胸腹部CT

[特集1]アセスメントに活かす画像読影
胸腹部CT
東京都保健医療公社 大久保病院 放射線科 医長 服部貴行
CT画像の重要性
で腸管虚血を来し猛烈な腹痛を訴えますが,採
血では異常所見が認められないことをしばしば
重症患者に対してさまざまな理由でCT検査が
経験します。以前は,採血結果に異常がないか
行われていますが,その画像を的確に理解する
らという理由で経過観察がなされ,症状が進行
には,
し生化学検査で異常所見が出てきから開腹術が
①どのような目的で検査が行われたのか?
行われていました。このような状況で開腹して
②患者の既往歴,現病歴の確認は?
も,絞扼腸管はすでに壊死しており,腸切除術
③身体所見・検査所見にどのような所見がある
を選択しなければなりません。しかし今日では,
のか?
画像所見から緊急手術の適応であることを判断
を具体的に把握し,CT画像所見の解釈にそれら
できるようになったために,腸切除術が行われ
の情報を利用することが大切です。例えば,
「呼
ていた絞扼性イレウスの手術が整復術のみで終
吸困難」の原因として「肺炎」や「心不全」が
わらせられるようになってきたのです。このよ
ありますが,撮影されたCTで典型的な画像所見
うに重篤な疾患の画像所見を理解しておくこと
がそろっていれば,診断に苦慮することはあり
で,より迅速に治療方針決定を行うことができ
ません。しかし,日常診療においてそうした画
るようになってきたのです。
像所見がそろっていることは少なく,
「肺炎」な
重篤な疾患で見られる画像所見を理解するに
のか「心不全」なのか肺野の異常所見に難渋す
は,症状に対してどのような疾患が考えられる
ることはしばしばあります。その場合,どのよ
か,そして鑑別を行うにはどのような撮影方法
うにして的確に画像診断を行うかというと,前
が有効であるのかを知っておく必要があります。
述の②や③の内容を加味してCT画像の解釈を行
今日のCTの進化はすさまじく,一度で胸腹部の
うのです。先の例に当てはめると,「臨床的に
CT検査を繰り返し行うことができるようになり
炎症反応がない肺炎に遭遇することは少なく,
ました(この撮影方法を「多時相撮影」と言い
心機能が良好な心不全も考えにくい」というこ
ます)
。また,造影剤という検査薬を経静脈的
とです。このように重症患者における画像診断
に投与することで,さまざまな病態を把握する
は,さまざまな臨床情報を利用することで診断
こともできるようになりました。撮影部位や撮
の精度を上げることができ,適切な治療方針決
影の回数,造影剤の投与方法などの検査方法を
定に役立たせることができるのです。
「プロトコル」と言います。どのようなプロト
「迅速な治療が必要」と画像所見で指摘するこ
コルが選択されれば,重篤な疾患を鑑別できる
とができたのにもかかわらず,白血球数やCRP
か知っておく必要があります。逆に言うと,適
などの生化学検査に異常が出現していないから
切なプロトコルが選択されないと,重篤な画像
という理由で経過観察がされてしまう場合があ
所見を観察することができないことがあること
ります。例えば,急性腹症の代表疾患でもある
を,肝に銘じておかなければなりません。
「絞扼性イレウス」では,腸管が捻転すること
本稿では,重症患者に対して行われるCT検査
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どうして造影剤を使うのか?
CTで経静脈的に,非イオン性ヨード造影剤を使用するメリットは,以下のとおりです。
●血管や実質臓器の構造をより把握することができるようになります。
●正常構造物を把握することができるようになるために,病気を見つけやすくなります。
●出血病変を見つけられます。
観察したい病態を明確にし,造影剤の適応について判断します。
画像1:非造影CTと造影CT
造影剤を投与することによって,大動脈( )や門脈( ),静脈(*)などの血管や肝臓や脾臓,膵臓などの実質臓器はよ
り白くなり,CTでは「濃度が上昇する」「CT値が上昇した」などと表現します。造影剤投与後から撮影するまでの時間が長く
なると,造影された血管や実質は濃度の低下が見られます。
非造影CT
造影CT
*
のプロトコルについて解説した後に,症状から推
を備えていても,治療方針決定に結びつける画
察される重篤な疾患のCT画像所見について,症
像を撮影することはできません。適切な治療方
例を提示しながら解説していきたいと思います。
針決定には,目的に応じたプロトコルの決定が
胸腹部CTのプロトコル
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*
大変重要なのです。
プロトコルに含まれる項目には,撮影範囲,
近年,CTの進化はすさまじく,さまざまな
造影剤使用の有無,造影剤を使用していればそ
病態を診断できるようになりました。特に,多
の撮影タイミング,そして撮影回数があります。
列検出器型CT(Multi Detector-row CT〈以下,
撮影された画像からそれらの項目を確認し,ど
MDCT〉
)の出現により,全身の多時相撮影が可
のプロトコルで撮影が行われたのか判断できな
能となりました。そして,造影剤を急速静注し
いと,どんな病態を診断したくて撮影されたの
多時相撮影を行うことで,大血管病変から肺動
かが分かりません。
脈,冠動脈,末梢血管の病気や,実質臓器,腸
造影剤使用の有無は,造影剤を使用していな
管および腸間膜の虚血や壊死,炎症,出血など
い非造影CTと比較すると,血管や実質臓器がさ
を観察し,適切な治療方針の決定を行うことが
らに白くなっていることで確認することができ
できるようになりました。しかし,どのような撮
ます(画像1)
。この時に,造影CT検査が繰り
影タイミングを選択すれば,重篤な疾患を鑑別
返して何回撮影されているかも観察しましょう
でき,治療方針決定に必要な画像所見を得るこ
(モニタで画像を観察することができる施設で
とができるか知らなければ,せっかくよいMDCT
は,撮影ごとのサムネイルが表示されているこ
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多列検出器型CTとは?
