高松赤十字病院 モーニングセミナー 25歳男性 発熱、血圧低下 平成26年12月11日 洛和会音羽病院 感染症科 総合診療科 神谷 亨 25歳男性 【現病歴】 2日前までは元気だった。 前日から39.3℃の発熱あり。 翌日も発熱が持続したため当院受診。 ROS (+): 発熱、倦怠感、軽度の頭痛 (ー): 悪寒、戦慄、寝汗、咽頭痛、咳、痰、息切れ、胸痛 嘔気、嘔吐、腹痛、下痢、排尿痛、頻尿、関節痛、筋肉痛 皮疹 【身体所見】 BP 60/40 mmHg HR 130回/分 RR 21回/分 SatO2 98% (室内気) 結膜 充血なし、蒼白なし 頚部 リンパ節腫大なし 呼吸音 清 心雑音 なし 腹部 平坦、軟、圧痛なし 上腹部正中+左肋弓下に手術痕あり 下肢 浮腫なし 皮膚 皮疹なし 【血液検査】 WBC Stab Seg Hb Plt 23.8×103 /μl 47% 39% 14.6 g/dl 40 x103 /μl CRP 23.6 mg/dl BUN Cr Na K Cl 30.2 mg/dl 1.8 mg/dl 140 mEq/l 3.5 mEq/l 107 mEq/l T-bil AST ALT ALP γ-GTP 0.8 mg/dl 101 IU/l 83 IU/l 349 IU/l 89 IU/l PT INR APTT Fib FDP D-dimer ATⅢ 13.9 sec 1.40 61.2 sec 197 mg/dl 280 μg/dl 265.9μg/ml 43% 【尿検査】 pH 7.0 Pro (-) BIL (-) BLD (3+) URO 1.0 WBC (-) RBC 30~49/HPF Bacteria(-) 尿中肺炎球菌抗原(-) 追加情報 【既往歴】 10歳のとき脾梗塞(詳細不明)に対して 脾臓摘出術を受けていたことが判明 【経過】 敗血症性ショック疑いでICU入院。 広域抗菌薬で治療を開始した。 胸部レントゲン・CTで肺炎は認めなかった。 血液培養から肺炎球菌が検出された。 プロブレムリスト 25歳男性 # # # # # 発熱 for 1 day 敗血症性ショック 肺炎球菌菌血症 (focus不明) 多臓器不全、DIC 脾摘後 診断 脾臓摘出後重症感染症 (overwhelming post-splenectomy infections: OPSI) * 別名: Post Splenectomy Sepsis (PSS) OPSIの定義: 脾摘後および脾機能低下者に、主として肺炎球菌、インフルエンザ菌b型、 髄膜炎菌により生じる劇症型の敗血症、髄膜炎、または肺炎 脾臓摘出後重症感染症 (overwhelming post-splenectomy infections: OPSI) 治療が遅れると24時間以内(ときに数時間以内)に 急速に悪化してショック、DIC、多臓器不全を きたして死に至りうる病態 脾臓摘出後重症感染症 (overwhelming post-splenectomy infections: OPSI) について解説をしていきます。 脾臓について理解しよう ヒトのリンパ組織 1次リンパ組織: ・ 骨髄、胸腺 2次リンパ組織: ・ B細胞、T細胞が生まれる場所 外来性の抗原を集めて免疫応答を行う場所 リンパ節: 血管外の組織に存在する抗原がリンパ管を介して集められる ・ 脾臓:人体最大のリンパ組織、血液中の抗原を効率よく捕捉、集積される ・ 粘膜関連リンパ組織(MALT: mucosa-associated lymphoid tissue) : 消化管や気道に侵入した抗原が粘膜上皮を介して集積される 脾臓には3つの役割があります それは何? 3つの脾臓の役割 1. 血液濾過 2. 免疫グロブリンの産生 3. 莢膜をもつ細菌を効率よく除去 1 血液濾過 • 白脾髄(B、T細胞が高密度に存在) • 赤脾髄 脾洞(毛細血管の一種) 脾索(編目構造、多数のマクロ ファージが存在) → 異常、老朽化したRBC、病原微生物、 免疫複合体に覆われたWBCがふるいに かけられ、マクロファージの貪食により 血液から除去される 2 免疫グロブリンの産生 • 脾臓には体内のB細胞の約半分が存在する。 • オプソニン化に必要な免疫グロブリンを大量に 産生して、病原微生物が食細胞に貪食されや すくしている。 オプソニン: 食細胞に貪食を促すIgG, IgM, 補体(C3b, iC3b) オプソニン化: 食細胞(マクロファージ、好中球)の表面には、 IgGやIgMのFc領域に対する受容体(FcγR、Fcα/μR)、さらに 補体(C3b, iC3b)に対する受容体(CR1, CR3)がある。 