超純水は微量元素がほとんど除去されてしまい,生育

第 2 章 培養に影響する要因
表 2―3―5 Wickerham 培地の組成( 1 L あたり)
グルコース
10〜100 g
ビオチン
2 µgc
硫酸アンモニウム
3.5 ga
パントテン酸カルシウム
リン酸 1 カリウム
1.0 ga
葉酸
硫酸マグネシウム 7 水和物
0.5 ga
イノシトール
塩化カルシウム 2 水和物
0.1 ga
ナイアシン
400 µgc
塩化ナトリウム
0.1 ga
p―アミノ安息香酸
200 µgc
塩化鉄(Ⅲ)6 水和物
200 µgb
ピリドキシン塩酸
400 µgc
硫酸亜鉛 7 水和脱
400 µgb
リボフラビン
200 µgc
40 µgb
チアミン塩酸
400 µgc
硫酸マンガン 5 水和物
400 µgb
アスパラギン
1.5 g モリブデン酸ナトリウム 2 水和物
200 µg
L―ヒスチジン
10 mgd
ホウ酸
500 µgb
DL―メチオニン
20 mgd
ヨウ化カリウム
100 µgb
DL―トリプトファン
20 mgd
硫酸銅 5 水和脱
b
400 µgc
2 µgc
2,000 µgc
a 多量無機成分として 10 倍濃度の混合液を作製し,培地 1 L に 100 mL 添加
b 微量無機成分は,それぞれの 1,000 倍濃度の溶液を調製し,等量混合し冷蔵保存。培地 1 L に 7 mL 添加
c ビタミンは,それぞれの 1,000 倍濃度の溶液を調製し,等量混合し冷凍保存。培地 1 L に 9 mL 添加
d 微量アミノ酸は,それぞれの 1,000 倍濃度の溶液を調製し,等量混合し冷凍保存。培地 1 L に 3 mL 添加
受けやすい実験には向きません。逆に,超純水は微量元素がほとんど除去されてしまい,生育が
悪くなることがあります。そもそも,グルコースなどにかなりの濃度の不純物が含まれているの
で,超純水を使ってもあまり意味がありません。特に,寒天には様々な不純物が含まれています
ので,寒天培地に超純水を使うのはコストがかかるだけでナンセンスです。
2.3.3 主な培地成分の特徴と注意点
半合成培地を構成するエキス類やペプトン類は,製品によって成分に大きな違いがあります。
コラム 培
地組成の調べ方
培養に関する文献 9 )〜13 )の巻末には種々の培地組成が掲載されており,培地組成だけをまとめた
文献
14)
もあります。菌株分譲機関( JCM・NBRC など)のカタログにも掲載されており,これらは
各機関の URL でも閲覧できます。ある微生物の培養に適切な培地をインターネット検索する場合,
medium と pH に加えて,培養したい微生物の学名と培地成分をキーワードにするとよいでしょう。
例 1 medium pH Lactococcus“ yeast extract ”
例 2 medium pH Bacillus MgSO4(検索する際「 MgSO4 」の「 4 」は下付文字でなくてよい)
キーワードに pH を入れる理由は,組成が掲載されていれば,ほとんどの場合,pH も掲載されてい
るからです。酵母エキスはもっともスタンダードな培地成分であり,MgSO4 はほとんどの無機塩培地
に含まれている成分です。これらのキーワードを入れることによって,目的ではないページを排除す
ることができます。合成培地を検索したい場合は,(NH4)2SO4 か NH4Cl をキーワードに入れると
よいでしょう。これらは半合成培地には入っていないことが多いからです。
38 2.3 培地条件
ここではその代表例としてペプトンと酵母エキスについて解説します。
⑴ ペプトン
ポリペプトンとも呼ばれることがあり,培地には主に窒素源として添加されますが,pH 緩衝
剤としても働いています。あるメーカーのポリペプトン製品の原料と特徴を表 2―3―6 に示しま
した。原料によって含まれる成分の質や量に違いがあることが分かります。また,何度も述べて
いますが,ロットが異なればメーカーが保証している成分以外については同一であるとは限らな
いことに注意が必要です。また,製品間で価格にも大きな違いがありますので,たとえラボで使
用する場合であっても,大量に使用する時は,どのエキスを使うかは対費用効果も考えて決めた
方がよいでしょう。
⑵ 酵母エキス
酵母エキスは,文字通り,酵母の細胞を構成している成分を抽出したものですので,基本的
に,微生物の生育に必要な栄養
素は一通り揃っており,アミノ
表 2―3―6 ポリペプトンの原料と特徴
酸,核酸,ビタミン,無機成分
などの供給源として培地に添加
製品名
原料
ポリペプトン
カゼイン
アミノ酸に富む
トリプトファンが多い
します。しかし,原料とする酵
母には,パン用酵母,ビール酵
母,
など様々な
ものがあり,製造方法にも自己
消化法と酸加水分解法があり,
その成分は千差万別です。酵母
エキスは, 表 2―3―7 に示した
特徴
