重質油等高度対応処理技術開発事業(委託事業) 「詳細組成構造解析-重質油の詳細分析技術の確立」 ペトロリオミクス研究室 ○片野恵太、鈴木昭雄、田中隆三、中岡哉徳 1.研究開発の目的 ペトロリオミクス基盤技術開発では重質油の分離、分析、解析を組み合わせた 詳 細組成構造解析を行っている。分析においては超高分解能質量分析装置であるフ ー リ エ 変 換 イ オ ン サ イ ク ロ ト ロ ン 共 鳴 方 式 の 質 量 分 析 計 ( FT-ICR MS) を 用 い た 分 子 レベルの情報を活用する技術開発を平成23年度から取り組んできた。さらに開発 し た技術を実証開発の推進に活用している。 ペトロリオミクス基盤技術の1つである分子反応モデリングやデータベース構 築(ペトロインフォマティクス)では図1.1のように重質油の分子構造を用いて 詳細な反応挙動解析や高度な物性推算を行う。ここで、分子構造としては分子式 よ りもさらに詳細な分子のパーツが必要である。 図1.1 基盤技術開発における詳細組成構造解析の役割 本研究では分子反応モデリングや物性推算で必要となる分子構造として分子の パーツを決定するために、分子を分解するCID(Collision Induced Dissociation) 法によりコア構造(芳香環、ナフテン環、ヘテロ環からなる環構造)を観測・解 析 する技術の開発を行った。 2.研究開発の内容 2.1 FT-ICR MS分析 本 研 究 で 用 い て い る 超 高 分 解 能 質 量 分 析 計 で あ る FT-ICR MS装 置 外 観 と 測 定 原 理 を 図 2 . 1 - 1 に 示 す 。 FT-ICR MSは イ オ ン 化 し た 分 子 イ オ ン を 超 伝 導 マ グ ネ ッ ト の中心部のICRセル内に導入して質量測定を行う。ICRセル内では分子イオンが 外 部 磁 場 か ら 受 け る ロ ー レ ン ツ 力 に よ っ て ICRセ ル の 軸 方 向 と 垂 直 な 面 内 で 回 転 運 動 を 行っている。このとき、回転運動をしている分子イオンの集団は様々な質量のも の が 存 在 す る が 、 ICRセ ル の 側 面 側 か ら 特 定 の 周 波 数 で 電 圧 を 印 加 す る と そ の 周 波 数 に対応した質量の分子イオンがそろって運動を行う。この現象はイオンサイクロ ト ロ ン 共 鳴 と 呼 ば れ て お り 、 FT-ICR MSは イ オ ン サ イ ク ロ ト ロ ン 共 鳴 を 利 用 し た 質 量 分 析 計 で あ る 。 ICRセ ル 側 面 に 設 置 さ れ た 計 測 器 付 近 で イ オ ン 集 団 が 通 過 す る 際 に 発生する誘導電流をフーリエ変換することで数千以上の成分の質量スペクトルが 一度の測定で得られる。 図2.1-1 FT-ICR MSの装置外観(左)と測定原理(右) FT-ICR MSの最大の特徴は分解能の高さである。図2.1-2に同一試料FT-ICR MSとTOF-MSの比較を示す。TOF-MSでは0.4Daの幅に3本程度のピークが分離でき て い るが、FT-ICR MSはさらに数十本のピークの分離が可能である。 また、分解能の高さからFT-ICR MSでは分子量を小数点以下第4位まで求められ る ことから、分子の精密な分子量が得られる。そこで、原子の精密質量から求めた分 子量とFT-ICR MSから求めた分子量の比較により分子式を決定することができる。 図2.1-2 2.2 TOF-MSとFT-ICR MSの比較 CID測定の概要 CID( Collision Induced Dissociation: 衝 突 誘 起 解 離 ) で 分 子 が 分 解 さ れ る 過 程 を 図 2 . 2 - 1 に 示 す 。 FT-ICR MS装 置 内 で は イ オ ン 源 で 発 生 し た 分 子 イ オ ン が コリジョンセル内で分解される。電場中で加速した分子イオンをコリジョンセル 内 のArガスに衝突させて分解する。このとき、側鎖や架橋が切断される程度に分解 を 行うことで、ICRセル内ではコア構造がフラグメントイオンとして観測される。 図2.2-1 2.3 CIDで分子が分解される過程 イオン化法 本検 討では 分子 のイオ ン化 法とし て APPI( Atmospheric Pressure Photo Ionizati on :大 気圧光 イオ ン化) 法と LDI(Laser Desorption Ionization:レ ーザ ー脱 離イオ ン 化)法 を用 いた。APPI法は スプレー で噴霧 され た液体 試料 を加熱 によ って気 化し 、紫 外 光 の 照 射 に よ っ て イ オ ン 化 を 行 う 。 LDI法 は プ レ ー ト 上 に 塗 布 し た 試 料 へ レ ー ザ ー を 照 射し 、加熱 による 気化 の過程 を経 ずに脱 離と イオン 化を 行う 。減圧 残渣の 分画 物のう ち Sa、 1A、 2A、 3A+、 Poは APPI法 で イ オ ン 化 し た 。 ま た 、 PAと Asは APPI法 で は 感 度 が 大 き く低下 して 測定が 困難 であっ たた め、LDI法に よって イオ ン化し た。APPI法と LDI法の 概 要を図 2. 3-1 と図 2.3 -2 に示す 。 試料を噴霧 UV 光により イオン化 2.4 図 2.3 -1 APPI法の 概要 図2.3-2 LDI法の概要 CID前後の測定条件 全ての測定はFT-ICR MSにてプラスイオンモードで行った。イオン集積時間は0.2 ~1secとし、積算回数は100回とした。