基礎物理学 Ia – 講義ノート

基礎物理学 Ia – 講義ノート
物質理学研究科
高橋 慶紀
平成 24 年度 (2012) 前期
概 要
基礎物理学 I の講義は、大学の専門教育で必要となる物理学の基礎的な素養を養う目的で平
成 20 年度に新設された科目です。この講義ノートは、学生の予習、復習の便宜をはかるために
学内向けに公開するものです。この趣旨をよく理解し、大いに活用してもらうことを期待してい
ます。
1
[第 2 回] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
1
力学の基本 – 運動学
運動学と力学
この章では、運動学について説明する。運動学は古典力学の一部門で以下の特徴が
ある。後で述べる力学との違いについてもよく理解しておく必要がある。
• 運動学では運動の原因には触れず、物体の運動を数学的にどのようにしてうまく記述するか
に関心がある。物理学の原理とは無関係な運動を記述するための数学的な手段と考えること
ができる。
• 物体の位置の移動を、その時間変化に対応させて理解しようとするものである。
• 大きさのある物体 (剛体と呼ぶ) については、物体の全体として位置の移動と、ある軸の回り
の回転とに分けられる。
一方で力学とは、Newton 力学のことを指す。運動の法則という物理学の原理に基づいて、すべ
ての物体の運動を説明しようとするもの。
Newton 力学は、その後の研究によって数学的により洗練された形に表されることが知られてい
る。それらを解析力学と予備、特にラグランジュ力学、ハミルトン力学がよく知られている。
位置ベクトルと速さ
物体の運動の記述の基本は、ある時刻におけると物体の位置とその変化を
どのように記述するかにある。次の 2 つのベクトルが定義される。
• 物体の位置ベクトル: r = (x(t), y(t), z(t))
原点が O のある座標軸を用いたとき、座標の値を成分にもつベクトル。次のように表すこ
ともできる。
r(t) = (x(t), 0, 0) + (0, y(t), 0) + (0, 0, z(t)) = x(t)i + y(t)j + z(t)k
i, j, k は単位ベクトル。
• 物体の位置の移動、つまり位置の時間変化を表す速度ベクトル: v
位置と速度はベクトルであることに注意、それぞれに対してスカラー量も定義できる。
それぞれの座標成分 (スカラー) x(t), y(t), z(t) を時間の関数と見なし、それらの時間変化を用
いて運動が記述できる。
これらのベクトルに対して、2つのスカラー量を定義することができる。
1. 移動距離 (位置ベクトルに対し)
運動の道筋に沿って移動した距離が移動距離である。r(t) = |r(t)| は、原点からの距離であ
り移動距離とは異なる。
2. はやさ (速度に対し)
例えば 1 次元の運動を考えた場合、移動距離は符号を持たないのに対し、座標は正負の符号を持つ。
平均速度と瞬間速度
速度は、時間の経過に対する位置の移動の程度を表すベクトルである。長い時間をかけての座
標の移動の程度を表すのが平均速度であり、短い時間間隔での移動の程度を表すのが瞬間速度で
ある。
2
平均の意味
n 個の値 a1 , a2 , · · · , an の平均値は次のように定義されている。
1∑
ai
n i=1
n
⟨a⟩ = a
¯=
一方、平均速度は時刻 t0 のときの座標 x(t0 ) = x0 、時刻 t1 のときの座標 x(t1 ) = x1 に対し次の
ように定義される。
平均速度 : v¯ =
x1 − x0
,
t1 − t0
t1 における座標: x1 = x0 + v¯(t1 − t0 )
速度が一定で時間変化がないとき、その速度と平均速度は一致する。速度が一定でない場合の平均
速度が何を表すかについて考えてみる。今、t0 から t1 までの時間を n 等分して、その間の速度を
次のように定義する。
vi =
x(t0 + i∆t) − x(t0 + (i − 1)∆t)
,
∆t
∆t =
t1 − t0
n
この場合、n 個の速度の平均
v¯ =
=
1∑
1 ∑ x(t0 + i∆t) − x(t0 + (i − 1)∆t)
vi =
n i
n i
∆t
1
x1 − x0
