イメージングプレート(IP)による X 線ラジオグラフィー (放射線"論外" その 1)

イメージングプレート(IP)による X 線ラジオグラフィー
(放射線”論外” その 1)
近畿大学原子力研究所・納冨昭弘
今から 100 年ぐらい前に、ドイツのレントゲンという物理学者が X 線を発見した。
物理学者はよくいろいろとスゴイものを発見して騒ぐけれど、一般の人にはいったい
何がスゴイのかよ く 分か ら ない ことがとても多い。でもこの時は違ったネ。何しろ X
線で写真をとると人間の体のなかの骨の様子が透 け て 見 え た ん だ ぜ 。これがどんな
にスゴイことかは、小学生でもおじいちゃんでも誰にでも感覚的に理解できた。この
ことがほんとうにスゴイ。だからたくさんの人たちが、このわ け の 分 か ら な い X 線
というものを使って手当たり次第にいろいろなものを写してみた(レントゲン自身、わ
けが分からないのでとりあえず X 線なんてい い 加 減 な 名前をつけたんだそうだ)。そ
の結果、世界中の人が、このわけの分からない新 し い 光 線 の存在を認めたんだ。おか
げで、レントゲンは最初のノーベル賞をもらった。でも、当時写真技術が開発されて
いなかったらこんなに早くレントゲンの功績が世の中に認められることは無かっただ
ろうと思う。何しろ、こんなオカルト的な話が世間を騒がすことはよくあることだか
らね。
ところで、レントゲンが使った写真(いわゆる X 線フィルム)というのは最近はやり
のデジカメとは動作原理がまったくちがっているんだ。レントゲンが使ったのは、銀
塩写真といって、光があたった後で現像すると写真乾板の乳剤中の銀 イ オ ン が 金 属
状 の 銀 に 変 化 し て 析出することを利用したものだ。つまり光があたった部分がその
強さに応じて黒くなるわけだね。君たちはあまり馴染みがないかもしれないけど、僕
らはつい最近までこれとまったく同じ原理で写真をうつしていたんだ。でもこいつは
写真をとってから実際に画像を見るまですごく手間がかかった。うすぐらい暗室で、
鼻につんとくる現像液や定着液と格 闘 し な け れ ば な ら な か っ た ん だ 。 まるで化学の
実験のようにね。これを写真の用語で湿 式 プ ロ セ ス という。まあ、趣味人をのぞいて
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僕たち普通の人々が暗室にこもる必要はなかったけれど、写真屋さんに現像を頼んで
自分の映した写真のできばえを拝むまでには平気で数日待たされたものだ。
「こんなやりかたって、サエないよね」と、みんな心の中で感じていたんだろう。
それでもフィルムが使われ続けたのは、この欠点を凌駕する利点が多くあったためだ
と思う。とはいうものの、コンピュータが発達していろいろな画像技術が開発される
傍らで、従来の写真技術というのは明らかに色あせてきていたのも事実だった。それ
までずいぶん長い間、科学技術の最先端を突っ走ってきた写真というものが、世の中
の進歩から確実においてけぼりになりつつあったんだ。アナログ文明とデジタル文明
の衝突だね。写真関係者の間にはどうしようもない停滞感がただよった。特に写真フ
ィルムのメーカーにとっては事態は深刻だった。ちょうどそのころ銀 の 価 格 が高騰し
て、銀塩写真はもう商売としてやっていけないのではないかとみんな心配していた。
こういった危機感のなかで、富士フィルムという会社の人たちが、ま っ た く 新 し い
原 理にもとづく X 線フィルムを開発した。およそ30年前のはなしだ。これは富士フ
ィルムの宮原さんたちが、失敗覚悟で腹をくくってやった仕事で、NHK の ”プ ロ ジ
ェ ク ト X” でとりあげられてもよかったようなネタだと思う。放射線計測の手法とし
