Mycobacterium chelonae subsp. abscessus による肺感染症の2症 例

416
Mycobacterium
chelonae
subsp.
に よ る肺 感 染 症 の2症 例
abscessus
国立高田病院内科
川
島
崇
来
生
哲
新潟大学 医学部第2内 科学教室
荒
川
正
昭
(平成5年10月18日 受付)
(平成5年12月9日 受理)
Key words:
序
最 近,我
M. chelonae subsp. abscessus,
AMK, IPM/CS
文
Fig. 1
が 国 に お い て は,肺 結 核 症 が 減 少 して
Clinical
Y.T.
course
50
of Case 1
y.o.
F
い る反 面,非 定 型 抗 酸 菌 症 の報 告 が 増 加 して い る.
後 者 に お い て は, Mycobacterium
plex,
Mycobacterium
avium
com-
に よ る感 染 症 の報
kansasii
告 は 多 く見 られ る が,そ の 他 の亜 型 に よ る感 染 の
報 告 は 少 な く,特 に, M. chelonae
subsp. abscessus
に よ る肺 感 染 症 の 報 告 は稀 で あ る.今 回,私 達 は
M. chelonae
subsp.
に よ る肺 感 染 症 を
abscessus
2例 経 験 した の で,こ
れ まで の報 告 例15例 と と も
に,そ の 臨 床 的 意 義 に つ い て考 察 を 加 え報 告 す る.
症
症 例1:50歳,女
性.
主
熱.
訴:血 痰,発
例
* PTH:
ラ音 を 聴 取 し た.腹
家族 歴:特 記 す べ き こ とな し.
既 往 歴:15歳,中
prothionamide
耳 炎(聴
現病 歴:昭 和30年,肺
力 低 下).
和32年,気
を 認 め た が,喀
管支拡張症
と診 断 され,昭 和38年 に左 肺 葉 切 除 術 を 受 けた.
痰 検 査 で,抗
入 院 後 経 過(Fig.1):肺
た.以
た が,昭 和61年2月17日,喀
し て い た が,平
痰 検 査 でGaffky2号
入 院 時 現 症:身
36.9℃.貧
院 に紹 介 され 入 院 した.
長162cm,体
重40kg,体
温
血,黄 疸,浮 腫 を認 め な い.胸 部 で は,
心 臓 に 収 縮 期 雑 音(Levine
別刷 請 求 先:(〒940)長
II/VI),左
肺 野 に湿 性
川島
崇
後,症
absoessusの
酸 菌 はGaffky(-)
結 核 と し て治 療 を 行 っ
状 の 増 減 に 応 じ て,入
退 院 を 繰 り返
成 元 年 よ りM.ohelonae
抗 菌 が 続 き,発 熱 を 認 め,胸
subsp.
部X線
像
も 悪 化 し た.抗 結 核 薬 全 て に 感 受 性 は 無 か っ た が,
デ ィ ス ク 法 で は,Imipenem/Cilastatin
(IPM/CS)に
IPM/CS
岡市 日赤 町2-6-1
長 岡赤 十 字病 院 内 科
沈 の軽 度 の 充 進
で あ っ た.
そ れ 以 後,時 折 血 疾 を 認 め,某 病 院 に通 院 し て い
を指 摘 され,2月19日,当
常 は見 られ な か っ
入 院 時 検 査 成 績(Table1):血
結 核 と診 断 され,約6カ
月 間 化 学 療 法 を 受 けた.昭
部 に は,異
た.
部X線
Sodium
感 受 性 が 認 め ら れ た.そ
の た め,
1g/日 の 治 療 を 開 始 し た と こ ろ,症 状,胸
像 と も に 改 善 し,排
菌 もみ ら れ な く な っ
感 染 症 学雑 誌
第68巻
第3号
M. chelonae
Table
Fig. 2
Chest
subsp.
1
roentgenogram
417
abscessus に よる肺 感染 症
Laboratory
data
of Case 1 before
of case 1
therapy
and after
3 months
ther-
apy.
た.
Gaffky2号
胸 部x線
所 見(Fig.2):左
日 の 胸 部X線
影 は,右
の 平 成3年4月5
写 真 で,左 上 肺 野 に 認 め ら れ た 浸 潤
の7月2日
の 胸 部X線
写 真 で は,改
善 し
た.
性.
主
36.6℃.貧
痰.