[(x1 − x0 ) + (x2 − x1 ) + · · · + (xn − xn−1 )] =
t1 − t0
t1 − t0
v1 v2 · · ·
t0
vn
t1
x0 x1 x2
xn
図 1: 速度の平均
一方、ある時刻 t における瞬間的な速度は次のようになる。
x(t′ ) − x(t)
dx(t)
=
,
t →t
t′ − t
dt
瞬間速度: v = lim
′
∆t 時間後の座標: x(t + ∆t) ≃ x(t) + v∆t
つまり、瞬間速度は時刻 t における v − t 図における関数 x(t) の接線の傾きを表わす。ある時刻
における座標 x(t′ ) を求めるには、
′
x(t ) = x(t) +
n−1
∑
∫
t′
v(t + n∆t)∆t →
dτ v(τ )
t
n=0
ただし、∆t = (t′ − t)/n である。この結果を用いると、平均距離は次のように表すことができる。
∫ t1
1
v¯ =
dtv(t)
t1 − t0 t0
したがって、(瞬間) 速度と座標の時間変化の間に次の関係が成り立つ。
dx(t)
= v(t),
dt
∫
′
x(t ) − x(t) =
dτ v(τ )
t
3
t′
(1)
[第 3 回] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
前回の復習: 平均速度と瞬間速度
• 瞬間速度と位置ベクトル: 位置ベクトルを r(t) = (x(t), y(t), z(t)) と表したとき、これは速
度ベクトルと次の関係がある。
v(t) =
dr(t)
,
dt
∫
t
r(t) = r(t0 ) +
v(t′ )dt′
t0
• 速さ v(t) と移動距離 ℓ(t)
∫
v(t) = |v(t)|,
t
ℓ(t) =
v(t′ )dt′
t0
参考: ∆ と d の違い
∆ の定義が、∆x = x(t′ ) − x(t) であるのに対し、d を次のように定義する。
dx =
等速直線運動
dx(t)
dt,
dt
dt ≡ (t′ − t)
速度が一定の運動のことであり次の条件が成り立つ。
dx(t)
= x′ (t) = v0
dt
v0 はある定数とする。ここで微分と積分の関係として次の式が成り立つことを思い出してみよう。
∫ x
dF (x′ ) ′
dx = F (x) + C
dx′
つまり、等速直線運動については次の式が成り立つ。
∫ t
x(t) =
v(t′ )dt′ + x0 = v0 t + x0
0
平均加速度と瞬間加速度
加速度は、時間の経過に対する速度の変化率を表すベクトルである。長い時間をかけての速度の
変化率を表すのが平均加速度であり、短い時間間隔での変化率を表すのが瞬間加速度である。
平均加速度は時刻 t0 のときの速度 v0 、時刻 t1 のときの速度 x1 に対し次のように定義される。
平均加速度 : a
¯=
v1 − v0
,
t1 − t0
t1 における速度: v1 = v0 + a
¯(t1 − t0 )
一方、ある時刻 t における瞬間的な加速度は次のようになる。
dv(t)
d2 x(t)
v(t′ ) − v(t)
=
=
,
t →t
t′ − t
dt
dt2
瞬間加速度: a(t) = lim
′
∆t 時間後の速度: v(t + ∆t) ≃ v(t) + a(t)∆t
座標の場合と同様に、直線運動の場合の時間経過に伴う速度変化は v − t 図を用いることによっ
て関数のグラフとして幾何学的にとらえることが可能になる。その場合、瞬間加速度は時刻 t にお
ける v − t 図における関数 v(t) の接線の傾きを表わす。また、平均加速度についても次のように
表すことができる。
a
¯=
1
t1 − t0
4
∫
t1
a(t)dt
t0
等加速度直線運動
加速度が一定の運動のことであり次の条件が成り立つ。
dv(t)
= v ′ (t) = a0
dt
a0 はある定数とする。ここで微分と積分の関係として次の式が成り立つことを思い出してみよう。
等速直線運動の場合と同様に次の式が成り立つ。
∫
v(t) = a0 dt = a0 t + v0
この結果を用いることにより、座標の時間変化が以下のように求められる。
∫
∫
1
x(t) = v(t)dt + x′0 = (a0 t + v0 )dt + x′0 = a0 t2 + v0 t + x0