病原微生物の表面にIgG, IgM, 補体(C3b, iC3b)が付着すると 食細胞に認識されやすくなり貪食が促される。 これをオプソニン化という。 3.莢膜をもつ細菌を効率よく除去 • 肺炎球菌、インフルエンザ桿菌、髄膜炎菌などの 莢膜をもつ細菌は、IgG, IgM、補体などのオプソ ニンが付着しにくく、食細胞に貪食されにくい。 • 脾臓の白脾髄と赤脾髄の境界には、IgMメモリー B細胞が多数存在し、莢膜のある細菌を効率よく 除去することに働いている。 • • IgMメモリーB細胞は、自然抗体を産生する。 自然抗体とは、病原体に遭遇する前から体内に用 意されている免疫グロブリンであり、様々な病原体 に対して初回感染時の第一線の防御機構として 働いている。 脾臓を取るとどうなるか? 1. 血液濾過 2. 免疫グロブリンの産生 3. 莢膜をもつ細菌を効率よく除去 これら3つの病原微生物の排除機構が働かなくなる。 特に、3.のIgMメモリーB細胞による自然抗体の産生を失う 影響が大きく、これによって莢膜を有する細菌による重症 感染症、すなわちOPSIのリスクが発生する。 OPSIの恐ろしさは? • OPSIは内科的緊急事態である。 • 症状発現から死亡までの時間は、24時間 以内(68%)、48時間以内(80%)と短い ことが特徴。 • 死亡率は50~70%に達する。 • 発熱と下痢を訴えて歩いて来院した患者 が、2,3時間以内に敗血症性ショックに 陥ることも稀ではない。 どうしたらいい? • 死亡率を下げるためには、 脾摘後であること 脾機能低下状態であること をすみやかに認識し、 適切な広域抗菌薬を直ちに投与する ことが重要。 OPSIのリスク • 特に脾摘後2年以内にOPSIを生じるリス クが高いが、リスクは一生涯続く。 OPSIのリスクとなる疾患 脾摘後: 外傷、サラセミア、遺伝性球状赤血球症、特発性血小板減少性紫斑病 脾機能低下: 先天性、門脈圧亢進症、Hodgkinリンパ腫、非Hodgkinリンパ腫、 鎌状赤血球症、本態性血小板血症、血友病、慢性骨髄性白血病、 アミロイド―シス、サルコイドーシス、セリアック病、Crohn病、潰瘍性大腸炎 全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、Sjogren症候群、混合性結合組織病 橋本病、Basedow病、脾臓放射線照射後、脾梗塞 OPSIの起炎菌 • 最も起炎菌として多いのは、肺炎球菌 OPSIの50~90%を占める。 どの年齢でも起炎菌となりうるが、高齢者ほど肺炎球菌が 原因となる比率が増加する。特に頻度の高い血清型は存 在しない。 • 次に起炎菌として多いのは、インフルエンザ菌b型 であり、髄膜炎菌がそれに続く。 • その他、頻度は低いものの報告がある病原体にSalmonella spp. (特に鎌状赤血球症で)、E.coli、Pseudomonas aeruginosa, Capnocytophaga spp., Enterococcus spp., Bacteroides spp., Bartonella spp., Bordetella spp., Babesiosis, Ehrlichiosis, Malariaなどがある。 OPSIの症状 • 初発症状 発熱、悪寒、戦慄、咽頭痛、頭痛、筋肉痛、嘔吐、 下痢など • 無治療では数時間以内に、ショック状態、無尿、 DIC、けいれん昏睡、低血糖、副腎出血、多臓器 不全を来し、やがて死に至る。 どのような時にOPSIを疑うか? • 発症から1~2日の経過で急速に悪化している患者 ショック状態になっている患者で、感染症が原因と して考えられる場合(特に感染のフォーカスが明ら かでない場合)にOPSIを鑑別に入れる。 • 脾摘の既往がないか、腹部に手術痕がないか、 脾機能が低下するような基礎疾患がないかを チェックする。 • 脾摘、脾機能低下のある患者に発熱が生じた場合 は、OPSIの可能性を常に念頭におく。 