列数が多いほど,詳細な画像を早く撮影することができます。多くの救急病院には16列
から256列のMDCTが設置されていることと思います。
また,MDCTには撮影した画像をより診断しやすい画像に再構成するための,ワークス
テーションが備わっています。
とがあるので,簡単に撮影回数を確認すること
ができます)。
症状に応じたCT画像
造影剤投与後の撮影タイミングとしては,動
それでは,重傷患者で遭遇する症状に対し,
脈相,門脈相,実質相などがあります(画像2)
。
どのような疾患を鑑別するためにどのプロトコ
それぞれの撮影に目的がありますが,動脈相と
ルを選択することが望ましいのか,どんな画像
実質相を組み合わせることで出血を見つけやす
所見が観察されるのかを,具体的な疾患を提示
くなるなど,撮影タイミングの組み合わせによっ
しながら解説したいと思います。
ていろいろな病態を考察することもできます。
発熱~原因がよく分からない場合
撮影タイミングと重症患者で観察されやすい
発熱の原因は,現病歴,身体所見や生化学所
病態を表1にまとめましたので参考にしてくだ
見から想定することが比較的容易なことが多い
さい。繰り返し造影CT撮影が行われている場
と思います。しかし,精査しても原因を特定で
合には,造影剤は急速静注されていることが多
きず,CT検査による評価が行われることもしば
く,Dynamic CTないしはDynamic造影CTとも
しばあります。
言われています。日常のCT検査室では,
「ダイ
不明熱の原因としては,感染症や膠原病,悪
ナミックお願い」と言っていることもあります。
性腫瘍など多岐にわたります。CTでは感染症や
Dynamic CTでの造影剤投与速度は,秒間3~
悪性腫瘍を診断できることが多く,血管炎や間
5mLと早く,造影用の留置針は20Gを選択さ
質性肺炎などの画像所見から膠原病の存在を疑
れることが多いです。
うことができる場合もあります。
また,プロトコルの考え方で大変重要なこと
造影剤の使用に関しては,胆管炎や胆嚢炎な
があります。それは,急性冠動脈症候群や肺動
どの胆道系疾患,腎盂腎炎,肝被膜炎や腹膜炎,
脈血栓塞栓症などの特定の疾患を観察するため
膿瘍など,造影剤を使用することで診断が容易
のプロトコル(rule-in)を選んでいるのか,熱
になる疾患もあり,造影剤が投与できない状況
があるけれどもどこが原因か分からないための
でなければ,なるべく造影CTを行うべきと考え
全身検索や,内科的対処療法が可能かそれとも
ています。造影CTに先がけて,胆石や腎結石
開腹術が必要な重篤な疾患を否定する急性腹症
などの石灰化病変を観察するために非造影CTに
精査のためのプロトコル(rule-out)を選んだ
よる評価を行うことも忘れてはいけません。
のか,プロトコルを選択した目的を明確にする
また,肺炎に関しては造影剤を使用しなくて
ことです。目的意識をはっきりと持たずに,
「と
も鑑別可能です。肺野の評価に関しては,冠状
りあえず,造影剤を使わないCTを撮影してか
断像などの再構成画像を駆使して,肺野病変の
ら…」というCT検査は,百害あって一利なし
分布から感染症なのか非感染症なのかを診断す
ということを肝に銘じておいてください。
ることが可能です。ただし,縦隔リンパ節腫大
や縦隔膿瘍,肺炎の原因として考えられる肺癌
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画像2:造影CTのタイミング
*
動脈相:胸部∼腹部大血管(*)に着目してください。
造影効果が他の臓器と比べても明瞭であり,そこか
ら分岐する腹腔動脈( )
,上腸間膜動脈や腎動脈
などの血管病変まで診断可能です。
門脈相:門脈は,上腸間膜静脈と脾静脈が合流した太
い静脈系の脈管で,肝臓の血流の3分の2を提供し
ています。肝内に入ると左右肝内門脈に分岐します
( ;左肝内門脈)
。門脈側副路による静脈瘤病変や
肝・膵実質病変の評価を行う場合に撮影します。
実質相:腹部実質臓器の病変を観察する場合に一般的
に撮影されています。腹部実質臓器が均一に造影さ
れることで,炎症や虚血,壊死などの循環障害の評
価に利用します。
遅延相:主に腎尿路( ;尿管, ;腎杯)および膀
胱病変の評価に利用します。同じタイミングでの撮
影で大腿静脈や下大静脈にある血栓の評価を行うこ
とも可能です。
*
肺動脈相:肺動脈内の血栓を評価する時に撮影をしま
す。肺動脈本幹(*;右は胃動脈本幹)レベルの太
い血管から二次分岐までの細い肺動脈内の血栓まで
観察することができます。以前は,肺血流シンチグ
ラフィーで肺動脈内の血栓を評価していましたが,
現在は造影CTによる評価をまず行う施設が増えて
いると思います。
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冠動脈相:冠動脈を血管撮影することなく,非侵襲的
に血管内腔を評価することができます。血管撮影で
は観察することが難しい血管壁の石灰化を観察する
ことも可能です。冠動脈CTを撮影するには,高性能
なCTと患者の心拍のコントロールが必要になり,
ワークステーションによる再構成画像を作成しなけ
ればなりません。