2
またこの時、次の関係が成り立つ。
dv 2 (t)
dx(t)
= 2v(t)v ′ (t) = 2a0 v(t) = 2a0
,
dt
dt
d 2
[v (t) − 2a0 x(t)] = 0
dt
つまり、v 2 (t) − 2a0 x(t) の値が時間によらず一定であることがわかる。
等速運動について
同じ速さの運動を等速運動と呼ぶ。まず、一般的にどのような等速運動が可能
であるか考えてみよう。この問題を考える前に、ベクトルの内積の微分について知っておくと便利
である。そこでまず、これについて説明する。
• ベクトルの内積の微分: 次の関係が成り立つ
dA(t)
dB(t)
d
[A(t) · B(t)] =
· B(t) + A(t) ·
dt
dt
dt
この結果は内積の定義、A · B = Ax Bx + Ay By + Az Bz 、を用いて下記のように簡単に証明
することができる。
d
dAx
dAy
dAz
dBx
dBy
dBz
[A(t) · B(t)] =
Bx +
By +
Bz + Ax
+ Ay
+ Az
dt
dt
dt
dt
dt
dt
dt
dA(t)
dB(t)
=
· B(t) + A(t) ·
dt
dt
• 等速運動のための条件
速度の大きさは内積を用いて、v 2 = v · v と表される。これを利用して、等速運動の条件、
つまり v が一定であることは内積の微分として次のように表される。
dv 2
dv · v
dv
=
= 2v ·
=0
dt
dt
dt
これが成り立つには 2 つの可能性があることがわかる。
1. 加速度 a = dv/dt がゼロの場合
速度ベクトル自身の変化が無い場合で、もちろん運動の方向の変化もないので直線運動
となる。
2. v と a が直交する場合
速さを常に一定に保ちながら、その方向だけが変化するような運動
5
1.1
直線運動と円運動
• 直線運動
最初の条件, dv/dt = 0, が成り立つ場合である。微分と積分の関係から次の結果が導かれる。
∫ t
dv(t′ ) ′
v(t) = v(t0 ) +
dt = v(t0 )
dt′
t0
つまり、ある時刻での速度の値が他のどの時刻でも保たれることを意味する。v0 = v(t0 ) を
定義すれば、座標ベクトルの時間依存性は次のように与えられる。
∫ t
∫ t
v(t′ )dt′ = v0
dt′ = v0 (t − t0 )
r(t) − r(t0 ) =
t0
t0
等速直線運動の場合の速度を、加速度に置き換えたものが等加速度運動である。つまり、
da/dt = 0 が成り立つ。したがって、加速度ベクトルは常に一定の値をもち、速度の時間変
化は次のように与えられる。
∫ t
a(a) = a0 , v(t) − v0 =
a0 dt = a0 (t − t0 )
t0
ただし、v(t0 ) = v0 と置いた。この場合、座標ベクトルと速度の関係は次の式で表される。
dr(t)
= v(t) = v0 + a0 (t − t0 )
dt
また、座標ベクトルの時間変化は下記のようになる。
∫ t
∫ t
1
r(t) − r(t0 ) =
v(t)dt =
[v0 + a0 (t − t0 )]dt = v0 (t − t0 ) + a0 (t − t0 )2
2
t0
t0
等加速度運動の例
重力の影響下で運動する物体が等加速度運動の例である。
鉛直上方向に x 軸を選ぶと、加速度ベクトルは a = (−g, 0, 0) で与えられる。y, z 軸方向の
運動が静止しているとし、x 軸方向の速度を v とすれば速度と座標の時間依存性は次のよう
に与えられる。
v(t) = v0 − g(t − t0 ),
1
x(t) = x0 + v0 (t − t0 ) − g(t − t0 )2
2
上の g は重力加速度と呼ばれる。
• 円運動
円運動は、等速運動の第 2 の条件の例であり、物体の運動がある平面内に限られる場合であ
る。この平面を xy 平面とし、z 軸の座標を z0 としたとき、物体の座標ベクトルと速度は次
のように表される。
r(t) = (r cos θ(t), r sin θ(t), z0 ),
v(t) = r(− sin θ(t), r cos θ(t), 0)