1~2日の経過で急速に悪化しうる感染症 • • • • OPSI 毒素性ショック症候群 電撃性紫斑病 壊死性筋膜炎 • • • • 細菌性髄膜炎 消化管穿孔・汎発性腹膜炎 閉塞性化膿性胆管炎 尿管結石に陥頓した急性腎盂腎炎 など (参考)電撃性紫斑病の原因 感染症 非感染症 Group A streptococcus Streptococcus pneumoniae Neisseria meningitidis Haemophilus influenzae Staphylococcus aureus Escherichia coli Klebsiella Enterobacter Pseudomonas Vibrio vulnificus Enterococcus Aeromonas Capnocytophaga canimorsus Rickettsia Varicella zoster etc. Protein C deficiency Protein S deficiency Factor V Leiden mutation Henoch-Schonlein purpura Polyarteritis nodosa Wegener’s granulomatosis Churg-Strauss syndrome etc. エンペリックの抗菌薬 例: vancomycin + ceftriaxone ± doxycycline 19歳男性 髄膜炎菌による 電撃性紫斑病 OPSIの診断 • OPSIではしばしば高度の菌血症を生じている。 • 抗菌薬投与前に血液培養を2セット採取する。 • 髄膜炎の合併が疑われる場合は髄液検査を行う。 • 末梢血スメアでは、しばしばHowell-Jolly小体 (赤血球内の核の遺残)を認める。 OPSIの治療 • 本症が疑われた場合は、エンペリックの抗菌薬投与 を速やかに開始する。 • 例 (ペニシリン耐性肺炎球菌やインフルエンザ菌をカバー) バンコマイシン 1g 12時間毎に点滴 (腎機能に応じた投与量の調節を行う) + セフトリアキソン2g 24時間毎に点滴 (髄膜炎を考慮した投与量) • 臨床経過や培養結果に応じて処方内容を調節 OPSIの予防 • 脾摘後、脾機能低下症の患者とその家族には、OPSIについて の説明をあらかじめ行っておく。 • 発熱、悪寒を伴う全身状態の悪化があった場合は速やかに医 療機関を受診するように指導する。 • 予防抗菌薬 定まった見解がない。処方例として、成人ではアモ キシシリン1回250㎎を1日1~2回内服する方法 がある(至適投与期間に関する定説はない)。 • 予防ワクチン 肺炎球菌ワクチン(手術の2週間以上前または術後2週間の 時点で接種し、5年ごとに再接種する。肺炎球菌結合型ワク チンと多糖体ワクチンを組み合わせた方法もある。) Hibワクチン、髄膜炎菌ワクチン(再接種法について定説なし) Take Home Message • 1~2日の経過で急速に悪化する感染症をみたら、脾臓摘出 後重症感染症(OPSI)を鑑別に入れる。 • OPSIが疑われたら、脾摘の既往、腹部の手術痕、脾機能低下 をきたす基礎疾患の有無をチェックする • OSPIでは、血液培養を採取後、莢膜を有する細菌(肺炎球菌、 インフルエンザ菌、髄膜炎菌など)をカバーする抗菌薬加療を すみやかに開始する • 脾摘後や脾機能低下の患者に対しては、肺炎球菌ワクチン、 Hibワクチン、髄膜炎菌ワクチン(輸入)の接種が推奨されてい る。 文献 • Antonio Di Sabatino, Rita Carsetti, Gino Roberto Corazza. Postsplenectomy and hyposplenic states. Lancet 2011;378:86-97. • Mandell GL et al. Infections in Asplenic patients. Principles and Practice of Infectious diseases. 7th ed. Elsevier, Churchill Livingstone. • John M. Davies, et al. Review of guidelines for the prevention and treatment of infection in patients with an absent or dysfunctional spleen: Prepared on behalf of the British Committee for Standards in Haematology by Working Party of the Haemato-Oncology Task Force. British Journal of Haematology, 2011;155:308-317.
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