有機化学 III 演習問題 6 《問 1》次の反応で得られる生成物 A∼E を構造式で書け。 HN 1) O O 2) A H+ NaCN B H HCl O H2N-NH2 3) 1) NaOH, 200 °C D C EtOH O 2) H2O H2C=P(C6H5)3 E 4) Et2O 《解説》 1)カルボニル基とアミン類の反応 はエナミンが生成 ⇨ 第 1 級アミンからはイミン、第 2 級アミンから 第 1 級アミン類との反応は次のようになる。アミンが求核剤としてカルボニル炭素を攻 撃し、アミンがカルボニル基の二重結合に付加し、ヘミアミナール(hemiaminal)を 生成する。ヘミアミナールは容易に脱水して、熱力学的により安定なイ ミ ン ( imine ) (Schiff 塩基とも呼ぶ)を生成する。このように、水やアルコールのような簡単な分子 が脱離することによって二分子が共有結合で結ばれる反応を縮合(condensation)と 呼ぶ。この反応は平衡であり、イミンを単離するためには生成する水を除く必要がある。 H R O R + H2N R' R R N O H R' H R N R' R OH Hemiaminal -H2O R N R' R Imine (Schiff base) 一般的にはイミンを単離することなく、還元アミノ化反応(reductive amination) (アミノ基のアルキル化反応、21-6 参照)のように、引き続き次の反応に使用する。 第 2 級アミンも第 1 級アミンと同様にヘミアミナールを生成するが、窒素上に水素が ないので、イミンになれない。しかし、α炭素に水素がある場合には脱水が起こり、 エナミン(enamine)を生成する。 1 R' R R' + O R HN R N R R' R' H H R α N R' R' O H -H2O OH R Hemiaminal R' N R' R C H R Enamine 問題では cyclohexanone に pyrrolidine(第 2 級アミン)が反応するので、エナミンで ある 1-(cyclohex-1-en-1-yl)pyrrolidine が生成する。 O + HN H H N N OH O H+ -H+ N OH H+ H H N -H+ N -H2O N O H H 2)カルボニル炭素へのシアン化物イオンの付加 O CN H O CN H H CN ⇨ シアノヒドリンの生成反応。 HO CN H + CN シアン化ナトリウムと強酸の塩酸が反応してシアン化水素(猛毒)が発生するので、合 成では極めて要注意である。一般的には濃塩酸を少量ずつ注意深く滴下しながら反応させ る。生成したシアノヒドリン(cyanohydrin)のシアノ基は加水分解するとαヒドロ キシアミドやαヒドロキシカルボン酸(防腐剤の原料)に、また、還元するとβヒ ドロキシアミンに変換できるので、有機合成上有用である。さらに、アルデヒドをアンモ ニアと反応させてイミンとした後、シアン化水素と反応させるとシアノヒドリンに相当す る「アミノヒドリン」が生成し、これを酸性条件下でシアノ基を加水分解すると、アミノ 酸が合成できる(Strecker 合成法、26-2 参照) 3)塩基性条件下、カルボニル基のメチレンへの還元反応 ⇨ Wolff-Kishner 還元 カルボニル基のメチレンへの還元反応には3つの方法がある。酸 性 条 件 下 で行う Clemmensen 還元(concd. HCl/Zn(Hg)/heat)、中性条件下で行うチオアセタール /脱硫反応、そして塩基条件下で行う Wolff-Kishner 還元である。反応する基質に応 じてどの還元反応を使うかを決める。 この問題では、カルボニル基とヒ ド ラ ジ ン ( hydrazine ) の反応からヒ ド ラ ゾ ン (hydrazone)へ変換し、単離せずに引き続き強塩基条件下で加熱することで窒素の遊 離を伴って還元が完了する、いわゆる Wolff-Kishner 還元である。Wolff-Kishner 還元 の脱窒素では高温が必要であり、高沸点の溶媒であるジエチレングリコールやトリエチレ 2 ングリコールなどが使われる。 H O O H2N-NH2 H HN NH2 HO N N NH2 NH2 "Hydrazone" N H N H N OH H N N H H N N H OH N OH H "Hydrazone" N N H H OH -N2 H H H 4)カルボニル基のアルケンへの変換反応 ⇨ Wittig 反応 リンイリドを用いるカルボニル基のアルケンへの変換反応で、Wittig reaction(ウ ィッティッヒ反応)という。カルボニル基という特定の位置で、二重結合を形成できる 有機合成上極めて有用な反応。 まず、リンイリド(phosphorus ylide)の生成を行う。求核試薬であるトリフェニルホ スフィン(triphenylphosphine)がハロゲン化メチルに SN2 反応を起こし、ハロゲン化 メチルトリフェニルホスホニウム塩を生成する。この塩のリン原子は陽性なので隣の炭素 の水素は酸性(プロトンとして離れやすい)となっている。よって、強塩基で処理するこ とで脱プロトンが起こり、リンイリド(phosphorus ylide)が生成する。 「イリド(ylide)」 とは陰性の炭素の隣に陽性のヘテロ原子が共有結合した双性イオン(zwitter ion) のことである。リンイリドは電荷を持たないリンが原子価殻の拡大を起こした構造(リン と炭素が二重結合構造)と共鳴しているが、寄与は小さい。