含硫アミノ酸が少ない
ポリペプトン P1
獣肉
含硫アミノ酸が多い
ポリペプトン S
大豆ミール
ポリペプトン Y
卵黄タンパク質
ビタミンが含まれる
ビタミン B1 に富む
大豆の糖質を多く含む
表 2―3―7 酵母エキス製品間の組成の違い
ように,メーカーが異なればそ
A 社製
B 社製
の組成は全く異なり,以下に示
原料酵母
Brewer’s yeast
Baker’s yeast
表示なし
すように培養の結果に大きく影
全窒素
7.6%
10.5%
9.7~10.7%
アミノ態窒素
2.6%
7%
5.5~6.5%
重金属
16.2 ppm
8.5 ppm
表示なし
響します。従って,研究の早い
段階で,どの酵母エキスが自分
コラム 自
分用の培地組成を開発する醍醐味
培地に関して記述された成書や菌株分譲機関のカタログに記載されている培地は,同じ名称の培地
であっても,出典によって成分や量に違いが見られる場合が少なくありません。各培地には,適用で
きる微生物名が示されている場合もありますが,なぜその成分と量になったのかが記述されているも
のはほとんどありません。原著論文には,なぜその成分をその濃度で使うのかが書かれている場合が
ありますが,当然のことながら,その培地は論文で用いた微生物のための培地です。従って,その論
文と異なる菌株を使うのであれば勿論のこと,たとえ同じ菌株を使う場合であっても,培養の目的が
異なっていれば,培養に際してはそれ専用の培地を開発する必要があります。自分専用の培地を開発
することは培養をする人の醍醐味ともいえます。
39 の培養目的に適しているかを試してみるこ
とをお勧めします。
図 2―3―1 は,2 種類の白色腐朽菌(シイ
タケ菌)を 4 つのメーカーの酵母エキスを
それぞれ 0.1%添加した培地で培養した結
果を示しています。酵母エキス A と D は
乾燥菌体重量[mg・L−1]
第 2 章 培養に影響する要因
1.2
H606株
SR-1株
H606株
SR-1株
0.8
0.4
00
の生育に促進効果は見られませんでした。
酵母エキス B と C はどちらの株の生育に
も あ ま り 効 果 が あ り ま せ ん で し た が,
H606 株の酵素(ラッカーゼ)の生産を著
しく促進しました。このように酵母エキス
のメーカー(製品)の違いが培養結果に及
ラッカーゼ[units・L−1]
SR 1 株の生育を促進しましたが,H606 株
80
40
0
A
エキス,ペプトンなどをいろいろ試して,
C
D
A
B
C
D
酵母エキス製品
ぼす影響は大きく,かつ,複雑です。半合
成培地を使う場合には,酵母エキス,麦芽
B
図 2―3―1 ‌2 種の Lentinula deodes の増殖とラッカー
ゼ生産に及ぼす酵母エキスの影響
目的に合った適切な製品を選ぶことが成功の鍵になります。
2.3.4 加熱滅菌によるメイラード反応と pH の変動
還元糖とアミノ酸などの 1 級アミンを加熱すると褐変します。これは,アミノ化合物と糖が縮
合してシッフ塩基が形成され,褐色メラノイジン※22 が生成するためで,メイラード反応と呼ば
コラム 酵
母エキスの製法
パ ン 酵 母 や ビ ー ル 酵 母( Saccharomyces cerevisiae ), パ ル プ 廃 液 の 処 理 に 用 い た 酵 母
( Candida utilis )などが主な原料です。液胞に含まれる加水分解酵素を放出させて自己消化させて
製造するのが一般的ですが,酸加水分解して製造することもあり,このようなエキスにはかなりの濃
度の塩化ナトリウムが含まれています。自己消化は,酵母の懸濁液に,酢酸エチルなどの有機溶媒か,
界面活性剤などを加え,液胞の膜を破壊することによって開始します。これらの操作によって液胞か
ら放出されたプロテアーゼ,ヌクレアーゼ,グルカナーゼなどの加水分解酵素によって,酵母の構成
成分であるタンパク質,核酸,多糖などが分解され,エキスとして抽出できます。その後,不溶性物
質を遠心分離か濾過で除去し,濃縮して噴霧乾燥したものが酵母エキスになります。酵母エキスの成
分は,酵母の種類や培養条件によって異なるであろうことは容易に想像できると思いますが,たとえ
同じ酵母を用いても,自己消化の条件を少し変えるだけで,得られるエキスの質は大きく異なります。
酵母には主なプロテアーゼとしてエンド型とエキソ型がそれぞれ 2 種類ずつありますが,これらの酵
素の至適 pH と至適温度は全て異なっています。このため,pH,温度,自己消化の時間が少し違うだ
けで,エキスのアミノ酸組成は大きく変化します。このように酵母エキスは同じものを作るのがとて
も難しく,極論すれば,販売実績のあるメーカーの製品であっても,ロットが変われば酵母エキスは
別物になると考える方が無難です。
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