dθ(t)
dt
ただし、xy 面内の円運動の中心を原点にとった。dθ/dt は角速度と呼ばれる。一方、速度の
時間微分は次のように表される。
dv(t)
= −r(cos θ(t), sin θ(t), 0)
dt
= −r(cos θ(t), sin θ(t), 0)
(
(
dθ(t)
dt
dθ(t)
dt
6
)2
+ r(− sin θ(t), cos θ(t), 0)
)2
(
+
d2 θ(t)/dt2
dθ(t)/dt
)
v(t)
d2 θ(t)
dt2
したがって、v と dv/dt の内積について、次の結果が成り立つ。
( 2
)
dθ(t) dv
d θ(t)/dt2
dθ(t) d2 θ(t)
v·
=
v 2 (t) = r2
,
v(t)
=
r
dt dt
dθ(t)/dt
dt
dt2
ここで、dθ(t)/dt = 0 が成り立つことは、角度変数 θ(t) が時間変化しないことを意味し、座
標ベクトルは時間変化ない。物体は停止し、v = 0 が成り立つ。したがって、v > 0 の等速
条件は、次の条件が成り立つことと等価である。
d2 θ
= 0,
dt2
θ(t) = ωt + θ0
dθ/dt の時間微分がゼロであることは、この値が時間に依らない定数であることを意味する。
つまり、
dθ
d dθ
=0→
= ω,
dt dt
dt
さらにこの両辺を t について積分すれば、θ(t) = ωt + θ0 の結果が得られる。上の式の定数
ω を角周波数と呼ぶ。単位時間当たりの回転数 ν を周波数と呼ぶが、角周波数と周波数の間
には ω = 2πν の関係がある。
円運動の平面内の座標ベクトル、速度の時間変化は、結局次のように表される。
r(t) = r(cos(ωt + θ0 ), sin(ωt + θ0 )),
v(t) = rω(− sin(ωt + θ0 ), cos(ωt + θ0 ))
この結果より、回転の速さが一定で、v = rω の関係の成り立つことがわかる。
同様に加速度は次のように求められる。
a(t) =
参考: 角度の単位
dv(t)
= −rω 2 (cos(ωt + θ0 ), sin(ωt + θ0 )) = −ω 2 r(t)
dt
角度変数について微分や積分を行う場合、角度はラジアン (Radian) の単位を
用いるのが普通である。これは、円の個の長さ ℓ と半径 r の比 ℓ/r を角度として用いる。無次元
の単位である。どんな大きさの円であっても同じ角度であればこの比が等しくなる。三角関数の微
分の公式が成り立つのは、この単位を用いた場合に限られ、直角を 90 度とする単位は用いた場合
の公式は違ったものとなる。今後、角度についてはすべてラジアンの単位が用いられる。
次元と拘束条件
物体の位置座標を記述するに必要なパラメータの数を次元と呼ぶこともある。た
とえば、平面内の運動であっても円運動をする場合、極座標で表すと分かるように実質的に物体の
位置座標は角度 θ を与えるだけで決まる。したがって、この運動は実質的に 1 次元の運動である
と考えることもできる。
同じように、重力の影響下で運動する物体は、鉛直方向と水平方向の 2 方向の運動は、それぞ
れ独立に考えることができる。その場合、それぞれの運動だけに注目し、他の方向の位置座標を無
視すれば 1 次元の運動と考えることができる。
今後、運動の法則に基づいて物体の運動の時間変化を予測する場合、実質的な次元が低いほど取
扱いが容易になる。
7
[第 4 回] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
QA: 質問と答え
• Q-1: 角速度 θ˙ と角周波数 ω は同じものですか ?
A-1: θ(t) が t に関する任意の関数の場合、その導関数を角速度と呼ぶ。角周波数は、θ(t) が
時間 t に 比例する場合 の比例係数のことである。
• Q-2: ベクトルを黒板に書くとき太字にしたり、矢印を付けたりしている。
A-2: 文字によって、板書するとき太字にし難い場合もある。混在しても、どちらも同じベク
トルを表すと考えて欲しい。
• Q-3: 関数の微分に ′ が用いられるが、変数の t′ は微分ではなく、異なる変数を意味すると
して考えてよいか ?
