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● シンポジウム 2 神経保護と神経再生
人工酸素運搬体 liposome-encapsulated hemoglobin の脳保護効果
新保 大輔1, 2,鐙谷 武雄1,七戸 秀夫1,中山 若樹1
数又 研1,宝金 清博1,石塚 隆伸3
要 旨
虚血再灌流時に人工酸素運搬体 liposome-encapsulated hemoglobin(LEH)を再開通動脈から灌流させることに
よる脳保護効果について報告する.ラットの一過性中大脳動脈閉塞再灌流モデルを用い,再開通した内頸動脈
から LEH の灌流を 15 分間行い,その脳保護効果について検討した.LEH の投与により,再灌流 24 時間後の
神経機能の改善,脳梗塞および浮腫面積の減少を認めた.LEH はラット赤血球よりも末梢微小血管まで灌流し
ていた.LEH は,粒径が小さいことで狭小化した微小血管まで効果的に酸素を運搬し,微小血管内皮細胞の障
害を抑制し,脳内への好中球の浸潤ならびに産生される matrix metalloprotease-9 の産生を抑えることで脳血液
関門の破綻を抑制し,脳保護効果を示すことが考えられた.再開通動脈からの LEH の経動脈的投与は,臨床
においても虚血再灌流障害を軽減化する可能性がある.
(脳循環代謝 25:51∼55,2014)
キーワード : liposome-encapsulated hemoglobin, 虚 血再 灌 流 障 害, 血 管 内皮 細 胞, 好 中球,matrix
metalloprotease-9
我々は,虚血領域局所での好中球の作用を抑制する新
1.はじめに
たな治療戦略として,人工酸素運搬体である liposome-
虚血再灌流障害のメカニズムの一つとして,低酸素
ト hemoglobin(Hb)を liposome 内に封入したもので,
によって血管内皮細胞が障害されることで intercellular
血液型がないことで安全な輸血が可能であり,循環血
adhesion molecue-1(ICAM-1)を発現,好中球を中心と
液中での安定性と比較的長期の保存期間を可能とした
す る 白 血 球 の 接 着 と 活 性 化 が 起 こ り,matrix
輸血用赤血球製剤としてテルモ株式会社(東京,日本)
metalloprotease-9
(MMP-9)が 産 生 さ れ,blood-brain
で開発された6).LEH は好中球を含めた白血球を含ま
barrier(BBB)を破綻させるという一連の反応が挙げら
ないという特徴があり,我々はラットを用いた tMCAO
れる.好中球を主体とする一連の反応を抑制する目的
モデルにおいて再灌流動脈から LEH を虚血領域に向
で,齧歯類での一過性中大脳動脈閉塞(transient middle
けて 2 時間灌流することで,虚血領域への好中球の浸
cerebral artery occlusion; tMCAO)モデルを使用し,全身
潤を抑制し,産生される MMP-9 の作用を軽減すること
性に好中球を抑制する実験が多く報告されている
で虚血再灌流障害の軽減化が得られることを示した7).
が1~4),全身性の好中球の抑制は感染症等の問題があ
本研究では,LEH は粒径が赤血球の 1/30∼1/40 であ
り,臨床応用には至っていないのが現状である .
ることからより末梢の組織まで灌流されうるという特
encapsulated hemoglobin(LEH)に着目した.LEH はヒ
5)
徴に注目し,より短時間の LEH 投与でも脳保護効果
北海道大学大学院医学部医学研究科脳神経外科
2
手稲渓仁会病院脳神経外科
3
テルモ株式会社研究開発本部
〒 006-8555 北海道札幌市手稲区前田 1 条 12-1-40
TEL: 011-681-8111 FAX: 011-685-2998
E-mail: [email protected]
1
が示せるかどうかを検討した.
2.実験方法
実験動物として 7∼8 週,雄の Sprague-Dawley(SD)
─ 51 ─
脳循環代謝 第 25 巻 第 2 号
図 1.18 point scale による神経機能評価
18 point scale に よ る MCAO 作 成 後 と 再 灌
流 24 時間後の神経機能評価について示し
た.MCAO 作成後は 3 群いずれも 12 点前
後 を 示 す が, 再 灌 流 24 時 間 後 に は Control,Vehicle 群では症状の悪化を認めた.
LEH 群 で は 神 経 症 状 の 改 善 を 認 め た.
**
p<0.01: Tukey-Kramer test.
図 2.TTC 染色による脳梗塞,脳浮腫面積の評価
梗塞,浮腫面積は健常側比で示した.梗塞,浮腫面積ともに LEH 群では Control,Vehicle 群と比較して
有意に小さかった.**p<0.01: Tukey-Kramer test.
