粘膜傷害の程度 䠆 䠆 H.pylori 㝜ᛶ⩌ 㻡 H.pylori 㝧ᛶ⩌ 㻹㻸㻿 㻠 䠆: p < 0.01 㼃㼕㼘㼏㼛㼤㼛㼚㻌㼟㼕㼓㼚㼑㼐㻙㼞㼍㼚㼗㼟 㼠㼑㼟㼠 㻟 㻞 㻝 㻜 㻰㼍㼥㻌㻜 㻰㼍㼥㻌 MLS:LANZA スコア 㻹㻸㻿㻌㻞௨ୖ䛾ྜ ② 感染別にみた LDA 起因性胃粘膜傷害の頻度 㻔㻑㻕 㻝㻜㻜 78% 㻡㻜 㻜 H.pylori 㝜ᛶ⩌ MLS 0䡚1 MLS 2䡚5 p = 0.14 χ2 検定 50% MLS:LANZA スコア (316) (文献15より) H.pylori 㝧ᛶ⩌ (文献15より) CLINICIAN Ê15 NO. 637 48 が考えられている。 攻撃因子が増すことが原因の一つである可能性 とを報告した。また、若年健康人 人を対象に の色調変化を伴う症例の頻度が内服者で高いこ LDAと食道粘膜傷害 26 30 %、7 日目で % の対象者の食道噴門境界部 1週間LDAを投与した際に、投与3日目で 3) 4) の症例がLDAを内服していたことから、LD 62 AがGERDの危険性を増す可能性を初めて報 LDA起因性胃粘膜傷害の対策 ︵ECJ 部︶に色調変化を認め、この色調変化 らは、胃食道逆流症︵ Lanas gastroesophageal がLDA起因性食道粘膜傷害の特徴である可能 reflux diseaseGERD︶を伴わない症例の 性が考えられる。 %がLDAを内服しており、GERDでは % 50 15) ∼ を長時間にわたって5・0以上に保つことが して推奨している。 ポンプ阻害薬︵PPI︶を、第一選択治療薬と A投与時における潰瘍の再発防止にはプロトン た﹁消化性潰瘍診療ガイドライン﹂では、LD 重要である︵図③︶ 。日本消化器病学会が示し 6) は4・4%︵9/204︶であり、非併用者で われわれはLDA継続下で内視鏡検査を行っ た 人と年齢や性などをマッチさせた 人を対 1) われわれは、種々の酸分泌抑制薬を使用した 内服者の %と比し、定期内服者で %と有意 前向き研究を行い、胃酸分泌程度とLDA起因 象に食道粘膜傷害の頻度を評価したところ、非 pH 12 は %︵ /200︶であるため、LDAはび 38 らん性GERDの危険因子と報告した。 17) pH LDA起因性胃粘膜傷害の発症や重症度は、 告した。さらに、 らは、 週間LDAと酸 Taha 胃内 と強く相関し、その治療や予防には胃内 分泌抑制剤を併用した際には、GERD出現率 16) 40 に食道粘膜傷害の発症率が高く、特に発赤など 25 (317) CLINICIAN Ê15 NO. 637 49 80 19 80 60 /$1=$ࢫࢥ ∼ 1) 6) 内 には、酸分泌抑制効果を示すものの︵ 時間胃 性胃粘膜傷害との相関を検討した。 H. pylori 陰 性者に常用量の ブロッカーを投与をした場合 H2 4・0[2・7∼4・4] ︶ 、その効果は 24 LDA起因性胃粘膜傷害の予防や治療には不十 pH (文献1∼6より筆者作図) 感染者に対しても、同様に胃粘膜傷害を pylori 予防できることを報告している。 に予防できることを報告してきた。また、 H. 5) Iを投与することで、薬剤性胃粘膜傷害を有意 LDAにクロピドグレルを併用した際にもPP 併用することが多くなっている。われわれは、 追加してクロピドグレルなどの他の抗血栓薬を また、近年、薬剤溶出性ステント挿入時や、 重度の脳循環器系疾患の罹患者には、LDAに Iが適切と考えられた。 分であった。そのため、 H. pylori 陰性者にLD A起因性胃粘膜傷害を予防するためには、PP 1) 2) 50 CLINICIAN Ê15 NO. 637 (318) 3 V *UDGH *UDGH *UDGH *UDGH *UDGH ⫶ෆS+ ௨ୗ㛫ྜ ③胃内 pH と LDA 起因性胃粘膜傷害の関係 ⫶ෆS+ まとめ LDA投与時には若年健康人に対して1週間 の短期間の投与でも、 %以上に胃粘膜傷害が 引き起こされることが明らかである。そのため、 実臨床の現場における H. pylori に感染した高 齢者、かつ長期間にわたりLDAを投与する際 には、胃粘膜傷害が必発であることを想定しな がら対策を講じる必要がある。そのため、潰瘍 既往歴のある場合にはラベプラゾールを含めた PPIを積極的に使用し、消化管粘膜傷害や消 化管出血のリスクを下げることが重要と考えら れる。 ︵浜松医科大学 第一内科︶ ︵*浜松医科大学 第一内科、 Baylor college of Medicine, Department of ︶ Medicine, Gastroenterology, US ︵ **浜松医科大学医学部附属病院 臨床研究管理センター 病院教授︶ 文献 Nishino M, Sugimoto M, et al : Relationship between low-dose aspirin-induced gastric mucosal injury and intragastric pH in healthy volunteers. 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