A-3: 関数の場合は導関数であることが多いが、どちらであるかは文脈で判断して欲しい。
力と運動 – 運動の力学
2
2.1
運動の法則
なぜ物体が運動するのかという問いに応えるのが力学である。ニュートンは、数学のユークリッ
ド幾何学の公理のような形で物体の運動が 3 つの法則によって支配されていることを明らかにし
た。そこで、ニュートンの法則に基づく力学をニュートン力学と呼ぶこともある。
ニュートン以降にも、力学を異なる形に定式化したものとしてラグランジュ力学、ハミルトン力
学などが有名であるが、これらは解析力学と呼ばれることもある。
第 1 法則 慣性の法則とも呼ばれる。外力の作用がない場合の物体の運動に関するもの。
外力がない場合、物体の速度は一定に保たれる。1 個の質点だけを考えた場合、力はすべて
自分以外の物体によるものとなりすべて外力となる。
複数の質点から成る系で力が内力だけの場合、重心の位置の運動が一定に保たれる。個々の
質点の速度は必ずしも一定に保たれるわけではないことに注意が必要である。
内力と外力
ある質点の集まりを一つの系と考えたとき、系の中の質点同士が互いに及ぼし
合う力のことを内力と呼ぶ。一方、系外にある物体などから系の質点に加えられる力を外力
と呼ぶ。
第 2 法則 運動の法則とも呼ばれ、物体の加速度が力に比例することを表す。つまり、次の式が成
り立つ。
1
F
m
m は質量を表し、加速度が定量的に質量に反比例することを明らかにした点に特徴がある。
ただ実際には、質量が定義されていることが前提となっている。では、質量をどのように定
a=
義したらよいかという問いが残るが、全く自己矛盾のない法則をつくることはしばしば困難
を伴うものである。
ここで現れる質量は、力学の現象に関係して現れる量である。むしろ、この法則から質量が
定義されると考えることもでき、その値を「慣性質量」と呼ぶこともある。
8
慣性質量と重力質量
質量が必要であるならば重力が物体に及ぼす力を測定することによっ
て知ることができると考えられるかも知れない。電気、磁気の分野のクーロン力を考えた場
合、力は物体の電荷に関係があり、質量とは無関係であることが知られている。同様にこれ
ら2つの質量は、全く異なる物理現象に関係付けて定義された量であることをよく理解する
必要がある。慣性質量と重力質量は互いに等しい (又は比例する) ことが知られているが、な
ぜ等しくなるかについては決して自明ではない。
第 3 法則 作用反作用の法則。
2つの物体が互いに力を及ぼしあっているとき、両方の物体に作用する力の合力はゼロであ
るとする法則である。内力の和はゼロになるということもできる。
ニュートンは、惑星の運動のケプラーの法則を説明するためにこの法則を考え出した。ただし、
そのためには重力理論、即ち万有引力の法則も必要であった。
運動の法則の意義
上の 3 つの法則からなるニュートン力学に基づき、物体に働く力が分かれば現
在の物体の運動から、物体の過去の運動の歴史や、未来の物体の運動を数学的に予測することが可
能となる。また、数学的には第 2 法則は、時間に関する微分方程式と見なすことができる。この方
程式を解くことは、数学の問題である。
参考: 物理と微分方程式について
ある関数 f と、引数 x、及び導関数 f ′ , f ′′ , · · · との間に何ら
かの関係、
F (x, f, f ′ , f ′′ , · · · ) = 0
が成り立つ場合、この関係を微分方程式と呼ぶ。微分方程式を解くとは、方程式を満たす関数 f (x)
を何らかの方法を用いて見出すことである。
微分方程式は、求める関数に含まれる独立変数の数に違いから、まず大きく下記のように分類で
きる。より詳しくは、物理数学の関係する箇所を自習してもらいたい。
• 常微分方程式
独立変数が 1 個の場合の微分方程式のことを指す。力学で現れる微分方程式はこのタイプで
あり、この時の独立変数は時間 t である。数学的な観点から、ニュートンの運動方程式は常
微分方程式と見なすことができる。
• 偏微分方程式
多変数の関数 f (x, y, z, · · · ) に関する微分方程式。波動現象を記述する方程式は偏微分方程
式の形をしている。
偏微分とは、2 変数のある関数 f (x, y) に対し、次のように定義される。
∂f (x, y)
f (x + δ, y) − f (x, y)
= lim
δ→0
∂x
δ
つまり、他の変数を一定に保ちながらある特定の変数だけ変化させたときの導関数として定
義させる。x 軸方向に速度 v で伝わる波動を表す典型的な式は下記のように表される。
1 ∂ 2 f (x, t) ∂ 2 f (x, t)
−
=0
v 2 ∂t2
∂x2
第 4 章の波動や、第 6 章以降の電磁気学に関係する章は偏微分方程式と関係がある。
9