訴:咳
嗽,喀
既 往 歴:昭
和59年;脳
は,抗
梗 塞,高 血 圧.昭 和60年;
内 障,変
形 性 腰 椎 症.結
核の
現 病 歴:平
成3年12月
成4年2月18日,喀
よ り,夜
痰,咳
病 院 に 入 院 し た が,翌19日
平 成6年3月20日
間 の咳 嗽 が 出現
嗽,発
院 に
熱のた
の 喀 痰 検 査 で,
温
腫 を 認 め な か っ た.聴
沈 の 亢 進,白
高 値 を 認 め た.喀
診
growersで
血
痰検 査で
で あ っ た.
入 院 後 経 過(Fig.3):喀
日 で,rapid
重43kg,体
常 は 見 ら れ な か っ た.
酸 菌 がGaffky3号
abscessusが
既 往 は な か っ た.
し た.平
疸,浮
球 増 加,CRP,ADAの
記 す べ き こ と な し.
パ ー キ ソ ソ ン 病,緑
血,黄
肺 に は,異
長153cm,体
入 院 時 検 査 成 績(Table2):血
家 族 歴:特
め,某
入 院 時 現 症:身
上,心
症 例2:53歳,女
を 指 摘 さ れ た た め,2月20日,当
紹 介 さ れ 入 院 し た.
痰 の 培 養 検 査 で は,数
あ る
M. chelonae
subsp.
多 量 に 分 離 さ れ,非 定 型 抗 酸 菌 症 と 診
断 し た.抗 結 核 薬 全 て に 感 受 性 は 無 か っ た が,デ
ィ
ス ク 法 に よ り,Amikacin(AMK),
感
受 性 を 認 め た.そ
こ で,AMK
IPM/CSに
200mg/日,IPM/
418
川島
Table
Fig. 3
Clinical
T.H.
course
2
Laboratory
data
of case 2
胸 部x線
of Case 2
53y.o.
崇 他
所 見(Fig,4):左
線写 真 で は,右 中 肺 野,左
F
め た が,右
部X線
の 入 院4ヵ
の 入 院 時 の 胸 部X
下 肺 野 に,浸 潤 影 を 認
月 後 の,平 成4年6月
の胸
写 真 で は,浸 潤 影 の 改 善 が み られ た.
M. chelonae
subsp.
abscessus
に よ る肺 感 染 症
の 報 告 例(Table3)
私 達 が,検 索 し 得 た, M. chelonae
5郷 に よ る 肺 感 染 症 例 は,1957年
さ れ1),以 後,国
内 外 に て,合
subsp. absces-
に 第1例
計17例
が報 告
の報告が み ら
れ て い る に 過 ぎ な い1)∼9).
M.
chelonae
subsp.
abscessus
に よ る肺 感 染 症
報 告 例 の 臨 床 的 検 討(Table4)
CS
1g/日 の 使 用 を 開 始 し た と こ ろ,発
し,症
状 も 軽 減 し た.検
善 し,1ヵ
月 後 に は,排
Fig. 4
熱 が消 退
年 齢,性
査 成 績 の 異 常 も徐 々 に 改
abscessusに
菌 も み ら れ な く な っ た.
年 齢 分 布 は29∼76歳
Chest
roentgenogram
of Case 2 on admission
な ど が 明 ら か な,M.chelonae
よ る 肺 感 染 症 の 報 告 例16例
and after
で,そ
4 months
subsp.
を み る と,
の 分 布 を み る と,30歳
therapy.
感染症学雑誌
第68巻
第3号
M. chelonae
Table
3
Lung Infection
due to M. chelonae
subsp.
419
に よ る肺 感 染 症
abscessus
考
subsp.
abscessus
最 近,非
定 型 抗 酸 菌 症 が 増 加 して い る こ とが 報
告 さ れ て い る.特
M. avium
に,
complex,
M.
に よ る 肺 感 染 症 の 報 告 が 多 く見 られ る
kansasii
M. chelonae
が,
察
subsp.
abscessus
に よ る肺 感 染 症
の 報 告 は 稀 で あ る.私 達 が,文
献 上 検 索 し得 た,
M. chelonae
に よ る肺 感 染 症 は
subsp.