共鳴ではオクテット則が優 先し、電気陰性度の大きい炭素(2.6)が負、リン(2.2)が正に帯電した電荷分離型構造 の寄与が大きい。 H X CH3 PPh3 X H2C PPh3 B Methyltriphenylphosphonium salt PPh3 O H2C PPh3 O CH2 Phosphorus betaine H2C PPh3 H2C=PPh3 Phosphorus ylide Ph3 P O CH2 CH2 + O PPh3 Oxaphosphacyclobutane or oxaphosphetane 3 次に、求核剤であるリンイリドがカルボニル炭素を求核攻撃し、リ ン ベ タ イ ン (phosphorus betaine)が生成する。ベタインとは分子内の隣り合わない位置に正 電荷と負電荷を持つ双性イオン(zwitter ion)のこと。リンベタインは電荷分離型なので 不安定で、直ちにリンとカルボニル酸素が結合してオ キ サ ホ ス フ ァ シ ク ロ ブ タ ン ( oxaphosphacyclobutane ) またはオ キ サ ホ ス フ ェ タ ン ( oxaphosphetane ) と呼ばれる四 員 環 構 造 の 化 合 物 となる。続いて、安定なトリフェニルホスフィン (triphenylphosphine oxide)が生成するように分解し(四中心反応)、結果としてもと もとカルボニル基であった位置にアルケンが構築される。 生成するアルケンの立体化学は、用いるリンイリドや基質のカルボニル化合物に影響さ れる。一般に、不安定化リンイリドとの反応ではリンベタインが安定化するように進行し (速度支配) 、cis 体(Z 体)が優先する。また、共役系により安定化されたリンイリドと の反応ではオキサホスフェタンの生成が平衡となり、熱力学的に安定な trans 体(E 体) へと反応が傾く。 4 《問 2》次の Baeyer-Villiger 酸化で優先的に得られる生成物を構造式で書け。 CH3CO3H O CH2Cl2 《解説》 Baeyer-Villiger 酸化とは、過酸を使ってケトンをエステルに変換する酸化反応で、 一般式は次の通り。 O H3C C OO-H O R O R' O R Ketone O R' + HO CH3 Ester Rearrangement Mechanism O R H O R R' O R' O O H O O O CH3 CH3 I 過酸によるカルボニル基の活性化(ケトンカルボニル基のプロトン化)の後にペルオキ シアニオンによるカルボニル炭素への求核攻撃でヘミアセタール中間体 I(カルボニル基 に対する過酸の付加体)が生じる。続いて中間体 I における過酸由来のカルボニル基への 水素移動による元のケトンのカルボニル基の再生と共に、置換基 R または R の転位反応 (rearrangement)が起こる。転位反応はアニオン転位(anionotropy)で、電子過 剰(electron-rich)な置換基ほど転位し易い。すなわち、三級炭素が最も転位しやすく、 次いで二級炭素とフェニル基、次に一級炭素、最後にメチル基の順に転 位 す る 傾 向 (migratory aptitude)がある。これはカルボカチオンの安定性の傾向と同じである。 Migratory aptitude C 3° > CH 2° ≈ > Ph CH2 R 1° > CH3 CH3 > H H 問題では過酢酸がカルボニル基に付加した後、ヒドロキシル基が脱プロトンしてカルボ ニル基へ再生する時(A)、炭素炭素結合が切れてつなぎ換えが起こる。この切れて移動 する炭素アニオンが一級炭素(1 )と三級炭素(3 )で競争する。三級炭素の方が超共役 により電子豊富なのでより陰性(カルボカチオンで考えると、1 炭素より 3 炭素の方が安 定 = できやすい)であり、よって、三級炭素の方がペルオキシ酸素と結合して、転位が 完了する(赤矢印)。 5 3° CH3CO3H O O O 3° + O O CH2Cl2 1° O CH3 O CH3 O H HO O 1° O A 《問 3》次の異性化の反応機構を示せ。 O H H O H D D2O/NaOD 《解説》 カルボニル基のα位にある水素(α 水 素 )はカルボニル基の電子求引性のために酸 性 (p K a = 16 21)である。よって、重水酸化ナトリウムから生成した重水酸化物イオンが α水素をプロトンとして引き抜き、エノラートイオン(enolate ion)が生成する。エ ノラート(enolate)はアンビデント(ambident) (2 カ所で反応できる)であり、カル ボアニオンが重水から重水素イオンを獲得することによって、生成物となる。ただし、実 際にはα水素はまだ 3 つ残っており、すべてのα水素は重水素化される。 O H H OD O O H H D OD O H D Enolate ion ここでエノラートイオンはアンビデントなイオンなので、C-重水素化と O-重水素化の両 方が考えられる(化学平衡)。しかし、C−D と O−D の結合の強さを比較すると、C−D の結合の方が強い(pKa が大きい = 切れにくい)ので、反応はα炭素で優先的に起こる(エ ノール体の O−D 結合は切れてエノラートに戻りやすいが、C−D 結合は切れにくいので、 ケト体はエノラートに戻りにくい)。 6
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