てはめずらしく、日本の純国産技術だったということは覚えておいてもいいだろう(日
本人が基礎科学技術の原理的な開発を行ったことは、意外かもしれないが歴史上それ
ほど多くはない)。彼らは、この新しい技術を Computed Radiography (CR) と名
付けた。今やこのシステムは富士の名前を冠し Fuji Computed Radiography (FCR)と
よばれて、この手の技術の代名詞となっている(ちょうど少し昔のひとが、コピー機の
ことを”ゼロックス”と呼ぶのと同じことだよ)。うそだと思ったら、知り合いのお医者
さんや看護婦さんにたずねてみるといい。きっと知っていると思うよ。放射線医学関
係者で FCR を知らない人はモグ リだ と 言っ てい い 。今どき一般の検診で写真フィル
ムなど使っているところは、村の診療所のようなところを除くとあまりないと思う。
ずいぶん前おきが長くなったけど、この FCR システムで放射線の検出技術の根幹を
担うのが今日の実験で使うイ メ ー ジ ン グ プ レ ー ト ( I P ) というわけだ。富士は医療
用の FCR とは別に生物科学分野向けに Bio-AnalyzingSystem(BAS)を発売した。BAS
はとても高価だけど、研究所ぐらいに一台あるととても便利だ。近大の原子力研究所
には BAS が一台あるんだな。このシステムは画期的な特徴がいつくかあるけれど、ま
ず言わなければならないことは、完 全 な 乾 式 プ ロ セ ス を実現していることだ。暗室
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もいらないしスゴク楽になった。うそみたいだね。次に IP はなにしろ高感度なんだ。
ほんの少し放射線を与えるだけで、とてもきれいな画像が得られちゃう。つまり、健
康診断でレントゲン写真を撮るときに、あびる放射線の量をだ ん ぜ ん 減 ら す こ と が
で き る 。これはとても重要なことだ。健康診断で放射線をあびすぎてガンになったら
シャレにならないからね。しかも、IP の信号検出可能範囲(ダイナミックレンジとい
う)は X 線フィルムに比べて桁違いに広い。装置のスペックの桁が三つも四つも違う
ということは、システムの技術到達点を考える上でとてつもない差なのだよ。更に IP
はコンピューテッド・ラジオグラフィーというだけあってコ ン ピ ュ ー タ と の 相 性 が
抜群によい。レーザスキャナで取り込んだデータは、デジタル化されてコンピュータ
のメモリー上に記録される。このデータは計算機上で、自由自在に処理することがで
きる。デジカメでとった写真を思いうかべればよい。撮影した写真はいろいろなフォ
ーマット(TIFF とか JPEG とか)に変換して保存することができるし、Photoshop の
ような優れもののソフトを使えば、画面上に文字を書き込んだり部分的に色を変えた
りすることは朝メシ前だ。電子メールに添付して友達に送ることもできる。カラープ
リンターがあれば、きれいな画像を出力することも簡単だね。利点といえば、IP は使
用後に画像を消去して簡単にリサイクルできるんだ。機械的に壊すことをしなければ
なんどでも使えて、寿命は無限に長いといっても過言ではない。環 境に 優 し く て 、と
っても今風だろ。ほとんど全ての種類の放射線に対して感度を有する点もたいへん魅
力的だ。
いま説明したような IP の特徴は輝尽発光(Photo-stimulatedLuminescence : PSL)
という物理現象に依存している部分が多い。これはいったい何かというと、IP に放射
線が入射した時に、す ぐ に 光 ら ず に そのエネルギー情報を一 時 的 に 蓄えてしまうと