微視的な世界を支配する法則として知られる「量子力学」は、力学という名前がつきながらその
方程式は偏微分方程式である。
ニュートン力学の基づく質点系の運動の取扱いは、具体的には以下のようになる。
1. 状況に応じて各質点の受ける力を特定し、質点の運動を支配する微分方程式を求める。
2. 適当な初期条件の下で、微分方程式を解き任意の時刻での質点の座標や速度を求める。
第 2 章の内容について
• 微分方程式の解き方: 2.1 放物運動, 2.2 雨滴の落下, 2.3 振動
• 運動の恒量について: 2.4 仕事とエネルギー, 2.5 運動量
第 1 章 p.25 の重力による位置エネルギーと運動エネルギーでも触れられている。運動に関
わらず常に一定に保たれる量で、運動方程式を解くときに役に立つ
• 運動の相対性: 2.6 慣性力 (みかけの力)
座標系によらず同じ物理法則が成り立つことに関係し、第 9 章の相対性理論にも関連がある。
2.2
物理法則と保存則
運動方程式にしたがって物体が運動するとき、時間変化せずに常に一定に保たれる値のあること
が知られている。これを運動の恒量と呼ぶ。運動の恒量の例としては、以下の物理量を挙げること
ができる。
運動の恒量の例: エネルギー、運動エネルギー、角運動量
ここに挙げたような物理量が運動の恒量となるためには、一般にある条件が成り立つ必要があ
る。つまり、これらは常に恒量となるわけではない。その例として、我々が対象とする系をどの程
度の範囲に留めるかによって、系の内部で定義される物理量が恒量でなくなる場合もある。現在で
は、保存則が成り立つ理由として、それらが系の持つ何らかの対称性と密接に関係していることが
知られている。
保存する運動の恒量が存在する場合、それを系の運動の理解に役立てることができる。保存量が
成り立つことを利用し、運動方程式を少し解き易くすることもできる。
10
[第 6 回] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
微分方程式の分類 (続き)
力学で特に問題となる微分方程式は、以下のようにさらに詳しい分類
がなされている。
• 線形微分方程式
微分方程式が、未知の関数 f やその導関数に関する 1 次式の形で表される場合である。
a(x)f (x) + b(x)f ′ (x) + c(x)f ′′ (x) + · · · = g(x)
(2)
係数 a, b, · · · がすべて定数の場合を定数係数の線形微分方程式と呼ぶ。g(x) = 0 の場合を
斉次、そうでない場合を非斉次の方程式と呼ぶ。
• 定数係数の線形微分方程式
上の線形微分方程式で、係数 a(x), b(x), · · · がすべて変数 x の値によらない定数の場合。
• 非線形微分方程式
未知の関数 f とその導関数についての関係式に、これらの関数についての 2 次以上の項が
含まれている場合である。
• 連立微分方程式
複数の未知の関数について、それらの導関数と関数の間に何らかの関係が成り立つ場合のこ
とである。例えば、変数 x についての関数 f (x), g(x) とそれらの導関数の間に次のような
関係が成り立つ場合のことである。
f ′ (x) = F (x, f, g),
2.3
g ′ (x) = G(x, f, g)
力を受けて運動する物体の例
種々の力の下で運動する物体のその運動の求め方について、具体的な例に則して説明する。それ
は、以下の手続きを実行することを意味する。
1. 各質点の受ける力を特定し、質点の運動を支配する微分方程式を求める。
2. 適当な初期条件を用いて微分方程式を解き、任意の時刻での質点の座標や速度を求める。
得られた微分方程式の解を求めるのに先立ち、それが微分方程式の分類のどれに当てはまるかを知
ることは重要である。
• 放物運動: ある一定の力 (大きさと方向) の作用の下での運動の場合である。ニュートンの法
則によれば、この運動は等加速度運動となり、すでに第 1 章の p.23 から p.24 にかけて「等
加速度運動」と「自由落下運動」として説明がある。
地表を 2 次元平面と見なし、そのある方向を x 軸方向にとり、鉛直上向きを y 軸方向に
とる。したがって、y 軸の負の向きに一定の値の重力場が存在する。この時、力はベクトル
F = (0, −mg) で表される。
第 2 法則によれば、速度ベクトルの時間変化について次の式が成り立つ。
dvx
dvy
dv
= F, または、
= 0,
= −mg
dt
dt
dt
ただし、ベクトル表記と各成分表記の両方を用いて表した。
m
2 個の 1 階の定数係数の線形常微分方程式が得られ、片方 (x 成分) は斉次で、もう一方 (x
成分) は非斉次である。
11
• 雨滴の落下: 速度に比例する抵抗力を受けながら重力場の中を落下する物体の運動を表す
