円空仏と中井出世不動尊

落合昔ばなし紙芝居⑥
おちあいあれこれ作
おちあいあれこれ
岡本和代作
篠田邦子画
中井出世不動尊
と円空仏
(新宿区中落合)
おちあいあれこれ
岡本和代作
篠田邦子画
一
中井出世不動尊に祀られている不動明王と二童子
の木造仏にまつわる、修験僧と村人の心温まる昔
話です。
旅の修験僧が、谷間をこちらに向かって歩いていま
す。きょろきょろあたりを見渡しながら、ひとりごと
です。「そろそろ陽も沈む頃になった。江戸の西の
はずれと聞いたが、落合村と言うのはこのあたりだ
ろうか。村のお堂はないものか。それにしても人気
のない淋しいところだ」
疲れ果てたのか今にも倒れこんでしまいそうな様子
を見ていたのが、野良仕事をしていた茂兵衛たちで
した。
二
もう一時もすると日が暮れるが、名主様に断り
脚している、見てのとおりの修行の者であるぞ」
「私はあやしいものではない。尾張国から諸国を行
きたか」
こは落合村だと知って来たのか」「誰ぞに断って入って
ぎしながら思い切って声をかけました。「おおい、こ
残った二人はどんどん近づいてくる修験僧にどぎま
衛、喜作頼んだよ!」
とっ走り、辻の旦那のところに言ってくるから、吉兵
「おい、おい。こっちに向かってきたぞ」「おいら、ひ
もない生臭坊主め!」一緒に見ていた吉兵衛が
が、
もなしにこの村にはいれるわけはないんだが、とんで
「
[
三
旅の途中の伊勢で出会った人に、
『江戸に着いて困ったことがあったら西のはずれの落
合村という古い村をたずねてごらんなさい』と教えら
れた」
落合村と言う名を耳にしたとたん、気のいい二人は
最初の勢いはどこへやら、
「修行の身とはいえ、長旅はお疲れだろう。まあま
あ」
「昔から旅人が道に迷い村内に入るのだが、同じ道
をぐるぐる廻ったり、行き止まりでまたもとの街道
に出て、そのうち行き倒れてしまうんだ。俺たちに
会ってよかった」
四
四
二人は青ざめ弱った僧の身体を支えながら近くの掘
っ立て小屋まで案内しました。
「すまないなあ。野宿もいとわない身だが、持病の
シャクの虫がうずいて…」
そうこうしているうちに、茂兵衛が辻の旦那を連れ
て戻ってきました。
「あとは旦那にお願いして、あっしたちはこれで」
「お前たち、すまないが、帰りがけに手分けして、
講元さん達にここにきてくれるよう伝えておくれ」
その夜から旅の僧は掘っ立て小屋で村人の手厚い看
病を受けました。やがて、その甲斐があって、日に
日に元気を取り戻していきました。
五
「今日は谷の湧水で水垢離をとってみよう」
と、修験僧はすっかり元気を取り戻したのでした。
そして、村人が信心深く心やさしい人たちで命拾い
をした、そのお礼に何か役に立ちたいものだと考え
ました。その日初めて、西方の高台にある里に歩い
てきました。
里のお堂、御霊社に着くとなにやら村人が集まって
います。茂兵衛、吉兵衛、喜作の三人の姿も見え
ます。ほかの村人も含め皆、谷の小屋に滞在して
いる修験僧のことを知っていました。
村人の輪の中に入って、諸国を行脚する僧の知識
あふれる話に、いつの間にか皆聞き入っていました。
六
その日を境に、野菜のこと作物の栽培法など、い
ろいろなことを伝授してもらうようになり、お堂はい
つも村人が集まるところとなりました。
村人の輪の中に入って、諸国を行脚する僧の知識
あふれる話に、いつの間にか皆聞き入っていました。
そんなある日のことです。
「明朝、尾張国に発ち、必ずここに戻ってくる」
との言葉を残し、僧は旅立っていきました。
七
それからどのくらい月日が経ったでしょう。村人も忘
れかけていた頃に、自分の背丈よりも大きいか、と
いうほどの大きな仏像を背負って、あの谷の小屋に
僧は約束どおり戻ってきました。村人のほとんどが
谷に駆けつけます。
「戻ってきたんだね。心配していたよ」
「ここにしばらく逗留してください」
などと声をかけますと、
「皆さんの親切は決して忘れない。この仏像は、ふ
るさと尾張国一ノ宮の仏師が彫った、霊験あらたか
な、この世に二つとない不動明王である。大切にお
祀りするように」
八
「なんと見事なお不動様だ!」
と、村人はみな不動明王に手を合わせました。荒
削りながら、それは見事な不動明王でありました。
その夜、辻の旦那の家での寄り合いに僧も参加し
ました。
「お不動様を掘っ立て小屋に置いてはおけない。罰
があたるぞ」
「御霊さまにお不動様も僧も一緒に住んでもらって
はどうだろう」
「坊様、お名前は今まで聞きもしなかったが、なん
とおっしゃるのですか」
「私の名は不動院峰重とでもよんでください」
九
それから、中井御霊社に仏像をおさめ、お不動様
の縁日、毎月二十八日には護摩をたいて祈る峰重
の姿がありました。お不動様が到着した谷は不動
谷とよばれました。
「一心出世中井不動尊」
これがお不動様のお名前です。よい香りのする木、
一本作りの大きなお不動様、全国に名が知られた
江戸時代はじめの遊行僧円空により、ふるさと尾
張国で脇侍の童子とともに三尊像として作られたも
のでした。峰重坊が、世話になった落合の村人に贈
(おしまい)
ろうとお不動さまを運んできたもので、二童子像も
まもなく到着しました。