いうことだ。しかも、このエネルギー情報はあとでレーザを照射することにより光エ
ネルギーとしてとりだすことができる。その時の発光(すなわち輝尽発光)の強さが、
まえに放射線が IP に入射した時にあたえたエネルギーと、かなりいい感じで比 例 関
係にあるのである。このことは IP を定量的な放射線測定器として用いる場合とても都
合がよい。別の言葉でいえば、IP は放射線エネルギーのストレージ・デバイスである
ということができるだろう。つまり、憶 え て い る ん だ ね 。 一般の放射線検出用の蛍
光物質(シンチレータとよばれる)が、放射線の入射とほぼ同 時 に 光 る のとは、状況が
おおきくことなっているんだ。だから、富士はこの輝尽発光の強度を表す単位を、な
んと独自に定 義 し て し ま っ た 。 そのまんまだけど、英語のかしら文字をとってそれ
を PSL と名付けた。 すこしややこしいが、その定義を書くと次のようになる。
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PSL の量的定義:IP に W ターゲットで X 線(80kV, 照射線量 :0.15mR)を照射した後
の輝尽性蛍光の発光により得られるシステム検出量の値を 100(PSL/mm 2 )と定義する。
[FujiBASTechnicalInformationNo.1 より引用]
これって、スゴイことだと思わないかい? 日本の一企業が学術的に用いられる単位を
作ってしまったんだ。いまではみんなこれを使っているよ。実態がともなえば、単位
なんて決めたもの勝ちだね。
それでは、さっそくイメージングプレートをつかっていろいろなものの X 線写真を
とってみよう。あまり厚くないものにほんの少しの X 線をあてるだけで、かなりおも
しろい画像がとれるはずだ。むしろあまりあてすぎないほうがよい場合が多いよ。昔
の X 線写真の撮影や現像には熟練の技が欠かせなかったけれど、IP をつかえば僕ら素
人でも完全に失敗することはほとんどないだろう。付属の専用画像解析ソフトを使っ
て、自分がおもしろいと思う画像になるまで画質を調整しよう。その時にいじるパラ
メータにはどんなものがあるだろうか? 撮影結果をプリントアウトしたらみんなでよ
く見てみよう。レポートをかく時には、つぎの様なことに注意して考察をまとめてみ
るといい。
・X 線ラジオグラフィーは、X 線 と い う 光 線 が物質を透過するときに強 度 が 減 衰
するということを利用している。強度が減衰するということは、物質の前後で 1cm2
あたりの光子の数が減るということだ(単位は、個 /cm 2 )。つまり光 子 の 数 に注意
することが必要なんだね。透過する物質の厚さがあついほど減衰はおおきいだろう。
それなら、おなじ厚さのものなら物質の種類によらず X 線を同じだけ減衰させる
ことができるのだろうか。そうではないだろうことは、なんとなく想像できるんじ
ゃないかな。今日の実験で君たちは、金属のような密度の高いものはプラスチック
のような密度の低いものにくらべてはっきりと見えるということに気がついたとお
もう。はっきり見える部分は、物質がない部分にくらべて光線の強度が(変な言い
かただけど)よ り た く さ ん 減 衰 しているということになる。極端なばあい、思い
っきり厚いものを置けばそれを透過してしまう X 線の強度は事実上ゼロとみなす
ことができることもあるだろう。そんな場合は画像のメリハリがきいてはっきりと
したイメージが得られるというわけだ。これをコントラストが高い(強い)という人
もいる。でもどんなに弱くなっても決 し て 光 線 の 強 度 は ゼ ロ に な ら な い ことを
よく憶えておいて欲しい。それはいったい、どういうことなんだろう?