鉛直下向き方向を x 軸に取りその方向の速度を v をしたとき、x 軸方向の力は F = mg − bv
と表される。この場合にはニュートンの第 2 法則から、速度の時間微分に関する次の微分方
程式が得られる。
m
dv(t)
= mg − bv(t),
dt
or
dv(t)
b
= g − v(t)
dt
m
抵抗力の速度に関する比例係数を b とおいた。微分方程式の分類によれば、これは 1 階の非
斉次の定数係数線形常微分方程式である。
• 振動運動: 安定点からの変位に比例する復元力を受けた物体の運動は振動運動になる。この
運動の原因となるような、復元力が変位に比例することをフックの法則と呼ぶ。
x 軸方向に振動する場合を考え、安定点を x = 0 としたとき力は F = −kx と表される。定
数 k はバネ定数である。この場合の運動方程式 (微分方程式) は以下のように表される。
m
dv(t)
= −kx(t),
dt
dx(t)
= v(t)
dt
上の最初の式には、速度 v(t) と座標 x(t) という 2 つの時間についての関数が含まれている。
このような 2 つの未知関数が含まれている場合、1 個の微分方程式だけで問題を解くことは
できない。そのため、第 2 式として速度の定義も必要となる。これら 2 式はどちらも、1 階
の定数係数の斉次線形常微分方程式であり、これらを連立させて解を求める必要がある。つ
まり、これら 2 式は複数の未知関数を求めるための連立微分方程式の例である。
上の速度の定義を第 1 式に代入すれば、次の 1 個の未知関数についての微分方程式が得ら
れる。
d2 x
= −kx
dt2
これは、座標 x についての 2 階の定数係数の斉次線形常微分方程式の例である。
m
以上をまとめると、こららの 3 つの例すべての運動が定数係数の線形常微分方程式を用いて記
述されることがわかった。
補足 1: 定数係数の常微分方程式の一般解について
定数係数の線形常微分方程式については、一
般的な解の求め方が知られている。そこで次の n 階の変数 t に関する微分方程式を考えてみよう。
a0 f (t) + a1 f ′ (t) + a2 f ′′ (t) + · · · + f (n) (t) = g(t)
g(t) = 0 の斉次方程式の場合、微分操作 d/dt をある変数 λ に置き換えて得られる n 次の代数方
程式の根を λi (i = 1, · · · , n) とすれば、次の関係が成り立つ。
a0 + a1 λ + a2 λ2 + · · · + λn = (λ − λ1 )(λ − λ2 ) × · · · × (λ − λn ) = 0
これらの根を用いて、微分方程式の一般解が以下のように表されることが知られている。。
f (t) =
∑
Ci exp(λi t)
i
係数 Ci は、初期条件を用いて決定することができる。ここで、指数関数に関して以下の関係が成
り立つことに注意してみよう。
d λi t
e − λi eλi t =
dt
(
12
)
d
− λi eλi t = 0
dt
これは時間微分の操作を変数 λ に対応させることができることを意味し、したがって微分方程式
に現れる微分操作が以下のように書き換えられる。
)(
)
(
)
(
d
d2
dn
d
d
d
a0 + a1 + a2 2 + · · · + n =
− λ1
− λ2 × · · · ×
− λn
dt
dt
dt
dt
dt
dt
この結果を一般解に作用させることにより、この解が微分方程式を満足することがわかる。
非斉次の方程式を解くには、まず何らかの方法で微分方程式を満足する解 fs (t) (特別解と呼ぶ)
を 1 つ求める必要がある。一般解は、この特別解と斉次方程式の一般解との和で表される。
補足 2: 積分定数と初期条件
一般に n 階の微分方程式の一般解には、n 個の未定の定数が含ま
れている。変数 x の未知関数 f (x) についての n 階の微分方程式を考えた場合、未知関数 f を一
意に決定するためには、変数のある値 x0 における関数値 f (x0 ) と n − 1 次までのその微係数の値
が必要となる。これを初期条件と呼ぶ。微分方程式を解くことは、関数の積分と同等であると見な
すこともでき、そのため初期条件のことを積分定数と呼ぶこともある。参考まで、定積分と不定積
分の関係を示しておく。
不定積分は以下のように積分の下限の値を特に明示せず、その代わりに関数 F (x) に任意の定数
を付与し積分結果を次のように表す。
∫ x
f (x′ )dx′ = F (x) + C
一方、定積分は積分範囲をはっきりと明示し、上の不定積分と次の関係がある。
∫ x
f (x′ )dx′ = F (x) − F (x0 )
x0
以下では、具体的に微分方程式の解き方について説明する。
2.3.1