17例 で,1957年
し,1957年
abscessus
に 第1例
が 報 告 さ れ て い る.し
お よ び1964年
同 定 さ れ ず,単
の 症 例 は,当
にGroupIVと
時原 因菌が
診 断 さ れ,後
東 村 に よ り同 定 さ れ た こ と よ り,実
か
年,
際 に は,東
村
の 報 告3)が 最 初 で あ る と 考 え ら れ る.
M. chelonae
は,50歳
subsp.
abscessus
に よ る肺 感 染 症
代 に多 くみ られ る が,今 回 報 告 した2症
例 も50歳 代 で あ った.性 別 で は,約70%が
女性で
あ る が,今 回 の症 例 も女 性 で あ った.二 次 感 染 型
に比 べ,一 次 感 染 型 の 報 告 が 多 くみ られ るが,症
Table
4
16 Cases of lung infection
M. chelonae
subsp.
例1は 二 次 感 染 型,症 例2は
due to
abscessus
一 次 感 染 型 で あ った.
治 療 に つ い て は,全 て の抗 結 核 薬 が 無 効 で 確 実
な治 療 法 が な い と考 え られ て い る た め10),抗 結 核
薬 の ほ か,他
の抗 菌 薬 も使 用 され て い る が,適 確
な感 受 性 検 査 を行 った 結 果 に 基 づ い て,薬 剤 を 選
択 した報 告 は少 な い.そ
の た め,治 療 効 果 は,約
半 数 に み られ た が,治 療 法 に よ る差 は 明 らか で な
か っ た.
M. chelonae
subsp. abscessus
に対 して は,抗 菌
剤 の 中 で は,IPM/CSとAMKのMICが
最 も低
い と い う報 告 が あ る11). M. chelonae
cessusは,rapid
は,デ
未 満1例,30歳
60歳 代2例,70歳
代2例,40歳
以 上2例
代3例,50歳
に 多 く認 め られ た.一
型 が4例
性10例 で,女
次 感 染 型 が12例,二
性
次感 染
で,一 次 感 染 型 が 多 く認 め られ た 。 治療
(CTM),
CiproHoxacin
行 っ た.今
に,感
な い こ と よ り,抗 結 核 薬 の み に よ る治 療 は8例 で
用 し た.そ
あ り,6例
善 し,菌
療 効 果 は,約 半 数 に み られ た が,治 療 法 に よ る差
は,明
らか で は な か った.
(MINO),
回,私
達
(CPFX)の10薬
回 の2症
Cefotiam
IPM/CS,AMK,
Erythromycin
(EM),
剤 の感 受 性 検 査 を
例 は,AMKとIPM/CSの
受 性 あ り と 判 定 さ れ た た め,こ
の 結 果,臨
床 症 状 や 胸 部X線
の 陰 性 化 も 得 ら れ,有
医 療 の 高 度 化,AIDSな
増 加 に よ り,結
み
の2剤
を使
所見 は改
効 と 判 断 し た.
ど の 疾 患 の 増 加 に よ り,
免 疫 不 全 患 者 が 増 加 し て き て い る.欧
AIDSの
平成6年3月20日
Cefazolin(CEZ),
Cefotaxime(CTX),
Minocycline
成 績 を み る と,抗 結 核 薬 が 無 効 で 確 実 な治 療 法 が
に は他 の 抗 菌 薬 も使 用 され て い た.治
あ る た め,今
abs-
ィ ス ク 法 に よ り,Ampicillin(ABPC),
Piperacillin(PIPC),
代6例,
と,50歳 代 に 多 く認 め
られ た.性 別 で は,男 性6例,女
growersで
subsp.
米 で は,
核や 非定型 抗酸菌 症 の患
420
川島
者 の 増 加 が 報 告 さ れ て い る.今
て も,非
邦 におい
定 型 抗 酸 菌 症 患 者 の 増 加 が 予 想 さ れ る.
し か し,非
は,今
後 は,本
定 型 抗 酸 菌 症 の 診 断 や 治 療 に関 して
ま で に 十 分 な検 討 が な され て い な い の が 現
状 で あ る.非
崇 他
Mycobacterium
胸,
31:
5) Burke,
定 型 抗 酸 菌 の 同 定 に 関 し て は,DNA
D. S. & Ullian,
chelonei.
Rev.
く の 施 設 に お い て,確
後 は,こ
6) Sopko,
実かつ迅速 な同定が可能 と
れ ら の 診 断 に 基 づ い て,確
実
な 診 断 を 行 う と 共 に,使
用 薬 剤 の適 確 な 検 討 を す
る こ と が 必 要 で あ る.さ
ら に,新
薬 の開発や抗結
核 薬 以 外 の 薬 剤 の 検 討 も 必 要 で あ る と 思 わ れ る.