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・もう気がついたかもしれないけど、X 線ラジオグラフィーは物 質の 密 度 分布 を 読
み 出 し て 二 次 元 的 に 記 録 す る し く み なんだ。もっと正確にいうと物質の電子密
度分布を見ているというべきだろう。ではどうして X 線を観察すると物質の電子
密度分布についての情報が得られるのだろうか。それは X 線は大ざっぱに言うと
物質中の電 子 と 相 互 作 用 することによりエネルギーのやりとりをしているからだ。
だから、電子密度の高い部分ほど減衰が大きい。主な相互作用の仕方には光 電 効
果 ( 吸 収 ) やコ ン プ ト ン 散 乱 ( 効 果 ) があると教科書には書いてあるけど、これって
いったい何がおこっているのだろう。吸収や散乱があると、光子はいったいどうな
ってしまうのだろうか。
・まえに「どんなに弱くなっても決 し て 光 線 の 強 度 は ゼ ロ に な ら な い 」と言った
けれど、これは光 子 が 電気 を 帯 び て い ない ことがおおきな原因だ。電気を帯びて
いない粒子(非荷電粒子という)を物をおいて完 全 に さ え ぎ る のはとても大変なこ
とで、本当のことをいうと理 論 的 に は 不 可 能 なんだ。かぎりなく減らすことはで
きても完全に止めることはできない。確率の問題になってしまう。やっかいだね。
・光線の強度をち ょ うど 半 分 に減らすある物質の厚さを半 価 層という。長さの単位
は cm が使われることが多い。半価層の値は物質の種類によって異なるし、光線の
エネルギーによってもちがう。さまざまな物質の半価層をしっておくと、放射線か
ら君たち自身を遮蔽しなければならないときに役に立つので、インターネットや参
考書でいくつかの物質の半価層をしらべて書き出してみるといい。きっと見つかる
はずだ。それを用いれば、たとえばある光線の強度を 10 分の 1 以下に減らすには
何センチの物質を挿入すればいいか、なんてことがたちどころに計算できるだろう。
でも残念ながら X 線発生装置から得られる X 線はい ろい ろなエ ネルギ ーの 光子
がごっちゃに混ざっているから話はそう単純ではないんだ。そこである特定の物質
を挿入して、その X 線の半価層を測定して、X 線としての性質を特徴づけること
に利用 することが よく行わ れる。こう して得られ た X 線の 性質のこと を線質
(radiation quality) という。
「この X 線の半価層はアルミニウムで 0.5cm だ」とい
った具合にね。この場合、アルミニウムのような比較的手に入りやすくて素性のし
れた物質を採用することが一般的だ。
・うえに、「X 線発生装置から得られる X 線はいろ いろなエネルギーの 光子がごっ
ちゃに混ざっている」とかいた。X 線のエネルギーは何かひ と つ の 値 に 統 一 され
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ていた方が、いろいろと考えやすくて便利だと思うんだけど、そんな X 線発生装
置って世の中に存在しないのだろうか。それはどんな原理にもとづいているのだろ
う。そんな装置があまり普及していない理由はなんだろうか。
・他の種類の放射線でラジオグラフィーをやったら、どんなイメージがみえるだろ
うか。たとえばα線を用いたラジオグラフィーは可能だろうか。それはどんな原理
にもとづいているのだろう。α線とかβ線のような電 気 を 帯 びた 粒 子 ( 荷 電 粒 子 )
は X 線のような光線とはちがって、物質中をある長さ走ると完全に止まってしま
う。止まるということはつまり透過しないということで、それではラジオグラフィ
ーにならないけれど、エネルギーを高くすれば透過させることはできるだろう。こ
の時注目すべき量は、透過した粒 子 の エ ネ ル ギ ー だ。X 線の場合は光子の数に注
目したが、荷電粒子の場合は物質を透過する前と透過したあとで粒子のエネルギー
がいくら異なるかを知ることが重要になる。これは、荷電粒子と非荷電粒子とでは
物質との相互作用の形式がことなることが原因なんだけれど、何となくわかるか
な? 原子炉からは中性子が放出されるので、それを使えば中性子ラジオグラフィ
ーもできそうな気がする。中性子は X 線とおなじで電荷をもたないけれど、中性
子ラジオグラフィーではいったいなにがみえるんだろうか。
まだいろいろ書きたいけれど時間もないし疲れたのでこれまでにしておきます。゛
頑張ってレポートをまとめてください。楽しみにしてます。
07Apr24 A.Nohtomi
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