放物運動
すでに得られた方程式の形からわかるように、2つの運動方程式は互いに独立 (無関係な式) で
ある。したがって、これは 1 次元の運動の合成として表される運動である。
ある時刻 t = 0 で打ち上げた物体の初速度 v0 が以下のように与えられるものとする。
v0 = (vx , vy ) = v0 (cos θ0 , sin θ0 )
x 方向には力が働かないため、速度は常に一定である。したがって、初期条件 (初速度) と等しく
vx = v0 cos θ0 が成り立つ。y 軸方向の運動方程式は微分と積分との関係を用いて不定積分の形に
次のように表すことができる。
∫
vy (t) =
t
ay (t′ )dt′ = −gt + C
C は積分定数であり、この値は vy (0) = C = v0 sin θ0 の条件から決定できる。定積分の形で表せ
ば次のようになる。
∫
t
vy (t) = vy (0) +
ay (t′ )dt′ = v0 sin θ0 − gt
0
速度については 1 階の微分方程式であるため、各成分に対して 1 個ずつ、合計 2 個の初期条件が
必要となった。x 成分については斉次方程式で、その一般解は定数であった。また、y 成分の解の
時間に比例する項は、非斉次方程式であることによる特別解である。一般解はこの特別解と非斉次
方程式の一般解の和となる。
13
一方、位置座標については速度との間に成り立つ関係を積分することにより次のように求まる。
∫ t
∫ t
x(t) = x(0) +
vx (t′ )dt′ =
v0 cos θ0 dt′ = v0 cos θ0 t
∫
0
y(t) = y(0) +
t
vy (t′ )dt′ =
0
∫
0
t
0
1
[−gt′ + v0 sin θ0 ]dt′ = − gt2 + v0 sin θ0 t
2
ここでは時刻 t = 0 で x(0) = y(0) = 0 の初期条件が用いられた。時間についての積分の下限は、
初期条件を定義する時刻 t = 0 を指定する。ここで得られた解を利用して下記のような運動の性質
を求めることができる。
• 物体が最高点に達する時刻 t1 : dvy /dt = 0 が成り立つ時刻から求まる。
• 最高点の高さ: 最高点に達した時刻における y(t1 ) の値。
• 物体が落下する時刻 t2 : y(t2 ) = 0 が成り立つ時刻から求まる。
• 落下点までの水平距離: 落下する時刻までに運動した x(t2 ) の値。
2.3.2
雨滴の落下
液体や気体の中を運動する物体には、運動に抵抗する力が働く。物体の速度が遅い場合には速度
に比例する抵抗力が働き、この力は物体の形やその表面の状態、流体の性質によって決まる。この
ような現象を取り扱う物理の分野は流体力学と呼ばれている。
この物体の運動方程式は、非斉次の線形微分方程式である。
(
)
dv(t)
d
+ bv(t) =
+ b v(t) = mg
dt
dt
その一般解を求めるにはまず、λ + b = 0 の方程式の根を利用して非斉次の方程式の一般解が
v(t) = Ce−bt となることがわかる。また、一定の速度 v = mg/b が非斉次方程式の解となること
もわかる。したがって、この運動の一般解は次のように表される。
v(t) =
mg
mg
+ Ce−bt =
(1 − e−bt ) + v(0)e−bt
b
b
最後の式は、未定係数 C を初速度 v(0) を用いて書き換えた結果である。
後でエネルギー保存則について説明するが、同じ落下の問題でもこの問題はエネルギーの保存則
が成り立たない例である。物体と物体の運動の抵抗となる流体の間にエネルギーのやり取りがあ
り、物体だけを考えた場合はエネルギーの保存則が成り立たない。
重力場の代わりに電場を考え、電場の中の荷電粒子の運動を求めるとこれと同じ微分方程式が得
られる。このように考えると、この問題は金属電子論や物性論で取り扱われる金属の電気抵抗に関
係することが知られている。そうなるとブラウン運動や非平衡の統計力学にも密接に関係する問題
であることがわかる。
2.3.3
振動
振動運動を表す時間についての 2 階の斉次線形常微分方程式、
m
d2 x
= −kx
dt2
14
は一般解の公式を利用して解を求めることができる。そのためには、次の 2 次方程式の根 λ = ±iω
が必要となる。
λ2 = −ω 2 ,
ω2 =
√
k/m
座標 x(t) が実数であることを考慮すると一般解は以下のように表される。
x(t) =
1
1
1
(Ceiωt + C ∗ e−iωt ) = C1 (eiωt + e−iωt ) − i C2 (eiωt − e−iωt ) = C1 cos ωt + C2 sin ωt
2
2
2
ただし、複素未定係数を C = C1 − iC2 と定義した。
15