ラットを使用した.Intraluminal suture method を用いて
(EB)の脳内漏出量を定量した.また LEH の特徴であ
一過性中大脳動脈閉塞(tMCAO)を作成し,2 時間の虚
る,粒径が小さいことによる末梢組織への効果的な酸
血の後にラットを以下の 3 群に振り分けた.LEH 群
素運搬能について,ヒト Hb
(LEH の構成要素),ラッ
(n=9):糸栓子を抜去直後の内頸動脈に動物用カテー
ト Hb に対する免疫染色を行い,LEH とラット赤血球
テルを挿入し,酸素化した LEH を 20 ml/kg で 15 分間
の灌流範囲を検討した.
投与した.Vehicle 群(n=8):LEH の溶媒である生理食
3.結果と考察
塩水を同様に投与した.Control 群(n=8):通常の再灌
流のみを行った.24 時間の再灌流を行った後に,ラッ
トを sacrifice した.再灌流 24 時間後の神経機能,脳
MCAO 作成後の 18 point scale による神経機能評価8)
梗塞および脳浮腫面積の評価を行い,脳内への好中球
では,各群に差は認めなかったが,再灌流 24 時間後
の浸潤,MMP-9 の産生,微小血管内皮細胞の障害に
には LEH 投与群において神経機能の改善を認めた
ついて,それぞれ抗 myeloperoxidase(MPO)抗体,抗
(図 1).脳梗塞および浮腫面積は,Control 群,Vehicle
MMP-9 抗 体, 抗 ICAM-1 抗 体 を 使 用 し て western
群 と 比 較 し LEH 群 に お い て 有 意 な 減 少 を 認 め た
blotting を行った.MMP-9 の活性化は gelatin zymography
(図 2).梗塞面積は皮質を中心に減少する傾向にあっ
を 行 い,BBB の 破 綻 の 程 度 に つ い て は Evans Blue
た.LEH の再開通内頸動脈からの 2 時間投与によって
─ 52 ─
人工酸素運搬体 liposome-encapsulated hemoglobin の脳保護効果
図 3.脳実質内への好中球の浸潤
抗 MPO 抗 体 を 用 い た western blotting の 結 果 を 示 し
た.MPO の発現は LEH 群において有意に抑制され
ており,脳実質への好中球の浸潤が抑制されている
と考えられた.*p<0.05, **p<0.01: Tukey-Kramer test.
図 4.MMP-9 の発現および活性
抗 MMP-9 抗体を用いた western blotting および gelatin zymography の結果を示した.MMP-9 の発現および活性は
LEH の投与で抑制されることが示された.*p<0.05, **p<0.01: Tukey-Kramer test.
脳実質内への好中球の流入が抑制されることを我々は
示したが,本研究での LEH の 15 分投与においても,
MPO の発現が低下,すなわち好中球の脳実質への浸
潤が抑制されていることが示された(図 3).同様に
MMP-9 の 発 現, 活 性 も LEH の 投 与 で 抑 制 さ れ た
(図 4).好中球の浸潤が抑制されたことから,好中球
由来の MMP-9 の産生が減少したことが予想された.
また,LEH 群では脳実質内への EB の漏出量が少な
く,BBB の 破 綻 が 抑 え ら れ て い る こ と が わ か っ た
(図 5).これは好中球や MMP-9 の作用の減少による
ものと考えられた.次に,LEH の灌流範囲について
図 6 に示した.MCA 皮質領域の末梢微小血管には,
LEH 群では多くのヒト Hb が存在する一方で,Control
群ではラット Hb はまばらに散在する程度であった.
図 5.BBB の破綻の程度
EB の脳実質内への漏出量を定量化した.LEH 群におい
て 有 意 に 抑 制 さ れ て い た. *p<0.05, * *p<0.01: TukeyKramer test.
─ 53 ─
脳循環代謝 第 25 巻 第 2 号
図 6.LEH の灌流範囲についての検討
再開通内頸動脈からの LEH の 15 分間の灌流直後に断頭
採取した脳切片に対して,LEH 群では抗ヒト Hb 抗体(ヒ
ト Hb → LEH の 構 成 要 素),Control 群 で は 抗 ラ ッ ト Hb
抗体(ラット Hb →ラット赤血球を示す)を用いて免疫染
色を行った.MCA 領域の皮質末梢において,Hb を内在
する微小血管数を count した.Control 群と比較し LEH 群
では Hb を含有する微小血管数が有意に多く,LEH は赤
血球が到達しづらい末梢微小血管まで灌流することが示
された.**p<0.01: t-test.