本 論 文 の要 旨は 第47回 国 立 病院 療 養所 総 合 医 学会 で発 表
文
1) 占部
献
薫, 河合 恭 幸: 結核 を うた がわ れ た喀 痰 よ
医
学 と生 物 学, 44: 196-198, 1957.
2) 今 野 淳, 大泉 耕 太 郎, 岡 捨 巳: 未 分 類抗 酸 菌
disease
subsp.
Tubercle,
abscessus:
to
7) 国立 療 養所 非 定 型 抗酸 菌 症 共 同研 同班(東 村 道 雄,
Mycobacterium
他):
Mycobacterium
- Mycobacterium
Mycobacterium
.
結 核,
60:
fortuitum
症9例
fortuitum
症4例
chelonae
429-434,
発 見 され た2例
とRapid
grower
に よ る肺 疾 患 と思 わ れ る1例.
日胸, 23: 663
-671
, 1964.
3) 東 村道 雄, 水 野松 司, 外 山春 雄, 板 坂 安 修, 稲 垣
intracellulare
と
(subsp. abscessus)
結 核,
43:
147-154,
1968.
Two
肇,
お よ び
の症 例 追 加 報 告
1985.
chelonae
例.
subsp.
結 核,
9) Kunikane,
Kuze,
A.
63:
abscessus に よ る肺 感 染 症 の1
269,
1988.
H., Shimizu,
T., Kusaka,
& Kawakami,
Y.:
chromogenの
斉藤
お よ び
に よ る 肺 感 染 症
chelonae
in chest
田 坂 博 信,
of four
1980.
mycobacteriosis
の 混 合 感 染 を 示 し た1例.
J. E.:
A case report
dering
Mycobacterium fortuitum
1101
Mycobacterium
61 : 165-169,
nontuberculous
Mycobacterium
116:
J. & Kasik,
due
(非 定 型 抗 酸 菌) と結 核 菌 の 同 定, 附, Photo-
博 一:
Mycobacterium
Dis.,
8) 高頭 正 長, 樋 口葉 嗣, 亀 山宏 平: Mycobacterium
りつづ けて 分離 され た非 定 型 抗 酸菌 の第2例.
4)
Respir.
J. A., Fieselmann,
chelonei
cases.
-
した.
Megaesophagus
with
, 1977.
Pulmonary
な っ た.今
R. B.:
associated
Am.
日
1972.
and pneumonia
-1107
を 利 用 し た 診 断 法 が 開 発 さ れ 市 販 さ れ た た め,多
に よ る 肺 疾 患 の2例.
chelonei
515-519,
増 田 忠 司,
Case of Lung
礁 井 豊 太 郎:
Infection
と
shadows
showing
roentgenograms.
piration, 58: 321-323,
1991.
10) 東 村 道 雄: Mycobacterium
chelonei
症.
医 療,
37:
352-354,
H., Abe, S.,
Pulmonary
wanRes-
に よ る感 染
1983.
11) Wallace, R. J.: The clinical presentation, diagnosis, and therapy of cutaneous and pulmonary
infections
due to the rapid
growing
Mycobacteria, M. fortuitum and M. chelonae.
Clin. Chest Med., 10: 419-429, 1989.
due to Mycobacterium
chelonae
Subsp.
Abscessus
Takashi
KAWASHIMA*,
Satoru KIOI* & Masaaki ARAKAWA**
*The National Takada Hospital
**Department of Medicine (II) , Niigata University School of Medicine
Two cases of lung infection due to Mycobacterium
chelonae subsp. abscessus are reported. Case 1, a
50-year-old female, was a secondary
infeciton-type,
and case 2, a 53-year-old female, was a primary
infection-type.
The 16 cases reported, between the ages of 29 and 76 years, there were 6 males and 10
females. The roentgenographic
examinations,
revealed that the ratio of the primary and secondary
infection-type
was 3:1. Effective agents for this organism has not been yet confirmed. In the presaent
study, we treated two patients
with AMK and IPM/CS, and obtained negative conversion
of the
sputum culture as well as improvement
of roentgenographic
features.
感 染 症学 雑 誌
第68巻
第3号