CIDで発生するフラグメントイオンは質量 電 荷比が50~500の低分子量のため、CID測定はコリジョンセル以降の装置部位(Tran sfer Optics、ICRセル)を低分子イオン用の設定値に変更して行った。また、コリ ジョンセル内に分子イオンを導入する際の運動エネルギー(分解エネルギー)は、 不 飽 和 度 分 布 の 変 化 が 安 定 し 主 要 な ピ ー ク が Planar aromatic limit付 近 に 分 布 す る25~30eVに調節した。 CID前 の 測定を行う場合は標準試薬APCI-L Low Concentration Tuning Mix(アジ レント・テクノロジー㈱製)を用い て 外部キャリブレーションを行った。CID 後の 測 定 を行う 場合 は表2 .4 -1の 標準 物質を 同一 濃度 となるよう調整した混合溶液で外 部キャリブレーションを行った。 表2.4-1 混合溶液に用いた標準物質 名称 分子式 分子量 Naphthalene C10H8 128 Phenanthrene C14H10 178 Pyrene C16H10 202 3,4-Benzopyrene C20H12 252 Naphto[2,3-a]pyrene C24H14 302 5,6,11,12-Tetraphenylnaphthacene C42H28 533 測 定 試 料 は 減 圧 残 渣 の 各 分 画 ( Sa、 1A、 2A、 3A+、 Po) を 用 い 、 APPI法 で は 試 料 の 注 入 に 250μ Lシ リ ン ジ を 用 い て 流 量 は 200μ L/hと し た 。 ま た 、 LDI法 で の 外 部 キ ャ リ ブ レ ー ション はAPPIイ オン源を 用いて 行っ た。 2.5 データ処理とコア構造解析 ピ ー ク 検 出 、 m/zの 較 正 、 ピ ー ク の 帰 属 は Composer( Sierra Analytics社 製 ) を 用いて行った。また、データの視覚化や解析には当研究室で内製しているソフト ウ ェア(Composition & Structure Visualizer, CSV )を用いた。 コア構造解析のため図2.5-1のようにリストを作成した。コア構造リスト は 基本となる芳香環にナフテン環を追加し、さらにヘテロ環を追加して作成した。芳 香環の種類は0環から8環まで、ナフテン環は0環から4環までとした。ヘテロ環は 図 2.5-2の11種類の中から1つを選択することとした。 図2.5-1 コア構造リスト作成の流れ 図2.5-2 ヘテロ環の組合せ 3.研究開発の結果 3.1 コア構造解析 図3.1-1上段に減圧残渣の3A+のフラグメントイオンのMSスペクトルを示 す 。 フラグメントイオンの分子量は500程度までであり、3A+では774個観測された。774 個のピークのうちコア構造リストとの比較から、フラグメントイオンにコア構造 が 決定できたピークと決定できなかったピークを図3.1-1中段、下段に示す。コ ア 構 造 が 決 定 で き た ピ ー ク は 661個 で あ り 、 661個 の ピ ー ク 強 度 総 量 は 全 体 の 90%程 度であった。 減圧残渣 3A+ CID データ全体 ピーク数:774 コア構造を決定 できたピーク ピーク数:661 コア構造を決定 できなかったピーク ピーク数:113 図3.1-1 減圧残渣の3A+のフラグメントイオンのMSスペクトル その他の分画(Sa、1A、2A、Po、PA、As)でもフラグメントイオンの分子量は50 0以下であった。このことから、分子のパーツのうちコア構造の分子量の上限は500 とする。 今回の解析で用いたコア構造リストの範囲の概要を図3.1-2に示す。芳香環 、 ナフテン環、ヘテロ環の全ての組合せでコア構造を作成した場合、コア構造の総 数 は1975個となる。但し、コア構造の分子量は500以下のため分子量500を越えるコ ア 構造をコア構造リストから除くと、実用コアは1149個である。 図3.1-2 コア構造リストの範囲 コア構造リストにて帰属できたピーク強度総量の割合は3A+で90%程度であり、そ の他の分画でも同程度の割合であった。このことから、今回用いたコア構造リス ト は減圧残渣の各分画をほぼ包括できると考えられる。 3.2 コア構造の分布 減圧残渣のSa、1A、2A、3A+、Poのコア構造の分布を図3.2-1に示す。図3 . 2-1ではコア構造の量を色で表示した。また、コア構造分布の横軸はナフテン 環 の数、縦軸は芳香環の固有番号である。また、図3.2-1はヘテロ環11種を合 計 して表示した。図3.2-1から各分画ともコア構造の量はナフテン環が無いも の が最も多く、ナフテン環の増加とともにコア構造の量が減少する傾向であった。ま た、SaからPoの順で芳香環数は増え、Poでは最大7環の芳香環が確認された。 図3.2-1 Sa、1A、2A、3A+、Poで決定されたコア構造の分布 4.まとめ ・本研究では分子反応モデリングや物性推算で必要となる分子構造として分子のパーツ を決定するためにコア構造(芳香環、ナフテン環、ヘテロ環からなる環構造)を得る ため、FT-ICR MS に CID を組み合わせた測定・解析方法の確立を行った。 ・今回作成したコア構造リストによって減圧残渣の各分画で観測されるコア構造をほぼ 包括的に表現できることが分かった。 ・コア構造解析の結果、減圧残渣の分画物である Sa、1A、2A、3A+、Po において、コア 構造の量はナフテン環が無いものが最も多く、ナフテン環の増加とともにコア構造の 量が減少する傾向であった。また、Sa から Po の順で芳香環数は増え、Po では最大 7 環の芳香環が確認された。
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