図 7.内皮細胞の障害の程度
抗 ICAM-1 抗 体 を 用 い た western blotting の 結 果 を 示 し
た.ICAM-1 の発現は,LEH 群において有意に抑制され
ており,LEH による内皮細胞保護効果が考えられた.
*
p<0.05, **p<0.01: Tukey-Kramer test.
空が狭小化,狭窄した微小血管内では赤血球はトラッ
プされて血管閉塞を起こすことが報告されている12).
LEH はその粒径が赤血球の 1/30∼1/40 であるため,こ
のような狭小化した微小血管を通過することで末梢組
織の酸素化を改善していると考えられる.この酸素化
の 改 善 が 引 き 続 い て 生 じ る 血 管 内 皮 細 胞 の 障 害,
ICAM-1 の発現を抑え,好中球や産生される MMP-9
Hb を内在する微小血管数は LEH 群で有意に多かっ
の活動を抑制し,BBB を保護することで虚血再灌流傷
た.つまり,ラット赤血球が到達困難である末梢の微
害を抑制していると考えられた.
小血管まで LEH は灌流していることが示された.末
4.まとめ
梢微小血管への酸素供給が効率的に行われることで,
内皮細胞の障害も抑制されることが予想されたが,実
際に ICAM-1 の発現は LEH 群において有意に抑制さ
今回我々は,虚血再灌流時に再開通内頸動脈からの
れることが確認された(図 7).
経動脈的 LEH 投与の脳保護効果について検討した.
LEH の脳保護効果についてはいくつかの報告があ
LEH の脳保護効果は,粒径が小さいことで狭小化した
る.Kawaguchi らは MCA 永久閉塞モデルで LEH を静
微小血管まで効果的に酸素を運搬し,内皮細胞の障害
脈投与し,皮質領域の脳梗塞が縮小したと報告してい
を抑制していることに起因すると考えられた.急性期
るが,微小血管内を蛍光顕微鏡で観察した結果,ラッ
の虚血性脳血管障害の臨床では,rt-PA の静脈内投与
ト赤血球と比較して LEH は微小血管をスムーズに灌
に加えて血管内治療による閉塞血管の機械的血栓除去
流 す る こ と を 認 め て い る9). ま た,Hamadate ら,
術も普及してきている.LEH の臨床応用をふまえた場
Kakehata らはそれぞれラットの two-vessel occlusion
合,機械的血栓除去術後に再開通した動脈から LEH
model,four-vessel occlusion model を用いて,LEH を静
を投与することで虚血再灌流障害の軽減化が図れる可
脈内投与して認知機能が改善したと報告してい
能性が示されたと考える.
る
.これらはいずれも経静脈的投与による研究で
10, 11)
あるが,微小循環レベルでの LEH の酸素運搬能のア
ドバンテージが脳保護効果につながったと考察されて
いる.近年,脳虚血再灌流傷害における微小血管の電
子顕微鏡を用いた形態的検討で,Neurovascular unit を
構成する astrocyte の end feet が膨化し,微小血管の内
─ 54 ─
文 献
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Abstract
Neuroprotective effect of liposome-encapsulated hemoglobin as an artificial oxygen carrier
Daisuke Shimbo1, 2, Takeo Abumiya1, Hideo Shichinohe1, Naoki Nakayama1,
Ken Kazumata1, Kiyohiro Houkin1, and Takanobu Ishizuka3
1Department of Neurosurgery, Hokkaido University Graduate School of Medicine, Hokkaido, Japan
2Department of Neurosurgery, Teine Keijinkai Medical Center, Hokkaido, Japan
3R & D Headquarters, TERUMO Corporation, Tokyo, Japan
In the present study we examine whether the intra-arterial infusion of liposome-encapsulated
hemoglobin (LEH) via the recanalized internal carotid artery can have the neuroprotective effect on
ischemia-reperfusion (I/R) injury by using transient middle cerebral artery occlusion model of rats.
Neurological function was significantly improved and infarct and edema area were significantly reduced
in the LEH treatment group. LEH was distributed in more microvessels compared with rat erythrocyte.
Because of its small size, LEH can effectively deliver oxygen to narrow microvessels. This advantage
may contribute to the inhibition of endothelial damage, and, moreover, the inhibition of neutrophil
activation, neutrophil-derived matrix metalloprotease-9 production, and the breakdown of blood-brain
barrier. The intra-arterial infusion of LEH may be a promising candidate to prevent I/R injury after
thrombolysis and/or thrombectomy.
Key words:liposome-encapsulated hemoglobin, ischemia-reperfusion injury, endothelial cell, neutrophil,
matrix metalloprotease-9
─ 55 ─